ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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何でもないって言うのは、本当は凄く難しい。





Ep.112 ストレアの行方

 

 

 

 

 

 

 最前線、96層の街のとある片隅で、狭い路地裏で互いに背を壁に寄り掛かって向かい合う。建物の陰に埋もれる二人は、道行く人達に気付かれる事は無い。

 右手の人差し指と中指を突き立てて、何も無い空間を切る。上下に並んだアイコンをタップし、とあるウインドウを開いた。アイテムストレージを出すと、そこから金銭のやり取りをし、代わりに欲しいものを受け取る。箇条書きされたそれらの情報を上から眺めるが、それが下に行き着くのは割と早かった。

 

 

 「……ありがとう、アルゴ」

 

 「……元々の目撃情報が少なかったから、あんまり有益なのは無いかもしれないけどナ」

 

 「充分だよ」

 

 

 アキトの感謝の言葉を、アルゴは複雑そうな表情で受け取った。不貞腐れたようにムスッとしながら目を逸らし、腕を組んで俯く。アキトは困ったように笑った後、再びそのウインドウに書かれたものを読み始める。が、やはり求めていた情報量はかなり少なかった。アルゴにしては交渉金額が少なかったが、それも納得してしまう。

 

 

 「……やっぱり、見掛けてる人は少ないのかな」

 

 「ま、ただでさえ少ない女性プレイヤーで、攻略組だからナ。それにあれだけの美少女なんダ、見てたら覚えてるだロ」

 

 「だよなぁ……」

 

 

 正論過ぎて項垂れる。アルゴの仕事を疑ってるなんて事は無く、しかし余りにも目撃情報が少ない。自分で探そうと迷宮区に趣いても見付ける事は出来なかった。

 

 

 「それにしても、黒の剣士様が特定の女性の情報を求めるなんてナー」

 

 「茶化さないでよ、ストレアはそんなんじゃないから」

 

 

 そう、アキトが求めた情報、それはストレアの行方だった。

 アキト達が懸念していた95層のボス討伐戦で起きた二つの事象。一つがアキトの異変。

 そしてもう一つがストレアだった。あのボス戦で突如頭を抑えて苦しんでいた彼女。そしてボス討伐後、意味深な事を告げて消えてしまって以降、アキトはストレアを見ていなかった。このところ眠れず深夜に攻略に趣いたのも、自分に起きた異変の検証はついでで実際のところは彼女の捜索の意味が大きかった。

 あれからもう一週間経っているが、一向に彼女に辿り着かない。こうして頼ったアルゴでさえも、情報収集には難航していた。

 

 

 「というか、オレっちよりもシューちゃんの方が知ってるんじゃないのカ?あの中で最初に出会ったのはシューちゃんなんだロ?」

 

 「っ……そ、れは」

 

 「なんダ、心当たりも無いのカ?」

 

 

 アルゴの一言が、妙に突き刺さる。言葉が喉に詰まって中々出て来ない。そんな中で脳裏を過ぎるのは、初めて出会った時から最後に見たあの日までのストレアとの記憶だった。

 常に笑顔で、天真爛漫で自由奔放。嵐のような破天荒さに加え、人懐っこい性格が周りの人々を笑顔にさせていた。プレイヤーとしての腕も相当で、これまで攻略で何度も助けられてきた。

 そんな彼女の事を、アキトは何か知っていただろうか。そう疑問を抱いてすぐ、否と心で決めつけた。

 

 

 「……無いよ。何にも」

 

 「全く?」

 

 「皆無だよ。そういうの、聞いた事無かったから」

 

 「……」

 

 

 情けなくなって投げやりになる回答に対し、アルゴは黙ってこちらを見つめるだけ。その視線に当てられて、堪らず溜め息を吐いた。

 

 

 「……何にも知らなかった。気になる事もあったし、聞きたい事もあったのに、知ろうしてなかったんだ。何が好きで、何が楽しかったのか……何を思ってこの世界に来て、何を願っていたのかも……何一つ聞いてなかったんだなって、改めて思ったよ」

 

 

 ストレアは、初めて会った時から無名であるアキトの事を知っていた。最初こそ不思議に思ったが、そこから親しくなるのにさほど時間は掛からなかった為に気にならなかった。というのも、彼女は何処か人を惹きつける力があって、みんなそれを感じ取ったからだと今では思う。

