ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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出会いは偶然、気付くは必然。







守る、その一言が言えなくて

 

 

 

 「……じゃあ、コレとか」

 

 「んー……俺なら……こっちかな」

 

 「何コレ超重い……なんでNPCの店舗にこんなに筋力要求値が高い片手剣があるの……っていうか、要求値と値段に反してそんなに強くないし」

 

 「そこはNPC店のクオリティだなぁ……」

 

 

 現在、最前線の街でキリトとアキトはNPCが経営する武器屋で武器を物色していた。見渡せば流石の最前線、新しい街は新鮮なのか、人集りは凄かった。

 二人がいる店は外にある出店の様なものなので、通り過ぎるプレイヤー間の賑わう声が良く耳に入る。そんな中、黒と白の正反対のコートを着込むキリトとアキトは良く目立つ。

 何度もチラチラと周りの人達が視線を突き刺していく。

 居心地の悪さを少しだけ感じるも、アキトは目的のものを探し続けていた。

 だがアキトのお眼鏡に叶うものは存在せず、どれもイマイチ決め手に欠けていた。

 キリトは陳列された武器をある程度見渡すと、小さく溜め息を吐いた。

 

 

 「やっぱり、最前線でもNPCが売ってる剣の強さはこんなもんだよな……ダンジョンとかで根気良くドロップを狙った方が良いんじゃないか?プレイヤーメイドっていうのもアリだけど、俺には当てが無くてさ……」

 

 「そっか……まあ、そうだよね。じゃあ、これで我慢しようかな」

 

 

 アキトは仕方無しといった表情で、目にした中で一番使いやすそうな片手剣を選択して購入した。デザイン的にはシンプルで、何処にでもありそうな見た目だった。

 けれど、今はあまり文句は言ってられない。アキトはなんの躊躇いも無くそれをストレージへと仕舞った。

 その間断無いアキトの作業を訝しげに見ていたキリトは、やがて不安気な音を混じえて問い掛けた。

 

 

 「……なあ、本当にやるのか?」

 

 

 それは、本当に武器の変更をするのか、という事だった。

 

 

 「うん」

 

 

 アキトはその問いに即答した。

 以前、サチと喫茶店で話してからすぐ、別の武器に転向する事に決めた。彼女の考えに触発されたのもあるが、やはりあの時に改めて理解したのだ。

 

 自分は、サチの事が好きなのだと。

 

 武器を変更したプレイヤーが危険なのは、変更したばかりで新しい武器種に慣れていない時期だ。今のサチがそれだった。凡そ戦闘向けの性格をしていない彼女───ましてや女の子に、前衛を任せる訳にはいかなかった。

 それなら、硬直をキャンセルしつつ連続でスキルを放てる自分が、彼女の何倍もの働きをすれば良い。

 だがそれを行うには、両手が塞がる刀スキルよりも片手でソードスキルが放てる武器にするのが一番だった。尚且つ、すぐに上達出来る事が望ましい。

 総合的に考えてアキトが下した決断は、自分が知りうる中で一番のプレイヤーにそのいろはを教えてもらう事。その筆頭がキリトだった。

 片手剣なら全条件をクリアしているし、キリトに教えて貰えば効率良く上達する事が出来るだろうという絶対的な信頼が彼にはあった。

 勿論相談を持ち掛けた時、キリトは良い顔をしなかった。上層に行くに連れて過激になる戦闘で、真新しい武器での熟練度上げなど命が幾つあっても足りはしないからだ。

 けれど、アキトにそうやって頼られる事が無かったキリトは、渋々承諾しつつも、その後かなり乗り気で色々な事を教えてくれた。

 勿論、黒猫団のみんなには内緒だった。いきなり転向すると言えば何を言われるか分からない。ある程度実戦で使える様になってから言うのが望ましい。加えて、サチが前衛として機能するより先に片手剣の熟練度を上げるのが望ましいが、黒猫団のみんなとの狩りでは片手剣を使えない為、最近は一人で行動せずに黒猫団との攻略を優先しているアキトが片手剣の熟練度を上げるなら深夜帯しかない。

 

