ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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読者の方に、アキト君のイラストをいただきました……!こんな嬉しい事ある!?褒め殺しの言葉まで頂いて……このまま完結出来ずに死んでしまいそうなくらい嬉しいです!(*´ω`*)
コラボ編も大分投稿出来たので、今回は久しぶりの本編です!

因みに皆様、if編でプロローグだけ書き始めているアリシゼーション編はご存知でしょうか。こちらも残り2.3話ほど随時投稿致します。この話と同時に一話投稿していると思います。
上手く書けているかが、とても不安……この先設定とかガバガバになったらどうしよう……ただでさえ難しいアリシゼーションなのに……!


それではどうぞ!




Ep.105 90層到達パーティ

 

 

 

 現実世界では二月も半ばを過ぎるであろう頃、それに合わせるかの如く76層の街《アークソフィア》も寒さが包んでいた。外に出れば吐息は白くなり、手袋をしなければ手は途端に悴む。夜になれば更に冷気が滞り、場合によっては霧が出来てより寒さを感じるようになる。

 良くも悪くも仮想世界の気象設定は現実に忠実であり、砂漠エリアや火山エリアなどの特定フィールド以外ではこうしてどの層も冬という季節を感じていた。日が短くなるこの時期は、早い段階で街灯が点き始め、外に出るプレイヤーもそれほど多くは無い。武器防具とは違う、寒さを凌ぐ事に特化した防寒着を身に付けて街を出歩く者もそれなりに見られるが、この暗い時間帯に態々フィールドに出てレベリングをしようなんて酔狂な者は少ない。冬から春へと差し掛かる時期ではあるが、《アークソフィア》の街は他の層と特に違いも無く静寂を保っていた。

 

 だが今日の《アークソフィア》───特にエギルの店の中においては、そんな寒さなど忘れるかの如く集まったプレイヤー達で賑わっていた。

 普段食事処や酒場としても使われる店でもあるが、今日はまた一段と人が多く集まっている。今までも、夕食の時間になれば必然と溜まり場のようにはなっていたのだが、今日の夜は少し違っていた。

 いつもいるであろう常連客だけでなく、攻略組で見た事のある顔触れや、そうでないプレイヤーも沢山集まり、席が足りないのではと思う程だ。カウンター辺りの席に座るのは店主の顔見知りである女性率が高いグループ、真ん中辺りは中層から来てしまった一般のプレイヤー、入口付近の席には攻略組が座っていた。いつも以上の人数に、エギルが態々裏方から新しいテーブルと席を持って来た程だ。

 そして彼らの表情は揃いも揃って満足そうな、嬉しそうな笑顔。普段の会話などから生じるものよりも何処か質が高いというか、嬉しさの度合いが桁違いに感じる表情だった。

 

 

 

 

 ────その理由は至極単純で、それでいて当然の事だった。

 

 

 

 

 「……ゴホン!えー、そんじゃ90層到達って事で、恒例の節目パーティを開催しまーす!皆さん、カンパーイ!」

 

 

『『『カンパーイ!』』』

 

 

 

 

 クラインの音頭に合わせてみんなが手に持つジョッキやグラスをぶつけ合う。誰もが嬉々とした声を上げ、一気に室内の温度も上がっていた。76層へ来て一番の盛り上がりなのではと感じる程だが、今日の《アークソフィア》の酒場はきっと、軒並みこんなテンションだろう。

 そう、先程も言ったが、彼らがこんなにも騒いでいる理由は至極単純で当然の事。

 今日、遂に《浮遊城アインクラッド》の踏破率が九割を達した。

 

 ────つまり攻略組は89層のボスを討伐し、90層へと辿り着いたのだ。

 

 よって、以前80層の際に節目として行われたパーティを今回もやろうという話になり、こうして人が集まったのだ。

 SAOが開始してから二年と三ヶ月、一体ここまで来れると何人が信じ、想像して来ただろうか。攻略組ですら一層のボスを突破するまでクリア出来るか不安を抱えていたというのに、今ではゲームクリアが現実味を帯び始めている。

 開始当初は誰も信じていなかっただろう。何せ、βテストの際にも碌に上がれなかったと聞いていたのだ。それに加えて互いに蹴落としが始まり、狩場の独占や攻略組の情報規制等、仲間であるはずのプレイヤー間での騙し合いが絶えずにここまで来てしまったのだ。もっと早く纏まれていたのなら、今頃ゲームクリアも出来たかもしれない。

 けれど、ギルドや考え方が違っても、ゲームクリアに近付く事実は誰にとっても喜ばしい事だった。今このエギルの店の中だけで言うのなら、攻略組の印象がよろしくないであろう中層プレイヤーと、そんな彼らを見下す攻略組が仲良く談笑してこの催しを楽しんでいるように見える。これこそが在るべき形であり、きっと誰もが理想とし求めた姿だったのかもしれない。

 

 

 傍から眺めているだけで自然と溢れてしまう笑み。カウンターに座るアキトはそんな彼らから手前へ視線を引き戻す。

 アスナ、シリカ、リズベット、リーファ、シノン、ユイ、ストレア、フィリア、クラインにエギル。みんな飲み物を片手に笑い合い、今日の出来事を祝福し讃え合っていた。ボス戦はやはり簡単には終わらず、苦戦を強いられた。だがアスナの洗練された突き、シノンの正確な射撃、シリカとリズベットの連携、リーファとフィリアの援護、クラインやエギルの他を守る立ち回り、そして他の攻略組のメンバーも遺憾無く力を発揮し、かなり安全に善戦したといえよう。

