ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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最近投稿遅くね?と知人に言われた私。

あるよぉー、やる気あるよぉー!と返しておいたぜ。

瞬間、傘で腿を貫かれました。
雨さえ降らなけりゃ……!




Ep.103 深まる謎

 

 

 

 

 時刻は午後7時頃。

 既に陽の光が沈み、空は暗闇が覆う時間。フィールドに出ていたプレイヤー達も、その視界の明暗の差から攻略を止めて引き上げる頃だろう。それに伴って、《圏内》の主街区にはたくさんの人が集まる。

 76層から最前線の87層まで。きっと75層《コリニア》から最下層までの空気も、そこまで変わりはしないだろう。しかし朝と夜で街の雰囲気は全く違う。それはどの層の街も同じで、魅力の一つだ。これがデスゲームでなければ、それを見る為の観光でログインするのもありだろう。

 《アークソフィア》でも、食べ歩きをするプレイヤーや、夜の街並みを楽しむ人達、毎日宴会の如くはしゃぐ者達も多く見られた。

 

 普段と何ら変わらない、見慣れた景色。

 アキトも変わらず《エギルの店》で、いつものように珈琲を啜っていた。ふと、顔を上げて辺りを見渡す。オレンジ色の光が天井から降り注ぎ、このフロア一帯を照らす中、色んなプレイヤーがテーブルを囲って食事をとったり、談笑したりしていた。

 この場所を溜まり場にしているいつものメンバーの何人かは、まだ来ていない。だが最近は、こうして誰かの帰りを待つのも悪くない気がしていた。

 常に、帰る場所を求める側だった。向かった先に、大切な人が居て欲しかった。だからこそ、こうして待っている時間だって大切に思える。

 今この瞬間だけ、アキトは自身の精神的な成長を僅かながらに感じていたのだった。

 

 

 「アキト君」

 

 

 カウンター席に座るアキトの背後から、透き通った声が聞こえた。振り返るより先に、その声の主はアキトの隣りに座る。

 まあ、振り返らずとも誰なのかは、すぐに分かった。

 

 

 「……アスナ、おかえり」

 

 「ただいま。何飲んでるの?」

 

 「珈琲だよ。ここの美味しいんだ」

 

 

 未だ珈琲の湯気が立ち上るカップに視線を落とすアキト。隣りに座るアスナは柔らかな眼差しでこちらを覗いている。

 だが彼の目の前で、その珈琲の提供者はニヤリと笑って目を細めていた。

 

 

 「よく言うぜ、最初の頃は『普通』だの『まあまあ』だの言ってたくせに」

 

 「ぐっ……い、いつもお世話になっております、エギル大明神様……」

 

 「おう、分かりゃあ良いのさ」

 

 

 エギルは途端に上機嫌になり、そのまま厨房へと消えていく。よくよく考えてみれば、初めての頃もこうして珈琲を飲む為にカウンターに座っていたなと、アキトは思い返していた。苦いものが特別好きな訳ではないアキトだが、何故か珈琲は好きだった。よく、父親が飲んでいたからだろうか。

 そんな事を考えていると、ふと思い出した。

 今日出くわしたとある一件、─── アルベリヒの件だった。アキト自身はそのコードについて詳しく知っている訳ではなく、かといって見ず知らずの人にも聞きにくい。だから、今日この場所でアスナに会った時に聞いてみようと思っていたのだ。

 

 

 「……あのさ、ちょっと相談事があるんだけど、聞いてくれたり……しますか……?」

 

 「……どうしてそんなによそよそしいのよ。一々頼まなくたってちゃんと聞きます。それで、何?」

 

 「いや、《犯罪防止コード》について少し……女の人の方が詳しいと思って……」

 

 「唐突ね……何かあったの?」

 

 

 アキトの口からなんの前触れもなく告げられた《犯罪防止コード》の名前。アスナは困惑を隠せず、眉を顰めて問い掛けた。

 それは当然の反応なので、アキトは続けて事の経緯を説明し始める。

 