 まだ自分は、みんなに守られている。

 レベルだって、黒猫団よりもほんの少しだけ高い程度。そして、目の前のキリトはきっと、自分よりも強い。

 なら、やる事は一つだった。そんな彼らの力になるべく、アキトは刀を捨てるのだ。

 サチの一件から暫く経ち、キリトの指導の元、片手剣を使う様になったアキトだったが、今使っている片手剣では不足な部分が増えた為に、こうして新しい片手剣を買いに来ていたのだ。

 

 

 「それは……黒猫団のみんなの為、か?」

 

 「そう、だね。一番は、サチに前衛をやらせたくないからなんだけど」

 

 

 あはは、と気恥ずかしいのかアキトは笑った。

 サチ──その名前が出て、キリトは僅かに瞳が揺れた。だが、それにアキトは気付かない。

 

 

 「……サチの為に、武器まで変えられるのか……」

 

 「べ、別に良いでしょそんなの。あ、あれだよ、俺効率厨なんだ。人には得手不得手があるんだし、向いてる人がやるべきだと思っただけだって、うん」

 

 

 サチへの想いを悟られぬ様にと、慌てて誤魔化すアキト。だがその分かりやすいアキトの気持ちは、どちらかと言えば鈍感であるキリトにさえバレバレだった。

 それが分かったキリトは、少しだけ表情を暗くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そうか。凄いな、お前は……本当に……」

 

 

 キリトは小さく、本当に小さく、そう囁いた。

 誰かの為に────何よりサチの為なら、自分の極めた武器を捨てられるというアキト。

 彼とサチが二人で笑い合っていた場面を脳裏に呼び起こし、その拳を強く握ったキリト。その眼は笑っておらず、緩んでいたのは口元のみだった。

 黒猫団に囲まれたアキト。彼は元々一人で、そこを黒猫団のみんなに拾われたと言っていた。数あるプレイヤーの中から、彼らはアキトを選んだのだ。そうするだけの何かが、アキトにはあったのかもしれないと、最近は強く思う。一緒に戦うだけで、嫌という程それが伝わる。

 強くなりたい──その目的が同じでも、理由も、意志も、彼と自分の在り方も、何もかもが違っていて。

 彼を見てると、嫌でも自分と比べてしまう。自分の事しか考えていなかった自分と、他人の為に一生懸命になれるアキトを。

 

 ────どうして、そこまで出来るんだ。

 

 ぐっ、と堪えて口を噤む。その悔しさも劣等感も、感じるのは自分の事しか考えていないからなのかもしれない。これは自分が悪いだけで、アキトに何かを思うのは、きっと八つ当たりだと、そう思った。

 

 自分とアキトが違うからだろうか。

 

 ふと思い起こされるのは出会ってから今までの、サチの表情。

 いつだって彼女の視線の先には、決まってこの白いコートを来た剣士がいるのだ。

 

 ────自分は彼女に、そんな顔はさせられない。

 

 

 「……?何か言った?」

 

 「……いや、何でも無いよ」

 

 

 声は小さかった為、アキトに聞かれる事は無かった。キリトも我に返り、何でもないと首を振る。キリトはアキトに笑いかけると、太陽が沈み始めている空を見て口を開いた。

 

 

 「みんなそろそろ宿に戻る時間だ。そろそろ帰ろうぜ」

 

 「あっ、先に帰ってて良いよ。実はもう一つ用事があって」

 

 「何かあるのか?すぐに済むなら付き合うぜ」

 

 

 キリトは小さく微笑しアキトに向き直る。何の用事だと彼が問えば、アキトは躊躇い無く口を開いた。

 

 

 「実は、アルゴに事前に良い片手剣が手に入るダンジョンとかクエストを調べて貰ってたんだ。丁度この街にいるらしいから、聞きに行くんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「生憎こっちも品薄でナ。君の要求に応えられそうな片手剣が手に入るクエストやダンジョンは少なかったヨ。けど幾つかは検討をつけたから、そこの情報は渡しておくヨ」

 

 「ありがとう。しっくりくるものが無くて困ってたんだ。行くだけ行ってみるよ」

 

 

 アキトはアルゴ自身納得していない結果を見ても文句一つ言わずに感謝の言葉を述べた。腕を組んだアルゴは、そんなアキトのお人好しな部分を見て、ヤレヤレといった表情をしていた。

