ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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『多作ネタあり』のタグがあるので皆さんお察しかも知れませんが、今作品は数多のアニメやら小説やらの影響を色濃く受けております。
『おや、この台詞聞いた事あるな…?』とか、『この展開なんか知ってる』みたいなのがこの先あるかもしれません。
キリトが居なくなったifストーリーではありますが、純粋なSAOという訳では無いかもしれません。
一応、私達がいる世界の、地続きの未来という世界観で書いていますので、アキト君が父親から教えて貰った『強くなる為のおまじない』もとい、アニメの主人公のセリフというのは、ちゃんと私達の世界で放送されているアニメとなります。
クロスでは無いので、ネタを知らなくても楽しめる作品にするつもりです。

ちゃんと説明してなかったので、この場を借りて説明させていただきます。
では、どうぞ!



Ep.44 黒猫&閃光 気持ちを新たに

 

<アークソフィア>の街並みは、朝早くという事もあって、人通りはそこまで激しくない。いつも誰かしらはいる筈の噴水広場も、人影一つありはしない。NPCの建てる店が、静かに鎮座するだけだった。

 無風状態のこの街が活気付くのは、もう少し日が昇ってから。草原が広がる公園も、木々は揺れる事無く聳えたち、見渡す限りの緑が続いていた。

 

 

 そんな76層の街を、一匹の黒い猫が道なりに進んでいた。

 

 

 特に変わった表情では無く、いつも通りの雰囲気を纏い、ゆっくりと眼前に続く道を歩いていた。

 商店街エリアを抜け、転移門に差し掛かる頃には、何人かプレイヤーを見る事が出来た。

 彼らは通り過ぎるその黒猫を視線で追いかけ、口を揃えてこう呟いた。

 

 

『黒の剣士』と。

 

 

 そんな言葉を耳にしても、特に反応する事は無い。そう呟く彼らを見たりする訳でも無く、そのまま転移門広場に辿り着く。

 自身の居る場所から真っ直ぐに階段を上れば、白い石碑にも似た門がそこにはあった。

 転移門へと近付くその足取りは、思ったより重くない。

 速度は遅い。だが、ちゃんと歩けているし、体調も問題無い。

 

 

「……」

 

 

 その黒猫──アキトは、転移門を見つめながら階段を上る最中、以前の自分を思い出していた。

 《ホロウ・エリア》での殺人を目の前にあれだけ取り乱すとは、自分自身でも驚きだった。

 その視界に映る光景に嗤う彼らへの憎悪は今もこの胸に残っている。

 意識する度にその心臓の鼓動が僅かに速くなる。

 

 人の死ぬ瞬間など、とても見たいとは思えない。この世界では、誰もが必死になって生きようとしているからこそ、そんな彼らの死ぬ間際の絶望した顔など、決して拝みたくない。

 この世界での死は現実に反映されるのだ。だからこそ、殺人は唾棄すべき『悪』だと認識出来る。

 

 生きたくても、生きられない人間がいる。それはこの世界だけじゃない、現実の世界でも同じ事。

 病気で死ぬ人もいる。

 戦争で死ぬ人もいる。

 事故で死ぬ人もいる。

 それは唐突で、予期する事が出来ない。だからそれまでの日々を、皆が一生懸命に生きている。

 

 故にアキトは、殺人を犯す事で、そんな彼らの命を否定し、利己的に終わらせる様な奴らを決して許せなかった。

 そんな奴らの『正義』など、知った事では無い。言い分なんか聞きたくない。

 

 

(だけど────)

 

 

 ─── 私、人を殺したの───

 

 

 あの言葉が、今になって頭を過ぎる。フィリアと初めてあの場所で出会った時に、彼女が放ったその言葉が。

 彼女がどういうつもりでそんな事を発言したのかは未だに分からない。いや、分かろうともしていなかった。

 あの頃は、ずっと自分の事ばかり考えていて、他人に目を向ける余裕が無かったと思う。敵う筈も無い英雄(キリト)と自分を比べ、勝手に劣等感を感じていて。自分がいなくとも、彼らは自分の意志で立ち上がり、ゲームをクリア出来る筈だと、そう考えて。

 

 でも、もう決めたのだ。自分がどう感じて、どう思おうと。キリトの大切な人達を守り抜こうと。やると決めた事なのだから。

 ユイとも約束したのだから。

 それが、彼に、彼らに出来る罪滅ぼし。

 だからこそ、フィリアの事も無視出来ない様な気がしてた。

 

