皆さんに報告をば。
8月から9月にかけて、小説を書ける時間が無くなってしまうので、また連続して投稿出来るようになるのは10月からになると思います。
迷惑を掛けてすいません。
さて、今回の話は現実世界での、アキトの帰りを待つ、オリキャラのエピソードです。
完全オリジナルですが、本編とはあまり関係が無いので、見なくても大丈夫です。
そんな方々は、続きを待って下さっている事を考えて、本編の方の話も投稿する予定です。
ということで、今日は番外編と本編と、同日投稿です。
オリキャラ嫌な人は、この話を飛ばして、次の話をお読み下さればと思います!
では、どうぞ!
─── ずっと、後悔している事がある。
それを、謝る事すら出来ていない。
だけど、もしも。もしも、もう一度やり直せるなら。
もう一度、あの頃に戻れるなら。
きっと、私は────
●〇●〇
「…ん」
─── 光が、差し込む。
その場所が、その光に照らされる。
その少女は、ふと目を覚ました。
顔を上げれば、目の前に広がるのは、夕暮れ色に染まった教室。窓の外からは、運動部の掛け声が聞こえた。
それは、とある高校の、とある教室。
「…寝ちゃってたか…」
その少女は伏せていた机から立ち上がり、その長い黒髪を整える。
横に掛けた鞄を手に取り、その教室を後にした。
段々と日が短くなっている為、夕暮れから日没までの時間は早く、廊下は既に人の気配は無い。
外からは部活動による掛け声が聞こえるのに、この世界には自分しかいないような、そんな感じがした。
ケータイを開いて時刻を確認すると、部活動を行っている生徒達もそろそろ帰るであろう時間帯に差し掛かっていた。
「もうこんな時間…」
マズイな…と思いながら、廊下を歩き、階段を下り、下駄箱へと進む。そのスピードは徐々に上がっていた。
靴を履き替え、外に出ようとした所で、肩を掴まれる。
驚き、その場を振り向いてみれば、見知った顔がそこに居た。
「…佳奈」
「お疲れ巧ーっ」
佳奈と呼ばれたその少女は、青いジャージ姿で少女の横に並ぶ。
茶髪の髪を後ろで纏め、活気溢れる少女といったイメージを持つ彼女は、笑顔を振り撒きながら、巧と呼ばれた少女の隣りへと歩み寄る。
この高校は部活に力を入れており、下校時間ギリギリだというのに、スポーツ少年、スポーツ少女の声が止む気配が無い。
校舎を背に歩きつつ、校庭の方へと視線を動かしながら、巧は佳奈へと口を開いた。
「…今日早いね」
「終わるのでしょ? そろそろ大会だし、休息も必要だって。…他の部よりちょっと早く終わっただけじゃんね。…そーいや、巧はなんでこんなに遅く?部活やってないじゃん」
「…えっと、教室で寝ちゃってて…それで…」
「おーおー、寝込みを襲われても知らないよー?狙ってる男子多いんだからさー」
「…ほっといてよ…」
佳奈から目を逸らし、不貞腐れたような表情を浮かべる巧。
この手の話題は、色々と思い出すから好きでは無いのだ。巧は話を逸らすべく、再び佳奈の方を向いた。
「そういえば聞いたよ。自己ベスト更新したんだってね、陸上」
「ウチ的にまだまだよ。もっと速く走れる気がするんだよなぁ…」
「…種目何だったっけ…200?」
「残念、その半分」
外した巧を見て、二ヒヒと笑う佳奈。
佳奈は陸上の推薦でこの高校に入った程の実力者だが、それでも自己ベストは凄いと思った。
中学から見てきた巧は、その事がなんとなく嬉しかった。
「巧も何かやれば?気晴らしになると思うけど」
「えー…疲れるじゃん」
「んな当たり前の事を言うんじゃないよ…」
「けど、佳奈は疲れた感じ無いね」
「そお?まー、走るの好きだし、いくらでも走れるね」
「体力オバケだなぁ…」
冷たい風が、二人の間を突き抜ける。周りの生徒達も、部活動を終わらせ、道具の片付けを始めていた。
佳奈はどこか遠くの景色を眺めていたが、やがてハッとした後、顔に綻びが生まれた。
「そーだ、この後どっか食べに行かない?」
「…ゴメン。予定ある」
「…もしかして、病院?」
「…うん」
佳奈のその問いに、顔を俯かせる巧。その表情は寂しそうで、無理して笑っているのが丸分かりだった。
佳奈には、巧にかけるべき言葉を見つけられなかった。
巧がもう週に何回行っているかも分からない。ほぼ毎日病院に行っているかもしれない。
巧自身、体が悪い訳じゃない。
病院に赴く理由は別にある。
