ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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更新遅れて申し訳無いです。m(_ _)m
この話は現実世界のオリキャラの話を描いた番外編です。
ストーリーは直接本編と関わりが無いので、オリキャラが苦手な方は飛ばしても大丈夫です。
番外編をやる時は、本編を待って下さる方々の為、必ず本編の方も同時に投稿しますので、この話は読まなくてもいいという方は、本編へとお進み下さい。

では、どうぞ!


Ex.2 仮想を生き抜く白い猫

 

 

 

 人は誰しも、旅をする生き物だと思う。

 社会へ、思考へ、国へ、世界へ。

 その理由は人それぞれ違うと思う。けれど、最終的に行き着く場所、その理由の根幹は、自分探しだと思った。

 

 私には、自分が無い。

 何も、見えていなくて。

 ずっと、一つの事に囚われて、前に進めずにいる。

 

 

 だから、私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 《アルフヘイム・オンライン》、通称《ALO》。

 ナーヴギアの後継機、《アミュスフィア》を使ってプレイする事で遊べるVRMMORPG。

 魔法という摩訶不思議なものを使用出来、空をも飛ぶ事で人気を集めるVRMMO。

 九つの種族間のPKを推奨しているゲームであり、直接戦闘はプレイヤーの反応速度に依存する。

 ゲームシステムはスキル制、レベルの概念は存在しない。

 

 サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム、インプ、スプリガン、ケットシー、レプラコーン、プーカ。

 それぞれに特徴や得意な系統の戦い方やスキル、魔法などがあり、それを駆使して戦っていくのだ。

 種族間の戦闘とは言ったが、他種族同士で組むパーティやギルドも多く存在する。

 

 

 例えば今、シルフ領の森の近くにいるこの集団。

 大柄のサラマンダーを筆頭に、シルフ、ノーム、インプ、スプリガンの5人の男性プレイヤー。

 ゲームの中では現在夜、月明かりが明るく煌めき、星々が舞っていた。

 その森は月明かりに照らされ、ある程度は視野が明るかった。

 その中のリーダー格、サラマンダーの男は近くの大岩にどかりと座り込み、何やらイラついているのか貧乏揺すりが目立っていた。

 その他の4人も、そんな彼の様子を半ばビビりながら伺っている者、それとは関係無く武器を眺めている者、鼻歌を歌っている者と様々。

 

 彼らもまた、例によって種族間の集まりではなく、とあるギルドに所属しているプレイヤー達だった。

 

 

 「…チッ、おっせぇな…」

 

 

 サラマンダーの男は今にもキレそうで、その背に収まる大剣を今にも抜きそうだった。

 そんな彼を見て、シルフの男がビクリと震える。

 

 

 「も、もう少しで約束の時間だし、その内来るって!」

 

 「うっせぇな、ほっとけよ。ガレアは短気過ぎだっつの」

 

 「…ほっとけ…」

 

 

 シルフの言葉に同調するように、スプリガンの少年がサラマンダーの男、ガレアを見て嘲笑う。

 ガレアはスプリガンを睨み付けた後、興味が失せたのか、やがて森の向こうへと視線を移した。

 そんな彼らを眺めた後、インプのプレイヤーが木に寄りかかったまま言葉を繋げる。

 

 

 「しっかし、確かに遅いよなー…索敵にも引っかからないし、連絡も無いし…もしかしてメルの奴しくじったんじゃね?」

 

 「嫌、そりゃねぇだろ。『リアルでは詐欺師やっますー』とか、頭イカれた事言ってるけど、確かにアイツは騙す事に関してはプロだぜ?初心者ならホイホイ付いてくってーの」

 

 

 インプの言葉に反応し、ノームのプレイヤーが小馬鹿にしたように笑い出した。

 それもそうかと、インプの少年も笑う。

 

 

 そして、暫くすると5人の索敵に反応があった。

 

 

 「…おい、来たんじゃねぇの」

 

 「…やっとかよ…へへ」

 

 