 

 「今日、この層の街の端にある喫茶店に行ったんだけど」

 

 「……へえ、私達が迷宮区で攻略している間に、ねぇ……?」

 

 「き、今日は休憩しろってアスナが言ってくれたのに……」

 

 「ふふっ、冗談よ。多分その店、私も知ってると思う。シノのんが紹介してくれてね、この前みんなで行ったのよ」

 

 「多分そこ。そこで今日、アルベリヒに会ったんだ」

 

 

 アキトを揶揄って笑っていたアスナの表情が、一気に険しくなった。彼女もアルベリヒの事は覚えていたのだろう。それも当然だ、あれほどのレアリティを誇る装備に身を包みながらも、中身は初心者丸出しのプレイヤーだったのだから。

 おまけに慇懃無礼な態度と、自信に満ち溢れた性格。にも関わらず、戦闘に対する姿勢や言動、動きはあまりにも拙かった。

 身に付けた装備に反して、経験的なものを何一つ感じなかったのだ。

 

 

 「彼の仲間……いや、部下かな。女性プレイヤーに強引に迫ってたんだ。なのに《犯罪防止コード》が発動しなくてさ」

 

 「見間違いとかじゃなくて?」

 

 「フィリアも驚いてたし、被害に遭ってた女性もなんで発動しないのかって焦ってたから、見間違いの類じゃないと思うけど……」

 

 「……フィリアさんと行ったんだ」

 

 「へ?あ、うん、まあ……」

 

 「ふーん……ふーん?」

 

 「な、何?」

 

 「べっつにー?」

 

 

 アキトの今日一日の行動に対して、アスナはちょくちょく尖った態度を見せるも、すぐにその対応を改めた。その話は女性に対して重大なものだ。やがて彼女は腕を組んで真剣に考え始めたが、思い当たる節も無く、ただ眉を顰めていた。

 

 

 「うーん……なんなんだろうね……」

 

 「あれ、どうしたの。辛気臭い顔して……」

 

 

 再び背中から声が掛かる。

 二人が共に声のする方を向くと、そこにはリズベットが立っていた。どうやら店の仕事が一段落着いたようだ。しかし彼女はアキトとアスナの間の暗い空気に気付いたのか、若干の気を遣いながら近づいてくる。

 

 

 「リズ……ちょっと面倒な事になってそうなのよ……」

 

 「?」

 

 

 そんなアスナの抽象的な言葉に思わず首を傾げるリズベット。そこからはアキトが詳しく説明を開始した。

 喫茶店で女性プレイヤーが男性プレイヤーに言い寄られていた事。その際女性の身体の一部に触れ、強引に迫っていた事。

 そして、そんな状況にも関わらず《犯罪防止コード》が発動しなかった事。

 

 話している内にシリカやリーファ、シノン、フィリア、クラインとユイも集合し、結局その話はストレアを覗いたいつものメンバー全員に行き届いたのだった。

 そして話をひと通り聞き終え、一瞬静寂が生まれたのも束の間、リズベットが憤然とした態度で言い放った。

 

 

 「まずは、ソイツを攻略組に入れなかったのは大正解ね」

 

 「痴漢なんて最低ですよ!」

 

 

 シリカも今の話が許せないのか、眉を吊り上げて珍しく怒りを露わにしている。というより、この場の女性陣は揃ってこの話を良く思ってないはずだ。

 そんな彼女の隣りに座っていたリーファは、誰もが気になっている事を眉を顰めて問い質した。

 

 

 「でも、なんでセクハラコードが働かなかったんだろう?ゲームシステムの異常なのかな?」

 

 「うーん……でも、まだ確実じゃないよね。このまま放っておけばもっと被害者が出るし、原因をハッキリさせないと」

 

 