 そして、元々実力の高かったストレアの加入がとても大きい。主武装である両手剣から繰り出される攻撃力の高さによって、ボスのHPを恐らく今日一番に削ってくれた。立ち回りや連携など、攻略組に合わせる事が出来ていて、乱れる事も全く無くスイッチも援護も完璧に熟してくれていた。先日の事があっただけに不安だったが、ストレアは現在とても嬉しそうに料理を頬張っていた。

 彼女達をぼうっと眺めていると、視界の端で影がチラついた。

 

 

 「アキトさん、90層到達おめでとうございます!」

 

 「っ……ユイちゃん、ありがとう」

 

 

 ふと声を掛けられ我に返ると、ユイが嬉しそうな顔でこちらを見上げていた。一瞬言葉に詰まるもすぐに笑い返し、手を挙げて感謝を伝えた。

 ユイは少しばかり頬を赤くしながら、カウンター席に座るアキトの隣りにちょこんと座る。手に持っていたのは大きなお皿に乗せられた、アスナ達が作った料理の数々だった。

 それをカウンターテーブルに置いた後、ユイはアスナ達のいるテーブルへと戻って行ったかと思えば、自分のグラスと料理の乗った小皿を手に再びとてとてと戻って来る。それをカウンターに置くと、またアキトの隣りに腰掛けた。

 途端に後方のプレイヤー達が盛り上がりを見せ始め、思わずアキトとユイは振り返った。

 

 

 「凄い賑やかだよね。エギルの店がこんなに繁盛してるの、結構珍しいんじゃないかな」

 

 「アキトさん、それはエギルさんに失礼ですよっ。……でも、皆さんとても楽しそうですね」

 

 「最初こそ無謀だと思っていた100層到達が、もう目の前まで来てるんだもんね。浮かれたくもなるってもんか……」

 

 

 まるでそこに自分は介在していないかのような、他者と自分を線引きしたような瞳で周りの光景を見据えるアキトから溢れたのは、何処か寂しく、乾いた笑みだった。

 それを見たユイは、ポツリと呟いた。

 

 

 「……アキトさんは、嬉しくないんですか?」

 

 「っ……」

 

 

 瞬間、アキトの表情が固まった。

 

 

 

 「え……どうして?」

 

 「その……皆さんよりも、楽しそうじゃないというか……少し、元気が無いように見えたので……」

 

 

 ユイのその言葉に、アキトは僅かに肩を震わせる。

 アキトが見せる笑みに、ユイはいつもとは違う何かを感じ取ったらしいのだ。しかしアキトは少し間を置くとすぐに、何でも無いといった顔で取り繕った。

 

 

 「そ、そんな事無いよ。ただ、その……段々ボスも強くなってきてるしさ、ちょっとだけ疲れちゃったっていうか……はは」

 

 「そう、なんですか……でしたら、たくさん食べて元気を取り戻しましょう!」

 

 

 ユイはそう言って、テーブルに置いた大皿をアキトの方へと差し出してくる。アキトのその疲労感漂う表情に納得したのかそれ以上何も言わず、笑顔でそれを渡してくれる。アキトは小さく笑った後、眼前にある大皿に目を向けた。肉や野菜を取りどり使った料理達が幾つも取り分けられてその一皿に乗せられている。ユイ一人で食べるには些か多い量にアキトがぱちくりと目を瞬かせていると、ユイは笑顔で説明を始めた。

 

 

 「これ、ママが作った料理です。皆さんも一緒に作って……わ、私もお手伝いしたんです」

 

 「……貰って良いの?」

 

 「は、はいっ、勿論ですよ!食べてみて下さいっ!」

 

 「ありがと。……じゃあ、いただきます。んむっ……うん、美味しい!」

 

 

 アキトはユイを心配させまいと早速料理にありついた。アスナプロデュースという事もあり、どの料理もとても美味である。もぐもぐと口を動かせば、ユイは面白可笑しくクスクスと笑い、アキトも何処か満たされた気分になった。

 

 

 「そういえば、90層の街はもう見に行ったんですか?」

 

 「ああ、うん。アクティベートした後にチラッとだけ。確か《コヨルノス》って名前の街だったかな。フィールド出たらすぐ浮島でさ、その下は雲が広がってて下が見えないんだ。……あれは落ちたら死ぬかも」

 

 「浮島、ですか?」

 

 「うん。そのままダンジョンに行ける感じに見えたけど、すぐ迷宮区って訳でも無さそうなんだよなぁ……」

 

 「《アインクラッド》は100層の《紅玉宮》へと上がるにつれてフィールドが狭くなっていきます。今までのペースから考えても、ボスのフロアまでそれほど時間は掛からないと思いますよ」

 

 「分かってる。油断だけはしないようにするよ。ありがとね」

 

 

 ユイに一言お礼を言うと、その瞬間肩をポンポンと叩かれた。無意識に二人で振り返ると、そこにはさもパーティを楽しんでいる様子のストレアが、料理の乗った皿を片手に満面の笑みで立っていた。

 

 

 「アキト、ユイ!90層到達、おめでとー!」

 

 「ストレアさん、おめでとうございます!」

 

 「おめでと。それと、今日はお疲れ様。助かったよ」

 

 「えへへー、ありがと!パーティって凄いね!! みんな楽しそうだし、アタシも楽しい!! それにどのお料理も美味しいし、さいこー!」

 

