ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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そういえば、活動報告を使った事が無かったので、試験運用という事で投稿しました。
読まなくても全然問題無いので気にしないで下さい。

それではどうぞ。


Ep.37 教会の主

 

 

 

 《ホロウ・エリア》セルベンディスの樹海エリア

 

 そこは、二人の始まりの場所。

 アキトがフィリアと初めて出会ったエリアであり、そのマップには森が広がっている。フィリアに頼まれた強敵がいる場所は、そこから更に深い場所へと続く道の先にあった。

 瘴気漂うといった墓地マップの更に先、そこはおあつらえ向きに教会が建てられていた。

 

 アキトとフィリアは現在そこに立っており、その教会を見上げていた。

 フィリアはふと、アキトの事を見て口を開いた。

 

 

 「…アキト、ここに着くまで殆どのモンスターをソードスキルで一撃だったけど…ステータスどんな風に振ってるの?」

 

 「見りゃ分かるだろ。筋力値と敏捷に極振りだっつの」

 

 「う…うわぁ…」

 

 

 アキトの軽い発言に、フィリアは若干引き気味だった。ここに来るまで色んな種類のモンスターが蔓延っており、スケルトンや、ゴースト系、スライムや蜂系、ボアなど。だがアキトの剣はその殆どを一撃で葬ったのだ。

 この《ホロウ・エリア》未知のエリアではあるが、高難易度のものである事はすぐに察しが付いたアキトとフィリア。理由は、存在するモンスターの平均レベルの高さにあった。

 どれもが殆どアキトとフィリアよりも高いレベルを有しており、一般のプレイヤーなら倒すのに多少の時間が必要だろう。

 だがアキトはその殆どをソードスキル一振りで沈めてしまう。レベルが下であるアキトにそんな芸当が出来る理由など、自ずと見えてくるものなのだ。

 

 

 「…けど、やっぱりアキトが来てくれて助かったよ」

 

 「礼なんか要らねぇよ。マッピングも兼ねてるし、一度調査すると決めたからな。まだお前の言う強敵とやらも倒して無いし」

 

 

 どれだけ未知が怖くても、やると決めた以上はやり遂げたい。

 あの時からの、アキトの信条だった。後悔しない道を進む為に、これだと決めたらもう迷いたくない。

 

 

 「…それに、『イイもん』が手に入ったからな」

 

 「…?」

 

 

 アキトの言葉に理解が及ばず、フィリアは首を傾げる。見つめた先にいるアキトは、自身のアイテムウィンドウを見てフッと顔を柔らかいものにしていた。

 

 

 

 

 その教会の名は、《二人が邂逅した教会》

 

 その中は静かだったが、すぐに気を引き締める。

 入口を抜けてすぐに、何体ものスケルトンモンスターが歩き回っており、剣やメイスを持ってこちらを見つめていたのだ。

 アキトはエリュシデータを引き抜き、一気にモンスターに詰め寄る。

 内の一体は、それに反応して持っていた盾を構えていた。

 

 

 「───っ」

 

 

 アキトは盾を構えるスケルトンの目の前で急ブレーキを掛けたかと思うと、すぐにそのモンスターの側面に飛んだ。

 モンスターがこちらに反応した時には既に、アキトの剣が黄色く輝いていた。

 

 片手剣単発技<ヴァーチカル>

 

 上段から放たれたその一閃が、スケルトンの頭から真っ二つに切断されていく。筋力値極振りのステータスの恩恵が顕著に現れており、そのモンスターは一撃で塵と化した。

 その隙を狙うように3体が同時にその武器を振り上げて近付いて来る。

 アキトはその3体の気配を背中で感じると、一気にその足を上げて横に薙いだ。

 

 コネクト・体術スキル<アーク・デトネイター>

 

 弧を、円を描くように回し蹴りが決まり、まるで爆発したかのような衝撃で飛んでいくモンスター達。

 3体が同時に破片になったいく様を見て、アキトは少しだけ自信が付いた。

 

