ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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さあ、ゲームを始めよう。遊戯の神はそう告げた。







Ep.109 95層討伐戦線

 

 

 

 

 95層《セイレス》

 

 

 午前十一時頃。

 今日の気象設定は快晴、上層に連れて狭くなったこの最前線の街は陽光が全体に行き渡り、冬の寒さが残る空間を暖かなものへと変えてくれる。普段なら昼寝も良いかな、と考えられる程の気象なのだが、今日に限ってはそうも行かない。

 《セイレス》のゲート付近には、既に多くのプレイヤーが集まっていた。その強者を思わせる顔付き達に、セイレス市を根城にしているプレイヤー達がギャラリーとなって人混みと化していく。

 それもそのはず、一見してハイレベルだと分かる装備に身を包む彼らは、これから95層のフロアボス討伐作戦へと赴く攻略組集団だった。ハイペースで攻略しているが、勿論安全マージンはしっかりと取っており、それ故の貫禄も備わっている。周りのプレイヤー達も、これからボス戦だと分かると途端にざわつき始め、それは段々と期待や懇願を織り交ぜた歓声となり始めている。

 

 ──── そんな中、近くの転移門から姿を現す集団が一つ。

 その目立つエフェクトと音で周囲の視線全てが転移門へと向けられる中、その光の中から一人、また一人と顔を出す。少年、少女、子どもに巨漢と人種に差異ある集団だったが、彼らは攻略組の最大戦力だった。

 ビーストテイマーであるシリカ。

 マスターメイサーであるリズベット。

 剣に自信のあるリーファ。

 《射撃(ユニーク)》スキルを持つシノン。

 《ホロウ・エリア》を一人で生き抜く程の実力を持つフィリア。

 女性でありながら攻撃力のある両手剣を扱うストレア。

 ベテランの攻略組であるクラインとエギル。

 そしてこの攻略組を統率する指揮官《血盟騎士団》団長のアスナ。

 最後に、魔王を葬る英雄の《二刀流(役割)》を手にした二代目《黒の剣士》、アキト。

 これまで多くの経験を積み重ねた事によって手に入れた強さがそこにはあって、そこから醸し出されるのは強者の雰囲気だった。

 しかし、そんな風に感じているのは周りばかりで、当の本人達からすれば注目される事に関してそれほど好印象という訳でもなく。特に期待大のユニークスキル持ちのアキトに関していえば────

 

 

 「……アスナ、なんか恥ずかしいんだけど」

 

 「どうしてよ」

 

 「い、いや……物凄く見られてるから」

 

 「もう、アキト君はこういう所で気が小さいんだから」

 

 

 隣りでクスクス笑うアスナに苦い顔を見せていたアキトは、辺りを見渡した。しかし、三百六十度何処を見てもプレイヤー達の視線がある。アキトにとってはこんな事、二年前じゃ考えられないのだ。故に注目される事になれておらず、そこに強者の貫禄など無い。あまりにも頼りないアキトの背を、リズベットはバシッと叩いた。

 

 

 「しっかりしなさいよアキト!アンタがそんなんじゃあたし達まで恥ずかしいっての!」

 

 「そんな事言われても……」

 

 「大体アンタ、最初の頃はかなり敵意向けられてたじゃないの。こんな視線なんて大した事無いんじゃないの?」

 

 「そんな訳ないでしょ……本当はあんまりジロジロ見られるの慣れてないんだから。というより、どうしてこんなに人が集まってるのさ」

 

 

 そんな素朴な疑問に、アキトの後ろを歩くエギルが笑って答える。

 

 

 「そりゃあこれからボス戦なんだ、見送りに来てくれてんだろ」

 

 「……そういうものなの?」

 

 

 アキトは改めて周りを見る。人々の注目しているプレイヤーはそれぞれ違うものがあるが、表情は皆同じで、誰もが笑顔を向けていた。こちらに手を振るような人達も少なくない。

 

 

 「……でも、前はこんなに多くなかったのに……」

 

 「そりゃあ100層が現実的になって来たんだし、今まで以上に期待されてんだろーよ」

 

 

