ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ。

── ガンジー(1869〜1948) ──



Ep.30 生きる意味

 

 

 

 

 78層ボス部屋。

 

 今まさに、攻略組とボスの最後の戦いが始まっている。

 攻略組のメンバーは各々立ち上がり、アキトに続く。

 クラインもエギルも、アキトの生存を心の中で喜びつつ、今は切り替えてボスへと向かう。

 攻略組の彼らもきっと、認めたくは無いだろうが、アキトが来てから、心の中に余裕が出来ていただろう。

 先程よりも、動きにキレが生まれていた。

 誰もがきっと、異端である彼の存在を認めたくは無かった。

 いきなり現れては、攻略組を嘲笑い、その実力にものを言わせる態度、そして、妬みたくなる程の実力の高さ。

 まるで、本当に『黒の剣士』のようで。

 

 

 ボスの咆哮が再び響き、その斧をプレイヤー目掛けて振り回していく。

 アキトは横に薙いだその斧を飛んで躱し、その斧を踏み台に飛び上がる。

 ティルファングを光らせ、ソードスキルの体勢を取る。

 武器が破壊される前に、ボスを絶命させてみせる。

 

 片手剣単発技<ヴォーパル・ストライク>

 

 刀身が赤く輝き、その突進力でボスの胸元まで一気に移動する。

 その心臓の部分に宛てがわれている胸当てのすぐ真横に、ティルファングを突き立てる。

 ボスが呻き声を上げ、振り払おうと体を攀じり、暴れるが、アキトは決してティルファングから手を離さない。

 アキトは突き刺した剣を両手で掴み、ボスの胸板に両足を立て、引き抜きながら蹴り飛ばす。

 

 体術スキル<飛脚>

 

 両足をボスに向かって勢い良くぶつけ、その反動でアキトは後方へと飛ぶ。

 引き抜かれた剣の痛みからか、ボスはその場で声を上げる。

 それを隙と見るや、攻略組のプレイヤー達が一斉にボスへと迫り、有りっ丈のソードスキルをお見舞いしていく。

 ボスのHPはみるみる内に減っており、もう少しで赤く染まりそうだった。

 そんな彼らをその場から見ていたアキトだったが、手元の武器へと視線を下ろした瞬間、その表情はイラついたものへと変わっていった。

 

 

 「…チッ…」

 

 

 アキトはティルファングを見つめ、舌打ちをする。

 目に見えてその剣にはヒビが入っていた。もう、この剣は限界なのだ。

 けど、それでもやらなければならない。力を貸してもらったんだ。今度こそ約束を守ると誓ったんだ。

 アキトは素早く立ち上がり、ティルファングを左手に再びボスへと迫る。

 その足は決して緩めない。誰が何を思おうと、決めた誓いは破らない。

 

 

 

 

 

 「…どうして」

 

 

 その背中を、アスナはただ眺めていた。攻略に参加するでもなく、立ち上がる訳でもなく、ただ純粋に見つめていた。

 見れば見る程に重なる、アキトとキリトの背中。何度も間近で見て、そして守ると誓った筈の背中。

 あの場にいるのはキリトではない。キリトは、自分が死なせてしまったから。

 分かっている。でも。

 なら、それなら、あの少年は一体何者なのだろうか。

 彼は自分に言った。『この世界は偽物だ』と。全てが現実に反映される事は無い、人の業だと。ここで得る感情は全て紛い物だと。

 なら、何故彼は私を助けてくれたのだろうか。どうして、あんなにも必死になって走れるのだろうか。

 アスナは、今も尚ボスと対峙する彼から目が離せなかった。

 誰もが死を身近に感じる世界なら、きっと、アキトもそれを経験した事がある筈。

 ならアキトは今、何を理由に生きているのだろうか。

 一体自分と彼の何が違うのだろう。

 

 

(…『逃げるな』、か…)

 

 

