ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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冷淡で構わない。だって残酷が丁度良い。




Ep.114 虚ろなエンプレス

 

 

 

 

 

 

 散々悩んだ。かつてないほど苦しんだ。

 けれど、求めたものの為にこの場に立つ事を決めた。それほどまでに望んで、欲していた。叫びたいくらい想っていた。

 この気持ちを、この願いを、理解してもらわなくていい。気付いて欲しいとは思わない。きっと、誰一人他人の事なんて、本当の意味では理解出来ないのだと、そう割り切ってしまえば楽だと思ったから。

 彼らにとってこの世界は、結局のところ“夢”でしかない。

 都合の良い夢のような時間が漂う世界。そして、いつか覚めるであろう長い夢。きっと現実に帰る日はそう遠くない。誰もがその夢から覚めた時、みんな現実の世界で再び笑い合うのだろう。

 

 

 ────だけど、そこに自分は居られない。

 その場所に手が届かない。夢のような景色を前に、ただ立って眺める事しか出来ない。今までも、そしてこれからも。

 ならいっそ、と思うこの気持ちはきっと我儘で理不尽で。彼らのことなんて何一つ考えられていなくて。けど、この気持ちに嘘は無いからと正当化して、大切な人に剣を向ける。

 

 

 ただ、譲れない。その為なら何だって。

 もっと一緒にいたい。だから何を思われたって。

 

 

 “永遠”が欲しい。本物になりたい。

 だから、それがまほろばの夢でも構わない。

 

 

 

 

「アタシと戦って、アキト」

 

 

 

 

 だってアタシにとっては、この夢こそが───

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 その獣が、こちらに向かって走ってくる。

 飛び掛かって爪を立てるその迫力は、獲物を追う獅子と何ら変わらない。首が三つある分、奴の方が余程恐怖を感じさせる。薄暗いこの空間内でも奴の眼は良く光り、この場の誰もを萎縮させた。

 その眼が、何かを決め込んだような意志を纏うのを、アスナは見逃さなかった。

 

 

「っ……逃げて!」

 

 

 瞬間、その爪が振り下ろされた。登場時と比べてボスの身体は巨大化し、毛深くなり、爪も鋭く伸びた。今までに無い仕様に警戒は当然で、アスナの呼び掛けもあり、その下ろされた爪による攻撃を、全員が何とか回避する。

 だが同時に巻き起こったのは、巨大質量の移動による強風。気を抜くと吹き飛ばされてしまいそうな程の威力に、逃げようと足をボスと反対方向に向けていた者も動きを止めてしまう。突風を避けるようにして、その腕を顔の前で翳して目を細める。

 その直後、耳を劈くような、何かを削るような音が鳴り響いた。思わず目を瞑り、咄嗟に耳を塞ぐも、音と同時に起きた空間の振動で身体中が震えて身動きが取れない事に焦燥を覚える。

 この状況で襲われたら────と思い、どうにか目を見開いたアスナ。

 

 

「な……!」

 

 

 しかし開いた視界が最初に捉えたのは、ボスの眼前にある部屋の壁に真新しく出来た爪痕だった。恐らく攻略組が躱した攻撃が、そのまま壁に直撃したのだろう。三又の爪で深く抉り取られる形で刻まれた跡。その壁からは、蒸気が放たれていた。

 

 

「……嘘だろ」

 

「おいおい……なんつー威力だよ……!」

 

 

 文字通り全員が息を呑んだ。中には青ざめた顔も多い。今のをまともに受けていたらと思うと鳥肌が立つ。

 当然だ。たった一撃、それもスキルや特殊攻撃でもなんでもない、ボス戦開始直後の様子見を兼ねた攻撃でこの威力なのだ。まるで、75層のスカルリーパーを彷彿とさせるそれは、その時の恐怖を明確に思い起こさせた。

 攻撃を外したボスは自身が傷付けた壁を暫く眺めていたが、やがてこちらを振り返り、その鋭い眼光を細める。途端再び恐怖の色を宿す攻略組の背後で、アスナが叱咤した。

 

 

「落ち着いて!まずは情報収集が先です!壁役(タンク)部隊は前へ!他の人もいつでもスイッチ出来るように準備!ボスから注意を逸らさないで!」

 

 

 その声で、足が竦んでいたプレイヤー達が各々身体をビクつかせるが、漸く金縛りが解けたように、たどたどしくはあるが指示に従って動き始める。防御に厚いステータスを誇る壁役(タンク)プレイヤーがやや狼狽えながらも盾を構えてボスに近付いていく。エギルやリズも意を決して、後衛プレイヤーを掻き分けてボスに迫っていった。

 取り敢えずは戦闘態勢に入れたが、こちらの動きをゆっくりと頭を動かして反応するボスを見ると、何処か余裕そうに俯瞰しているようにさえ見えて、内心穏やかではない。

 それに、ボスの形相が変わった事やHPが増えた事に関しても冷静ではいられない。残り五層と何処か浮かれ始めていたプレイヤー達に対する《アインクラッド》からの不意打ちは、後ろから殴りつけられる形で見事に成功してしまったようだ。

