「……本当にこんな簡単な事でいいのかしら」
王都にある自宅で、私は手に持っている黒いナイフを弄りながらそう呟いた。
そして私の足元には、一つの魔法陣がある。
「これで何も起こらなかったら、あの悪魔絶対に許さないんだから……」
バニルとの契約は成立した。
しかしバニルは私の願いを叶えようとはせず、代わりに『私が呪いを解くための手段』を教えてもらった。
そしてその対価も、実に馬鹿らしいというかなんというか。
「……まぁ良いか、私は私のやる事をするまで。けど……この事がもしキールさんにバレたら怒られるだろうなぁ」
そして私は、ナイフを持ち上げ、ゆっくりと……自身の胸に突き刺した。
あぁ、とても痛い。
最初はじくりと、やがてそれは激しさを増していく。
自分の血がナイフの下から溢れ、魔法陣を汚していく。
痛い、痛い、痛い。
苦痛と同時に湧き上がるソレは、さらに私のカラダを蝕んでいく。
バニルに教えてもらった手段とは実に単純なものだ。
私が、魔王城に単身で乗り込めるほどの力を身に付け、ベルディアを倒せば良い。
バニルはそう言った。
そしてその力を得る為に、ある秘術を教わった……
そう、『リッチー』になるための秘術を。
「あれ、ここは……」
気が付けば、見知らぬ空間にいた。
いや、空間というより瞼を閉じた時のあの感覚に近かった。
意識ははっきりしているようで、朦朧としているような曖昧な感覚。
それが心地よいものなのか、そうではないのかすらわからない。
そして気がつく、自分の目の前に誰かいる事に。
『初めまして、やっとこうして顔をあわせられました』
それは女性だった。
しかし女性だという事はわかるのに、顔がよく見えない、靄が掛かっているように見える。
女性の声色は実に落ち着いていて、どこか気品を感じた。
『先ずはお詫びします、私という存在のせいで、あなたを長い間苦しめてしまった事を』
女性は申し訳なそうに言う。
「……あぁ、あなただったんですね。俺の前世は……」
その言葉で理解できた、この女性が件の自分の前世の人という事に。
『私は既に終えたモノ、ここにいる私もかつての私の残り香のような存在……本来であれば、目覚める事はなかった筈だというのに……どうしてでしょうかね……」
「それはきっと、この世界……いや、ある人に対する貴女の想いが本物だったということですよ」
時々夢のように、見憶えのない記憶をみる事があった。
今にして思えば、あれは全てこの女性の記憶だったのだろう。
そしてその記憶には、毎回決まってある人物が登場するのだ。
その人物に、この女性はきっとある想いを抱いていたのだろう。
それは死んだ後も、こうして自分の魂の中に残ってしまうほど、強い想いを……
『……そうね、きっとそうなのよね。嗚呼『XXX』、やっぱり私はあなたのことを忘れられないのね』
女性は俯いていた顔を上げた。
『……約束したんです、彼と……お互い生まれ変わったらまた会おう、また愛し合おうって』
「…………」
『けれど、私の我儘であなたを苦しめてしまうのなら……私は消えた方が良い。誰かの人生を踏み台にして手に入れる幸せなんて、私は求めてない』
女性は腕を広げ、自分に言い放った。
『今なら私を完全に消せます、あなたの意思で私を拒絶してください……そうすれば私はあなたの中から居なくなりますから』
……たしかに今なら出来そうな感じがした。
バニルの言葉で、この女性をはっきりと知覚したからだろうか……自分が拒絶すれば、この女性は消え、この体、魂は完全に『ウィズリー・リーン』のものになるだろう。
「……お断りします」
『え?』
まぁ、だから何だという話だが。
『何を言ってるんですか……? このままではあなたは』
「いえ、それについてはもう大丈夫です。俺が苦しんでいたのは、何も貴女の責任だけじゃない……俺も、貴女という存在から目を背け、否定し続けたからでしょう」
確かに、自分という存在に前世は必要の無いものかもしれない。
しかし、それは考え方の一つに過ぎない。
それならば自分は、この女性の気持ちを汲み取って生きていくという考え方をとっても良いのではないだろうか。
それは単なる偽善かもしれない、自己満足なのかもしれない。
けれども、自分は……死んでも想い人の事を想い続ける彼女を、無駄にはしたくなかった。
「たとえ前世だろうと何だろうと、貴女も俺です。俺も貴女なんです……だから、貴女を消したりなんてしたくない」
『……優しいんですね、
そして自分は彼女に手を差し伸べた。
彼女はその手をそっと掴み……
『よろしく、
「よろしく、
「うぅん……」
目が覚めた、何だか変な夢を見ていた気がする……
「……いや、夢じゃないか」
すっと立ち上がって、体の具合を確認していく。
ナイフで刺した傷は綺麗さっぱり塞がっていた。
そして部屋の片隅に置かれた姿見を覗くと、その肌は雪のように真っ白な、血色を失ったかのような色になっていた。
加えて心臓、脈すらも動いておらず、代わりと言わんばかりに身体中から魔力が溢れ、力に満ちていた。
「……成功かな?」
どうやら晴れて
「……ふふ、どうせなら『彼』と同じように骸骨になっても良かったんだけど……」
何故かは知らないが、リッチーになっても肉体は腐ったりはしなかった。
これは好都合と捉えても果たして良いのだろうか?
まぁ良いか、時は一刻も争う。
とりあえず血塗れの服を脱いで着替えないと……
「? 何これ?」
着替えをしようとすると、ようやく部屋の片隅に置かれた大きめな箱の存在に気付いた。
これに今の今まで気が付かなかったとは、余程切羽詰まっていたのだろうか。
特に警戒はせずに、ゆっくりと箱を開封していくと、そこには……
「わぁ……」
紫色のロングドレスと、それに合わせた黒色のローブが入っていた。
サイズを見ると、私のサイズとがぴったりだった。
贈り主の名前などはなかったが、これは私に対する誰かからの贈り物だろう……
「まぁ、誰かは察しがつくけど」
そう言って苦笑をする。
全く、いくら死ぬのが確定してるからといってこんな高価な贈り物をしてくるとは……
「待っててねみんな、もう少しで助けるから」
次回最終回となります。