少女は失望する。亡き影を追う弱き自分に。
少年は嫉妬する。かつての英雄と自分の差を痛感して。
「あ…」
「……」
午前9時。
新しく開かれた77層は、空へ浮かぶ島々が舞台だった。
周りを見れば、鳥人型のモンスターが蔓延っている。
76層のボス戦が終わり、まだ1日。
下見のつもりで足を踏み入れたアキトだったが、暫く進んだ辺りで見知った顔を見つけてしまった。
言うまでもなく、血盟騎士団現団長、<閃光>のアスナ様である。
アキトとアスナは現在、お互いの存在を認識しつつも、その場から動けないでいた。
「……」
「……」
「………」
「………」
……何故か、お互い何も言わない。
アキトは、何か言われる前にアスナの横を通り過ぎる。
また何か小言を言われたら面倒だ。
だが、それ以上に。
アスナは、恐らく自分を嫌ってる。理由は知らないが、それでもアキトが何か直接的な事をした覚えは無い。
つまり、アスナは自分の事をなんとなく気に食わないのではないかと推測した。
ならば、理不尽に文句を言われる前に退散しよう。そう思った矢先。
アキトの目の前に、パーティ申請のウィンドウが開かれた。
この場にはアキトとアスナしかいない。
つまり、この申請はアスナからのもの。
「……何」
「見れば分かるでしょ」
「見て分かんないから聞いてんだよ」
本当に見ても分からない。というか、この前のボス戦でいきなりパーティ申請した時も、正直言って何考えてるか分からなかった。
確かにパーティを組めば効率的だったが、あのタイミングで申請してきたのも分からない。
「知らないフィールドだから、念の為よ」
「へぇ……この前は俺の誘い蹴ろうとした癖に、どーゆう心境の変化?」
「……」
「……分かったよ」
アキトの皮肉めいた言葉に対しても、アスナは何も言わない。
その冷たい瞳と表情が、アキトの視線から離れない。
何故かアスナに逆らえず、申請を了承した。
●○●○
「──っ!」
アキトは目の前のスライム型モンスターに、その輝く剣を向ける。
そのスキルは、スライムを分散させ、やがてポリゴンとなる。
「……こんなもんか……」
「……」
アスナは、アキトがそう言って剣を鞘に収めるところを少し離れた場所で見つめていた。
そして、そんなアキトを見たせいで色々な事を思い出した。
パーティを組んで迷宮区を攻略した事、ボス戦で最後に共闘した事。
その際、アキトを夢のキリトと重ねてしまい、移動封印の状態異常を振り払い、体が勝手に動いてしまった事まで思い出した。
あの悪夢を、あの現実を、繰り返したくなくて。
アキトを救った瞬間、夢が覚めるように、キリトに見えていた幻覚も解け、目の前にはアキトがいた。
かつての英雄、かつての想い人の面影を持つその少年が。
いや、『かつて』じゃない。私は今も、彼を想ってる。
だからこそ、自殺したくても出来なかった。
君が、『生きて』と言ったから。
生きてる意味を失った自分が、もう一度生きる意味を見出す為に。
キリトの代わりを、自身が受け持つように。
けれど、そんな事は出来やしない。
キリト以上の、自分が生きる意味など無い。
そんな時に現れた、黒のコートを羽織った少年。
最初は、キリトの真似事をしたプレイヤーだと思い、不愉快で、嫌悪の対象だった。
けれど実際は真似事なんて安い言葉じゃ足らなくて。
その実力は本物で。
何から何までキリトに似ていて。
でも実際は赤の他人。そんな人に、想い人を重ねて見る度、自分が嫌になった。
何故、今日私は彼にパーティの申請をしたのだろう。
アスナは、ティルファングを眺めてるアキトを見つめ、改めて考えた。
