新編、始動────
最近読者の方々に見入って貰えるような文章を書けていない様な気がしてなりません。
この話も後半だけ修正するかもしれないです、話を変えるのではなく、文章、描写を変えたいです。
上手い事書きたいなぁ……(切実)
拙い文章ですが、今後もよろしくお願いします!
では、どうぞ!
────そこは、ボス部屋に良く似ていた。
その部屋の中心に佇むのは、たった一人の剣士。こちらに背を向けており、持っている武器は腕と共に力無く下ろされている。風も無いのに、その黒いコートは靡き、強者の雰囲気を漂わせていた。
その体の周りには、散りばめられた光の欠片が舞っていた。倒して間も無いモンスターの残骸が、その空間と同化し、幻想的な光景を創り上げている。
そんな中、その剣士の顔は伏せられている為に良く見えない。前髪で目元が隠れてはいるが、無表情に近いものだった。
周りはそんな黒い剣士に賞賛の声を上げる。歓声でその部屋が響き、空気が震えた。
来てくれた、助けてくれた、と。それは、今まで彼が受ける事の無かった、心の叫びに聞こえた。
だが、そんな剣士をずっと見てきた者達は、そんな気にさえならなかった。
見せられたものに、魅せられた様に、彼から視線が逸らせない。その目を見開き、口は閉じず、ただ驚きと困惑といった感情が押し寄せる。
そんな中、その剣士に良く似た一人の英雄を愛した栗色の髪の少女が、震える声で口を開いた。
「……どう、して……?」
そう言い放つ声音は、困惑と、哀しみ、だがその中に、ほんの少しの期待が混じる。
だって、ずっと心の中で、そうあって欲しいと思っていたかもしれないから。
──── この瞬間が来る前に、気付くべきだったのかもしれない。
「嘘……でしょ……?」
リズベットが信じられないという様に、その名を呼ぶ。彼は本当に、自分達の知る少年なのかと。
だがその少年は、そんな彼女の声をまるで聞こえないかの様に、微動だにしなかった。
──── どこかで、きっと違和感を感じていた筈だったのに。
「ほ、本当に……」
シリカは傷付いたピナを抱え、倒れながら、そう問い掛ける。何故、彼はこんなにも、『それ』を感じさせるのか。
──── 何かがおかしいと、そう思っていた筈なのに。
「なんで……!」
「どういう、事だ……」
クラインは驚愕を隠せないと、そんな風に呟く。隣りに倒れるエギルも同様だった。どうして気付かなかった、どうして、気付けなかった、と。
彼は、それを責めることすらしない。
──── 散りばめられた記憶から、一緒に過ごした年月から、共に戦った記憶から、こうなる事を予想するべきだったのに。
「っ……」
シノンは、そんな彼の、自分の知らない立ち姿に、哀しみの表情を浮かべた。その拳と、アキトから貰った弓を握り締めながら。
「…そ、んな……嘘だよ……だって……」
そしてそんな中、金髪の妖精リーファは、彼の背中から、彼のそれまでの言動から、一つの答えを導いていた。
とめどなく言葉がポロポロと溢れる。同時に、頬も涙が伝っていた。
有り得ない、ある筈無い、なのに。どうして。
────どうして、涙が止まらないのだろう。
「……お兄ちゃん、なの……?」
そう認識するには、彼の目はあまりにも冷た過ぎて。
「……」