 左右に三本の髭を生やした情報のパイオニア、《鼠のアルゴ》。アキトからすれば、彼女が出来る情報収集にも限界があると分かっているし、少なくたって幾つかは見つけてくれたのだ。感謝こそすれ、不満なんかあるはずが無かった。

 人混みの片隅で行われている情報交換のやり取りの最中、クエストとダンジョンの数を聞いていたアキトを見て、キリトは少しだけ焦った様にアルゴに向き直る。

 

 

 「アルゴ、本当にこれだけしか無いのか?最前線も上がったんだし、もう少し……」

 

 「品薄だって言っただロ。まだ開放されたばかりの層は情報が少ないんだヨ。彼のレベルとステータスの大まかな部分は見せて貰ったけど、随分と歪な振り方してるゾ。今の状態なら正直、どの片手剣を使ってもある程度しっくりこない部分はあると思うナ。寧ろ、片手用直剣ならキー坊の方が詳しいだロ」

 

 「俺の知ってるクエストは期間限定のものばかりでさ。俺が今使ってるヤツはレアモンスターのドロップ品だし、今のところ俺も困ってなかったから片手剣の情報が無くてさ」

 

 「なんダ、キー坊の事だから幾つか目星はつけてるのかと思ってたけド」

 

 

 とアルゴとアキトが言い合いしてる中、アキトは苦笑いをしていた。この時のアキトは、何が大事なのかを吟味し過ぎて、逆に変なステータス割り振りをしていた。

 おかげで装備するにも足りてないステータスがある、なんて事は頻繁に起きていた。

 正直、レベル上げでのボーナスで、ある程度自分の役割を見付けて、それに見合うステータス割り振りをするしか今のところ手立てが無い為に、どの片手剣を使ってもしっくりこない状態は暫く続くと思った方が良いのかもしれない。

 

 

 「最前線とは言ってもNPCが売ってる剣じゃ、確かに満足はしないだろうナ。今持ってる片手剣を強化するにしても、鍛冶屋に新しく作らせるにしても出費はかさむゾ。生憎今は金属や鉱石の相場が上がってるしナ」

 

 「モンスタードロップに懸けるしか無いって事か……まあ、まだ熟練度もレベルも上げてる途中だし、あまり急ぎ過ぎる事も無いのかな」

 

 

 でも、と感じてしまう。

 早く強くならないと、そんな思いが日増しに強くなる。

 ジワジワと焦りを感じる。黒猫団を、サチを守る為に強くなりたい。力になりたい。そう感じる度に。

 ステータスばかり高くなってもそれに見合う武器が無ければ、いざという時に対応出来ない。折角硬直無しでスキルを連発出来るのだから、それを活かせる片手剣の存在は必須なのだ。

 そうして俯いていると、アキトの肩に手が乗った。ハッとして振り向けば、そこにはキリトが立っていて、小さく笑っていた。

 

 

 「アキト、お前は強くなってるよ。前衛には俺もいるんだし、あまり焦らずやっていこう」

 

 「キリト……そう、だね。ありがとう……地道に頑張ってみるよ」

 

 

 そこには自分が憧れ、嫉妬した存在がいた。誰よりも強く、頼りになる存在。彼のその一言は、とても安心させる。彼が大丈夫だと言えば、本当に大丈夫な気がした。

 そうして話が固まり出している中、アルゴも顔に小さく笑みを作る。そのまま二人を見据えて、懐かしむ様に瞳を細めた。

 

 

 「しっかし、二人は知り合いだったんだナー。キー坊も元気そうで何よりダ」

 

 「そういうアルゴこそ、アキトと知り合いだったんだな。知らなかったよ」

 

 「前に一度だけお世話になった事があってさ。フレンド登録はしてたんだ。この依頼出すまでは一度だって顔合わせも連絡もしてなかったけど……覚えててくれてたんだね」

 

 「ン……まあ、何処かで見たよーな顔してたからナ。印象は強かったヨ」

 

 

 アルゴはアキトからキリトへと視点を変えてにゃハハと笑う。キリトはアキトと顔を見合わせ、やはり雰囲気が何処か自分と似ていると思ったのは勘違いじゃなかったんだなと溜め息を吐いた。

 アキトは何の事やらと首を傾げていると、アルゴがアキトに近付き、頭の天辺からつま先までを舐め回す様に見始めた。

 

 