 リーファの疑問にそう言って唸るフィリア。この中の女性達で唯一現場を目撃しているからか、その意志は固かった。

 確かに76層に攻略組が到着した際に起きたシステムの異常が関係していると言われたら納得してしまうだろう。

 転移の不安定、アイテムやスキルの欠如、ただでさえ死活問題になり得るバグが未だ修正されていないのだ。新たに増えていても不思議は無い。

 

 

 「それならよ、一回試してみたら良いんじゃね?」

 

 「……は?」

 

 

 突如、クラインがそんな事を言い出した。

 一瞬彼が言っている事の意味を把握出来ず、一同固まる。が、一足先に我に返ったアキトが、おずおずとクラインに問い返した。

 

 

 「た、試してみるって?」

 

 「だからよ、実際に誰かに触って《犯罪防止コード》が動くかどうかやってみるんだよ」

 

『……』

 

 

 瞬間、女性陣のクラインを見る目が冷ややかなものに変わった。信じられないと目が訴えており、各々がクラインから僅かに距離をとった。

 つまるところクラインは、『試しに痴漢してみようぜ』と女性の前で言い放ったという事だ。これは流石に擁護出来ない。案として無いわけでもないが、それは口にするべきじゃなかったのかもしれない。

 そして、やがてアキトとエギルも引き気味にクラインを見る。それを見たクラインは暫く呆然としていたが、自分が今周りからどう見られているのかを漸く理解し、目を見開いて慌てて捲し立てた。

 

 

 「ちょ……ちょっと待てお前ら!やましい気持ちなんてコレっぽっちも無えからな!」

 

 「アンタは日頃の行いのせいでイマイチ信用出来ないのよ……」

 

 「ホントだっつの!そんな羨ま……けしからん状況になってたら、この世界の女性方のピンチだろ!そうさせねぇ為に俺様が人肌脱ごうと……」

 

 「クラインさん、怖いです……」

 

 

 呆れたように呟くリズベットと、自分の身を抱いて怯えたような視線を向けるリーファやシリカに、自分の主張を放っていたクラインはガックリと項垂れた。途中羨ましいとか言っていたのをアキトは聞き逃さなかったが。

 そんなクラインの肩を、エギルがポンと軽く叩いてやると、フォローするかのように口を開いた。

 

 

 「まあ、案としちゃあ間違っちゃいないけどな」

 

 「でも男の人に触られるのって女の人からすれば抵抗あると思うし、無理強いは出来ないよ、クライン」

 

 「そんなつもりじゃねぇっつの……」

 

 

 不貞腐れたようにむくれるクライン。日頃女性を追い掛けている印象があるクラインがこの手の話に対して何かを言えば、大体似たような結果になるだろう事は予想がついていた為に特に驚くような事は無い。

 ただ、相変わらずの彼の在り方に、アキトは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 「それなら、アキトさんにお願いしてみるのはどうですか?」

 

 

 

 

 ──── その後、更にとんでもない爆弾が落ちてきた。

 アキト含めた一同の席がガタリと音を立てる。声の主は、この場で最年少であるユイだった。

 クラインが駄目ならアキトという考え方は間違ってはいなかったが、それに対して思わず声が上がってしまう人も少なくなかった。

 

 

 「え?ええっ!?じゃあ、もしかしてアキトさんが、ち、痴漢するって事ですか!?だ、ダメですよ!?」

 

 「あたし、そ、そういうのは、いけないと思うよ!」

 

 「ま、待ってアキト……!まだ、心の準備が……」

 

 「誰もアンタらにやるなんて言ってないでしょうが……」

 

 

 シリカとリーファ、フィリアの素っ頓狂な声に、呆れ顔で呟くリズベット。そんな気は無かったアキトだが、そこまで嫌がられると少しばかり傷付く。が、彼女達が顔を赤らめている事をアキトは知らない。

 クラインは彼女達の表情にいち早く気が付き、『俺の時と反応が違ぇじゃねぇか!』と声を荒らげている。

 実際、クラインよりも同年代の異性に触れられる方が生々しいだろう。その分、意識するし嫌なのかもしれない。アキトは仕方ないだろうという解釈に落ち着くも、やはりこの案に戸惑いを隠せない。