 彼が言おうとしていた事も、自分の事も、分かっていた。

 自分は、逃げてるだけだって。キリトがいない世界に意味なんて無いと、現実から逃げて死にたかった。

 ユイの気持ちを、ちゃんと考えていなかった。死んだら、キリトが悲しむなんて、そんな事すら考えなかった。

 ずっと、自分の事ばかり考えていた。攻略組である彼らの命を預かる意志も無く、ただ自分の為に先行して。

 いざ死にそうになると、やっぱり怖くて。体が震えて、叫びそうになる。

 あの時、自分を守ろうと盾になったリズベットも、そうだったのだろうか。

 自分の命の危険より、アスナを優先して守ろうとした彼女。あの時確かに自分は、リズベットに死んで欲しくないと、強く願った。

 キリトのいない世界に、意味など無いと思っていた筈のに、やっぱり涙は止まらなくて。

 もしかしたら、リズベットもアスナに対して、ずっと同じように思っていたのではないだろうか。

 

 もし、自分が───

 

 

(もし…私の方が先だったら…)

 

 

 もしも、自分がキリトよりも早く死んでしまっていたら、キリトはどんな行動を取っただろうか。どんな感情を抱いただろうか。

 自分の為に泣いてくれるだろうか。何もかも嫌になって、私の後を追うのだろうか。ユイを置いて。

 

 ───それは…嫌だな。

 

 

 

 「っ…」

 

 

 アスナは体を動かす。腕に力を入れて懸命に上体を起こす。

 汗が流れ、腕は震える。それでも、アスナは地につく自身の武器に手を伸ばした。

<ランベントライト>、リズベットがアスナの為に作ってくれた名剣。大切なものを守る為の力だと、そう誓った武器。

 けれど、今更立ち上がってどうしようというのだろう。もう何かをする気にもなれないというのに。

 

 

 「っ…!? アスナ…!」

 

 

 リズベットが起き上がろうとするアスナに気付き、近付いてその体を支える。

 アスナはそのリズベットの腕を掴み、彼女に支えてもらう。そして、そんな彼女を見つめる。

 リズベットの気遣いが、とても辛かった。自分のせいで、彼女は死にかけたというのに。

 リズベットは、自分の事をこんなにも心配してくれて。

 アスナはたった今、大切な友人を失うところだったのだ。また、大切なものを一つ、自分のせいで消してしまうところだった。

 彼女はずっと、キリトがいなくなってからの自分を気にかけて、声をかけてくれて。

 話しかけてくれて、話を聞こうとしてくれて。

 そんな存在を、自分は蔑ろにした。それがどんなに許されない事かも自覚していた。

 

 

 「…リズ…私……」

 

 

 彼女に、何て言ったらいいのだろう。正解なんて無い。私は、大切な存在をこの手で傷付けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、アスナ」

 

 

 アスナの言葉を遮って、リズベットは笑う。アスナはそんなリズベットに困惑しながらも、その視線は逸らさない。

 ずっと、この想いは打ち明けないつもりだった。彼らの幸せが、自分の幸せに繋がっていると思っていた。

 

 

 「…あたし…キリトが好きだった」

 

 「っ…」

 

 

 アスナは目を見開いて、そんな事をいきなり言い放ったリズベットを見た。リズベットの表情は真剣そのものだったが、やがてすぐに笑みを零す。

 ずっと隠していた、キリトへの想い。親友だからと、身を引いたあの時。

 

 

 「黙っててごめん…アンタ達、凄くお似合いだからさ…言うに言えなくて…」

 

 

 けれど、親友ならきっと、その想いを打ち明けるべきだったのかもしれないと、今になって思う。後悔だけは、もうしたくないから。

 キリトを失ってから、ずっとそう思っていた。こんな事なら、思いの丈を伝えるべきだったと、後になって思うなんて。

 そう考えたら、余計に自分が情けなくて。

 

 

 「今も…キリトの事が胸につっかえて…偶にね、ちょっと、泣いちゃったりして…はは」

 

 「…リ、ズ…」

 

 

