ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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どうも、コラボ&クロス大歓迎の夕凪楓です
(`・ω・´)キリッ
私のキャラを使用の際はご連絡下さい。読みたいです( ˙-˙ )

……コホン、失礼しました。それではお待たせしました本編です。

ちょっと戦闘描写が手抜き感あるかもです。
私的には真剣に書いてるんですが、文字数の関係もあって、全体的に希薄な感じになってるかもしれません。精進あるのみですね。

……というより、久しぶりに書いたので、少し荒い部分があると思います。すみません。


この下手糞素人処女作野郎の作品を読んで下さっている方にはお目汚しになるかも知れない描写があるかもですが、段々と感を取り戻していきたいと思っております(´・ω・`)


それでは、続きをどうぞ。





Ep.97 銀河の果てで君と出会う

 

 

 

 

 

 《OcculdioThe Eclipse(オカルディオン・ジ・イクリプス)

 

 

 銀河の果てでその仰々しい定冠詞を頭上に乗せた巨体は、開始当初からアキト達を翻弄した。

 二本の大剣による攻撃も然る事乍ら、それ以外にも赤い鉤爪による攻撃や、遠距離ビーム、透けた床下から剣を模した尾による攻撃等、その攻撃パターンも今までの比ではなかった。

 常に宙を彷徨っているが故に攻撃を当てる事すらいつもより苦労するというのに、未だに弱点は見えず、最初はただ相手の攻撃を躱しながらカウンターを入れている現状だった。

 咆哮は質量を持ってアキト達を退け、鉤爪と剣による連続攻撃には対処し切れない。遠距離攻撃は範囲が広く、そもそも行動範囲が狭いアキト達は明らかに不利だった。

 

 序盤は常に距離を取って攻撃パターンの把握に努め、反撃の糸口を見付けるまでにもかなりの時間を有し、精神的にもダメージが蓄積していたアキト達。

 しかしそれでも尚、彼らは闘志を失わない。各々が自分のするべき事を理解し、それを最大限活かす行動をし続けていた。

 空中を舞うボスに対して一番の火力が望めるのは、《剣技連携(スキルコネクト)》によって空中戦を行えるアキトだけ。アスナとフィリアはそれをサポートし、隙があれば連撃を叩き込む。そんな作戦と呼ぶにはお粗末な戦略は、今回のボスに対してはやや有効だった。

 幾ら反応速度が早くとも、空中で素早く移動するアキトを目で追い続けるのは困難だったらしく、続けていくうちに隙が生まれつつあったのだ。その身体を反転させる頃には、アキトは既にスキルの連携で斬撃を入れる。

 

 体勢が崩れたところを、アスナとフィリアが追撃する。ボスの巨体を見事翻弄した彼らは、このフィールドのディスアドバンテージをもろともしない立ち回りで圧倒してみせた。

 

 

 そして現在、ボスのHPをどうにか半分まで削り取ったところで、奴の動きが変化を来す。

 咆哮と共に翼のような剣を広げる。大きく左の剣を振りかぶり、一気に横に凪いできた。

 

 「っ……!」

 

 巨体に似つかわしくない程に速い初速、だが大振りのモーションにより、迫る剣の軌道は容易に把握出来る。

 三人はほぼ同時にバックステップし、危なげなくその大剣を回避する。

 

 ────しかしその瞬間、ボスの剣の軌道上の空間が爆発した。

 

 「うわっ!」

 

 「きゃあっ!」

 

 バックステップ後の覚束無い足元の中、その爆発は衝撃波として広がり、暴風だけでこちらにダメージを与えるだけの熱量を持って襲って来た。地で足を固めていなかったアキト達は無抵抗でそれに巻き込まれる。

 驚きに目を見開くのも束の間、三人はまた同時に吹き飛ばされ、後方へと転がる。

 

 「────っ!」

 

 アキトは身体を宙で捻って受け身を取り、剣を地面に突き刺してどうにか踏み止まる。そして、仕返しをせんとボスを睨み上げると即立ち上がり、そのまま一気に地面を蹴ってボスの胸元まで接近する。

 ジグザグに走って迫り、ボスの視界を持ち味の速度で翻弄し、タイミングを見計らって一気に距離を詰める。

 裂帛の気合いと共に、《リメインズハート》をボスの胸元に向かって振り下ろす。

 刻まれた一撃の手応えに反して与えたダメージは比例しない。ボスのHPは期待した程減りはしなかった。半分減らされた事で、防御力も上がっているようだ。

 アキトは僅かに舌打ちする。

 

 「アキト!」

 

 後方からの呼び掛けに、アキトは急いで顔を上げる。今度はボスの右側の剣が頭上から下ろされた。

 咄嗟に左手の《ブレイブハート》を横にしてそれを受け止めるも、その重さに体勢が一瞬で崩れた。

 

 「っ……!?」

 

 ガクリ、と片膝が地面に付く。他のエリアボスには無い圧倒的な筋力値が、アキトを押し潰さんと襲い掛かる。

 力の暴力。左手一本の剣でボスの大剣を受け止める事が、そもそも無茶な話だ。歯を食いしばりながら《ブレイブハート》を傾け、競り合う大剣を地面へと流した。

 

