ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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感想が欲しい…(切実)
今回も原作ゲームと変わらぬところが多いでしょうが、次回からは再びオリジナルを混ぜ込んで行きます。
見捨てないで(震え声)


Ep.27 罪ありし虚ろな少女

 

この《ホロウ・エリア》と呼ばれる未知のエリアに生息しているモンスター達は皆、アキトが攻略していた78層のモンスターよりもレベルが若干高く、それでいて見た事が無いようなモンスターもポップする様だった。

フィリアが戦ったモンスターにはそう言ったモンスターが多かったらしい。

一ヶ月もここにいたという彼女のプレイヤーとしての実力が垣間見えた気がする。

フィリアも相当強い事を実感した。

このホロウ・エリアでは、本来の仕様と異なるシステムと、いつもとは違う景色が見えていた。

それが────

 

 

「柱が見えない…」

 

 

アキトは上空を見上げ、本来あるべきものが見えない事に苦い顔をした。

そう、本来あるべき迷宮区、それがある塔が見えないのだ。

次の層へと続くそれは、本来洞窟以外でならどこにいても見れるようになっているのだ。

それが見えないとなると、ここはアインクラッド内のエリアでは無い、どこか別空間のものということになる。

そんなエリアが丸々未発見なんていう事があるだろうか。

 

 

「アキト、敵がいる」

 

「っ…分かった」

 

 

アキトは刀を構え、フィリアの後に続く。

フィリアは先程も上げた通り、かなりの実力者だった。

最初こそ油断していて気付いていなかった様だが、彼女の索敵スキルには目を見張るものがある。

実際、アキトよりも早い段階で敵の位置を把握しており、お陰で待ち伏せや奇襲といった作戦の種類も増えていた。

それと、トラップに対しても勘が働くようで、先程見掛けた宝箱を、一瞬で罠だと言い張り短剣で切り伏せていた。実際宝箱がミミックだった時、アキトは目を丸くしていた。

 

 

フィリアとアキトは互いにアイコンタクトをしつつ、モンスター達を斬り伏せる。

 

 

「スイッチ!」

 

「っ───!」

 

 

そうこうしている内に、最後のモンスターのHPが危険域に達していた。

フィリアが弾いたオークに目掛け、アキトはソードスキルを叩き込んだ。

その動きは一瞬で、オークの体は四散した。

アキトはフッと息を吐くと、琥珀を腰の鞘に収める。

 

 

ふと、フィリアの方を見つめた。

彼女も鞘に短剣を収め、一息吐いていた。

 

 

「……」

 

「ふう……?…何?」

 

「…別に」

 

「何よ、気になるでしょ」

 

「何でもねぇよ、しつけぇ」

 

 

アキトはフィリアの言葉を切って捨てると、フィリアに背を向けマップを開く。

マップの大体の大きさや地形は把握出来た為、倒すべき敵の位置もなんとなく理解出来た。

大分効率良くマッピング出来た事を実感しつつ、先程フィリアに対して思っていた事を思い返した。

フィリアと組んで、この未開のエリアを探索した時間。戦闘における連携。その全てがタイミング良く重なって、モンスターを上手く倒す事が出来た。

見た事の無いモンスターにも対応出来たし、その全てがフィリアと組んだ事による恩恵の様に感じた。

 

 

一緒に戦って、互いに指示し合って。連携が上手くいって。

それでいて思い出す、いつかの高揚感。

 

 

いつからだろう。他人と組む事を拒むようになったのは。

いつ以来だろう。誰かと戦う時に、高揚とした気分を感じたのは。

ここがアインクラッドの隠しエリアだと知った時、未開の土地で恐怖も感じたが、同時にどこかで安堵していた。

今この場所にいる時だけは、色んな事から逃れられる。そう思えて。

誰もいないこの場所でなら、気を紛らす事が出来ると、そう思えて。

攻略組ではないフィリアだけなら、弱い自分が顔を出しても文句は言われないだろうと、そう思えて。

 

 

(そんな事、フィリアには言えっこないけど…)

 

 