振り向いた彼────キリトは、寂しそうに、それでいて悲しそうに。
ただ、静かに笑みを作り、エリュシデータを握っていた。
これは、このまま時間が流れれば、いずれ辿り着いてしまうであろう未来の、一つの可能性。
そうなるまでの時間は、刻一刻と迫っていた。
●○●○
最近、層の攻略よりも《ホロウ・エリア》の探索をしている時間の方が多い気がしてならないと、アキトは思っていた。だからといって、それがどうしたと言われれば、確かにどうでも良い気もする。
今の攻略組のレベルなら、ソロで行かない限りすぐにボス部屋まで辿り着くだろう。上層に行けば行く程に、そのエリアは小さくなっているのだから、それは当然だ。誰が先にボス部屋を発見したとしても、時間的にはあまり変わらないだろう。
今では三、四日に一層といったペースで、現在は82層。周期的に考えても、そろそろボス部屋が見つかるといった所だろう。
だが、このペースで攻略していけば、《ホロウ・エリア》の踏破のタイムリミットも近付いている訳で。
それならそれで構わないと思いつつも、やると決めた以上最後までこのエリアを探索したいという気持ちが、アキトの中でせめぎ合っていた。
《バスデアゲート浮遊遺跡》
空に浮かぶ浮島を転々と進んだ先にあるその遺跡は、空へと高く伸びる巨塔を中心に広がっていた。その天高き塔に入る為には《竜王の証》なるものが必要らしく、現在はその探索に勤しんでいた。
その周りにある森や洞窟は遺跡とは無縁と思えたが、実際はそうでも無い。
その中の一つに、《隠れ潜んだ宝物庫》というエリアがある。宝箱ばかりの部屋で、その大半は殺傷能力の高いミミックという鬼畜仕様のエリアだった。フィリアのお陰で、無事本物の宝箱達だけを選んで開ける事が出来た。その後、その部屋の奥に進むと、この宝物庫の主であろうモンスター、《グリードエンペラー》が立っていた。
かつて皇帝だったのだろう、その装備となる衣装は、王族のそれを彷彿とさせるもので、その手には皇帝が持つに相応しい巨大な両手剣が。その骸骨である見た目は、長い年月を感じさせる。
ここへ来て久しぶりに、アキト達よりもレベルの離れた相手。2体の取り巻きと共にこちらに襲い掛かってきた。
そして今、そのモンスターと彼らは戦闘していた。
フィリアとアスナで取り巻きを相手している間、アキトはひたすらボスと対峙していた。
両手剣を難無く扱うボスはかなりの筋力値で、アキトの体は簡単に吹き飛ぶ。思ったよりも部屋が狭く、飛ばされた先にあるのは壁だった。決して休ませるつもりは無いのか、ボスは畳み掛ける様にアキトに迫る。その両手剣からは、ソードスキルの光が放たれ、何発も何発もアキトに襲い掛かる。アキトはそれを自身のソードスキルで相殺しようとするも、何発かは筋力値の差で競り負けていた。
ダメージは決して低くない。《ブラスト》、《テンペスト》、使うソードスキルは初期で手に入るものではあるが、このモンスターが使うとそれも無関係に思えてならない。
苦しそうな表情を作るアキトを見たアスナは、すぐにでも彼の援護に回ろうと急いで取り巻きのHPを削っていく。だが焦れば焦る程に、その正確無比の突きが拙くなるのは当然で、段々とモンスターがそれに対応出来る様になったのだ。
(っ…このままじゃ、アキト君が…!)
