ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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感想のお陰で、モチベが高まりましたので投稿します!が!今回あまりシリアスは無しです!
話も余り進みません!すみません!
でも、次の話も現在文章を構成中ですので、なるべく早く投稿したいです!
感想をくださった皆さん!ありがとうございます!




Ep.32 未開の謎

 

 

 

 父は言った。正義の味方になりたかった、と。

 

 孤独でも、誰にも理解されなくても、進んだ道の先全てが茨でも、その称号を張り続ける、そんな存在になりたかった、と。

 そんな事は不可能で、偽善だと思った。

 誰かを守る為の強さ、困ってる人を助ける力、そんなものは空想の産物、御伽噺だと思っていた。

 

 誰かが言った。正義の味方は、万人の味方ではないと。

 誰彼構わず救う事など出来はしないと。何かを選ぶという事は、何かを捨てるという事。

 父は、家族を守る為、他のもの全てを捨て去った。

 それは正しい選択だっただろうか。

 

 子どもの頃、正義の味方、ヒーローに憧れた事はあった。

 けれど、それは渇望していた訳じゃない。なれるならなる、といった意志無き選択だった。

 けれど、仮想世界に足を踏み入れ、仲間と共に過ごしている内、『本物』を見た。

 黒いコートを靡かせて、その剣士は現れたのだ。

 ヒーローはいないと、そう思っていたのに、初めて憧れた。初めて、あんな風になりたいと思ったんだ。

 

 あれが、『ヒーロー』だって、そう思えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 

 「…あ。…いらっしゃい、アキト」

 

 「…ん」

 

 

 アークソフィアに建てられた新店舗、<リズベット武具二号店>に、アキトは意を決して入る。といっても、もうあの時程複雑な空気にはなっていなかった。

 お互いに、特にリズベットは、アキトに悪い事をしたと思っていた。

 アキトはリズベットをチラッと見た後、すぐに視線を逸らし、リズベットはそんなアキトに苦笑いを浮かべていた。

 

 

 「…じゃあ、サクッとやっちゃうからさ、武器出して」

 

 「…んじゃ頼むわ」

 

 

 アキトは背中の鞘からエリュシデータを引き抜き、リズベットに差し出す。

 見慣れた剣を見て、リズベットの表情が一瞬だけ固まった。やはり、意識していても、彼をキリトに重ねてしまう。

 

 リズベットは工房に入って、黒い刀身を削りながら、アキトの事を考えていた。

 具体的には、メンテ終わった後、アキトに何と話しかければ良いのかという事だった。

 仲直り、というか、いつの間にか話すようになっていたので、特に謝罪をしていなかった。謝罪というのは言わずがもがな、あの時、78層のボス部屋でアキトの事を叩いたあの案件である。

 このまま何事も無かったように過ごすのも罪悪感を感じており、リズベットの頭では現在アキトへの謝罪の言葉の思案で埋め尽くされていた。

 昨日の夜、みんなで食事をした時はその場の空気で話せていたようなもので、我に返って見ると、昨日は調子に乗り過ぎたような気もしていた。

 

 

 「はぁ…」

 

 

 キリトの時は、もっと素直に言えたと言うのに。ただシンプルに『好き』と、そう言えたのに。

 まあ、本人は聞こえてなかったみたいだったが。

 メンテナンスが一通り終わり、リズベットはエリュシデータを持って立ち上がる。その剣はやはり重くて、命の重さ、背負っているものの重さを痛感した。

 これが、勇者として戦ったキリトの、背負っていたもの。そう思うと、メンテナンスにも神経を磨り減らしてしまう。

 

 

 工房を開き、店の中で待っているアキトの元まで歩み寄ると、鞘に収まったエリュシデータをアキトに向かって突き出した。

 

 

 「…はい」

 

 「ん…」

 

 

 アキトは淡々とそう呟くと、エリュシデータを背負う。

 位置を確認し、しっくり来たのか次の行動に移行していた。アキトはシステムウィンドウを開き、そこからマップを確認していた。

 

 

 「こ…攻略に行くの?」

 

 「昨日話したろ、《ホロウ・エリア》。クラインが連れてけってうるせぇから、一人で行けって言ったんだけどよ…」

 