誰かと一緒にいると、必ず思い出してしまうからいけない。

共にいると、それだけでかつての仲間を過去のものにしてしまう気がして。置いていってしまう気がして。自分だけが成長している気がして。

いや、失い過ぎた自分は、もう成長すらしていないかもしれない。

誰かといる時だけじゃない。一人でいる時だって思い出す。思い出して、感じる。自分が今、たった独りなのだと。

そして、独りになった原因だって、きっと自分自身。そう思うと。

アキトは思わず考えてしまう。

 

独りは嫌だった。孤独による恐怖に苛まれる日々は辛かった。

だけど、誰彼構わず傍にいて欲しかった訳じゃない。アキトが求めるのは、常にあの場所で。

自分はもう、拠り所を必要としてはいけないのかもしれない。誰かに近付こうだなんて、寄り添おうだなんて思ってはいけないのかもしれない。

今新たに繋がりが出来てしまったら。過去の彼らを、もう過去の事だと自分で認めてしまう事になるのではないだろうか。

今、ここでフィリアと共にいる事でもし、楽しいと、そう感じる事になってしまったら。

きっと、黒猫団に対する裏切りになってしまう気がして。

 

 

アキトは再びフィリアの方を向く。それに気付いたフィリアは、今度は何だと言わんばかりにこちらを見てムッとしていた。

アキトはすかさず前を向く。目の前には、広大な野原が広がり、何体かモンスターが歩いていた。

オーク型が多く、片手斧と盾を持っている小物もいれば、鎧を身につけ、両手斧を構えるオークもいた。

ここにも、探しているモンスターはいなさそうだった。

 

 

「…ここは、スルーだな」

 

「…ねぇ、そろそろ教えて。何を目的にマッピングしてるの?」

 

 

フィリアは、さも不満ですと言いたげな表情をこちらに向けていて、その視線に耐えかね、アキトは即座に目を逸らす。

だが正直ここまで、彼女に指示だけして、彼女からの質問には何も答えていなかったような気がする。

未知の場所で焦っていたというのもあるが、それはきっと彼女も同じ筈だ。

自分の事しか考えていなかった自分に気付き、今になって後悔した。

アキトは溜め息混じりに口を開いた。

 

 

「…モンスターを探してる」

 

「モンスター?どんな?」

 

「マッスルブルホーン」

 

「…何それ」

 

 

フィリアは目を細めてこちらを見つめる。

アキトは確かにそんな返しだよなぁ、と心の中で苦笑しつつ、フィリアの質問に答えるべく、彼女の方を見返した。

 

 

「名前の通りマッスルな牛なんだろ。《ホロウ・ミッション》の項目にソイツの討伐って書いてあるから、取り敢えずコイツを倒してから…」

 

「ま、待って待って!…そのホロウ・ミッションって何?」

 

「これ」

 

 

アキトはウィンドウを可視状態で開き、フィリアに見せる。

フィリアはウィンドウを食い入るように見て、アキトの言う通りの事が記載されているのを確認すると目を見開いた。

 

 

「これって…」

 

「多分、さっきアナウンスが言っていた『適正テスト』とやらの正体。あのアナウンスがあってからこれが起動したから、コイツ探して倒せばなんか変わると思ってな」

 

 

アキトはそう言うとそのウィンドウを閉じ、マップを開く。

あと一箇所だけ行っていない場所がある。最後になってしまったが、恐らくこの場所に、倒すべき敵がいる。

アキトはウィンドウを閉じ、声をかけるべくフィリアの方を向く。だが、フィリアは何故か納得がいかなそうな表情を浮かべており、不貞腐れた様にこちらを見ていた。

 

 

「…何だよ」

 

「…別に」

 

「言いたい事があるならはっきり…」

 

「何でもないって。しつこい」

 

 

フィリアは先程のアキトのように、彼の言葉を切り捨て、先へと進んでいった。

その表情は依然変わらぬまま。

アキトは訳が分からず首を傾げるが、その理由は、後で彼女の口から聞かされる事になる。

 

そして、《ホロウ・エリア》に迷い込んでから、既に数時間経過していた。

 