 

 フィリアはメイスを持つスケルトンとの距離を一気に詰め寄り、半ば鍔迫り合い状態だった。そのフィリアの後ろから、剣を持ったスケルトンが突き刺そうと剣横に構えて走ってくる。

 フィリアはそれを確認すると、競っていたスケルトンから少しだけ離れ、その場でソードスキルを発動する。

 

 短剣高命中範囲技二連撃<ラウンド・アクセル>

 

 青白く光る短剣が、前と後ろから迫るモンスターを仕留めていく。モンスターがその攻撃の痛みからか奇声を発しながら光の粒子となっていく。

 フィリアはそれを確認した後、短剣へと視線を落とした。

 アキトに強化を頼んだお陰で、以前よりもモンスターに入るダメージ量が多い。

 フィリアは嬉しかったのか、その短剣の持ち手をギュッと握った。

 

 アキトがエリュシデータを鞘に収め、フィリアの方へと近付く。それに気付いたフィリアは、アキトに向かって笑みを見せた。

 

 

 「アキト。武器の強化…ありがとね」

 

 「あ?礼なら昨日言ってもらった。何度も言うな」

 

 「そうだけど…ちゃんと言ってなかったなって」

 

 「感謝の言葉なんて、言えば言う程、その有り難みが薄れるもんだろ」

 

 「…アキトって、そういう事言う人なんだ…」

 

 

 フィリアがジト目で見つめるも、アキトはフィリアの横を通り過ぎ、その道の先を歩いて行く。

 フィリアはそれに付いて行きつつ、隠し扉の場所を思い出していた。だがそれもすぐに済む。

 彼女は広々とした空間に出てすぐに、アキトよりも前に出て走り出し、何も無いただの壁に直立していた。アキトはそれに付いて行き、フィリアの後ろまで来ると、それを確認したフィリアが口を開く。

 

 

 「着いたわ」

 

 「…ここか。見れば見る程ただの壁だな」

 

 

 周りの壁と何ら変わらない。高難易度エリアともなると、隠し扉のクオリティも高くなるのかもしれない。

 だが、アキトはそんな事を考えつつも、頭から離れない事象があった。

 何を隠そう、目の前にある、『隠し扉がある壁』である。

 

 

 「扉が隠されているわ。仕掛けを解けば先に進めるの」

 

 「っ……」

 

 

 フィリアが壁に触れて、その仕掛けを解除していく。アキトはそんな彼女の背中を見て、自身の背筋が凍るのを感じる。

 瞳が揺れる。体が震える。初めてみる光景なのに、何故か見た事がある気がして。

 何か、何かが重なって。何かが見えた気がして。

 

 

 今ならまだ、間に合う。

 今ならまだ、引き返せる。

 今度こそ、自分はその手を、その足を緩めない。だから。

 

 

 

 

 やめろ。

 やめて。

 行かないで。

 

 

 一人にしないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、開いた……っ!……アキト?」

 

 「っ……」

 

 

 気が付いたら、アキトのその手はフィリアの手首をしっかりと掴んでいた。フィリアはいきなりの事で訳が分からず、いきなり表示されたハラスメント警告のメッセージに目を丸くする。

 だが次の瞬間、アキトのその震えが掴まれた手首を通してフィリアに伝わっていく。それに気付いたフィリアは、何かに怯えたようなアキトの表情を見て困惑していた。

 アキトは慌ててフィリアからその手を離した。

 

 

 「っ……悪い」

 

 「…ねぇ、大丈夫?今日は、やめとこうか?」

 

 

 アキトに掴まれていたを擦りながら、フィリアはアキトの顔色を伺う。その表情を見て、アキトが心配になってしまったのだ。

 あんなに強くて、高圧的な態度の彼が、見た事も無い表情をしている。

 それだけで、こんなに不安が募るなんて。

 

 

 「……大丈夫。行こう」

 

 「え…でも」

 

 「平気だよ。ゴメン、心配かけて」

 

 「っ…?」

 

 

 アキトから、聞いた事も無い柔らかい物言いに、フィリアは困惑の色を隠せない。

 取り繕ったような笑みを見せて、開いた隠し扉の向こうへと足を踏み入れて行く彼を見て、フィリアは混乱していった。

 あんなアキトを、自分は見た事が無くて。どうしたらいいのか、分からなくて。

 何が、どうなっているのか。

 

 ねぇ、誰が?どれが?どれが本当のアキトなの?

