ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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時系列あやふやじゃね?みたいなイベントの順序。
最近、『クロスオーバー』タグを付けようか迷ってます(´・ω・`)

今回の話、もしかしたら後で少し修正すると思うので、軽めに見てもらえればと思います。






Ep.46 射撃

 

 

 

76層<アークソフィア>

 

 

 現在、アキトとシノンは商店街の外れにある、木々が立ち並ぶ草原に来ていた。

 先日、アキトがアスナと会話をした場所である。

 少し離れた場所にある噴水広場では、多くのプレイヤーやNPCで賑わっているのに、この場所はうって変わって静かだった。風に乗って、彼らの笑い声が聞こえる。その風がシノンとアキトの髪と頬を撫でた。

 いつもシノンはこの場所でスキル上げに勤しんでおり、今回はアキトも共に付き合っていた。

 というのは形式だけで、実際はシノンのスキル上げの傍ら、草原に寝そべって自身のステータスウィンドウを仰向けになりながら開いていた。アキトの横になっている場所は丁度木陰になっており、気が抜ければ寝てしまうかもしれない。

 そんな彼に文句を言う訳でもなく、シノンは短剣を振っていた。

 そして、偶にチラリとアキトを見つめた。

 

 

 ────彼は、私と似ているかもしれない。

 

 そう思ったのは、初めて彼とちゃんと話をしたあの夜。

 この世界に来る前の記憶があやふやで、不安だった夜にただ一人だけ。

 暗い闇夜の中、街灯に照らされて、ゆっくりと歩み寄ってきて。

 言葉にはしないけど、決して顔には出さないけれど、私を心配してくれていたのが分かって。

 いつだって強気で、皮肉屋で、周りを怒らせる天才だけど、それは全部偽りで。本当は、大切なものを守りたいのと願った、とても優しい少年だって知っている。周りに対して強がって、だけど裏で涙していたのを、私は知っている。

 

 だけど、知らない事もある。

 いや、知らない事の方が多い。

 

 似た者同士だと思った。彼も私の様に、何か大きな過去を抱えた人間だと思った。自分の事は話してもいないのに、彼の事を知りたいと思うのは、傲慢だろうか。

 彼を見ていると、たまに自分よりも危ない存在に見えて。似た者同士だと感じるからこそ、放っておく事が出来なくて。

 ついつい目で追ってしまう。

 

 

 だがその瞬間、アキトとバチっと目が合ってしまった。

 

 

「……何」

 

「っ……えっ、と……その……そういえば、スキル系統について聞きたいなって思って……」

 

 

 シノンの視線を、アキトは敏感に感じ取っていたようで、シノンは思わず体が震えた。柄にも無く慌て、どうにか言葉を詰まらせる事無く音にした。それに、スキル系統について聞きたいと思っていたのは嘘では無い。

 街中で出来るクエストで幾分か経験値を稼ぎ、レベルもそれなりになってきた。

 スキルスロットの数も増え、色々取得出来る様になったのだ。今後のスキルの種類やステータスの割り振り方は、攻略を効率良く行うのに大きく関わってくる。

 アキトは納得したのか、ウィンドウを閉じると、フッと息を吐いて起き上がった。

 

 

「……んで、何が聞きたいんだよ」

 

「……試しに幾つか習得したけど……見てくれない?」

 

「……は?」

 

 

 途端にアキトの体が固まる。アキトのその様子を不審に思ったのか、シノンが訝しげに表情を伺った。

 

 

「…何よ、問題があるの?」

 

「逆に無いと思ってんのかよ。ステータス見せるって事は弱点晒すって事だぞ」

 

 

 デスゲームであるこの世界では特に、ステータスを他者に見せる行為は控えた方が良い。レベルやHP、能力値、スキル、アイテム。それらの情報は、見られた相手に大きなアドバンテージを与える事と同義である。そんな状態でデュエルにでもなれば、まず勝つ事は不可能だし、それがPKをするプレイヤー相手なら致命的なものになり得るのだ。

 だがシノンは特に気にしてない様な表情でアキトの目を見て口を開いた。

 

 

「……でもアンタ、私にデュエルやPKなんてしないでしょ?」

 

「…そんなの分かんねぇだろ。場合によっちゃ──」

 