 「せやああぁぁっ!」

 

 細い剣先がアキトの横を通り過ぎる。剣を流した方の腕、その脇に向かってアスナがソードスキルを解放する。

 放つは細剣の重攻撃技三連撃《アクセル・スタブ》。青白い閃光が迸り、星舞う空間を駆け巡る。

 突き刺した部分からは赤いエフェクトが飛び散り、奴にダメージを与えている事実を伝える。だが、やはり想像以上に軽く、痛手にはなっていないようだった。

 まだ序盤だが、モーションが変わるHP危険域前から高めの防御力を誇る目の前のボスは明らかにかつてのエリアボスとは異質だった。

 これからの戦闘がどんなものになるのか、曖昧だがかなりリアルに近いであろう未来のビジョンが見えたアキトは、小さく舌打ちをする。ボスは静かにアキトとアスナを見下ろし、そしてノーフェイクから再び左右の剣を突き下ろした。

 

 

 「来るよ!」

 

 「っ……!」

 

 

 アスナの一声で集中力を研ぎ澄ませ、二人は迫る一本の剣を左右に跳ぶ事で回避する。

 瞬間、空中で身動きの取れない二人を狙ったかのようなスイングがもう片方の腕から始動する。

 近付く事につれ感じる圧倒的な迫力。アキトとアスナに向かって空気を切り裂いて迫る大剣を、後方から飛び出したフィリアが受け止める。

 

 

 「くぅっ……きゃあっ!」

 

 

 しかし、得物は短剣かつ、筋力値も決して高いわけでは無いフィリアが奴の大剣を受け止めるのはあまりにも無謀だった。アキトとアスナが後退する時間は稼げたが、フィリアは一瞬で横に薙ぎ払われた。

 

 

 「フィリア!」

 

 

 まるで石ころのように軽々と宙を舞うフィリアに背筋が凍る。だが、フィリアへと視線が向いたその瞬間を、ボスは見逃さない。

 一瞬で間合いを詰め、アキトの上半身を短いながらも太い手で掴み上げる。

 いきなり鳩尾に巨大な手が食い込み、アキトは一瞬呼吸を忘れた。

 

 

 「がっ……!?」

 

 「アキト君!?」

 

 

 ボスは一瞬でアスナの横を通り過ぎ、透明な床を高速で移動する。そして、その手に持ったアキトの身体を、移動しながら地面へと押し付けた。

 まるで、地面の摩擦でアキトを削るように。何かの破壊音にも似た音が響き渡り、同時にアキトが摩擦熱と痛みに悲痛な叫びを上げる。

 

 

 「ぐあっ……!」

 

 

 熱い、熱い、熱い。そして痛い。

 この世界に痛覚は無い。だが、何もかもが痛くないわけじゃない。受けているダメージから、何かしらの不快感は感じるのだ。そしてそれは、今のアキトには痛みとして明確に現れていた。

 ボスはそのまま地面でアキトを削り、そして上空へと飛ぶ。そして、そのまま身体をくねらせたかと思うと、そこからアキトを思い切り地面へと投げ付けた。

 重力の無い宇宙を背景としたステージで、アキトの落下速度は目で追えるものではなかった。

 薄い床に亀裂が走るのではないかと思う程に高速で、何かがひしゃげるような音がすると同時にアキトの身体が地面へと叩き付けられた。

 

 

 「────がはっ……!」

 

 

 何かを吐き出してしまいそうになる。呼吸が止まり、声が出ず、視界は暗くなる。HPは一気に危険域へと突入し、アラーム染みた音が脳内を駆けずり回る。

 背中に確かな衝撃と痛みを受けて、アキトは動けずそのまま地面へと伏す。悔しげに睨み上げれば、ボスは悠々と虚空をから嘲笑っていた。

 それも一時、ボスは急降下し、アキトに向けてその翼のような剣を左右に広げる。

 

 

 「っ……フィリアさん!」

 

 「分かってる!」

 

 

 ボスとアキトの間に、咄嗟に割って入るアスナと、体勢を立て直したフィリア。明らかにアキトの息の根を止めんとするモーションを瞬間的に感じ取り、二人は自身の武器に光を纏わせる。

 今のアキトとボスの攻防で、筋力値に大幅な差がある事が明確になった以上、筋力値に心許ないアスナとフィリアは瞬間的に威力を発揮するソードスキルに頼るしかない。

 一人一本、ボスの剣に対応する事で負担を柔らげ、アキトの回復する時間を作る。

 

 細剣高命中範囲技《ストリーク》

 

 短剣高命中技《アーマー・ピアス》

 

 互いにアイコンタクトを取り、迫るボスにタイミングを合わせて同時に武器を突き出す。

 こちらに向かっていたボスに対して放ったスキル、その刃は、当然ながら吸い込まれるようにボスに食い込んでいく。

 その白く柔らかな肉質部分を斬り裂き、HPを削り取る。ボスが高速で動いている事実に加え、すれ違いざまに放った事によりダメージが増量し、目に見えてHPの減少を確認した。