 

「……よし」

 

「アキト君」

 

「うおっ!?」

 

「ひゃあっ!?」

 

 

 意気込みを改めて転移門へと足を踏み入れようとした瞬間に、後ろから声がかけられた。

 人がいないと思って油断していたアキトは、思わず飛び上がってしまった。心臓が跳ね上がるのを直に感じるようだった。

 そして、こちらに声を掛けた本人も、彼のその驚く様で声を上げてしまっていた。

 アキトはその声のする方をゆっくりと振り向く。そこには、最近自分に付きまとう様になった栗色の髪の少女、アスナがいた。

 

 

「ビックリした……っ、何だよ」

 

「ご、ごめん……そんなに驚かれるとは思ってなくて……」

 

 

 思わず素で反応してしまったアキトは、ハッと息を呑むと、アスナを嫌そうな表情で睨んだ。アスナも、アキトのその反応を見て悪く思ったのか、無意識に謝っていた。そして、彼の事をチラリと見る。

 人を寄せ付けない雰囲気を纏っている彼でも、あんな反応をするんだな、と少し思ってしまう。いや、その人を寄せ付けない雰囲気も、停滞していた攻略組に発破をかける為のものだった。今の反応は、本来の彼のものなのだと、瞬時に納得してしまう。

 

 

 アスナは今もこちらを見ているアキトを見返し、我に返ると、アキトに向かって口を開いた。

 アキトを追ってきた事には理由があった。

 

 

「《ホロウ・エリア》に行くんでしょ?私も連れて行って欲しいの」

 

「……まあそんな事だろうなとは思ってた」

 

 

 アキトはゲンナリした表情を作る。

 最近、アスナと迷宮区を攻略した時、そして79層でのボス戦の時の彼女の様子を見て、いつかは頼まれるんじゃないかと密かに警戒していた。

彼女のモンスターに向かうその視線、正確な太刀筋。決して何もかもを投げ出した様なものでは無かった。

 キリトを失い、自暴自棄になった頃の彼女とは明らかに違う。目の前の敵を倒す、その明確な意志を感じたのだ。

 

 彼女の中で何かが変わったのか、その原因は分からないし、完全に吹っ切れた訳では無いのかもしれない。だけど、気持ちを新たに攻略に望んでいるように見えた。

 そして、ゲームクリアを目指す様になったのなら、彼女が《ホロウ・エリア》に興味を持つのは必然な訳で、その移動手段がアキトしか無いのなら、こうなる事は当然だった。

 

 

「迷宮区も攻略して、《ホロウ・エリア》にも手を伸ばすのか。随分と殊勝なんだな」

 

「……それは君もでしょ」

 

 

 皮肉を言おうと口を開くも、アスナは表情を変えずにそう答えた。その表情に、アキトは心の中で焦りを覚えた。

 アスナはじっとこちらを見つめており、その瞳は揺れていた。

 

 

「……大丈夫なの?」

 

「……何が」

 

「……」

 

「……言ったろ、要らん心配だ。やると決めたから行くだけなんだ」

 

 

 彼女が心配しているのは、最近《ホロウ・エリア》から帰って来た時のアキトの様子を聞いたからだろう。その瞳は、こちらを気遣っているのが伺える。

 だけど、これは自身の過去に触れる話でもある。それをアスナに教えるのは、今ははばかられるものだった。

 彼女達がどれだけこちらに歩み寄ろうとしたとしても、踏み入れてはいけない領域がある。これは自分の問題で、彼女達には関係の無いもの。そこは変えられないし、変えない。

 これは自分という存在が自分である為の矜恃。目指したもの、果たすと決めた事の行動だから。

 アスナは、アキトのその意志に合わせるように、自分の気持ちを言葉にする。

 

 

「……私も、ちゃんと自分で決めてここに来たの。ゲームをクリアする為に、少しでも可能性を上げるものが欲しいって」

 

「……自殺願望はもう良いのかよ」

 

「茶化さないで。アキト君が助けてくれたんじゃない」

 

「…違うな」

 

 

 その言葉に、アスナは首を傾げる。

自分がこうして生きているのは、リズ達が自身を心配してくれて、何より、アキトが助けてくれたからだと思っている。なのに、本人はそうじゃないと切り捨てる。

 そんなアキトは、アスナの顔より下に視線を落とし、らしくもない事を口走った。

 