 何せ、そもそも女の子に触れるという時点で色々問題だからだ。人の目が無いわけでもないし、この場で公開痴漢など社会的に死ぬ。

 しかし、そこからユイが更に無意識に畳み掛けてくる。

 

 

 「じゃあ、ジャンケンで誰がテストするか決めましょう」

 

 「ゆ、ユイちゃん……」

 

 

 続けて口を開くユイに、アキトはたじろぐ。

 因みにユイは、アキトなら女性を辱める行為はしないから大丈夫だという絶対的な信頼の元、ただ純粋に『テストしてみては』と女性陣に提案しているつもりなのだが、ユイと周りとの見解が微妙にズレている。

 最早女性達は《犯罪防止コード》の有無の確認という目的が薄れ、今からアキトに触られるかもしれないという事実が上書きされて戸惑っている。

 辺りが慌てふためく中、アスナは小さく溜め息を吐くとアキトに向かって告げた。

 

 

 「そんなの、みんなに頼めないでしょ……私で試してみて、アキト君」

 

 「まあまあ、ここはユイちゃんの提案通り、ジャンケンで決めましょうよ」

 

 

 しかし、何故かリズベットは急にユイの提案を促し始めた。アキトが思わず彼女の方を見ると、心做しか楽しそうな表情を浮かべている。

 途端、アスナは物凄い剣幕で捲し立てた。

 

 

 「ちょっとリズ!どういう事か分かってるの!?」

 

 「どういう事って、どういう事?」

 

 

 リズベットが眉を顰めると、アスナは『うっ』と言葉に詰まる。すると、段々頬を赤らめ始め、そのまま全力で声を上げた。

 

 

 「だから……アキト君に……その……触られちゃうんだよ!」

 

 「ああ、そんな事?勿論分かってるわよ。でも、セクハラし放題なんていう一大事かもしれないんだから、みんなで協力してちゃんと調べないとね〜?」

 

 「言い方と顔……」

 

 

 リズベットの“セクハラし放題”とかいう倫理観の欠片も無いパワーワードと、悪戯を思い付いた子どものような表情でこちはを見つめる顔にゲンナリするアキト。

 何か怪しい方向に話が動き出しており、困惑を禁じ得ない。リズベットのアキトの反応を見てみたいという思惑は、着々と決行へと進んでいく。

 そもそも、アキトはこの提案に賛同の意を示していない。にも関わらず、まるで自分が女性陣の誰かを触る事は決定事項のようになっている。

 アキトは思わず声を上げた。

 

 

 「ま、待ってよ。俺はそもそも女の子に触るなんて一言も────」

 

 

 賛同してない、と言おうとした時だった。

 リズベットの企みの渦中にいる女性達は、顔を僅かに赤らめながらも、段々と表情を柔らかくし始める。そして、戸惑うアキトの言葉を遮り、各々が口を開いた。

 

 

 「……で、でも、アキトさんなら、なんか安心ですよね」

 

 「えっ」

 

 「う、うん……絶対変なところは触らないっていうか……信じられるんだよね」

 

 「ちょっ」

 

 「な、なんかちょっと恥ずかしいけど、女性全員の安全を守る為だもんね!」

 

 「な、何その絶大な信頼……」

 

 

 シリカとリーファ、フィリアは順番にそう答え、その発言に対してアキトは戸惑うばかり。シリカとリーファはアキトならばと安堵の表情だったが、フィリアに関しては顔が赤い。怒っているのか恥ずかしいのか分からないが、もし嫌ならば止めればいいのに、とアキトは的外れな思考をしていた。

 そしてこの流れから、もう自分が誰かに触れる事は決まってしまった気がして、アキトは項垂れた。

 知らぬ間にこれほどの信頼を得ていた事に感動するものの、素直に喜べないこの複雑な気持ち。

 その隣りでは、今までずっと黙っていたシノンの表情が難色を示し始めていた。

 

