ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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こちらは本編です!
読み飛ばしていただいた方々、どうぞ!


Ep.34 未知を旅する黒い猫

 

 

《ホロウ・エリア》セルベンディスの神殿前広場

 

 

その名の通り、転移石のすぐ近くには、大きな神殿が建てられている。

巨大な神殿の周りには、幾つもの巨大な樹木が連なり、とても幻想的な風景を作っていた。

周りには巨大な虫型のモンスターやスケルトン、蜂型のモンスターも蔓延っており、いかにも森を基調としたエリアとなっていた。

 

 

アキトはフィリアとの約束通り、《ホロウ・エリア》へと足を踏み入れていた。

今日から少しずつ、この場所を理解していこうという目的の為に。

本当はこんな所にいる時間が勿体無いと、そう思うかもしれないが、隠しエリアである事は紛れも無い事実。

ならば、きっとまだ見ぬスキルや装備、素材があってもおかしくはない。

少しでも攻略が楽になるならと、アキトはその希望にかけたのだ。

 

 

あれだけ未開の地は怖いと感じていたのに。けれど、クリアの為、誰かの為と思うと、それだけでやろうとする意志が芽生えた気がした。

それに、この場所にいれば、アークソフィアでの事を一時的に忘れられるから。

 

 

「……」

 

 

昨日の事は、自分が悪いと思っていた。

いつまでも終わってしまった過去を乗り越える事が出来ず、落ち込んでいるように周りからは見えたのだろうか。

仲直りしたと思ったら。誰かと分かり合えたと思ったら。また拗れる。

自分がどれほど弱い人間かを突き付けられる。

彼らは、どうだっただろうか。

シリカはキリトが死んでも、攻略組の力になろうと必死にレベルを上げている。リズベットは、自分に出来る事を模索し、攻略にまで手を伸ばした。

クラインやエギルは、悲しみで動けないような事はしてはいけないと、己を律している。

ユイは、キリトの死を受け入れ、悲しみに暮れて尚、それでもアスナの事を心配していた。

自分はそんなアスナに、偉そうな事を言っておいて、自分は何も変わっていなかった。

自分の事を、棚に上げていた。

 

過去の事を、皆が乗り越えようとしているのに、自分だけ────

 

 

(俺だけは───)

 

 

「…ねぇ、聞いてる?」

 

「っ…」

 

 

ふと顔を上げてみれば、フィリアが割と近くにいて、こちらを心配そうに見つめる。

アキトはバッと体を起こし、彼女から離れる。

そんなアキトの失礼な態度に構いもせず、フィリアはアキトに問いかけた。

 

 

「…何かあったの?」

 

「…別に、何もねぇよ」

 

 

フィリアのその言葉から逃げるように、アキトは彼女の前を進む。

まだ出会って間もない彼女にまで心配されるような顔をしていたと思うと情けなく感じてしまう。

アキトは己を戒め、その背の鞘から剣を抜いた。

すると、アキトの持つ剣に目がいった。

 

 

「…ねぇ、それって片手剣だよね?どうして今日は刀じゃないの?」

 

 

フィリアはアキトの持つ黒い剣、《エリュシデータ》を見てそう呟く。

初めて出会った時使っていたのは、何の変哲もない刀だった筈だ。

だが、この片手剣はかなりのステータスがあるように見える。

アキトは手元のエリュシデータに視線を落とすと、フィリアに向かってこう告げた。

 

 

「寧ろこっちがメインだ。この前は事情があって刀使ってたんだよ」

 

「ふーん…その剣、結構な業物だよね。何処で手に入れたの…?」

 

「…いや、これは貰い物────」

 

 

 

 

そこまで言うと、アキトの視界が曇る。ザザッ、とスノーノイズのようなものがかかって、前がよく見えない。

何が起こっているのか分からない。手で払っても消えてくれない。

やがて、その視界のスノーノイズから隙間が出来てうっすらとその景色が見えた。

脳裏に映し出されるは、見た事も無い光景。戦った事も無いモンスターの姿。

なんだ、これは。知らない記憶。知らない声が、聞こえる────

 

 

 

 

「…?」

 

「……50層ボスの……ラストアタック、ボーナス……」

 

「クォーターポイントの?それからずっと使えてるって事は、それが魔剣とかいう武器なんだ…」

 

 

フィリアはその事実に目を丸くしながら、関心したようにエリュシデータを見つめていた。

だがアキトは、そう答えた自分のおかしさに、動揺を隠せず、瞳が揺れていた。

心做しか呼吸が荒くなり、心臓が大きく動く。

 

