東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
綿月姉妹は襲撃により混乱する月の都を飛び回り、“メタナイトの探し物”を探していた。
カービィは確かに浄化した。がしかし、月の都の物品の強奪を阻止できたわけではない。
カービィはあくまで彼らの足止め。カービィを倒したところで、彼らの目的を打破できたとは言えない。
だからこそ、綿月姉妹は必死になって飛び回った。
捜索しながらも、気絶した月の兎を叩き起こし、捜索の協力を命じて回った。
月の都の内部に穢れの反応がないあたり、確実にメタナイトは生命なき者を使役して物品を強奪しようとしているに違いない。
だからこそ月の兎に見覚えのない者は捕縛するよう指示を出して捜索しているのだ。
だが、しかし。
「……見つからないわね」
「ですね。確実に侵入者が居るはずなのですが……」
見当たらない。どこにも、見当たらないのだ。
メタナイトの指示に従い、月の都で火事場泥棒の如き行為をして居るはずの存在が居るはずなのに、それが見当たらない。
メタナイトの発言を鑑みるに、月の都に下手人が居るはずなのだ。
そこまで考え、豊姫はようやくあることに気がついた。
「……ああ、なるほど、嵌めてくれたわね」
「姉上?」
「ブラフよ。連中が探しているものは月の都にはない」
「なぜ? 奴は月の都に用があると……」
「それこそがブラフよ。私達を月の都に縛り付け、連中が目的のものの強奪をしやすくするための」
『素晴らしい。綿月豊姫殿、正解です』
突如として、メタナイトの声が聞こえてきた。
見れば、瓦礫に混じってカービィがつけていたものとは明らかに違う無線機が転がっていた。
『すでに我々はヘビーロブスターを駆使した捜索の結果、月の都から南西に124キロメートル離れた地点から目的のものの発見、回収に成功しています。すでに我々に月の都に留まる理由もありません。だからこそ……』
「だからこそ、お互い手を引けと?」
『察しが早くて助かります』
「なるほど。無理ね」
豊姫ははっきりと言い切る。
「これだけ月の都に被害を出しておいて、ハイそうですかと見逃すわけにはいかないわ」
『素直にあなた方が我々の捜索を許してくれるとは思えない。だからこその手段だ。それともあなた方は頼めばこの不浄なる身の我々を月に入れ、捜索を許してくれたのですかな?』
「……ここは浄土。不浄な者を入れるわけにはいかないわ」
『ならばこれは致し方ないと思うがね』
「そう。ならば私達はあなた方ご自慢の船を落とすまでよ」
豊姫の言葉に反応し、依姫はその刀を抜き払う。
その音を聞き取ったのだろう。メタナイトは無線機の向こうで納得したような声を出す。
『そうか。ならばこちらも抵抗させてもらうとしよう』
メタナイトはそう言った。
瞬間、綿月姉妹はあるものの接近を感知した。
それは、あり得ざる者。
「なぜだ!? 一体どういうことだ!?」
『見たままだよ、綿月依姫殿。幻覚でも、よく似た誰かでもなんでもない』
「……蓬莱の薬を飲んだわけではあるまいな?」
『そんなことはない。我々は貴女方が言うような、不浄なる一生物だ。ただ、我々はゲームの世界の存在で……残機が増えたり減ったりするがな』
綿月姉妹の視線の先にあるもの。
それは、浄化したはずのカービィが、ドラグーンに騎乗し迫る姿であった。
無傷。消耗もなし。
完全に綿月姉妹と戦闘を行うその前の状態に戻っている。
その状態のカービィがこちらに迫っているのだ。
今見ているのは幻影だと信じたいほど。
だが、確かに鋭敏な月人の感覚はカービィの接近を伝えている。
そして、目の前に再び立ちはだかったのだ。
「復活……だと?」
「まさか。浄化によって消されながら、なぜ復活できる?」
『なに、簡単なことだ。我々はコンテニューできる。ただそれだけのことさ。……おっと、カービィ、そろそろ宅急便が来る頃だ』
さらにもう一つ、高速で飛来するものがあった。
それは、魔理沙だった。
「カービィ、受け取れ!」
投げたのは、予備の無線機。それを空中で受け止めたカービィは再び腕に装着する。
そしてその無線機からメタナイトの声が聞こえて来る。
『さぁ、カービィ、仕上げだ』
「これも受け取れ!」
続いて魔理沙は別のものを投げた。
それは虹色に輝く果実。
それは人呼んで『奇跡の実』。
それを飲み込んだカービィの体は、その実と同じように、虹色に輝きだした。
そして、感じた。
なにか、良からぬものを。
そして、察した。
何かとてつもないものを相手にしてしまったことを。
「
だからこそ、依姫は最高神を降ろしたのだ。
かの神ならもしや、と。
豊姫は扇子を構えた。
いや、それだけではない。
月の兵器という兵器、それを能力で呼び出したのだ。
遠距離攻撃は飲み込まれる。
そう理解していながら遠距離攻撃を選んだ理由。
それは、近づいた方が更に最悪な事態に陥りうる。そう二人の直感が嘯いたからである。
そしてその直感は正しかった。
地上にあるありとあらゆるものを浄化し得る兵器から、浄化の光が束になって飛ぶ。
太陽の光が、熱量が、それら全てが収束し、レーザーと化す。
その二つの攻撃はカービィを挟み込むようにして放たれた。
これで双方当時に対処することは難しくなっただろう。
がしかし、カービィは数歩後ろに下がっただけ。
そしてそのまま、吸い込んだのだ。
そう、光であるレーザーを含んだ、二方向からの攻撃を。
光は空間を直進する。曲がることはありえない。重力レンズも光が歪んでいるわけではなく、あくまで重力によって歪められた空間を直進しているのだ。
ならば、空気の吸引であるはずの吸い込みはどうか?