 

 「やっぱ、私も参加なのよね、これ……」

 

 「とーぜん!身体を張ってこの事件を乗り越えましょう!」

 

 「乗り越えるというか……自ら乗っかっているように思えるんだけど……」

 

 

 リズベットの発言に対してのシノンの答えは、的を射ていた。そう、アキトも正にシノンと同じ事を思っていたのだ。みんな揃って、アキトがやるやらない以前に既に乗り気なのが引っ掛かる。

 触られたくないのではなかったのか。まあ、リズベットやフィリアの言う通り女性全員の安全に関わる事の為なのかもしれないが。

 

 

 「それじゃ、ジャンケンしますよ!さあ、ママもこっちに来て下さい!」

 

 「え、ええ?ユイちゃんもやるの……?」

 

 「もう……アキト君のバカ!」

 

 「は!?俺っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「ふぅ……なんか私がテストする事になったわ」

 

 

 女性達のジャンケンの末最後まで勝ち残った一人が、現在アキトの目の前に立っていた。

 そこには、不本意ながらもジャンケンに参加してしまった為に、仕方なくこの場に立ってますオーラを全開させたシノンの姿があった。

 シリカやリズベット、リーファは負けた事に対して特に思う事がある訳でもなさそうだったが、フィリアとユイは心做しか残念そうな表情を浮かべて溜め息を吐いていた。

 アスナは困ったようにアキトとシノンを見据え、その行く末を見守っていた。

 シノンはシノンで腕を組みながら複雑そうな表情でアキトを見上げており、アキトは萎縮しながらも挨拶(?)を始める。

 

 

 「えっと……よ、よろしく、お願いします……?」

 

 「うん……それで、どうすれば良いの?」

 

 

 シノンはそう言ってユイを見ると、ユイはその視線をアキトへと向けた。

 

 

 「アキトさんは何処でも構わないので、シノンさんの身体に触れてください」

 

 「わ、分かった、けど……何処でも良いって言われてもさ……」

 

 

 そのいきなりかつ無茶過ぎるユイからの指令に、アキトは戸惑いがちにシノンを見る。華奢なその身体に纏う装備から見え隠れする肌は、自分なんかが触れてしまえば穢れてしまうのではと思うほどに白い。

 そもそも女性にこういう状況で触れるという事自体が稀過ぎて、身体が思うように動かない。周りにこんなに観察されながら女性の身体を触るなんて、やってる事が異常過ぎる。

 

 

 「変なところは触らないでよ」

 

 「……」

 

 

 アキトは伸ばそうとしたその手を、シノンの発言で引っ込めた。

 態々念を押されると、彼女の言う『変なところ』が何処なのか逆に分からなくなってきてしまった。途端焦りが表情に出始めてしまい、一々視線が逸れる。

 取り敢えず、無難に肩に軽く触れれば良いだろうか。だがシノンの装備は、肩を露出している。直接肌に触れるのはNGなのでは。

 何もせずアキトが悶々と考えていると、シノンは不貞腐れたような瞳をアキトに向けていた。

 

 

 「……早くしなさいよ」

 

 「へ?あ、うん……じ、じゃあ……」

 

 

 シノンに催促されて、アキトはすぐに彼女に触れなければならない状況に追い込まれる。

 悩んだ末、アキトは視界に入った彼女の左手を自身の手で掴んだ。柔らかで細くて、女の子らしい綺麗な手だった。

 

 

 「っ……」

 

 

 途端、シノンの頬が僅かに赤くなり、アキトから目を逸らす。

 するとどうだろう。それと同時にシノンの目の前にシステムカラーのメッセージが表示されたではないか。それは正しく、今話題に上がっていた《犯罪防止コード》の知らせだった。

 我に返ったシノンは小さく声を漏らすと同時に顔を上げ、そのメッセージをアキトと共にまじまじと見つめる。

 

 

 「っ……あ、出たわね」

 

