東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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ちなみに、幻想郷の住人の力をもってすれば非想天則の破壊は割と容易です。
ただ破壊すると周囲への被害が予想できない為色々画策しているだけです。


蒸気の悲鳴と桃色玉

 その勢いは、決してやかんや圧力鍋などとは比べ物にならない勢いであった。

 蒸気機関車も目ではないほどの圧力。

 ロボボに乗ったカービィはすぐさまその場を脱することにより、逃れることに成功した。

 

 そして、その光景を固唾をのんで見守っていた者たちは、一気に歓喜に包まれる。

 

「おお! バルブの解放に成功したか!」

「つまりは、蒸気を逃すことができる……ということか?」

「そう! そういうことだ!」

「ふぅ、ようやく光明が見えてきたわね」

 

 だが、途中で神奈子はあることに気がついた。

 

「ん? まて、バルブ一つの解放で済むのか?」

「……あ、そうか。そうだった」

「どういうこと?」

「バルブ一つじゃ蒸気全てを放出するのに相当時間がかかる。それに、今非想天則は通常の何倍もの水を吸収し、蒸気にしている。となると、これだけじゃあ相当時間が……」

 

 そう、非想天則は相当量の水を溜め込み、未知の熱量で全て水蒸気にし、ありえないほどの内部圧力を維持している。

 それら全てを排出するには、相当な時間がいるはずだ。

 

 そこで新たに発言したのは、メタナイトだった。

 

「他にバルブはないのか、河城殿」

「他のバルブ……両肩の背面、腰の残り三つかな。……いけるのかい?」

「やるのは私ではなく、カービィだ。だが、ここで全てカービィに任せるのは得策ではない。私達も援護はするべきだ」

 

 そして、メタナイトはその翼をはためかせ、非想天則へと飛び立った。

 現在非想天則は飛び回るカービィを捕まえんと暴れており、怒りの感情を持っているのか、手がつけられない状況だった。

 そんな中、メタナイトは非想天則のメインカメラのうち一つ……つまりは片目に黄金の剣を突き立てた。

 そして、まるで痛みを感じるかのように顔を抑える非想天則。

 そのヘイトは完全にメタナイトへ移行。カービィはフリーとなった。

 しかも片目を潰され遠近感が無くなったからか、その攻撃の精度が鈍っている。

 

 これは、またとないチャンスであった。

 

「あっ、霊夢さん!?」

 

 突如、霊夢は輝く縄を出現させ、非想天則の右腕を拘束した。

 なんの準備もなしで、急ごしらえの封印だ。鬼を押し倒す膂力を持つ非想天則を持続的に封じ込める力はなかった。

 

 そう、持続的には。

 

 縄が絡まり動きが止まった一瞬。その一瞬でロボボに乗るカービィは非想天則の右肩に取り付いた。

 そしてロボボに乗るカービィが非想天則から離れた瞬間、蒸気が吹き出る。

 

「やっぱり即席じゃあ無理ね。早苗、交代」

「え? あ、はっ、はい!」

 

 右腕をだらんと垂らす非想天則に、今度は早苗が左腕を輝く縄で拘束する。

 あとは先ほどと同じ作業だ。

 たとえ力が足りなくとも、それは確かにカービィへの援護となっていた。

 

 残すは、あと一つ。

 

「腰のバルブか……私は右腕を、早苗は左腕を、神奈子は右足を、諏訪子は左足を拘束して頂戴」

「待て。その方法だと腰を固定できないぞ。むしろ、四肢を拘束されれば振りほどかんと身をよじり、余計に危険だと思うが?」

「だからこそ、萃香」

「え、私?」

「もう巨大化できるわよね? 手足を拘束している隙に、腰を固定して欲しいんだけど」

「えー、あいつ無茶苦茶熱いから嫌なんだけど……」

「それじゃ『はい』か『喜んで』か、どちらか選ばせてあげるわ。それ以外で答えたらうちの酒瓶全部割るわね」

「……『はい』」

 

 今回は皆の協力が重要となる。

 さもなくば、高圧のままの非想天則を破壊という最終手段にでなくてはならなくなる。

 そんな中、こころと神子は少し離れたところから非想天則をみていた。

 

「我々、空気だな」

「あまり言うな」

「しかし……なんだろうな。非想天則からは怒りも悲しみも、いろいろ感じる」

「わかるかこころ。まぁ、感情を司る面霊気なら当然か。あいつの欲は……あまりにも、哀しい」

 

 こころと神子が何を話しているのか、霊夢達には伝わらなかっただろう。

 そして、タイミングの合わせ方も即決され、実行に移されようとしていた。

 

「行くわよ!」

「応!」

 

 霊夢の号令下、非想天則の四肢は拘束される。

 右腕を霊夢の縄が、左腕を早苗の縄が、右足を神奈子の御柱が、左足を諏訪子の操る土砂が、しっかりと固定する。

 

 そして固定が終わった途端、萃香は能力により巨大化し、非想天則に組みつく。

 

「ぐぅ! 熱いっ!」

「耐えなさい! あとでお酒買うから!」

「本当!? うぉおおおお!」

 

 萃香は身が焼けることも厭わず腰をしっかりと抑え込む。

 そしてその隙に、ロボボに乗ったカービィが取り付いた。

 