「もう、良いからそういうの。ほら、面倒だからさっさと見て」

 

 

 シノンはアキトの捻くれ発言を遮ると、ウィンドウを可視化状態にして体をずらす。アキトに見える様にその場から退いたのだ。アキトはそれを煩わしそうに見ると、立ち上がってシノンの元まで歩み寄る。

 随分と一方的に無慈悲な信頼をされたものだと、半ば皮肉めいた様に嗤う。出会ってまだ数える程しか話してないのに、こうまで信頼されると逆に不安になる。

 そんなにチョロいと将来悪い男に引っかか…やめよう、何故か寒気がする。そもそもシノンはそういうタイプでもない。

 アキトはシノンのすぐ隣りでそのウィンドウを見下ろす。シノンの息遣いがすぐ近くで聞こえ、アキトは僅かにその距離を離す。

 

 

「…?」

 

 

 だがウィンドウを見ていると、色々と目に付くスキルがあり、アキトのその視線が固まる。

 

 

(《精密動作》に《命中補正》…?珍しいスキルが出てるな…)

 

 

 これらのスキルはある程度狙っていないと中々習得リストに出て来ない。アキトは思わず首を傾げた。

 それを見たシノンは、そんな彼の様子が気になったのか、アキトとの距離を縮め、そのウィンドウを除く。その突然の事に、アキトの体が一瞬固まり、再び少しだけシノンとの距離を離した。

 シノンはアキトが見ていた自身の習得スキルを見て、少しだけ困惑した。

 

 

「…?それ、取ったらマズかった?」

 

「…別に。熟練度高えなって思っただけ」

 

 

 実際熟練度は高く、戦闘でも使えるレベルであった。シノンは不安そうな顔でアキトに尋ねてくる。

 

 

「それって良い事なの?何かの役に立つ?」

 

「知らないなら取るんじゃねぇよ……っ!?」

 

「…まだ何かあるの?」

 

 

 そうシノンに告げたアキトは、そのウィンドウを見て思わず目を見開いた。その様子に、シノンは再びその目を細める。

 だがアキトは、そんな彼女の言葉など気にならないという様にウィンドウに視線が釘付けだったが、やがて自身の目に映るものをシノンに見せた。

 

 

「これ、見てみろよ」

 

「……《射撃スキル》?……これ、私も知らない。昨日は習得リストに無かったし」

 

 

 二人の目に留まったのは、《射撃スキル》。見た事も聞いた事も無いスキルだった。シノンだけじゃなく、この世界に2年もいるアキトでさえ情報を一つも持っていない状態だ。シノンの話を聞く限り、どうやら今日の訓練で習得可能になった様だった。

 当人は、そのスキルウィンドウから目を離すと、不安そうに、震えた声でアキトに問い掛けた。

 

 

「射撃って事は……銃、とか?」

 

「世界観的に無いだろそんなもん」

 

 

 それどころか、遠隔武器自体が精々投擲用のピックや、チャクラムといったブーメラン系統のものくらいだ。名前からして《ソードアート・オンライン》、剣技で戦うゲームの為、射撃と言われてもイマイチピンと来ない。

 そもそも出現条件が分からない。上層に上がれば取得出来るようになるエクストラスキルなのか、もしくはシノン特有のものなのか。もしかしたら、76層に来てから発生しているバグの一種かもしれない。そうなれば習得するのは一度考えた方がいいかもしれない。

 

 そうして視線を戻すと、《射撃スキル》の習得をウィンドウで済ませたシノンが立っていた。アキトは思わず絶句した。

 

 

「……」

 

「……え、何、取ったの?」

 

「いけなかった?」

 

「…別に、どうなろうが自己責任だしな。取りたきゃ取ればいんじゃね」

 

「……」

 

「な、なんだよ。仕方無いだろ、知らねぇスキルなんだから」

 

 

 適当に返していたらシノンがみるみる不機嫌そうな表情へと変化していた。アキトはバツが悪そうに目を逸らす。

 だが、もしシステムエラーに関係する様なバグスキルなら、今ので何か異常が起きる可能性もある。今のところは何も起きない為、何とも言えないが。

 

 

「このスキル、気になったから……でも取り敢えず何も起きないわね」

 

 

