東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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さとりと桃色玉

「はぁ、はぁ、もう観念しな!」

 

 袋小路に追い込み、ジリジリと魔理沙達に近寄るお燐。

 結局のところ、魔理沙達は主人の部屋に飛び込んでお燐を無理やり冷静にさせるという作戦に失敗した。

 しかし当のお燐は酷く疲れた様子であり、まともに戦えるのか不安な程。

 疲れのせいか、かなりの数の怨霊が支配下から脱し、どこかへ行ってしまっている。

 重そうな一輪車を押して追いかければ、妖怪でもそりゃこうなるよね、という感じの当然の結果である。

 

 対する魔理沙達はあまり疲れの色は見えない。

 当然お燐のように重いものを持って走っていたわけではないからだ。

 人間の魔理沙やメタナイトは途中で箒や翼を使って飛び始めたので疲れは見えない。

 ただデデデ大王とワドルディ達は若干バテているように見えるが。

 

「ぜぇ、はぁ、さぁ、覚悟するんだよ!」

「……だとさ。どうする?」

「ふぅむ、なんとなく対応に困るのぉ。」

「意地を張っているのはわかるが……」

「引く気は……ないですよね。」

 

 肩で息をする弱り果てたお燐の対処に皆引き気味な中、水蜜がおもむろにに前に出る。

 

「あ、水蜜。」

「大丈夫。任せて。」

 

 そして水蜜はお燐の前にでる。

 お燐は目の前に出てきた水蜜に、フシャァと猫のような威嚇音とともに突っかかる。

 

「なんだい? やろうっての……」

 

 ゴッ。

 

「フニャッ!?」

 

 バテているお燐に、水蜜は無慈悲に錨を振り下ろした。

 妖怪であるお燐はこのような物理攻撃にはめっぽう強いので、致命傷とは程遠い。

 しかし弱ったお燐を気絶させるには十分すぎるほどの威力があった。

 

 目を回して地に伏すお燐を抱え、Vサインを送る水蜜。

 しかし先の無慈悲な行動を見て素直にVサインを送り返す図太い神経の者はいない。

 やっぱり船幽霊は悪霊の類なんだな、と皆感覚的に理解したのだった。

 

「あー……はい。じゃあ面倒ごとも片付いたし、覚妖怪のところに行って見ましょうか。」

「だな。こいつが目覚めたら面倒だ。急ぐか。」

「だったらはやく道を思い出すのだ! 俺様を待たせる気か!」

「しょうがないだろ一度来ただけなんだからさぁ!」

「落ち着け、二人とも。」

「落ち着きましょう大王様〜。」

 

 若干喧嘩腰な魔理沙とデデデ大王をメタナイトとワドルディが諌め、なんとかこの場を凌ぐ。

 しかし我儘なデデデ大王と男勝りな魔理沙は、平時ならば気があうのだろうが、一度ヒートアップすると止めにくい。

 そんな二人を見て、メタナイトは溜息をつくのみ。

 

「全く、まだ主人の部屋すら見つけられていないというのに、この調子では……」

「あぁ、それなんじゃがの、メタナイトよ。」

 

 頭を抱えるメタナイトに、マミゾウは声をかける。

 そして、ある一点を指で指した。

 そこには、ある貼り紙があり、その文面をマミゾウが読み上げる。

 

 

 

 

「『さとり様の部屋、こっち』じゃとよ。確実に主人の覚妖怪のことじゃな。」

「……」

 

 

●○●○●

 

 

 一体誰のために貼られたのかわからない貼り紙を頼りに、地霊殿を突き進む一行。

 ちなみに倒れたお燐は一輪車に乗せ、水蜜が運んでいる。

 

「また貼り紙か。」

「なんでこうも貼り紙が多いんでしょうね。」

「自分の家で迷うような奴がいるんじゃないの?」

「まさか、そんな……」

「……あー、いた気もする。」

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは八咫烏の力を得た地獄鴉の姿。

 三歩歩けばものを忘れる鳥頭を体現したかのような妖怪。

 確かに彼女なら地霊殿の内部を把握していないとしても納得できる。

 

 そんなことを魔理沙が考えているうちに、突然先行していたマミゾウが足を止める。

 いきなり足を止めたマミゾウにぶつかり、魔理沙は不機嫌そうにマミゾウを見る。

 

「なんだよ、いきなり止まるなよ。」

「おっとすまんの。ここじゃ。」

 

 マミゾウはトントンとある貼り紙を指でつつく。

 そこには『さとり様の部屋、ここ』と書かれており、さらにその隣には他とは違う重厚な扉が待ち構えていた。

 

「いかにも、って感じだな。」

「なんだ、俺様の城の扉の方が豪華だな。」

「大王様、今そんな話してる場合じゃないです。」

「とりあえず、この大人数で押しかけるのはまずかろう。私がワドルディ達を別のところに連れて行くから、先に入っていてくれ。」

 