 

「……死ねなかったって事は、生きなきゃならない理由があったって事だろ。お前がその理由を知らないだけで」

 

「っ…」

 

 

アキトも、ここまで何度もそんな目に遭ったし、そんな目に遭おうとした。それでも結局死ぬ事無く、今の今まで生きている。

 生きる理由など、自分自身で気付けなくたってちゃんと存在しているのだ。もうアスナの命は、彼女だけのものではなくなっている。

 死にたいと決めるのは本人だとしても、死ぬ行為を容認するのは本人ではない。それは周り、自身の関係者、集団、社会、引いては世界の理が決めるものだ。

 何か見えない力が働いているかの様に、アキトもアスナも生きている。ならば、そうしなければならない理由があるのだと、アキトは信じてる。

 生を持っている限り、人はそうでなければならない。生きる為の目的など、ほんの些細な事で良い。

 

 

「それはお前が選択した結果であって、俺は何もしていない」

 

「……でも、変えてくれたのはアキト君やみんなのおかげだよ」

 

 

 そうやって、アスナは笑う。まだ完全な笑顔では無いけれど、その笑みはとても脆く、触れたら崩れてしまいそうだけど。

 

 

「……まだ、辛いか」

 

 

 そう口を開く自分に驚いた。目の前の少女があまりにも見ていられなくて、自然に口から出てしまった。

 アスナ自身も、そんなアキトに驚いたのだろうが、その儚い笑みのまま、俯きがちに答えた。

 

 

「……うん。辛いよ……けど、みんなよりも沢山泣いたし、沢山塞ぎ込んだし……沢山、迷惑かけたし」

 

 

 忘れた日など一度も無い。色濃く鮮明に、キリトとの一瞬一瞬を思い出せる。その度に、目頭が熱くなる。下ろした拳をきゅっと握る。先程まで吹いていなかった風が、建物の隙間から、街道から吹き抜け、アスナの髪を撫でる。

 今までずっと自分だけが辛いと思っていた。だけど、この世界に、辛い思いをしていない人間などいない。

 

 

「きっと、みんな辛いから…だから、私も前に進むの。…大切な人の事を、これから先もずっと想えるように」

 

「……」

 

 

 

 

─── それは、とても辛い道だよ……?

 

 

 

 

「っ……」

 

 

 そう言葉にする事は無かった。出来なかった。これは、彼女の決めた選択。それをどうこうする権利や、意義を立てる道理は無い。

 そもそも、自分はアスナを死なせない様に接して来た。そんな風に思うのは無責任で、お門違いだ。

 

 これが、アキトのしてきた選択の結果。アスナは今後、キリトのいない世界を生きる。そう決めたのはアスナでも、そうさせたのはアキトだった。

 ならば、彼女の想いに誠意を持って応えるのが、アキトのしなくてはならない事だ。彼女自身が決めた事に、後悔だけはさせない為に。

 

 アキトは、アイテムストレージから、《虚光の燈る首飾り》を取り出した。フィリアに貰ったこの首飾りは、《ホロウ・エリア》に出現したエリアボスを倒した後から、ずっと光が灯っていた。

 恐らく、樹海エリアのボスを倒した事で、新エリアへの道は開ける。この首飾りは《ホロウ・エリア》を攻略する為に必要なアイテムだったのだ。

 アスナは初めて見るそのアイテムに、その瞳を光らせる。だが、アキトがこれを出した事の意図が掴めず、眉を顰めた。

 

 

「…今日行くのは新エリアだ。俺にとっても、お前にとっても未知の場所…だから、命の保証は出来ない」

 

「…うん」

 

「…それでも、良い…なら、その……勝手にすれば良いんじゃねぇの」

 

「アキト、君…」

 

 

 アスナは少しばかり、胸が高鳴るのを感じた。目の前の、キリトの面影を持つ少年のその言葉や仕草が、なんとなくではあるが、かつての想い人に重なって見えた。重症かもしれないと思いつつ、それでも、この命を投げ出さないと決めたから、こうして真っ直ぐにアキトを見る事が出来た。

 アキトは首飾りをストレージに仕舞うと、転移門の方へとその身を翻す。その瞬間、彼の身に付けたペンダントから、微かに鈴の音が聞こえた。

 

 アスナは転移門への階段を上る彼のその背を小走りで追い掛け、やがて転移門真下で辿り着く。

 チラリとアキトを横目で見ると、その目を細めて転移門にある石碑を見つめていた。

 一瞬だけドキッとした。その儚げな、何かを憂いた表情に、僅かながらの危うさを感じたから。

 