 やがて四肢の拘束は解ける。

 萃香もやはり熱さに耐えかね、無傷の元の姿に戻る。

 だがその腰からは……蒸気が噴出していた。

 

 頭、両肩、腰の四箇所のバルブ。

 それら全ての解放に、完全に成功したのだ。

 そして非想天則は、目に見えてその活動を鈍らせていた。

 

「よし、今度こそ!」

「あとは蒸気が抜けるのを待つだけか」

「ところで、全部抜けるのに大体どのくらいかかる?」

「そうだなぁ……相当量の水を取り込んだし……全部とは言わずとも通常量まで排出できれば、遠距離から破壊すれば一切被害なく処理できるはず。となると……15分くらい?」

「意外とかかるな。まぁ、そんなものか」

「あとは軽く抑え込むだけね」

 

 その場はもうすでに戦勝ムード。

 そんな中、メタナイトとロボボに乗ったカービィも近づいてくる。

 

「ぽよ!」

「おお、カービィお疲れ!」

「うわぁ、近くで見るとより不可思議さが際立つわね……」

「なんでこんなので飛べるんだろうな……」

「翼なしで飛んでいる我々が何を言う」

 

 こころの秀逸な突っ込みで場が和む。

 

 だが残念ながら、未だ事態の収束からは程遠かった。

 

 突如一際大きな金属の軋む音が鳴り響く。

 そして、ザバザバという、水を掻き分けるような音が。

 その不審な音に気がついた神子は、地上を見下ろす。

 すると、地表では沢の水が物理法則に反した流れ方をしながら、非想天則に集まっていたのだ。

 そして、その腕が持ち上がる。

 

「逃げろ! まだ動くぞ!」

 

 その時とっさに動けたのは、皆歴戦の強者だからだろう。

 振り下ろされた拳は空を切ったが、その風圧は凄まじいもの。

 一切の馬力の衰えは見えなかった。

 

「な、なんで!? なんでまだ動けるんだ!?」

「足元を見てみろ。沢の水が集まっている!」

「まさか……そうか、失う水蒸気よりもより多くの水を取り込むことにより、衰えることなく活動できるのか!」

「それだけじゃないぞ! バルブが閉まりつつある!」

 

 メタナイトの指摘に驚愕し、見てみれば、確かに噴出する水蒸気が少なくなっているように見える。

 なるほど、確かにバルブが閉まりつつあるようだ。

 だが、バルブに自動で締めるような機能は付いていない。完全に手動のバルブだ。それがなぜ動いているのか。

 その答えは、しばらくしてわかった。

 

「……ねぇ、あんたが破壊した目、治ってない?」

「……確かに」

「おいおい、まさかあいつ……金属の塊のくせに自己修復ができるのか?」

 

 そう、メタナイトが潰したはずのメインカメラ。

 それがいつの間にか治っているのだ。

 しかも、メインカメラを覆うカバーはより頑丈なものに変質している。

 もはや、自己改造といえるレベルであった。

 

 より多くの水を取り込み、自己改造を終えた非想天則は更に凶悪さを増す。

 手から非実態の剣を取り出して周囲を薙ぎ払い、口に当たる部分が開いたかと思うと高温の水蒸気……というより、プラズマで木々を焼き、大地を蹴り地震を引き起こし……

 もはや、狂気のままに暴れているとしか思えなかった。

 

 非想天則の強引な破壊。

 それは、超高圧の巨大ボンベを壊すということであり、爆発の被害から最終手段としていたことだ。

 だが、もうそれをせざるを得ないのではないか。

 

 そう思った時、ふと神子は口を開いた。

 

「……お前達に声は聞こえるか?」

「声……非想天則の?」

「そうだ。能力上、私には聞こえる。お前達には……その様子だと聞こえないようだな」

「なんて、言っているんだ?」

 

 神子は少し目を閉じ、口を開いた。

 

「……『我こそ正義』『悪を断罪せし者也』『悪は何処ぞ』『我何の為に此処に在り也』『我何故生まれ出づる也』」

 

 その言葉は、あまりに予想外であった。

 非想天則は自分は正義であり、悪を滅ぼすものだと思っている。

 だが、非想天則の周りに自分が滅ぼすべき悪はおらず、自分の存在意義に疑問を感じている。

 アイデンティティを否定された非想天則は今、狂気のままに狂っていたのだった。

 

「そんな……でも……そうならないように、中身をがらんどうにしたはず!」

「何故がらんどうの物体が付喪神化したかは知らない。だが、暴れている理由はわかる。あいつは『正義の味方』をモチーフとして作ったのだろう?」

「……」

「そう作っていなかったとしても、あるものは正義の味方として見ていたのかもしれない。ものは人の想いを時に人以上に汲み取る。それが、非想天則が暴れていた理由さ」

 

 なおも暴れる非想天則。

 その金属の軋む音は、非想天則の存在意義があげる悲鳴なのか。

 

 だが、しかし。

 このまま放置なぞ、できるはずがない。

 非想天則の心を癒す手立ても、ない。

 結局のところ、破壊しかない。

 

 誰もがそう思った時。

 

「カービィ! あたいが来たぞ!」

 

 何処からか馬鹿妖精の底抜けに明るい声が聞こえて来た。


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