アスナは焦りと苛立ち、そして恐怖が綯交ぜに篭った突きをモンスターにぶつける。ソードスキルを幾度と無く貫き、確実にHPを減らす。
フィリアも同様に、その短剣には力が込められる。連撃数の多い技を、相手の急所に当てていった。
「チッ!」
アキトはその上段からの振り下ろしを左に転がって避ける。ボスは振り下ろした剣をそのままアキトのいる方向へと薙いだ。アキトは瞬時に背中に剣を収める様に持っていき、その剣とエリュシデータがぶつかり合った。
吹き飛ぶアキトは、その体勢を変える事でしっかりと地面へ着地し、すぐにボスへと走り出す。ボスは焦る事無くその大剣を引き寄せる。
アキトはボスの防御のタイミングをずらそうと、一気に加速。一瞬でボスの足元へ辿り着く。
片手剣範囲技二連撃《スネーク・バイト》
黄緑色に輝くソードスキルは、ボスの両手足を砕くが如く放たれた。ボスは叫び声を上げ、すぐに脚を上げる。そのタイミングで、アキトがボスの胸元まで飛び上がった。
体術上位スキル《エンブレイザー》
拳が黄色い炎の様なエフェクトに包まれ、一気にボスの胸元に叩き込む。HPはかなり削られ、片足を上げていたボスはその威力に耐えられずに後方へと倒れる。
空中にいたアキトは、その剣を真上に構えながら、ボスの元へと落下していく。
コネクト・《ヴァーチカル》
上段から一気に下へと振り下ろす、片手剣の単発型ソードスキル。落下速度と相成って、ボスにかなりのダメージを与えていた。
起き上がろうとするボスに、アキトは再び体勢を変える。
コネクト・《アーク・デトネイター》
地面と平行に回し蹴りを繰り出す体術スキル。上体を起こしつつあったボスの顎にピンポイントでぶつける。反動でボスの頭は、また地面へと叩き付けられた。
このまま畳み掛けるつもりで、アキトは再び剣を構える。だがいつまでもやられているボスでは無い。アキトに近い腕を振り上げ、アキトに向かって勢い良く振り下ろす。
アキトは咄嗟に剣を下に構える。その剣は青い光を纏っており、その剣先はアキトによって上に移動する。
コネクト・《バーチカル・アーク》
振り下ろされた腕と、斬り上げられたエリュシデータがぶつかり、火花を散らす。ボスの腕は跳ね上がり、アキトは反動でその場に背中から倒れ込む。
「アキト君っ!」
「アキト!」
フィリアとアスナはモンスターを倒し、アキトの元へと駆け寄った。
その間にボスは立ち上がり、その大剣を手に持った。
HPは半分程といったところか。この《ホロウ・エリア》のモンスターは、レベルこそ高いものの、比較的倒しやすい敵ではある。勿論油断している訳では無い。倒す事に関してはとても苦労するが、与えるダメージの総量が少なくて済むのだ。アキトとフィリアとクラインの三人でエリアボスを倒せたのが何よりの証拠。
このエリアで一番死の確率を上げる状況は、自身がソロであると言う事と、数の暴力である。
故に一対一ならば、多少危険はあるが、倒せない道理は無い。
ボスは両手剣を構え、こちらに向かって勢い良く迫り来る。アキトもそれに合わせて走る。フィリアとアスナもそれに続いた。
この攻撃でトドメを刺すべく、その剣を各々構える。
「…俺が正面をやる、二人は側面から攻撃しろ」
「っ…分かった!」
アキトの言葉にアスナが答え、フィリアは頷く。
その巨体は三人との距離が近付いた瞬間に、その脚を大地に突き立て、その大剣を横に構える。
フィリアとアスナは顔が強張る。だがアキトだけは構わず走っていた。
ボスが剣を横に振り回した瞬間、スライディングしてその攻撃をギリギリで躱す。大きく隙が出来たボスの体に、多連撃のソードスキルをぶつけた。