 「……な、何……?」

 

 「ンー、最初見た時と随分変わったと思ってサ。最初は黒っぽい装備に曲刀だったじゃないカ。それが暫く見ない内に白いコートに……黒い、刀……?」

 

 

 アルゴはそこまで言って急に動きが止まる。そのまま固まってアキトを見ていたが、段々と何かを思い出したかの様に目を見開き、口を開け始めていた。

 何事かとアキトとキリトが困惑していると、やがてアルゴが難しい顔をし始める。

 

 

 「……アルゴ?どうかした?」

 

 「ンー、ちょっとナ」

 

 

 気になったアキトは思わず声をかけるが、アルゴは目を逸らして頬を掻く。その勿体ぶる感じが嫌に気になった。

 口を開けては閉じの繰り返しだった。そんなに言い難い事なのだろうか。

 

 

 「……いや、やっぱ何でも無イ」

 

 「いやそれ絶対嘘でしょ。明らかに俺の格好見てから態度変わったじゃん。この格好に何かあるの?」

 

 「執拗いナー、何でも無いって言ってるだロ。……そんなに知りたいなラ……」

 

 

 アルゴはピッ、と三本の指を立ててこちらに突き出した。それが何を意味するのかはアキトもキリトも分かっていた。

 要は、知りたいなら出すもの出せという事だろう。アキトは苦い顔をしながら、アルゴが突き立てた三本の指を見つめる。

 

 

 「……3コルかな」

 

 「……さて、帰るカ」

 

 「待った、待った!……3000コルですね」

 

 「3万」

 

 「さんまっ……!?」

 

 「秋刀魚?」

 

 「違う、3万コルダ」

 

 「3万!?」

 

 

 そんなに価値のある情報なのかよ!と心の中で叫ぶアキト。キリトも目を丸くしてアルゴを見ていたが、彼女は変わらず得意気に笑うだけだった。

 くそ、気になる……!アキトは自分の欲望を抑えられなくなって来ていた。好奇心が邪魔をして、まともな金銭感覚を失いそうだ。

 しかし、どうしようかと唸っていたら、アルゴが呆れた様に笑った。

 

 

 「冗談だヨ。以前聞いた噂を思い出しただけサ。単に噂ってだけだから情報とは言えないし、クエストとは無関係だからお金は取らないヨ」

 

 「な、なんだ……」

 

 「噂?」

 

 

 アキトが胸を撫で下ろす隣りで、アルゴの放った単語に首を傾げるキリト。アルゴは神妙な顔付きで口を開き始める。

 その間、彼女はずっとアキトの事を──突き詰めて言うとアキトの身なりを眺めていた。

 

 

 「まぁ、結構前の話なんだけド……定期的に最前線に赴いては、“白いコートで黒い刀の男”を探してるってプレイヤーがいたらしいんだヨ」

 

 「……まるっきりアキトの事じゃないか」

 

 

 キリトはアキトを上から下まで眺めてそう呟く。アキトも自身の身なりがそれにぴったりである事に驚きを隠せないでいた。

 アルゴは腕を組みながらすぐ後ろの煉瓦で出来た壁に寄り掛かった。

 

 

 「マ、あくまで噂、本当がどうかは分からなイ」

 

 「……そのプレイヤーの目的と容姿は?」

 

 「目的は知らないガ、容姿なら聞いた事があるナ。真偽は不明だけド……」

 

 

 アルゴはアキトを見据え、目を細めた。

 

 

 「赤い長髪の女性プレイヤーらしいゾ。年齢は多分、お前さんと変わらなイ。一応用心するんだナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 夜、黒猫団のみんなで夕飯を済ませた後、根城にしている宿屋の一部屋に、メンバー全員が集まっていた。

 何やらケイタから話があるとの事で集まり、各々、この部屋に二つ設置されているベッドに三人ずつ腰掛けた。

 ケイタから見て左にキリト、ダッガー、テツオの順に座り、右にササマル、サチ、アキトの順で座っていた。それぞれがケイタを見て何の話なのだろうかと想像を巡らせていた。

 

 

 「コホン……えー、みんなに一つ報告が」

 

 

 ケイタは態とらしく咳き込むと、そんな切り出しで顔を上げた。その表情は何処か嬉しそうで、全然感情が隠せていなかった。

 