 

 そんなストレアは、どう見てもアキトより楽しんでいた。お皿には今テーブルに並んでいる全料理が乗せられているように見える。それを苦笑気味に見ていると、ストレアはその皿をアキトとユイと同じカウンターテーブルに乗せ、アキトとユイの眼前に立った。

 何事かと不思議そうに眺めていると、途端に両手を広げたストレアが、こちらに迫って来たではないか。

 

 

 「「!?」」

 

 

 アキトとユイがギョッとするも束の間、ストレアは二人に抱き着き始めた。左右の腕にアキトとユイが包まれ、その腕力はとても強い。

 急な行為に何も考えられない二人は、段々と息が詰まるのを感じ、咄嗟に口を開いた。

 

 

 「す、ストレア……い、息が出来ない……!」

 

 「く、苦しいです……」

 

 「アキト、ユイ、パーティに呼んでくれてありがとね!」

 

 

 抱擁を終えたストレアは二人から離れ、最初と変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。何て事は無い、先程のハグはストレアの感謝の気持ちだったのだろう。

 それを知ったアキトとユイは互いに顔を見合わせると、小さくクスリと笑い合った。

 

 

 「……俺達だけじゃないよ。他のみんなだってストレアには来て欲しいって思ってたんだ。ね?」

 

 「はいっ、ストレアさんが来てくれて、とっても嬉しいです。是非楽しんでいって下さい!」

 

 「ありがと〜!それじゃ、みんなにもお礼しないと!行ってくるね!」

 

 

 アキトとユイに手を振って、ストレアは踵を返す。カウンターから離れ、最初にストレアが向かった先は一番近くにいたシリカとリズベットだった。アキトとユイの時と同様にいきなり抱き着いて、二人を困惑させている。

 それを遠くから見つめていたアキトに、ユイは笑って呟いた。

 

 

 「あんなに喜んで下さると、私まで嬉しくなっちゃいます」

 

 「うん……呼んで良かったよ。ストレア……最近、何かに悩んでたみたいだったから……」

 

 「そうなんですか……?」

 

 「まあ……それが何かは良く分かってないんだけどさ……けど、彼女が俺を頼ってくれた時に、いつでも支えるつもりだよ」

 

 

 けれど彼女の発言から察するに、ストレアはゲームクリアをした先に待ち受ける何かに不安を感じているようだった。クリアしてしまうとみんなには会えなくなる、と彼女は言っていた。

 それがどういう事なのかは、まだちゃんと聞けていない。話せない事なのかもしれない。だから、無闇に聞いたりはしていない。でも、もし彼女がそれを打ち明けてくれたなら、アキトは全力を持って、その解決の為に動きたいと切に思った。

 ユイもそんなアキトの言葉に満足したのか、嬉しそうに微笑む。その中で、ズカズカと音を立ててこちらに向かってくる侍男に目が行った。

 

 

 「おーう、アキト!90層到達おめでとさん!しっかり楽しんでっか?」

 

 「クライン、おめでとう。まあ、それなりに楽しんでるよ。みんなは大分盛り上がってるみたいだけど……」

 

 「まあな……流石に90層まで来るとよ、攻略の方も厳しくなってくるだろ?息の詰まる戦闘が続くわけだから、こんな時はガッツリ騒がねぇとな!」

 

 「あはは……程々にね」

 

 「……おいアキト、全然飯が進んでねえじゃねえか!どれ、俺様が食わせてやる、ほれ!」

 

 「や、やめ、ご飯くらい自分のペースで……むぐっ!」

 

 「あ、アキトさんっ!?」

 

 

 ハイテンションとノリでアキトを弄るクラインと、嫌がるアキトの取っ組み合い。ユイがオドオドとしていると、再びこちらに来訪者が現れ、三人は動きを止める。

 

 

 「アキトさーん!おめでとうございます!」

 

 「きゅるぅ♪」

 

 「おめでと、アキト。……何してんのよアンタら」

 

 

 そこにいたのはシリカとピナ、そしてリズベットだった。挨拶と同時にリズベットは表情を変え、三人を訝しげに見やっていた。

 傍から見ればクラインがアキトの口に料理を突っ込んでいるようにしか見えない。いや、それが真実ではあるのだが。慌ててクラインの腕を押しやり、アキトは二人にも声を掛けた。

 

 

 「シリカ、リズベット、おめでとう。お、ピナもおめでとうね」

 

 「きゅるっ、きゅるぅ〜!」

 

 「あ、そうだピナ、何か食べ……って、どうしたの二人とも」

 

 

 飛んで来たピナの頭を人差し指で撫でていると、何処か疲れたような顔のシリカとリズベットに気付く。思わず眉を顰めると、その原因をつらつらと語り始めた。

 

 

 「今ストレアさんがやって来て、急に抱き着かれました……窒息するかと思いましたよ……」

 

 「あたしもよ。苦しかったわ……」

 

 「あ、ああ……それで……ストレア、今日誘ってくれたのが本当に嬉しかったみたいでさ、みんなにお礼参りしてるつもりなんだ」

 

 

 そう説明すると、シリカとリズベットは顔を見合わせ、困ったように笑った。

 

 

 「そうだったのね。……まあ悪気があった訳じゃないし、喜んでくれたみたいだし、良かったわ」

 

 「そうですね。一緒にいると飽きないというか、楽しいですし」

 

 「時々何するのか分からねぇのが、ちょっとばかし怖えけどな」

 

 

