火星編1話-蟻地獄
チューリップを抜けて、特に敵の気配もなく火星に到達したナデシコ。
「これが火星かぁ……」
「ちょっと由希奈、顔が緩みきってるわよ」
韻子が窓に額をくっつけている由希奈の肩に手を当てる。
「わたしさぁ、高校の時の進路希望に火星って書いた事あるんだ……」
「え……?何その痛い子」
苦笑いする由希奈と軽く引く韻子。
「……そういやユリカさん。火星出身って言ってたね」
「さっきすれ違ったけど、いつもと雰囲気違った。なんかこう……」
「ピリピリしてた?」
「うん」
その頃のブリッジ。
「ハーリーくん。休憩交代。後はわたしとルリちゃんでやるから」
「りょ、了解」
ハーリーが逃げるようにブリッジから去る。
「ユリカさん。少し気負いすぎじゃないですか?」
「仕方ないでしょルリちゃん。目の前には草壁中将の火星基地。近くにはわたしとアキトの思い出の地もある。もしかしたら会えるかもしれないし、会えなくても何も起きないような場所じゃない」
地上に上陸すると、それぞれが周囲を警戒しながら情報を探し求める事になる。
「キラさんと遠見は格納庫に残っているな……一騎、少しいいか?映像解析の件だが」
「言いたい事は解るさ総士。ガンジェネシスの放った光でベイクラントは遠くに逃げたし、マークレゾンの気配も無くなったんだろう?」
「恐らく地球の裏側に逃げたのだろう。あのどさくさで終ってくれたらどれ程…………なんだ?」
「いや、折角火星まで来たのにお前は変わらないなって。もう少し回り見て気を休めろよ」
目の前には由希奈が探検家の様な格好をして意気揚々と張り切っている姿。
「彼女は何をしている」
「なんか火星の地層とか断層に興味があるらしい」
「変り者だな……」
「お前が言うな」
一騎と総士のすぐ近くで、由希奈を引き留めようとするソフィー。
「由希奈さん。お願いだから普通の格好に戻しません?なんかこう……浮いてるというか」
「何いってるのソフィー。これが本来の冒険とか探検をする服装なんだよ?そんな軽装じゃだめなんだから」
「いえ、そもそもそこまでナデシコから離れるわけでもありませんし……セバスチャン、貴方からも何か言ってあげてください」
「よいではありませんかお嬢様。意識が高いことは良いことです。ただまぁ、こんな場所でバッタリ剣之介くんに再会した場合、その服装でいいかなとは思いましたが」
「……着替えてくる……」
ちょっぴり恥ずかしげにナデシコに走り出す由希奈を笑いながら見送るセバスチャン。
ナデシコを降りた面々は火星基地をくまなく散策。
そこでエフィドルグとの交戦データなどが手に入ったものの、剣之介やアキトの情報は無かった。
「しかし妙だな。何故これほどの施設が無人なんだ?」
「既に放棄されたか、あるいは」
「ちょっと伊奈帆、なんか嫌なこと言い出さないでよね」
界塚小隊がとある確信に気付く。
「エフィドルグによる罠」
「……ナデシコに戻ろう」
伊奈帆が皆に通信を送りながら走り出した途端に地響きが聞こえる。
「全クルーは直ちにナデシコに戻ってください!エフィドルグに囲まれています!」
雑音に混じりながらユリカからの通信が流れ、全員が走り出す。
全速力で総員がナデシコに戻ったものの既に後手にまわった状況下。
ナデシコがディストーションフィールドを展開するのが遅れたため大きく被弾。船体にダメージを負い、エンジンの出力も上がらなくなる。
艦に残っていたキラと真矢はすぐさま発進してエフィドルグに対して迎撃行動に出たものの、完全に物量負けしてしまう。
しかも艦載機が発進する前には揚陸城が二つ、ナデシコを囲むように落下してきたのである。