その日朝は、突然外から鳴り響くサイレンのような音で目を覚ました。
『緊急! 緊急! 避難警報発令! 現在この街に百年ガエルが接近中です! 街の住人の皆様は直ちに避難してください! そして冒険者の皆様は至急、装備を整えて冒険者ギルドに来てください!』
そんなサイレンが何度も鳴り響いている。
窓を開けて外を確認すると、道は人で埋め尽くされており、全員慌てながらも街の出口の方に向かっていた。
横や上からもドタバタと誰かがせわしなく動き回っている音が聞こえる。
「これはいったい……」
これではまるで、爆撃から逃げる戦争中の街だ。
ひとまず冒険者である自分は、アナウンスに従って装備の準備を始める。
「……百年ガエル?」
アナウンスの内容を聞く限り、百年ガエルとやらがこの街に近づいているから早く避難しろと言っている。
つまりその百年ガエルは強力なモンスターか何かなのだろうか。
宿を飛び出し、人ごみを掻き分けながら冒険者ギルドに向かっていると、目前には同じ冒険者の人がちらほらと走っていた。
おそらく自分のように冒険者ギルドに向かっているのだろう。
「あの、百年ガエルってなんですか?」
その中の一人に並走してからそう訪ねた。
「え、あんた百年ガエル知らないのか!? あの機動要塞デストロイヤーに並ぶ大物賞金首だよ」
そう言われてもその機動要塞デストロイヤーとやらも自分は知らないのだが……
そうこうしているうちにギルドに到着した。
ギルドの扉を開けると、中にはたくさんの冒険者達がそれぞれの最大限であろう重装備をしながらギルドの職員の人達と何かを話し合っている。
「あっ、ウィズ遅いじゃない!」
その中にはブラッドとロザリーもいた。
ブラッドはいつもの軽装ではなく、鎖帷子などを含んだ関節部分以外を覆う全身鎧だ。
ロザリーも格好はいつもと変わらないが、よく見るとたくさんの魔道具らしきものを身につけてる。
「お集まりの冒険者の皆さん、まずはこの街を守るために集まっていただきありがとうございます!」
ギルド内がざわめく中、サンが声を張り上げた。
「これより、対百年ガエル討伐の緊急クエストを行います。職業もレベルも関係なく全員参加のクエストです! もし防衛が失敗した場合でも、街を捨てて全員で協力しながら逃げますので一致団結していきましょう!」
防衛が失敗したら街を捨てる……どれだけ厄介なのだろうかその百年ガエルとやらは。
「それでは皆さん、只今より対策会議を行うので各自好きな席に着いてください!」
普段は酒場になっているスペースの中央にテーブルを集め、その周りには円形に椅子が並んでいる。
ブラッドとロザリーと共に、テーブル近くの椅子に座る。
「さて、では現状の説明をする前に……百年ガエルの説明が必要な方はいますか?」
すっと手を挙げる……あれ、もしかして自分だけ?
自分以外に手を挙げている冒険者はいない。
「えっと、まぁ知っている方も改めて聞いた方が良いでしょう。百年ガエルは、ジャイアントトードの変異種が永い年月を経て成長したモンスターと言われています。姿形は普通のジャイアントトードと大差はないものの、その大きさは小さな城くらいの大きさを有しています」
……つまりあのカエルのさらにデカイ奴ということか。
「さらに普通のジャイアントトードと違って、特殊な能力も有しています。百年ガエルは冬眠すると百年間を地中で過ごしますが、その間に自らの生殖器を使い体内でジャイアントトードの卵を作り出し、そのまま体内で育てることができます。育ちきったジャイアントトードは母体となった百年ガエルの体内を飛び出します」
自らで子供を生み出し、それを世の中に解き放っていると……あっちからしたら種の存続のためだろうが、こっちからしたら厄介過ぎではないかその能力。
「なるほど、だからここ最近ジャイアントトードが大量発生してたのね。この辺の近くで冬眠から目が覚めそうな百年ガエルがいたから……」
「えぇ、おそらくはそうかと……」
ロザリーが推測を口にする。
「えっと……結局のところその百年ガエルを倒すことは可能ですか?」
百年ガエルの生態は理解できたが、問題なのはそいつを倒せるかどうかだ。