このキリトによく似た、アキトという少年を。
(年齢は私と同じくらい…武器は片手剣、黒ずくめ…それに、ギルドのマーク。…月に黒猫…このフレーズ何処かで…)
アキトは、そのアスナの視線に気付いたのか、嫌そうな顔で見つめ返していた。
「……だから何」
「……別に」
アスナは考えていた事を頭の隅に追いやり、アキトから目を逸らす。
アキトにとって、居心地は最悪だった。
取り敢えず、いつの間にか12時を過ぎていたので、休憩がてら腰を落とす。
「……さて、と。休憩するわ。もう昼時だし」
「……」
アスナは、黙ってアキトを見る。
索敵スキルを張りながら、その場に腰掛けているアキト。
アスナは何を思ったのか、アキトに近付いた。
すると、ウィンドウから何かを取り出し、アキトに突き付ける。
よく見ると、サンドウィッチのような食べ物が、紙に包まれた状態で差し出されていた。まさか手作りか。
アキトは、突然の事で訳が分からず、思わずアスナを見上げる。
「……何これ」
「見れば分かるでしょ」
「だから見ても分かんねぇから聞いてんだよ……」
このやり取りはさっきやった。
それ以前に、アスナが何故こんな事をするのかが分からない。
アスナの意図が読み取れない。
何が、何が目的なんだ。
アキトの疑いの視線に気付いたアスナは、バツが悪そうにアキトからまた目を逸らす。
「昨日のお詫び。別に他意は無いから」
「昨日……?」
そこまで言われて、アキトは気付く。
昨日のボス戦での助けた礼、もしくはその後の号泣の詫びだろうと。
アキトにとっては別に気にしてなかったというか、泣かせてしまったのは自分なんじゃないのかなど、心の中は小心で、焦っていたというのに。
それにしても、アスナからこんな差し入れが来るとは思ってなかったアキトは、目を丸くしていた。
自身を嫌っているアスナが、詫びと言って昼食を差し入れるなどと。
意外にも律儀である。
借りを作りたく無いという事かもしれないが、くれるというなら貰っておこう。
「えと……んじゃまぁ、貰っとくわ」
「ん…」
アキトが、アスナの持つ包みを受け取る。
その瞬間、アキトとアスナの指が触れ合う。
アスナの心臓は跳ね上がった。
「っ……」
アスナは手元から包みが離れた瞬間、バッとその手を引っ込める。
その顔は、少しだけ赤く染まる。
それは、照れからか、怒りからか。
キリトに似ているせいだ。
その度に自分が嫌いになっていく。
彼は、キリトじゃない。そう思っているのに。
何故、私は彼を意識するんだろう。
アスナは、包みのサンドウィッチを今にも頬張ろうとしているアキトを睨みつけた。
アキトは、そのサンドウィッチを口に含む。
よく噛み締めていると、突如その顔は青くなる。
「…む…っ!? ゲホッゲホッ…ゲホッ! …おい、閃光…テメェこれ辛過ぎるぞ…ホントに料理スキルカンストかよ」
「────」
その辛さによって噎せ返るアキトを見て、アスナは目を見開く。
唇は、震えていた。
自分はこの少年に、何を作った──?
何故、私は彼に、よりにもよってこの品を──?
それは、何度もキリトに作った品。
辛いものが好きだった彼を想って、何度も考え、何度も実験し、何度も改良し、何度も作ってきたもの。
そして、アスナは気付く。
このサンドウィッチを、キリトの味付けを考えて調理していた事に。
アキトの詫びの品を、キリトの好みで作っていたのだ。
その事実が、アスナを酷く動揺させる。
(…私、は…)
いつから?いつからキリトを想って作っていた?
いつから?いつからアキトをキリトだと思って?想って?