 二人と共にクラインが相槌を打つ。

 確かにストレアは何をするのか分からない無軌道過ぎる部分があるが、アキトはそこに味があると思っているし、あの天真爛漫で自由奔放な彼女だからこそ魅力があると思っている。

 そんな事を考えていると、また新たに犠牲者がこちらへと寄って来た。

 

 

 「ふぅ……ふぅ……あ、アキト君……」

 

 「な、何なのよ……あの人……」

 

 「お、お勤めご苦労様です、二人とも……」

 

 

 シリカやリズベット以上にぐったりしてやって来たのはリーファとシノンだった。顔を青くして具合が悪そうだ。

 

 

 「お礼を言われながら殺されかけたよ……」

 

 「逃げようとしたけどダメだった……」

 

 「あ、あはは……ま、まあストレアもそれだけ嬉しいんだよ」

 

 

 とどうにかストレアをフォローする。これ以上犠牲が出る前にとカウンターから立ち上がり、彼女達を掻き分けてテーブルへと向かうも、そこには更なる犠牲者が椅子に座ってテーブルに突っ伏していた。

 

 

 「……フィリア、アスナ、大丈夫?」

 

 「あ、アキト〜……」

 

 「大丈夫だけど……ストレアさん遠慮無さ過ぎだよ……」

 

 

 フィリアとアスナもストレアにお礼をされたらしく、アキトの行動は一足遅かったようだ。項垂れる彼女達に対して出来る事など、苦笑いを浮かべる事だけ。

 ここまで遠慮無いと、本当に御礼参りなのだろうかと疑いたくなるが、当の本人は満足そうにニコニコ笑っていた。

 

 

 「おいアキト、ちょっと手伝ってくれないか?」

 

 

 すると、厨房の方から野太い声が響く。振り返るまでもなくその声の主がエギルだと理解出来たが、心做しかいつも以上に声のトーンが高いような気がする。

 思わず全員で振り返る。全員顔を見合わせた後、呼ばれたアキトだけは首を傾げながらエギルに言われるがまま厨房の奥へと入り込んだ。

 

 

 「何を手伝えば良いの?」

 

 「これを運ぶのをだよ。もう一皿あるから頼むぜ」

 

 

 エギルは何故かニヤついた表情のまま、顎で運んで欲しい皿を指定する。アキトは視線の先にある二枚の大皿を何の躊躇いも無く手に取った。

 

 

 「分かった。この皿を運べば………………ぇ」

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 しかし、その皿に乗ったものを一瞥して表情が固まった。思わずエギルと皿に乗った料理と視線が何度も行き交う。エギルは笑って頷くだけで何も言わず、アキトは表情を引き攣らせたままその二枚をアスナ達がいるテーブルへと運ぶ為に歩き出した。

 厨房からアキトが顔を出すと、待っていた彼らの視線が一斉に持っていた二枚の皿に注がれた。

 

 

 「アキトおかえりー、エギルは何だって……何持ってるのよ」

 

 

 リズベットはアキトの固まった表情にいち早く気が付いて、彼の手元の大皿二枚を見やる。

 アキトが無言のまま円テーブルに置いたその二皿に、一同は近付いた後目を見開いた。

 

 

 「これって……」

 

 「ピザ、だよね……」

 

 

 シリカとリーファがぱちぱちと瞬きをしながらそれを見下ろす。

 一見するとそれは、現実世界を想起させる何の変哲も無く美味しそうなただピザだった。何も知らないストレアとフィリアはそのピザを見て目を輝かせているが、他のメンバーはそうはいかない。

 アスナは満面の笑みを浮かべる気味の悪いエギルに、不思議そうに問い掛けた。

 

 

 「ね、ねえエギルさん……これってまさか……」

 

 「おう!激辛入りピザを、また作ってみたぜ」

 

 「うわぁ、やっぱり……」

 

 

 この巨漢は見た目に反して子どもみたいな余興をしたがるようだ。嬉々として説明する彼は本当に楽しそうで、誰も何も言えなかった。

 

 

 「しかも今回は数を増やして、激辛も三枚入ってる」

 

 「さ、三枚も……?」

 

 「来たね来たねー!! 楽しいイベントが!! 前回は酷い目に合ったからな……今回はリベンジさせて貰うぜ!」

 

 

 アキトが枚数を聞いて戦慄している隣りで、クラインは今回も乗り気のようだ。前回の教訓を活かし、今回こそはと燃えているように見える。当たる可能性は大いに上がったが、アキトからすればただただ辛いピザを引き当てる確率────つまりアキトにとってのハズレが当たりやすくなったという事だ。全く喜べない。

 

 

 「激辛当てた奴は前回同様、誰でも好きな奴に好きな事をさせられるってルールで行こうぜ!」

 

 「へー、なんかすっごく面白そう!アタシも混ぜてもらって良い?」

 

 「おう!入れ入れ!! 女性は多い方が……いや、参加者は多い方が楽しいってもんよ!他は誰が挑戦する?」

 

 

 ぱあっと顔を明るくさせたストレアの参加にテンションが上がるクライン。続いて参加者を募れば、何人もがその手を掲げ始めるではないか。

 

 

 「あ、あたしはやりますよ!!」

 

 「そうね、あたしもやるわ」

 

 「はい!参加します」

 

 「はいはい!私もやる!」

 

 

 シリカ、リズベット、リーファ、フィリアが声高らかにそう言い放つ。相も変わらず前回同様に聳え立つ真っ直ぐな右腕達。アキトは青い顔で信じられないとばかりに彼らを見やっていた。