 ガレアはその反応を見て、嬉しそうに腰を上げる。

 大剣の柄を握り、いつでも抜刀出来るよう構える。

 シルフのプレイヤーは片手棍を手に取りガレアの真横に立つ。スプリガンは変わらず大岩に寄りかかっており、インプのプレイヤーは刀を、ノームの男は両手斧を構える。

 索敵の反応は目線の先、凡そ50メートル程。暗闇で良く見えないが、確かにプレイヤーが近付いて来る。

 

 

 反応は1人。

 

 

 

 

 「……あ?…1人?」

 

 

 ノームの男はどういう事だと顔を顰める。シルフのプレイヤーもオドオドしながらも目を見開く。

 

 

 「オイオイ、どーゆー事だよ。今日は3人の予定だったろ」

 

 「…まさか取り逃がしたとか?」

 

 

 インプのその発言に、シルフは答える。

 ガレアは変わらず、森の奥へと視線を向けていた。

 

 やがて、その森の奥から、プレイヤーの影が見える。

 彼らはそれに気付くと、漸くしっかりと武器を構えた。

 予定とは違うが、それでも構わない。彼らは各々気を高ぶらせる。

 が、次の瞬間、彼らはその姿に一瞬魅入られた。

 

 

 木々の影から、開けた場所へと、一人の少女が現れた。

 

 

 その少女は、一言で表すのなら、『白猫』。

 その姿、何から何までが白く統一されており、その頭には、ケットシーならではの耳が付いていた。

 髪は長く、白を貴重としたその装備は、スピード重視の軽装備。

 武器は白銀に光る刀。

 その瞳は冷たく彼らに突き刺さった。

 

 

 彼らは、目の前の少女が誰かなのか、一瞬で理解した。

 

 

 「…お、おい…コイツ、まさか…」

 

 「し…『白猫』…!」

 

 「な、なんでこんな所にいんだよ!」

 

 

 インプ、シルフ、ノームはそれぞれ目を見開きながら、目の前の少女に訴える。

 スプリガンはただ彼女を睨んでおり、サラマンダーは変わらず少女を見据えている。

 少女は彼らを一瞥した後、漸く口を開いた。

 

 

 「…悪いけど、君達の仲間は来ないよ。同じ種族とはいえ、ウチの領の仲間に手を出していたから、ちょっとお仕置きしておいた」

 

 「なっ…」

 

 「なんだと…!」

 

 「初心者狩り…趣味が良いとは言えないね」

 

 

 彼女はその一言に、盛大に怒気を含ませて言い放つ。彼らは思わず尻込みした。

 そう、彼らはここ最近ALOを始めようとする初心者を狙ってPKを行う集団として、掲示板に掲載される程のお尋ね者だったのだ。

 彼らは種族がバラバラなのをいい事に、それぞれの領に潜伏しては、プレイヤー間の『友達をALOに呼びたい』等と言った話、情報を盗み聞きしては、その初心者をこのような人気の無い場所に誘い込んではこうして襲っているらしいのだ。

 

 そして、今回の標的は彼女のいるケットシーの初心者プレイヤーだったのだ。

 

 

 「ど…どうして俺達がケットシーを狙うって分かったんだ!?」

 

 「知り合いに情報通がいてね」

 

 

 彼女はそれだけ言うと、もう答える事は無いと彼らから視線を逸らす。

 彼女は事前に彼らの動向を探っており、今日この日、自身の領内のプレイヤーが襲われる事を知り、事前に手を打っていたのだ。

 彼らは種族問わずにそれを繰り返しており、被害は尚も続いていた。

 討伐隊という大袈裟なものを組んだにも関わらず、一掃されてしまったらしく、実力は本物。

 サクヤもアリシャも手を焼いていた。

 その事を説明すると、流石にガレアも目を見開いていた。

 

 

 聞きたい事は、きっと色々ある。お互いに。

 何故それほど手間をかけてまで初心者狩りを繰り返しているのか、その目的とは何か。

 初心者を襲っても、大したアイテムは手に入らない。

 だからこそ、意味の無いPKに思えてならなかった。

『白猫』と呼ばれたその少女は、自身の鞘から刀を抜き取った。そして、リーダーのサラマンダー、ガレアに向かって突き付ける。

 

 