アスナは目を見開いたまま、その視線はアキトを捉える。
辛そうにしているアキトからは、もうキリトの面影を感じなかった。
分かっていた事、始めから理解していた事。
それなのに、何故か心が揺れる。
アスナは、来た道を戻るようにスタスタと歩き出した。
「っ、おい!」
アキトの言葉など聞く耳持たず、アスナは来た道を帰るように駆け出した。
駄目だ、嫌だ、今、私は彼の顔を見たくない。
一心不乱で歩く。だがそれはいつの間にか走りに変わっていた。
やがて、鳥型のモンスターとスライム型モンスターのエリアの境目にある橋まで辿り着くと、その走りを止め、立ち止まった。
アキトは、視界にはいない。追っては来なかったのだろう。
それに気付くと、アスナは橋に腕を置く。
アスナは、力無く笑った。
「…馬鹿だなぁ…私」
なんとなく、気付いてた。
無意識にそう感じてた。
それは、現実から目を逸らした、自己願望のようなもので。
恐らく76層ボス戦後。
彼がキリトと重なったあの瞬間。
彼のピンチを助けようと、悪夢を断ち切った時から。
彼は、キリトだと。
そう意識していた、誤魔化していた事に気付いた。
彼をキリトだと無意識に思って、彼の好みに合わせたサンドウィッチを作り、彼をキリトだと感じて、攻略の為と言いパーティ申請をした。
── なんて。
なんて醜い──。
その瞳からは、ポタリと、涙が落ちる。
それを拭う力すら、今のアスナには無い。
この世界、キリトのいないこの世界で。
自分は何を理由に生きれば良いのか。
(ダメだよ…もう、ムリだよ…キリト君……君が…君がいない世界で、私は…)
こんなにも弱い───
●○●○
「…?…やけに早ぇご帰宅じゃねぇか」
「……コーヒー」
現在2時前。
自身の店に帰って来たアキトを見て、その帰宅時間にエギルは目を丸くする。
アキトはそれを無視するべく、エギルにコーヒーを注文した。
エギルは何も言わず、コーヒーを差し出してくれた。
あの後暫くアスナを探したが、パーティ解散をされていた事もあって見つける事が出来なかった。
何故いきなり走り出したのかも分からない。
そもそもアキトはアスナとそれほど親しい訳もない。
だから、探す事を率先してしようとは思わない。思えなかった。
だが、今はそれを後悔している。
(…やっぱり…探しに行くべきか…)
そう考えていると、ふと視線を感じた。
振り返ってみると、そこには一人の少女が。
長めの黒い髪で、前髪は揃えられている。
白いワンピースを身につけており、まだ幼いその少女は、カウンターに座るアキトを見上げていた。
アキトは、その少女を凝視する。
(この娘…確かキリトとアスナの…)
そう、この少女は確かキリトとアスナをそれぞれ『パパ』、『ママ』と称していた少女だ。
シノンが落ちてきた時の状況を、見た目の年齢にそぐわぬ知性を感じる発言を持って説明していた事。
後から聞くと、彼女は<メンタルヘルスカウンセリングプログラム>、通称MHCPと呼ばれるAIだと言う。
まだちゃんとは話した事は無い。
確か名前は──
「…ユイ」
「はい、ユイです」
名前をポツリと呟いたアキトに、ユイはオウム返しで返事をした。
彼女は、ポーッとした目でアキトを見つめていた。
アキトは、そんなユイに狼狽え、視線をあちこちに動かす。
「あー…えっと、そういや自己紹介がまだだったな…アキトだ」
「はい、リズさんやシリカさんから聞いています。よろしくお願いします」
「そ…そうか…よろしく」
「はい」
「…」
「…」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………え、と」
白状すると、アキトは会話能力が優れているわけではない。
今でこそ、周りを挑発するかのような態度で話したりしているが、実際は別。
彼は、初対面でこうも黙ったまま見つめられていては何も喋れない。
そんな様子を、エギルが鼻で笑っている。
アキトはそんなエギルに心の中で助けて欲しいと願いながら、ユイに向き直った。
「な…何か用事か?」
「っ…あ、えと…すみません…その…パパに、よく似てるなって思って…その…」
「……」
────また、それか。
そう思ってしまった。
キリトの知り合いに会う度に、この返事、この反応。
自分を見る度に、キリトを思い出して、キリトに似てるな、他人とは思えない、何だか放っておけない。
そんな事ばっかり言われて。
それらの全てが、キリトに似ているからだという理由で。
その度にキリトとは違う自分に、キリトとの差に、ウンザリさせられる。
俺はキリトじゃない。
けれど、キリトのようになりたかった。
なのに、キリトと間違えられる事に腹が立つ。
この矛盾のような、自分がどうしたいか、どう思われたいかも纏まらないこの感覚が、どうしても嫌だった。