片手剣六連撃《カーネージ・アライアンス》
オレンジ色に棚引く光が、ボスの体に差し込んでいく。唸り声を上げながら仰け反る巨体に、アスナとフィリアは側面から攻撃していく。
二人ともハイレベルのプレイヤーなだけあって、そのソードスキルの威力もかなりのもの。ボスのHPはみるみるうちに減り、やがて光に変える。
その瞬間、アスナはアキトへと、ほんの少しの時間だけ視線を動かした。アキトのその横顔から、たった少しの間だったが、目が離せなかった。
「お疲れ様、アキト、アスナ」
「うん、お疲れ様」
フィリアの言葉に、アスナは笑みを返す。アキトは視線だけ動かして、アイテム報酬を閲覧していた。
二人はポーションを飲んでから、自身の武器の耐久値を確認し、見た目に関しても、傷付いたところが無いかを探す。何も無かった事に安堵しつつ、その武器を鞘に収めた。
フィリアはアキトに近付いて、そのウィンドウを覗こうと顔を近付けた。
「アキト、何か手に入れた?」
「…ああ、《飛龍の王玉》ってアイテム」
アキトはそのアイテムをオブジェクト化して手に持った。紅く煌めく球体で、片手で持っていたら零れてしまいそうだ。
「素材じゃないみたいだけど…」
「何処かのダンジョンで使える類のものかもな」
アキトはそう言ってアイテムを仕舞い、ウィンドウを閉じた。クルリと二人に背を向けて、部屋の出口へと歩く。その背中をフィリアとアスナは追い掛けた。
アキトのそんな他人を考えない様な振る舞いは今に始まった事では無いが、アスナはそんなアキトの背中を見つめて、その瞳が揺れた。
(…なんだか…少しだけ…)
ほんの少しだけ、以前よりも態度が柔らかい様に感じた。
先程の戦闘においても、アキトは初めてアスナとフィリアに指示を出したし、今のフィリアとの会話のやり取りも、皮肉無しのものだった。
最初出会った頃はもっと、周りの人全てに悪口ばかりの態度だった様な気がするし、何を聞いても別に、とか、関係無いだろ、の一点張りだった。
それを考えると、アキトは少しずつだけど変わって来ているのかもしれないと感じてしまう。
(仲間だって…思ってくれてるかな…)
アスナはそう思って、小さく笑った。
今までだって、その横暴な態度に反して、ずっと自分の事を助けてくれたし、誰も死なせない様に頑張ってくれていた。攻略組への態度だって、突き詰めて言えばゲームクリアの為だった。
外側が違って見えても、その根本はそっくりだった。
まるで────
(キリト、君────)
ふと、思ってしまう事がある。
目の前を歩く少年は、本当は自分に関係のある人間なんじゃないか、本当は、自分が知っている人間なんじゃないか、と。
分かりやすく言えば、こういう事だ。
アキトは、キリトなんじゃないのか、と。
そんな訳無い、都合の良い話だと、首を左右に振りたくなる。だけど、キリトを失った哀しみはあまりにも大きくて。決して現実逃避をしている訳じゃ無い。
アキトの今の性格や口調は、キリトのそれとはまるで違うし、雰囲気こそ似ているが、顔が似ているという訳でもない。自分が勝手に、そう感じてしまっているだけで。決して、アキトがキリトなんて事は無い筈なのに。
(なのに────)
その黒い立ち姿が、その纏う雰囲気が、その戦い方が、偶に見せる笑った表情が、自分を守ってくれるその姿が、みんなを助けてくれるその優しさが。
それらの全てがアスナを襲い、自身の心臓を煩くするのだ。
(…駄目だな…私……)