 今度はクラインが嬉しそうに呟いた。思わず耳を澄ましてみると、その中で『頑張れ』と、『期待してるぞ』と、そんなエールが耳に入り込んできた。攻略組を鼓舞してくれる沢山の声が聞こえるのだ。以前はこんな風にゲート付近に集まるプレイヤーなど少なかった。しかしゲームクリアが近いからだろうか、こうして期待の声を向ける彼らに新鮮味を感じてしまう。それに加え、誰かから期待される事自体少ないアキトは、この気持ちをどう表現したら良いのか分からなかった。

 

 

 「……そっか、期待されてるんだ……」

 

 「アキト君、なんかちょっと嬉しそう」

 

 「へ?な、いや、そんな、えと……」

 

 

 ぽうっと口にした、それでいて気の抜けた言葉だったが、その一言だけでアキトが何を感じているのかが周りにはなんとなく分かっていた。何処か大人びたような雰囲気の癖に、中身は意外と年相応なアキトに対して、指摘したリーファだけでなくすぐ傍にいたシリカやフィリアも顔を見合わせて小さく笑みを零した。

 

 

 「……でも、ボスだってどんどん強くなってきてるのに、無上の期待はプレッシャーだなぁ……」

 

 「そうですね……うう、今になって周りの視線が痛いです……」

 

 「フィリアもシリカも、どうしてネガティブになってるのよ……まあでも、確かに周りの連中は私達が失敗するだなんて微塵も思ってないんでしょうね」

 

 

 シノンの周りを見る目はほんの少しだけ冷たいような気がした。だが、確かに彼らは攻略組によるボス戦が如何に命懸けなのかを知らない。曖昧なイメージばかりが頭の中にあって、それを元に攻略組の強さを勝手に推し量っている。最近は上層へと進む速度が著しく早い為、もしかしたらボス討伐は簡単なものなのだと勘違いしているような輩もいるかもしれない。故に今回も失敗など無いと、有り得ないと、そんな無責任な思い込みが攻略組に向けられている事だろう。無関係だからこそ、そんな願望を押し付けられる。けれど、それでもこちらのやる事は結局のところ、何一つ変わらないのだ。

 すると、そんな空気は我関せずといったストレアが、フィリアとシリカの背中を軽く叩き、笑って告げた。

 

 

 「もーみんな表情固いな〜、もっと気楽に行こうよ!」

 

 「ぼ、ボス戦を気楽にって……」

 

 「どんな猛者よ!アンタは寧ろ緊張しなさ過ぎ!ねえ、アスナ?」

 

 「あ、あはは……まあ、ストレアさんらしいというか……」

 

 

 ストレアのいつも通り過ぎる態度にリーファとリズベットが項垂れ、それを見て苦笑するアスナ。しかし一見楽観的に見えるストレアの態度も、経験によって培われた実力に裏打ちされた自信のようなものの表れなのかもしれない。普段ソロだったというストレアが以前初めてボス戦に参加した時も、初めてレイドパーティ組んだはずなのに、スイッチもPOTローテも全く問題が無かった。攻撃力のある両手剣装備かつ集団での連携にも長けた彼女が今後もボス戦に参加する事はメリットしかないといえよう。

 出会った時から妙に自慢げだっただけあって、その強さは当初から攻略組に匹敵していた。こうしてボス戦に参加してくれるのはとてもありがたい。寧ろ、攻略組にはこういう空気が必要なのかもしれない。危険と隣り合わせな為に攻略会議は常に殺伐とした雰囲気を漂わせている。ほんの冗談や笑い話をするような空気になるような事は無い。だがそんな緊張を解すような、周りを和ませるような存在がいるだけで心の持ちようは変わってくる。ストレアは、やはりもっと評価されるべき人材だと、アキトは改めて感じた。

 

 

 「あ、もうみんな集まってるよ」

 

 「ん」

 

 

 アキト達がやがて集合場所へ歩み寄って行くと、既に集合していたプレイヤー達がピタリとその動きを止める。先程まで会話していた者も揃って口を閉ざし、分かりやすく緊張した表情で目礼を送ってきた。

 すると、中には右手で見た事の無い敬礼をするような連中までいる。恐らくギルド式の敬礼なのだろうが、初めて見たアキトは目を丸くしてマジマジと見つめるばかり。思わず立ち止まってしまったが、すぐ隣りにいたアスナは慣れた手つきで返礼している。

 

 

 「ほら、アキト君も」

 

 「は、え、なあにあれ」

 

 「何って、挨拶よ挨拶。アキト君はリーダー格なんだからちゃんとしないとね」

 