 ボスも体勢を崩し、アキトへと向かっていた軌道が逸れ、そのまま地面を滑るように転がった。

 

 ────だが、確かな手応えを感じたのもほんの一瞬で、ボスは再び地面を蹴り上げ空中へと身を躍らせた。

 

 しかし、それで充分。アキトを見れば、ポーションの入った小瓶を咥えて立ち上がっていた。体力は安全圏に戻りつつある。

 アスナとフィリアは、ボスが戻って来る前にアキトの元へと駆け寄った。

 

 

 「アキト君、大丈夫!?」

 

 「うん……ゴメン、迷惑かけて」

 

 「あんな動きもあるなんて……あと少しなのに……っ」

 

 

 フィリアがボスの頭上のHPを黙認して悔しげに呟く。

 明らかに思考し、学習している。攻撃のパターンが多いというよりは、こちらの動きを見て常にパターンが更新されているような感覚。

 流石、超高難度エリアの最終ボスといったところだろうか。半分まで削り取ったHPは、それ以降中々減ってくれない。アキトの空中での連携も、段々とタイミングを合わされてきていた。

 知能だけなら最早フロアボスを超えている。ステータスが劣っても、補う事で余りある反応と思考速度。

 長期戦による精神の疲労を狙っているように見える。《ジリオギア大空洞》で戦ったホロウリーパーを彷彿とさせる。

 

 

 「っ────」

 

 

 こちらが考えを纏める時間を、ボスが与える道理は無い。俯瞰していたボスは再び左右の大剣を羽ばたかせるように広げる。その赤い鉤爪をアキト達の立つ床に引っ掛けて固定すると、その大剣に光を纏わせた。

 

 

(なっ……ソードスキル!?)

 

 

 今まで使用してこなかった初めて見るパターンに、誰もが一瞬身体を硬直させる。その隙は作ってはいけないものだと理解しつつも、驚きが勝ってしまう。

 大振りのスキルモーション後、天高く掲げた二本の大剣がアキト達の地点で交差するよう振り下ろされる。

 

 《グランドクロスブレイカー》

 

 迫る影に目を見開き、アキトは咄嗟に振り返る。

 

 

 「離れて!」

 

 

 三人は一瞬でその場から距離を取り、そのソードスキルを回避する。しかし連撃は止まらない。その大剣は再び空を舞い、こちらを切り刻まんと迫ってきた。

 アキト達は移動しながらそれを回避していくも、目まぐるしく視界を移動する剣に翻弄され、段々と焦燥が駆け巡る。

 

 《テイルスターバースト》

 

 その巨体を翻し、アキト達の立つ透明な床下へと移動する。そして、そのまま鋭い尾を下から突き出した。途端そこから四方に衝撃波が走り、質量を持って三人を襲う。

 今までのフィールドではまず無い攻撃の仕方に対処が遅れる。未知の攻撃パターンは明らかに不意をついていた。

 

 

 「くっ……!」

 

 

 流星の煌めきにも似た光を放ちながら、四方に分裂する衝撃波をどうにか躱すも、ボスは再び飛翔して追撃の構えをとる。

 アキトは再び舌打ちした。怒涛の追撃に隙が無い。次の動作に移るスピードが早過ぎて、攻めるタイミングでボスもまたこちらを狙っている。

 その白い巨体は剣を前で交差するように構えると、唸り声をあげた。瞬間、その二本の大剣は白銀のライトエフェクトを纏い、星々の煌めきを再現する。

 

 

 「なっ……!?」

 

 

 思わず声が出る。アスナも目を見開いていた。その構えを、その光を。

 

 ────このスキルを、アキト達は知っている。

 

 

 《スターバースト・ストリーム》

 

 

 背後の光達が共鳴するように輝き出し、奴の背中の魔法陣が赤い閃光を迸る。両翼を広げ、一気にアキト達に向けて叩き付けた。

 《二刀流》────かつての英雄と、今の勇者が使用するこの世界唯一無二の、世界に反逆する為の希望。ボスのその名と、二本の大剣を保有している事から、こんなパターンも想像出来たはずなのに。

 だが巨体から繰り出されるそれは、一プレイヤーが使用するものよりもかなり速度は劣っている。

 それを理解した瞬間、アキトは叫んでいた。

 

 

 「っ……二人とも、逃げて!」

 

 

 アキトの声を聞くより先に二人は動いていた。こちらに迫る巨大な影に押し潰されそうになるのを必死で回避する。巨体から繰り出されるそのスキルは、正しく流星。その名に相応しい威力を持っていた。

 行動範囲の小さいアキト達に向けて放つ、広範囲の圧倒的暴力。躱しても躱しても地面に叩き付けられていくそれは振動を起こし、アキト達はたたらを踏む。ぐらりと地面が揺らぎ、一瞬動きを妨げられる。

 その一瞬こそが、命取り。

 

 

 「────っ!?」

 

 