自分は、こんなにもキリトを想っていたんだな、と改めて思った。そして、それが寂しくも思った。
リズベットもきっとこんな風に想って、それでも自分の為にと身を引いてくれて。そんな彼女にも誇れる様な生き方をすると、そう決めた筈なのに。
どうして、アキトの事が気になるのだろう。
段々と、アキトの自分達への態度が柔らかいものへと変わっていく度に。
段々と、
それは、本当に気の所為だろうか。
宝物庫を来る際に通った洞窟に、三人はいた。
先程手に入れたアイテムの使い道を考えながら、アキトは先頭に立ってその道を進む。モンスターはまだポップしていないのか、進んでいる道の先には、モンスターの影が一つも無い。アキトは一応警戒を緩めずにその足を動かしていた。
このまま何も無ければ、やがて《竜王の証》に辿り着くだろう。そうなればきっと、浮遊遺跡中心に聳え立つ塔へと足を踏み出す事になる。
あの塔の頂上には、このエリアに初めて来た時に出会った巨大な飛龍が住んでいる。恐らくあれがこのエリア一帯のボスだ。
この浮遊遺跡の先、道なりにドンドン進んでいくと、雲の下へと続いている道があった。だがその道は、システム的に防御され進む事は叶わなかった。つまり、あれがエリアボスを倒した後に開かれる道で、その先が次のエリアなのだ。
だが、樹海エリアよりもモンスター達の平均レベルが高いのは認めざるを得ない。筋力値や素早さ、その他諸々のステータスも、明らかに高くなっているのが分かる。
アキトはチラリと後ろを振り向いた。
「あーあ、あれだけの宝箱があったのに、殆どミミックだったなんて…」
「でもフィリアさん凄いよね。あんなにいたミミックの中から本物だけを当てるなんて」
「ありがとう、アスナ。私にかかれば開けられない宝箱は無いね」
お互いに笑顔で語り合うフィリアとアスナ。そして、アークソフィアにいるシリカやリズベット、リーファにシノン、クラインとエギル、ストレアにユイ。
モンスターが強くなればなる程に、彼らを守りにくくなる気がしてならない。相手が強くなる一方で、自分は何一つ変わっていないのかもしれないという恐怖。
守りたいと、心の中で確かにそう感じたのだ。だからこそ、二度と失敗出来ない。
誰に何と思われても、必ず守り抜くと、そう『誓った』筈だから。
そう考えながら、アキトは二人から視線を外し、再び前を見る。
その瞬間、アキトの目が見開き、その場に立ち止まった。
フィリアとアスナも、いきなり止まったアキトに少し驚きつつ、その顔色を伺う様に隣りに立った。
フィリアはアキトに向かって問い掛けた。
「…どうしたの?」
「…人がいる」
「人?人だったら前にも────」
「…フードを被ってる。前に見た奴かもしれない」
その言葉だけで、フィリアは息を呑む。どういう事なのか一瞬で理解したのだろう。アスナも、二人の異様な雰囲気で、前にクラインから聞いた話を思い出した。
樹海エリアでPKを行っていた集団に酷似した姿のプレイヤー達が、そこにはいたのだ。
三人は一瞬で近くの岩陰に隠れ、そこから覗く様に彼らを見つめる。
数はこちらと同じ三人、皆がフードを被り、顔割れを防いでいる。手に持つ武器の種類も、前に樹海エリアで見た時のものに近しいものを感じた。
「…あんな所で何してるんだろう…」
フィリアは率直な疑問を抱く。彼らは二度三度会話を挟むと、その洞窟の奥へと繋がる道へと走り出した。
「おい、行くぞ!」
フードの一人がそう言い放つと、残りの二人も頷き、後を追う。
アキトはその背中を睨み付け、やがてその岩陰から飛び出した。
「ちょ、ちょっとアキト君…!」