 「俺そんな器じゃない……ちょ、みんな見ないで」

 

 

 何故かアスナだけでなく、シリカやリズベット達もアキトを真顔で見つめてくる。やらないのかと、そう催促されているみたいに感じる。一気に注目される中、アキトは恥ずかしくもぎこちのない仕草でどうにか敬礼を返した。アスナ達だけでなく攻略組のプレイヤー達、それにギャラリーまでもがこちらに視線を注いでいて、視線に耐性の無いアキトはコートに顔を埋めるのだった。

 

 

(……なんか、変な感じだ……)

 

 

 初めて攻略に参加した時と、今とではまるで待遇が違う。最初の頃は別に誰かから仲間意識を持たれたいと思っていた訳じゃ無かった。いつか失くしてしまうなら、初めから何も無い方が良いとあの頃は本気でそう思ったから。バラバラになりつつあった攻略組の敵役として横暴な態度を取り、邪魔だの足でまといだのと罵倒して他のプレイヤーを危険から遠ざける個人プレイ、そんなやり方で周りと距離を置いていた。本当はずっと、無意識に願っているものがあったのに。

 だがキリトの仲間達は、どうしようもなくお人好しで。決して独りにはさせてくれなかった。今では攻略組のプレイヤー達に認められ、周囲のプレイヤー達からは激励の声援が送られている。別に誰かから認められたかった訳でも、ちやほやされたかった訳でも無い。

 

 

 けれど、こんな風に誰かに声を掛けて貰える事が、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 視界が朦朧とする、目眩に似た転移感覚の後、視界を広げれば既に迷宮区のボス部屋近辺のエリアだった。そのまま真っ直ぐ進めばボスのいる部屋へと数分で辿り着く。左右対称の細道で、右も左も冷たさを感じさせる黒曜石のような素材で組み上げられた壁が何処までも続いている。段々と上層になるに連れてこの手のダンジョンは造りのクオリティが高くなっているような気がする。荒削りだった下層のものとは明らかに素材が違い、その壁は近付けば自身の姿がくっきり映るような透明感があった。鏡のように磨き上げられた黒光りする石は、《始まりの街》の《黒鉄宮》を彷彿とさせる。同様に、その空間は肌寒く、空気は冷たく湿り、足元は霧のような薄い靄が漂い棚引いている。

 

 

 「……今回も苦労しそうだな」

 

 「……うん」

 

 

 その雰囲気から何かを感じ取ったらしいエギルの言葉に、アキトは首肯する。攻略組全体としては、もう九十五回目のボス討伐戦だ。ここに至るまでの凡そ二年間、彼らは何度もボスに挑んで来た。その数はそのまま九十五。それだけ経験を積むと、その住処たる迷宮区を見ただけでその層のボスの強さを何となく測れるようになってくる。それを感じたのはエギルだけでは無かったらしく、フルレイド近い凡そ四十数人のプレイヤー達が今一度装備やアイテムの確認をするべくウインドウを開き出していた。

 歩きながら操作するのは危ないのでは、とアキトが思っていると、何故か隣りでアスナがこちらを見て苦笑いしていた。どうしたのかと首を傾げてみるが、どうやら彼女だけでなく他の親しいメンバー達の殆どがそんな表情をアキトに見せているではないか。アキトは戸惑いがちに、代表で隣りのアスナに問い掛けた。

 

 

 「えっと……みんなどうかした?」

 

 「いや……まさかアキト君が《回廊結晶》をあんなにあっさり使うとは思ってなくて……」

 

 「へ?なんで?」

 

 「なんでって……だって、あれNPCのショップじゃ売ってないじゃない!」

 

 

 任意の地点を記録し、そこへと瞬間転移ゲートを作る事が出来る《回廊結晶(コリドークリスタル)》。指定した街の転移門に使用者一人を転送する転移結晶とは違い、集団を一度に運ぶ事が出来る。だがその利便性に比例し希少性も馬鹿にならないくらい高く、NPCショップでは愚か、雑魚モンスターとの通常戦闘ではまず手に入らない。迷宮区のトレジャーボックスや、ボスクラスの強力なモンスターからしかドロップしないレア中のレアアイテムなのだ。故に入手してもそれを滅多な事でない限り使おうとするプレイヤーはそうそう居ないし、使おうとも思わないだろう。

