東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
森はまだ深く、どこまでも続いている気さえする。
そのぐらい遠くまで来たが、未だ案内役の鼠の足は止まらない。
鼠のように体が軽い者は、軽いゆえに自らの体を楽に動かすことができる。
しかし人間はそうはいかない。鼠と比べて何倍も重い人間は、動き続けると当然疲れが出てくる。
「まだつかないの? 全く、疲れるわ。」
「まさかここまで遠出になるとは思わなかったなぁ。箒で来れば一発なんだが……」
「ナズーリン、一体どこまで入っていったのかしら……」
霊夢と魔理沙は誰にでもなく愚痴をこぼし、白蓮はナズーリンの心配をする。
そこで、ふとメタナイトは白蓮に疑問を提示した。
「ところで聖殿。ナズーリン殿以外に探しにいった者はいないのか?」
メタナイトの質問に若干考え込む白蓮。
そこでふと、思い出したように答えた。
「……もしかしたら星も同行しているかも知れませんね。」
「寅丸殿か。なるほど。失くしたのは彼女だったな。」
納得がいったようにメタナイトは頷く。
それだけで終わると思われた会話は、しかし一輪と水蜜によって続けられた。
「姐さん、本当に星は宝塔を失くしたんでしょうか?」
「というと?」
「星は私達の中でも一番真面目な子ですし……そんな子が二度も宝塔をなくすなんて……」
「それはそうですが……もしや、盗まれた?」
「白蓮様、これは寺の中での噂なんですけど……」
すっと水蜜が白蓮の側により、耳打ちする。
「星が宝塔を失くした日、空飛ぶ羽持ちの物体が寺から飛んでいった、という噂があるそうです。」
「あら、初耳だわ。」
「なんでもふわふわと浮いていたらしいです。」
「……曖昧だけど、なるほど、確かに怪しいわね……」
根拠のないただの噂である。
しかしこの噂を根も葉もない噂として断ずるには、その噂は不可思議であった。
寺から出て行くふわふわと飛行する物体。
もしやそれが宝塔を盗んだのではなかろうか。
そう思ってしまうのも無理はない。
いや、心優しい白蓮の性格から考えるに、そうであってほしいと願っているのだろう。
失くしたのではなく盗まれたならば、まだ責任はぐっと軽くなるはずだから。
と、水蜜が白蓮から離れた時。
鼠はその足を止めた。
皆が前触れもない行動に驚くなか、次はもっと大きな音が鳴り響いた。
それは木がなぎ倒される音。
それも、何度も何度も、断続的にその音は森に響く。
つまりそれは、何度も大きな力で木を一度にへし折っているということ。
その膂力は計り知れない。
その音は徐々にこちらに近づいてくる。
そしてやがて、その音の発生源と遭遇せんとするとき。
「っ! ナズーリン!」
水蜜の視線の先には、横から飛び出したナズーリンがいた。
その姿は酷く傷ついている。
遅れて星も飛んでくるが、やはりその姿は傷だらけ。
「ナズーリン! 星! どうしたのです!」
「白蓮様! まずいです! 鼠の化け物が!」
星の言う鼠の化け物とは、一体何か?