 「ああ…確かに、そんな事言ってたわね…」

 

 

 リズベットは、昨日のクラインの顔を思い出して苦笑いを浮かべていた。

 というのも、昨日、78層のボス討伐の成功を祝して、身内で食事会を開いた時の話である。

 けれど、それはほんの少しだけ建前。きっと、アスナの為に場を設けたかっただけなのだろう。リズベットの思いの丈を聞いて、ユイの気持ちを汲んであげて。アスナはほんの少しだけ、変わったように彼らは感じたのだ。

 だからこそ、アスナと親密を深める為の会、取り敢えず、アスナを楽しませる為のものだったのだろう。

 なんともお人好しの集団である。

 その時に、アキトとフレンド登録をしていたシリカ、リズベット、クラインから、アキトの位置情報がロストした件を聞かれたのだ。

 アキトは『関係無い』の一言で一蹴したが、その隣りに座っていたユイによって盛大に暴露されていた。

 《ホロウ・エリア》という謎の隠しエリアがあるという事。モンスターのレベルも高い高難易度エリアである事、世界観が違う圏内エリアがあった事など、自身の推測を織り交ぜて話したのを覚えている。

 システムの根幹に近いかもしれないと言った途端、まだ見ぬ素材やスキル、武器や装備品の可能性を考え、目を輝かせていた面子が多かったのは記憶に新しい。当然リズベットもその一人で。

 アスナとユイだけがそんな彼らに慌てており、それだけは良かったと、アキトは安心出来た。

 

 リズベットはそんなアキトを見て、ほんの少しだけ視線を強めた。

 この前までは、何を聞いても憎まれ口ばかりで、ちゃんとした受け答えをしてくれなかったのに。

 そう思うと、何となく嬉しかった。

 リズベットは、そんなアキトを『変わった』と評した。けれど、アキトからすれば『戻った』と言うだろう。人間はそんなに簡単に変わらないと。

 だけど、もしアキトが言うように、以前の自分に『戻ってきている』のなら、それは昔のアキトは優しかったという事実に繋がるのだ。

 今、憎まれ口を叩いているのだって、きっと────

 

 

 「…あの、さ、アキト…この前は、その…」

 

 「あ?…何だよ」

 

 「っ…えと…その…」

 

 

 何をそんなに慌てる必要がある。ただ真っ直ぐに謝ればいいじゃないか。頭では分かっているのに。

 そんなリズベットを見兼ねたのか、アキトは溜め息を吐いた。

 

 

 「…アレか、昨日の事か。武器の事なら別にいい。ってか、壊しちまったんだから、今言ったって変わんねぇだろ」

 

 「違うっ…く、もないけど…、でも、あたしのせいでここに来づらかったんでしょ…?」

 

 「…いいんだよ別に。武器はもう手に入れたし、それに…」

 

 

 アキトはそう言うと、言葉を詰まらせる。武器職人の前でこう言ってもいいものかと思案したが、もう壊れてしまったのだ、言っても良いだろう。

 アキトはそう決めると口を開いた。

 

 

 「嫌いだったんだ、自分の武器」

 

 「…武器が…嫌い…?」

 

 

 その予想外の答えに、リズベットは目を丸くする。当然だ、武器が嫌いなんて言うプレイヤーなど、そうそういない。寧ろ、武器が人の命を左右する世界なのだ、無くてはならない存在だろう。

 

 

 「…というか、あの剣。<ティルファング>。アレがずっと嫌いだった」

 

 

<ティルファング>。その紫がかった黒い剣。装飾は少なく、ただ敵を斬る為だけに特化したような、そんなステータスで。

 名前は少し違うが、神話の武器に似たような名前のものがあったのを覚えている。

 その名を<魔剣ティルヴィング>。黄金の柄で、決して錆びる事無く鉄をも容易く斬り潰し、狙った獲物は外さない、そんな剣。

 そして、持ち主の破滅と引き換えに、望みを三つ叶えてくれる、そんな剣だった筈だ。

 

 アキトが願うのは一つだけ。それさえ叶うなら、この身が潰れても良いと思っていた。

 けれど、あの剣は願い事など叶えてはくれなかった。ここはゲームの世界、そんな設定は瞞しなんてのは、もうとっくに理解していた。

 それに、アレは神話、『神』の剣だ。この世界の神なんて、たった一人。

 許せない相手。

 だからこそ、それを彷彿とさせるあの剣が死ぬ程嫌いだった。

 