 だがそれとは別に彼女の親しみやすさの中にあったのは、そもそもストレアがこちらを知っていたという前提の中で生まれた気安い距離感があったからともいえる。そう考えると、ならば逆に何故ストレアはこちらを知っていたのかという疑問が浮上する。それが不可解な点だったはずなのに、それを聞こうとしなかった。

 元々、積極的な彼女に対してこちらは基本的に受け身だった為、思えば彼女にこちらから突っ込んだ質問をする機会など無かった。いつかまたの機会に、と先延ばし続けた所為で今躓いてしまっている。彼女が何処に行きそうかだなんて心当たりすら、無知過ぎた故に知る由もない。まったくもって目も当てられない結果だった。

 

 

 「ついこの前も言われたっけ。きっと俺は、根本的な部分では何も変わってないんだろうなぁ」

 

 

 彼女を知る機会など、今まで何度もあったのに。過去の経験から、“いつか”なんて、来ないかもしれない事を誰よりも知っていたのに。後悔は先に立たないとは、本当に良く言ったものだ。あんな悲惨な過去があったのに、ちっとも活かされてないじゃないかと自責の念に駆られるが、それでストレアが現れる訳もなく。

 始終聞いていたアルゴは、遠くを眺めるように少しばかり目を細めた。

 

 

 「……ま、人間ってのはそう易々と変わったりしないサ。表面上そう見えていても、腹の中じゃ黒い事を考えていたりして、そんでもってそういったところこそ変えるのが難しイ」

 

 

 ────だってそれは、人間には誰しもある“欲”の感情だからだ。

 アルゴのその先の言葉も、言わんとする事も手に取るように分かってしまうのは、この胸に潜む“何か”から感じるものが数多の人間の悪意と“欲”だからだろうか。

 そうでなくとも、それは誰もが願い、求める為の感情だ。それを否定するのは人間性の否定だ。何かを求めるその気持ちを、捻じ曲げる事など誰にも出来はしないのだ。ならば、変わる事なんて最初から無理ではないだろうか。

 

 

 「……でもサー、何だかんだ言って結局諦めないんだロ?」

 

 「え……」

 

 

 小さく拳を握り締めていると、何処か楽しそうに告げるアルゴの声に目を見開いた。思わず顔を上げると、そこには予想通りの表情でこちらを見つめる彼女の姿。

 それは、ストレアの捜索を止めたりしないだろう?という意思確認だとすぐに理解した。そんな問いに対する答えなど決まっているアキトは、ほぼ無意識に首を縦に振った。アルゴはニヤリと弧を描く。

 

 

 「だったらウジウジしても仕方ないだロ。どーせやる事は変わらないんだからサ、あんまり肩肘張るなよナ」

 

 「……うん」

 

 

 ストレアとよくわからない状況のまま連絡が取れなくなってしまった現状のまま一週間程経っている現状の中、アキトは何処か焦っていたのかもしれない。仲間を失ってしまう恐怖を今一度思い出して、いてもたってもいられなくなってしまって。アルゴの告げた言葉は全て、正しいもののように聞こえた。まだ何もやれていないのに、こんな風に自分を責めるのは間違いだった。

 アキトは小さく笑って、アルゴに礼を告げた。

 

 

 「……そうだよね。こんな風に落ちぶれるのは、色々やり切った後にするべきだよね」

 

 「オレっちもやれるだけやってみるヨ。このままじゃ情報屋の名が廃るからナ」

 

 「……ホントにありがとね、アルゴ」

 

 「ま、辛くなったらいつでもオネーサンの胸で泣いて良いヨ」

 

 「良いよ別に、それは好きな人の為に取っておきなって」

 

 

 相変わらず飄々としている彼女は、この世界の情報だけでなく、色々な事を教えてくれる。それも無償で。βテスト時のデータを集めてプレイヤーに配布した彼女の優しさを改めて目の当たりにして、ほんの少しばかり感動を覚えてしまう。寧ろ金銭という現実的なやり取りをしている分、信頼に長けたプレイヤーだと確信して言える。

 両手を広げて冗談を言うアルゴに、ただの忠告染みた巫山戯た投げ掛け。するとアルゴはフードに瞳を隠し、小さな声で何かを呟いていた。

 

 

 「……確かに、根本的な部分は変わってなくて安心したヨ」

 

 「……?何か言った?」

 

 「いーや、何にモー?」

 

 「なんだよ、気になるじゃんか」

 

 「その情報は3万コルだナー」

 