 だが95層ゲート広場からボス部屋に赴く際に、そこに至るまでの戦闘で疲労が溜まればボス相手に支障を来すとして、アキトがあっさりとそれを手に転移ゲートを開いたのだった。こんな事は75層ボス討伐で同じ事をしたヒースクリフ以来だ。それを知っているクラインとエギルは勿論、リーファやシノン以外の、その希少性を知るメンバーの殆どは揃ってそんな意を示す表情を作っていた。

 

 

 「レアアイテム……そうなんだ……でも、俺まだあと三個くらい持ってるし、ここまで来て出し惜しむ理由も無いから、もう使っちゃっても良いかなって」

 

 「な、なんでそんなに……」

 

 「《ホロウ・エリア》で結構手に入ったのがアイテム欄の下の方にあって……」

 

 「……あ、私も二個持ってた」

 

 「フィリアさんも……!?」

 

 

 合計五個。これで96層以降全てのボス戦で迷宮区をショートカット出来る事が判明した。《ホロウ・エリア》は高難易度エリアである為にこの手のアイテムが手に入りやすい。そのせいかアキトもフィリアも《回廊結晶》というアイテムにそれほど価値を感じていないのだった。そんなアキトの態度を見て、リズがユラリと彼の背後に回り込んだ。

 

 

 「……もしかしてアンタ、他にもレアな鉱石とか隠してんじゃないでしょうね。ちょっとストレージ開きなさい」

 

 「な、なんだよリズ。ちょっと待って、鉱石の価値なんて尚の事分かんない」

 

 「はあ!?信じらんないっ!アンタのその剣作るのにどんだけレアな鉱石使ったと思ってんのよ!ちょ、ほら見せなさいよ!」

 

 「り、リズさん落ち着いて!これからボス戦なんですから!」

 

 

 リズベットのやんちゃをリーファが窘める。アイテムに対する価値観が違う分リズベットの推測はあながち間違ってないだろうが、そんなやり取りをしている内にボスへと続く部屋の扉前まで辿り着いていた。途端騒いでいた空気もしんと静まり返る。再び一同息を呑み、緊張からかまたウインドウを開いて装備を見直したりする者も見受けられた。ほぼフルレイドの人数を嘲笑うかのような巨大な鉄扉は、こちらを俯瞰するように聳え立っていた。それを見上げたシリカは、ポツリと小さく呟く。

 

 

 「……当然ですけど、層を重ねる度に迫力が増してるような気がします。残り五層……まだまだモンスターは強くなるんですよね……」

 

 「……攻略ペースも、以前と比べ物にならないくらい早くなってるからな……安全マージンは超えてるとはいえ、これだけの勢いで進んでいると、ふと足元を掬われるような気がしちまう。レベル的にも不安は残るな」

 

 

 エギルの言葉に、各々表情を曇らせる。74層以降ボス部屋は一度入ると扉が閉じられ、結晶を用いても外に出る事は出来ない。本格的にデスゲームと化したこのボス部屋に突入すれば最後、生きるか死ぬかの二択しかない。故に多人数かつ統率のとれたメンバーで挑むのが最善の一手。彼らの殆どはベテランで、もうプレイヤー間での連携も問題は無いだろうが、状況によって混乱するような場面がここから先無いとは言い切れない。シリカの不安もエギルの意見も最もだ。

 しかし、そんなシリカの背中から遠慮無しに抱き着いたストレアは、ニコニコしながら告げた。

 

 

 「大丈夫だよシリカ、いざという時はアタシが守ってあげるから!」

 

 「ストレアさん……!」

 

 「うわぁ、なんて頼もしい……」

 

 「うん。ストレアなら安心して背中を預けられそうだよー」

 

 「この殺伐とした空気でいつも通りなのは、見習わなきゃいけないところね……」

 

 

 リーファとフィリアとシノンの苦笑混じりの言葉に同感な一同。これまで無遠慮で天真爛漫で自由奔放なストレアに幾度と無く振り回されてきたが、やはりこの状況下で彼女の変わらない態度は救いだった。今この場においてストレアの存在はとても大きなものであり、今になって彼女の凄さ、精神的な強さを実感する。今も謎多き少女である事は変わりないが、それでもストレアは最早無くてはならないパズルピースのような、大切な存在になっていた。