 「…ガレア。サラマンダー領で副将クラスだった実力者。力に物を言わせる態度と、度重なるチーム間での暴走によって領を追放。今はギルド《シャムロック》に入隊…。よくシャムロックが入隊を許可したね」

 

 「んなもん、反省した顔を見せりゃあすぐだったよ。俺はそこらの雑魚と違って強ぇからよ、何処も欲しがんだよ」

 

 「…ギルドに入っても、その性格は変わらないみたいね」

 

 

 白猫は溜め息を吐くと、彼らを睨み付けた。

 

 

 「…貴方達がどんな目的で初心者狩りをしてるのか、私は知らない。知りたくもない。だけど…」

 

 

 ここでは無い他の世界では、死が現実に直結している。

 例えゲームでも、必死に生きている人がいる。

 それなのに、無駄に命を散らす事をしているなんて。

 

 今回標的になったのは、このゲームでの彼女の友人、その後輩3人だった。彼女達はそれは仲が良くて、ALOも3人一緒にログインすると決めていたらしい。

 種族は彼女とその友人と同じが良いと言って、ケットシーのみの一択だったそうで、それを聞いた時、とても嬉しかったのを覚えている。

 3人は同時にスタート出来るようにと、全員が買えるようになるまで我慢していた。

 少しずつお小遣いを地道に貯めて、漸くソフトを買って、3人一緒にスタートする筈だったのだ。

 

 それを脅かそうとした彼ら。右も左も分からないうちに、強者に斬り伏せられてしまった日には、ショックで二度と遊べなくなるかもしれない。

 到底許せるものではなかった。

 

 

 ガレアは大岩から飛び降り、白猫に近付く。

 その大剣から手は離さない。

 

 

 「…『だけど』、何だよ。許せねぇってか?だったらどうすんだよ、俺ら5人相手じゃいくらお前でも───」

 

 「心配要らない。…寧ろ」

 

 「っ…!?」

 

 

 気が付くと、ガレアの目の前から、白猫は消えていた。

 

 

 「え…?っ!う、うわぁ───」

 

 「っ…」

 

 

 声のする方へ、ガレアは勢い良く振り向く。

 そこには、支援専門のシルフのプレイヤーが白猫に斬られ、なす術なくリメインライトと化す姿があった。

 その瞳は冷たく、真っ直ぐにガレアを見つめていた。

 

 

 「…5人じゃ、足らないくらいだよ」

 

 「っ、このっ…!」

 

 

 即座にインプが刀を白猫に振り抜く。彼女はそれを紙一重に躱すと、一瞬でそのインプに詰め寄った。

 

 

 「なっ…!?」

 

 「───っ!」

 

 

 隙だらけのインプに目掛け、白銀に輝く刀が、月の光に照らされて辺りに光を撒き散らす。

 その刀の連撃は、瞬く間にインプの体に入り込み、HPを一瞬でゼロにした。

 この間、僅か20秒足らず。凄まじい連撃数とダメージ量だった。

 

 ノームはその隙を突くかのように、横に斧を薙ぐ。

 しかし彼女はそれにも反応し、素早く飛び上がり、その斧を蹴り落とす。

 

 

 「うおっ!」

 

 「───っ!」

 

 

 上から蹴られた事により、斧は地面へと突き刺さる。体勢を崩したノームのガラ空きとなった背中を、白猫は見逃さない。

 彼女は物凄い勢いで落下し、ノームの背中を斬り付けた。

 

 

 「ぐあぁあ!」

 

 「テメェ!」

 

 「っ!」

 

 

 再び隙を突くようにガレアが上段から大剣を振り下ろす。

 だが白猫は動じない。背中に迫るその大剣を、そのまま背を向けた状態で受け流した。

 流れたその大剣は、そのままノームの背に突き刺さった。

 

 

 「がああぁぁああ!?」

 

 「なんだと!?」

 

 