佳奈はフッと笑い、その歩みを止めた。
「…そっか。じゃあまた夜にでも。ログインするでしょ?」
「…多分ね。アリシャと約束あるし、その後なら」
「約束があるのに多分て…。あっ、そーだ、ユージーン将軍と勝負した話、その時に聞かせてよね」
「わ…分かった…けど、そんなに面白い話じゃ…」
「はいはい、じゃあ私こっちだから。じゃーねっ」
「…もう」
いつの間に着いたのか、そこは既に佳奈と別れる交差点だった。
佳奈はコチラに手を振った後、すぐに背を向け走り出した。陸上部があった後だというのに、その速度は変わらない。
振り返した手をそっと下ろし、顔を俯かせる。
一人になった瞬間に、何故かとても虚しさを感じた。
いつも通り、近くのバス停に行く。近くのベンチに腰を下ろし、ポケットからケータイを取り出し、時間を確認する。
あと5分程でこのバス停に来るバスに乗って、巧は病院に行く。
重ねて言うが、決して体が悪い訳じゃない。
だけど、最近はほぼ毎日病院へと足を踏み入れていた。
そこに、見舞うべき人がいる。会いたい人がいる。
何度も何度もそこに行き、帰りを待つべき人がいる。
最近になって、よく思い出す。昔の記憶を。その人との記憶を。
あの頃はまだ何も知らない少女で、自分の事しか考えてなくて。
彼がどんなに辛かったのか、理解しようとすらしていなかったのかもしれない。
物心ついた頃から、一緒にいた彼。だけど、その距離が近かったのは物理的な意味でのみ。きっと、心は離れ続けていて。
巧はケータイから目を離し、そのまま視線を上に移動する。空が暗闇を帯び、オレンジ色の空を侵食していく。
その空を眺めていると、左の方からぞろぞろと部活を終えた生徒達が押し寄せてくる。
巧は立ち上がり、バス停の一番前を陣取った。
すると、後ろから聞いた事のある声が聞こえた。
「…あれ、逢沢?」
「…山寺君、部活お疲れ様」
巧は山寺にそれだけ言うと、すぐに前を向いた。同じクラスだし、知らない仲ではないので、挨拶だけはしなければと思っていたからだ。
山寺は巧のすぐ後ろに並び、そのまま生徒達の列が出来る。
「サンキュ。…こんな時間まで何してたんだよ」
「…教室で寝ちゃってて」
「…珍しいな、そんなの」
「そう、かな…そうかも」
我ながら乾いた返事だなと思い、苦笑いを上を浮かべる。
巧は山寺の方へと振り向き、その瞳をじっと見た。
「…最近どう?部活」
「まあ順調かな。俺、次の大会でスタメンなんだぜ」
「へぇ…ポジションは?」
「FW」
「凄いじゃん。この前ベンチ入りしたばっかなのに」
「っ…あ、ああ…まあな…」
「…?」
巧の学校のサッカー部は特に強豪で、スタメンになる苦労は理解出来ているつもりだ。
途中山寺が慌てるような素振りを見せて首を傾げるが、巧は納得したようで、それを聞いた後ケータイで再び時刻を確認した。
あと1.2分でバスが来るであろう時間に迫っていた。
「…知ってたんだな」
「え…何が?」
「その…ベンチ入りしてた事」
「…ああ、うん…というか、山寺君人気なんだし、そういう噂はすぐ流れるから」
「そ…そっか…」
山寺はそれを聞くと、視線を巧から外し右往左往していた。
巧は不思議に思いながらも、バスが迫ってきていたのを確認し、前を向いた。
バスのドアが巧の目の前で開き、巧はそのままバスの中へ入る。思ったよりも空いていて、巧は迷うこと無く一番前の席に座った。
山寺は巧のすぐ隣りに立ち、その後ろから生徒達がぞろぞろと入ってくる。
やがてドアが閉まり、バスが進み出すと、山寺は何かを思い出したかのようにハッとして、巧の事を見下ろした。
「あっ、そういえば成瀬から聞いたぞ。ユージーン将軍とデュエルしたって」
「…佳奈め」
またその話か、と巧は溜め息を吐く。
リアルでそんな話をするのは無しだろうと思いうが、口が軽い佳奈なら仕方ないとも思えてしまう。
山寺はやや高めのテンションで口を開いた。
「…てかなんでそんな急展開になったんだよ」
「…領主の会合の時にアリシャについて行ったら、偶然会って…」
「それで?」
「…興味持たれちゃっって…」
彼らが現在話をしているのは、《アルフヘイム・オンライン》、通称《ALO》というVRMMORPGでの出来事である。
SAO事件が起きてから1年後に『レクト』の子会社である『レクト・プログレス』より発売されたものだった。