 

 

 「……私もやる」

 

 「シノンまで……」

 

 「本当は満腹なんだけど……アンタを一日私のレベリングに付き合わせるのも、悪くないかなって」

 

 「え、お、俺なのっ!?」

 

 

 続けて口を開いたのはシノン。こういう事にはあまり乗り気じゃ無さそうなシノンだが、何の躊躇いも無くその手を挙げていた。

 しかもなんと彼女のターゲットが自分だった事実に、アキトは眉をひくつかせるが、シノンはさも楽しそうにクスクスと笑うだけ。

 

 

 「わ、私もやりますっ!」

 

 「ゆ、ユイちゃん……」

 

 

 するとユイもそんなシノンの言葉に反応するかのように手を挙げた。アスナ曰く、ユイは別に辛い物が得意な訳では無いという。前回のクラインのあの様子を見ても尚、参加しようだなんて肝が据わりすぎてはないだろうかと、アキトはただただ顔を青くした。

 そんなユイの隣りで、アスナも笑って手を挙げていた。

 

 

 「はーい!私も!シノのんの洋服とかコーディネートしてみたかったんだよねー」

 

 「な、何よそれ……」

 

 「ふふふ……覚悟しなさいよー」

 

 「ま、まさかアスナも要注意人物なの……?」

 

 

 アスナとシノンの間で妙な空気が流れ始める。

 兎にも角にも全員漏れなく参加が決まったところで、一同未だに賛同の意が得られていない黒の剣士に視線を向けた。

 アキトは一瞬だけ言葉に詰まるも、前回のパーティ同様に視線を壁へと向け始める。

 

 

 「っ……や、やー……俺ももう満腹だから、パスで良いかな────」

 

 「ピザを食べなくても構わないが、パーティに参加している以上、命令を受けたら従って貰うぞ」

 

 「な、なんて理不尽な……」

 

 

 エギルの卑劣なやり口(言い過ぎ)に、アキトは悔しげにエギルを見やった。エギルは子どものように悪戯げに笑うだけで、何も言ってくれない。アキト以外の全員が参加している現状で、自分だけ参加しないのはあまりにも空気の読めない行動の上、このパーティに水を差す行為になりかねない。最早外堀は完全に埋められ、逃げる道など最初から存在していなかった。

 

 

 「……はぁ」

 

 「どんだけ嫌なのよ……」

 

 

 リズベットの呆れるような声を耳に、アキトは渋々ピザを囲うみんなの輪に加わる。そうして、みんなが一斉に自分の食べたい一切れを選別していく。

 この十枚の中の内、漏れなく三枚が当たり。アキトにとってのハズレ。アキトは僅かに瞳を揺らし、一番最初に目が行った一切れに手を伸ばした。

 そうして他のメンバーもピザをその手に取ったのを確認すると、クラインが声を上げる。

 

 

 「……うーし!みんな自分の食べるヤツは決めたな?んじゃまた、みんなで一斉に食うぞ」

 

 

 互いに頷き合い、手に持つピザをまじまじと見つめる。

 そんな中で、アキトは他の人よりも、かつて無い程の緊張感を持っていた。

 

 

(大丈夫だ……確率は低い方、当たらない可能性の方が大きい……大丈夫、大丈夫……)

 

 

 心臓の高鳴りを抑えながら、それでも揺れる瞳でピザを見据える。そうして誰もがそんな姿勢を作った瞬間、クラインの掛け声が響いた。

 

 

 「いっせーのっ!」

 

 

 「あむっ……むぐ……」

 

 

 ヤケだと言わんばかりにアキトはピザを口に入れる。辛さなど感じるものかと暗示をかけながら、そんなものを感じる前に飲み込まんと噛み続けた。

 が、いつまで経っても火を吐くのではと感じる程の痛みがやって来ない。ただただ美味しい、普通のピザだ。アキトは自分にとっての当たりを引き当てたのだと確信し、小さく溜め息を吐くのだった。

 

 

 「……もぐもぐもぐ」

 

 「もぐ……もぐ……あ、凄く美味しいっ!……ってハズレかぁ」

 

 

 シリカとフィリアは普通のピザを引き当てたようだ。美味しいピザに顔を綻ばせたフィリアだったが、ハズレだと知った途端に残念そうだ。

 しかし彼女のすぐ隣りで、早速変化を見せた者がいた。

 

 

 「もぐもぐもぐ……ん?んん!?」

 

 「……す、ストレア?」

 

 

 味が舌に浸透するであろう頃合い丁度に、ストレアから妙な声が上がる。見開いた瞳で瞬きを繰り返し、段々と顔を赤くし、やがてその瞳からは涙が────

 

 

 「当たったあぁ〜!か、辛ーい!!!!」

 

 

 初めて見るストレアの反応をまじまじと見てしまう。

 涙目で顔が真っ赤で、今にも走り出しそうな彼女。すぐさまコップをひったくる様に取り、勢い良く飲み始める。何はともあれ最初の当たりだった。

 

 

 「もぐ……あむ……」

 

 「もぐもぐ……ちっ!ハズレたか……普通に美味ぇ」

 

 

 リーファやクラインもどうやらハズレだったようだ。クラインは悔しそうにピザを噛み締めている。

 すると、必然的に残りの人達の中に二つの当たりがあるという事に────

 

 

 「…………んん?」

 

 