 

 「今日の狩りでなんと……20万コル貯まりました!」

 

 

 みんなが一斉に喜びの声を上げる。ダッガーやテツオは立ち上がっていた。キリトやアキト、サチも控えめに喜んでおり、その口元からは笑みが零れていた。

 ここ最近の黒猫団の戦力強化は目覚しいスピードだったと言えよう。キリトが入る当時戦場にしていた場所からは疾うに離れ、キリト加入前は最前線から10層も離れていたのに、今では最前線から5つにまで縮まっていた。

 黒猫団のみんなは知らないが、彼らが元々狩り場にしていた場所から今に至るまでの狩り場全て、キリトがずっと以前に攻略を終え、危険な場所も、稼ぎの良いスポットも知り尽くした場所だったのだ。キリトはそれとなく彼らをその場所へと誘導し、常に最大の効率を作り出していた。

 黒猫団の平均レベルは完全にその層を狩り場にしていたプレイヤーよりも頭一つ抜きん出ていた。

 

 実力以上のレベルになっていたのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 それは、アキトが絶対にさせないと決めていた事でもあった。けれど、この時のアキトは、それに気付く事が出来なかった。

 

 

 「ギルドホームも夢じゃないな!」

 

 「けどその前に、サチの装備を新しくした方が良いんじゃない?いつまでもキリトとアキトにだけやらせる訳にはいかないもんな」

 

 「っ……」

 

 

 その一言に、サチの身体が僅かに震える。すぐ隣りにいたアキトと、サチを見ていたキリトだけは、彼女のその様子に気が付いた。

 黒猫団が攻略していく中、唯一順調に進んでいなかったのがサチの前衛への転向だった。

 黒猫団のみんなはそんなサチに頑張れ、もう少しだと何度も応援して来ていたのは分かっている。けれどアキトとキリトには、それがプレッシャーになっているのではないかと密かに感じていたのだ。

 前衛──モンスターと至近距離で戦う為に必要なのは、防御的ステータスより前に、目の前の凶悪なモンスターを前にいかに踏みとどまれるかが肝なのだ。恐怖に耐えて剣を交える心の強さが必要なのだ。SAO開始直後、そこから1ヶ月にかけて、プレイヤー二千人が命を落としたのは、勿論情報収集を怠ったのもあるが、その接近戦でのパニックが原因であるところが大きい。これが死に直結するとなれば、ゲームだと思って戦っていた頃とは明らかに違って見えるだろう。

 サチは理想の前衛像とは正反対な、大人しい、怖がりな性格の普通の女の子なのだ。そんな彼女に前衛をやれだなんて、アキトの口からも、キリトの口からも言えなかった。

 その中で、キリトに言えた事はただ一つだけだった。キリト自身、自分が盾として充分過ぎるステータスを持っているのを知っていたからだ。

 

 

 「サチ、俺の事は大丈夫だから、焦らなくて良い」

 

 「キリト……うん、ゴメンね」

 

 

 だが、他のメンバーはそう思ってはいないようだった。途中参加のキリト、そしてこの世界で出会ったばかりのアキトに前衛を押し付けるのは心苦しいと感じていた様だった。

 仲良しである彼ら、だがそれ故に言葉には出さなかったが、サチが感じている重圧は強くなり続けていた。

 それがなんとなく分かっていたからこそ、キリトはサチにそう告げたのだ。前衛転向は焦らなくていい。じっくり、ゆっくりやっていけば、それで。

 そう思っていた。

 

 

 

 

 ────たが、その中で一人だけ。アキトだけが、黒猫団のみんなとも、キリトとも違う発見を投げたのだった。

 

 

 

 

 「ケイタ、みんなも。俺は、このままでも大丈夫だから、サチを前衛に転向させるのは、止めても大丈夫だよ」

 

 

 

 

 「っ……!」

 

 

 そんな言葉に誰よりも反応したのは、彼のすぐ隣りにいたサチだった。目を見開き、ただ困惑した表情でアキトを見ていた。他のみんなも続けて驚いていた。かく言うキリトも思わず彼を見る。

 ケイタはそんな今までの考えと全く違ったアキトの意見に戸惑いを隠せない様だった。

 

 

 「え……でも……アキトやキリトに負担が……」

 

