東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
ドン、と背中に衝撃が走る。
その衝撃で肺の中の空気が一気に漏れ出し、少し呼吸ができなくなる。
何度か咳き込み、息苦しさが無くなってようやく辺りを見回す余裕ができた。
そこは、自分の家、霧雨魔法店の軒先であった。
紫がここへ落としたに違いない。
当然、カービィはいない。
ついでに帽子も向こうに落としたようだ。
しかし幸いなことに、箒と八卦炉はちゃんと持っていた。
こうしちゃいられない。
早く、カービィの元へ行かなくては。
いや、果たしてそれは正しいか?
紫と比べて、自分一人は非常に頼りない存在。
のこのこ出向いたところでまたスキマによる強制転移が待っている。
なら、どうする?
カービィを見捨てる?
そんなのもってのほか。
だが自分一人ではどうしようもない。
ならば……頼れる者は一人だけ。
魔理沙は箒にまたがり、弾かれるような速度で飛んで行った。
●○●○●
まだ朝日は登らない。
草木も未だに眠っている。
そして貧乏巫女もまた、布団の中で快眠を味わっていた。
そのすぐそばにある虫かごの中では小人の少な針妙丸も同じように眠っていた。
しかし、その夜の快眠をぶち破る存在が現れたのだ。
敢えて説明するまでもない。霧雨魔理沙である。
「起きろ霊夢! 異変だ!!」
「んぁ? ああ? 誰あんた? 退治するわよぉ〜」
「ねっ、ぼっ、けっ、てっ、るっ! ばっ、あっ、いっ、かっ!!」
未だ夢の世界にいる霊夢の頭を遠慮なくシェイクする魔理沙。
先ほどまで熟睡していたとはいえ、流石にこれは堪えたようで、霊夢の瞳孔の焦点が合ってくる。
と同時に、その顔に不機嫌の色も混じってくる。
「魔理沙、今何時だと思ってんの? 真夜中よ!? 頭おかしいんじゃない!?」
「言ってる場合か! あのスキマ妖怪がなんか企んでやがるんだ!」
「ああ? 紫ぃ?」
いつも何か企んでいるだろ。
そう一蹴しようと口を開く。
だが、その口は中途半端に開いて止まる。
それと同時に、直近の紫の姿が思いだされる。
真剣に何か話し込む紫と萃香の姿。
二人は旧知の仲のはず。
その二人が何かに本気で取り組む。
なるほど、確かに嫌な予感がしてならなかった。
霊夢は寝間着姿からいつもの巫女装束へすぐさま着替えると、いつもの装備を取り出す。
「……ふーん、なるほど。追い出そうと思ったけど、気が変わったわ。その様子だと紫に会ったんでしょう? 案内しなさい」
「その言葉を待っていた!」
「え、ちょっと!」
その途端、魔理沙は強引に霊夢を掴み、箒の後部への乗せ、すぐさま急加速し空へと舞い上がった。
「ちょっと! 私も飛べるんですけど!?」
「お前よりも私の方が早いだろ! 事態は一刻を争うんだ!」
「一体何があったってのよ!」
「紫が、カービィ達を本気で消しにかかってる!」
「はぁ!?」
●○●○●
スキマからはドロドロした粘体が零れ落ち、地面を覆う。
さらにスキマがカービィを飲み込まんと、まるで口だけの化け物のようにカービィへ襲いかかる。
対して、カービィは避けるだけ。
好きで逃げの一手を取っているわけではない。
カービィの力であるコピー能力。
それを封じられているのだ。
魔力とか、妖術とか、そう言った類で封じているわけではない。
紫は、コピーできるものを出さないのだ。
ドロドロした粘体も、吸い込んでもなんのコピーにもならない。
当然、意図的だ。
紫が、今までカービィを観察し続けた結果編み出した戦法である。
山の戦いも、紅魔館の戦いも、冥界の戦いも、地底の戦いも、月の戦いも、全て見て、観察し、研究してきた。
三人の魔女の研究もしっかりと見ていた。
そして紫がとった戦法は、「ひたすら攻撃しない」こと。
紫のとる戦法は「封じ込め」。
カービィは空も飛べるが、ノーマルな状態ならばその速度は遅い。捕捉は容易い。
地上ではなかなかな機動力を持つが、それを封じるために洞窟の床全てを粘体で覆わんとしているのだ。
とにかく、封じ込める。カービィへ攻撃しない。とにかく、封じ込めるのだ。
ただそれだけを意識して、紫は戦っていた。
ただ……勝てるとは思っていなかった。
封じ込めるだけ封じ込めて、後はどうするのか?
全く想像できなかった。
カービィには「残機」があることが月での戦いで明らかになった。
ではその残機は一体いくつあるのか? 全く想像もつかない。
なら、なんのために紫は戦うのか?
一つは、幻想郷の管理者として、幻想郷のバランスを崩しうるという意味で危険な物体……スターロッドと夢の泉を持ち込んだという、懲罰。
そしてもう一つは……抗議。
カービィ達の成そうとする目的への、幻想郷に住まうものとしての、抗議。
カービィ達が何を成そうとしているのか知ることは、即ちこの幻想郷についても知り得るという事。
それは避けたかった。
それは知る必要のないことだから。
知ったところでどうする事も出来ない事だから。
幻想郷について紫の他に正しく知っているのは藍くらいだろうか?
だから、今回のカービィ達の殲滅には、人手を集めることはできなかった。
橙や式神は命令になんの疑問も持たず遂行するだろう。
しかし他の者達は……特にカービィ達の肩を持つ者が多い今では、到底理由を話さない限り、従ってくれるとは思えない。
そして理由を話して、知ってしまった古明地さとりのように望みを失いかけるようなことにはなって欲しくはない。
たった一人の、理由も開かせない抗議に、一体誰が耳を傾けるのだろう?
私の言葉を信じてくれる人は一体どれだけいるのだろう?
逆境という言葉すら生温い状況下で、一見カービィを圧倒しているような紫の心境は、この場で泣き叫びたい程であった。
だがそんなことはできない。私は管理者なのだ。幻想郷というちっぽけな郷の、管理者なのだ。
そんな立場の者が、弱気でいてどうする。
スキマ妖怪、八雲紫。
幻想郷創設に携わった者。
そして、幻想郷を真の意味で作り上げた者。
作り上げたものを壊されたくはない。
それも、共倒れになるような形で。
紫がスキマから流していた粘着性の液体は、ついに洞窟の床全体を覆った。
ろくに移動できなくなったカービィはホバリングせざるを得なくなる。
そして、ホバリングの機動力は弱い。
怪物の口のようなスキマが、カービィを襲う。
コピー能力を持たないカービィに撃退する力はなかった。
カービィは、スキマの中へ飛ばされた。