アスナの静止を無視し、アキトは奥へと、彼らが向かって行った先へと足を運ぶ。ただひたすらに奥を見つめ、走る。
心臓が高鳴る、憎悪が込み上げる。どうして、どうしてこんなにも────
「っ…!」
「あ、アスナ…!」
アスナとフィリアは慌ててその背中を追う。その表情には、困惑と焦り、そして不安が混ざっていた。
アキトのあの様子、とても儚く、脆いものに思えた。目を離した瞬間に、壊れてしまいそうで。
かつての、想い人を思い出して。
アスナは唇を噛み締め、自身の持つ素早さの限りを発揮した。
どのくらい走っただろうか。アキトは、あの三人の気配が近くなったのを感じて、その足を止めた。荒い呼吸を抑え、近くの岩陰に身を潜める。
アスナとフィリアも追い付き、アキトのいる場所へと身を屈めた。
「アキト君、一人で行ったら危ないよ…!」
「静かにしろ…気付かれる」
アキトのその声は、冷静を装いつつも、何か恐怖にも似たものが混ざっている事を、アスナは感じた。
フィリアもそんな二人に戸惑いつつも、その岩陰に一緒になって隠れる。
アキトは、意を決してその場所から彼らを覗く。
その三人は、呼吸を整えるとその足を止めた。その視線の先には、また一人のプレイヤーが。
他のメンバーより一回り大きい体格を持ったそのプレイヤーも、ポンチョを着込み、顔が隠れていた。
アキトはその目を細めてそのプレイヤーを見据える。アスナとフィリアも、各々の場所から彼らを見つめた。
そのオレンジカーソルのプレイヤー達は、新たに現れたプレイヤーの元まで歩み寄ると、途端に口を開いた。
「片付けてきましたぜぇ、ヘッド」
「遅ぇじゃねぇか。何手間取ってやがったんだぁ?」
ドクン────
その声を聞いた瞬間、心臓が大きく鳴った。目は大きく見開かれ、汗が出始めた。
「いやー、案外手強かったんスよ」
「言い訳はいいんだよぉ!…次はしっかりやれよぉ?」
その声と、独特の話し方。何故か聞き覚えがあった。体が途端に震え出し、思う様に動かせない。
その隣りにいるアスナは、アキト同様に驚いている様だった。
「な…んで…」
「アイツは…!」
「…アスナ、知ってるの…?」
二人の尋常じゃないその様子に、フィリアも色々察したのか、その疑問を投げ掛ける。
アスナは震える声で、その質問の答えを返した。
「…殺人ギルド《ラフィン・コフィン》…そのリーダー、PoHよ」
「っ…、そんな奴が、なんでこんな所に…!?」
そのフィリアの疑問は、誰よりもアキトが聞きたい事だった。何故、どうして。
《PoH》、レッドギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーにして、この世界で最も猛威を振るったPKプレイヤー。
人心の策略と先導に秀でた能力を持っていて、数多のプレイヤーを誘惑、洗脳し、殺人に走らせた。
攻略組の討伐戦においては、彼は参加していなかったらしいが、どうしてこんな所に。
だが、アキトは別の疑問が頭を過ぎっていた。
アキトは、PoHを見た事が無かったのだ。
(どうして…俺は、
アキトはPoHは互いに全く面識は無い筈なのだ。その名前を聞いたのだって、ただの噂だった。
だと言うのに、どうして、こうも見覚えがあるのだろうか。
知らない筈、見た事も無い筈、声を聞いたのも、話し方だって初めて聞くもので。
それなのに────
「それで、NEXT TARGETは……んん?」
「「「っ…!」」」
PoHは何かを察したのか、アキト達の方を向いた。アキト達は慌ててその岩陰に隠れる。
まさか、気付かれた────?