 「……という事は《犯罪防止コード》そのものがおかしくなってる訳じゃないのかな」

 

 

 それを知ると、アキトは安堵の息を吐いた。

 女性を守る為のシステムが正常に働いた事実は、周りの女性達にも浸透していく。各々固くなっていた表情が柔らかくなり、アスナは小さく笑みを作っていた。

 

 

 「少し安心したね」

 

 「ええー、手を繋ぐくらいでセクハラコードが発動しちゃうのー?つまんなーい」

 

 「リーズー!アキト君で遊び過ぎ!」

 

 「あはは、バレてたのね」

 

 

 やはり、アキトの反応を楽しむ事が目的だったリズベットは、アスナにそう言われて苦笑いしていた。

 他のみんなも、取り敢えずは正常に動いた《犯罪防止コード》に安心したかのように表情を和らげており、アキトも一息ついていた。ホッと息を吐くと、繋いでいたシノンの手をゆっくりと離して────

 

 

 「……」

 

(あ、あれ?シノン?)

 

 

 ────と、思ったのだが。

 

 

 アキトの手は、いつの間にかシノンに握られていた。

 先程までアキトが彼女の手を一方的に掴んでいただけだったのに、何故か今はシノンの方からアキトとの手を繋いできていたのだ。

 

 

 「……」

 

 

 彼女は繋がれた手元をまじまじと見下ろし、アキトの男性にしては白いその肌の色に魅入られていた。

 雪のように冷たい手。なのに、何故かそこに熱を感じたシノンは、アキトの手を離せないでいた。絡まる指を解けなくて、いつまでも繋いで居られるような、そんな感覚。

 けれど、それを彼が知る由もなく、アキトはポツリと告げたのだった。

 

 

 「し、シノン?もう大丈夫だよ?」

 

 「え?……っ!」

 

 

 シノンは漸く、アキトの手を自分が掴んでいる事に気が付いた。瞬間、頬が林檎のように赤く染まり、彼から勢い良くその手を離す。

 アキトは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく笑って『ありがとう』と口を開いた。恐らく、協力してくれた事への礼なのだろうが、シノンにはまるで聞こえない。

 今、自分がアキトの手に触れ、何を感じ取っていたのか。それを思い出し、心臓がバクバクと高鳴っていた。

 

 

 「っ……っ……」

 

 

 シノンがふとアキトを見上げると、彼は何も気にせずに安堵する仲間の表情を眺めていた。先程まで女性と手を繋いでいたというのに、表情に焦りも困惑も、羞恥心すら感じない。

 まるで何事も無かったような表情に、シノンは逆に腹が立つ。

 

 

(……馬鹿みたい、私だけ、意識してるみたいで……)

 

 

 もうちょっと、何か反応があっても良かったのでは、と。口に出しては言えないが、シノンは視線でアキトにそれを訴える。が、アキトは気付かず、未だに《犯罪防止コード》が作動した事実を確かめて安堵していたのだった。

 

 しかし、そうなると浮上する疑問が一つ。

 一連の行動を眺めていたエギルとクラインはそれに行き着いたのか、腕を組み、眉を顰めて呟き始めた。

 

 

 「だけどよ、そうなるとアルベリヒ達の方に何か仕掛けがある可能性が出てくるな」

 

 「実力に合わねぇレア装備を付けてたって話だろ?胡散臭いったらねぇよ」

 

 「そうなんだよなぁ……」

 

 

 二人の言う事は最もだった。

 こうして《犯罪防止コード》は動いている。つまり、動かなかったのはあの時だけという事になるのだ。すると、アルベリヒ一向に何か仕掛けがあるのではという推測に辿り着くのは当然で、エギルの疑問は誰もが感じるであろう事だった。

 おまけに、クラインが言ったように、彼は実力に見合わない高レアリティの装備を身に付けている。以前攻略組の入団テストでアキトがアルベリヒとデュエルした時にステータスもこの場の誰よりも高いだろうという事は把握している。だが、それにも関わらず、実力が伴わない違和感は簡単に拭えはしなかった。