 

 「…アキト…?」

 

 「…そういう訳だから、別に気にしなくていい。これ以上言うなよ、執拗いのは嫌いだ」

 

 「…分かった」

 

 

 リズベットはよく分からなかったが、アキトがそう言うならと、渋々ながら納得した。

 本当なら、お詫びに剣を鍛えてやりたいが、鉱石の相場は上がり、鍛冶スキルは下がっている今、作れるものは何も無かった。

 耳が痛い話だ。アスナの為にヘイトを稼ごうとしていた相手を平手打ちし、この店に来づらい状況を作ってしまった上に、そのせいで耐久値を磨り減らした武器が壊れてしまうなんて。全部自分のせいだった。

 

 

 「…もし、その…《ホロウ・エリア》で珍しい素材とかあったら、剣とか、鍛えてあげる」

 

 「へぇ、そんなスキルで大丈夫かな」

 

 「…容赦無いわね、ホントアンタって…」

 

 

 額に筋が入るのを懸命に抑え、顔を引き攣らせながら笑ってみせる。

 そんな態度を取れるくらいには、仲直り出来たかな。

 そう思った。

 店の扉を開いて出ていく、かつての想い人に良く似た背中を見送りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

(…そうだ、フィリアに連絡入れるかな)

 

 

 店を出てすぐに、アキトは《ホロウ・エリア》に行くのならフィリアを呼ぶ事を思い付く。

 あの時、スカルリーパー討伐の際に共闘した、オレンジカーソルの少女。

 もしまた来る事になったらメッセージが欲しいと言っていた彼女。自分もそれに合わせてここへ来ると、そう言ってくれた少女。

 そんな彼女の言葉に、気が向いたら、なんて心にも無い言葉で、彼女の告白を蹴った覚えがあった。

 

 フィリアが、人を殺したという告白を。

 

 彼女からすれば、勇気を出して言ってくれたのかもしれないのに、自分は結構な態度を取っていた気がする。

 何度も言うが、アキト本人はとても優しい少年なので、憎まれ口を叩いても、内心は罪悪感で溢れてるヘタレなのだ。

 取り敢えず、フィリアとあちらで合流する為に、彼女にメッセージを送る。

 

 

 「おいアキト!」

 

 「っ…」

 

 

 前方から自身を呼ぶ声にアキトは体を震わせて、システムウィンドウを閉じる。顔を上げると、凄い剣幕のクラインがこちらに向かって来ていた。

 

 

 「…何」

 

 「何、じゃねーっての!《ホロウ・エリア》なんて転移先存在しねーぞ!ちゃんとアクティベートしたんだろうな!?」

 

 「…は?」

 

 

 そのクラインの発言に、アキトは首を傾げる。クラインの言っている事が、一瞬理解出来なかった。

 クラインに引かれるがままに、転移門の方まで歩く。そこには彼の仲間だろうか、クラインと良く似た装備を着けているプレイヤーが数人立っていた。

 おそらくクラインのギルド<風林火山>だろう。

 

 

 「《ホロウ・エリア》管理区…間違ってないよな!?」

 

 「ああ」

 

 「…転移!《ホロウ・エリア》管理区!」

 

 

 クラインはアキトに確認すると、意を決して再び転移門に立ち、その名を叫ぶ。風林火山の彼らも、それを固唾を飲んで見守った。だが、転移門は全く反応する事なく、ただその場に立っていた。

 

 

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 

 

 クラインは清々しい程に凛として直立しており、とても誠実そうに見える。

 だが傍から見れば、訳の分からない単語を転移門前で叫ぶ迷惑なおっさんである。

 辺りのプレイヤーは訝しげにこちらを、クラインをチラチラと見ており、やがて関わらないように、そそくさと去っていった。

 クラインは未だにその場から動かず、アキトはその背中をただただ眺めるばかり。

 少しだけ強めの風が、二人の髪を撫でた。

 

 

 

 …何だこれ。

 

 

 

 

 

 「…ホントに反応しねぇな」

 