チュートリアル間で選べる9つの種族に別れて遊べるもので、種族間のPKを推奨している。最大の特徴は、フライト・エンジンを搭載している事で、妖精となった自らの翅で空を自由に飛ぶ事が出来るというところだ。
ゲームシステムはスキル制で、レベルの概念は存在しない。そのスキルの中には《魔法》と呼ばれる概念が存在しており、決められた呪文を詠唱する事で、その魔法を顕現させる事が出来るのだ。
種族によって、使えるスキルや特徴も異なる。
このゲームでは、その種族毎の領があり、選ばれた領主がその土地を治めている。
その会合について行った矢先、ユージーンと偶然出くわしたのだった。
「で、結果は?」
「…引き分け」
「っ!? ひ、引き分け!? あのユージーンに!?」
「声が大きい…!」
巧は必死に山寺に諭す。だが、山寺が驚くのも無理はなかった。というのも、サラマンダーの領主、モーティマーの弟であるユージーン将軍は、現ALOの中では最強だと謳われたプレイヤーだったからだ。
山寺自身の種族のリーダー的な存在であるユージーンが、まさか目の前の知り合いと引き分けるなど想像していなかった。
「…信じられねぇ…流石は『白猫』って事か…」
「…前から思ってたんだけど、それ二つ名じゃなくて渾名だから」
二つ名がある奴は皆強いのだと、勘違いする輩が多くて困る。
巧は深い溜め息を吐き、窓の外を眺めた。
巧のALOでのアバターはケットシー。身体的特徴として、猫のような耳と尾が付いており、触れるとちゃんと感覚がある。
巧のアバターは全体的に白く、髪も初期装備も真っ白だった。
初めてログインし、ケットシー領に現れた時、その美しさがケットシー領内で噂になり、その色と容姿が相まって『白猫』という渾名が生まれていた。
そう、渾名である。最早二つ名でも何でも無い。
二つ名ってそういうものではないのでは?と思った巧だったが、広まってしまっているからもう何を言っても仕方ない感は否めない。
因みにユージーン将軍が興味を持つ理由というのも、別に大した話ではないと思っている。
とある理由で辻斬りにも似た沙汰を続けていた時期があり、その強さは他種族間でも話題になった事があっただけだと。
アリシャが介入した時には、既にALOトッププレイヤーとなっていた。
本人にその自覚は無いが。
「…それに、デュエルの事だってそう、あれは私の負けだったのに、ユージーン将軍が『引き分けだ』って言うから…」
ユージーン将軍の武器には、通常の武器とは違うスキルが付与されている。名を《エセリアル・シフト》と言い、その武器の保持者の攻撃は、剣や盾で防ごうとしてもすり抜けて攻撃出来るというものだった。
巧はそのスキルに上手く対応しつつ攻撃していたが、結局タイムアップ。結果HPの残量を見るに、巧の方が少なかったのだ。
だが、ユージーン将軍は、このスキルが無ければ負けていただろうとか何とかと言い、結局引き分けになってしまったのだ。
プライドが高そうに見えて実は結構紳士な人なのかな、とか色々考えてしまってどうしようかと思っていたが、『ユージーン将軍は美少女には激甘』という根も葉もない噂を間に受けてしまった巧はそんな考えてを改めて、目の前で不敵に笑うユージーン将軍を前に、心はさざなみのように引いていたのを覚えてる。
恐らくデマではあったのだろうが。
だが実際、あの時のユージーン将軍とのデュエルの結果に納得していないのは事実。
どうせなら勝ちたかった。
「…じゃあさ、その…」
「…え?」
そんな事を考えていると、山寺が真剣な顔でコチラを見ている。影になっている為、巧からは分かりにくいが、その顔は心做しか赤い。
「今日、ログイン出来るか?何か奢ってやるよ」
「ああ…今日はその、約束があって…」
「そ、そっか。じゃあ今からは?」
「…今日はいつもの場所で降りないから」
今日は病院に行く。それはもう決めてしまったことで。変えるつもりはなくて。
ただ、彼に会いたくて。
「そうか…何か用事でもあるのか?」
「…まあ、ね」
「…そっか、じゃあまた今度誘うわ」
「…ありがと。っ…あ、私ここだから」
「…病院?」
気が付けば病院前に付いており、巧は立ち上がった。出入口に定期を貼り付け、山寺の方へと視線を向けた。
「じゃあね、山寺君」
「…おう、また明日」
別れの挨拶を交わすと、巧は颯爽と外に出た。そのままの足取りで病院の入口へと向かっていった。
(…逢沢、どこか悪いのか…?)