 

 そう聞いてしまいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その扉の先を、アキトとフィリアは歩いて行く。

 教会の中は思ったよりは明るくなっており、見易くて戦いやすい環境下になっていた。

 フィリアは未だにアキトの背中を心配そうに見つめるが、アキトの表情は普段のものに戻っていた。

 

 アキトはいつでも戦えるように、エリュシデータを鞘から引き抜く。

 その重みを実感しつつ、アキトは先程の事を思い出していた。

 あの時、何かに怯え、フィリアの腕を掴んでしまった事を。

 何故かは分からない。だけど、あの光景を、フィリアが隠し扉を開けた瞬間の光景を、何故か見た事があった気がして。

 止めなきゃ、いけない気がして。

 開けたら、最後の気がしたのだ。

 

 

 「…さっきは、悪かったな」

 

 「え…?」

 

 「急に…取り乱したりしてよ」

 

 「…さっき謝って貰ったけど」

 

 

 フィリアが言っているのは、アキトが震えていた段階での謝罪の事だった。

 だがあの時のアキトは安定した思考では無かったし、その謝罪も無意識に行っていたものだ。

 ちゃんと謝った訳じゃない。

 

 

 「いや、あん時は…」

 

 「私、謝罪って、謝れば謝る程その価値が下がるような気がするのよ」

 

 

 フィリアのその言葉に、アキトは目を丸くする。

 それを見たフィリアは、してやったり、のような表情をしていた。アキトは自分が言った事のブーメランを盛大に受けた事を知り、フッと笑みを零した。

 

 

 「…そうかよ、なら、今後は謝らない事にするわ」

 

 「いや、謝るべき時には謝って欲しいけど…」

 

 

 そんなアキトを見て苦笑するフィリア。アキトはそんな彼女を見て、何故か俯いていた。

 ずっとこうして、自分は誰かに助けて貰っている。

 76層に来てからも、誰かに支えて貰って、助けて貰って、手を差し伸ばして貰って。今もこうして、フィリアに気を遣わせて。

 情けなくて、悔しかった。

 それを認める事が、認めてしまう事が。

 弱い自分は見せないと決めたのに、こうしてまた、自分に嘘を吐く。

 死という悲しい未来に行きつかないようにと焦って。過去の記憶に怯えて。

 自分の弱さを晒すなんて、醜く、滑稽で。とても悔しい。

 弱い自分が、何かを守ろうとした結果、結局は自分一人では何も出来ないという事が立証されるだけだった。

 自分自身で、自分が何も出来ないと認めてしまっただけだった。

 

 

 「…ねぇアキト」

 

 「……?」

 

 

 ふと声がする方向へと、アキトは視線を動かす。その先にいたフィリアは、真っ直ぐとアキトの事を見つめていた。

 瞳が微かに揺れ、何かを訴えているようで。

 

 

 「その…やっぱり、今日はやめとこっか…?」

 

 「……」

 

 

 その一言で、アキトは我に返る。

 目の前のこの少女を見ていると、オレンジカーソルとは何だったのかと、本気で忘れてしまいそうになる。

 そうだった。決めた筈だった。元々自分は何も出来ない奴だったではないか。

 だからこそ、強くなろうと決めたのだった。誰かをこんな風に、心配させる事の無いくらいに。

 アキトはフッと笑みを零した後、フィリアを見て嘲笑うかのような表情を見せた。

 

 

 「何でだよ?まさか怖くなったのかよ、情けなっ」

 

