東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「……えっ?」
意外にも、驚きの声を最初にあげたのは妖夢であった。
その反応から察するに、おそらく幽々子から秘密にされて来たのだろう。
「幽々子様……それは一体……?」
「言葉そのものの意味よ。しばらく前から、西行妖を御する事が出来なくなったのよ。」
「そんな……でもそんな兆候は!」
「妖夢、最近顕界では冷害が起こっているそうね?」
「そうですが……まさか!」
「そういうことよ。西行妖が無理やり温気を奪っているの。桜を咲かせるために、ね。」
唖然とする妖夢。
しかしカービィはなんのこっちゃわからないといった様子。
とりあえず、『さいぎょうあやかし』を退治すればいいの? とでも考えているのだろう。
対して、ワドルディ達はリュックの中から何かを取り出していた。
それは、大量の新聞の束。
過去に様々な天狗が書いたものを集めたもので、中には『文々。新聞』や『花果子念報』なども混じっている。
そしてその新聞の束から、ある日付の新聞を取り出す。
その日付の新聞にはどれも一面に『奪われた春が戻った』事、『犯人は亡霊』である事、『動機は妖怪桜の開花』である事が書かれていた。
ワドルディ達は過去に幽々子がその西行妖という桜を使って『異変』と呼ばれるものを起こしたことを突き止めたのだ。
それと同時に、この当時は幽々子が西行妖を制御下に置けていた事も。
植物とは、精神の存在が曖昧なもの。
妖怪と化してもそれは変わらない。
なら、なぜ西行妖は暴走するのか。
詳しいことはわからない。
しかし、漠然と予想はつく。
分裂したが故に中途半端な力によって、狂わされているのだと。
ワドルディ達が頭を寄せ合って思案し、カービィがその『さいぎょうあやかし』をきょろきょろと辺りを見回して探し、妖夢が衝撃を受けていた時。
ここで、第三者が乱入して来た。
「カービィ、ここにいるのか!?」
上空から飛ばされる怒声。
それは、魔理沙のものに違いなかった。
その声に反応し、カービィは縁側に駆け寄る。
そして見上げた先には、やはり箒にまたがった魔理沙が空を飛んでいたのだ。
「ぽよ!」
「ああ、やっぱりそこにいたのか。安心したぜ。……それでだ、幽々子。」
視線はカービィから、もともと縁側にいた幽々子へと注がれる。
その視線も、柔らかいものから厳しいものへと様変わりする。
「幻想郷での冷害……これはお前の仕業だな?」
「あらあら、入ってくるなり無礼ね。厳密には西行妖の仕業よ?」
「それは前もそうだろうが。春を集めて西行妖に渡していたんだろう? そして今回はどうやってかは知らんが、何か春に代わるものを西行妖に渡し、冷害が起きている。」
「今回は西行妖の自律意志よ。」
「植物に自律意志があるわけないだろ!」
徐々に両者の言い合いが熱を帯びてくる。
そして、ついに魔理沙が懐からあるものを取り出した。
それは、ミニ八卦炉。
「こうなりゃパワーで押し倒すまでだぜ!」
「ふふふ、やってみなさい、人間風情が。妖夢、西行妖は頼んだわよ。」
幽々子は空へと舞い上がり、そして周囲に魔法陣が浮かび上がる。
そして、幽々子は懐から何枚かの札を取り出し、掲げる。
「弾幕ごっこといきましょうか。亡郷『亡我郷-自尽-』。」
そして放たれる、色とりどりの弾幕。
先ほど妖夢から放たれたものを見たとはいえ、ここまでの密度ではなかった。
しかし、その弾幕を魔理沙は被弾するでも打ち消すでもなく、全て華麗に避けてゆくのだ。
これが、カービィの見た初めての『弾幕ごっこ』であった。
なんと恐ろしく、そして美しいのだろう。
一撃の威力は大したことはないが、その密度はカービィの出会った敵のどれにも勝る。
いや、見とれている場合ではなかった。
魔理沙と幽々子が目の前で乱闘をしているのだ。
止めねばならない。
そう思い、カービィはその戦いに割って入ろうとする。
だがしかし、その足を止めるものがいた。
それは、意外にも幽々子の従者、妖夢であった。
「カービィ。心配は無用です。弾幕ごっこは殺生禁止の争い事の解決方法ですから。それを邪魔する方が無粋というものです。……それより、幽々子様のご命令があるでしょう? そっちを優先しましょう。」