 「オイ!俺が周りに変な目で見られただけじゃねぇかよ!」

 

 

 クラインのそんな発言を無視し、転移門まで歩く。クラインを退けて、門の中心に入ると、アキトは口を開いた。

 

 

 「転移。《ホロウ・エリア》管理区」

 

 

 すると、アキトの体から眩く光が立ち込め、その光が全身を包む。その眩しさに思わず目を瞑るその寸前、クライン達の驚く顔が目に入った。

 再び目を開けると、そこはほんの少し暗く、それでいて冷たい雰囲気を纏った、何処か違う世界に来てしまったのではないかと思わせる場所、《ホロウ・エリア》管理区に到着していた。

 

 

(…ちゃんと転移出来る…じゃあ、なんでクラインは…?)

 

 

 入るプレイヤーを選ぶ?そんな事があるのだろうか。だが、もしかしたらと、アキトは自身の掌を見つめる。

 すると、それに反応したのか、左の掌から、いつぞやの紋様が浮かび上がってきた。もしかしたら、この紋様が関係しているのかもしれない。

 

 

 「あ…」

 

 「? あ…」

 

 

 ふと、声のする方へ視線を動かすと、そこには、初めてこの場所に来た時に出会い、共に行動した存在、フィリアが立っていた。

 どうやらアキトのメッセージを見て、ここへ来てくれた様だった。

 

 

 「…また、来てくれたんだ…」

 

 「…気が向いたからな。何だ、待ってくれたのかよ」

 

 「まあ…期待しないで、ね」

 

 

 フィリアはフッと少し笑ってそう答える。その柔らかな表情に、アキトは思わず目を逸らす。

 やはり、彼女がオレンジなど、とても思えない。

 そのまま目の前のコンソールへと歩み寄り、ウィンドウを構わず開いた。

 

 この《ホロウ・エリア》についてほんの少し考える時間があった。前にここに来た時、アインクラッドとまるで違う光景に、この場所は運営側に近しいものなのではないかと、そう考えた事があった。

 空中に広がるマップは恐らく《ホロウ・エリア》のものだろう、地上はどこまでも広がっているように見える。

 にも関わらず、迷宮区のある塔がフィールドから見えなかった事を考えると、このエリアは階層構造ではなく平面構造。

 この浮遊城では閉鎖的な洞窟エリアを除けば、どの場所にいても迷宮区のある柱が見える。アインクラッドは、その柱が連なって、全部で100層のフィールドがあるのだ。

 柱が見えない、なんて事が有り得るのは、その浮遊城の頂点。100層の<紅玉宮>だ。だがそこは本来ラストボスが待ち構えている為論外だ。

 そもそも、この城は上に行けば行く程にフィールドが狭まるのだ。こんな広いエリアは設置出来ない。

 それなら別の可能性、頂点以外に、迷宮区の柱が見えないであろう場所。

 ここがアインクラッドの中だとすると、この場所は恐らく────

 

 

 「…アインクラッド地下か」

 

 「何か、分かったの?」

 

 

 気が付くとフィリアがすぐ傍まで近付いて来ており、思わず距離を取る。その反応が気に入らなかったのか、フィリアは眉を釣り上げていた。

 

 

 「…何よその反応」

 

 「…いや、別に。…何も分かってねぇよ、このエリアが浮遊城のどの辺にあるのか考えてただけだ。根本的な解明にはなってない」

 

 

 実際、この場所がどこにあるのかはあまり関係無い。問題は、ここがどういうエリアで、何をする場所なのか。

 ただの隠しエリアにしても、色々と不明な点が多すぎる。この圏内エリアだって明らかにアインクラッドのイメージを壊すデジタル的な場所だし、コンソールがある時点で運営に関わる何かである事は大体察しが付いてしまう。

 

 

(…こんなに、考えるタイプだったかな…)

 

 

 アキトはコンソールを眺めながら、そんな事を考えていた。いつも消極的で、自分には無理だからと、最初から諦めるような人種だった筈だ。

 こんなにも積極的に、何かを懸命に考える事など、今までに数える程しかなかったように思える。

 

 

 「…アキト、今日は…その、攻略に行くの?」

 

 「…このエリアに来たがってる奴がいたんだけど入れなくてな、色々調べようと思って来たんだよ。攻略はもしかしたら別の日になるかもな」

 