 ガレアは驚いたように声を上げるが、瞬時にその場から離れる。

 大剣のダメージはかなりのものだったらしく、そのノームも残り火と化していた。

 その光景を、ガレアは目を見開いて困惑していた。

 何だ。何なんだこれは。こんな一瞬で、呆気なく、3人が。

 白猫の周囲を囲うように、小さな炎が灯される。その光で彼女の容姿がくっきりと現れる。

 白銀のそのアバターは、誰が見ても美しく感じる程の容姿。リメインライトとなった3人は、思わず見惚れていた。

 

 

 「へぇ…『白猫』、ここまでやるとはねぇ…」

 

 

 仲間が既に半数倒されたというのに、スプリガンの男は飄々としており、白猫の容姿を上から下まで舐め回すように見つめる。

 その視線を真っ直ぐに受けるも、白猫の表情は変わらない。その冷たき視線を変える事無く、その刀を胸元へと引き寄せる。

 

 

 「…まだ、やるの?」

 

 「っ…ナメ、るなぁ…!」

 

 

 ガレアはスプリガンに指示を出す事もせず、大剣を持って白猫に迫る。白猫は決して油断する事無く繰り出されるであろう連撃に備える。

 上から、下から、左から、右から。四方八方から襲い来る大剣の全てを斬り落とし、目の前の男の戦意を削いでいく。

 そして、隙を見て連撃を重ねていく。

 ガレアの体からは、血のようなエフェクトが。

 

 

 「チィ…!クソがぁ!」

 

 「っ…!───っ!」

 

 

 躱し、凌ぎ、斬り付け、斬り落とす。

 もっと、もっと、もっと、もっとだ。

 彼はもっと。

 

 

(桐杜は、もっと過酷な世界で…!)

 

 

 「うおおおぉぉおぉおおぉおおぉお!!!」

 

 「っらあっ!」

 

 

 瞬間、ガレアが大剣を振り上げた瞬間を見逃さない。

 白猫はその刀を素早く彼の懐に潜り込ませ、その刀身を彼の体に這わせる。

 そして、一閃。

 

 

 「────」

 

 

 ガレアの言葉は、聞こえる事は無く、そのまま炎となって消し飛んだ。

 その炎を背にした白猫は、フッと軽く息を吐く。

 まだだ、まだ気を抜く訳にはいかない。あと一人、残っている。

 白猫はバッと顔を勢い良く上げ、刀を構える。

 だが視界に先程までいたスプリガンの男が見当たらない。

 

 

 

(っ…!?スプリガンがいない…!)

 

 

 

 

 

 ────だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よぉ」

 

 「っ…!?くっ…!」

 

 

 突如すぐ隣りから声がしたと思えば、いきなり脇腹を蹴り飛ばされる。

 体重の軽い彼女とはいえ、かなりの距離を吹き飛ばされた。

 急いで体勢を立て直すべく立て直すが、目の前には既にスプリガンの少年が。

 

 

 「ほらよぉ!」

 

 「っ…!」

 

 

 咄嗟に刀で防御する。彼の持っている武器は、少しだけ長めの短剣。リーチが短い分、自身の力が刃先まで強く伝わる。

 素の筋力値では、女性でもある白猫が不利だった。

 

 

 「余所見すんなよ」

 

 「っ…!?」

 

 

 鍔迫り合いの中、スプリガンがいきなり白猫の足元を思い切り蹴り上げた。

 体勢を崩した白猫に、スプリガンが一気に詰め寄り、その短剣を突き刺す。

 驚きで目を見開くのも束の間、白猫は刀を引き寄せてどうにか受け流すが、崩れた体勢である事には変わりない。

 男は、白猫の腹部を思い切り、突き刺すように蹴り飛ばす。

 

 

 「あうっ…!」

 

 

 少女はそのまま飛んでいき、近くの木を背にぶつかった。

 ドサッと音が鳴り響き、少女は木の根元にへたり込む。

 

 

 「ほらほら、まだまだぁ!」

 

 「っ!」

 

 

 だが男は休ませてはくれない。即座に少女は立ち上がり、剣を捌くべく刀を構える。

 だが次の瞬間、男は短剣を上に放り投げた。彼女は思わず目を見開く。

 

 

 「えっ…っ!?」

 

 「おらぁ!」

 

 