 「うっわ酷いデジャヴ」

 

 

 互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。特に理由があるわけではなかったが、何処か懐かしく、それが何故か可笑しくて。最近張り詰めていた日常の中で、こうして純粋に笑みを浮かべられたのは久しいような気がした。

 けれどそれは自分だけではないと、アキトは脳裏に映った仲間達に想いを馳せる。あれから一週間、ストレアの不在は段々と彼らの心に不安を募らせている。あの場のストレアの様子を察知出来ていなくとも、一週間も顔を見せてくれなければ心配もするだろう。気の所為だろうと切り捨てる程の違和感ではあるが、心做しか彼らの笑顔が少なくなってきているように思える。

 きっと、誰もが本当は笑いたいと願っているはずだ。積み重なる問題や、言わずと知れた世界への不信感、そしてストレアの不在やアキトの変異。そんな蟠りを全て取り除いて笑っていたいともがいているはずだ。

 もしかしたら、アスナやシノンも────

 

 

 「……ン?」

 

 

 しかし、思考はそこで中断する。目の前のアルゴが笑いを抑え、視線をアキトから路地から出た広場へと向けたからだ。先程とは違う雰囲気に思わず息を呑み、アルゴの名を呼ぼうと口を開く。だが、すぐ近くで聞こえるプレイヤー達の声が耳に入り込み、意識はそちらへと逸れた。

 

 

 「おい、聞いたかよ。さっき広場ですれ違ったあのパーティーのリーダー、いなくなっちまったんだってさ」

 

 「ええ、マジかよ?それって例の“神隠し”?」

 

 「ああ。最近多いよな。この前もあったらしいし」

 

 「今度はお前かもな」

 

 「やめろって」

 

 

 視線の先にいたのは、互いに冗談を言い合いながら並んで歩く二人の男性プレイヤーだった。縁起でもない事を交えて会話する彼らだが、気になったのは会話の内容だった。

 

 

 「……“神隠し”?」

 

 「なんダ、知らないのカ?結構噂になってるのに」

 

 「……や、知ってるよ。千と千尋でしょ?」

 

 「……随分昔のアニメを知ってるんだナ。言っておくけど全然違うゾ」

 

 

 知りませんと正直に伝え、その話を聞こうとアルゴから情報を買う。が、彼女ほあくまで噂だからと珍しくコルの要求を拒否し、腕を組んで語り出した。

 

 

 「簡単に説明するとだナ……このところ、プレイヤーの行方が分からなくなる事件が頻発してるんダ」

 

 「っ……それ、一大事なんじゃ……!?」

 

 

 “神隠し”という単語からある程度不吉な話ではあるだろうと予想していたが、アキトの知らぬところで、更にそれが頻発しているとなると驚かずにはいられない。

 プレイヤーの消失だなんて大事件過ぎる。75層のシステムエラー発生から幾つものバグが検出されているが、今回のは流石に規模が大き過ぎる。故に何かの間違いだと考えてしまうのは逃避なのかもしれないが、それを既に考えていたであろうアルゴが、アキトの疑問を読み取り、それに対しての解を提示した。

 

 

 「誰も見てないところでHPがゼロになった……その可能性を考えた奴が、《はじまりの街》にいる仲間に連絡を取って《生命の碑》を確認してもらったらしいけド……」

 

 「……けど?」

 

 「消えたプレイヤーの名前は横線で引かれてはいなかったらしいんだヨ」

 

 

 つまり、死んだ訳ではないという事だ。

 だから“行方不明”と称され噂されているのだという。しかし、プレイヤーが消えるだなんてゲームの進行が不可能になってしまう程の一大事だ。今までシステムのエラーによってそんな現象が起きたという話は聞いた事が無いし、今になって新しいバグが見つかったとも考えにくい。

 一瞬、《ホロウ・エリア》へ転送された可能性も考えたが、アキトが突然転移したのは《高位テストプレイヤー権限》を与えられたからだし、フィリアは確かにエラーによって転送されたがそんな事例はあの一度きり。他のプレイヤーがそう頻繁に転送されるようなエリアではない。だが、一応フェアを重んじるあの茅場晶彦がルール違反を犯すとも思えない。

 それに横線が引かれていないという事は、この《アインクラッド》の何処かでまだ生きているという事だ。しかし何処かに行方を眩ませてしまった。

 

 

 「ソロで活動しているから見かけない……っていうのは違うか。さっきの男の人、『パーティーのリーダー』がいなくなったって言ってたし」

 