その一本道の先に、目的のモンスターはいた。

名前の通り筋肉質のモンスターで、牛のような頭に人型という異質な敵だった。

体は全体的に緑、両手に斧を携え、その体からは赤いオーラを発していた。

アキトはそのモンスターに視点を当て、そのモンスター名を見つめた。

 

 

NM : " Мuscle Bull Horn "

 

 

 

 

 

「…アイツだ」

 

「…名前の通りだ…」

 

 

物陰に潜みつつ、目的のボスを見ていたアキトとフィリアからは、そんな言葉が発せられていた。

フィリアは名前の通りのモンスターだった事で、その目を丸くさせていた。

アキトは琥珀を引き抜こうと手を付けたが、やがて躊躇う様にその手を離す。

フィリアはそれを見て、アキトに視線を向ける。

 

 

「…どうしたの?」

 

「……」

 

 

アキトはフィリアの言葉を耳で聞きつつ、ボスに視線を戻した。ボスのレベル自体は大した事無いが、問題なのはアキトの持つ武器だった。

アキトは鞘に収まっている刀、《琥珀》に視線を落とした。

最近宝箱で見つけた、商店で売られているものよりは若干性能が高いだけの刀。だがそれだけで、ステータスは高いとは言えない。

会心に補正がかかるだけの刀では、勝負どころで火力が不足するであろう事は目に見えている。

アキトはウィンドウを開き、ティルファングの文字を見つめる。

耐久値が危険域のまま、依然変わらず、そのストレージに収まっている。

メンテナンスを怠った結果だった。

最悪フィリアがいる為、火力不足は補えるが、それでも思ってしまうのだ。

 

 

(…やっぱ、謝りに行くべきだったよな…)

 

 

ふと、リズベットの顔が頭に浮かんだ。

必ず守ると約束した、するべきではなかった約束を交わした鍛冶屋の少女を。

あの時の彼女の笑った顔を、今も鮮明に覚えてる。ずっと我慢していたものを、留めていた感情を、一気に決壊させた。そんな表情を。

どうしてあの時、衝動的にも彼女と指を絡めてしまったんだろう。

何故、絶対に守るなどという戯れ言を吐けたのだろう。

どうして、約束なんて言葉を簡単に口に出せてしまったのだろう。

 

 

守れる確証など、無いというのに。

その約束はいつか、破ってしまったというのに。

 

 

「ねぇ、ホントにどうしたの?」

 

「…何でもねぇよ」

 

 

アキトは琥珀を引き抜き、その物陰から顔を出す。ボスは未だこちらに気付いておらず、ただ周りを見渡していた。

こちらに背を向けている今が好機、アキトとフィリアは互いに走り出した。

フィリアは、先程までのアキトの様子が気になって、チラリと彼の方を見た。

その少年は、とても大きな苦痛を隠している、そんな表情をしている様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[クリアを確認しました。承認フェイズを終了します]

 

 

「…ふぅ」

 

「また出た、このアナウンス…」

 

 

マッスルブルホーンを討伐した事によって、《ホロウ・エリア》に再びアナウンスが響き渡る。

散り行くポリゴン片を見上げながら、アキトは琥珀を鞘に収める。

火力不足は結局、ボス戦後半に響いていたが、フィリアとの連携でどうにかなった。

頬を伝う汗を拭い、ウィンドウを開く。

《HOLLOOW MISSION》の項目に、クリアの文字が記されていた。

アキトは息を吐くと、フィリアの方へと視線を向けた。

 

 

「おい、お前が言ってた転移石行くぞ」

 

「…それは良いけど、分かってる事があるなら、私にも教えて欲しいんだけど」

 

 

フィリアは鋭い視線をアキトに向ける。アキトはそんな彼女から目は逸らさず、ただ見つめ返す。

アキトだって、何もかも分かっている訳じゃないし、考えている事だって、まだ仮説の域を出ない。だがこの《ホロウ・エリア》の中では、『承認フェイズ』やら『適性テスト』やら、おおよそこの世界のイメージにそぐわない単語が、しかもアナウンスで飛び交う。異世界と言っても差し支えないこのSAOにおいて、違和感を覚えたのは事実。

だからこそ、考えられる事は絞られる。

 

 