 たはは、と困ったように笑うリズベットに、アスナは困惑を隠せない。自分の親友が、同じ人物を好きだったなんて。

 そんな素振りは全く感じられなくて。

 なら、自分はずっとリズベットを傷付けてきたのではないか。

 彼が死んだ時、悲しいのは自分だけだと思い込んではいなかっただろうか。

 きっとアスナだけじゃない。キリトの事を慕い、想ってくれてる人達は沢山いて、それなのに、逃げていたのは自分ばかりで。

 アスナは漸く、自分のしようとしていた事の浅はかさを痛感した。

 

 

 「一緒にいた時間はアスナよりも短いし、キリトの事、良く知ってた訳じゃない。それでも…この気持ちは本物で、アスナに負けない、負けたくないって…今は思ってる」

 

 

 仮想世界は全てでデータ出来た偽物。アキトは前にそう言った。それが本心がどうかは分からないが、リズベットもかつて同じように考えていた。

 その反面、『本物と呼べる何か』をずっと探していた。人の温かさに飢えていた。

 キリトが教えてくれたのだ。思い出させてくれたのだ。この世界が偽物だったとしても、自分達は今この世界で生きていて、感じた事はけして紛い物なんかじゃないという事を。

 

 

 「私はアイツとの思い出とか少ないからさ…だから、私は生きて現実世界に帰る。この先ずっと、何度でも、キリトの事を思い出せるように」

 

 「っ…」

 

 

 アスナは目を見開いてリズベットを見つめた。

 リズベットの瞳は死んでおらず、その決意は固かった。

 キリトの事をよく思っていないプレイヤーは多い。だから、彼の良いところを知っている自分は生きていかなければならない。

 この命を投げ出す事はきっと、死んだキリトに、好きな人に対する冒涜だと思うから。

 好きな人の事を、何度でも思い出したいと思うから。

 アスナとリズベットは互いに互いを見つめる。何を考えているのかは分からない。

 誰だって、他人の本当に望んでいる事など、理解出来る筈もない。それでも、お互いが思い合い、支え合って、進むべき道を作るのだ。

 それはリズベットの、不器用ながらの願い方だった。

 

 

 「…アスナは…?」

 

 

 リズベットは立ち上がり、アスナへと手を差し伸べる。アスナはその手をただ見つめていた。その瞳は揺れている。

 沢山悩んで、凄く苦しんで、辛くて痛くて、それでも頑張って。

 そんな道を、親友は進むという。

 そんな道を、自分は進めるだろうか。

 

 

 「…私、は…」

 

 「……」

 

 

 進める、なんて事は言えない。

 キリトがいない苦しみは、今も尚この胸を締め付けるから。

 だけど。

 

 

 「…私…みんなと…」

 

 「…うん」

 

 

 そこから先は、言葉に出来なかった。けれど、きっと伝わった。

 エギルやクラインに、お礼と謝罪がしたい。シリカと一緒に料理がしたい。リーファとシノンと、もっと話がしたい。

 ユイを目一杯抱きしめたい。

 そして。

 キリトの面影を持った彼に、戦う理由を聞いてみたい。生きる意味を聞いてみたい。助けてくれた理由を知りたい。

 何より、その身にかけて守ってくれた親友に応えたい。

 それは、今この時を生き抜くには、きっと充分な理由だった。

 リズベットは嬉しそうに笑い、アスナはそんなリズベットに目を丸くした後、申し訳なさそうに小さく笑った。

 まだ朧気で、まだ不安定で、まだ確立されてない意志だけど、それでも、今は。

 

 

 

 

 

 ─── 瞬間、鈍い金属音が聞こえた。

 リズベットとアスナは、その聞き慣れない音がした方へと、その視線を動かした。

 すると、その目に止まったのは。

 

 

 プレイヤーを庇う為に盾にしたティルファングを、ボスに破壊された、黒い剣士の姿だった。

 

 

 「っ…!」

 

 