 その地震より、遂にアスナの体勢が崩れた。よろりと前のめりになり、片膝がつく。思わずハッと顔を上げれば、ボスは待っていたと言わんばかりにその剣を掲げていた。

 その軌道は、真下のアスナに直撃する。それを、アキトは瞬時に悟った。

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 目を見開く。大切な人が、巨大な影に覆われていく。

 その光景が、かつて守れなかった人と重なり、気が付けばその黒い瞳が光を帯びた。

 

 

 「『くっ────!』」

 

 

 考えるより先に身体が動く。右手に持った《リメインズハート》をボスの頭に目掛けて思い切り放り投げた。回転しながら勢い良く宙を駆け上がった紅剣い剣は、狙い通りボスの顔面に突き刺さった。

 忽ち高音の奇声が響き渡る。振動が床を震わせ、アキトの視界の端ではフィリアが耳を抑えていた。

 ボスはよろめくも、剣はそのままアスナへと振り下ろされる。アキトは空いた右手をめいいっぱい伸ばし、視線の先のアスナへと突き出した。

 

 

 「『アスナっ!』」

 

 「っ……!」

 

 

 その声に反射で応えるアスナ、アキトの差し出した手を考えるより先に掴み、そのまま地面を蹴る。その手を強く握り締め、アキトはアスナを思い切り引き寄せる。そしてそのまま抱いた状態で横に跳んだ。

 瞬間、先程までアスナがいた場所に白銀の閃光が叩き落とされる。風圧でアキトとアスナは更に先へと飛ばされ、フィリアの元へと転がされる。

 

 

 「アキト、アスナ!」

 

 「だ、大丈夫……アスナは……?」

 

 「うん……ありがとう、アキト君……」

 

 

 駆け寄るフィリアに無事を知らせ、すぐさま視線をボスへと戻す。奴はただ虚空を舞い、俯瞰するだけ。今の怒涛の攻撃に反し、動かず威嚇するような声を発していた。

 

 

 「……強い」

 

 

 誰かの声が震える。

 ボスは己の力を誇示するように、赤い鉤爪を全開にしてこちらの出方を伺っているようだ。そこには一切の油断を感じず、凄い気迫だった。ただのデータの塊とはとても思えない。

 最後の最後まで、この世界は希望を簡単に与えてはくれない。

 

 

 「……それでも……」

 

 

 アキトは、重い身体を必死に立ち上げる。剣を支えに地に足を付け、隙は見せんとボスを見上げた。アスナとフィリアの不安気な表情を見て、より一層気が引き締まった。

 アキトは目を細めてボスに睨みをきかせ、強い口調で言い放った。

 

 

 「譲れない……まだ、みんなと……」

 

 

 笑っていたいから────

 

 

 漸く出来た繋がりなんだ。今度こそ失くしたくないんだ。

 そんな想いが、その途切れ途切れな言葉から滲み出ていた。

 

 

 「アキト君……」

 

 

 覚束無い足取りのまま立ち上がるアキトをその瞳に捉えたアスナは、戸惑いながらも、何も言えず口を噤む。そんな彼女を知らず、アキトはただボスを見上げていた。

 絶対に負けられない。勝つしかない。戦わなければ生き残れない。譲れないなら、戦うしかない。

 今までずっとそうだった。どの時間、どの戦いでもそれだけを実感し、死と何度も隣り合わせの関係を否応無く築き上げてきた。

 今回も、それと同じだ。

 アキトは“ヒーロー”に憧れていた。だが決して、この状況が、自分をヒーローとして確立する為の都合の良いシチュエーションだとはただの一欠片だって思ってはいなかった。

 アキトはただ、一人のプレイヤーとして、この危機を見過ごせないだけ。そこに憧れや理想は必要無い。

 ならば、やる事は決まっていた。

 

 

 「っ……」

 

 

 ふと、背中から音が聞こえる。

 思わず振り返れば、アスナとフィリアも、そんなアキトに鼓舞されるように立ち上がっていた。各々、その瞳に諦めは感じない。

 アキトの口元は、思わず緩んだ。ありがたい。とても、安心する。こんなにも頼りになる仲間が、自分の傍にいてくれる。

 

 言葉なんか、要らなかった。ただ、目的だけはハッキリしていたから。

 

 ならば『強がり』でも良い。偽物でも誤魔化しでも良い。不安にだけはさせないように。その意思を表せ。

 憧れに追い付けるように。ただ、みんなを守る為に。

 

 

 ────アキトは、不敵に笑った。

 

 

 「俺がヘイトを全て受け持つ。隙作ってやるから、ちゃんと付いて来いよ」

 

 

 かつてのように眼をギラつかせ、嘲笑うかのように口元を歪めた。

 アスナとフィリアは小さく笑みを持って応え、ボスを見やる。ここから、最後まで一直線だ。

 

 

 「……うん、分かった」

 

 

 アスナはそう答え、小さく笑う。その背にかつての懐かしさを感じて。初めて出会った時の、誰に対しても冷酷で、蔑むような視線を送り、自信満々で攻略組の前に立ち、嫌われながらも先導してきた、あの頃のアキトに。