 

 

「っ……」

 

 

 何故、一体どうして────と考えずにはいられない。

 攻略組を震撼させる《ボスの強化》。残り五層とキリの良いこの層から新たに加わった仕様だと言われればそれまでなのだが、それで片付けてしまうには納得のいかない点が一つ存在する。

 そう、それは我々が来る前からこのボス部屋で待ち構えていた人物。

 

 

(ストレアさん……)

 

 

 攻略組がボスと対峙しているその後方で、アスナは全くの別方向を見つめる。

 そこには、アスナ達がずっと探していたストレアが立っていて、アキトに剣を突き付けている光景があった。彼女の瞳はこの位置からでも分かるほどに暗く澱んでいるように見える。ここではない深淵を覗くが如く、虚ろな闇を宿していた。

 普段の彼女からは考えられない冷たい表情と声音。何より、ストレアが自分達に告げた言葉が頭から離れない。

 

 

 ────“ここから先へは行かせない”

 

 

 それはつまるところ、ストレアは攻略組を邪魔する為にここで待ち伏せていたという事実へと結び付き、今相手をしているボスが急に変貌したのは、状況から見てもストレアだという事になってしまう。全くもって訳の分からない状況だった。

 95層での異変。ストレアは頭を抑えて酷く苦しそうだった。なのにボスを討伐した直後、人が変わったように冷たい表情をつくり、そのまま一週間近く姿をくらましていた。みんなが心配して捜索しても一向に見つかる気配が無かった彼女が、今こうして立ちはだかっている。受け入れられるはずもない。

 あんなに楽しそうで、いつでも笑顔で。そんなストレアが攻略組を襲い、他でもないアキトに剣を向けている。その事実が、目の前のボス戦に集中させてくれなくて。

 

 

「アスナ!あのボス、今までのと全然……」

 

 

 フィリアの疑問に連れられて自然と視線が上に向く。赤黒い毛並みをしたその三頭犬は、牙を剥き出しにしながら周りに張り付く壁役(タンク)プレイヤーを見下ろしている。その迫力は一層手前のボスとは明らかに違う。一目見るだけで、肌で感じるだけで、これまでの敵とは一線を画す存在だと理解出来てしまう。

 それに加えて目が行くのは肥大化した身体、刃のような爪、全てを貫きそうな角に、迸る赤い瘴気。それはこのボスが現れた時と比べて度が強いものになっていた。ストレアがウインドウを開き、何かを操作した途端に、このボスは変貌を遂げて。

 

 

「やっぱり、ストレアが……?で、でも、こんな事出来るスキルだなんて聞いた事が……!」

 

「ストレアさん……どうして……」

 

「なんでよ……なんで、ストレアがあたし達の邪魔をするのよ!」

 

「考えるのは後だ!今は奴の動きに注意しろ!」

 

 

 ストレアをよく知る仲間達の中でも混乱が耐えない。

 訳が分からず戸惑いながらボスと対峙するのは危険だ。しかしストレアの行動とそれに伴う現象があまりに衝撃過ぎて、気持ちを切り替える事は容易ではない。そしてそれはアスナに限った話ではなかった。

 他のプレイヤー達も彼女と少なからず関係がある為、困惑はしているはずだ。そもそも彼女がこのボス部屋にいた理由さえ全く分かっていないのだ。だが今は凶暴化したボスに対しての危機もあり、ストレアについて考えている場合じゃない。板挟みする感情をどうにか抑えるしかなかった。

 アスナはこの攻略組の現最高指揮権を持っている。彼女が指示を出して統率を取るのがこれまでの戦い方なのだ。故に混乱している場合じゃない。

 けれど────

 

 

「アスナ、アキト達は!?」

 

「っ……今、ストレアさんのところに……!」

 

 

 このボス戦にてファーストアタックを任されていたアキトは、ストレアと対面していた。

 ストレアが突き付ける無慈悲な剣先を、戸惑い混じりの表情で見つめているアキト。きっと自分達以上に衝撃を受けている事だろう。

 彼がボス戦に参加しないところを見ると、恐らくは彼女がアキトの行く手を阻み、ボスを倒す事を邪魔しているのだ。ストレアは手練で手加減は出来ない。アキトがこちらに来るにはストレアを無力化するしか方法が無い。

 けれど、アキトがそれを実行出来るとは思えない。

《ホロウ》のキリトでさえ、《ホロウ》のPoHでさえ、剣を向け、傷付ける事を躊躇っていたのだ。データではない正真正銘プレイヤーであるストレアを攻撃する事、ましてやストレアからの攻撃を受ける事で彼女をオレンジカーソルにする事だって良しとするはずがないのだ。つまりアキトには、反撃の手立てもこちらに来る算段もついていない。このボス戦においてアキトを頼りに出来る可能性は、限りなくゼロだった。

 なら、今のアキトに何が出来る────?

 

 

(誰かがアキトくんのところに行かないと……でも、行ってどうするの……ストレアさんと話を……?それよりも今はアキトくんのところにボスが行かないように引き付けるべき……?)