「…この場所、ゲームシステムの根幹に近しいものなんじゃねぇかなって思ってる」

 

「え…」

 

 

予想外の発言に、フィリアは目を見開いた。

当然の反応ではあるし、アキトもまだ確証を得た訳じゃない。だからこそ、フィリアの言っていた、アキトの持つ紋様のある場所へ行く必要がある。

 

 

「あくまで予想だからあんま間に受けんな。情報が足んねぇから、今から確認しに行くんだよ」

 

「……」

 

「…だから、言いたい事があるなら言えって言ってんだろ」

 

 

フィリアはまたもや不満そうな表情を浮かべてこちらを見つめており、アキトは怪訝な顔をする。

ボス戦前も似たような顔をしていたのを思い出す。

彼女はアキトを暫く見つめていたが、やがて彼を視線から外し、溜め息を軽く吐いた。

 

 

「…だって、私がずっと調べても分からなかったのにさ、ここに来て間もないあんたが謎を解いちゃったら……悔しいに決まってるでしょ?」

 

「…そんな事かよ」

 

 

どうやらフィリアは、アキトなのだこの場所の理解力の速さに嫉妬している様だった。

思ったよりも子どもっぽい理由に、アキトは心中で苦笑していた。

フィリアは尚も不貞腐れた様子で、森の方に視線を向けた。

 

 

「あーあ、これじゃあトレジャーハンターの名が廃るわ」

 

「トレジャーハンター?」

 

「…まあ自称だけど。SAOに職業って無いし」

 

 

アキトがポカンとした顔をすると、フィリアは逸らしていた視線をこちらに向けて、ほんの少しだけ恥ずかしそうに呟く。

 

 

「モンスターと戦ったり、クエストクリアするより…ダンジョンに潜ってお宝を見つける方が私には向いてると思ってるから。それが…生き残る為に重要なアイテムである事多いしね」

 

「…へぇ。ま、連携組んで思ったけど、ステータスは高そうだしな」

 

「まあ…ね。一応自分の身を守れるくらいには、上げてるつもり」

 

「…宝探し好きなのか」

 

「…別に良いでしょ」

 

 

色々取り繕ってはいるが、結局のところ、宝探しが好きだというだけの、ただの女の子の様に見えた。

フィリアはまたもや視線を逸らし、気不味いのか恥ずかしいのか、その声には覇気がない。

そんな一面を可笑しく思ったのか、アキトは静かに笑う。だがその反面、どこか暗い影が見える様だった。

 

 

(みんなも、宝探し好きだったな…)

 

 

みんなで宝箱を開けて。中身で一喜一憂して。互いに笑い合って。そんな輪の中が暖かくて。

どんな恐怖があるダンジョンの中でも、みんなと一緒なら乗り越えられるって、そう思って。

みんなで死の危険を身近に感じた戦闘もあったし、トラップに引っかかったりもした。だけどその度に力を合わせ、その度に強くなった事を実感出来て。

宝箱は、そんな自分達の御褒美で。

 

いらない。欲しくない。宝箱なんて、その中身なんて。

欲しかった物は、望んだものは、常に一つで。

それ以外は何も要らなくて。だけど、現実はいつまでも俺を否定し続けてきて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここを抜けると例の装置よ、行きましょ」

 

 

二人が歩む、その道はただの一つ。

分かれ道は無く、迷う事は無い。奥へ奥へと進むに連れて、何かが近付くのを、何かに近付いているのを感じる。

ふと気付くと、既にその場所に着いていた。

フィリアは顔を上げ、目的の物を見付けたらしく、そこに向かって走り出した。

 

 

「ほら、これ」

 

「…これか」

 

 

フィリアの隣りには、見た事も無い転移石が浮遊しており、その真ん中には、アキトの掌に浮かぶ紋様と同じものが張り付いていた。

アキトは掌と転移石を交互に見て、フッと力を抜いた。

 

 

「ね?見間違いじゃないでしょ?ここが球体の入口だと思う。ねぇ、試してくれる?」

 

「試すったって…」

 

 