 「前衛には俺とキリト、それにテツオもいるでしょ。三人いれば大丈夫だよ。キリトもテツオも、凄く頼りになるし」

 

 

 そうアキトが言った途端、テツオが呆然と彼を見る。次第に、自分が褒められたと理解すると、照れた様に頬を赤くし再び立ち上がった。

 

 

 「お……おお!任せとけ!」

 

 「でも、前衛は多い方が良いだろうし……」

 

 「大丈夫だって、ケイタ。俺がその分頑張るから」

 

 

 ケイタは未だに難色を示していたが、アキトがそう言うと少しだけ考え込むような姿勢をとる。

 他のメンバーもアキトのこれまでの前衛としての動きを思い返していた。勿論キリトもだ。その中で呼び起こされるのは、アキトがソードスキルを硬直無しで連発している記憶。連発、と言っても三、四回が限界だが、それでもその間に乱れた態勢を整えるには充分過ぎる強みを持っていたし、今までの狩りでもヘイトをキリトとしっかりと管理出来ていた。

 そんな中で、まだ前衛の動きがままならないサチを無闇に投入するとどうなるか、ケイタは想像を巡らす。

 すると、一つの答えに行き着いたのか、ケイタは小さく溜め息を吐いた。

 

 

 「……分かった。アキトがそう言うなら、一応この話は保留にしておくよ。けど、辛くなったらすぐに言ってくれよ。アキトがいつも俺達に良く言ってる事だ、アキトも守ってくれよ」

 

 「っ……う、うん……分かった……!」

 

 「けど、キリトは大丈夫?」

 

 「……ああ、俺も、大丈夫だ……」

 

 

 その結論に至った瞬間、アキトは心の中で歓喜した。思わず握り拳を作ってしまう程だった。

 これで、サチが今まで以上にモンスターに近付く事も、それによって黒猫団の連携が乱れる事も無くなった。キリトと二人なら連携も取りやすくなっているし、テツオも本当に頼りになる男だ。伊達に説得に使っただけでは決して無い。アキト自身、自分なんかよりもテツオの方がずっと強いと思っていたからだ。だから、彼に頼る形にはなってしまうが、サチを後ろにさせてあげたかった。

 本当なら、戦わせたくないのだが、そこまで言えば反対される事は目に見えていたし、その発言で関係が崩れるのを恐れてしまったのだ。

 けれど、このまま自分がサチの分まで頑張ればと思えば、辛くない。みんなの為なら、彼女の為なら、自分は戦える。そう思ったから。

 

 

 「っ……」

 

 

 しかし、そんな中で一人。

 アキトの隣りにいたサチだけは、膝の上に置かれた拳を強く握り締め、悔しそうに下唇を噛んでいた。

 アキトはそれに気付く事は無かった。だが────

 

 

 「サチ……」

 

 

 キリトだけは、見逃さなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そしてある日、サチは宿屋から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 アキトは誰もいない深夜の街で一人、膝をに手をついて荒い呼吸をを整えていた。月の光に照らされた街はとても綺麗に輝いていたが、生憎それを眺める時間すら、アキトには惜しかった。

 

 サチがいなくなってすぐ、アキトもキリトも宿屋を飛び出していた。ケイタ以下のメンバーは大騒ぎし、すぐさまみんなで探しに行く事になった。

 ギルドメンバーリストから居場所を確認出来なかった事実に一同はかなり慌てていた。それは、サチが単独で迷宮区にいる可能性を示唆していたからだ。アキトは勿論、キリトも血の気が引いた。すぐさまみんなで探しに行こうと、ケイタがそう切り出した時、キリトが一人、迷宮区以外の場所を探すと言い張った。

 アキトが何故かと問えば、フィールドにも幾つか追跡不能の場所があるから、とそう言ったのだ。

 そしてアキトは、キリト一人じゃ大変だろうと、自分も探すとそう告げた。アキトとキリトは手分けしてフィールドを探し、ケイタ達は迷宮区へと探しに行ったのだった。

 

 だが、キリトが一人、迷宮区以外の場所を探すと言ったその理由を聞いた時、アキトは気付いたのだ。

 サチという少女の事を。彼女のその性格を。

 彼女はモンスターに対して恐怖心を募らせている。恐怖は死にたくないという思いから来ているのだ。そんな彼女が一人で迷宮区に行くような真似は決してしない。だから、キリトの意見が正しいかもしれないと考えを改めていたのだ。