 

 

「……」

 

 

 ────いや、とアスナは首を振った。

 

 

 ボスが強化された今、ストレアの元へとプレイヤーを行かせると返ってヘイトと戦力が分散される形になってしまう。ストレアとボスの距離が離れている為、戦いにくい状況になるだろう。

 それに戦闘において、すぐアキトに頼るようではこの先勝てない。何度も何度も迷惑をかけ、助けられ、支えられた身だからこそ痛感する。

 アキトは今、きっとストレアのしている事に困惑しているだろう。焦っているだろう。けれど、決して投げ出したりしない。《ホロウ》のキリトとの戦いでもそうだった。

 ストレアとアキトの話し合いが終わるまで持ち堪える。アスナは、目的を確立させ、指示を仰いでいたリズと隣りにいたクラインに告げた。

 

 

「アキトくんが来るまで、このまま攻略を進めます。リズ、クライン、みんなに伝えて」

 

「え……い、良いの、二人のところに行かなくて!?」

 

「うん。アキトくんが来るのを待つ。これが最善よ」

 

 

 僅かな逡巡。だがアスナの意志に反対するような声は上がらない。クラインは一瞬だけアキトとストレアを見たが、すぐ左右に首を振り、ボスを睨み付けた。

 

 

「っ〜〜〜!クソッ、仕方ねえ!アキト無しでもやってやらあ!」

 

「……そうね。悩むのは後、今はボス戦に集中しなきゃ……っ、けど、終わったら、ストレアに根掘り葉掘り聞いてやるから……!」

 

 

 リズベットもそう言って、前衛方面へと走っていった。アスナもそれに続こうと、武器を構えた時だった。

 

 

「アスナ、良いの?」

 

 

 そんな問い掛けに足を止める。

 振り返ると、弓に矢を番えたシノンが立っていた。アキトの事が気になるようで、何度か視線を向けていた。恐らく、突然人が変わったストレアに剣を突き付けられているアキトが心配なのだろうと、アスナは思った。

 けれど、アスナはただ笑った。

 

 

「……信じてるから。アキトくんを」

 

 

 そう、信じてる。確信無ければ理由も曖昧。けれど、キリトと同じような信頼感。彼なら大丈夫だと、そう心が言っていた。

 絶対に来てくれる。それまで、持ち堪えるだけでも構わない。

 

 

「シノのん、援護お願い!」

 

「っ……了解」

 

 

 走り出したアスナに連られて弓を引き絞るシノン。そんなアスナのアキトに対する信頼感に、ほんの少しの嫉妬を覚えながら、その矢を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 その闇色の空間で轟く雷鳴のような雄叫びを背に、目の前の彼女を見つめる。信じられない、そう思いながらも。

 

 

「ストレア……」

 

 

 突き付けられる剣を前に、アキトは呆然と立ち尽くした。指先は冷たくなってしまったのか、上手く動かない。咆哮や悲鳴を耳にしても振り返る事が出来なくて、それを背に見つめた先に居たのは、ずっと探していた少女だった。

 心臓が強く波打つ。瞳孔は開き切って揺れる。彼女はなお変わる事無く、《インヴァリア》を突き付けて睨み付けていた。その表情も、瞳の色も、そこに宿る感情も、ストレアのものとは到底思えないほどに冷たくて、暗い感じがして。だから確認するように、彼女の名前を呼んでしまう。

 

 

「……」

 

 

 けれど、ストレアは何も言わなかった。表情一つ変えずに見据えるだけ。こちらの動きを警戒しているのか、そこに隙なんて全く無い。既に戦闘は始まっていると言わんばかりで、その足をゆっくりと一歩、前に出した。

 

 

「っ……なんで……」

 

 

 ストレアに合わせるように、一歩後退する。決して怯んだ訳じゃ無かったが、最早、仲間に剣を突き付けられた事実に尻込みしたようなものだった。

 

 

「構えて、アキト」

 

「そんなの、出来るわけが」

 

「躊躇してる時間は無い。あのボスは強敵だよ。アキト無しじゃ、きっと勝てない」

 

「……っ」

 

 

 感情など込められていない。淡々と話すだけのストレア。全てがつまらないというように、俯瞰したような表情で。

 まるでこのボスの事を最初から知っていたように話すその様から、あのボスの強化はストレアによるものかもしれない可能性を助長する。

 

 

「みんなのところに行きたいなら、アタシを倒すしかない」

 

「ストレア!」

 

「早くしないと、間に合わなくなるよ」

 

 

 まるで他人事。その言い様に、思わず剣を握る力が強くなる。アキトにとって重過ぎる選択肢を、軽口を叩くくらい簡単に告げた彼女は、こちらの呼び掛けには何一つ応じてくれなかった。

 確かに未知の事が多過ぎて、知りたい事が多過ぎた。分からない事だらけの中でただ一つ分かるのは、ストレアが攻略組の前に立ち塞がり、どういう訳か邪魔をしているというこの現状のみ。