なぜ、レーザーがその軌道を不自然に曲げ、飲み込まれているのか?
もはや、説明などできはしない。奇跡というしかなかった。
いや、それだけではない。
己から、何かが引き剥がされているような、そんな感覚すら覚えた。
そして、自分の神力、霊力が、その吸い込みによってカービィの胃の腑へ流れていることに気がついたのだ。
力の流出は止められない。
依姫は、降ろした
分霊は本体と同じ力を持った存在。それが引き剥がされようとしているのだ。
やはり、止められない。
だれもこの万物への爆発的な吸引力を止めることはできない。
『貴女方は我々を不浄と言った』
身動きの取れない綿月姉妹に、メタナイトは無線から語りかける。
『生きとし生けるものは不浄と言った。私は浄土信仰といった宗教に詳しいわけではない。だが、浄土というのは、この世の苦しみと生命の輝きもあってこそ、美しく輝くものではないのか? この世の苦しみと生命の輝きを徹底的に排した浄土は果たして美しいのか? 私は疑問を貴女方に提示しよう。そして見るがいい。きっと誰よりも強く輝く、生命の輝きを』
月人は浄土への依存で力を得た。
しかしそれは生命というものを排する行為であった。
生命の輝きを、彼らは否定したのだ。
何億年と紬続けた生命の営みを、彼らは否定したのだ。
寿命を恐れ、生命の輝きから逃れ、生命の輝きを否定した月人。
そんな存在なぞ、誰よりも強い生命の輝きを持ったカービィの敵ではなかった。
月の兵器は力を全て奪われ、ことごとくがカービィの胃の腑へ落ちた。
二人の力も、吸い取られた。
残るは頰を大きく膨らませるカービィと、消耗した二人。
その二人に、強烈な反撃を繰り出した。
口から吐き出される、様々なものが混じった極太のレーザー。
いや、もはやレーザーと呼んでいいのかわからないもの。
それは綿月姉妹の足元に着弾し、大規模な爆発を起こした。
その爆煙が晴れた時、そこに両の脚で立っていたものはいなかった。
そこにいるのは、倒れ伏した綿月姉妹。
それを確認したメタナイトは返事のないこと承知で呟いた。
『なに、悪く思うな。その思想が悪いと思えない。ただ……過激な思想は敵を作るぞ? 昔の私のようにな』
その声色はどこか懐かしそうであった。
●○●○●
「では輸送してくれ」
『わかったヨォ。あ、あとハルバード動かしたあとの空間操作は厳しいナァ。さっきのでヘトヘトだヨォ』
「わかった、休むといい」
メタナイトが無線機の向こうの誰かに指示を出す。
出し終えたあと、魔理沙はカービィを抱きかかえながらメタナイトに詰め寄った。
「あれは一体何だったんだ?」
「あれとは?」
「全部だ! カービィ復活も、取ってきたものも、あの変な実も!」
質問攻めにあったメタナイトはしばし考え込む。
「ううむ。最初と最後の質問は悪いがパスだ。残念ながら答えられん。しかし2番目の質問には答えよう。アレは『夢の泉』。夢を生み出し夢を叶えるアイテムのスターロッドの台座であり、二つ揃ってようやく本当の力を発揮する」
「それで、メタナイトはなにをしようとしたんだ?」
「それは……」
メタナイトはチラとデデデ大王に目配せする。デデデ大王はわずかに首を縦に振った。
「……ここは“現実”でもある。だからこそ我々の願いが叶うのではと思って活動していたが……残念ながらこれでは出力不足であると判明した」
「ってことは完全に無駄骨か?」
「いや、そうではない。スターロッドと夢の泉は極力近くに置いておきたい。でなければなにが起こるかわからないからな。どっちにしろ、我々には回収する義務があったわけだ」
「なるほどな……ってことは、結局お前たちの目的は達成されない、ってことか?」
「さぁ、どうだろうな……おっと、夢の泉が幻想郷に運び込まれたようだ。場所は地下洞窟か。人の目を避けるのには丁度いいな。ではそろそろ我々も魔術師の力で帰還するとしよう」
若干はぐらかされた気はしたが、魔理沙は諦めて外を見る。
すると前には、行きのように空間の裂け目が現れていた。
そこへ突っ込むハルバード。
抜ければきっと目の前には美しい幻想郷へと戻ることができるのだろう。
そう、生命の輝き溢れた幻想郷に。
そして目の前は明るくなり……
「ようこそ、魔理沙。そして……カービィ」
突然暗くなったかと思うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そこはすでにハルバードのブリッジではなかった。岩の床、岩の壁……洞窟と表現するのが正しいだろう。
そして魔理沙の立つ目の前には、幻想郷の管理者、声の主、八雲紫が佇んでいた。