 シノンのステータスも特に異常や文字化けなどは起こっていない。取り敢えずは問題無さそうだった。

 だとしたらこれは正規のスキルだという事になる。アキトは射撃スキルについて今一度頭を捻る。

 

 

(射撃…射撃…銃は世界観的に無いだろうし、射撃っていうからには遠距離攻撃だよな…遠距離、遠距離…)

 

 

 何度も言うが、この世界における遠距離攻撃は、投擲の為のピックやブーメランの様なものだ。そう考えると、射撃というのは投擲による遠距離攻撃の可能性が高かった。

 

 

「…ちょっとその短剣投げてみろ。思いっ切りな」

 

「……こう?」

 

 

 シノンは真剣な顔で、目の前にある巨木に向かって短剣を思い切り投擲した。だが、その短剣は手首のスナップによりとても速い回転がかかっているだけで、やがて目の前の幹に突き刺さった。

 見たところ変わった様子は無い。威力が上がったというのも無さそうだった。

 

 

「今ので何か分かった?」

 

「ああ、俺の投擲の方が速いし正確だと、改めてな」

 

「…ケンカ売ってるのかしら」

 

 

 こちらを睨み付けるシノンを無視し、アキトは手を口元に持っていく。これはもしかしたら、所謂《ユニークスキル》というやつかもしれない。

 アキトはチラリと、シノンを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

「…ねぇ、何処に行くの?」

 

「あ?何処だって良いだろ」

 

「…ねぇ、私のスキルについて、まだ聞きたい事があるんだけど…」

 

「だから知らねぇって」

 

 

 現在、いつも訓練していた広場を離れ、アキトは商店街に来ていた。シノンはいきなりアキトが歩き出すものだから、慌ててその背を追い掛ける。だが、アキトは既にシノンとの会話を切り上げた様な姿勢を見せており、シノンには見向きもしない。

 それが、彼女にとって妙に腹立たしかった。

 

 

(…何よ、ユイちゃんにはあんなに笑顔振り撒いてた癖に…)

 

 

 シノンはユイと一緒にいる時のアキトの顔を思い出して更に不機嫌になった。心做しか、他の人達と会話する時よりも、ユイと話している彼の方が柔らかいイメージがあるのだ。

 偶には力を抜けとは言ったが、まさかユイの前でとは。確かにユイと共にいると心地の良い気分になる。これはMHCPの本分かもしれないが、そんな言葉では片付けたくない。きっとユイは、他人を引き寄せる性格なのだ。あの強情なアキトも、あんな表情を作れる程に。

 

 アキトの背中を追い続け、気が付けば路地裏に来てしまっていた。アキトは変わらずその先を歩いている為、シノンは少しだけ不安になる。

 

 

 「っ……」

 

 

 そっと、アキトの装備の裾を摘む。アキトは一瞬だけシノンを見るが、すぐに視線を前に戻した。何か言われるかもと身構えていたシノンは、目を丸くするが、やがて表情を柔らかいものへと変えていく。

 何も言わずに自身を引っ張ってくれる彼に、ほんの少しだけ温かみを感じた。彼本来の優しさ、アキト自身の気遣いが目に見えた。

 …まあ、こんな不安になるような場所にさえ来なければこんな事する必要なんてないのだけれど。

 

 

 やがてアキトは立ち止まり、先の方へと目を向ける。シノンもアキトの目の前あるものを覗き込んだ。するとそこには、赤い絨毯に色々なアイテムが陳列された、店と呼ぶには疑わしいレベルの出店があった。店主は赤いフードを被っているが、そのフードの中から長い髭が見て取れた。

 シノンは思わず口を開いた。

 

 

「…何、ここ」

 

「骨董品屋」

 

「……え?説明終わり?」

 

 

 シノンは思わずコケそうになる。アキトは話の要点を幾つかすっ飛ばして答えた様だ。シノンは呆れた様にもう一度聞き返す。

 

 

「……ここに何しに来たのよ」

 

「射撃スキルに関係ありそうなもん探しに来たんだよ」

 

「…え?」

 

 

 アキトの溜め息と共に出たその答えに、シノンは目を見開いた。

 射撃スキルというスキルは、名前すら聞いた事が無い。もしかしたら、アインクラッドでシノンしか持っていないスキルなのかもしれないのだ。だからもし射撃スキル専用のアイテムがあるとすれば、それは今まで役に立つ事の無かったアイテムの筈。

