東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「……ん? あれ?」
デデデ大王は辺りを慌ただしく見回した。
当然だ。周りの景色がいつの間にかハルバードのブリッジから見知らぬ岩場に変わっていたのだから。
「おーい、誰かいないのかー?」
「ここにいるぞ?」
そして、突如後ろから声をかけられる。
振り返ればそこには、真横に伸びた二本の角が特徴的な鬼の童女が手頃な岩に座り、盃の酒を飲んでいる最中であった。
「ん? 誰だお前は。まさかお前の仕業か?」
「違う違う。あんたをここに移動させたのは八雲紫だよ。胡散臭い妖怪を見なかったかい?」
「さぁ。見てないな」
「そりゃ残念だ」
盃の酒を飲み干した鬼は岩から飛び降りる。
その仕草は見た目通り子供じみたもの。しかし、それでいて長く生きた貫禄が内側から染み出しているかのようだった。
「おっと、名乗ってなかったね。私は伊吹萃香。鬼だよ」
「鬼か。旧地獄で飽きるほど見たな。俺様はプププランドを治めるデデデ大王だ」
「ほう、噂通り大王サマか。こりゃ敬意を払わないとね」
「で、なんだ? 大王たる俺をさらうということは身代金の要求か? あいにく、ワドルディは人の言葉を話さない。到底会話ができるとは思えんがね」
「違う違う。私が紫から“頼まれた”のは『送った奴の抹殺』さ」
「まさか暗殺とはな。驚いたぜ」
「どうだろな? 他の連中も同じようになっているらしいぞ? ほれ、アレ見てみ」
萃香の指差す先。
そこには先ほどまでいたハルバードが、夜明けの空から現れる鎖によって空中に縛り付けられている様子であった。
「……酷く目立つ場所にあるがいいのか?」
「さぁ? 紫の考えることはわからん。さて、それよりも……」
萃香は瓢箪と盃を投げ捨てる。
そして右足を強く踏みしめる。
ありえないことに、岩は砂の城のように砕け、飛び散った。
「殺し合いだ、デデデ大王。でも私はしばらく強者に会ってなくて退屈しているんだ。もし私のお眼鏡に叶うならば、紫の頼みに背くことになるが、生かしてやるかもしれん」
「なるほど、そりゃ怖いな。俺は大王であって兵士ではないんだがな」
デデデ大王は木槌を持つ。
だが、その木槌を構えることなく、木の板を一枚剥がしだす。
そこには、小さな機械が埋め込まれていた。
そしてそれをデデデ大王は迷わず押す。
瞬間、滲み出るように別のものが現れた。
黒金の仮面と、黒金の巨槌。
デデデ大王はその厳しい黒金の仮面を被り、総金属製ならば到底持ち上げることなどできなさそうな黒金の巨槌をあっさりと持ち上げる。
「ほぅ、いいねぇ。まるで昔の鬼のようだ。金砕棒を振り回してた頃が懐かしいよ。……しかしその装備……本気だね?」
「お前が本気ならば、俺様とて本気を出さなくてはなるまい」
「ハハハハハ! 嬉しいねぇ! 鬼は情熱的だ。想いに応えてくれる奴が大好きさ!」
「さぁ、やろうか?」
デデデ大王のその誘いに、萃香の笑みは凶悪なものに変わる。
そう、まさに全盛期の鬼のように。
「ああ、いいだろう! 不足なしだ! 鬼の拳、とくと味わえぇぇぇぇぇ!!」
「グワォォォォ!!」
萃香の怒声が、デデデ大王の咆哮が、幻想の地に轟いた。
●○●○●
「みんなー、いくよー!」
魔法の森の一角を、橙が進んでいた。
いや、橙だけではない。犬や猫、狐、狼、蛇、烏……その他さまざまな動物が橙の後をついて進んでいた。
ただし彼らは単なる動物ではない。紫と藍が使役する式神である。
人型をとっていないあたり、橙よりも低位な妖怪だと考えられるが、紫と藍という大妖怪によって能力にブーストがかけられた妖怪だ。人を容易に殺すこともできるだろう。
紫と藍にかかればもっと高位の式神を作り出せるのだろうが、今回は頭数が必要なのだ。
その数、合計で100は超える。
橙たちに課せられた使命。それはワドルディの集落の壊滅。
一体何体いるかもわからないワドルディの集落を襲うならば、これくらいの数はいるだろう。