 「それに、こんな上層階でフィールドに出たきり帰って来ないなんて有り得ないだロ。それこそ本当に死んで……っ」

 

 

 アルゴは、そこで言葉を詰まらせた。そしてアキトも、彼女の話を聞いているうちに一つの可能性を導き出して目を見開く。途端、顔を上げたアキトは、彼女に食い気味で言い放った。

 

 

 「アルゴ、ストレアの目撃情報の収集と並行して、その“神隠し”の話を調べてもらっても良いかな」

 

 「……ストレアが“神隠し”にあった可能性を考えてるのカ?」

 

 「……分からない。ストレアはあのボス戦の後にいなくなったから……」

 

 

 アキトの考えている事を、的確に言葉にするアルゴ。何も言わずに頷いて、それから暫く思考を巡らせた。

 正直、ストレアがその“神隠し”の事件に直接関係している可能性は低いのかもしれない。彼女の様子がおかしくなったのはあのボス戦の時であり、そこから彼女の行方が分からなくなったからだ。

 けれどあれから一週間、彼女がいなくなってしまってからというもの、アスナ達の空気も心做しか沈んでしまっている。少しでも可能性があるのなら、徹底的に洗い出したい。

 それに、ただでさえシステムエラーや《ホロウ・エリア》、ストレアや自分自身の異変などの問題を抱えてきていたのだ。これ以上何か火種になるようなものが残っているのはアキトとしてはたまったものじゃない。

 

 

 「……分かったヨ。オレっちも調べようと思ってたところだし、引き受けるサ」

 

 「俺も、出来る限りの事をやってみるよ」

 

 「いなくなった連中の居場所に心当たりがあるのカ?」

 

 「無いけど、一応《ホロウ・エリア》の全エリアを回ってみるよ」

 

 

 《ホロウ・エリア》の全エリアを回るというだけでかなりの距離と時間がかかるのだが、気にもとめず路地裏を出る。アルゴに一声掛けると、転移門へと走り出した。

 いてもたってもいられない。ゴールはもうすぐ目の前なのだと、何処か焦りを含んだ心と共にアキトは足を動かした。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 

 ────かれこれ、十分近くはそうしていただろうか。

 

 

 「……」

 

 

 時刻はあれから既に八時間近く経っており、現在夕飯時。拠点とする《アークソフィア》は“神隠し”の現状など知る由もなく賑わいを見せており、夜ながらの街灯や出店の明るさでかなり見栄えのいい街並みと化していた。

 そんな中を目立つ事無くサクサク進んでいくアキトだが、ふと視界にある扉を目にしてその足を止めた。そこは、普段宿として使用しているエギルの店の入口だった。

 

 

 「……参ったなぁ」

 

 

 色々な理由からなんとなくエギルの店に帰りにくい気分だったのだが、彼らをストレアのように心配させる訳にも行かず、《ホロウ・エリア》探索を一時中断して取り敢えず《アークソフィア》に戻って来たアキト。だが帰ったは良いものの、結局入口より先に足を進められないでいた。

 というのも、つい先日仲間であるシノンから想いの丈を伝えられたというのと、自分の異変にアスナが気付いているかもしれないという二つの事実が胸の中から消えてくれず、どうにも顔を合わせにくい気分なのだ。この先に進めば、否が応でも話さなければいけない。今まで散々心の準備をする機会があったはずなのに、ここへ来て怖気付き始めていた。

 店の中ではいつものような笑い声が聞こえる。その中には知った声が含まれているような気さえする。間違い無く、この扉の先に彼らがいると確信した。いつもなら嬉々として床を踏み締めるというのに、今日ばかりは身体が動かない。

 

 

 「……ふう」

 

 

 深く深呼吸して、再び前を向く。

 そうだ、何を焦る必要がある。心を鬼にしても隠し通すと決めたじゃないか。シノンだってこれ以上酷くならない限りは公言しないんだ。ならこちらがボロを出す訳にはいかない。アスナともシノンとも気不味い空気を出してはダメだ。周りに悟られる。こんなんじゃ先が思いやられるぞ。

 さあ動け、動け、うご────

 

 

 「アキト君?」

 

 「何してるのよ、アンタ」

 

 「っ……」

 

 「……何、その反応」

 

 