 ふと、そんな声が聞こえた。

 声の主へと視線を走らせると、そこにいたのはストレアと同様の反応を見せる栗色髪の少女、アスナだった。

 

 

 「んーーーーーーっ!!!?」

 

 

 突如そんな声を上げ、バタバタと手を振り回す。顔はストレア以上に赤く、想像以上の辛さに言葉が出せないようだ。アスナもアスナで初めて見る反応に、アキトは思わず苦笑を浮かべる。

 

 

 「んー!! んー!!」

 

 「水?持って来ようか?」

 

 「ああああっ!! だっ、大丈夫!! 自分で持って来る!」

 

 「別に前回みたいな事言わないわよ……」

 

 

 リズベットの水を断り、自分自身で水を取りに厨房まで走っていくアスナを尻目に、アキト達は未だ反応を変えない残りの二人を見た。

 ユイとシノン。他のみんながハズレだったところから、残りの当たりは二人のうちのどちらか。アキトの個人的願望としては、クライン、ストレア、アスナをあんな風にしてしまう辛さをユイには味わって欲しくないものだ。シノンに対してもそう思うのだが、逆に辛い物を食べた彼女の反応も見てみたい気がする。

 

 

 

 

 しかし────

 

 

 

 

 「もぐもぐ……あれ……?」

 

 「んむっ……普通に美味しいわね……」

 

 「えっ……?」

 

 

 一向にユイとシノンが辛さに悶える様子は無く、それどころか二人ともピザを完食し、未だに来る事の無い辛さに対して寧ろ疑問を抱き始めていた。

 これにはギャラリーだったアキト達も驚く。見落としが無いかと各自見渡すが、ストレアとアスナ以外に辛さによって悶えている者など一人としていない。

 

 

 「……え、何、二人ともハズレなの?」

 

 「おいエギル、当たりは三枚あるんだよな?」

 

 「あ、ああ……そのはず、なんだが……おかしいな……」

 

 

 一番楽しそうにしていたはずのエギルの笑みが崩れる。仕込みをしていたのはエギルだけなので、本当に当たりが三枚あったのかどうかは彼にしか分からない。そのエギルが一番驚いており、慌ててアキト達全員の顔色を伺い始める。

 だが誰一人として辛そうにしている者などおらず、エギルは苦い顔をする。

 

 

 「変だな……俺の勘違いか?」

 

 「大方、どっちかの当たりのピザに余分に絡みパウダーをまぶしたんじゃないの?」

 

 「うわ、じゃあアスナとストレアのどっちかのピザは倍辛いの……?」

 

 「あ、当たらなくて良かったかも……」

 

 

 リズベットの推測に震えるフィリアとリーファ。

 少し不穏な空気になるも、当たりが二人出た事には変わりない。既に水を飲み干していたアスナは、荒い呼吸を抑えられずた項垂れていた。

 

 

 「はあっはあ……思ってたより、辛かったわね……とはいえ、私も当たりよ……」

 

 「あ、アスナ大丈夫……?」

 

 「え、ええ……勿論……」

 

 

 全然大丈夫じゃなさそうなアスナ。それに加えてストレアはもう随分と回復しているようで、パタパタと手で自身の顔を仰いでいた。

 三枚目の謎が未だ引っ掛かるも、クラインはパンッ!と手を叩くとメンバー全員をこちらに注目させた。

 

 

 「さて、俺的には非常に不満の残る結果な訳だが、仕方ねえ。当たりの二人は、誰に何をさせるんだ?」

 

 

 すると、今度はストレアとアスナに一同の視線が向かう。

 激辛ピザを当てた二人は、ルールに則って好きな人に好きな事を出来る。誰もがこれから繰り出されるであろう命令は何なのかを待ち受けた。

 まだ回復していないアスナを他所に、ストレアは先程のピザによって火照った頬を冷ましながら口を開いた。

 

 

 「んっとね……アタシの命令はねー……」

 

 

 そう言いながらストレアの視線がアキト達に注がれる。彼女と目を合わさぬようにと、右へ左へと視線を逸らす女性陣達。

 そんな中で、アキトとストレアの視線が、バチリと確かに交錯した。そして次の瞬間、ストレアはとんでもない事を言い出したのだった。

 

 

 

 

 「それじゃ、アキトがアタシとキスをする!」

 

 

『『『!!!!!?』』』

 

 

 

 

 アキトだけでなく、全員がガタリと席を立った。途端に全員が目を見開き、辺りはざわめきが発生していた。ふと気が付けば、この店にいたプレイヤー達の視線までもがこの場所に注がれているではないか。

 恐らくこの激辛ピザロシアンルーレットを見ていたであろう彼らは、美少女であるストレアのトンデモ発言に『おおおお!』と声を上げていた。

 

 

 「おお!直接的なのが来たねぇ!! っていうか、何でキリトやアキトばっかり!」

 

 

 クラインがさも羨ましそうにそう言い放つ中、アキトはストレアの王様ゲームみたいな命令に完全に萎縮して、顔を林檎のように真っ赤に染め上げいた。

 

 

 「な……ぇ、なっ……!?」

 

 

 ユイがユイらしからぬ真っ赤な顔でわなわなと口元を震わせてアキトとストレアを交互に見ている。

 

 

 「っ……」

 

 

 シノンもピクリと肩を震わせ、アキトをチラリと見た────チラリのはずなのだが、冷たい氷のような冷徹な瞳でアキトを突き刺している。心做しか僅かだが身体が震え、腕を組む手の力が強くなっているように見える。