 

(な……なんだ、これ……なんで……これ、は……)

 

 

その視界を覆う嵐は、段々と薄まっていく。その視界もゆっくりと広がっていく。

やがてその目の前には、現在自分が立っていた景色、《セルベンディスの神殿前広場》と呼ばれるエリアが広がっており、アキトは漸く視界が戻って来た事に、途轍もない安堵を覚えていた。

 

 

「……」

 

 

その瞳を軽く右手で抑える。もうノイズは感じない。

何もかもが、今まで通り。

けれど、不快感は拭い切れない。

 

 

「…ねぇ、大丈夫?あんた今日ちょっと変だよ?」

 

「っ…別に…大丈夫だって…」

 

 

アキトはその重い足を悟られぬよう、力強く地面を踏み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その神殿の中は想像より明るく、道は左右で対称になっていた。

二人は入口付近で立ち止まり、左右を交互に確認して進む。

その静かな空気にいたたまれなくなったのか、フィリアは口を開く。

 

 

「…これからどうするの?」

 

「特にこれといって決めてた事は無いな。お前は何か無いのかよ」

 

「…私?」

 

 

アキトはこのエリアの用途や、マッピングを目的としている為、特に明確な目的があって行動している訳では無かった。

フィリアが何かあるのなら、それに合わせてもいいと思っていた。

彼女は考え込むようにして俯くが、やがてアキトは気になっていた事を口に出した。

 

 

「お前アインクラッドに一度でも戻ったのか?」

 

 

アキトのその言葉に、フィリアは一瞬だけ固まる。

本来オレンジプレイヤーは《圏内》に立ち入ると、プレイヤーでは凡そ討伐は不可能と言われる程に強いNPCガーディアンに大挙して襲われるため、事実上《圏内》へ立ち入ることが出来ない。

転移門は《圏内》にのみ設置されているため、オレンジプレイヤーが層を移動する方法は限られている。

転移結晶で圏外の安全地帯、《圏外村》を指定したり、攻略済の迷宮区タワーを歩く事で街へと入ったり、極めて高価な回廊結晶を使用するなどの方法でのみ街へ入る事が出来るのだ。

現在フィリアは《圏内》である《ホロウ・エリア管理区》には入れる為、圏内から圏内へと転移すれば、アインクラッドに戻れる可能性は高いのだ。

そうすればあちらでカーソルの色を元に戻す為の、カルマ回復クエストを受注する事が出来る。

 

だが、アキトはフィリアと出会って暫く経つが、フィリアのカーソルは依然としてオレンジのまま。

カルマ回復どころか、アインクラッドにすら戻っていないのではないか。

フィリアは目を逸らしながら、小さく口を開いた。

 

 

「別に……戻ってないわ」

 

「……あっそ」

 

 

アキトはそんなフィリアに若干の心配を抱きつつ、視線を前へと戻した。

フィリアは軽く返事するアキトに拍子抜けしたのか、目を丸くしてその背を見つめた。

 

 

「……それだけ?」

 

「あ?それだけだっつの。別に一々理由聞こうだなんて思わないし、興味無い。オレンジカーソルを気にしてる、とかならまあ仕方無ぇしな。この場所にカルマ回復クエストがあるか分かんねぇし」

 

「まあ……カーソルは確かに気になるかもしれないわね」

 

「……仲間、とか…いんのか?連絡、とか…」

 

 

興味無いと言いつつも、アキトはフィリアの方へと再び目線を配る。

仲間の大切さを誰よりも知っているからこそ、心配させるべきじゃないと、そう思うから。

フィリアはアキトの言葉に一瞬だけ驚いたような顔を向けるが、すぐにフッと力を抜いた。

 

 

「……大丈夫よ。トレジャーハントで何日も篭って連絡を取らない事だってよくあるし、そんなに心配される事なんてない」

 

「そうかよ」

 

 

だがずっと《ホロウ・エリア》にいる訳にもいかないだろう。

フィリアは今現在ソロでこのエリアを生き抜いている訳だし、体力的にも精神的にも疲労はある筈だ。

もしかしたらこのエリアにも、カルマ回復クエストがあるかもしれない。

 

 

(一応、攻略しながら探してみようかな)

 

 

アキトはそう思いつつ、ポケットに手を突っ込んだ。

だが、アキトは何かを思い出したのか、歩みを止めて後ろを向いた。

 

 

「……んで?お前、何か目的あんのかよ。聞きそびれたわ」

 

「あ、そうだった。えっと…これ」

 

 

