東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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優遇された桃色玉

 唐突な姿の変化に、椛は動揺を隠せない。

 ましてや、その姿が自分を模したものとくれば、その動揺は倍するだろう。

 

 その隙をカービィが見逃すはずもなく。

 

「えい、やっ!」

「あ……ぐうっ!」

 

 左手に持った楓の柄が描かれた円盾で椛の大剣を叩きつけ、そのまま流れるように右手に持った大剣を振り上げる。

 咄嗟に椛は自分の盾でガードするが、その衝撃は半端なものではなく、大きく吹き飛ばされる。

 その力は到底その小さな体から発揮されたとは思えないほどであった。

 

「あれは……どう見ても椛を模している……わよね?」

「唐草模様の手拭いを呑み込んだら変な機械を被り、そして変な機械からでる光をあてると、椛の姿を得た、か。……いや、得たのは姿だけか?」

 

 今までなかった現象に驚愕する霊夢、興味からか冷静に分析する魔理沙。

 しかしどこか他人事なのは、その脅威が自分たちに向かっていないからだ。

 その脅威が自身に向けられている天狗達にとっては、恐怖の対象であった。

 しかし、目の前の相手に恐怖を露わにするなど、天狗のプライドが許さない。

 

「くっ、やはり力を……こうなれば全員で行きます。数で押しつぶせ!」

 

 どこからか天狗の指揮官らしき者の声がする。

 それに応じ、文を含めた天狗達、そして河童達も一斉に襲いかかってくる。

 河童は身を潜めたまま狙撃し、白狼天狗は地上を駆けて剣を振るい、鴉天狗は様子を見るように空中を飛ぶ。

 恐らくは、白狼天狗の初撃はかわされるという読みからの構え。

 白狼天狗の攻撃を抜けてきたところを狙う算段だろう。

 

 しかし、カービィは動かない。

 ただ力を溜める。

 そして、白狼天狗達が肉薄する直前、力は解放される。

 

「牙符『咀嚼玩味』!」

 

 今まで喃語のようなものしか話さなかったカービィが、突如として流暢に話し出す。

 そしてそれは、スペルカード宣言に他ならなかった。

 

 白狼天狗が吹き飛ばされる。

 あれだけカービィに肉薄していたのだ。至近距離で弾幕を食らって当たらない方がおかしい。

 意表を突かれた天狗達も、飛び散るレーザーに被弾し、墜落する者も現れる始末。

 

 しかしそれよりも、瞠目すべきことがあった。

 カービィの使用したスペルカード。それは椛のものに他ならなかった。

 それに気がついたのは魔理沙と文、椛と親しい者達。

 霊夢は気づいている様子はない。そもそも相手のスペルカードを覚える気なぞなかったのだろう。

 

 閑話休題。

 カービィが椛の姿を模し、椛のスペルカードを使う。

 つまりこれは、外見や装備の複製だけではなく、内面的な能力すらも模倣しているというのか。

 

 そう文が勘付いた時、あることに今更気がついた。

 河童達の放っていた水攻撃。それがピタリと止んでいる。

 よくよく見れば、皆被弾してのびているではないか。

 

 ありえない。

 確かに攻撃された方向から分かるとはいえ、隠れた場所を全て当てられるのか?

 それも、あの短時間で。

 いや、よもや。

 よもや、椛の『千里を見通す程度の能力』。それをも模倣したのか?

 カービィは……能力全てを模倣できるというのか?

