東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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人里と桃色玉 其の四

「ハァアアアア!?」

 

 魔理沙は声に出して叫んだ。

 いや、もし事情を全て知る者がこの場にいたならば、誰もがこう反応するはずだ。

 

 西行寺幽々子は亡霊である。当然、人あらざる者であり、人の生活域に気安く入ってきていい者ではない。

 能楽を見にきたり、百物語に参加したことはあるが、どれも妖怪神社などと揶揄される『出てきてもおかしくはない』博麗神社での催し物だ。人間の生活域からは離れている。

 しかし、ここは人里のど真ん中。白昼の催し物だ。

 いつも周囲に浮いている人魂か亡霊は見えないが、それ以外は普段の幽々子。変装なんてこれっぽちもしていない。

 

 ここで魔理沙はごく当たり前の考えが浮かぶ。

 幽々子には従者がいる。庭師の魂魄妖夢だ。

 まさか人里のど真ん中に主人がいるのに自分だけ白玉楼に籠っている、なんてことはないだろう。

 

 ちょっとあたりを見回せば、いた。

 心配そうな顔で幽々子の方を見る妖夢が、人混みに紛れている。

 人混みを掻き分け掻き分け、ようやく妖夢の肩をつかむ。

 

「ひゃっ!? ま、魔理沙さん?驚かせないでよ……」

「そりゃこっちのセリフだ。なんで幽々子が参加しているんだよ」

「それは……どうも事前にこの催し物があると察知していたようで……今朝突然、幽々子様が『さぁ、戦場に行くわよ』と言って制止も聞かずに下界に降りられたんです……」

「あぁ……うん、わかった」

 

 催し物があるとわかっていながらギリギリまで妖夢に言わなかったのは、どうせ止められるとわかっていたからだろう。

 

「で、魔理沙さんはなんでここに?」

「向こうに小さい子がいるだろ?」

「はい、居ますね。凄かったですよね、あの食べっぷり」

「あれカービィだ」

「は?」

「あれカービィだ」

「……はっはっはっ! いくら私が未熟者だからって、そんな嘘には引っかかりませんよぉ!」

「いやマジ」

「いやいやまさかぁ! ……え、本当なの?」

 

 ここで妖夢にざっくりと今までのあらましを説明する。

 その間、妖夢の顔がどんどん青ざめてゆく。心労が溜まってゆくのが手に取るようにわかる。

 

「ああ、あの厨房殺しが……?」

「そういうこった」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」

 

 あの時のトラウマがフラッシュバックしたのだろうか。頭を抱えてカタカタと震え出した。

 

 そして、とうとうその時が来た。

 司会者が意気揚々とメガホンを握る。

 

「さぁ、いよいよ、いよいよです! いよいよ決着をつける時が来ました! 決勝戦もルールは同じ! すべて食べきる、もしくはより多く食べた者が勝者となります! そしてこの決勝戦にて猛者が喰らい尽くしてもらうのは……秋の名物、石焼き芋です!」

 

 四人の参加者の前に運ばれて来たのは、湯気のたったホカホカの石焼き芋。食べやすいように冷まされてはいるが、それでも一気に口に入れるのは少々憚れる。

 しかし、ここにいるのは選りすぐられた猛者のみ。

 

「では決勝戦……始めェェエ!」

 

 司会者の号令の下、一斉に四名の選手は石焼き芋を頬張る。

 その熱さを一切ものともしない姿は、ある種勇壮さすら感じる。

 

 中でも、幽々子は圧倒的であった。

 というか、亡霊に温度なんて苦痛ですらないのだろう。

 凄まじい手さばきで皮を取り、石焼き芋を飲み込んでいく。

 司会者曰く、石焼き芋は数ではなく重さで決めている。なので数は一個ほど上下するが、皆10本ずつ配られているという。

 

 石焼き芋10本。普通は食べれまい。

 ましてや、稲荷寿司を平らげた後になど、考えたくもない。

 しかし幽々子はその石焼き芋を、なんと一本あたり5秒のペースで食い尽くしていた。

 

「おお! 西行寺幽々子、先ほどと変わらぬ凄まじいペースであります! もはやその胃袋の容量、嚥下する力、どれを取っても人間離れしている!」

「っていうか、人間辞めているんだがな」

「死んでるんですけどね」

 

 凄まじいペース。なるほど、確かに優勝もあり得る。

 

 だが、忘れてはならない。

 あの稲荷寿司全てを3秒で飲み込んだ猛者を。

 当然、石焼き芋も同じように飲み込んでいるはず。

 

 が、しかし。

 

「おおっと、どつした可愛美衣!? 手が止まっているぞ!? 流石にその小さな体ではきつかったのかー!?」

「あれ、カービィ止まってません?」

「え!? 嘘だろ、あのカービィが!?」

 

 みれば、確かに手が止まっている。

 剥かれた皮を見るに、一本は食べたようだが、その後何かを堪えるような顔をしている。

 

 まさか、人型になったことで胃の容量が減っているのか。

 

 そう思った瞬間。

 