 突如、すぐ後ろから声を掛けられ、アキトはビクリと身体を震わせ、ピンと直立した。僅かだが未だ身体を上下させながら恐る恐る振り返ると、そこには現在顔を合わせにくいトップ2の二人──アスナとシノンが立っていた。

 彼女達は変な声を上げたアキトをまじまじと見つめており、アキトはアキトで震える口調で問い掛けた。

 

 

 「……アスナ、シノン……ど、どうして……」

 

 「どうしてって……シノのんと二人でレベリングしてたのよ」

 

 「迷宮区の広さから考えても、ボス部屋近くまではマッピング出来たんじゃないかしら」

 

 「へ、へぇ……そうなんだ……」

 

 

 見るとアスナの腰には細剣が、シノンの背には大きな弓が背負われており、そしてレベリングが終わったならここに帰って来るのも当然だった。自分が大分慌てている事に他ならぬ自分が驚き、二人とは目も合わせられずにしどろもどろ。

 しかし二人はそんなアキトに不振がる素振りも無く、早く入ろうと促すだけで、そのまま光芒とした店の中へと入っていった。アキトはぼうっと二人の姿を目で追うばかりで、何も言えず立ち尽くした。

 

 

(……あれ、なんか……思ったより普通……?)

 

 

 昨日の今日だ、シノンとは気不味い空気になるかと思っていたのだが、彼女は昨日の事など忘れたと言わんばかりの毅然とした態度で、アスナはアスナで普段通りの立ち振る舞いに思えた。意識してるのは自分ばかりのような、完全なる独り相撲。

 互いに気不味くなるよりは全然良いのだが、何故か釈然としない。てっきり、話し合いをしなければならない空気になるのかと……。

 

 

 「アキトさん?」

 

 「っ……ゆ、ユイちゃん……」

 

 

 ふと下の方から声がして、視線を落とすと、扉の前にはユイが立っていた。こちらを見上げてキョトンとしており、アキトは思わず後退した。

 

 

 「た、ただいま」

 

 「はい、おかえりなさい!……えっと、入らないんですか?」

 

 「へ?あ、あ、うん。入る。入るよ……」

 

 

 今の自分は、酷く挙動不審に見えるのではなかろうか。何処か鋭いユイにはアキトの異変に少なからず気付いてしまいそうで、その視線から逃げるように店の中に入るも、そこにもアスナとシノンがいる為にどうしようもなく逃げ場のない感情だけが残る。

 しかし視線の先にあるのは、ストレアがいない事を除けばいつもとあまり大差無いように光景で、割と肩透かしを食らった気分になった。

 シリカやリズベット、リーファにフィリア、エギルにクライン。出迎える面々は皆笑みを浮かべており、そこにはアキトの懸念する雰囲気など見受けられない。

 たった今帰って来たアスナは、既に装備を崩して料理を作る体勢になっていて、アキトを見ても、早く来なよ、と笑いかけるだけ。けどそこに僅かだが別の感情が見え隠れしているのを見逃さなかった。

 

 

 

 

 ──── “多分、待ってるのよ。アキトが話してくれるのを”

 

 

 

 

(っ……本当に、俺が話すのを待つつもりなのか……)

 

 

 先日シノンに言われた事を思い出して、先程までの焦燥感が一気に消え失せる。アスナの様子やシノンの告白に焦っていたのは自分だけだったのだと理解した。そして、彼女達の気持ちが恐らく真実なのであろう事も。

 以前と何ら変わりのない態度を見せるアスナとシノン。そして、そうさせてしまっているのが他でもない自分自身だと理解しているのに、だからといって決めた選択を変えられない不器用な生き方に辟易する。自分勝手だと分かっていても、彼らの態度に甘える事しか出来ないだなんて、本当に不甲斐なかった。

 けれど、彼らが心配する自分の異変よりも、今はストレアが大事だと、痛む心にそう言い聞かせて逃げるように思考を逸らした。

 気が付けばアスナが作った料理が円テーブルに並べられていて、ふと隣りを見ればアスナが座っており、何故か途端に視線を逃がす。そうして、眼前の肉料理に手を伸ばした。

 

 

 ────ああ、なんと居心地が悪い。

 

 

 まるで、黒猫団を避けていた時の気分だ。隠し事を詳らかに話す事無く黙ったまま空気に溶け込もうとしているのは、あの日と同じ過ちじゃないかと俯く。

 彼らの親切を、優しさを、向けてくれるその笑顔を蔑ろにして、なあなあにして。そんな自分がとても嫌い。 気付いているのに気付かないフリをして。気付いていなくとも、心配してくれている人がいて。