 アキトは破壊されたティルファングに構う事無く、庇ったプレイヤーを後方へと投げ飛ばす。

 その後即座にボスへと視線を戻すが、気が付けばアキトは後方へと蹴り飛ばされていた。

 ボスの筋力値も大したもので、アキトは一番後方にいるリズベットとアスナを突き抜けて壁に激突していった。

 

 

 「がはっ…!…っ……」

 

 「アキト!」

 

 

 リズベットはアキトの元へと駆け寄り、ポーションを取り出す。アキトは壁にもたれながら、リズベットを見据えた。

 リズベットは、ポーションをアキトに差し出すと、床に落とされた、ティルファングだったものに目を向けた。

 その剣はやがて砕け散り、ポリゴン片となって消えていく。

 

 

 「…アンタ…何考えてんのよ…折角の武器が…」

 

 「……閃光と……話は出来たのか?」

 

 「っ……」

 

 

 リズベットはアキトのその言葉に困惑の表情を浮かべる。

 まさか彼は、自分とアスナに話をさせる為に、武器を犠牲にしてくれたのか。

 

 

 「嘘まで吐いて……何ともないって、言ったじゃない……」

 

 「ホントに何ともねーよ。武器より命だろ」

 

 「その命を守るのは武器なのよ…?」

 

 「……違うな」

 

 

 リズベットの言葉を遮って、アキトはそう言葉を紡ぐ。受け取ったポーションを飲み干し、アキトは立ち上がろうと足に力を入れる。

 

 

 「命を守るのは、最終的には自分の意志だろ……武器はその手助けをするだけで、武器が強くたって、レベルが高くたって、結局は意志の問題だろ」

 

 「……」

 

 「つまり……えーと、武器が無くても……投げ出したりしないから」

 

 「アキト…」

 

 

 心配するリズベットの頭に手を置き、アキトはボスを見つめる。

 どんな状況でも、投げ出さないと決めた。そうだ、一年前、あの頃からずっと、自分は。

 そうだった。誓ったんだ。

 俺がどう思ってるのかなんてどうだっていい。

 もう逃げない、この剣一本で何処までも行けるこの世界を、ただひたすらに駆け抜けると。

 どんな恐怖だって鼻で笑い飛ばせる、そんな存在になるって。

 前に、進むって。

 

 

(ヒーロー…正義の味方、か…)

 

 

 父の言葉を、脳内で再生する。強くなる為のおまじない。誰かを守る為に呟く言葉。

 そんな事を教えてもらったっけ。

 

 

 残りのHPは風前の灯。だがその闘志を消す事無く、ボスは強く咆哮した。

 自身の攻撃力を強化するスキルを持っているボスは、全身にオーラを纏っていた。

 アキトは刀カテゴリ<琥珀>を取り出すべくウィンドウを開こうと指を動かす。

 だが、目の前に立った人物の影に気付き、その動作を止められた。

 顔を上げれば、そこに立っていたのは、何かを決めたかのような、それでいて不安定な表情を浮かべたアスナだった。

 

 

 「よお……頭、冷えたか」

 

 「アキト君」

 

 「……何」

 

 「……これ」

 

 

 皮肉に意も介さずに、アスナはアキトに何かを差し出した。

 アキトはアスナの持つそれに視線を移す。

 それは見たところ剣のようで、鞘に収まっていて刀身は見えない。

 だがリズベットは、アスナがアキトに差し出したその武器に見覚えがあった。

 その剣を見て、リズベットは目を見開いた。

 

 

 「それ…エリュシデータ……!」

 

 「……使って、アキト君」

 

 「……」

 

 

 その剣の名は<エリュシデータ>。

 結婚システムによって、キリトとアイテムを共有化したアスナが持つ、キリトの形見の品だった。

 アキトはそのエリュシデータと呼ばれた剣とアスナを交互に見る。

 アスナの表情にはまだ迷いが見て取れる。アスナが何を思い、何を感じているのかは分からない。

 けれど、リズベットと話して、何か変わってくれてのなら。

 

 

 「……」

 

 