 何故、どうしてと言葉を零しても、ストレアが剣を構えている理由が分からないほど間抜けじゃない。だが何にしたってストレアと戦う事なんて出来るわけがなかった。

 それでも、背中越しに伝わる仲間の必死の声に、その感情を押し込める。ここでストレアと話し合いが出来るような状況じゃないなら、どうにか振り切るしかない。

 

 

「……フー……」

 

 

 落ち着け。今はボス戦の事を考えろ。そう言い聞かせて意識を切り替える。どうにかしてストレアを引き離し、みんなの元へ行く。幸い、ストレアよりアキトの方がボスに近い。敏捷値にものを言わせて一気に走り出せばストレアを振り切って、短いながらも情報収集の時間を作れるかもしれない。優先すべきは攻略組の危機。ボスに対して短時間で情報を収集出来るアキトなら、そこから反撃の糸口を導き出して戦略を組み立てられるかもしれない。

 行動目的を《96層のフロアボス討伐》に固定。全神経を研ぎ澄ませ、五感の全てで現状を把握する。

 

 

「……───“起動(セット)”」

 

 

 カチリと、何かが嵌るような音が脳内で響く。仮称だが《未来予知(プリディクション)》と呼んでいるこの力の始動準備を始める。一瞬だけ目を瞑り、脳内で散らかる情報を整理し、感情を押し殺す(リセット)

 そして、背後で暴虐の限りを尽くすボスを発動対象として固定し、その瞳を開く────

 

 

 

 

 ────そこに、ストレアはいなかった。

 

 

 

 

「アキトの相手は、アタシ」

 

「……っ!?」

 

 

 すぐ後ろから聞こえた声に、身体が反応する。明らかにストレアの声、だが振り返っている余裕が無い事を本能的に察すると、反射的に右に飛んだ。

 瞬間、アキトが立っていた場所にストレアが上段に構えた《インヴァリア》が振り下ろされた。床に刃がぶつかり、火花と途轍もない金属音が放たれる。 そこを中心点に風が巻き上がり、アキトの髪を揺らした。

 

 

(疾い────!)

 

 

 攻撃を躱されたストレアはゆらりと直立した後、再び顔を上げてアキトを見据える。当のアキトは、今のストレアの攻撃を思い出して、更に困惑と驚愕を重ねた。

 今、彼女ストレアが自分アキトに向けて放った一撃。それを体感してしまったからこそだった。

 

 

(今の……ソードスキル)

 

 

 そう、彼女が放ったのは両手剣ソードスキル《アバランシュ》。単発でありながらも筋力値に物を言わせたダメージを叩き出せる上位スキルの一つ。しかし大振りで隙が大きい。だからアキトがシステム外スキルを発動している隙に、予備動作を全て完了させて後ろから奇襲を掛けたのだと理解するのに、さほど時間は掛からなかった。もし今の攻撃をSTR(筋力値)AGI(敏捷値)型であるアキトがまともに受けていたならば、そのダメージは計り知れない。

 そこから、アキトにぶつけるはずだったその攻撃の威力と、本気が伺える。彼女は本当に、攻略組と戦うつもりなのか────

 

 

「シッ────!」

 

 

 ストレアは床に喰い込んだ刃を強引に切り返し、そのままアキトへと振り上げる。流れるような自然な動きに一瞬ばかり反応が遅れるも、アキトは仰け反る事で紙一重でそれを躱す。

 

 

「っぶねぇ……!」

 

 

 しかし、振り上げた剣を引き戻す事無くストレアは一歩足を踏み入れた。一気に間合いを詰め、アキトの胸元近くまで入り込む。再び上から両手剣が振り下ろされた瞬間、アキトは両の剣を交差させた。

 

 

「この……っ!」

 

 

 ガキィン───!と鋭い金属音が鳴り響き、途端に散り出す火花に目を細める。すぐ目の前にはストレアの両手剣と、その先で覗く彼女の虚ろな瞳があった。ギリギリと音を立てながら、次第に迫るその大剣に押し潰されそうになるのを、片膝を立てる事でどうにか堪える。けれど、彼女に対して武器を使ってしまった衝撃は大きく、その感情によって力の差異が明確になっていく。筋力的に優位なはずのアキトは、その躊躇の所為でどんどんとストレアに押され始めていて。

 そんな中で嫌になるくらい真っ直ぐなのは、ストレアの闇色の瞳だった。

 

 

「っ……ストレア、そこを退いてくれ!」

 

「言ったでしょ?ここから先へは行かせないって……!」

 

「ぐっ……!みんなが、危ないんだよ……!」

 

 

 ここへ来て躊躇っていた全力を解放する。みんなが危ない。それだけの理由だったが、《ホロウ・データ》のキリトとの戦いの時のように、躊躇っている間に誰かが傷付けられるのは耐えられなかった。

 ストレアと戦う覚悟なんて出来るわけがない。だがこの両手剣を押し返し、離脱するだけなら──!