アキトはフィリアの要求に困惑するも、すぐさま転移石に向き直り、その手を石に翳す。

するとその瞬間、転移石から光が溢れ出た。掌と転移石に映える文様が呼応する様にひその光を放っており、辺りにハッキリとした影が映る。

どうやら、この転移石をアクティベートする事が出来た様だった。

フィリアの考えは当たっていた事になる。

流石はトレジャーハンター。なんて、褒めたりは出来ないが。

 

 

「当たりだな」

 

「…私も球体の中に何があるかは知らないんだけど、きっと…この先には《ホロウ・エリア》の秘密があると思う…アンタの思ってる様に」

 

「…かもな」

 

 

これで76層に戻れるのだろうか。アキトは浮遊する転移石に指でそっと触れる。

この訳の分からない場所から帰れるというのに。何故か心は晴れぬままで。

なんとなく、アークソフィアに戻るのを躊躇われた。

ここへ来て、フィリアと会って、共に戦って。それで色々思い出してしまったからだろうか。

かつての、そう思いたくは無い数多の記憶。忘れたくない、過去にしたくない、そんな仲間達を。

自分の世界を、もう少しだけ感じたくて。

 

 

「…ねぇ、私も…行っていい?」

 

「っ…、あ、あ?…なんだよ」

 

「だから、私も付いて行っていいかって」

 

「…好きにしろよ」

 

 

背中からかけられる声に、アキトは身を震わせながら、そう口を開く。何も考えずに発したその言葉に意志は無く、アキトの脳裏には、仲間との思い出が蘇っていた。

フィリアはアキトの隣りに立つと、その手が転移石に伸びる。

アキトと同じ様に、フィリアがその転移石に触れる。その瞬間、彼らの体から光が。

アキトは転移石から視線を外し、フィリアの方へと向けた。フィリアは自身と同じ様に、体が転移の過程により目の前から消失していく。

アキトは視線を向けた事を後悔した。その顔は、苦痛に満ちていて。

 

 

(何度見ても、慣れないな…)

 

 

転移だと分かっていても、目の前で人が消える瞬間は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如その空間から、光が溢れる。丸みを帯びたその光は段々とその場から霧散していき、その中からは二人のプレイヤーが現れた。

アキトとフィリアは、光によってやられた目が回復していくのを感じる。その場所は予想よりも暗く、予想よりもイメージを崩される場所であった。

目が慣れて、その瞼を開けば、目の前に広がるのは驚くべきものばかりだった。

 

 

「何だ…ここは」

 

 

アキトはその景色に言葉も出ない。何故ならその場所は、明らかにアインクラッドのイメージと異なる場所だったからだ。

それほど広くは無いエリアの周りに広がるのは、数字や文字列の波。空中には、数多のシステムウィンドウが表示されたままになっており、その中の一つに、アインクラッドが映し出されている。

他にも、恐らくこの《ホロウ・エリア》全体のマップであろうものが表示されており、その広さはかなりのものだと理解出来る。

フィリアは辺りを見渡して、ここが球体の中だと理解すると、興奮したような口振りになった。

 

 

「ビンゴ!やっぱりそうだった……っ!ねぇ、ここって…」

 

 

だがすぐに、フィリアは何かに気付き目を見開く。

アキトは首を傾げるが、すぐにその異変に気が付いた。

ここは、先程までのフィールドでは無く、街とほぼ同じ仕様に変化していたのだ。

つまりこの場所は、《アンチクリミナルコード通称圏内》と言う事だ。

だがそうなると一つ、おかしな点が。

 

 

(…《圏内》、なのか…?…なら、どうしてガーディアンが出現しない…?)