 だが街中にいればギルドメンバーリストから居場所を確認出来るはず、だからその街よりも外にいるのは間違いない。だが馴染みの薄い別の層やモンスターのいるフィールドにいるとは考えにくい為、サチの居る場所はリストから補足されない主街区の外で、且つすぐに帰って来れる場所。

 

 

 「っ……」

 

 

 アキトはそこまて考えると、すぐさま身を翻し、主街区の外へと向かって走った。まだ整ってない呼吸など無視し、必死になって走った。月明かりに照らされた街の影がとても冷たく感じるが、それすらも無視した。

 ただサチがいるかもしれない。その可能性だけで走る事が出来た。

 アキトは索敵スキルから派生する上位スキル《追跡》を持っていない。そこまで強くないし、そんなスキルがある事さえ知らない。だが、サチの事なら、サチならきっとこうするかもしれない、そんな想いがアキトを突き動かしていた。

 手に取る様に分かる、とまでは言えなくとも、ずっと見てきたからこそ、アキトは今こうして必死になって探す事が出来る。

 

 

 ────そう、ずっと見てきたからこそ。

 

 

 アキトは自己嫌悪に陥っていた。あの時、何故サチを戦わせたくないとケイタ達に言えなかったのだろうと。

 もしあの時、そう言えていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。アキトは黒猫団との関係が崩れる事を恐れ、それとサチの身の安全を天秤にかけてしまっていたのかもしれないと、そう思っていた。

 サチがいなくなってしまった原因が、もしかしたらモンスターに対する、SAOに対する恐怖だとしたら、戦わないといけないという強迫観念に押し潰されそうだったからだとしたら。

 そうだとしたら、アキトはあの時の自分の発言を──自分の想いをしっかりとケイタ達に言えなかった自分を一生恨む事になるだろう。

 

 

(あの時、サチを戦わせたくないって言えてたら────)

 

 

 サチの言葉を、ちゃんと聞いていれば。

 

 

(“守る”って、そう言えていれば────)

 

 

 そう言える強さがこの手にあれば。

 

 

 

 

 「っ……?」

 

 

 

 

 アキトはその場で足が止まった。何かに気付き、ふと視線が下の方へと向いた。

 主街区の外れにある水路、その奥から、男性と女性の声がするのだ。こんな時間に、どうしたのだと、アキトは思わず近寄る。

 そしてその声が聞き取れる程の距離まで来て目を見開いた。

 

 

(キリトと……サチの声……!)

 

 

 アキトは小さな橋の麓の階段をすぐさま下りる為に足をかける。流れる水の音は耳を癒し、水路の奥でこだまする。その暗闇の中、近付いく度に、二人の声はキリトのサチの声だと段々と明確に分かる様になっていた。

 くぐもって未だに何の話をしているかは分からなかったが、アキトはその階段を下り、そしてその曲がり角に手を添えた。

 

 

 

 

 そして────

 

 

 

 

 「────君は死なないよ」

 

 

 

 

 キリトとサチに声をかけようとして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺が、必ず守るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────キリトのサチに対するその一言で、アキトは、その動きを止めた。

 

 

 

 







Q.サチをどうやって見つけたの?


キリト 「索敵スキルから派生する上位スキルの《追跡》スキルだよ。これでサチの足跡を辿れるんだ。結構便利なんだぜ」

アキト 「……サチは、一人じゃ迷宮区に行かないだろうって思って……でも、一人で行ける場所だとしても、馴染みの無い場所とか、遠くの場所とかは行かないんじゃないかって思ったんだ。だから、みんなが探せそうで、でも簡単には見つからない様な場所にいるんじゃないかって……」


A. アキト、全部推測とか凄い。


キリト 「……クソ……!」

アキト 「なんでさ……」


※小ネタは本編とは無関係です。

END√(辿る道にさほど変化はないが、導く結果は変化する)

  • ‪√‬HERO(キリトが主人公ルート)
  • ‪√‬BRAVE(アキトが主人公ルート)
  • ‪√‬???(次回作へと繋げるルート)
  • 全部書く(作者が瀕死ルート)

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