アキトの心臓は鳴り止まない。脳内にまで響きそうで、途端に頭を抱える。瞳孔は開き、その瞳は揺れ、体は依然震えていた。
頭に、何かが、知らない何かが流れ込んでくる。
PoHはアキトの隠れている場所を見ると、気の所為だと思ったのか、それとも何かを感じ取ったのか、その口元を歪ませるだけだった。
もしくは、何もかも察したのかもしれない。
「……ふぅん?」
「なんかあったんスか、ヘッド?」
「……いいや、何でもねぇ。少し場所を変えるぞ。ここは人が来るかもしれん」
「うぃっス」
彼らは身を翻し、このエリアの出口へと足を向けた。段々と小さくなるその人影に、アスナとフィリアは肩を撫で下ろす。
「行った…みたいだね」
「ええ…でも、ラフコフがどうしてここに…」
まさかこちらで潜伏していたとは、とアスナは冷や汗をかく。
だが同時に、一つの可能性が浮かび上がる。
「…もし、ここで手に入れたアイテムや武器で戦力を増強していたとしたら…!」
アスナは、自身の背筋が凍るのを感じた。もしそんな事になったら、またあの悲劇を繰り返すだけになってしまう。
アスナは、アキトの方を向いた。
しかし────
「…あ、アキト、君…?」
アキトは頭を抱えたまましゃがみ込み、震えていた。
まるで、先程までこの場所にいたPoHの恐怖が、消え去っていないかの様に。
その呼吸は、荒れ、心臓は鳴り止まず、瞳孔は開き、瞳は恐怖の色に染まっていた。
アスナはその様子を見て、ただただ困惑した。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」
その呼吸はどんどん荒く、早くなる。
PoHは殺人鬼だ。人を快楽の為に殺す、意図的に殺すプレイヤーだ。
何かを守ろうとする、助けたいと思うアキトにとって、彼の存在は脅威以上の存在で、恐怖の対象だった。
これ以上この場所にいたら、アスナとフィリアが危険になってしまうんじゃないか。死なせてしまうのではないだろうか。
彼に、よって────
「っ…はっ、はぁ…は、はぁ…!」
PoHの事など、知らない筈なのに、彼のしてきた行為全てが、頭の中にインプットされていて。
その全てが、アスナ達に降り掛かってしまうのでは無いかと、そう思わずには居られなくて。
「アキト君!大丈夫…!?」
もう二度と、失敗なんて出来ない。死なせる事なんて、出来ない。
だからこそ、あのポンチョの男にここまでの恐怖を抱く。
もし、彼とまた出会ったら。もし、誰かに殺意が向けられたら。
「あ、アキト…、しっかりして!」
その頭の中にあるのは、ただの恐怖。自身が彼に劣っていると無意識に感じる。負ける、負ける、負ける。
自分はきっと、彼によって、また誰かを傷付けて。
(…守るって…決めたんだ…ヒーローだって、言ってくれたんだ…だから……だから……!)
無力だった過去に戻る訳にはいかない。だから。
やり直しなんてきかないから、一度きりしか無いから、だから。
あんな奴には、決して────
「ち、くしょう…」
かつての光景が、脳裏に現れる。
「『…畜、生…!』」
この手に『誓い』、『約束』したんだ。
絶対にこの世界をクリアする、誰も死なせないと。
その決意を、あんな奴に揺らがされるなんて────
「────っ」
その震える手を、誰かが掴む。
アキトはビクリと震え、その方向を見る。そこには、こちらを心配の表情で見つめるアスナがいた。
瞳が揺れ、困惑しながらも、アキトを気遣っている事が分かる。
「……アス、ナ───」
「大丈夫だよ、アキト君」
アスナはアキトのその手を両手で掴み、強く握る。
自身の顔の近くまで持っていき、祈る様に動かす。
「大丈夫だよ。君の事は、私が───」
「『アス、ナ……俺、は……』」
「───私達が、守るから」
その言葉は、アキトの恐怖を打ち消すには、きっと充分な言葉だっただろう。
アキトは目を見開き、その強ばった心が、高鳴った心臓が、段々と静まるのを感じた。
その強く握られた手から、温かみを感じる。
震える唇は、ワナワナと動き、アスナを捉える。
自然と涙が出そうで、それをどうにか堪える。堪らずその顔を伏せ、アスナに自分の気持ちが悟られない様に。
───その手を、握り返した。
何故アスナがそんな事を言ったのかは分からない。だけどその時、凄く安心したのだ。
その震えは止まり、段々と理性が戻ってくるのを感じた。
「っ…」
アスナは握り返されたその手を、また強く握る。今まで助けてくれた恩に報いる為にも、彼の事は、絶対に守ると。
それに───
アスナは握り返されたその手を見つめて、笑みを作った。
───仲間だと感じていたのは、『守る』と感じていたのは、自分だけじゃなかったんだと、そう思えたから。
フィリア(…あれ、私今日影が薄い様な…)
まさにホロウ(白目)←それ程上手い事は言えてない作者