 だがこれは仮説の話で、もしかしたら攻略度によって時限的に開放されるスキルなのかもしれない。その場合はNPC店舗にいずれ並ぶだろう。

 

 だがシノンはそんなアキトの説明よりも、アキトがシノンのスキルについて考えてくれていた事に驚いた。少しだけ動揺し、少しだけ困惑して。

 少しだけ嬉しかった。

 だけど、目の前にあるその骨董品屋を見て、そんな気も薄れてしまう。こんな路地裏の狭い所でひっそりとやっている店など、不振もいいところだ。

 

 

「……ここ、本当に営業してるの?」

 

「……らっしゃい」

 

 

 シノンの疑問に答える様に、その店の店主が声を上げる。といっても、明らかにやる気の無いNPCだった。

 

 

「……私一人だったら絶対に入らないわね、この店」

 

「……」

 

 

(俺もです)

 

 なんて、絶対に言わないけど。

 だがこういう所に偶に凄いものが眠っていたりするものだと、前に誰かが言ってた気がする。今のところ、本当に役に立たないものしか目に見えないが。

 

 

「……あ、これなんか珍しいんじゃない?」

 

 

 すると、シノンが早速珍しいものを見付けた様だった。しかもそれは、明らかにシノンのニーズに近い商品だった。なるほど、この世界観で銃以外の遠距離武器、これを見れば瞬時に納得してしまう。

 店主はシノンの持っていたそれを見て、説明の為に口を開いた。

 

 

「……そいつは《弓》だな。数日前に偶然手に入ったんだ。珍しいものだが役には立たんよ」

 

「じゃあこの値段は何ですか……」

 

 

 アキトは弓の値段を見て溜め息を吐いた。とても役に立たないものを売る値段じゃない。エギル以上のぼったくりである。

 そんな事などつゆ知らず、シノンはその弓を持ったり、弦を引っ張ったりしていた。

 

 

「……うん、持てる。打てそう」

 

 

 シノンは真剣な表情でそう答えていた。だが、確かにシノンにその弓は使えそうだが、値段的に買えなそうだった。ジレンマである。

 だが確かに《弓》ならばこの世界観にも合ってるし、何よりシノンもやる気に満ちている。今まで、短剣がいつまで経っても馴染んでない様に見えたのも、弓の適性があったからかもしれない。

 この世界で3つ目のユニークスキル、シノンはきっと、攻略組になる。

 

 

「……」

 

 

 アキトはそんなシノンを見て、その拳を強く握る。この弓を買うという事は、シノンが攻略組に参加するのを手伝うという事だ。彼女の何がそうさせるのかは分からないが、彼女の決めた選択を、自身が捻じ曲げる事は許される事じゃない。だけど、危険な目に合って欲しくないと思うこの気持ちは間違ってない筈なのだ。

 なのに、どうして。どうして彼らの手助けをしてやりたいと思うのだろうか。その答えは、その場では出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、その弓はシノンではとても買えない値段だった為に、アキトが購入せざるを得なくなった。だが実際、金だけは家を3件買えるくらいには持っていたので、この程度の出費はあまり気にはしてなかったが、シノンはそうでも無さそうだった。

 申し訳無さそうに、シノンはこちらを見つめていた。

 

 

「……借りは、あまり作りたくなかったんだけど」

 

「別に貸しだなんて思ってねえから気にしなくていい。言ったろ、そういうのは作らない主義なんだ」

 

「私が気にするのよ。色々してもらった分は、ちゃんと清算したいわ」

 

「…セイサン、ね」

 

「?…ええ、清算よ」

 

「……」

 

 

 彼女が言うと別の意味に聞こえるのは何故だろう。今はそうでもないが、いつも冷たい表情をしているからだろうか。

 凄惨にしたって青酸にしたって怖すぎる。

 そんなアホみたいな考えを捨て、アキトは目の前の少女から視線を外す。そんな中、シノンが思い出した様に告げた。

 

 

「そうだ、ちょっとお腹空いてきちゃったし、何処かで食べていかない?お礼に私が奢るから」

 

「…俺は別に空いてないからいい」

 

「何よ、私には奢られたくないって言うの?」

 