その答えはすぐに出た。
すぐに奥からそれはのっそりと姿を現した。
でっぷりと青く太った、人と同じくらいの高さの体。サイズの合わない赤いチョッキ。頭に巻くバンダナと、眼帯。そして、口元から覗く出っ歯と鼠のような大きな耳。
まさに『鼠の化け物』と形容すべき者がそこにいたのだ。
「んむ……増えた……面倒な……」
しかも、愚鈍そうな低い声で喋るではないか。
こんな妖怪は、誰の記憶にもなかった。
だがしかし、約二名、見覚えのある者がいた。
「ぽよ! ぽょい!」
「どうしたカービィ? ……まさか、あいつのこと知っているのか?」
「うぃ!」
知っていたのはカービィ。そして……
「ほう、誰かと思えば、ドロッチェ団が一味、ストロンではないか。いつの間に幻想郷に侵入していたのか。」
メタナイトもまた、その青い鼠の化け物のことを知っていた。
ストロンと呼ばれた化け物は、あからさまに嫌そうな顔をする。
「よく見れば……カービィもメタナイトもいる……むぅ、めんどくさい。」
ストロンもまた、カービィとメタナイトのことを知っているようであった。
しかも、出来れば避けたいといった表情で。
「……帰ろうかな……」
「バカかこんにゃろう! 仕事しろ仕事!」
「サボると夕飯のおかず減らされますぞ〜。」
若干弱気なストロンに対し、更に別のものが現れた。
カービィやメタナイトより若干大きな、黄色い鼠の化け物。その背中には赤いマントがはためき、その顔を尖ったサングラスで隠している。
もう一人は、まるで赤いUFOのようなものに乗っていた。
その中にいるのはカービィと同じくらいの鼠の化け物。体は薄青で、髭を蓄え、瓶底のような眼鏡をかけている。
それだけではない。
カービィと同じくらいの物体が、あたりから湧き出てきたのだ。
それはカービィと同じくらいの大きさで、大きな耳とつぶらな瞳が可愛らしい。そして手足はなく、饅頭のような体を跳ねさせて移動しているようだった。
体色は青、緑、黄と色とりどり。
突然の襲撃に、霊夢達は目を剥くしかない。
「何よこいつら!」
「わかるかよ!」
「メタナイトさん、確かさっき名前を……」
「ああ。彼らもポップスターの住人だ。」
白蓮の質問に、メタナイトはなんでもないように語る。
「さっきも言ったが、青いのはストロン。黄色いのがスピン。UFOに乗っているのがドク。そして、周囲にたくさんいるのがチューリンと呼ばれる者だ。彼らはポップスターでは知られた怪盗団で、私やカービィも一戦交えたことがある。そしてその頭目が……」
「このオレ、ドロッチェだ。お初にお目にかかる。……そして久しいな、カービィ。」
メタナイトの台詞を遮るようにして、それは現れた。
赤いコートに赤いハットを被った、杖を持ったドロッチェと名乗る鼠の化け物。
ストロンほどではないが、それなりの大きさがある。
しかも、ドロッチェもまた、カービィと面識があるようだった。
「こいつだ! こいつが宝塔を盗んだんだ!」
「そうなのですか?」
「……そのお嬢ちゃんには見抜かれているようだから、隠す必要はもうないな……そうだ。オレが宝塔を盗んだ。」
「困ります! それは毘沙門天様から授かったもので……」
「知っている。つまりは価値があるもの。価値があるからこそ盗んだのだ。」
「そんな……」
絶句する白蓮。
代わりに水蜜と一輪が前に出て構える。
それは間違いなく戦闘の構えであった。
そして一緒にカービィも前に出た。
「ぽぉよ! ぷぃ!」
「……ふむ。お前には世話になったことはある。その恩はいつかちゃんと返そうとは思っている。が、しかし怪盗団として盗んだものをそう簡単に返すわけにはいかん。よって……」
ドロッチェはさっと手をあげる。
すると、周囲にいたチューリン達が、どこから取り出したのか爆弾を耳で持ち、構えていた。
そして、その到底数え切れないほどの爆弾が、一斉に投下された。
「ちょっ……嘘だろ!?」
「……ふん。」
まさか爆弾を投げ込んでくるとは思わなかったのだろう。おののく魔理沙。
それに対し、霊夢は冷静に全員を囲む形で結界を張る。
猛烈な爆裂が視界を遮る。
その爆煙が収まる頃には、既にドロッチェ団の姿は掻き消えていた。
「……逃げられた。」
「逃げられましたね。」
「あああ……どうしよう、宝塔がぁ……」
「一体どこへ……?」
頭を抱える命蓮寺の面々。
だがしかし、ナズーリンだけは何やら宙の一点を見つめていた。
そして、おもむろに呟いた。
「……そこか。」
「……ナズーリン?」
「行くよご主人!」
「え、ちょっと!?」
そして突如星の袖を引きずるようにして引き、どこかへと走り去っていったのだ。
わけもわからないまま、命蓮寺や他の面々はそれについて行く。
ちなみその頃カービィと魔理沙は……
「ぽよ!」
「へぇ、爆弾を吸い込むと三角帽子を被るのか!」
完全に出遅れていた。