 「な…!?そ、そんな事無いっ。寧ろアンタが…!」

 

 「別に怯えてねぇから。お前が言ったんだろ、俺が協力すれば大丈夫だって」

 

 「い…言ったけど…」

 

 「ほら、さっさと行くぞ」

 

 

 アキトの急な変わりように、困惑するフィリア。アキトはお構い無しにスタスタと前を歩いて行き、フィリアは慌ててその背を追った。

 

 

 「っ…アイツか」

 

 「え…あ…!」

 

 

 しかしすぐにその足は止まる。そこはとても広々とした空間で、まるでちょっとしたボス戦場のようだ。

 アキトとフィリアはその広場の中心点に佇むモンスターを睨み付ける。

 まるで煉瓦を敷き詰めたような巨体が、こちらを見下ろしている。上半身が下半身の倍程の幅で、その付け根は赤い球体で支えられており、体からは青いオーラが立ち込めていた。

 その一つ目も赤く輝いており、アキトとフィリアをロックオンしているようだった。

 

 

 NM : <Sanctuary>

 

 

 HPバーが表示され、ボスは雄叫びを上げる。

 アキトはエリュシデータを引き抜き、フィリアもその短剣を素早く抜き取る。

 

 

 「…気を引き締めて行こうね」

 

 「戦闘で緩める訳ねぇだろうが」

 

 

 アキトはそんな軽口を叩きながら、その口元に弧を描いていた。

 

 ボスは一気にこちらに迫って来る。アキトとフィリアは左右に散らばり、そのボスの側面へと走る。

 先にボスのターゲットになったのはアキト。ボスはアキトに向かって、その拳を叩き落とす。

 アキトはその攻撃を後方へのステップで躱し、その瞬間エリュシデータを光らせる。

 地面へと突き刺さったボスの腕目掛けて、白銀に輝くその剣技をお見舞いしていく。

 

 片手剣四連撃技<ホリゾンタル・スクエア>

 

 その攻撃地点を中心に、白い四角のライトエフェクトが発動し、ボスのHPが減る。

 ゴーレム系という事もあり、ダメージは少量。だが、フロアボスのような耐久もHPも無い。絶対に倒せない程では無かった。

 もう片方のボスの腕がアキトに迫る。アキトは咄嗟に剣を引き寄せ防御体勢を取るが、そのボスの力が強く、後方へと飛ばされた。

 防御していた為、ダメージは少ないが、威力の大きさは伺えた。受けたらひとたまりも無い。

 

 

 「っ…!」

 

 

 アキトを狙うボスの背後に、フィリアがソードスキルを突き立てる。

 金色に輝く短剣が、ボスの後ろ足を斬り付けていく。

 

 短剣高命中重攻撃五連撃技<インフィニット>

 

 八の字を描くように刻まれたその攻撃に、サンクチュアリは思わず蹌踉めく。

 その仰け反った胸元に向かって、アキトは盛大に飛び上がる。

 

 片手剣突進技<ヴォーパル・ストライク>

 

 エリュシデータが赤く煌めき、勢い良くその胸元に突き刺さった。血のようなライトエフェクトが、ボスにダメージを与えた感触、手応えを感じさせてくれる。

 ボスは再び雄叫びを上げ、アキトを振り払おうと体を回転させた。

 

 

 「ぐっ…!」

 

 

 アキトは回転する腕に直撃し、左半身から強い衝撃を受ける。咄嗟に腕でガードしたが、その防御力はあって無いようなものだった。HPは一気に削り取られ、アキトはかなりの距離を飛ばされるが、すぐに体勢を立て直す。

 こちらを見つめるボスのタゲを、フィリアが取ろうとソードスキルを放っているのが見えた。

 アキトはすぐさまポーションを飲み干し、ボスに向かって走る。

 

 フィリアに向かってその腕を振り回すボスの足元を、ソードスキルで斬り飛ばすかのように薙ぐ。

 

 片手剣単発技<ホリゾンタル>

 