 

 

「ぅ……っ……あああっ!」

 

「……!」

 

 

 交差していた二本の剣と、膝を立てていた足に力を込めて強引に立ち上がり、その勢いでストレアの剣を押し出す。体勢が崩れたその一瞬を逃さず、思い切り床を蹴り上げた。そのまま転ぶ程の勢いで横に飛ぶと、一気にストレアと距離が離れる。すぐさま起き上がって構えるも、彼女は再び脱力したようにゆったり体勢を整えると、アキトを視界に捉えた。

 

 

「────行くよ」

 

 

 一瞬の視線の交錯、再び飛び出したのはストレアだった。横に寝かせた剣にライトエフェクトを纏わせ、アキトとの距離を縮める。構えとエフェクトカラーを読み取り、両手剣単発範囲技である《テンペスト》と看破。

 ただ防御するだけではダメージを受ける。アキトは躊躇いを感じないストレアに舌打ちすると、右手の《リメインズハート》を輝かせた。放つは同様単発技である上段スキル《バーチカル》。

 

 

「せあっ!」

 

「シッ────!」

 

 

 互いの技が、再び激突する。

 両手で放った分ストレアは平然としているが、片手剣であるアキトは腕に伝わるその衝撃に目を細めた。それを隙と判断したストレアは、その鍔迫り合いの中更に距離を詰めると軸足を固め、発動していた《テンペスト》をキャンセルし、《ブラスト》を展開。アキトを巻き込んで両手剣を降り抜いた。

 両手と片手では力の差は歴然。ストレアの一撃に為す術無く、アキトは壁に直撃した。

 

 

()ぅ……!」

 

「……」

 

 

 僅かにHPが減り、一瞬呼吸が止まる。ストレアに直接ダメージを与えられた訳ではない為、彼女のカーソルの色は変わってない。だがこのままではいつまで経ってもボスの元へは行けそうにない。

 すぐさま顔を上げると、アキトは思わず吐き捨てた。

 

 

「っ……くそっ!」

 

 

 彼女はアキトを休ませる気は無いらしく、壁にぶつかり崩れ落ちていたアキトに畳み掛けるべく迫ってきていたのだ。立ち上がりも覚束無いままストレアの斬撃を横飛びで躱すも、追随するようにソードスキルが放たれる。

 

 

(これじゃあ、隙を見てボスなんか視れない……!)

 

 

未来予知(プリディクション)》と、仮称だがそれっぽく呼んでいるこのスキル。神業のように思えるが、長年の経験と直感に裏打ちされた技術的な面が大きい。故にどこまで突き詰めても人間業であり、一度にあらゆる情報を処理するのには向いてない。

 というのも、この力は対処的に予測するのであって、事前に何手も先を読めるような都合の良い代物ではない。集中力に左右される故にボスかストレアのどちらかにしか脳の処理領域を割けないのだ。

 つまりアキトが予測出来る対象は一人に限定される。そしてある程度敵を“視る”事が必要なのだ。だがストレアの立ち回りは、アキトからボスを遠ざける──言わばボスに視線を向けさせない動きなのだ。その為、僅かな情報収集さえ許してくれない。

 

 

(考えろ、考えろ……!)

 

 

 何をするにしてもストレアをどうにかしなければならない事実は変わらない。故に必死に頭を働かせる。ストレアを傷付ける事無く、傷付けさせる事無く無力化し、ボスの元へ辿り着く為の道を。

 度重なる斬撃の嵐を、全て紙一重で回避する。“眼”で捉えられるギリギリで、持ちうる情報を整理して、導き出される最適解に従って身体を動かす。その間、何か決め手になるものを考えねばならないだなんて、とんだ拷問だと歯軋りした。

 闇から這い出でるような光がアキトの喉元に迫る。挙動と軌道に従って両手剣六連撃技《ファイトブレイド》と断定。体勢的に対処の可能性が高い左手でのソードスキルを選択し、同連撃技を使用する。

 

 片手剣六連撃技

《カーネージ・アライアンス》

 

 掠り傷だって許されない。彼女をオレンジにさせはしない。尋常じゃない程に研ぎ澄まされる集中力と、ボス戦を任せ切りにしてしまっている焦りが綯い交ぜになり始め、脳の中が掻き回されるような感覚に陥り始める。

 

 

 ────“力が必要かい?”

 

 

(黙ってろ!)

 

 

 突然頭で喚き出した声を無視し、連撃全てを剣技で弾く。彼女が《剣技連携(スキルコネクト)》で蹴り技《突蹴》を繰り出して来ても驚く暇が無く、身体をくの字に曲げてどうにか躱す。

 

 

 ────“僕がいれば、君の《未来予知(プリディクション)》なんて比にならないけど?それこそ、この場の全員の動きを数手先まで視る事が出来る”

 

 

(お前には頼らない!)