 ふとアスナ達を見る。彼女らのストレアを見る表情を眺めて、皆考えは同じなのだという事を実感したアキトは、小さく笑った。

 

 

 「……ストレア。体調は万全?」

 

 「もっちろん!ガンガン頼っちゃって良いよ〜?」

 

 

 ブイブイッ、とピースサインを突き付けるストレアの元気な姿に安堵し、アキトは漸く扉を見上げる。これから足を踏み入れる冷たき世界、ボス部屋に入る為の扉を。何度来てもこの緊張が無くなる事は無いだろう。今も尚心臓が鼓動を強く早く伝えてくる。ある意味現実よりも死を身近に感じるこの世界では、驚く程にあっさりと人が死ぬ。もう嫌になるくらいその光景を目の当たりにして、これ以上は見たくないと誰もが切に願う。ここに至るまで凡そ四千人が死んだ。誰もが人生で初めて命の大切さを実感し、それを乞うたはずなのに、無慈悲にそれを握り潰す理不尽の塊がこの世界。もう一つの現実。

 それが今、漸く終わりへと近付き、その頂きに手が届く。

 

 

 「……感慨深えなぁ、アキト」

 

 「急にどうしたの、クライン」

 

 「正直、二年前はゲームクリアなんて絶対に無理だと思ってたからよ。ここまで来れたって事実を改めて実感してたら、なんだかなぁ……」

 

 「おいおい、フラグは立てんじゃねぇぞ。俺達は全員生きて帰るんだからよ」

 

 「エギル、それもうフラグっぽいわよ……」

 

 

 クラインに注意喚起したはずのエギルの言動にリズベットが冷静にツッコミを入れ、再び殺伐としつつあった空気を和ませる。アキトもアスナ達と顔を見合わせてクスクスと笑う。今まで、ボス部屋の扉の前でこんなに楽しい感情になった事があっただろうか。

 次第に盛り上がってきた中、ストレアが何か思い付いたのか、楽しそうな顔で拳を天井に掲げた。

 

 

 「よーし!じゃあこれが終わったら、またみんなでパーティーしようよ♪」

 

 「あ、賛成ー!」

 

 「あたしもです!」

 

 「きゅるぅ!」

 

 「良いねぇ良いねぇ!どーせならもう毎回やろうぜ!あと五層なんだしよ!」

 

 

 リーファ、シリカが手を挙げ、ピナが嘶く。クラインもそれに準じてテンションを上げる。遅かれ早かれこのまま順調に進めばこの世界は終わる。それまで油断は禁物だが、それに反して思い出を作る時間も大切だ。ストレアのその言葉に反応したのは、何もアキト達だけじゃなかった。周りの攻略組プレイヤー達もストレアやアキト達の空気に感化され、期せずして士気が高まりつつあった。今回も勝って美味い飯を食べるぞと、そんな高ぶった声が聞こえ始める。そうして全体の緊張が次第に解れていくのを感じられ、恐らく今までに無いコンディションだった。

 油断大敵、だが今回もボスを倒せるという確信に近い空気。生きる為に、帰る為に、絶対に勝つ。その意志が体現されていた。この雰囲気を維持する為、皆すぐさまに武器を構え始める。アキト達もそれに倣い、剣を引き抜いた。

 

 

 「仕方無えな。んじゃま、無事片付いたらまた激辛ピザロシアンルーレットだな」

 

 「うへぇ聞くんじゃなかった……」

 

 

 エギルの楽しそうな声にゲンナリするアキトの隣りを、アスナが通り過ぎる。そのまま回廊中央、扉の前まで歩むと、クルリと振り返って一同を見た。

 

 

 「───皆さん、準備は良いですか。作戦はいつも通り、アキト君のファーストアタックで敵の弱点と攻撃パターンの一部を割り出します。基本的にはKoBが前衛で攻撃を食い止め、その間に可能な限りパターンを見切ります。アキト君による情報の伝達が一通り行き届いたら、隙を見て柔軟に反撃。POTローテの間隔は短く、HP管理を怠らないようにお願いします。それから────」

 

 

 アスナによるいつも通りの作戦説明。一度入ったら出られない為に敵のパターンを調べられなくなっている現状こちらが先手で行える手札の数は至って少ない。故に毎度似たような作戦を毎回こうして説明しているのだが、こういうルーティンでも疎かにすると後が怖い。例え同じでも聞き飽きても、この行為には意味があるのだとアキトは思っている。意気込むのを兼ねて手元の《リメインズハート》と《ブレイブハート》を強く握り締めた。