 ヘイトを全て一人で受け持つだなんて危険過ぎる。ましてやこの敵相手にそれは命取りだ。

 

 ならば、いや、だからこそ。アキトのその背に希望を抱かずにはいられない。信じたい背中が、支えたいと思う背中がそこにある。

 彼が信じてくれるなら、自分も彼を信じるだけ。

 《ランベントライト》を握り締め、アスナも戦闘態勢に入る。フィリアも同じく《ソードブレイカー》を逆手に持ち、膝を曲げて背を低く構えた。

 

 

 「来るぞ、二人とも!」

 

 「了解!」

 

 「うん!」

 

 

 こちらの準備が整ったのを見るや否や、両腕を広げて雄叫びを上げた。血のように赤く煌めく魔法陣を背に、その二本の大剣を翻し滑空を始めた。

 その速度はやはり素早い。重力のない宇宙を背景に迫るその姿は恐怖を助長する。広げた鍵爪が光で反射し、近くの床を照らす。

 

 

 「……っ!」

 

 

 アキトは二人よりも先に前へ飛び出し、ボスへと走り出す。一対一の状態を作り出し、互いに互いに向かって距離を縮めていく。未だボスの頭上に突き刺さっている《リメインズハート》に目を向けると、左手の《ブレイブハート》を右手に持ち代えた。

 走る度に固く透明な床と自身のブーツがぶつかる音を耳に感じながら、アキトは目を細めてボスを見やる。

 

 

 「ふっ!」

 

 

 速度を落とさずに接近してくるボスに合わせ、途端にタイミング良くアキトは跳躍した。

 高く舞い上がったアキトの真下を、ボスが通過する。アキトは身体を空中で傾け、空いた左手を伸ばす。その先にあるのは、《リメインズハート》。

 奴の頭上に突き刺さったままのその剣の柄を掴み上げ、瞬間、その剣先に光が宿る。

 

 

(くらえ────!)

 

 

 片手剣単発技《バーチカル・アーク》

 

 突き刺さっていた片手剣をそのままソードスキルに転用し、ボスの頭を一気に斬り進む。柔らかい肉質が、刺さる剣の位置をいとも容易く変えさせてくれる。腕に力を込めたアキトは唇を噛み締めて、気合いと共にボスの頭上から背中まで、深い傷を植え付けた。斬り払うと同時に赤いエフェクトが飛び散り、HPバーを消し飛ばした。

 

 

 「────フィリア!」

 

 

 ボスの体勢が崩れるや否や声を上げる。明確な隙を前に、奴に一番近いフィリアが側面に回り込む。一瞬のアイコンタクトの後、短剣を手元で回転させたかと思うと、勢い良くボスの身体へと食い込ませた。

 その短剣からは紫色の閃光が迸り、高速で連撃を加えていく。

 

 短剣超高命中技九連撃《アクセル・レイド》

 

 一心不乱に身体を動かし、腕を思い切り叩き付ける。攻撃はクリティカルヒットし、更にボスの体力を減らす。

 反対側ではアスナが回り込んでおり、同じくボスに向かってソードスキルを放っていた。

 

 細剣多段多重攻撃九連撃

 《ヴァルキリー・ナイツ》

 

 視認さえも至難の絶技が、宇宙の主の懐に飛び込む。宛らマシンガンのように連射されるそれは、防御も回避も許さない。

 畳み掛けるように放つ連撃が、ボスの体力をみるみるうちに減らしていく。先程まで手も足も出なかったボスの怒涛の攻撃から打って変わって、三人の集中力は深くなり、研ぎ澄まされていく。

 奴がアキトのソードスキルで視覚を阻害された一瞬の隙だった。だが三人が同時に放ったソードスキルで、かなりのダメージをボスに与え、その体勢を崩す。やがてボスはその白い巨体を持ち上げ、宙へと堪らず飛翔した。船の汽笛のような鈍い唸り声は振動し、アキト達の身体を震わせる。

 

 

 「逃がすか───っ!」

 

 

 体術スキル《飛脚》

 

 アキトは床を思い切り踏み上げ、空中へと垂直に飛び上がる。アスナとフィリアはその際の風圧で思わず動きを止める。

 そんな二人を置き去りにしてボスよりも更に高く舞い上がり、アキトはすぐさま右手を振り上げた。

 

 片手剣単発技《バーチカル》

 

 上段から振り下ろされる黄金の煌めき。筋力値にものを言わせた一撃が、ボスの脳天を穿つ。

 手応えを実感するよりも先に左手の《リメインズハート》を平行に傾け、再びソードスキルを発動する。

 

 コネクト・《ホリゾンタル》

 

 横に薙ぐ白銀の一撃。背中の魔法陣を砕き、奴の怒りに反逆する。一閃した直後、ボスの身体の一部が砕かれ、破片が宙に舞う。驚愕か痛みか、白い巨体は身体を捩り、呻き声を上げる。

 

 

 「アキト君!」

 

 