 恵まれているはずなのに、こんなにも虚しくなって。

 偶に、逃げ出したくなる時があるのだ。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「アキト君、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

 

 

 食後、みんなで円テーブルを囲う中、アスナがそう告げた。切り出されたアキトは、特に躊躇う事無くアスナへ視線を向ける。もしかして、と思ったが、恐らく問おうとしている内容は想像と違うだろうという確信があった。

 

 

 「最近、ストレアさんと会ってる?ここのところ見掛けなくなっちゃって……」

 

 

 けれど、確かに想像と違う質問ではあったが、それは寧ろアキトがアスナ達に聞きたい事だった。途端にアルゴと情報交換をした午前中のあの気分を思い出して、その表情に影が差す。

 

 

 「……俺もここ最近見てないんだ……行きそうなところに心当たりすらなくて……」

 

 「そうなんだ……」

 

 

 ストレアと一番近いのは、恐らくこの中ではアキトだ。アスナもそれを理解してそれを聞いてきたのだろうが、残念な事に彼女に答えられるような事は何一つ無かった。

 無意識に辺りを見渡す。どうやら、ここ最近ストレアに会った者は一人としていないようだった。

 

 

 「居たら居たで騒がしい人だけど、急に居なくなると、ちょっとね……無事でいるなら良いんだけど……」

 

 

 リズベットも普段の快活な表情はなりを潜め、ストレアがいた日常に想いを馳せる。突如現れた嵐のような少女に、気が付けばみんな惹かれていた。どんなに暗い空気の中でも元気に笑うストレアに、何度救われたか知れない。

 95層で様子が急変したストレアに、誰もが困惑しただろう。あの時引き止めておけばと後悔しても、彼女は一向に姿を現してくれなくて。

 

 

 「ストレアは強いから、最悪の事態は考えにくいけど、この前のボス戦でも頭痛が酷かったみたいだし……それに……」

 

 

 そこまで言って、アキトは口を噤む。

 懸念すべき事はまだあった。彼女が偶に見せる儚げな表情に意味深な言葉の数々。以前、そんな顔をしていたストレアをお気に入りの丘に連れて行った時に彼女が告げた言葉の数々を、明確に思い出していく。

 

 

 「『それに……』って、何か含みがあるみたいだけど、やっぱり何か心当たりがあるの?」

 

 「いや、居場所に心当たりが無いのは本当だよ。ただ、ストレアが前に気になる事を言っていた事を思い出して……」

 

 「あの、気になる事って?」

 

 

 シリカに尋ねられ、ふと天井を見上げた。

 気になる事というか、今思えば、という感じだ。その時は何故そんな事を聞くのだろうという疑問があった為、よく覚えてる。

 あの日、何処か寂しそうで、辛そうで、見るだけで痛々しく思えたストレアが告げた、アキトへの問い。

 

 

 「……この世界に、ずっと居たいとは思わないのかって……」

 

 

 それを聞いた一同は、途端に目を見開いた。その一言は、それだけの重みがあったからだ。曲解かもしれないが、その言葉だけを見ると自然とその解を想像してしまう。

 誰もが考えてしまったであろうその疑問を、フィリアが震える声で呟いた。

 

 

 「え……そ、それって、ストレアはこの世界にずっと居たいって思ってるって事……?」

 

 「分からない。考え過ぎかもしれないとも思うけど……でも、ゲームをクリアすると、会えなくなるとも言ってた……」

 

 「それって、現実に戻ると会えないって事かしら……」

 

 

 言葉通り受け取れば、シノンが言うような解釈になるだろう。何かの病気なのか、それともはたまた別の理由があるのか。ストレアは結局教えてくれなかった。

 そして、95層のボス戦後に様子が変わったストレアが呟いた一言。気を失う直前ではあったけれど、声までしっかり覚えていた。

 

 

『この世界を守らなければならない』

 

 

 それが一体どういう意味なのか分からず、聞きたくとも本人は姿をくらました。“神隠し”の件もあり、押し寄せるのは不安ばかり。それを聞いていたのはアキトだけではないので、みんなそれを思い出して疑問符を浮かべていたが、誰も真相に辿り着けない。

 

 

 「一人になりたいとか、単純に忙しいとかかな……う〜ん、モヤモヤするよー!」

 

 