「……難しいでしょうね、戦闘能力事態は普通のジャイアントトードと大差はありませんが、やはり厄介なのは大きさです。その分厚い皮膚は物理攻撃をほとんど無効にし、魔法攻撃も全くとは言いませんが、効果は期待できません。それに不用意に近づけば、ぺしゃんこにされてしまうし、遠くから遠距離攻撃をし続けても致命傷を与えることはできません」
…………
「さらには百年ガエルは古代種として扱われています、その歴史は千年以上も前からあり、いくつもの都市や街が犠牲になってます。もし倒すことができていたのなら、古代種になんてなりません」
うーん、なんか倒せるのか本当に不安だ……
「じ、じゃあ進行方向をどうにか変えることは? どうにかして街から離すことができたら被害を出さずに済むのでは……」
「それも無理でしょうね、百年ガエルは呑み込んだ物の大抵は栄養に変えてしまうので、なんでも呑み込みます。普通のジャイアントトードはエサとして牛や山羊などを好みますが、百年ガエルは何故か石や金属といった硬いものを好むようで……」
「つまり石材やレンガ、金属をふんだんに使った建造物を好むと……そしてそんな建造物の密集地帯である街や都市を餌場に選ぶということですか?」
「えぇ、その通りです」
いやまぁ、人肉を好むとかよりはマシかもしれないが、なんとはた迷惑な好みをしているのだろうか。
好き嫌いはよくないと思います。
「百年ガエルの説明は以上です。次は具体的な解決策を皆さんで考えましょう」
それからしばらく、皆んなで意見を出し続けたが未だに良い案が出てこなかった。
「他に……何か意見がある方は?」
サンの言葉に誰一人答えることはもうできなくなっていた。
「……あの、魔法攻撃は効きにくいってさっき言ってましたよね? けど少なくとも効果はあるなら単純に魔法攻撃で攻撃し続けるっていうのはだめですか?」
塵も積もれば山となるなんてことわざがあるくらいだ。
案外ゴリ押しでいけるのではないだろうか。
「あのねウィズ、あんたは上級魔法をいくつも使えるから良いけど、ここは駆け出しの街よ? 他の魔法使いはせいぜい中級魔法くらいしか使えないわよ。当然中級魔法のゴリ押しで倒せるならとっくに倒せているはずよ。上級魔法が使えるのがウィズだけしかいないのなら、焼け石に水ってもんよ」
「むぅ……」
ロザリーの言う通りだ。
圧倒的に火力が足りないのなら、ゴリ押しなんてしても無意味である。
しかし困った、完全に手詰まりだ。
時間も無限にあるわけでもないし、なんとか打開策を……いや、待てよ。
そういえば火力だけがやけに強くて、使い所に困っていて封印していた魔法があった。
「……火力ならなんとかなるかもしれません」
自分の言葉に全員ががこちらを注目する。
「私が爆裂魔法を使います」
そう、爆裂魔法があった。
「は? ば、爆裂魔法ってあの爆裂魔法か?」
「あのネタ魔法扱いされてるあの爆裂魔法か!?」
爆裂魔法、それは爆発系の最上級クラスの魔法で、その特徴は威力だ。
並大抵のモンスターなら一瞬で塵にするどころか、おまけで周りの地形すら変形させるほどの高火力魔法。
人類が持つ中で、最高最大の攻撃魔法だ。
難点を挙げるとすれば、消費する魔力が尋常ではないのと手加減することができないところだが、使い所さえ間違わなければ間違いなく最強の攻撃魔法である。
「いやちょっとまって、ウィズ爆裂魔法なんて習得してるの!?」
「う、うん。一応……」
なにせ初めて習得したのが爆裂魔法だ。
あの日の出来事は多分一生忘れない。
「本当にデタラメなのねウィズって……」
あれ、そこ呆れられるところだろうか。
「ですが爆裂魔法ならいけるかもしれません……けど」
「どうやって正確に当てるかだよな」
そう、爆裂魔法に限らず攻撃魔法は当てなければ意味がない。
確かに爆裂魔法ほどの範囲攻撃なら、多少狙ったところからズレても当たりはするだろう。
しかし今回の相手である百年ガエルはそうはいかない。
普通のとジャイアントトードと比べて百年ガエルの皮膚は相当硬くなっているらしい。
なので比較的皮膚が柔らかいお腹の部分か、頭の部分を狙った方が効果的だ。
しかしそうなると、巨体とはいえ普通のカエルのように飛び跳ねて移動をしている相手のある部位に正確に当てるというのは至難の技だ。
流石に爆裂魔法は消費魔力が凄まじく高いので連発できる魔法ではない。