 アスナの悲鳴に近い呼び掛けと同時に、ボスが宙で身動きの取れないアキトを視界に収める。その刹那、両翼の大剣を勢い良く振り翳して一気に縦に振り下ろしてきた。

 空間を裂く勢いで迫る大剣、しかしそれを予測していたのかアキトの行動は早かった。既に右手の《ブレイブハート》は紅いエフェクトを纏い始めており、瞬間、それは空中で発動した。

 

 コネクト・《ヴォーパル・ストライク》

 

 《ブレイブハート》をボスに突き出す形で発動したそれは、突進力を利用して空中を移動して、上段からの大剣を紙一重で躱す。そしてそのままボスの間合いに入り、再び左手を掲げる。

 

 コネクト・《コード・レジスタ》

 

 三色に煌めく三連撃が、ボスの頭部側面に叩き付けられる。腰を捻じり、その力を腕に伝える。筋力値の高いステータスを元々持っているアキトの作り上げたそのOSSは高い威力を発揮した。

 赤、青、緑、弧を描くように、だが一点を集中して繰り出されたそれは、やがてボスの視界を揺らめかせる程の振動を頭に与えていた。

 

 ドンドン削り取られて無くなっていくボスのHP。

 その手応えを感じ取り、アキトの動きは更にキレを増していく。

 

 

 

 

 「……凄い」

 

 フィリアが、そう思わず呟く。

 空を舞うボスとアキトの戦いを、翼を持たないフィリアとアスナは見上げる事しかできない。そんな彼らは目を見開き、アキトの戦闘の鮮やかさに舌を巻いていた。

 《剣技連携(スキルコネクト)》で空中を移動し、ボスの攻撃を避ける。本来、ソードスキルを繋げる事すら技術的には至難のもの。にも関わらず、アキトはさも当然のようにそれを連発し、ボスを翻弄し、圧倒すらし始めている。

 アスナもただ呆然とアキトを見上げるのみ。その背に、その頼もしさに、またしても懐かしさを感じ取る。明らかに戦闘のスタイルが違っても、やはり重ねずには居られない。

 

 

 彼は、私が愛した人と同じ────

 

 

 「っ……アキト君っ!」

 

 

 思わず、叫ぶ。

 天を仰いだ先で、アキトはよろめくボスの頭上に飛び上がり、その剣を振り下ろす。

 昂り荒ぶる気持ちを乗せて、その剣戟は加速する────

 

 

 「いっ……け!」

 

 

 コネクト・《ワールド・エンド》

 

 宇宙と同化する闇色に剣が輝く。一撃必殺の威力を纏い、アキトは目を見開く。それをボスの背中目掛けて思い切り振り抜き、途端に衝撃波が走る。

 

 

 「ぐっ……ああああああぁぁあああああ!」

 

 

 腕に力を込め、一気に押し出す。

 自身の何十倍もある大きさと質量を持つその巨体を、思い切り地面へと叩き落とした。

 宛ら隕石のように床に墜ちて来たボスは、呻き声を上げて力無く崩れる。

 

 

 「っ────!」

 

 

 「はあっ!」

 

 

 その隙を、アスナとフィリアは逃さない。

 ボスの身体、その両側面に回り込み、最大火力のソードスキルを放った。

 緊張や恐怖で震えた腕はもうそこに在らず、アキトが作ったチャンスを決して逃さぬよう、ただボス一点を見つめていた。

 光が収束し、この宇宙を駆け巡る。重なった剣戟は流星のように輝く。

 アキトは上空から落下しながら、その姿を見ていた。二人の連携、互いにソードスキルを放ち、ボスを立ち上がらせない。その隙のない動きに思わず目を奪われた。

 

 

 そして、ボスのHPは、とうとうゼロに。

 

 

 今までに無い程の光を放ち、やがて破片となって、宇宙へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「……勝った……」

 

 

 どうにか発せた声と同時に、アキトはダラリと構えた二刀を下ろす。アスナとフィリアも肩の力が抜けたのか、大きく息を吐き出した。両膝に手を付き、身体を支える二人の呼吸は、まだ少しだけ荒れていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「終わったね……」

 

 

 フィリアとアスナは漸く顔を上げ、その事実を告げた。この《ホロウ・エリア》のラストボスを倒し、PoHのアップデートを阻止出来る段階にまで辿り着いた事実が、肩肘を張っていた三人の力を抜けさせていた。

 《ホロウ・エリア》のボスで一番厄介な相手だったと断言出来る。半永久的な滞空時間のせいで、地面に足を付けるプレイヤーの攻撃はほぼほぼ当たらない。近距離と遠距離、どちらからも攻められる破格の攻撃力に加え、思考・反応速度が常軌を逸していた。

 だからこそだろうか。こうして戦闘が終わり、ボスを無事に倒した事、全員が無事だった事に、誰もが大きな達成感を感じた。心做しか、三人は口元に笑みを浮かべていた。

 犠牲はゼロ、PoHのアップデートも阻止出来る。最高の形だった。

 

 

 「……二人とも、お疲れ様」

 

 「アキト君こそ、お疲れ様」

 

 「ホントに疲れたよー……」

 