 アキトは、アスナからエリュシデータを受け取った。

 鞘から剣を引き抜き、その刀身を眺める。

 その剣は一言で言えば『黒』。刀身までもが黒く染まり、それが逆に神秘的で。

 初めて目にした筈なのに、初めて手に取った筈なのに。

 

 何故かとても、手に馴染んだ。

 

 

 「『…サンキュー、アスナ』」

 

 「っ…」

 

 「…?何だよ」

 

 「…何でもない」

 

 

 一瞬、アキトがキリトと重なって見えた。アスナは目を逸らすが、すぐにまたその視線をアキトに戻した。

 

 

 「…ちゃんと使える?」

 

 「……ああ。しっくりくるよ」

 

 

 アキトは、エリュシデータの重さを確認しながらアスナの横に並ぶ。

 目の前には、周囲のプレイヤーを蹂躙する、巨大な牛が立っていた。

 どうしてだろう。負ける気がしなかった。

 これ以上の被害を出さない為にも、残りのHPを一瞬で削り切る。

 

 

 「…すぐに終わらせるぞ。やらかすなよ」

 

 「…こっちのセリフ」

 

 

 アキトとアスナは合図も無く、同時に走り出す。

 リズベットはその背を、ただ嬉しそうに見つめた。

 

 

 ボスにトドメを刺す、ただそれだけ。

 アキトがプレイヤーの間を走り抜き、ボスへと一瞬で近付く、そのスピードに、ボスは僅かに反応が遅れる。

 アキトはその瞬間を見逃さず、ボスの真下まで入り込む。

 

 片手剣四連撃技<ホリゾンタル・スクエア>

 

 エリュシデータが白く光り輝き、その斬撃は四方へと散らばる。

 初めて使うその剣は、驚く程に使いやすく、その斬撃はボスの肉をHPと共に削り取る。

 一瞬の出来事に、クラインやエギル、攻略組のメンバーが目を見開く。

 足を攻撃された事で、ボスの体勢が僅かに傾く。

 

 そのタイミングで、アスナがボスの胸元まで飛ぶ。

 アスナは目を見開き、その胴体へとランベントライトを突き立てる。

 

 細剣重突進攻撃五連撃技<スピカ・キャリバー>

 

 青白く輝くその刀身が、ボスへと吸い込まれていく。

 その剣技、その動き、まさしく閃光。攻略組の誰もが見惚れ、憧れた存在。

 ずっと、何処か踏ん切りがつく場所を探していたのかもしれない。この行いは間違っていると、止めてくれるのを期待していたのかもしれない。

 キリトのいない世界に意味は無い。けれど、死ぬ事はとても怖くて。

 それでも、自分で自分の気持ちが分からなくて。

 ユイの事、リズベット達の事、何も考えていなかった。

 まだ、間に合うだろうか。

 まだ、やり直せるだろうか。

 この人生に、意味を見出す事が出来るだろうか。

 

 

 ボスはその攻撃に呻き声を上げるが、アスナを視界にいれると、その斧を振り下ろす。

 着地したばかりのアスナでは、対応が出来ない。

 アスナは驚きながらも、自身の武器を胸元に引き寄せる。

 

 

 「っ…おお…!」

 

 「くっ、おおおおぉぉおぉおおぉおお!」

 

 「っ!クラインさん…!エギルさん…!」

 

 

 だがその斧の攻撃を、クラインとエギルが二人掛りで受け止める。その表情は辛そうだが、貫きたい意志を感じた。

 クラインもエギルも、ずっと待っていたのかもしれない。アスナが元に戻ってくれるのを。そうなる機会を、そうしてくれる人を。

 今、今がその時なのではないかと。

 

 

 「アスナ!」

 

 「へへ…行ってこい!」

 

 「決めてやれ!」

 

 

 リズベットは叫ぶ、友達の名を。クラインは背中を押す、親友の彼女を。エギルは見守る、一人の少女の生き方を。

 攻略組メンバー全員が、アスナを見つめる。その闘志を、希望を、アスナに託す。

 アスナはランベントライトを強く握り締め、そんな光景に瞳が揺れる。

 自身が巻き込んだ攻略組、そんな彼らから感じる、期待の眼差し。何度も何度も死の危険に晒した自分に、彼らはまだ────

 