 「…じゃあどうして私を呼んだの?」

 

 「…一人でこっちに来る筈だったんだよ」

 

 

 それはつまり、本当は今日、アキトがフィリアと攻略するつもりだったという事を示していた。

 クラインと来るつもりはなかったと、そういう事だった。

 アキトが本当は今日、攻略の為にここへ来たと知ると、何となく嬉しかった。

 別の日になると言われた途端、逆に少しだけ寂しいような、そんな気がした。

 

 

 「…じゃあ、また今度…かな」

 

 「…あっちの奴がうるせぇから、今日は検証して、明日また来るわ」

 

 「あ、明日…そっか…」

 

 

 意外にも早い期日に、フィリアは少し驚くが、同時に楽しみでもあった。

 初めて会ったあの時、スカルリーパーと戦った時、危険だったけど、ほんの少し楽しかったのを覚えている。デスゲーム、ゲームであって遊びではないけれど、それでもそう思う事が出来るというのは、生きる為に必要な事だと思うから。

 

 アキトもアキトで、フィリアに自然と会う約束をする自分に驚いた。けど、すぐに納得がいった。

 この前、二人で考えて、話し合って、戦ってと、あの頃を思い出してしまったから。きっと、味を占めたような感覚になったのだ。

 何となく、嫌だった。かつての仲間の事を思い出す為に彼女と行動しようとする、自分の浅ましさが。

 

 

 それから二人、圏内にあるウィンドウに示される項目を調べ、二人で会話を重ねていき、気が付けば、あの野武士面の顔など頭から抹消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 

 「…それで?どうだったんだよ」

 

 「アキト以外のプレイヤーは《ホロウ・エリア》に転移出来ない。それに、一緒に行けるのは一人だけと来たもんだ。訳分かんねぇよ…」

 

 

 エギルの店に着き、すぐに結果を報告するクライン。それを横目に、アキトはカウンターでココアを啜っていた。

 クラインはエギルにそう愚痴を零し、その哀愁漂う背中をリーファとシノンがテーブルに座って見つめていた。

 フィリアと別れた後、再びアークソフィアでクライン達と検証した結果、クラインが言った事が事実として残った。

 フィリアと別れて最初に戻って来た時のクラインの待ち惚け様といったら酷かった。まあ、それは置いとくとしよう。

 ともかく、アキト以外のプレイヤーは、個人で《ホロウ・エリア》に入れないという事だった。

 

 

 「隠しエリアとかそういう所には大抵お宝がごっそり眠っているもんだってのに…」

 

 「何か条件がある、とか?」

 

 「可能性としてはあるんじゃないの?」

 

 「隠しエリアなんだ、もう何人かは向こうに行ってるかもしれないしな」

 

 

 ゲンナリするクラインに、リーファとシノンがそう問いかける。エギルも何かを思案するように腕を組んだ。

 アキトもそれは考えているが、そもそも自分とフィリアの他にプレイヤーを見た事が皆無な為、推測すら出来ない状態だった。

 《ホロウ・エリア》に入る事が出来る、そのプレイヤーの顔すらアキトは知らない。

 

 …そういえば。

 フィリアが前に、《ホロウ・エリア》のプレイヤーにはおかしなところがあると言っていたのを思い出す。

 もしかしたら、それが《ホロウ・エリア》へと入る為の条件なのだろうか。

 なら、実際にあちらに赴き、コンタクトを取るしか無い。

 フィリアに言った通り、明日にでも────

 

 

 「…アキト、何考えてるの?」

 

 「…別に、何でもねぇよ」

 

 

 シノンの視線から逃げるように、手元のココアを口に含む。隣りに座るクラインは、目の前に立つエギルとアキトを交互に見た。

 

 

 「でもよぉ、これは公開出来ないな」

 

 「ああ、無用の混乱を招くだけだろう」

 

 「ただでさえ下の階層に下りられなくてパニックなのに、曖昧な情報を公開したら余計混乱しますもんね…」

 

 

 エギルのその言葉に、リーファが同意するように頷いた。それを聞いたクラインは悔しそうに呟く。

 

 