 白銀に輝く一閃が、ボスの足に決まる。フィリアはボスの動きが止まるその瞬間後方へと離脱する。

 ボスはこのヒット&アウェイの戦法に痺れを切らしたのか、再び咆哮し、アキトに向かってその両腕を叩き落とした。

 アキトは咄嗟にエリュシデータを横に持ち防御姿勢を取るが、その両腕の重みのせいで耐えられそうになかった。

 

 

 「ぐっ…!」

 

 「アキト!」

 

 

 フィリアは動けないアキトを見て目を見開いたかと思うと、急いでボスの後方へと走る。

 その短剣を光らせ、その背中に向かって飛び上がった。

 

 短剣高命中三連撃技<トライ・ピアース>

 

 突き刺すような三連撃が、ボスの背中に直撃する。ボスはその背中からの攻撃に前のめりになりつつ、その瞳をフィリアに向けた。

 

 

 「っ!」

 

 

 その瞬間、アキトは自身の上に落とされていたボスの両腕を地面へと受け流し、その腕に飛び乗った。

 アキトはそのまま腕を地に一気に駆け上がり、ボスの頭上に飛び上がった。

 ボスがそれに気付いてフィリアから視線を外すも、もう遅い。

 

 片手剣単発技<スラント>

 

 その黄色い閃光が、ボスの瞳に直撃する。ボスは視界を遮られた事により、声を上げながらも動けない。

 アキトは、今度は右の手を輝かせ、ボスに向けて突き付ける。

 

 コネクト・体術スキル<エンブレイザー>

 

 空中で動けないでいた筈のアキトは、そのスキルの突進力で仰け反ったボスの顔元に再び接近し、その拳は再びボスの赤い瞳に直撃した。

 

 

 「凄い…」

 

 

 フィリアはそんなアキトを見て思わず感嘆していた。自身の攻撃が疎かになる程に、その攻撃は脱帽の一言だった。

 そして、そんなアキトを見て、フィリアは目を見開いた。先程からずっと気になっていたのだ。

 

 

 いつまで。

 いつまで空中にいる───?

 

 

 だが、まだ終わらない。

 ボスが空中にいるアキトに向かって拳を振り上げた。未だ空中にいるアキトに、躱す余地は無い。

 だが次の瞬間、アキトは再びエリュシデータを赤く煌めかせ、その腕とは別の方向へと突き付けた。

 

 片手剣突進技<ヴォーパル・ストライク>

 

 空中でも発動出来るそのソードスキルは、その突進力によって空中を移動する。

 ボスの腕の攻撃は、見事に躱された。

 それを見たフィリアは、再びその瞳を驚愕の色で染めた。

 

 

 「嘘…」

 

 「っ!」

 

 

 コネクト・体術スキル<エンブレイザー>

 

<ヴォーパル・ストライク>で移動した場所から、再び<エンブレイザー>を発動し、ボスの顔まで一気に迫る。ボスの顔を思い切り殴り飛ばし、ボスは思わず倒れ込んだ。

 アキトは漸く地面へと着地して、そのボスを見据えていた。

 

 

 「…何…それ…」

 

 

 フィリアはその攻撃方法を見て唖然とするばかりだった。

 空中をソードスキルと体術スキルの突進力を使って移動し、ボスの弱点の一つであろう瞳を連撃する。

 空中戦と呼ぶには生温い、まるで空を飛んでいるような動き。

 《剣技連携》という、半ばユニークスキル染みた技術に合わせ、それを応用した空中戦闘。

 アキトというプレイヤーの強さが、根底にあるものが垣間見えた気がして。

 

 

 「次、来るぞ」

 

 「っ…分かってる…!」

 

 

 アキトの一言で我に返るフィリア。立ち上がったボスに向かって、アキトとフィリアの二人は勢い良く走り出した。

 

 

 その後のアキトも、その動きの一つ一つにムラが無く、ボスの攻撃をひらりと躱し、体に飛び乗ったりと、身軽の一言だった。

 フィリアは彼と連携を取る中で、そんな彼の身軽さと、黒い装備を見てこう思った。

 