フィリアも思い出したかのようにハッとした後、自身の腰に収めていた黒い短剣を引き抜き、アキトの目の前に差し出して見せた。

アキトはフィリアの顔を一度見た後、その黒い短剣に目を通す。

 

 

「……ああ、耐久値か」

 

「ううん、なるべく戦闘は避けてきたから装備の耐久値には、別に問題は無いんだけど…武器の強化はしたいかな」

 

「…強化、ね」

 

「この前、樹海エリアをまわっていた時に、強化素材になりそうな鉱石を見つけたのよ。ほら、一つ持ってるんだけど」

 

 

フィリアはウィンドウを操作すると、その手に一つの鉱石を可視化させた。

アキトの方へと手を伸ばし、その鉱石を近付ける。

アキトはその鉱石を見るが、それが見た事の無いものだという事はすぐに理解した。

名前は《鈴音鉱石》。

79層まで来て全くの見知らぬ鉱石というのも珍しいが、もしかしたら《ホロウ・エリア》限定の代物かもしれない。

 

 

「今のままの攻撃力だとここの敵相手にはちょっと心細いから、これで武器を強化したいんだ」

 

「…なるほどな。けど、一個じゃ足んねぇだろ。何処で手に入んだよそれ」

 

「丁度この辺り」

 

 

この《ホロウ・エリア》にいるモンスターは比較的レベルが高い。プレイヤーのスキルも当然の事だが、充実した装備も必要になってくる。

フィリアの申し出は最もだし、今後行動を共にするなら相方のステータスは高い方がいい。

やる事は決まった。丁度ここで素材が手に入るようだし、マッピングも兼ねて攻略してしまおう。

 

 

「…了解。んじゃ、行くか」

 

「…手伝ってくれるの?」

 

 

フィリアのその一言で、アキトの体が強ばった。

いつの間にか協力する流れになっていた事に気付き、アキトは頭を抱える。

どんなに憎まれる存在になろうとも、根底にあるものは変わってくれない。

アキトはフィリアを睨むように見据えるが、やがて前を向き歩き出した。

 

 

「マッピングもあるんだ、付き合ってやる」

 

「…ありがと」

 

 

素直には言えない、このもどかしさ。けれどアキトはそのやり方を変えられない。

フィリアは不思議そうに見つめながら、アキトのその背を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

《ホロウ・エリア》

 

 

アキトが突然転移した、正体不明の秘匿エリア。

何もかもが新しく、自分を中心に未知が広がっている。アキトは今、その未知の空間にいるのだと実感させられる。

それが、どれほど恐ろしい事か。

知らないという事こそ、恐ろしいものは無い。情報が曖昧だと失敗する可能性の方が大きいからだ。

そうでなくとも、自分は何度も失敗しているのに。

 

 

神殿を出ると、再び樹海が続いており、植物系モンスターが多めの場所となっていた。

階層ではなく平面構造だけに、やはりどこまでも大地が広がっている。その度に実感するのだ。同じように、未知もまた広がっているのだと。

アキトはフィリアの案内に従いつつ、目的地までの道を進んでいく。

途中、いくつかの食材アイテムを手にしつつ、やって来たのは、苔で覆われたダンジョンだった。

 

 

「ここが目的地よ」

 

「……見た目的には入りたくない場所だな」

 

 

入口付近の石碑には、このダンジョンの名前が表記されていた。

《遺棄された武具実験場》。なんとも、見た目通りの名前である。

中にゆっくりと入っていくと、薄暗い中小さな光が灯り、それでいて明るく、戦いやすい雰囲気が出ていた。

 

 

「…まあ、適当に倒していくか」

 

「ええ」

 

 

アキトは鞘からエリュシデータを引き抜く。そして、その重みを実感する。

これを抜く度に、差を感じるのだ。自分はまだ、アイツの足元にも及ばないのではないかと。

 

 

「…いた」

 

 

フィリアの声でアキトは意識を引き戻し、フィリアに続いて壁から広場を眺める。

そこには騎士型のモンスター2体、スライム4体、ゴーレム1体といった種類豊富なモンスターが何体も蔓延っており、倒すのに手間がかかりそうだった。

 

 

「どいつからでも落ちんのか?確率は?」

 

「そんなに低くない。あそこにいる奴ら倒し切れば、それで終わるかもしれない…し、終わらないかもしれない」

 

「どっちだよ」

 

 

フィリアの曖昧な発言に肩を落としつつ、アキトは彼女よりも前に出る。

その剣を強く握り締め、モンスターの群れを見つめた。

 

 

「……」

 