 白猫が上空に舞う短剣に視線を動かした瞬間、男は再び彼女の腹部を蹴りつける。

 白猫は驚いた上に、対処出来ずに蹲るも、男から視線を外さない。

 畳み掛けるように、今度は回転しながら、彼女の首元を右の手刀で叩いてくる。白猫は目を見開くが、それを腕で防ぐ。

 

 

 「甘ぇよ」

 

 「あっ…!」

 

 

 読んでいたのか、男は手刀と同じ利き手の右足で回し蹴りするように白猫の右足を引っ掛ける。

 そのまま後ろに倒れそうになる白猫の顔を、左腕で殴り付けた。

 白猫は、それこそ石ころのように飛ばされる。地面を削り、草花を散らせ、やがて木の根元に辿り着いた。

 

 倒れたその体を、何とか起き上がらせようと、わなわなと震える腕を地面へと突き立てる。

 その様子を見て、スプリガンの男はニヤける顔を隠せない。

 

 

 「オイオイオイオイ!マジかよ『白猫』!お前こんなに弱かったのかよ、ハハッ!ガレアと良い勝負じゃねぇか!」

 

 「……」

 

 

 強い。少女は悔しげに彼を見上げる。

 今まで見た事もない戦闘方法。短剣を武器として扱うだけでなく、放り投げて視線を誘導したり、格闘術を織り交ぜたり、相手の隙を突く戦闘が様になっている。

 あの動き、現実で何か習っているのかもしれない。

 他の4人とは比にならないくらい強い。ガレアがリーダー格に見えたのは、彼が強さを、存在感を消すのに長けていたから。

 このスプリガンは、正真正銘のトッププレイヤーの一角。

 

 

 「んだよぉ〜…折角遊べると思ったのによぉ、『白猫』っつってもそこらの雑魚と変わんねぇじゃねぇか」

 

 「っ……」

 

 「チッ、つまんねぇなぁ…つまんねぇよ。どいつもこいつも雑魚ばっかでよお。この前来た討伐隊も話にならなかったし、目を見張る初心者もいやしねぇ。後はもう領主くらいじゃねぇか」

 

 

 スプリガンはさもつまらなそうにそう言葉にする。

 だが、白猫はその前に彼が言った一言が、頭の中で反芻していた為、それを聞いていなかった。

 

 

『そこらの雑魚と変わんねぇ』

 

 

 変わらない。その言葉を聞いて、白猫は拳を握り締める。

 白猫はずっと嫌っていた。その言葉を。

 あの日、二年前のあの日から。

 あれから何も変わってない?そんな事、分かっている。だからこそ、変わろうとしているんじゃないか。強くなろうとしているんじゃないか。

 ずっと、後悔していた。ずっと、謝りたかった。

 だからこそ強く。だからこそ、速く。

 いつか、いつでも、彼の隣りに立てるように。

 

 

 「っ…笑わせ…ないで…」

 

 

 少女は立ち上がる。ただ目の前の敵を睨み付け、その刀を構える。

 スプリガンはそんな彼女を煩わしく感じているような表情を見せつつ、その高揚とした気分を隠せない。

 その短剣を握り締め、再び彼女に迫った。

 

 

 「まだやんのか?精々楽しませてくれよ雑魚がぁ!」

 

 「────」

 

 

 少女は、迫り来る男の事を、その短剣を、その動きを思い出す。

 ずっと、後悔していた。そう言った。

 自分は、何も見えていなかったのだと、ずっと後悔していたのだ。

 だからこそ、もう何も見失わないように、見落とさないように、見逃さないように。

 全ての事から、目を逸らさないように。

 目に見える全ての事を、見て、感じて、記憶して。

 

 

 目の前の男の一挙手一投足を、何もかもを記憶する。

 

 

 

 「死ねぇ!…っ!?」

 

 

 次の瞬間、男の前から少女の姿が消える。

 一瞬の事で、男も戸惑っていた。辺りを見渡すが、目に見える所には何処にもいない。

 彼は次第に苛立ちを覚え、歯軋りをしだした。

 

 

 「チィ…今更逃げんのかよ雑魚ぉ!かかって来いよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───刹那。

 

 

 

 

 