 

 「くっ…うおぉお…!」

 

 「ぐっ…!」

 

 

 ボスはクラインとエギルを力技で吹き飛ばす。

 辺りに近付いた攻略組に向かい、範囲技を発動するべく、その斧を光らせる。

 だが、その一撃は決まらない。

 

 

 「悪いな、牛野郎。……漸くここまで来たんだよ」

 

 

 片手剣単発技<ヴァーチカル>

 

 その剣を金色に光らせ、その背を上から斬り付ける。

 初期に覚えるスキルとは思えない威力を発揮したそれは、ボスの手から斧を手放させた。

 アスナはスキルを放ったそのプレイヤーへと視線が動く。

 それは、かつての想い人を思い出させる、一人の少年。

 

 

 「っ…アキト君…」

 

 

 アスナは小さな声でそう呟く。

 見れば見る程、戦えば戦う程に、あの時の思い出が蘇るようで。

 キリトに出会い、共に戦い、笑い合ったあの頃を。

 アスナは唇を噛み締め、ボスを見上げる。

 その巨大な体に、向けて剣を構える。

 これが、最後の一撃。

 

 

(キリト君…私ね───)

 

 

 ランベントライトは、今までに無い輝きを放つ。

 この場にいる誰もが目を見開き、その刀身を見つめる。アスナは僅かに体が震える。

 何故だかは分からない。だけど。

 目の前の敵を倒してしまったら、何かを決めてしまいそうで。

 キリトという最愛の存在と、決別してしまうような気がして。

 だけど。

 

 

 「───っ!」

 

 

 細剣奥義技九連撃<フラッシング・ペネトレイター>

 

 細剣スキルの奥義技、正真正銘の最終奥義が、ボスの元へと迫る。アスナの表情は、ただ闇雲に、一心不乱に、ソードスキルを叩き込んでいるようにも見えた。

 けど彼らはただ、その姿をじっと見上げるだけだった。

 

 

 「せああぁぁぁああぁああぁあああ!!」

 

 

 最後の一撃が、ボスの胸元を貫く。

 瞬間、ボスの動きが止まり、その体から光が突き破った。

 やがてその体は破片となり、光の粒子になって、上空へと霧散していった。

 アスナはゆっくりと地面へと着地し、ボス部屋にはファンファーレが響き渡った。

 

 

 「 「 「 「 よっしゃあぁあああぁああぁあ!!! 」 」 」 」

 

 

 勝利を確信した彼らは、皆一同に歓声を上げる。何度ボスを倒しても、この喜びだけは色褪せない。

 アスナとアキトが参加したのは最後だけ。

 トドメを刺すその瞬間、僅か一分程ではあったが、それでも、誰もアスナ達が美味しい所を持っていったと責め立てる者はいなかった。

 皆が各々で喜びの言葉を漏らす。ハイタッチを交わし、肩を抱き合い、そして笑い合う。

 クラインやエギル、リズベットも集まって、互いに笑い合う。

 

 

 そんな中、ボス部屋にただ一人、アスナは立っていた。

 

 

 「アスナ…」

 

 

 彼女に気付き、少し離れた距離でその名を呼ぶ。

 クラインもエギルも、そして別の場所でアキトも、ただ立ち尽くすアスナの背中を、黙って見つめていた。

 

 アスナの背中はとても儚く見えて。栗色の前髪でその瞳、その感情は隠れて分からない。

 その呼吸は荒く、震えているようで。

 アスナはランベントライトを持ち、その場に立ち尽くして。

 

 

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── ただ、ぽろぽろと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 








次回「今日からこの場所が」

ちょっと分かりにくい描写や、気に入らない箇所があれば、言って欲しいです。性格の把握が難しくて(´・ω・`)

あと、純粋に感想や願望も送って貰えれば幸いです。


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