「ヒック!」

「ん? ……しゃっくり?」

「ヒック!」

 

 我慢できずに、カービィのくちからもれたもの。

 それはしゃっくり。それもかなりの頻度で出ている。

 

「こんな時に限ってしゃっくりか……」

「幽々子様〜! 頑張れ〜! 今がチャンスです!」

「お前、なかなかいい性格してるな」

 

 物を食べるペースでは、圧倒的にカービィが上だろう。

 しかし、しゃっくりでペースが劇落ちしている今、幽々子がその差をどんどん離して行く。

 

 いよいよ、勝負が決する。

 このままでは、負ける。

 

 カービィは決意を抱いた。

 

 しゃっくりを無理矢理押し込め、石焼き芋の入った籠を掴む。

 そして稲荷寿司と同じように、口へ口へと流し込んだ。

 石焼き芋の一気飲み。幽々子の二個喰いに観客の目が行く中……ついに勝負は決した。

 

「……今、勝者が、腕を上げました! 第26回、人里大食い選手権勝者は、なんとなんと、可憐な幼子、可愛美衣です! 」

「ヒック! ヒック!」

 

 司会者が更に激しくしゃっくりをあげるカービィの腕を高々とあげる。

 小さな小さな優勝者に、見物人達は万雷の拍手を送る。

 

「可愛美衣さん、今の気持ちはいかがですか?」

「ヒック! ヒック!」

「……ちょっと無理みたいですね。では優勝者の可愛美衣さんには米俵一年分を贈呈いたします! これにて第26回人里大食い選手権を閉幕いたします! それでは皆々様、ありがとうございました!」

 

 

●○●○●

 

 

 霧雨魔法店の住所を主催者側に伝え、まずは米俵一ヶ月分を貰うことを約束した後、魔理沙はカービィの元へ向かう。

 そこは人影の居ない、広場の外れであり、そこでは妖夢と幽々子がカービィとともに談笑して居た。

 ……いや、人型になっても話せないカービィの事だから可愛がられているだけなのだろう。

 

「カービィ、終わったぜ」

「うぃ! ……ヒック」

「ありゃ、まだ治らんか」

「ぽよ……ヒック」

「無理して食べちゃダメじゃない、カービィ。せっかく優勝して一年分の米俵もらおうと思ったのになー」

「なぁ、幽々子。お前がここに来た理由って」

「ええ。優勝商品が目的よ。それ以外何があるっていうの」

「はぁ……」

「はぁ……」

「ヒック」

 

 いけしゃあしゃあと述べる幽々子に魔理沙、そして妖夢も脱力する。

 そんな二人を見て幽々子はコロコロと笑い、そしてカービィの頭を撫でる。

 

「ま、絶対に勝つ勝負なんて面白くないものね。弾幕ごっこが美しい理由の一つね。今日は面白かったわ、カービィ。また“あそび”ましょうね」

「ぽよ! ……ヒック」

「ふふふ、それじゃあ、また」

「では失礼します」

 

 幽々子は優雅に、妖夢は一礼し、冥界へと去って行く。

 魔理沙達も家に帰り、夕暮れ頃には無事飲まされた薬の効果も切れ、カービィは元のもっちりした姿に戻った。

 トラブルしかなかったが、確かにカービィは人里を満喫したのだろう。

 眠り、そしてプププランドへと帰って行くカービィの満足そうな顔を見て、魔理沙はそう確信したのだった。

 

 

●○●○●

 

 

 人里外れ、まだ日の高く昇っている時。

 灰色の人影がそこに立って居た。

 人型になったカービィをそのまま灰色にしたかのような人物が。

 それに向かって、声をかけるものがいた。

 

「スリとは感心しないな、英雄の影。いや、影だからこそか……」

「……」

 

 声をかけたのは、仮面の騎士、メタナイト。既にギャラクシアを鞘から抜き払っていた。

 その姿を一瞥した灰色の人影は、握っていたいくつかの小刀のうち一本を鞘ごと一飲みした。

 一部の大道芸人を除いて人では不可能な所業。

 しかし驚くべきはここではなく、この一瞬後。

 その頭にはいつのまにか灰色の頭巾と、その小柄な身長に見合った短刀が逆手に握られていた。

 

 そして両者、互いの立ち位置のちょうど中間点で衝突する。

 

 火花散り、刃は煌めき、剣閃が跡を引く。

 歴戦の戦士と歴戦の戦士の戦いが、そこにあった。

 しかし、年の功で言うなれば、メタナイトが上。

 ギャラクシアが、その身を割いた。

 

 しかし、次の瞬間、灰色の人影は、跡形もなく消える。

 

「逃したか……木っ端微塵の術か……」

 

 気配が完全に消えたことを確認し、メタナイトはギャラクシアを鞘に収め、独りごちる。

 そしてしばらく思案し……通信機を取り出す。

 

「クルーに告ぐ。シャドーカービィの行方を追え」




「カービィ さつまいも しゃっくり」でわかる人は今どれだけいるのでしょうか?

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