 「こっち」

 

 「っ…!?」

 

 

 男のすぐ近くで、少女の声が。

 急いで振り向いた時には、もう遅い。

 

 

 「があっ!?」

 

 

 男は脇腹に衝撃を覚えながら、真横へと一直線に飛ばされる。

 物凄い勢いでぶつかって来た為、かなりの距離を移動していく。

 男はヨロヨロと立ち上がり、すぐに顔を上げた。

 

 

 「クソが!」

 

 「逆」

 

 「なっ…!?」

 

 

 今度は後ろから声がする。彼は驚き、咄嗟に短剣を構える。

 白猫が上段で刀を叩き込み、男は辛うじてそれを短剣で受け止める。

 上からの攻撃で重みもあり、白猫が段々とその刀を男の頭へと近付けていく。

 その結果に男は更に怒りのボルテージを上げていく。

 

 

 「渋てぇ野郎が…!」

 

 「余所見」

 

 「っ…うおぉっ!?」

 

 

 男が言葉を発した瞬間、少女は彼の支えになっている足元を蹴り上げる。

 男は驚愕を隠せないまま、為す術無くその体勢を崩していく。少女はそれを見逃さず、その腹部に両足で蹴りを叩き込んだ。

 男はそのまま飛ばされ、地面を削るように転がった。

 男は起き上がろうと体を上げるも、その瞳は驚愕と困惑により揺れていた。

 

 

(何だ…何が起きてる…!?)

 

 

 だが、男は確かにこの違和感に気付いていた。

 彼女の立ち上がってからの戦い方。この戦闘法、このコンボ。

 何から何まで。

 

 明らかに先程自分が白猫に浴びせた連撃だった。

 

 

 「う、そ…だろ…!?」

 

 

 最初から、今の攻撃の全て、彼の動きに寸分の狂い無く合わせて来たのだ。

 多少筋力値によって実現出来ない所も、両足を使う事で補い、スプリガンの男の戦い方を再現していたのだ。

 男は驚愕と困惑が合わさり、対応出来ずにダメージを受け続け、気が付けばHPも後僅か。

 だが、そんな事すら気にならない程に、そのショックは大きかった。

 

 

(た、たった一度、見せただけで…ここまでだと…!?)

 

 

 その男の焦りも最もだ。

 人間、一度見たものを全て暗記する事など不可能に近い。ましてや、それを実現するとなると、記憶力だけじゃどうにもならない。

 必ず、身体的な能力も必要となるのだ。

 だというのに、彼女は。

 たった一度、彼の動きを見ただけで。

 

 

 《白猫》、逢沢巧は、もう二度と後悔しないような生き方を望む。決して、間違えたくない。過ちを犯したくない。

 だからこそ、今度こそ、その目でちゃんと見るのだ。

 色んな事を見て、知って、決して忘れない。

 何も見えていなかったからこそ、何もかもを見たいと思った彼女だけの戦い方。

 これが彼女の切り札。

 ケットシー領内でも知ってるプレイヤーは少ない彼女の戦闘法で、プレイヤーのハイレベルな戦闘技術を一瞬でものにする、言わば彼女のユニークスキル。

 ケットシー内で、彼女のその技は、渾名にちなんでこう呼ばれている。

 

 

『コピーキャット』と。

 

 

 

 

(嘘だ…この俺が…俺が負ける訳ねぇ…!)

 

 

 「っ…!」

 

 

 我に返ると、その白い猫はすぐ傍まで迫っていた。

 男は焦って咄嗟に立ち上がるが、ふと考える。

 そして、何かを思い付いたかのような顔をすると、その口元が弧を描いた。

 スプリガンは短剣を構えて白猫を迎え撃つ。

 白猫の動きに、困惑したような表情を浮かべながら。

 そして、白猫が、先程男がしたように、刀を宙に放り投げた。

 

 

 「っ…!……なぁんてなぁ!」

 

 

 一瞬、その上空に舞う刀に視線を移したかのように見せ、その視線は白猫を捉えて離さない。

 あの技は、相手が脅威となる武器を放り投げられて困惑した隙を狙う技。武器に視線が行かなければ、何の意味も無い。

 そのまま刀に目もくれず、少女に突進していく。

 