 「くぅー!折角お宝が目の前にあるってのによぉ!おいアキト!向こうへ行く時は俺の事も誘えよな!」

 

 「後ろ向きに検討しといてやるよ」

 

 

 そんなクラインの心の叫びを、アキトは適当にあしらう。

 76層に来てからというもの、バグが多く、下の階層に下りられない、スキルが消える、下がるなどの事件が後を絶たない。

 エギルとリーファの言うように、余計な混乱は避けるべきだし、何より《ホロウ・エリア》も、その類の原因で出入り出来るようになった可能性だってある。

 彼らが関わる事で、また別のバグが発生するかもしれない。不容易な発言には気を付けなければならない。

 そう考えていると、エギルは組んでいた腕を解き、アキトに向き直った。

 

 

 「…にしても、一緒に行けるのは一人だけ…か。厳しいな。それで満足に戦えるのか?」

 

 「フィリアはソロで何とかなってたし、無理って事はねぇだろ」

 

 

 

 

 「…フィリア?」

 

 「………あ」

 

 

 訂正。早速不容易な発言を漏らしてしまった。

 その聞いた事の無い名前に、シノンは目敏く反応する。それを聞き、似たような反応を取る彼ら。質問されるのは目に見えていた。

 リーファは目を丸くしており、クラインは眉を釣り上げている。エギルはこちらを見て、ニヤリとした視線を向けていた。

 シノンはこちらをジト目で見ており、アキトはゲンナリした表情で彼女を見返した。

 

 

 「…昨日の話には出てなかったわよね?」

 

 「…別に言わなくても関係無い話だったし」

 

 「という事は、意図的に隠していたのかしら」

 

 「必要性を感じなかっただけだ」

 

 「あ、あの、二人とも…?」

 

 

 アキトとシノンの視線のぶつかる場所にいるリーファは、居心地が悪く縮こまってしまう。

 アキトからすれば、シノンが何故そんな事を聞いてくるのかすら分からない。それを聞く事による彼女のメリットは何なのだろうか。

 クラインはわなわなと唇を震わせて、目を見開いてこちらを見ていた。

 

 

 「お、おいアキト…フィリアってのは…女の子か」

 

 「…だったら何だよ」

 

 「うおおぉおおぉおい!お前もか!お前もなのか!」

 

 「うっせぇな何だよ…ちょっ、近い近い離れろキメェ」

 

 

 あちらで知り合った彼女の事で口を滑らせただけでここまでの反応をするとは。

 特にクラインを見る目は次第に可哀想なものを見る目へと変わっており、それに気付いたクラインがさらにこちらに顔を近付ける。

 半ば怒気を感じるが、取り敢えず無視。

 ───出来ない。顔が近い。

 

 クラインを体術スキル<エンブレイザー>で吹き飛ばすと、未だにこちらに視線を向けているシノンが気になり、思わずそちらへと顔が動いた。

 

 

 「…フレンド登録は…したの?」

 

 「…したけど、それが何だよ」

 

 「へぇ…そう。ふーん…」

 

 「…何だよ、言いたい事があるならハッキリ…」

 

 「おい!痛覚無くてもノックバック気持ち悪いんだぞ!」

 

 

 シノンへと向けていた視線を遮るようにクラインが押しかける。何だ、何をそんなに怒っているのか。

 アキトは全く分からず、ウンザリしたのか、取り敢えず店から逃げるように出て行く。その背をクラインが追いかけて行った。

 リーファはポカンとした顔で眺めていたが、やがて我に返ったのか、取り敢えず目の前の飲み物に手を伸ばす。

 シノンは何となく不機嫌な表情で、同じように飲み物を啜っていた。

 

 

 「…やれやれ」

 

 

 そんな光景を見て、ただ一人、エギルは笑っていた。

 少しずつ、少しずつ。アキトがこちらに近付いて来ているような気がして。

 

 

 

 同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が、巻き戻ったような気がして。無意識に違和感を感じていた。

 

 

 

 






オリジナルのコメディ的な番外編を作ろうかなーとか思ってます。何かリクエストはありますでしょうか?
もしかしたら活動報告で質問する事があるかもしれないので、その時はよろしくお願いします。

その他にも感想、要望ありましたら、どうぞ送ってください!
(`・ ω・´)ゞビシッ!!

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