 

 

 まるで、黒い猫みたいだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 ボスの討伐は、思ったよりも時間が掛かってしまった。

 何せ、斬属性の攻撃は、ゴーレムに致命傷を与えられないのだ。メイスが使えればまた違った結果になったかもしれない。

 アキトとフィリアはお互いに疲れたような顔をしており、ボスであった筈のポリゴン片を見上げていた。

 

 

 「…随分とまあ、メンドイ相手だったな」

 

 「…でも、アキトは凄かったよ。連戦でこれだけ戦えて、しかもあの空中での動き。流石攻略組!」

 

 「…何興奮してんだよ」

 

 

 普段見る事の無いフィリアの反応に、若干引き気味のアキト。

 フィリアはそんなのお構い無しに、アキトに羨望の眼差しを向けてくる。

 

 

 「…お前も全然戦えてただろ。攻略組にいてもいいくらいだ」

 

 

 アキトはフィリアから視線を外してそう答える。実際、フィリアの戦闘技術も大したものだ。

 常に間合いを考えた立ち振る舞い、短剣ならではの身軽な動きに加え、戦い方の種類も豊富。どんな作戦を組んでもついて来られるのではないかと、そう思えた。

 フィリアはアキトがそう言うと、やや顔を赤く染め、チラチラとアキトを見上げた。

 

 

 「ほ、褒めすぎだよ……褒めてもなんにも出て来ないよ?」

 

 「そうか、そりゃ残念だ」

 

 「な…何よ…こっちは褒められるの久しぶりだったのに…」

 

 

 フィリアが小声でボソボソと話す中、アキトは我関せずといったように周りをキョロキョロと見渡していた。

 すると、アキトの目に、赤い宝箱が見えた。

 急いでフィリアに報告しようとするも、フィリアも同じタイミングで気付いたようで、既に宝箱に向かって走り出していた。

 

 

 「アキト、ほら見て、宝箱があるよっ!」

 

 「分かってるよ…」

 

 

 走るフィリアとは対照的に、アキトはゆっくり歩きながら向かう。宝箱の前ではしゃぐフィリアを見ていると、初めて出会った時とのギャップを感じてしまう。

 初めて出会った時のフィリアは、常にこちらを警戒したような顔で。スカルリーパーの時に助けてくれた時も。

 

 

『あんた達のようなならず者に、借りなんて作らない!』

 

 

 などと言っていたのに。

 現在フィリアはとても高いテンションで。

 

 

『アキト、ほら見て、宝箱があるよっ!』

 

 

 とこちらに笑顔を振り撒いている。最初はとてもクールな印象だったが、やはり女の子だなと、そう感じた。

 これが彼女の素なんだろうかと、そう思うとどこか嬉しく感じる反面、どことなく切ない何かを感じた。

 アキトはフィリアの元へ辿り着くと、フィリアは宝箱の前でしゃがみ込み、何かを思案しているような顔で首を捻っていた。

 

 

 「見たところ、蓋に罠が仕掛けられてる」

 

 「ミミックの類って事か?それとも…」

 

 

 宝箱に罠と、その事実を理解した瞬間、何故か心臓の鼓動が高くなった。何故かは分からない。だけど、とても怖くて、とても寂しい感情に襲われた。

 だがフィリアはアキトのその質問に、首を横に振った。

 

 

 「それは大丈夫、れっきとした宝箱だよ。罠は大した事無い」

 

 「そ、そうか…」

 

 

 アキトは胸を撫で下ろす。それを聞いた瞬間、その心臓の鼓動が鳴り止み、恐怖といった感情が抜け落ちていくようだった。

 アキトはその事を頭から追いやり、話を逸らすべく、フィリアを見下ろして再び口を開いた。

 

 

 「罠は解除出来るのか?」

 

 「あー…それって私の腕を信用してないって事?」

 