 

 

 「え、え、き、キス!?アキトと、す、ストレアが……!?そ、そんなの……!」

 

 

 フィリアは困惑や焦燥を隠せず表情に出して、これからどうなるのだろうかと不安に駆られながら行く末を眺めていた。

 シリカは「ひゃあ……!」と顔を赤くして口元を抑え、リーファはそんなストレアの大胆発言に顔を赤くしている。リズベットはニヤニヤしながら面白そうにそれをただ眺めていた。

 

 

 「す、ストレア?い、いきなり何を……」

 

 「ふふーん、アキトに拒否権なんて無いよ〜?ほらほら〜♪」

 

 「っ!?や、待って待って、待って下さい……!」

 

 

 冷静な判断が出来ずにいるアキトの腕を、ストレアが両手でギュッと掴む。途端にユイ、シノン、フィリアの肩が大きく震え、段々と視線が二人に固定されて逸らせない。

 周りのギャラリーも状況を理解しているようで、アキトには勿論拒否権が無い。だが、この場のノリでそんな事をしてしまうのも違う気が……と思っている内にストレアがドンドン自分を引っ張ってくる。周りの目もあって、最早キスをしなければならない流れと化していた。

 段々と聞こえてくるのは周りの盛大なキスコール。ストレアが楽しげにしている為断りにくい事は勿論だが、アキトもアキトで断るに断れないうえに判断能力が上手く働かない。

 

 

 

 

 ────しかし、そんなアキトに救世主が現れた。

 

 

 

 

 「そ、そんなのダメに決まってるでしょ!」

 

 

 「っ……あ、アスナ……」

 

 

 

 

 アキトの腕を掴むストレアを引き離し、アスナが二人の間に立った。想定外の乱入者に誰もが驚く中、クラインの空気の読めない発言がポツリと響く。

 

 

 「いんや、ルール上問題無いな」

 

 「クラインは黙ってて!」

 

 「ひっ!」

 

 

 クラインは悲鳴と共に縮こまる。アスナのあまりの威圧感にいつものメンバーは驚きのあまり唖然とし、キスコール連発だったギャラリーから不満や文句すら聞こえず、誰も何も言い返せない。

 思わぬ介入者に驚いたのはアキトも同じだった。まさか、アスナが助けてくれるとは思わないだろう。大方、自身の中のキリトを思っての行動なのだろうが、ストレア同様に当たりを引き当てたアスナの言葉なら強制力が働いている。

 しかしそんな中でもストレアだけは、不満そうに声を上げていた。

 

 

 「なんでなんでー?好きな事出来るんでしょ?」

 

 

 彼女の言い分も最もであるのは確かなのだ。誰もがルールを設けた上で、自分の意志で参加したのだ。どうあっても責任は持つべきだし、ルール上の命令なら尊重するべきだ。

 だがこの時のアスナは、理性よりも本能染みた何かで動いていた。単純に“嫌だ”という気持ち。アキトとストレアがキスをする事を想像した瞬間、身体が勝手に動いて、気が付けば二人の間に割って入っていた。アキトの姿がキリトに重なった事もそうなのだが────と、アスナはチラリと視線を動かす。

 そこにいたのは、不安で今にも泣きそうな自分の娘であるユイだった。顔を赤くして瞳に涙を溜めている。それを見て動かない母親では無かった。

 そうして、ストレアの言葉に対してアスナが放った一言。それは────

 

 

 「じゃ、じゃあ!! 私がアキト君の代わりになる!」

 

 「え?」

 

 「……あ、アスナさん?」

 

 

 ストレアが目を丸くし、アキトの声が震える。

 その問題発言を聞き逃すほどの難聴では無いアキトは、顔を青くしてアスナの名を呼ぶ。周りもポカンと口を開け、そのアスナの発言と表情を眺めて固まっていた。

 暫しその言葉を聞いて同様に固まっていたストレアが、漸くアスナに向かって口を開く。

 

 

 「それはアタシとアスナがキスするって事?」

 

 「え……えっと……そ、そうよ!」

 

(アスナ……)

 

 

 最早形振り構ってないアスナの無計画な発言に、アキトは泣きそうになる。助けて貰っている分際でこんな事考えたくないのだが、そこまで身体を張るメリットがアスナにあるのだろうか。彼女はちゃんと考えて発言してるのだろうか……。

 と、アキトが顔を引き攣らせていると、ストレアが小さく口元を緩ませた。その反応を見たアキトは、嫌な予感を即座に感じ取る。

 

 

 ────が、もう遅い。

 

 

 「んー……それも面白いかも!」

 

 「……へ?」

 

 

 ストレアの乗り気な態度に、アスナが素っ頓狂な声を上げる。瞬間彼女はアスナに向き直り、両手を広げて迫った。

 

 

 「じゃあアスナ……ちゅー!!」

 

 「え?え?ちょっと……いきなり!?」

 

 

 アスナが思わず一歩後退する。しかし、慌てていた為バランスを崩し、後方へと身を逸らす。その間にストレアにその両手を掴まれ、そのまま二人して床へと倒れ込んだ。バタン!と音がして倒れる二人。

 そしてその瞬間、

 

 

 「んっ!」

 

 「んんっ!!」

 

 