山寺は発進したバスが病院を通り過ぎるまでずっと、巧の背中を見つめていた。
いつも、部屋に入る前は心臓が高鳴る。
思うように体が動かず、その扉にかかる手が震える。
ふと思うのだ。もしかしたら、扉を開けたらそこには、彼が待ってくれているのではないかと。
巧はその扉の隣りに貼られている、ネームプレートを見つめる。それは、この病室で入院している人の名前が書かれていた。
《 逢沢 桐杜 》
「…桐杜、来たよ」
返事は返って来ない。分かっていた。けど、言わずにはいられなくて。
目の前には、ずっと帰りを待ち望んでいる少年の寝顔があった。
元々長かったその髪は、この二年で更に長くなった。細くなった体と、元々の容姿も相まって、まるで美少女で。
そして、少年の頭には、《ナーヴギア》が被せられていて。
彼こそが、巧がこの病院に通う理由。
二年前からSAOに囚われた、家族の一人。といっても、血縁関係は無いに等しく、八年前は赤の他人で。
時に一緒に遊び、時に喧嘩して。そうした普通の兄妹のようで。
けど、あの日は────
「っ…」
返って来る訳ないと分かっていても、やはり辛い気持ちを抑えられない。話し掛けられずにはいられなかった。
巧はベッドのすぐ隣りにある椅子に腰掛けて、彼の寝顔へと視線が移った。
「…全く…今日も、寝てるなんて…」
きっと、この世界とは別の世界で、桐杜は今も抗っている。
そう思うと、涙が止まらなくて。初めは周りの目も気にならずに泣いたものだった。
「…ねぇ桐杜知ってる?私、最近良く男子に告白されるんだ。…早く起きないと、私付き合っちゃうかも」
フフッと笑い、その少年の顔を眺める。
その声や体は、少し震えていて。
「…この前話したでしょ?私もVRMMO、始めてみたって。私結構強くなったんだ。もし帰ってきてくれたら、デュエル出来るよ」
少年は依然として眠っており、その表情すら変わらない。
それが何よりも悲しくて、何よりも痛かった。
「桐杜、今何してる?桐杜の事だから、戦わないでずっと篭ってるんだろうけど」
クスクスと笑う巧。だが、その表情は次第に悲しげなものへと変わっていた。
他愛ない話でも、返事が無いのは堪える。
こんなに話し掛けても、桐杜は答えてくれない。ずっと眠ったまま、いつ自分の目の前から消えてしまうか分からない、そんな危うい存在で。
「…最近思うんだ。もしかしたらこのまま、話す事もなく居なくなっちゃうんじゃないかって…」
だから、こんな弱音も吐いてしまう。もしかしたら、実際にそうなるかもしれない。
「最近、見たんだ。同じ病院に入院してる人で、死んだ人」
その時の事を、巧は鮮明に覚えている。部屋から何人かの悲痛な叫びが、少年少女の泣き声が。
部屋を覗き込めば、医者達が集まり、死亡確認を取っていた。
その輪の中には、きっと家族であろう人達がいて。死んだ人の手を握り、必死に名前を呼ぶ。涙は決して止まらず、目の前の事実が嘘であって欲しいと泣き叫ぶその姿が。
死んだその人は、凄く窶れていたけれど、とても死んでいるなんて思えなくて。静かに眠っているように見えた。
その人はナーヴギアを被っていて。決して人事ではいられなくて。
「ナーヴギアを被っているからかな。どうしても重ねて見えて…もしかしたら…桐杜もああなる日が来るんじゃないかって…」
顔を抑えていたその手を、力無く落とした。
そこから先の言葉は紡がれなかったが、言わんとする事は分かっていた。
佳奈はその話を聞いて、人の死を身近に感じてしまった。
SAO、ソードアート・オンライン。二年前に起きて、今も尚続くデスゲーム。その中での死は、現実世界と直結していて。
そんな事、到底信じられなかったけれど、ニュースでは今も騒がれていた。
多くの死者が出てると聞いて。巧の見舞い人も、その一人で。
「……ずっと、後悔してたんだ、私。どうしてあの時、気付いてあげられなかったんだろうって…」
桐杜のその手を、両手で強く掴む。
その恐怖が、自身の心臓を揺るがすようで。
巧の体が、声が震える。
ずっとずっと後悔していた。彼を一人にさせたことを。分かっていた筈なのに。理解出来ていた筈なのに。
きっと、無意識に見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。