そして半ば強引にカービィの手を引き、西行妖の佇む地へと向かったのだ。
そしてそれについてゆくワドルディ達。
手を引かれるカービィが目にしたのは、より激しさを増す桜のような弾幕であった。
その桜は、まるで誰かの憧れのようにも見えた。
●○●○●
手を引かれるがままに連れられたのは、葉も花もない桜の木。
しかしその幹の大きさは、長くその地で生きてきたことを示している。
その荘厳な威を放つ桜の木は、しかしどこか狂気じみたものを孕んでいるようにすら見えた。
これが、『さいぎょうあやかし』なのだろうか。
カービィが疑問を浮かべていると、隣で妖夢も訝しげな声を出す。
「おかしい……いつの間にここまでの妖気を? 本当に幽々子様の制御下から外れているの?」
妖夢の疑問はカービィやワドルディには理解できなかった。
だが、この木が異常である事は、手に取るようにわかる。
しかしどうすれば良いのかまでは、さっぱりわからなかった。
だが、その時。
カービィが異変に気がつきどこからか黄色いスターロッドを取り出す。
それは今まで以上に強い光を放っていた。
近い。
分割されたスターロッドはこの近くにある。
そしてよくよく見てみれば、西行妖の枝に引っかかるように、緑色のスターロッドがあるではないか。
そう気がついたのは良かった。
だが、あまりに遅かった。
ドクン、という心臓の拍動のような音が、西行妖から響き渡る。
そして、ひときわ強い光が漏れ出した。
●○●○●
「ふふふ、なかなかやるわねぇ。」
「くっそ、まだまだぁ!」
魔理沙と幽々子は未だに弾幕ごっこに興じていた。
『ごっこ』と言えども、本人達はいたって真剣である。
その弾幕の密度は見る見る高くなってゆく。
だが、その真剣勝負に水を差すものがあった。
「あんたらなにやってんのよ!」
「ちょっと、霊夢さん!」
「……」
それは、飛来してきた霊夢と早苗、そして雛であった。
無粋な闖入者に、魔理沙は不快感をあらわにする。
幽々子も弾幕を止め、霊夢達に目をやる。
「なんだよ霊夢。邪魔するなよ!」
「んなことやっている場合じゃないわよ!」
「はぁ?」
「冷害とかそういうレベルじゃなくなったんです! 雹とか雷とか竜巻とか、もう異常気象が起こりまくりなんです!」
「各地で被害も出ているわ。事態は一刻を争うのよ。」
「ならこいつを退治すれば……」
「そいつはほぼ無関係よ。」
「なんで言い切れるんだよ。」
「勘よ。」
堂々と言ってのける霊夢に、魔理沙は開いた口が塞がらない。
と、その時。
拍動のような音が鳴り響いた。
同時に、狂おしいほど強い光も。
その発生源は、西行妖であった。
「……だから言ったでしょう? 西行妖が私の制御下から離れてしまった、って。」
「待って。それって植物が自由意志を持っているってこと?」
「やっぱりありえん……」
「あの、ちょっといいですか?」
この緊急事態に、おずおずと早苗は手をあげる。
そして、ポツリと疑問を放った。
「なんでカービィはここに来たんですかね?」
「それは……」
そこで魔理沙は、顕界で見たワドルディ達の絵を思い出す。
幽霊の集まる地、冥界。そこに一緒に描かれたものを。
「そうか、スターロッド!」
「それを追って来た、ってこと?」
「だな。そしてスターロッドの効果は……」
「確か、『夢を生み出す力』、『夢に力を与える力』、『夢を叶える力』……そんな効果だったはずです。」
「私は『スターロッド』って単語は初耳なんだけど、その、『夢を生み出す力』って、ある種の『精神を与える力』ともいえない?」
「あ……」
その時、ひときわ大きな音が響いた。
まるで、巨大な何かの産声のような音が。
それと同時に、西行妖は、ゆっくりとその巨体を揺らし出したのだ。
動かぬはずの、精神なき植物の妖が、精神を持ち、そして、自力で動き出したのだ。
精神なき西行妖が、スターロッドによって夢を与えられた。
その願いは、『桜を満開にすること』。
そしてその願いは、スターロッドによって強引に叶えられようとしていた。
その願いの先に何があるのかなど、一切省みることなく。