 

「……」

 

 

 アスナの視線に気付かずに、当の本人は転移門石を見下ろす。つい最近、フィリアと共に転移した時の事を思い出していた。

 転移の際の光はとても綺麗に感じる反面、人が死ぬ時のエフェクトに似ていると感じていた。何度見ても慣れないあの光景。アキトにとっては、あまり好ましくは無い。

 彼女は、平気なんだろうか。息を一つ吐くと、アスナにその顔だけを向けた。

 

 

「っ…」

 

「あ…」

 

 

 だが、アスナもアキトを見ていた為に、その視線は交わってしまう。ばっちりと目が合って、二人は互いに目を見開いた。

 

 

「あ…そ、そういえば、フィリアさんも呼ぶの?」

 

 

 見ていた事に気付かれたと思ったアスナは、なんとかその場を誤魔化そうと取り繕う。その視線は既にあらぬ方へと移動しており、視界の端にすらアキトの影は見えない。

 アキトもアスナがこちらを見ているなんて思ってなかった為、少し慌てながら答える。

 

 

「あ…ああ、アイツの方が俺よりも詳し……あ」

 

「な…何?」

 

 

 アキトはそこまで言って漸く思い出す。フィリアのオレンジカーソルの事を。オレンジだと伝えていない為に、驚かれる事は必至かもしれない。

彼女達が邂逅したら、嫌でもその光景を見る事になる。

 アスナはアキトのその様子に、思わず視線を戻してしまう。アキトは暫く固まっていたが、頬を掻いた後、フッと溜め息を吐く。

 クラインの時はその寛容な心に助かった。だが、キリトの仲間は皆、優しい心を持っている。こんな自分に、飽く事無く関わってきて。

 だから、きっとアスナも。

 

 

「……」

 

 

 自分は彼らに嫌な態度を取っているのに、そう思うのはあまりにも勝手なのではないだろうか。

 ああやって突っ張った態度を取らないと、近付いてしまうと、仲間だと思ってしまうと、また失ってしまうような気がして。まともに近付く事も出来ない。

 そんな勝手な自分の言う事を信じてくれる、だなんて。傲慢な考えでは無いだろうか。

 

 

「…オレンジ、なんだ。けど、その…あんま気にならねぇから、文句言うなよ」

 

 

 そうやって、誰かの事を気遣う様に話すのも、とても久しぶりな気がした。

 仲間を作ってはいけないと戒めても、他人を気にするというこの行為に、矛盾は存在するだろうか。独りで良いと思っても、誰かと関わるこの行為に、勝手な思想は混在しているだろうか。

 

 だけど、そんな自問も杞憂に終わってしまうのだ。彼らはいつも、自分の予想外の答えをくれるから。

 アスナはキョトンとした後、その首を傾げてこう言った。

 

 

「?…アキト君、今まで一緒に攻略してたんでしょ?クラインからも聞いたけど、良い人そうじゃない。なら大丈夫でしょ?」

 

「…!」

 

 

 さも当然の様に言い放つアスナに、アキトはクラインと同じ様な、感極まった何かを感じてしまった。

 誰かに、信じられている様な感覚。ダメだと思っても、込み上げてくる嬉しさがそこにはあった。欲しかったものを失ってから、久しく感じた事の無い色々なものを76層の彼らは自分に与えてくる。それが意識的でも無意識的でも。だからタチが悪い。

 強がって偽って、過去の自分を否定している自分に、罪悪感を感じてしまうから。仲間などもう欲しくないと思っているのに、その手を伸ばしたくなってしまうから。

そんな感情を振り払う様に、アキトは転移門に向き直った。

 

 

「…転移、《ホロウ・エリア管理区》」

 

 

 門を踏み締めていたその体が、合言葉を合図に光に包まれる。何度見ても慣れないその輝きを感じながら、今一度アスナを見た。

 彼女はその視線に気付くと、こちらを見てニコリと微笑んだ。

 

 

 不覚にもドキッとした。好きじゃなかった転移門の光が、彼女の笑みと合わさって、とても綺麗に見えたから。

 

 

 




そういえば、多機能フォームを使いこなせる様になったんですよ……だれか褒めて。

ついでに感想プリーズ(ृ ु*´・∀・`)ुウヘヘェ

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