撃ててせいぜい数発が限度であろう。
つまりできる限り一発で当てなければならない。
「あの、動きを止める方法も思いついたんで、とりあえずこの場にクリエイターの職業の人が何人いるか教えてくれませんか?」
自分の言葉に数十人ほどの手が上がる。
よしよし、思ったよりも人数がいて助かった。
「それ本当かウィズ、どうやって動き止めるんだ?」
「いたってシンプルだよ、獲物を捉えるには上質なエサがなくちゃね」
「ねぇウィズ、あんたってニホンジンってやつなの?」
「え、急にどうしたのロザリー?」
まさかロザリーの口から日本人なんて単語を聞くとは思わなかったため、素直に驚いた。
「いや、もしかしたら今日があたし達の命日かもしれないじゃない? 聞きたいことは今のうちに聞いておくべきかなって」
「ちょっとやめてよ、縁起でもないこと。大丈夫、命日になんてさせないし、私ができる範囲でなら絶対にみんなを守ってみせる」
「そう……ありがとう」
あれ、今の台詞ちょっとフラグではないだろうか。
「それでそれで、ニホンジンなの?」
「あー……まぁそうだけど。なんでそう思ったの?」
確か前に日本出身とは言ったが、それだろうか。
「ほら、王都には紅魔族とはまた違う変わった名前を持つ冒険者が結構いるらしくてね、その人達はニホンジンって呼ばれてるの。ニホンジンは誰も彼も特殊な装備や能力を持っているらしくて、この前ウィズが出身はニホンって言ってたの思い出してね、もしかしたらーって思ったのよ。ウィズも規格外な魔力持ってるし」
なるほど、やはり美国さんのように王都で活躍している日本人は多いみたいだ。
「あれ、でもウィズは特に変わった名前じゃないわね……」
まぁ自分の名前は日本人のものではないし、どちらかというとこっちの世界に近い方だろう。
「その話はまた別の機会にね。ほら、おいでなすったみたい」
今自分とロザリーは街の城壁の上にいるが、そこからでも地響きは伝わってきた。
次第に地響きが大きくなっていき、やがて丘の向こうからそれは現れた。
「うわ、想像以上にデケェな! デストロイヤーと同じくらいじゃねぇかありゃ!?」
城壁の下の平原で待機している冒険者の一人がそう叫ぶ。
気持ちはわかる、自分だってあんなにでかいとは半信半疑だった。
『皆さん落ち着いて、防衛班は地響きで驚いて地中から出てきた普通のジャイアントトードを相手にしてください! 絶対に他の班と街に被害が及ばないようにお願いします! 支援班は防衛班に支援魔法を! クリエイター班は私の指示を待っててください!』
ギルドから借りた拡声器の魔道具を使い、指示を出す。
作戦のほとんどが自分の提案なので、こうして指示を出すのは自分が適任だと任せられてしまったときは不安だったが、案外やってみるもんだ。
「と、じゃああたしも支援班の援助に行くわ……汝に女神エリスの加護があらんことを、『ブレッシング』!」
ロザリーに去り際に幸運を上げる魔法を掛けられた。
幸運値が平均より低い自分には最適の魔法かもしれない。
「そろそろかな……」
標的が魔法の射程範囲内に入った。
拡声器の魔道具を口に添えると声を張り上げた。
『クリエイター班! 今です!』
「「『クリエイト・アイアンゴーレム』!」」
待機していたクリエイターの冒険者達が一斉にゴーレムを作り出す。
街中の金属をかき集め、それを素材として使ったアイアンゴーレムは、百年ガエルにとっては極上のエサになるだろう。
生み出されたゴーレム達は、百年ガエルの進行方向を遮る形で整列をした。
すると、ゴーレム達に気づいた百年ガエルが飛び跳ねるのを止めて、その大きな口でゴーレムを呑み込み始めた。
「おぉ! 本当に動きが止まったな!」
冒険者の一人が歓喜の声を上げる。
百年ガエルはジャイアントトードの変異種、ならば根本はジャイアントトードと変わりがないのではないだろうか。
その仮説が真実だとすれば、百年ガエルもエサを食べている間は動きが止まるのではないかと……
そう思いこの作戦を実行したが、どうやら正解だったようだ。
「よーし! 派手にやっちまえウィズ!」
遠くでそんなブラッドの声が聞こえた。
杖を掲げ、魔力を練り上げる。
狙いは百年ガエルの頭、外すわけにはいかない……!