 

 

 キリトに代わるように割り込んだこの声に、信頼なんてない。キリトの意識を押し潰した疑惑がある中で、この戦闘に参加させる道理は有り得ない。

 互いに読み合う中での戦闘で神経をすり減らし、疲労からか単調になりつつある動きに脳内で叱咤する。ストレアの動き全てを把握し、何処かで切り崩さなければならないとして、集中力を深化させる。

 次手を潰すように動く互いの剣技、耐久値と共に神経がすり減っている気がする。だがストレアは、平然と変わらぬ顔で斬撃を繰り返していた。

 

 

「チィッ……!」

 

 

 両手剣は片手剣よりも大きく、重く、そして長い。長いというのはそれだけでメリットなり得る。単純にリーチが伸びる為、ただでさえ加速しているストレアの攻撃をこのままギリギリで予測していたら、いつか両手剣の長さにHPを削られるのは必至。疲労に顔を歪めているのはこちらだけだ、時間の問題だろう。

 しかしアキトはストレアの《インヴァリア》を捉えると、一つの案を導き出した。

 

 

(っ……そうだ、キリトの技なら……!)

 

 

 システム外スキル :《武器破壊(アームブラスト)

 

 相手のソードスキルの発動時、もしくは発動後の攻撃判定が存在しない状態に、武器の脆い部分に一定の角度で攻撃を入れる事で、意図的に武器を破壊するキリトの技だ。以前一度だけ目にした事がある。上手くいけばストレアの《インヴァリア》を破壊し、ボスの元へ行けるかもしれない。仮にストレアが次の武器を展開するにしても時間は掛かる。その隙に乱戦に紛れれば、ストレアはこちらを追うに追えないだろう。

 重要なのは、相手のソードスキルが描く軌道などを熟知する事。そして、武器の種類によって脆弱部位と必要な角度が違う事だ。前者はともかく、武器の脆い部分や技をぶつける角度については初心者であるアキトに分かるはずもない。

 そのうえ見様見真似、だがこれしか手は無い。

 

 

「はあっ!」

 

「らあっ!」

 

 

 ストレアの刺突をクロスさせた剣の交点で受け止め、そのまま後方へと飛ぶ。漸く一定の距離が空いた事で、アキトは警戒しながら視線を動かした。

 そこには、ストレアによって強化された巨躯なる獣に、必死で抗う仲間達の姿があった。五本あるHPはどうにか一本半削られており、アスナの指示による統率がなんとか取れている形だった。だがまだボスの行動全てを割り出せている訳ではないようで、対処出来ずにダメージを受けるプレイヤーも少なくない。

 

 

「……!」

 

「……っ」

 

 

 ────瞬間、アキトはアスナと目が合った気がした。

 焦燥に駆られ、戸惑い混じるその顔は、不安を纏ってアキトを見ていた。“助けて”と、勝手だが言葉にならない声を聞いた気がした。

 

 

「……ぁ」

 

 

 けれど、それは勘違いだった。

 アスナは僅かに瞳を揺らしていたが、すぐにそんな表情を消し、しっかりとした眼差しでアキトを見て頷いたのだ。私達は大丈夫だと、心配するなと、そんな顔だった。今度こそ、それは勘違いじゃない。けれど、きっとあれは痩せ我慢。本当は怖くて仕方無いはずだ。誰もがこの恐怖に耐え切れないだろう。

 そしてそれはアキトも同じだった。また失う恐怖を、思い出してしまっていた。

 ふと視線を戻すと、ストレアは隙を突くような事も無く立っていて、こちらを見据えていた。

 

 

「……ストレア」

 

「覚悟は決まった?」

 

 

 ストレアの問いに答える事無く、紅い剣(リメインズハート)蒼い剣(ブレイブハート)を構える。ストレアは問い詰める事はなく、合わせるように剣を寝かせた。

 仲間であるストレアに剣を向ける覚悟なんてあるわけない。そんなもの持ちたくもないけれど。大切なものを守る覚悟、誰かを助ける覚悟なら、もうずっと前から決めている。

 

 

「……っ」

 

 

 恐れるな。前を向け。

 ただ、アスナ達の元へ行く為に────

 

 

「いっ……けぇ!」

 

 

 床を踏み抜く勢いで飛び出す。ストレアとほぼ同時だった。空気に呑まれるな。狙うはストレアの両手剣《インヴァリア》、必要なのはソードスキルの軌道と武器の脆弱部位、更にぶつける角度の把握だ。ストレアがソードスキルを発動するその瞬間を見逃すな。

 一気に加速したアキトは、ストレアの間合い、懐へ飛び込む。急に入り込まれた事で、ストレアの足が蹴り技という形でアキトの視界を潰しにかかる。しかし読んでいたアキトは既に右へ飛んでおり、ストレアの技は空を切る。瞬間、隙を生んだ彼女の頭上へと剣を掲げ、一気に振り下ろした。ダメージを与える事が目的ではなく、隙をを作らせる為のものだ。

 

 

「チッ!」

 

 

 連携(コネクト)・《エンブレイザー》

 

 ストレアが舌打ちと共に、左手でアキトの《リメインズハート》を弾いた。アキトが仰け反った瞬間に体勢を戻し、下方から斬り上げる形で剣を振るう。

 アキトは咄嗟に《ブレイブハート》を横にして下に向け、迫り上がる《インヴァリア》に直撃させた。そのままストレアの両手剣を抑え込み、引き寄せた紅剣に光を纏わせた。

 