 

 「これで終わりだ白猫ォ!死ねぇ!」

 

 

 男は短剣を、白猫の腹へと向かって伸ばした。

 これで終わりだと。俺が最強だと。

 だが、白猫の表情は冷静だった。

 

 

 

 

 「悪いけど、それはこっちのセリフだよ」

 

 

 

 

 白猫は上空へと飛び上がり、その男の一撃を躱した。

 驚くスプリガンは、そのまま体勢を崩して倒れ込んだ。

 急いで立て直すも、もう遅い。

 空中で刀を掴んだ白猫は、こちらを見上げて目を見開くスプリガン目掛けて、その刀を一気に振り下ろした。

 

 

 

 

 「がああぁぁあああぁあぁあぁぁぁあああ!!!?」

 

 

 

 そのHPは、みるみる内にゼロになり、その体が炎へと変わっていく。

 その姿を、白猫は冷めた目で見つめていた。

 彼らは討伐隊ですら敵わなかったプレイヤーの筈だったのだ。

 だが、そんなプレイヤー達も彼女の前では無力に等しかった。常に見て、把握して、隙を突く。

 小柄で非力な少女だからと侮った結果でもあったし、始めからの実力差でもあった。

 彼らは再び初心者狩りをするかもしれないが、この情報が周りに知れ渡れば、多少対策の目処は立つかもしれない。

 彼らは一度、負けてしまったのだ。それも、たった1人のプレイヤーに。

 それだけで彼らの強者としてのイメージは崩れ去る。今後は、彼らの行いを規制しようとするプレイヤーも増える事だろう。

 

 

 「…クッソが…ああぁぁああ!」

 

 「っ…」

 

 

 炎へと成りゆくその最中、スプリガンの男は白猫をただただ睨み付けていた。

 彼の目的、今まで初心者狩りをしていた理由は分からない。何か、大事な理由があったのかもしれない。

 

 でも、知ろうとは思わない。

 

 

 男は最後の捨て台詞かのように、彼女に向かって吐き捨てる。

 

 

 「…へっ…たかがゲームで…こんなマジになるなんてよ…現実じゃあ何も出来ないガキの癖によ…!」

 

 

 それは、彼の精一杯の負け惜しみだった。

 だけど、彼女は全く表情を変えない。彼の負け惜しみを、彼の捨て台詞を何とも思わない。

 だって、私はずっと待っているから。

 たかがゲームを、真剣に生き抜いている人を、いつまでも待っているから。

 都合が良い事は分かっている。

 だけど、それでも私は待ち続けるんだ。

 

 

 だって、桐杜は今もまだ、ゲームに命をかけている。

 だから────

 

 

 

 

 

 

 

 「…充分」

 

 

 

 

 完全に残り火になった彼を見下ろし、その白い猫はこう告げた。

 

 

 たかがゲーム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私が命をかけるのに、それ以上の理由は必要無い」

 

 

 

 

 




プロフィール更新

名前 : 逢沢 巧 (あいざわ たくみ)

種族 : ケットシー

アキトの形式上妹に当たる同年代の少女。
アバター名は《ユキ》。彼女が昔飼っていた猫の名前からつけた名前である。
アバターは、その何もかもが白い事から《白猫》と呼ばれている。
主な使用武器は刀。相手の力を利用する戦い方、カウンターなどを得意としている。


戦闘法 : 《コピーキャット》

『模倣する、真似をすること』という意味を持つ言葉、彼女のもう一つの戦い方。
相手の戦闘技術を一度見ただけで模倣し、相手を動揺させる事を目的とした戦闘法。
だが、思いの外その模倣技術がかなりのもので、使用すると殆どのプレイヤーが動揺どころか敗北してしまう程。
大抵の場合、主武装である刀で模倣するが、場合によっては武器をも変えて行う事が出来る。
但し、技の威力だけは模倣出来ないので、ダメージ量は自身の筋力値に依存する。
彼女のとあるトラウマによって生まれたものだが、模倣する技術に関しては元々持っていたものだと思われる。



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