ただ一つの救いは、ワドルディたちの戦闘能力は低いことか。
「む、見えてきたね」
やがて魔法の森は、突如人の手によって切り開かれたようなひらけた場所に出る。
事実、ワドルディによって切り開かれた後だ。
奥には大量の小さなログハウスが並んでいる。
これら全て、ワドルディ達の拠点だ。
烏のような鳥の式神は高空へ飛び立ち、上からワドルディを探す。
そして、一部の式神は集落を回り込むように動き出す。
ワドルディ一人たりとも逃さない。そんな陣形。
そして最も大きな橙率いる隊が集落へと踏み入る。
中心から外側へ。外側から内側へ。そう攻め立てることにより挟み撃ちにする作戦だ。
だが、橙がその集落に踏み入れた途端、その異常に気がついた。
人っ子一人……いやワドルディ一人も居ないのだ。
どこを探しても、恐る恐る建物の中を見ても、誰も居ない。
「んー? どこにも居ないなぁ」
鳥系の式神達が報告に来る。
やはりワドルディの姿は見つからなかったらしい。
「むー。一体どこに行ったんだか……もしかしてあそこかな?」
橙の目に入ったのは、一際大きな建物。
もしかしたら、自分たちを察知してあそこに立て籠もっているのかもしれない。
式神を引き連れ、その建物を目指す。
やはり、他の建物とはどこか違うようだった。
まるで、防御拠点のような、そんな建物。
やはりここにいるのかもしれない。
そしてその予想は、見事に的中した。
「いらっしゃい。これまた大勢だね」
いつの間に書いたのだろうか。その建物の門の前にあるワドルディがいた。
青いバンダナを巻いた、喋る個体。
だが、ここで橙は首をかしげる。
「あれ、確か君ってあの大きな船に乗ってなかったっけ? 藍様そう言ってたよ?」
「うん。乗ってたね。でも閉じ込められる前に飛び出してきたのさ」
「ふぅん?」
あの紫が包囲したのだ。そう簡単に逃げられるのだろうか?
多少疑問に思いながらも、そういうもんだと納得するしかあるまい。
どちらにしろ、これは変りようがない。
「で、どうするのさ? うちは100人ほど。そちらは一人じゃないか」
そう、数による圧倒的有利。
集落にいるワドルディ全員で立ち向かえば、もしかしたら突破できたかもしれないが、目の前にいるのは非力なワドルディ一人。
しかしバンダナのワドルディは落ち着き払って言う。
「うん。他のワドルディはみんな逃げたし、確かに一人だね」
「その一人でどうやって立ち向かうのさ?」
「こうするよ」
突如、ワドルディはあるものを取り出す。
それは、ボタンがついた機械。
そのボタンを何のためらいもなく押した。
途端、地響きが起きる。
見れば、巨大な鉄塔……恐らく30メートル程のものが、地面から伸びてきたのだ。
それが集落の四隅を囲うように現れる。
そしてその鉄塔の天辺を頂点にして、壁が現れる。
直感的にそれが結界のようなものだと理解した。
「電磁気を利用したバリアだよ」
「なるほどー。閉じ込めたわけか。でもどうするのさ? 君一人じゃ私達には敵わないでしょ? それに鉄塔くらい壊せるよ? 」
「だろうね」
バンダナのワドルディは表情を変えることなく言う。
それが、橙はどことなく不安であった。
いつの間にか、眉が険しくなる。
「そう怖い顔しないでよ」
「……何を企んでるのさ」
「うーん、そうだねぇ。ボクは人の言葉を喋ることができる、っていう個性を持っている。君たちが知っているようにね」
「……うん」
「どんなワドルディにもそれぞれ個性を持っている。そして……別にワドルディが持っている個性は、一つじゃないんだよ?」
バンダナのワドルディは壁に近寄る。
そして、立てかけてあった槍を手にする。
「ボクのもう一つの個性は、ちょっと他の子よりも槍を使うのがうまい、ってとこかな」
ブォン、と槍を一振りする。
バンダナのワドルディは普通のワドルディと同じように、小さい。
しかし、その槍に怯えるように式神達が後ずさる。
「さて、足掻こうじゃないか」