 

「!」

 

 

 ソードスキル。理解するのは容易だろう。だが《インヴァリア》を蒼剣で抑えられた現状でストレアが取れる選択肢は限られてくる。

 一つは剣を離して離脱、もしくは《体術》で応戦するか。しかし剣を離してしまえば、それだけでアキトはこの場を離脱してボスへと向かう隙を手に入れる事になる。ならば、ストレアがとるのは二つ目の選択肢────

 

 

「っ……ぁぁあああっ!」

 

 

 ストレアは、《インヴァリア》が蒼剣で押さえ付けられている状態で発動出来るソードスキルを選択した。声を漏らす程に剣に力を込め始め、上から押さえていた蒼剣が輝きを帯びた大剣にジリジリと退かれ始める。このままいけば弾かれ、《ブレイブハート》は後方へと飛ばされてしまうだろう。

 だが、蒼剣で位置が固まっている今なら、狙える───!

 

 

「ここ、だああぁぁああっ!」

 

 

 放ったのは、片手剣単発突進技《ソニック・リープ》。

 黄緑色のエフェクトを帯びながら空間を走る《リメインズハート》は、ストレアの両手剣──その横腹に命中する。

 

 瞬間、

 

 バキン!と空間内に響き渡ったのは甲高い金属音だった。アキトは音の中心点へと即座に視線を移す。そこには、あれほど平然としていた表情を一変させたストレアと、その手には根元からポキリと砕けるように折れた《インヴァリア》があった。

 

 

(破壊、出来た……)

 

 

 それを見た直後、アキトは全身が総毛立つ程の何かを感じた。達成感にも似た感情。そして何より、ストレアを傷付ける事無く無力化した事実はアキトにとって上出来だった。

 そもそも武器破壊と言う現象の確率は低く、実際に狙ってできる様なものではない。それが、一定のアルゴリズムで動くモンスターならまだしも、様々な思考を持つプレイヤーとなれば尚更だ。

 だからだろうか。ストレアは手元の変わり果てた《インヴァリア》を見下ろして、ただ呆然としていた。武器を取り出す様子も無い。ならば、あれが最初で最後の一本だったのだ。

 

 

「……ストレア、ゴメン……」

 

 

 仕方が無かったとはいえ、彼女の大事な武器を折ってしまった事に対して謝罪した。けれどストレアは何も言わず俯いて、折れた《インヴァリア》を床へと落とした。瞬間硝子片のように簡単に砕け散ってり、光が空へと霧散する。

 

 

(みんなは……!)

 

 

 アキトはすぐさま体勢を整え、ボスを視界に捉えた。

 俯くストレアの立っている向こう側。HPは二本減っており、攻略組がなんとか善戦している事に僅かに歓喜する。次第に攻撃パターンを把握し始めているようで、ボスの挙動に対する動きも先程と打って変わって良くなっていた。

 摩耗した神経に逆らうように走り出し、ボスを見上げる。一瞬、奴がこちらを見たような気がして、途端にその足を加速させる。

 

 

 

 

 ────瞬間、ストレアとすれ違った。

 

 

 

 

「────“起動(セット)”」

 

 

 

 

 その声は、ストレアのものだった。

 

 

 

 

「なっ……ぐああっ!!」

 

 

 突如、背中から“何か”に斬り付けられていた。駆けていた足は縺れ、体勢を崩す。

 一体何が────!?困惑などさせてくれる暇もなく、瞬間二撃目が横腹を襲った。途轍もない威力で放たれたそれは、容赦無くアキトをボスから引き離し、壁の方へと吹き飛ばした。

 

 

「がはっ……!」

 

 

 地面を削るように転がり、壁に激突する。衝撃で剣を手放し、視界が歪み、息が詰まった。咳き込みながら震える身体を起こし、飛んできた矢先を見上げる。

 

 

 ────そこには禍々しい剣を手にこちらを俯瞰する、ストレアの姿があった。

 

 

顕現せよ(ジェネレート)、《ティルファング・トレイター》」

 

 

 それは、恐らくストレアの手にしている剣の名前。黒い瘴気と稲妻を放つ、何処かで見た事があるような闇色の片手用直剣。

 確かに今のは剣による斬撃だった。けれど、ストレアは何も持っていなかったし、新たに武器を出すにしてもウインドウを開く時間が必要なはずなのに。

 

 

「……アキト。絶対に、貴方を行かせたりしない……!」

 

 

 ストレアは《ティルファング・トレイター》を構え、アキトに突き付けた。吹き飛ばされた事で物理的な距離は開いていたが、それでも既にストレアの間合いにいるかのような緊張感と、殺気を感じた。

 どんなに意表を突こうとも、武器を破壊しようとも、彼女はこの場を譲らないと、その瞳が訴えていた。怒りのような、憎悪のような、そんな表情を貼り付けた彼女は、本気でアキトを倒すつもりで。