 

 まるで、まるで世界に優遇されているようではないか。

 

 諦めずに向かって行く天狗達を、大剣で薙ぎ払ってゆくカービィ。

 椛とて、あそこまでの膂力を持っていただろうか。

 恐らくは模倣だけでなく、強化もなされているに違いない。

 

 また、その太刀筋も椛と似たものに加え、本人のオリジナルと思われる、そんな剣撃も見られる。

 飛び上がりながら剣を振り上げ、そして空中を蹴ったかのような速度で剣を叩きつける技、力を溜め、高速で回転し剣を振り回す技、さらには剣閃がそのまま弾丸になって飛んでゆく技。その他椛の持ってない技など。

 そう、カービィ自身、剣の心得を有しているに違いない。

 椛の剣撃、カービィ自身の剣撃。その二つを上乗せして攻撃しているのだ。

 その強さ、生半可なものではない。

 

 以前にも言ったが、未知の敵ほど恐ろしいものはない。

 初見の敵相手に、最適な対処法などわかるはずもない。

 

 気づけば叩きのめされ気絶した天狗達が地に転がっている。

 残った天狗達も、恐れてカービィに近づけない。

 それを確認したカービィは、まるで慌てるようにどこかへ走り去ってゆく。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

「待てって、カービィ!」

 

 それを追って霊夢と魔理沙が後を走ってゆく。

 

 残された文は歯噛みする。

 

 二度までも。

 幻想郷の一大勢力たる天狗が、二度までも。

 

 今ここに、天狗の威は堕とされたのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 深い山の木々の間から、それはちらちらと姿を見せる。

 

 フリルのついた赤いドレスをゆらゆら舞わせ。

 赤いリボンで緑の髪を飾り。

 上機嫌にくるくる回り踊る少女。

 しかしその上機嫌さとは裏腹に、近寄りがたいもの……例えるなら、災いをまとっているように見えた。

 

 それもそのはず、彼女は鍵山雛。厄神様である。

 厄を代わりに受け、不幸から守る存在。

 なので人間にとって非常にありがたい存在ではあるが、その性質ゆえ、神本体は厄に塗れており、近づきがたい存在である。

 

 つまり、幸薄い神様。

 

 そんな不憫な神たる雛が上機嫌な理由。

 その理由は腕の中にあった。

 

 まるで今にも飛翔する翼を模したような、白い物体。

 それが原因である。

 確かに莫大な力を秘めている。うまく引き出せば自らの力をより強くできるだろう。

 だがしかし、雛には自らの強化になぞ興味はない。

 何よりも雛を喜ばせたのは、この物体に『厄がない』ことだ。

 

 浮世にあるものはすべて、存在している以上、厄が多少なりともつく。

 厄がない存在など、ありはしない。

 厄とはいわば、菌のようなもの。量の差はあれど、どこにでもあるものなのだ。

 どこにでも厄があるから、どこにいても不幸というものは降り注ぐ。

 

 しかしこれはどうか。

 まるでそのセオリーを嘲笑うかのように、この物体からは厄というものを感じない。

 一切の厄を拒む、無垢な物体。

 そのため、厄の塊である雛は拒絶され、痛みすら感じるが、そんなことどうでも良いと思えるほど、興奮していた。

 しかし興奮しながらも、雛の思考は冷静であった。

 

 こんな無垢なものが、幻想郷に自然に流れ着くはずがない。

 恐らくは誰かが持ち込んだものだ。

 そしてきっと、その持ち主はこれを探しているはずだ。

 なにせここまで厄のないもの、つまりは貴重な、幸運の証のようなものなのだ。手離したくないに決まっている。恐らくは落し物だ。

 また、厄の塊である私には過ぎたものだろう。

 散歩中に偶然拾ったものなのだから、返したところで私には何のデメリットもない。

 いや、その持ち主と知り合えば、なぜ厄がないのか聞き出せるかもしれない。

 そうすれば、私の厄も少しは……

 

 と、その時。

 小さな空白を感じた。

 その空白とは、厄の空白。

 

 驚き振り向けば、そこにいるのは桃色の球体。

 その球体の体に、突起のような小さな手、赤い足を生やし、つぶらな瞳でこちらを見上げる姿は、非常に愛らしい。

 その困ったような瞳は雛の持つ白い物体に向けられていた。

 

 ああ、間違いない。

 この子こそ、この厄の一切感じられないこの子こそ、この厄なき物体の持ち主に違いない。




いやぁ、なかなか物語が進みませんね。
何とか毎日更新しようとなると、このボリュームが限界というか……
コンスタントに頑張ろうと思います。

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