 彼らが胡散臭いと感じるのは、最早自明の理なのだ。

 

 

 「もうちょっと詳しい情報が欲しいわね」

 

 「システムコードを起動させない、みたいな装備やスキルがあるとは思えないけど……警戒だけはした方が良いと思う」

 

 

 アスナの呟きに、アキトはそう返した。

 ユニークスキルでさえ、システム以上の事を実現させるのは不可能なのだ。システムに干渉、介入出来るとなると、それは一般プレイヤーの域を越えている。

 だがシステムエラーによるバグではないと分かった以上、アルベリヒ達に何か仕掛けがある。

 つまり、アルベリヒ達には、一般プレイヤーにはない何か特別なものを持っているという事になるのだろうか。

 が、情報が少な過ぎる今、何を考えても仮説にすらならない。アキトは一先ず思考を中断させ、未だシステムメッセージを表示させたままのシノンに向き直った。

 

 

 「シノン、もうメッセージ閉じて大丈夫だよ。ありがとね……シノン?」

 

 「……ぇ?あっ……どういたしまして……」

 

 

 何故かボーッとしていたシノンだったが、アキトの言葉で我に返ったのか、慌てて顔を上げてウィンドウを見つめ、そこに向かって手を伸ばした。

 そして────

 

 

 「それで、この《犯罪防止コード》発動っていうウィンドウのOKボタンを押せば良いのよね」

 

 

 ────と、とんでもない事を言ってきた。

 

 

『!?』

 

 

 一同、目を見開いてシノンへと視線を向ける。

 そんな事露知らず、彼女の指は表示されたシステムコード発動のOKボタンへと近付けられていく。

 もしアレに触れれば最後、アキトはここからおさらばし、外周区へと飛ばされるかもしれない。その恐怖に、メンバー全員の顔が青ざめた。

 アキトだけでなくほぼ全員が、思わず身を乗り出して声を出す。

 

 

 「だ、ダメ!ちょっと待って!」

 

 「ま、待て待て待て!」

 

 「それに触れちゃダメ!」

 

 「それに触れたら、アキトさんが監獄行きです!」

 

 「しかも今は転送だっておかしくなってるんだから、ちゃんと監獄に送られるかどうかも怪しいわよ!」

 

 「うん!下手したら、アインクラッドの外に転移されて二度と戻って来れなくなっちゃうかも!」

 

 

 アキト、クライン、アスナ、シリカ、リズベット、フィリアの順にシノンへと告げる。シノンは驚いたように目を丸くして呆然としていたが、やがて意味を理解したのか自然と表情が戻っていく。

 《射撃》なんていうユニークスキルを持ち、正真正銘攻略組として強者に位置するシノン。遠距離武器を使いこなす彼女は、もうすっかりSAOに慣れており、アキト達にとってもかけがえのない存在になっていた。

 

 

 ────故に忘れていた。シノンは、ここへ来て日が浅いという事に。知らない事があるのは、当たり前だった。

 

 

 「そうなんだ……へぇ……よく覚えておかないとね」

 

 

 シノンは手元のウィンドウを見下ろして、一人そう呟いていた。そうして、彼女はOKボタンの隣りのNoボタンを躊躇い無く押した。

 《犯罪防止コード》の表示が消えた瞬間、一同は今度こそ安堵の息を吐いた。先程よりも深い息で、アキトは苦笑する。

 もう少しで、途轍も無くダサい理由で監獄送りにされるところだった。

 

 

 うっかりシノンに触れて、飛ばされないように気を付けよう。

 

 

 そう思うアキトであった。

 

 

 

 








小ネタ 『繋いだ手』


シノン 「……」ジー

シノン 「……」ニギニキ

シノン 「……」グッパグッパ

シノン 「……♪」///

フィリア 「シノン、さっきから自分の手ばっかり見てるね」

アキト 「さっき、強く握り過ぎたかな……」













次回 『仮想と現実』
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