 

 

「どうして、そこまで……!」

 

 

 未だ拭えない戸惑いの中、アキトは疑問を口にした。

 何が彼女をそこまで突き動かすのかが理解不可能だった。ストレアという少女は他人を嬲るような人格破綻者というわけでもなく、かと言ってPoHという狂人のようなレッドプレイヤーでもない。しかし一撃一撃に込められる執念染みた何かは、僅かな攻防であってもアキトにすら届くという異端なもの。

 ここまで攻略を進めてきた彼女が、何故行く手を阻むのか。理由も知らず見据えた彼女は、ボスが暴れるこの部屋の中でも一際存在感を放っていた。

 

 

「……前に一度、聞いた事があったよね」

 

「え……」

 

 

 唐突にそう口を開いたストレアは、構えていた両手剣を降ろし、床に突き刺した。そして諦観混じった表情で、仕方なさそうに、悲しそうに、あまりにも痛々しく笑った。

 

 

 

「……ずっとここに居られたら良いって思わない?」

 

 

 

 切実な、零れるような問い。

 以前も聞かれたその質問に、すぐに答える事が出来なかった。あの時と同じだ。わけも分からず瞳が揺れ、何かを言おうと口は開くが何も音を出せず。その質問の意味を、意図を、ずっと考えるだけ。

 そして、その時と同じだ。ストレアのその問いはまるで、彼女の心の叫びそのもの。

 何も言えないままの時間が過ぎる中で焦燥に表情を曇らせるアキトの前で、ストレアは崩れ落ちそうな表情で呟いた。

 

 

「……この世界には、喜びも悲しみもある。怒りも、不安も、恐怖も。けれどそれは現実世界と何も変わらない。アキト、前に言ってたよね。でも分かってるんだ。どれだけ言葉を飾っても、どれだけ本物だと思い込んでいても……みんなにとってこの世界は、“夢”のままなんだって」

 

 

 それは言い得て妙だ。この世界がどれだけ大事でも、最終的に現実に戻らなければならないプレイヤーにとっては、この世界は二の次だった。いつか覚めるべき長い長い“夢”。最後には切り捨てられる側であり、変わらないと言いつつも結局現実世界を選んでしまう。現実に置き去りになっている身体を考えても、現実に色んなものを忘れてきている人達の事を考えても、攻略の停滞は有り得ない。

 だから、そんな事は無いとアキトには言えなかった。それは否定する事の出来ない真実だったから。このSAOという夢から覚める為に奮闘してきた二年間の意味を、無には出来なかったから。

 きっと誰しもが、ストレアにも分かっていたのだ。不変では──“永遠”ではいられないという事が。

 

 

「でも……でもね、アキト」

 

「……っ!」

 

 

 瞬間、背筋が凍った。僅かに空間が歪むのを感じる。

 ストレアの周りから風が巻き起こり、バチバチと稲妻のようなものが身体を包む。脱力したように俯いて立っていたストレアは、やがてその姿を変えて現れた。

 

 Equipment : 《エンプレスコート》

 

 薄紫だった軽装備は完全に掻き消え、殆ど黒に近い暗い紫色の襟付きコートを身に纏っていた。彼女の心の色を体現したようなそのコートはまるで、今までの思い出と訣別したようなイメージを湧かせる。裾を翻していた風が止むと、ストレアは《トレイター》の柄を強く握った。

 

 

 

 

「夢がいつか覚めるものだとしても」

 

 

 

 

 ────彼女は、消え入りそうな声で告げた。

 

 

 

 

「アタシはずっとこの夢を見ていたいんだ……」

 

 

 

 

 ストレアのものとは思えない声音。目を瞑ってしまいそうなほど瞼が閉じられたその奥で、悲哀に満ちた瞳が覗いた。息を止めてしまうほどに狂おしく、手が届かないと思わせる彼女は、触れただけで壊れてしまいそうな脆さがあった。

 ボロボロで、辛くて、儚くて、切なくて。

 彼女の事情すら何一つ分かっていないのに、どうしようもなく理解してしまうのは────

 

 

 

 

 彼女が、限界なのだという事。

 

 

 











小ネタ『グリッ○マン風』


ストレア 「……ずっと夢なら良いって思わない?」(ア○ネ風)

アキト 「夢だから目覚めるんだよ。みんな同じ。……それは、ストレアも」(響○太風)

ストレア 「……アタシはずっと夢を見ていたいんだ……」(ガチトーン)

アキト 「……俺はそっちには行けない」(無慈悲)

クライン 「容赦無しかよ」ベシッ

アキト 「痛っ!」



※本編とは無関係です。










最近上手く描写出来ない病を発症中……ストーリーに対する質問、もしくは描写的に分かりにくい部分があれば感想でお伝えいただけると嬉しいです。その都度修正致しまする。

ちなみに最後にストレアの装備が変わる描写がありましたが、実際に《エンプレスコート》という攻撃型装備をゲームで装備させる事ができます。
今回の題名『虚ろのエンプレス』で画像検索してみて下さい。


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