 

 

アキトは周りを見渡しながらも、その疑問は的を射ていた。本来、オレンジプレイヤーが《圏内》である街へ入ろうとすると、おおよそプレイヤーでは倒す事が不可能とまで言われるガーディアンが、門番として立ちはだかるのだ。

忘れそうになるが、フィリアのカーソルはオレンジ。ルールに則るなら、今すぐにでも門番がポップしてもいい筈だ。

だが、そのガーディアンは、一向に姿を現さない。

いつもとは勝手が違う場所に戸惑うアキト。すると、目の前に見た事も無いような黒い物体が設置されているのを見つけた。

アキトが不審に思い、近付いて見ると、その物体の表面には、パソコンにも似たキーボードが浮かび上がっており、真上のウィンドウとリンクしていた。

そのコンソールに表示されているリストには、またもや聞いた事の無い単語が並んでいた。

 

その名を、《実装エレメント》。

 

何の話だかさっぱり分からないアキトだったが、この場所の総称を把握する事は出来た。

この球体の中身の名は、《ホロウ・エリア管理区》。恐らく、《ホロウ・エリア》の中枢で、ここを調べれば色々と分かるかもしれない。

 

 

だがやはり、ここはSAOの世界観とはまるで合わないと思った。

システムだの実装だの、テストやアクセス制限など、どちらかと言うと運営側の────

 

 

(…運営側?)

 

 

「ねぇ!ちょっとこっちに来て!」

 

 

そのアキトの思考を遮るかの様に、フィリアの声が球体内に響く。アキトはハッと我に返り、フィリアの方へと視線を向ける。

早歩きで向かうと、フィリアはしゃがんで床を見つめていた。

だが、その床の部分には、四角く何かがくっついており、そこには文字が書かれていた。

アキトもフィリアも、少し形は違うが、この物体に見覚えがあった。

 

 

「これって転移門……かも。ちょっと見た目が違うけど」

 

「…そうだな」

 

「…?…あまり、嬉しそうじゃないね」

 

「……」

 

 

転移門が見つかって、アークソフィアに帰る手段が手に入った。未知のフィールドには恐怖を覚えていた。だけど、この場所から戻るのが、なんとなく名残惜しかった。

 

 

(…折角、思い出したのにな)

 

 

辛くなるから、思い出したくない。だけど思い出すと、やっぱり嬉しくて。

みんなと一緒にいる様な気がして、心が軽くなったような。

そんな気持ちを振り払い、アキトはフィリアの顔を見る。

 

 

「…お前だって嬉しくなさそうだけどな」

 

「私は…」

 

「ああ…そういや、お前オレンジカーソルだったな」

 

 

フィリアの頭の上を見て、アキトは思い出したかのように呟く。

オレンジプレイヤーは、圏内に入れない。けど、この場所も圏内だし、アークソフィアに戻れる可能性はある筈だ。

実際、フィリアと共に行動してきた中では彼女がオレンジプレイヤーだとは感じなかったし、戦闘技術も正当なものだった。

オレンジになる理由が見当たらないくらいには。

フィリアは、アキトが何を思っているのか理解したのか、コチラを鋭い目付きで見つめていた。

 

 

「私は…一緒には帰らない。あんた一人で帰りなよ。あんたと一緒で…結構楽しかった」

 

「…そうかよ」

 

「…やっぱり…気になるの?私のカーソル」

 

「別に。知ろうとは思わねぇって言っただろ。興味ねぇし。…それともなんだ、聞いたら教えてくれんのか?」

 

 

アキトは皮肉混じりにそう言い放つ。

誰だって、言いたくない事の一つや二つはある。彼女だって、オレンジになった理由など話したくは無いだろう。

アキト自身が気にさえしなければ、フィリアだって気持ち的には軽くなる筈だ。

そう思った。だけど────

 

 

 

 

「……いいわ。……私、人を殺したの」

 

 

 

 

フィリアは、何の躊躇いも無く口を開いた。

その瞳に、戸惑いも焦りも、恐怖も感じない。ただ純粋に、真実を告げたといった表情だった。

自分は、人殺しだと。

これを聞いたのが、他のプレイヤーだったら、どんな反応をするだろうか。軽蔑するだろうか。怒りをぶつけるだろうか。恐怖に怯え、逃げ出すだろうか。

もしこれを聞いたのが、過去の、あの頃のアキト自身だったら。

だけど、その問いに意味はいらず、理解するべきは、既に起きた事象のみ。

それでも、アキトに彼女をどうこう言う資格は無かった。

 

何故なら────

 

 

 

 

 

「…なんだ。…俺と一緒か」

 

 

「っ…え、…!?」

 

 