 そこには二人の美少女が唇を重ねる濃密な光景が広がっていた。

 仰向けに倒れるアスナに覆い被さるように倒れ込むストレア。アスナの両手に自身の両手を絡めて拘束し、同時に足も自然と絡まっていく。

 顔を真っ赤にして目を見開くアスナに対して、目を瞑ってその行為を楽しんでいるように見えるストレア。まるで初心の女子と大人の女性。

 

 

 「う、ぉ……」

 

 「こ、これは……」

 

 

 エギルとクラインですら、呆然として動けずにいる。視線の先は、呼吸をするにもやっとなアスナの口内に容赦無く侵入するストレアの舌。

 

 

 「わわっ!!」

 

 「うわぁ……し、舌入ってる……」

 

 

 シリカとリーファは頬を紅潮させて、交わされているキスを眺め、ぼうっとしている。

 

 

 「思った以上に……」

 

 「の、濃厚……」

 

 「抱き着くのと同様に……遠慮が無いわね……」

 

 

 リズベット、フィリア、そしてシノンすらも頬を赤らめ、それをただボーッと見つめていた。誰もがその光景に何故か魅入られて動けない。ギャラリーでさえも顔を真っ赤にして、美少女二人の濃厚なディープキスをまじまじと見つめていた。

 

 

 「ど、どうなってるんです?ママ?」

 

 「ゆ、ユイちゃん!ユイちゃんは見るの止めとこう!ね!?」

 

 

 アキトはユイの後ろに立ち、どうにかその目を両手で抑えた。ユイが「っ、わっ、わっ!?」と顔を赤くして自身の目を覆うアキトの手を上から抑えているが、正直ユイに見せるのは教育上大変よろしくない。だが、それから暫く、ストレアの命令行為は続いたのだった。

 数分か、数時間か、そんな感覚さえ忘れる程の光景の中、漸く気が済んだのか、ストレアが小さく声を上げた。

 

 

 「ん……ふふふ、はいっ!おしまいっ!」

 

 

 アスナから唇を離したストレア。その瞬間、二人の口元は銀の糸が出来上がり、繋がっていた。ストレアはケロンとしているが、真下にいたアスナに目をやれば、呼吸困難と羞恥によって紅潮した頬のまま、荒く呼吸していた。

 

 

 「あ、う……」

 

 

 その瞳からは、小さな水滴が。

 誰もが哀れと思いつつも、何故か、美味しい思いをしたような気さえしていた。

 そんな中アキトは、アスナにただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。折角辛い思いをして手に入れた命令権を、こんな事の為に使わせてしまうだなんて。

 今のアスナの顔を見ると、何か……言い方はアレだが、完全に雌の顔……。

 

 

 アキトは自身の煩悩を振り払い、未だ倒れて動けないアスナに、ユイと共に駆け寄った。

 

 

 「ま、ママ……!?」

 

 「アスナ、だ、大丈夫!?」

 

 「アキト、くん……もし、もしもね?キリトくんと、話せるなら、聞いて欲しい事があるの……」

 

 「……へ?」

 

 「私、汚されちゃった……もうお嫁に行けないかも……こんな私でも、お嫁に貰ってくれるかって……そう、聞いてくれる……?」

 

 「や、貰うも何もアスナはもうキリトの嫁なのでは……」

 

 

 すっかり意気消沈してしまったアスナ。本当に申し訳ない。(から)い思いをして(つら)い思い出を作らせてしまったアスナに、アキトはただひたすらに謝罪するのだった。

 責めて三枚目を当たりが当たったのなら、こんな事にはならなかったのに────と、アキトは項垂れたのだった。

 

 

 「んー!パーティって楽しいね!これからはさ、一層をクリアする事にパーティしようよ!!」

 

 「そんな事になったら全員キスの餌食だな……」

 

 

 伸びをしながらそんな事を呟くストレアに、エギルはただそんな一言を付け加えた。

 本来ならアスナのこの状態は嘆かわしいもののはずなのに、その後のパーティは何故か更に盛り上がったのだった。

 アスナも段々と元気を取り戻し、最後の方はストレア同様の笑顔を見せていた。

 

 

 その後店のプレイヤー達で行ったちょっとした催しや、アスナが追加で作った料理を楽しんだ。時間の経過によるものか、プレイヤー間の親密度もこの機会に高くなり、80層の時以上の盛り上がりを見せていた。

 

 

 「……あ」

 

 

 そんな中、ふと目に入ったのは食べかけのピザ。

 一口食べてハズレだと理解したアキトは、そのまま皿に戻していたのを思い出す。みんなが和気藹々としたのを眺めながら、アキトはそのピザを再び頬張る。

 

 

 

 

 

 

 ────ほんの一瞬だけ、舌が痛んだ気がした。

 

 

 








クライン 「いやあ……良いもん見たなぁ……激辛ピザ様々、エギル様々だぜ」

アキト 「アスナには悪い事したなぁ……」

クライン 「……おいアキトよお、正直、勿体無いって思ってるだろ?」

アキト 「へ?何が?」

クライン 「キスだよキス!あのまま甘んじて命令を聞いてりゃ今頃……って思ってたりしてるだろ?」

アキト 「いや、別に……」

クライン 「かー!素直じゃねぇなぁ!……にしてもよ、あの娘上手かったよなぁ……」

アキト 「クライン……」

ストレア 「えへへー♪ ありがとー!」

アキト 「聞かれてたし……」

クライン 「まさか……初めてじゃなかったり……?あ、相手は……!?」

ストレア 「えっとねー……」チラッ

アキト 「……?」

ストレア 「んー……内緒ー♪」

アキト (え……なんか今、見られた?)



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