 

 アキトの労いの言葉に応えたアスナの隣りで、フィリアはへなへなと地面へ座り込んだ。今まで張っていた緊張感が一気に弾けたのか、脱力した彼女の表情にはかなりの疲労が見えていた。

 

 

 しかし、段々と実感する。

 全て終わったのだという、その事実を。

 

 

 「っ〜〜〜!やったぁー!」

 

 「なっ、ちょっ、フィリア……!」

 

 

 疲労したはずのフィリアは顔を紅潮させて立ち上がり、アキトの手を取って子どものようにはしゃぎ始める。

 突然の事でアスナも、振り回されるアキトも呆然と眺めるだけだったが、フィリアのその屈託の無い笑顔を見て、自ずとつられて笑みが零れてしまった。

 

 

 「……はしゃぎ過ぎだよ」

 

 「だってだって!……やっと……終わったんだよ……?やっと……私、二人と……」

 

 「フィリアさん……」

 

 

 彼女のその声は、段々と小さくなっていった。先程まで快活だった表情も態度も身を潜め、身体を震わせている。

 今まで我慢していた、溜め込んでいた恐怖と焦り。自分は一生ここから出られない、そんな幻覚をずっと見てきたフィリアにとって、この戦いの終わりは、この瞬間だけはゲームクリア以上の意味を持っていたに違いなかった。

 自分一人だったら、きっとこんな想いや感情は、知らないままだった。

 

 アキトが、手を伸ばしてくれたから。彼が、傍にいてくれたから。

 

 フィリアのその瞳から、涙が零れた。

 

 

 「……ありがとう、アキト」

 

 「……俺は、何もしてないよ。フィリアが、頑張ってくれたから……」

 

 

 そして、アスナ達が自分とフィリアを信じてくれたから。アスナを見れば、胸に手を当ててこちらに笑顔を返してくれていた。『おめでとう』と、『お疲れ様』と、そう瞳が告げていた。

 

 

(アスナ……)

 

 

 アキトがフィリアから視線を外し、アスナへと向き直った。

 そして、彼女にも労いの言葉を、と。

 

 ────そう思った時だった。

 

 

 「……アスナも、おつ……かれ……」

 

 

 ────ふと、その異変(・・)を感じ取り、アキトの動きが止まった。

 

 

 「……アキト、君?」

 

 「どうしたの?」

 

 アスナが目を丸くして首を傾げる。フィリアも、目の前のアキトを見てその様子を訝しげに見やる。

 

 

 「……変だ」

 

 

 アキトは首を左右に回す。辺りを、何かを探すように見渡す。

 しかし、何処を見ても同じ景色。上下左右、全ての空間に星が散りばめられている、宇宙の片隅。ここは、そんな場所だった。

 

 だからこそ、戦闘が終わったこの場所に、最早意味など無いというのに。

 

 

 「……何も、起こらない」

 

 

 ────文字通り、何一つ変化が見られない。

 勝利のファンファーレも、転移現象も、中央コンソールが現れる気配すら無い。ただ空虚な空間が、不気味なくらい静かに続くだけ。

 アスナとフィリアもそれに気付いたのか、ハッと分かりやすく表情を変えてみせた。先程のアキトと同じように辺りを見渡すも、当然のように変化は無い。

 戦闘を終えたというのに、アップデートは回避されたはずなのに、まるで閉じ込められてしまったかのように。

 この宇宙空間に幽閉されてしまっていた。

 

 ────だが次の瞬間、その空間に声が響き渡った。

 

 

 [《システムガーディアン》の討伐を確認。最終シークエンスに移行します]

 

 

 「……ぇ」

 

 

 誰かの声が、聞こえるかどうかの程の声量でアキトの耳に入る。それはもしかしたら、自分の放った声だったのかもしれない。

 世界観を無視したように貫かれたその女性の声は、不自然な程に、この音無き世界に響き渡る。

 何が起こったのか。何を言っているのか。それを瞬時に理解出来ない。

 

 「……最終……シークエンス……?」

 

 アキトは、アナウンスされたその単語を復唱する。純粋に、何を告げたものなのか、その意図が把握出来なかった。

 

 なのに。

 だというのに。

 この、胸騒ぎは何だ。

 

 

 ────瞬間、バチリと、何かが弾ける音がした。

 

 

 「あうっ……!」

 

 「っ……な、に……!?」

 

 アキトの後方で、ドサリと何かが崩れ落ちる音が響く。思わず振り返れば、目にしたのは、先程まで立っていたはずのアスナとフィリアが、力無く倒れる瞬間だった。

 

 「なっ……アスナ、フィリア!どうしたの!?」

 

 「分かん、ない……身体が、動、かない……!」

 

 アキトは慌ててしゃがみ込み、アスナとフィリアに手を伸ばす。しかし、視界に入ったそれ(・・)を見て、その手の動きを止めた。

 アスナとフィリアの頭上には、黄色い、稲妻のマーク。とある状態異常を知らせるアイコンだった。

 

 「麻痺……?っ……なんで、急に……!?」

 