「…俺はキリトじゃないよ。悪いな」
「い、いえ!私の方こそすみません…アキトさんは、アキトさんですよね…」
そう力無く笑うユイに、罪悪感を感じないわけではない。
けど、仕方ないじゃないか。
自分は、キリトじゃない。
キリトの代わりには、なれないんだよ。
アキトは、その顔を俯かせた。
かつて、誰よりも強いと感じたキリトを凄いと思った。
かつて、誰にでも優しい彼のような人になりたかった。
いつか、そんな彼と肩を並べられるようにと思ってた。
そして、そんなヒーローのような彼に憧れを抱いてた。
けれど、『越えたい』と、そう思った事は無かった。
自分は一生彼には勝てない、そう思ったから。
憧れてしまえば、越えられない。
自身がキリトを越えるビジョンが、一瞬足りともチラつかなかった。
そんな彼に追い付くべく、76層に足を踏み入れた時だった。
キリトが死んだと、そんな情報が76層で広まっていたのは。
それを聞いた時、アキトは何を言えば、何を考えればいいのか分からなかった。
その目的も、約束も、願いも。キリト無しでは叶えられないと思った。
けれどその反面、何処かホッとしていた。安心していたのだ。
ああ、これで自分は、もうキリトに離される事は無い。
自分は、キリトを越えられるのだと、そう思っていた。
けれど実際はそんな事は無くて。
ここに来て、自分とキリトの違い、差を嫌という程理解させられた。周りがキリトを想う強さ、キリトが紡いだ絆の強さ。
ああ、俺は、一生キリトに追い付くことなんて出来やしないんだ。
そう思い知らされた。
それからは、キリトと比べられる事がとても嫌になった。
キリトの憧れは捨てられないのに、キリトとして見られる事がとてつもなく煩わしかった。
そんな矛盾を抱えた自身の存在が、あまりにも虚しく、滑稽で身勝手で、酷く醜く感じた。
「……ユイ、はさ…キリト…パパの事、好きか?」
何故、そんな事を聞いたのか分からない。
その問いの答えなんて、決まっているではないか。
だが、ユイの返事はアキトの予想に反したものだった。
「…キライです」
「え…」
俯いていた顔を上げ、ユイの方を見ると、今度はユイが俯いていた。
アキトとエギルがその答えに目を丸くしていると、やがてユイの体が震え始めた。
その瞳から涙が伝うのを見て、アキトは目を見開いた。
「…私を…っ…私とママを置いてっ……勝手に居なくなったパパなんか……大キライ……大キライです……!」
「ユ、イ…?」
「ユイちゃん……」
ユイは涙を拭う事もせず、ただ感情に従って泣いている様だった。
今まで我慢していたものが、決壊したような、そんな風に。
アキトもエギルも、ユイの発言を聞き、その顔を悲哀のものに変えていく。
その答えは、決して本心じゃなくて。
それでも、それは本当の事で。
ここにも、矛盾した言葉、曖昧な答えが存在していた。
ユイは、言ってしまえばプログラム。この涙や、先程見せていた笑顔も、0と1の組み合わせと言ってしまえばそれまで。
だが、彼女の流す涙には、そんな安い言葉の羅列では語れない。語ってはいけないものだった。
AIなんかじゃない。プログラムなんかじゃない。ユイは紛れも無く『人間』だった。
そんなユイに、アキトは言葉をかけられない。リーファの時もそうだった。
失った人にかける言葉なんて、実は何も存在しないのでないだろうか。
何を言ったって、慰めにはならない。
だって、死んだ人は生き返らないし、死んだ人の代わりなんている筈がないのだから。
── けど。
── それでも。
── そう、頭では理解していても。
何故、自分は彼女に涙して欲しくないと思うのだろう。
まだあまり話した事もない、プログラム相手に。
何故、俺はユイの手を取っているのだろう。
アキトは椅子から立ち上がり、エギルを見る。
エギルは真剣な眼差しで、頷いて見せた。
アキトは、そんなエギルの態度に目を丸くしたが、やがて笑みを浮かべた。
アキトは、ユイの手を尚離さず、驚いているコチラを見上げたユイを見下ろす。
その瞳には、未だ止まらぬ涙の跡が。
「ユイ…ちゃん。少し、付き合って欲しいところがあるんだ。付いてきてくれる?」
それは、かつての口調。
弱かった頃の自分。
強さなど求めず、ただ憧れていただけの自分。
ユイは、その目を見開く。
だがアキトは、ユイの返事を聞かず、エギルの店から飛び出した。
ユイは、アキトに引っ張られながら、その足を進める。
エギルは、そんな彼らを暖かな眼差しで見つめていた。
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中途半端(´・ω・`)
しかも書く度意味不明な事書いてる気がする(´・ω・`)