 メタナイトの提案に頷くと、魔理沙は扉に手をかける。

 そして、そのまま押し開けた。

 手入れがしっかりと行き届いているのだろう。重厚な扉が、なんの抵抗もなくすんなりと開いた。

 そして、その扉の先にはずらりと並ぶアンティークな家具の数々。

 一体いつの年代のものなのか、古物商としての知識を皆しっかりと持っていないためにわからないが、どうやら同じくらいの年代で統一されているように見える。

 そしてその奥の黒檀の執務机に、ちょこんと座る少女がいた。

 その少女の手には万年筆が握られており、その先には幾枚もの書類が広げられている。

 桃色の髪を持ち、カチューシャから伸びた触手の先には第三の目がこちらを覗いている。

 そして人の顔にある眠たげにも見える両目をこちらにちらと向け、その口を開いた。

 

「ノックもせずに入室だなんて、礼儀のなってない連中ね。」

「しょうがないだろ、こちらは急ぎの用なんだ。」

「悪いけどこちらも急ぎの用があるの。落ちたお仲間ぐらい自分達で探して頂戴。」

「おい! 俺様はお前に用があって……」

「自力でなんとかして頂戴。迷い込んだ者をわざわざ送り返すほど私達はお人好しじゃないわ。それに地上と地下では不干渉の決まり事もあるしね。」

「ほほう、これまた噂通りじゃの。」

「厄介だと思うなら帰ってもいいわよ。」

「……はは、こいつは参ったのぉ。それじゃ、外に出ておくぞ……」

 

 そして、各々の心中をずばりずばりと言い当ててゆく。

 これこそが覚妖怪、古明地さとりの能力である。

 この妖怪の前では隠し事は通用しない。

 どころか、この妖怪の前ではプライバシーも何もなくなる。

 この妖怪の前では自分の内側を全て覗かれてしまうのだ。

 だから、この無法地帯の旧地獄で最も恐れられているのだ。

 

 しかし、それでもお燐などのように慕う者がいるのは、昔お燐が言葉を喋れない動物だったからだろう。

 動物は言葉を持たない。故に、物事を伝える手段はない。

 だからこそ、心を読み意思疎通ができるさとりの下に集まるのだろう。

 

 しかし、そうでないものにとっては厄介者他ならない。

 

「私が忙しいと言ったのはね、ついさっき間欠泉センターの温度が異常に上がったって情報が入ってきたのよ。」

「また心を……」

「見えるものは仕方ないでしょう? とにかく、私はその対処に追われているわけ。そこで伸びているお燐にも手伝ってもらってたんだけど、その様子じゃ解決まで時間がかかりそうね。」

「それ、どうせアイツのせいだろ。」

「まぁ、そうなんでしょうね。だからお燐に様子を見てもらおうと思ったのに……」

 

 と、ここでふと、魔理沙の勘が働いた。

 

「なぁ、ここに来る前、地上に火が吹き上がったんだが……アイツが原因か?」

「初耳ね。それでその火に飲み込まれて、誰かが落ちた、と。」

「まぁ、そういうこった。」

「……はぁ。まぁ、あの子の火力ならそれくらいできてもおかしくないのか……となると、貴方達の探してる者はあの子のところにいるんじゃないの? ……そうね。お燐に頼もうと思ってたけど、丁度いいわ。あの子の様子もついでに見てきて頂戴。」

「ええ……」

 

 こちらが頼みに来たのに、なぜだかこちらが頼み事をされてしまった。

 確かに有力な情報は得たが……利用された感があって癪に触る。

 

 と、その時。

 

「ワドルディ達には外に出てもらった。話はもう済んだのか?」

 

 メタナイトがさとりの部屋の中に入って来た。

 

「おっと、ノックしないとダメなんだとさ。」

「む、それは済まない。私の名はメタナイト。宜しければ名を教えて頂きたい。」

「さとりだ。古明地さとりと言うんだ。」

「……私は古明地殿に聞いたのだが……古明地殿?」

 

 そして、異常に気がついたのはメタナイトであった。

 メタナイトの視線の先では、さとりが目を見開き、立ち上がり、固まっていた。

 そして、椅子を蹴飛ばしながら後ずさりしてゆく。

 その異常な行動に、魔理沙達は何か不穏なものを感じ取った。

 

「お、おい、さとり?」

「どうしたのです? どうしたのですか!?」

「……ちょっとこれ、まずくない?」

「う……あぁ、あ……」

 

 そして、呻くような声をさとりは上げた。

 

「なぜ…………こんな事実、わた、私は……知りたくはっ……! あぁ、あああぅううああぁぁぁぁああ!!」

「おいっ!」

 

 そして、頭を抱え込み、蹲るさとり。

 

 その様子を見たメタナイトは、ゆっくりと目を瞑り、後悔の言葉を呟いた。

 

「……そうか、すっかり失念していた。心が読めるなら、私の目的も……知らなくてもいいことを知ってしまったか。」


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