 突然の出来事、不可解の連続がアキトを襲う。混乱で思考が追い付かない中、アキトはただ目の前の倒れ動けない二人を見て瞳を揺らしていた。

 

 何だこれは。

 

 ボスは倒したはずだ。

 

 アップデートは食い止めたはずだ。

 

 全て上手くいったはずだ。

 

 終わったはずだ。

 

 みんな無事で、帰れるはずだ。

 

 なのに、何が起こった。

 

 何故、この場所に置き去りになっている。

 

 さっきのアナウンスは何だ。

 

 どうして、自分の仲間は麻痺で動けず、地に伏しているんだ。

 

 

 「……」

 

 

 何故、二人だけ────

 

 

 「────!? アキト、後ろ!」

 

 「っ!?」

 

 フィリアの声で我に返る。咄嗟に立ち上がり、振り返って鞘の剣を再び取り出した。そして視界の向こう、この宇宙の果ての世界、その中心を捉え、その目を見開いた。

 転移に似た光が、このエリアの中央へと姿を現す。煌めく光が収束し、小さく風が吹き荒れる。

 

 「っ……何が……」

 

 何かが、目の前で形成されていく。

 光が段々と消失していき、中から人の影が現れる。アスナもフィリアも、目の前で起きる現象に、ただ戸惑いながら見る事しか出来ない。

 全てが終わったはずの場所で、その中心点で、今、何かが顕現しようとしている。その嫌な予感が拭い切れぬまま、収束した光が完全に消え、そして────その影が、姿を現す。

 

 

 そして、目の前に現れたその影が晴れ、その姿を視認した瞬間────

 

 

 「────ぁ」

 

 

 アキトは、二本の剣を地面へと落とした。

 

 

 「ぇ……」

 

 

 そして、アスナの表情が凍りついた。

 目の前に現れたその姿に、見覚えがあったから。

 

 黒い髪に、黒い瞳。

 

 中性的な顔立ち。

 

 黒と、白銀の、二本の剣。

 

 黒いロングコートとブーツ。

 

 

 

[《ホロウ・エリア》実装テスト、最終シークエンスを始めます]

 

 

 そんな、静寂を壊すように空間に響いたアナウンスと同時に、アキトは震えた声を、絞り出した。

 

 

 「っ……ぁ……」

 

 

 

 

 ────(キリト)が、そこに居た。

 

 

 

 

 「……キ、リト……」

 

 その、親友の名を呼ぶ。

 その瞳が、その視界が何故か歪み、霞む。

 出会い、決別してから約一年間、まともに顔を合わせなかった親友の、久しぶりに見る姿。最後に別れてから、装備も雰囲気も、何もかもが違っていて。

 

 「キリト、君……なの……?」

 

 アスナも、地に伏しながらも見上げる。その瞳には涙を浮かべ、わなわなと唇を震わす。

 愛する人が、目の前で再び姿を現した事、その事実に頭が追い付かない。

 

 「……」

 

 キリト(・・・)は、何も言わず、ただ立っていた。

 腕をだらりと下げ、脱力した無の構えを取っており、その瞳は何処か虚ろ。何かを見ているようで、何も見ていない。

 死んだ表情をしていた。

 

 にも関わらず、アキトはそれに気付かない。

 

 「キリト……キリト、なんだろ……?」

 

 アキトは、震えていた足を、一歩、キリトへと近付ける。

 漸く会えた、その事実がアキトの胸を高鳴らせ、涙が自然と零れ落ちる。

 

 何故、君がここに居るのか。そんな問いをする事すら、時間の無駄だと切り捨てた。

 アキトは、また一歩、また一歩と足を動かす。物言わぬキリトを不思議にも思わず、疑問も抱かずに近付いていく。

 自身の中にいるはずのキリトの事など、頭から忘れ去られていた。

 

 親友が、大切な友達が、目の前にいる。

 その事実だけで、他は何も見えていなかった。

 

 

 「話したい事が……謝りたい事が、伝えたい事が、沢山あるんだ……」

 

 「……」

 

 

 キリト(・・・)は、答えない。

 

 

 「君に追い付きたくて、憧れて……ずっと、ずっと追い掛けて来たんだ……強く、なったんだ……」

 

 「……」

 

 

 徐々に、その距離が縮まる。

 

 

 「キリトの手助けをしたくて……一人にしてしまった君を支えたくて……だから、俺……僕は……」

 

 

 声が、震える。

 

 

 「約束、したもんね……一緒に、攻略組になるって……だから────」

 

 

 ────瞬間。

 

 

 「っ!? アキト、逃げて!」

 

 

 フィリアの悲鳴に近い声。

 

 だが、もう遅い。

 

 

 

 

 「ぇ……」

 

 

 

 

 アキトの動きが、一瞬固まる。

 

 

 次の瞬間、目の前の親友は。親友の姿をした、その《ホロウ》は。

 

 

 《エリュシデータ》を振り上げて、アキトの身体を斬り付けた。

 

 

 

 

 







キリト 「……」

フィリア (誰……?)←何の説明もされていない人




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