フィリアの目が、大きく見開いた。その表情は驚愕が明らかに混じっており、アキトを捉えて離さない。

アキトはフィリアに向かってそう言うと、フッと笑い、背中を向ける。その足は、転移門に向かっていた。

アキトはその悲しげな表情を偽る仮面を付けて、無理に笑ってみせる。彼女には決して、悟られぬように。

 

 

「…じゃあな」

 

「あ…」

 

 

フィリアは思わず、その手を伸ばす。だが、当然その手は空を切る。

その手の先に、黒い剣士の背中が映り、彼女の心は揺れた。

もう関わらない方がいい、そう言うつもりだったのに、彼から聞かされた事は、自身と同じ内容のもので。

何て言ったらいいか分からなかった。多分、それはアキトも同じだったのかもしれない。

 

 

「あ、アキト…!」

 

「……?」

 

 

転移門の光で消えゆくアキトに声を掛けるフィリア。急に声を掛けてしまったが、伝える言葉は決まっていた。

 

 

「…もし来る事があったら、私にもメッセージを頂戴。ここに来るようにするから」

 

「…気が向いたらな」

 

「…じゃあ、期待しないで待ってる」

 

 

フィリアは小さく笑うと、こちらに視線だけを向けているアキトにそう呟いた。

アキトは、フィリアに視線を逸らすが、彼女に向かって手を上げていた。

やがて、転移門の光がアキトを包み込み、そしてこのエリアから消え去った。

 

 

「……」

 

 

フィリアからは笑みは消え去り、ただ転移門を見つめている。

自身と同じ罪を持つと言う、アキトという少年を思い出して。

フィリアはそのままゆっくりと、先程彼が消えた転移門に近付く。

 

 

「転移…」

 

 

そう呟くと、フィリアの体を、アキト同様に光が包む。だが次の瞬間、その光は消え去り、その場にはただポツンと立ち尽くすフィリアの姿が。

 

 

 

[システムエラーです。《ホロウ・エリア》からは転移出来ません]

 

 

 

管理区に響き渡る、何度か聞いた声。

フィリアは別段驚く事も無く、ただその場には立っていた。

そのアナウンスの意味を、理解出来ないままに。

 

 

「…私って…なんなんだろう」

 

 

 

 





プロフィール

《Akito》

名前 : 逢沢 桐杜 (あいざわ きりと)

年齢 : 16歳
誕生日 : 2008年 6月 12日
使用武器 : 片手用直剣、刀(熟練度低下)、曲刀(刀スキル派生の為)、???
好きな物 : 甘い物、苦い物(コーヒーに限り)
嫌いな物 : 辛い物


本作の主人公。
突如76層から攻略に参加する事になった少年。全身を黒に統一したその装備は、さながら《黒の剣士》キリトを彷彿とさせるもので、容姿こそ中性的なキリトとは似ていないものの、その纏う雰囲気はキリトによく似ており、キリトと結婚関係にあったアスナですら意識する程。

彼本来の性格はとても温厚で、困っている場面に遭遇すれば、誰彼構わずに首を突っ込んでしまう程の優しさを持つ。
父親に尊敬の念を抱いており、『人を助けるのに理由はいらない』という父親の言葉を信条にしている。両親は既に他界しており、現在は別の家庭に養子として引き取られて暮らしている。
76層に訪れた彼は、攻略組の停滞や、アスナの乱心、またその他の理由により、半ば攻略組に対しては敢えて煽るような態度を取っている節がある。
だが、攻略組に対しては、他にも感じるところがあるようで…?


レベルこそ攻略組の平均レベルと特別秀でている訳ではないものの、彼個人の戦闘能力は高めで、その技術も高度なもの。キリトのような凄みは今のところ無いが、空中戦を取り入れた三次元戦闘と、ソードスキルや体術スキルを左右の手から交互に発動する事で、スキルとスキルの間隔の硬直をほぼ無しにして連続でスキルが発動出来るシステム外スキル《剣技連携》を得意としている。

キリトと同じギルド《月夜の黒猫団》に所属していた過去があり、キリト以上にあのメンバー達に固執している様子が見られる。
最前線に赴く事にも、何か理由があるようだが…?







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