 

 

 「……ねえ、アキト」

 

 

 ふと、小さくクイッと袖が引かれるのを感じる。振り返ると、そこには弓を背負ったシノンが立っていた。前髪に隠れた瞳がほんの僅かに揺れて、不安な様子が見て取れる。

 だがその視線は真っ直ぐに、アキトを見据えていた。

 

 

 「……さっき、ストレアの事、心配してたみたいだけど……アンタは大丈夫なの?」

 

 「え……」

 

 

 思わず、そんな情けない声が飛び出た。アキトが頭を抑えて倒れたあの日の夜、シノンだけがアキトの急変を知った。誰にも言わないようにアキトが口止めしたせいで誰にも教えられず、一人でずっと抱え込ませてしまっていたのだと、アキトは今漸く理解した。《ホロウ・エリア》に強引に押し入ったり、倒れた時は看病してくれたり。他の人以上に、シノンには心配させてしまっている。

 

 

 「……ありがと。大丈夫だよ」

 

 「……嘘じゃないわよね」

 

 「う、嘘じゃないよ。……少なくとも今は」

 

 「……まあ良いわ」

 

 

 アキトの要領を得ない話し方に、小さく溜め息を吐いたシノンは背中の弓を引き抜いて構え、アスナの立つ向こうの扉を見据えて、口を開いた。

 

 

 「……前にも、言ったかもしれないけど」

 

 「え……?」

 

 「私は、アンタより強くない。だからストレアみたいに、守るだとか、支えるだとか……そんなセリフは言えないけど」

 

 

 一度言葉を途切らせて、目を伏せる。そして再び上げた顔からは、もう不安な表情は消え去っていて。ただアキトを見据えるその表情からは、小さな笑みが宿っていた。

 

 

 「その代わり、アンタの事は誰よりも分かっててあげるから。全部は無理かもしれないけど、アンタの強いところも、周りに見せない弱いところも、ちゃんと見てるから」

 

 「……」

 

 「アンタは一人じゃない。もっと周りに迷惑掛けてくれて良い。私達は、そんなにヤワじゃない」

 

 「っ……あり、がとう……」

 

 

 シノンのその言葉を筆頭に、アキトを見る様々なメンバー達。強い意志を持って固く頷く彼らの瞳には、熱い闘志が確かに宿っていた。この中で誰よりも戦闘の中心になりうるであろうアキトの、全力のサポートをする。それが攻略組全体の意志だ。

 アキトはもう一人じゃない。何もかも一人で熟そうとしていたせいで周りを頼る選択肢が無意識に外れていたアキト。今も尚その癖は抜け切っていなかったけれど、彼らは確かに頼れる仲間達だった。その事実に、言葉が詰まる。

 

 

 「アキト君」

 

 

 作戦を伝え終えたアスナが、扉の前でアキトを見つめる。彼女の視線と交わり、瞬間的に武器を握り締めた。

 

 

 「勝って、生きて帰ろう」

 

 「────勿論」

 

 

 淡白だが強く、そして勇ましく応える。満足したアスナがクルリと再び振り返り、その閉ざされた扉に手を掛けた。巨大な鉄の塊が重々しい響きを立ててゆっくりと動き出し、プレイヤー達に再び緊張が走る。アキトは扉がやがて自動的に開かれ始めた直後、集団の先頭───アスナの隣りへと躍り出た。二本の剣を携えて、開かれた先を見据える。

 

 その状況下に、アキトとアスナは小さく笑った。今の二人の状態が、まるで初めて共同戦線を敷いた76層のボス討伐に似ていたからだ。ならば、アスナが隣りに立った勇者に向けて告げる言葉は一つだけだった。

 

 

 

 

 「────死なないで」

 

 

 「当たり前だ」

 

 

 

 

 部屋の先は暗闇で覆われ何も見えない。ボスの姿も見えない。75層の時と同じだ。

 ならば、する事は一つ。互いに視線をぶつけ合い、途端に頷く。

 

 

 アキトは口を大きく開き、そして、今までにないくらいの気合いを込めて放った。

 

 

 

 

 「『───戦闘、開始!』」

 

 

 

 

 







ユイ 「……」←お留守番





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