大気が震え、辺りには火花が飛び散っている。
やがて詠唱が終わり、魔法を解き放つ!
「『エクスプロージョン』!」
瞬間、爆音が鳴り響き平原は砂埃で包まれた。
「おおすっげなぁ! これが爆裂魔法か」
「生で見るの初めてだよ、流石にこんなの食らったなら古代種だろうが大悪魔だろうが木っ端微塵だな」
「今日は派手に祝杯だな!」
各々が歓声の声を上げる。
しかしフラグにしか聞こえない台詞は少し止めていただきたいのだが……
そして土煙が晴れていくと、それは起こった。
「……!! みんなまだ油断しないで!」
そこには百年ガエルが、何事も無かったかのように鎮座していた。
「はぁ!? あんなの食らってまだ生きてんのかよあいつ!」
「というか、あいつの頭……なんかおかしくない?」
その言葉に百年ガエルの頭を見てみると、そこには緑色の皮膚が剥がれ、様々な輝きを放つ物体があらわになっていた。
「あれってまさか……」
そう、明らかにあれは金属や鉱石の塊だ。
まさか百年ガエルは取り込んだ金属や鉱石で体を覆っているのだろうか。
「嘘だろ……あんなの反則じゃねぇか」
そう、反則だ。
あれでは物理攻撃どころか、爆裂魔法ですら砕ききるのは難しいだろう。
「おい! 動き始めたぞ! 全員やつの正面に立つなぁぁぁ!」
そしてまた飛び跳ねてまっすぐ街に向かい始める百年ガエル。
また爆裂魔法を撃つ? いや、結局またあの塊に塞がれるだけだし、今魔法を使っても周りにいる他の冒険者達を巻き込んでしまうだけだ。
まさに万事休すというやつだろう
ならば諦めて逃げる?
やれることはやった、ならば逃げる事は恥ではないのかもしれない。
街だって時間は掛かるがいつかは元に戻せる。
だから逃げても良いのではないか……?
「……けれど」
そんなのお断りだ!
「みんなそこから離れて!」
自分が目指す目標は魔王討伐、たかがカエル如きに引けを取るわけにはいかない!
「ウィズ!? あんた何する気!?」
「『カースド・クリスタルプリズン』!!」
氷結魔法を放つ、しかしやつの脚を一部凍らせただけで動きは止まらない。
ならば……!
「『カースド・クリスタルプリズン』っ!!!」
もう一度同じ魔法を放つ。
さっきの要領ではダメだ。
もっと神経を研ぎ澄ませ、魔力をたくさん練り上げろ。
全身から有り余る魔力を捻り出し、限界を超えろ!
「おおおお!? 百年ガエルが標本みてぇに凍ったぞ!?」
「寒! 急に真冬みたいな寒さになってない!?」
辺りには冷気が充満し、息を吐けば白い吐息となって出てくる。
急な魔力の喪失に息を切らしながらも、百年ガエルを見ると見事に氷漬けになっていて動く気配はない。
しかしまだ生きている、故にこのまま放置というわけにもいかない。
「『ライト・オブ……」
残ったありったけの魔力を魔法に集中させる。
杖を両手で掴み、空へと掲げる。
光が杖の先端に集まっていき、それらは空へと真っ直ぐに伸びていく。
まるで剣の刃のように。
やがて体の中から魔力が完全に空になったと感じたと同時に魔法を解き放った。
「『セイバァァァァァァァ』!!」
『百年ガエル』
ジャイアントトードの変異種である鉱石ガエルと呼ばれる種が永い年月で成長しきった結果誕生した。
名前の通り、鉱石類などを主なエサとし、皮膚の下には様々な鉱石などでできた鱗で覆われている。
っていう作者の妄想したモンスターでした。
デストロイヤーとどっちが強いのだろうか……