「ここ来て日も浅いお前が持ってるコルなんて、街中のクエストで稼いだもんだけだろ。金銭量なんて高が知れてる」

 

「別にそこまで高いものなんて食べないわよ」

 

「いいっつの別に。金ならくれてやる程あったし、大した出費じゃない」

 

 

 中々に強情なアキト。シノンは段々とその表情を固いものに変えていく。アキトはそんな事知りませんといった表情でシノンとは別の方向に視線を向けていた。

 そんな彼にシノンは何故か食い下がる気になれない。こちらの事は気にかけてくれる癖に、こちらの事を拒もうとするその矛盾した態度が気に食わなかった。

 だが、今まで何度もアスナ達の誘いを拒み、距離を置こうとしていたアキト。ユイの頼みなら、半ば断れずに渋々承諾していた所を見ると、頼み込まれれば断れない優しさを持っている。

 彼はこちらが何も言わずとも、勝手に助けてくれる。なら、私達も勝手に彼に関わろう。

 この男には、そのくらい強引の方が良いのかもしれない。

 

 シノンはアキトに近付くと、その片方の手をギュッと握った。

 

 

「っ…!?」

 

 

 アキトはその彼女の行動に体が固まる。その瞬間、シノンにその手を引かれて、何かを言うタイミングを失ってしまった。シノンはこちらを見ずにドンドン前へと進んで行き、アキトはただその手を握られ引かれるのみ。

 アキトは思わずその口を開く。

 

 

「お、おい…!何すん───」

 

「いいから、行きましょう。絶対に損はさせないから」

 

「っ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── あそこだよ、アキト!行こう、絶対に損はさせないから!──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 過去が、また重なって見えた。それ以上シノンに何も言う事が出来ず、振り払う事もしない。ただ引かれるがままになっていた。

 昔、同じ様に誘われた事があったなと、今になって思い出す。思い出せば後悔ばかりで、懐かしむ様な事などした事もなかった。アキトはその顔を俯かせ、シノンと繋がれた手を見つめる。強引に引かれる中、優しくて、温かみのある握り方。

 決して握り返したりはしないけど、振り払う様な気も起きなかった。こうなったら、シノンの希望通り、何か奢ってもらうしかないなと、諦念を抱きつつもその表情は小さく笑みを作っていた。

 

 とても、悲しげな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入った店は、言わば喫茶店と呼べる類のものだった。ほんの少しだけ派手な装飾が気になるが、シリカのバイト先、もといクエストだったメイド喫茶よりかはマシな気もする。

 なんとなくアキトからしてみれば落ち着かないが、シノンは我関せずといった様子で近くのテーブル席に腰掛けた。アキトはそれを立ちながら見ていたが、中々座らないアキトにシノンは視線で訴えてきた。

 

 

(…『座れ』ってか…)

 

 

 アキトは溜め息を吐くとシノンと向かい側の席に不機嫌全開オーラを纏いながら座る。シノンはそんな事お構い無しにメニューを確認し、NPCに注文を開始した。聞いていれば、注文の量が多い。

 

 

「……そんなに食うのかよ。デブになるぞ」

 

「…余計なお世話よ。というか、ゲームなんだから太る訳ないでしょ。それに、あれはアンタの分込みの量よ」

 

「何勝手に注文してんだよ」

 

「どうせ食べるつもりなんて無かったんでしょ?だから先に頼んでおいたのよ」

 

 

 シノンはキッと睨み付け、そう答える。アキトは一瞬怯んだように体が強ばり、視線を店内へと移す。

 先程言った様に、派手な装飾がいくつかあるのが気になるが、内装自体は嫌いじゃない。だが商店街の道なりに並んでいるた訳ではないので、不遇な店にも思える。

 

 

「…よくこんな店知ってたな」

 

「フィールドのモンスターはまだ私には手強過ぎるし、街にいてもスキルの訓練以外やる事も無いし。だから、色々な店を見てまわっているの」

 

 

 シノンの言ってる事は最もだ。する事が無ければ、娯楽の少ないこのSAOでの暇潰しの種類など予想出来る。シノンは頬杖をついて店内を見渡し始めた。

 

 

「…それにしても、ゲームなのに色々なお店があるのね。これは夢中になるのも分かるわ。この店も…雰囲気がね、落ち着ける感じで」

 