「ちょ、ちょっとあんた、何する気?」

 

「…お前はここで見てろ」

 

「……え?」

 

 

どうしてだろう。今、この瞬間、目の前のモンスター全てを自分一人で倒したい。

何もかもを守れる力、一人で全てを手に入れる力を欲したいが為。

キリトなら一人で、倒せるであろう敵の群れ。

 

 

「────っ!」

 

 

アキトはその場所から一気に目の前に溜まるスライムの群れに向かって、エリュシデータを横に薙ぐ。

 

片手剣単発範囲技<ホリゾンタル>

 

エリュシデータは魔剣クラス。アキトの筋力値と相成って、目の前の黒いスライムは一気に死滅した。

その速度、この威力、ここに来るまでのそれとは明らかにランクが違う。

フィリアは驚愕を隠せず、その瞳を見開いた。

 

 

(何…今の…、今までと全然……!?)

 

 

彼女が困惑を見せる中、その戦いは続く。

アキトの乱入に気が付いた騎士型2体が一斉に迫る。

1体が剣を振り上げた瞬間に、アキトは右手を振り抜いた。

 

コネクト・体術上位スキル<エンブレイザー>

 

黄色く燃えるようなエフェクトを纏わせ、騎士型の腹部を正確に撃ち抜いた。

騎士型は吹き飛び、ゴーレムへと激突していった。

瞬間、2体目の騎士型が剣を振り抜く。アキトはその攻撃を、ソードスキルで弾き、そのまま攻撃へと移行する。

 

コネクト・片手剣四連撃技<バーチカル・スクエア>

 

煌びやかな剣戟が、騎士型の体に吸い込まれていく。HPは既にゼロ。その威力、最早オーバーキルもいい所だった。

アキトは気を緩めず、離れた場所にいるゴーレムと騎士型1体ずつを見据え、そのまま走り出す。

騎士型の攻撃を避け、背中から斬る。ゴーレムの突進を紙一重で躱し、その胸元を蹴り上げた。

 

 

(まだ、まだ上がる…!まだ速くなる…!)

 

 

自分は、近付けているだろうか。憧れの英雄に、なりたいと願う自分に。

誰かを守れる力、全てを手にする力を。

その黒き剣は英雄のもの。俺が目指す、親友の形見。

英雄の、剣。

 

その剣は絶望を斬り裂き

その剣は暗闇を照らし

その剣は意志を纏い

 

そして、その剣は加速する────

 

 

なりたい自分に、誇れる自分に。

果たしたい『約束』の為に。

 

 

「せああぁぁああっ!」

 

 

片手剣四連撃技<サベージ・フルクラム>

 

横に斬り払い、下から斬り上げ、そして今度は上から叩きつける。

騎士型は呻き声を上げながら、光の破片となり飛び散った。

 

 

「っ…、ぐっ…!」

 

 

その隙を突くかのように、ゴーレムの腕が腹に刺さる。

アキトは苦痛の表情を浮かべるも、そのまま拳でゴーレムの腕を叩き落とし、その剣を突き立てる。

 

片手剣単発突進技<ヴォーパル・ストライク>

 

その攻撃が、ゴーレムの体に一閃。

斬属性に耐性があるゴーレムも、その威力に耐えられはしなかった。

体を光が覆い、やがてポリゴン片となり飛び散った。

 

 

「……」

 

 

その広場からモンスターが消え去り、アキトはポツンとその場に立ち尽くした。

倒し切ったのに、心は晴れない。

きっと、キリトだったらもっと速く殲滅出来たのにと、比べて自分の未熟さを痛感しただけだった。

 

 

「……ねぇ、何で一人で……」

 

 

壁から姿を現したフィリアは、そんなアキトを見つめる。

アキトはフィリアの方を振り向いた後、悲しげな表情で笑みを作った。

 

 

「…少し、確認したい事があってな。…結果は散々だったけど」

 

 

アキトはエリュシデータを鞘に収め、ドロップした《鈴音鉱石》をフィリアに放り投げる。

フィリアは慌ててそれを受け取るも、お礼を言う前にアキトは進んでいってしまった。

彼は何を確認したくて、一人でモンスターを蹴散らしていたんだろうか。

フィリアに、それは理解出来る筈も無い。

 

 

でも、それでも。

彼が一心不乱で戦う姿が目に焼き付いて離れない。

 

 

彼はモンスターを斬り伏せながら───

 

 

 

 

必死に、何かを探しているようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── Link 40% ──

 





ちょっと手抜き感あるなぁ…
後で修正するかもです。

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