彼なら大丈夫だと、心の中で都合良く解釈していたのかもしれない。
何度も、何度も懺悔する。きっと、この世界から消えてしまったであろう、彼の心に。
この世界を不要だと思った、居場所が無いと悟った彼に。
「桐杜…会いたいな…」
話したい。声が聞きたい。また笑い合いたい。
傍で眠る少年の手を握り、額に持っていく。懇願する彼女の瞳には、涙が滲み出ていた。
この病室に入れば、いつも思い出される二年前の記憶。
半ば喧嘩別れのようになってしまった事を思い出す。その後、外でSAOがデスゲームだと知った時、急いで家に戻った。
謝りたかった。自分が悪かった。だから、無事でいてと。
体力などお構い無しに走り続けた。吐きそうになり、口からは血の味がした。転んでもすぐに立ち上がり、ひたすら家に向かって。
けど。
部屋に入って最初に映ったのは、死んだように眠る彼の姿で。
力無くへたり込み、泣きじゃくったのを覚えてる。
いつも不安で眠れない。最悪の現実だけを、いつも夢で見て。
その度にはね起きて、夢で良かったと涙して。
けれど現実は変わらなくて。いつ死ぬかも分からなくて。
もしかしたらこのまま、もう終わりかもしれない。
もう二度と、桐杜に会えないかもしれない。そう思って。
「…ずっと…待ってるから…」
戦わなくてもいい。無茶しなくてもいい。
ただ無事に、生きて還って来てくれれば。
家に戻り、部屋に閉じ篭る。病院から帰ればいつもの事だった。
その足取りはいつだって重くて。
母も父もそれが分かっているから、何も言わなかった。
それがなんだか有難くて。申し訳なくて。
巧はベッドに腰掛けて、両手を見つめる。先程まで、桐杜の手を握っていたその手を。
「…情けない」
『なっさけないなーきりと! おとこのこでしょ!』
『ご…ゴメン…』
「…ホント、情けない…」
自嘲気味に笑うその顔に、両手を見つめるその瞳に。
小さな影が落ちる。
いつからだろう?
いつから、私はこんなに弱くなったのだろう。
「…桐杜」
彼は今も苦しんでいるのに。そんな時に、傍にいてあげられない。
それが、とても辛かった。
ふと、机の上に置かれた《ナーヴギア》の後継機、《アミュスフィア》に視線が動く。
ALO。SAOのデータをコピーしている部分が多いとの噂を聞いて、すぐに買いに行ったのを覚えてる。
もしかしたら、ALOとSAOは、繋がっているのではないかと思って。
我ながらバカみたいだと思った。だけど、そうせずにはいられなかった。
体が、勝手に動き出していた。
あの世界に行けば、もしかしたら。桐杜の苦しみを少しでも理解出来たなら。
「あ…約束…」
時間を見ると、ALOでの約束の時間間近で。巧はベッドから立ち上がり、重い足取りでアミュスフィアに手をかける。
頭に装着し、ベッドに寝そべった。
初めてログインした時の感動を覚えてる。空を飛べた時の感動を。空気に触れた感触を。
だけど、彼との思い出は薄れていくようで。
───何故、この世界が存在するのだろう。
巧は常にそう思う。このゲームさえ無ければ。桐杜はきっと────
私も、もっと────
そんな事ばかり考える。
この世界でいくら強くなろうとも。いくら気高くあろうとも。
迎えになんて、行けないのに。
「…リンクスタート」
その言葉は、二年前は地獄への扉を開けるものだったのに。
ずっとずっと、後悔している事がある。
謝りたい事がある。聞きたい事がある。
─── 伝えたい、気持ちがある。
プロフィール
名前 : 逢沢 巧 ( あいざわ たくみ )
年齢 : 16歳
誕生日: 2008年 2月 29日
種族 : ケットシー
本編の主人公、アキトの形式上の妹。とある事件により、アキトを養子として引き取った家庭の一人娘。
アキトとは小学生の頃からの友人で、よく二人で遊んでいた。
ALOでのアバターの種族はケットシー。武器は刀。
相手の力を利用した攻撃、主にカウンターのような戦法を得意としている。
アバターは、ケットシー特有の耳、尻尾に加え、髪の色、初期装備、現在装備している防具、何から何まで白であり、その美しい容姿は、ケットシー領外でも有名で、『白猫』と言えば巧だと、誰もが口を揃える程。
渾名が二つ名のように扱われ、そのイメージと実力差に悩むこの頃。
養子縁組の制度への理解が曖昧なんですが、そこはご都合主義と言うことで…(´・ω・`)