 頭を抱えて項垂れたリーファからは思考による疲労で溜め息が出る。隣りで、ユイがほんの少しだけ考える仕草をした後、アキトをチラリと見てから渋い顔をするリーファに言った。

 

 

 「私は、その内何事も無かったみたいに帰って来ると思います。ソロのプレイヤーの人は迷宮の中でも何日も過ごすとか、あるみたいですし」

 

 「な、成程、経験値稼ぎの可能性もあるのかぁ」

 

 「それは、まあ……」

 

 「確かに、有り得ない話じゃないわね」

 

 「な、何だよ……何でこっち見るのさ……」

 

 

 ユイの説に対しての彼らの視線が痛い。何故と問わずともソロプレイヤー筆頭であるアキトが目の前にいれば説得力が違うだろう。確かに別れが別れだけに不安は募る一方だが、ただレベリングをする為に迷宮区に篭っている可能性も無くは無い。

 寧ろ何かあるよりは、いっそそんな簡単な事実であって欲しい。そんな願望ばかりが口から零れた。いや、もしかしたらそれが本当なのかもしれない。だから、みんな笑い合える未来を思い描くのだ。

 

 

 「まあ、ひょこっと戻って来るって方があの人らしい感じはするわね」

 

 「ストレアさんが帰って来た時の事を考えておいた方が良いかもですね」

 

 「またみんなでお料理作ったり、お話をしましょう!」

 

 

 アスナとシリカの会話に、ユイがそう提案する。するとリズベットが前回ストレアがかなり楽しそうにしていたパーティーを思い出し、その時の思い出話が広がっていく。

 アスナがストレアとキスした話になった途端、今までのように高らかな笑い声が響き、それを見たアキトは、今みたいに盛り上がっていたかつてのこの空間を思い出した。終始それを楽しげに眺めるだけだったエギルやクラインも声を上げて笑い、それを見たアキトも、小さく口元を緩めた。

 

 

 ここにいる人達は、ストレアの為に悩んで、苦しくて。それをストレアに教えたい。

 彼女は何かに悩んでいたけれど、頼れる仲間がこんなにいるんだと伝えたい。

 

 

 

 

 もし、またストレアと出会えたら。

 

 

 

 その時は、いつもみたいに笑ってくれるだろうか。

 

 

 

 










①交渉


アキト 「色々頼んじゃって大変かもしれないけど、お願い出来るかな……?俺も出来る事はやるし、コルも弾むから」

アルゴ 「どうしよっかナー?オレっちもやる事あるしナ〜?」

アキト 「ぐっ……そ、そこをなんとか……!目撃情報が少ないから、アルゴだけが頼りなんだ……!」

アルゴ 「ンー……まあ、シューちゃんがオネーサンとデートしてくれるって言うなら────」

アキト 「しますします!何でも言う事聞きます!」

アルゴ 「っ……ま、マジ!?」(☆∀☆)キラーン

アキト 「……はっ!?や、待って、今のナシ!」

アルゴ 「今の録音したからナ♪」

アキト 「ぬ、抜け目ねぇ……」









②食事中の気不味さ


アキト (アスナもシノンも、何も無かった風に装うんだな……甘えてばっかで、ホント情けない)

シノン (……少しは、その……動揺とか、してくれてたりするのかな……)

アキト(なら、いつも通り振る舞うのが、きっと正しいんだろうなぁ……よし)

シノン 「あ、あのさ、アキト……その、昨日の事なんだけど……」ゴニョゴニョ

アキト 「あ、シノン。何か食べたい物ある?俺の近くにあるやつなら俺が取るよ?」

シノン 「……」ピクッ

アキト 「こっちのサラダも肉料理も美味しいよ。ソースはそっちのわさびマヨ風がオススメで……っ!?な、何その顔……?」

シノン 「……べっつにぃ……?」

シノン (全然普通じゃない……何なのよ……)

アキト (は、え、何……何かダメだった……!?)







③ ①で録った記録結晶


アルゴ 「……」

アルゴ 「……」カチッ

『アルゴだけが頼りなんだ……!』

アルゴ 「……」カチッ

『アルゴだけが頼りなんだ……!』

アルゴ 「……」


アルゴ 「……♪」///



























次回 『96層討伐戦線』






















ずっと、一緒にいられると思ってた。








「アタシから言う事は一つだけ」








傍にいられると思ってた。だから。








「アタシと戦って、アキト」








────苦しくて、涙が止まらなかった。





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