「お待たせしました」

 

 

 その会話を断ち切る様に、NPCが皿を持って現れた。それらを次々に二人の座るテーブルに置いていく。アキトは思わずテーブルに乗せられたものに視線を下ろす。

 シノンは紅茶に林檎のシブースト、アキトにはコーヒーとチョコレートケーキだった。そのメニューに、アキトは目を見開く。

 

 

「これを目当てに一人で何度も通っちゃったんだから」

 

「……何で、コーヒーとチョコレートケーキなんだよ……」

 

「…?…もしかして、嫌いだった?」

 

「い、いや…そうじゃなくて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── ここ、チョコレートケーキがオススメなんだって。アキトはコーヒーでしょ?───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(同じだ…あの時と…)

 

 

 アキトは目の前にある皿を見て、そう思ってしまった。チラついてしまったのだ、過去の記憶が。前にも誰かとこんな風に、同じテーブルで、同じものを食べて、笑って。チョコレートケーキとコーヒー。今も、あの時の事を覚えてる。

 逸脱した毎日の中に覗く、小さな平穏の日々が。とても懐かしくて、とても楽しくて。

 とても────

 

 

「……あ、れ……」

 

「っ!? あ、アキト…、どうしたの!?」

 

「え…?あ、いや…」

 

 

 気が付けば、その瞳からは一筋の涙が伝う。それに気付くのは、シノンに指摘されてからだった。アキトは慌てて裾で涙を拭う。だが、とめどなく溢れてくる涙が、アキトを余計に掻き乱していた。

 

 

「な…なんでも無い。欠伸したら。思いのほか眠くてな…」

 

「……」

 

 

 そうやって取り繕う彼が、とてもらしくなくて。シノンの心が揺れ動く。いつもの彼なら、もっと余裕があって。強がって。偽って。

 

 ───本当に?本当に、それだけの涙なの?

 

 そう聞きたい。何がアキトをそうさせていているのかを、知りたい。だけど、それを聞いたら、彼が離れていってしまう気がして。シノンは伸ばそうとした手を、そっと下ろした。その拳はテーブルの下にあり、アキトからは見えていない。

 そのテーブルの下では、強く、ただ強くその拳を握り締めていた。目の前の、触れれば壊れてしまいそうな、目の前の少年を見据えて。

 

 

「─── アキト」

 

「な…何だよ」

 

 

 まるで何事も無かったかの様に振る舞うアキト。手元のコーヒーを口元へと持っていく。

 そんな彼の可愛さに、思わず笑ってしまう所だった。強がっている普段とは違う、彼本来の姿。心配させまいと、誤魔化しているのだろうか。恥ずかしいから、関わって欲しくないのだろうか。

 彼はずるい。誰かの命を守ろうとする意志が見え見えなのに、それを取り繕い、自分は関わらせない様に偽悪的に距離を開ける。アスナ達がどれだけ心配しているのか、彼は分かっていない。

 《ホロウ・エリア》での件も、アークソフィアで共に過ごす彼も、自分は、本当の彼を知らないから。

 

 だから、これは囁かな仕返し。

 

 

「…まるで、デートみたいね」

 

「ゴフッ!…ゴホッ、ゲホッ…、な、何言ってんだお前…!」

 

 

 飲んでいたコーヒーで噎せ返ったアキトは、カップを離して盛大に咳き込む。いつもは見せる事の無いその慌てぶりを見て、シノンはしてやったり、と顔に笑みを作った。アキトはシノンを睨み付けようと顔を上げるが、彼女のその妖艶な表情を見て、言葉が詰まった。

 アキトの事は、今はよく分からないけど、前に彼に言ったではないか。そういう事は、時間をかけて少しずつ知っていくものだと。

 だから。

 

 

「さ、食べましょう。ここのケーキ美味しいんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────強く、なりたい。

 

 

 ただ自身の過去を乗り越えるだけの強さじゃない。誰かを守る事が出来る程の、そんな強さが。

 

 

 立ち止まっていた過去から立って、歩き出す為の力が。

 

 





アキト「…何これ美味い」

シノン「ね?言ったでしょ?……少しもらいっ!」

アキト「あ、テメッ、ふざけんな!」

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