 「信用も何も、その腕とやらを見せて貰った事が無いしな」

 

 

 アキトがフィリアを馬鹿にするような嘲笑を見せると、フィリアも負けじとムッとした表情を返した。

 

 

 「罠のレベルの種類なんて、私くらいになればすぐ分かるの。その為に、スキルに随分振ってるんだから」

 

 「…『私くらいになれば』ねぇ…」

 

 

 アキトはこれまでフィリアのように、宝箱を求める専門職のようなプレイヤーを見た事が無い。自称トレジャーハンターって時点で既に珍しいというのに。

 アキトは再びフィリアに向かって口を開こうとした瞬間、フィリアの前の宝箱の罠が解除される音が聞こえた。

 アキトは思わず目を見開いた。

 

 

 「開いた!」

 

 「え、早っ……あ」

 

 「…ふふーん」

 

 

 思わず声に出してしまったアキト。しまったと口を抑えるも、下でこちらを見上げているフィリアにはどうやら聞こえてしまったようで、彼女はこちらを見てドヤ顔を決めていた。アキトは思わず視線を逸らす。

 その様子に満足したのか、やがてフィリアは宝箱の蓋に手を掛けた。その顔はとても嬉しそうで、宝箱の中の物に思いを馳せ、胸を踊らせているようだった。

 

 

 「へっへっへ…さあ出ておいでお宝ちゃん」

 

 「お宝ちゃん(2回目)」

 

 

 アキトはフィリアのキャラ崩壊なんじゃないかと疑うレベルのテンションの違いに、言葉をリピートするだけだった。

『私くらいになれば』、お宝の性別も判断出来るのだろうか。その内『お宝くん』とか、『宝姉さん』とか出てくるかもしれない。

 何なら『宝大明神』とか現れて、フィリアが宝箱に向かって土下座する未来が想像出来る。

 そんなどうでもいい事を考えているアキトの目の前で、フィリアは宝箱を開けて中身をまさぐっていた。

 

 

 「武器かな、それとも、アクセサリーかな……じゃーん!」

 

 「アクセサリー……か。レアモノだな」

 

 「えへへ、やったね!」

 

 

 フィリアが取り出して広げたそれは、不思議な形をしたペンダントだった。

 名前は《虚光の燈る首飾り》。

 フィリアは満足そうに口元を緩め、高々とそのペンダントを持ち上げていた。

 やがてフィリアはその腕を下ろしてアクセサリーを見つめた後、その手をアキトに差し出した。

 

 

 「……はいコレ、あげる」

 

 「は?…あ、いやそれは…」

 

 「私は大丈夫だから……アキトが持ってて」

 

 

 戸惑うアキトを他所に、フィリアは儚げに笑う。

 アキトはそんなフィリアを見逃しはしなかった。

 

 

 「……なら、貰っておくけど…」

 

 「うん…あ、アキトはもうペンダント付けてるんだね」

 

 「……ああ」

 

 

 フィリアはアキトの首元に付けられているシンプルなデザインのペンダントに視線を移す。アキトはそれに気付いてか、目を逸らしていた。

 そのペンダントは、かなり下層で手に入るものと似ていて、フィリアは首を傾げた。

 

 

 「……大事なものなの?」

 

 「大事っていうか……なんか、手放せなくて、さ」

 

 「…そっか」

 

 

 フィリアは、アキトのその表情を見て、それしか言えなかった。踏み込んではいけない、そんな感じがしたのだ。

 アキトとフィリアはやがて、その場を後にした。もうこのエリアに用は無いと、そう言うように。

 

 アキトはフィリアに貰ったペンダントを手のひらに乗せて、ただ眺めていた。

 フィリアはそんな彼の横顔を、チラリと見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アキトのペンダントからは、鈴の音が聞こえた気がした。

 

 






黒猫に鈴の音がするペンダントって…黒猫に鈴て…飼い猫やんけ!

相も変わらず戦闘描写が苦手過ぎる…(白目)
今後も精進致します!

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