ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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今後はリーファ自身、そのたわわな胸同様、大きく物語に関わって来ると思いますので、今後もよろしくお願いします!
(`・ ω・´)ゞビシッ!!(`・ ω・´)ゞビシッ!!(`・ ω・´)ゞビシッ!!





Ep.50 強くなりたい、その理由

 

 リーファの事が頭から離れないまま、その日の午後。現在アキトは、シノンの部屋の前に立っていた。

 先日の夜、スキルについて話がしたいと言われたのを思い出した。

 最近は色んな事に関して首を縦に振り過ぎている感じが否めないが、今更言っても仕方が無い。

 

 アキトは、その扉をノックした。

 そして、間もなくシノンがその扉を開けた。

 

 

「アキト、こんにちわ。スキルの話なんだけど……ええと、武器を使える場所が良いわよね。外に出ましょうか」

 

「……ああ」

 

 

 特に何も考える事無く、そう二つ返事を返した。シノンからすれば、きっと少なからず驚いただろう。敢えて何も言わなかったのも、彼女なりに配慮していたのかもしれない。

 

 

 いつもとは違う、76層の草原フィールドへと足を運び、そうしてスキルの一覧を確認し、今までやってきた事を並べて話し出す。ルーティンに沿ったこのやり取りは何度目だろうか。

 牧場の様に広がる草原は、いつも変わらず一定のそよ風が吹き抜け、傾いた草花に太陽の光が照らされている。雲一つ無い空の下、シノンがウィンドウを開き、その言葉一つ一つを音にしていく。

 彼女のレベルも着実に上がって来ている。弓の使い方をマスターし、それでいてこのまま事が進めば、シノンの目的である攻略組参加も目と鼻の先だった。

 シノンもシノンで何かを抱えていて、それで攻略組へと参加する。この世界に来て、何も抱えていない人を、アキトは知らなかった。

 つまりリーファ、彼女もきっと何かを抱えていて、けどそれを公にしてないというだけの事。このまま何も言わず、何を目的としてこの世界に来たのか、その明確な事情も知らぬまま、このゲームで過ごさせるのか。

 今のリーファには、どこか危うさを感じた。分かりやすく言うならば、まるで死に急いでいた頃のアスナの様な、そんな危うさを。

 

 

「…ねぇ、聞いてる?」

 

「っ…あ、ああ、聞いてる。命中補正スキルは距離が遠ければ、それだけ修正が良くなるんだろ」

 

 

 ハッと気が付いた様にアキトは表情を変える。シノンがこちらの顔色を伺うかの様に頭を傾け、こちらを覗く。アキトは顔を逸らしてあさっての方向へと動かした。

 

 

「…まあいいわ。あと、相手から未発見の状態で射撃すると、命中にもダメージにも、かなりのボーナスがあるみたい」

 

 

 となると、遠距離からの隠密射撃が最も有効な攻撃手段という事だ。上手くいけばその一撃でモンスターを倒す事が可能だし、倒せなくてもその敵がこちらに接近するまでに第二射、第三射と放つ事が出来る。

 なんとも、今までのSAOでは考えられない、全く違った戦法であった。

 

 

「……お前だけ別ゲーだな」

 

「でも、このスキルは私に合っている気がする。……最初は不安だったけど……」

 

 

 そう言って笑い、手元の弓《アルテミス》に視線を落とす。ステータス的に見れば、せいぜい名剣クラスのものだが、ユニークスキルはどれも威力が桁違いなので、足りない部分はそのスキルが補ってくれる。

 今にして思えば、シノンは最初からずっと使っていた短剣がいつまでも馴染む様子が無かった様な気がする。最初からシノンの適性は遠隔武器にあって、だから《射撃》なんてスキルが習得リストから顔を出したのかもしれない。

 

 

「ここで幾ら考えても机上の空論ね。実用レベルで使えるかはフィールドに出て試してみないと」

 

「……弓でフィールドに出るのは初めてか」

 

「ええ。丁度76層のフィールドにいるんだし、モンスターを探しましょう」

 

「……分かった。丁度良い奴を見繕ってやる。お前だけで倒せれば、攻略組として戦えるだけの力があると見て良い。……付いて来い」

 

 

 アキトはそう言って背を向ける。シノンはそのアキトの急な行動に目を丸くするも、すぐにその背中を追う。

 アキトは彼女の射撃が充分に活かせるであろう、見晴らしのいい場所を求める。以前この近くに細い川道があったのを思い出し、そのフィールドへと足を運ぶ。

 依然変わらず、色々な事を頭に思い浮かべながら。

 ラフコフのリーダーであるPoHの事、オレンジであるフィリアの事、正体不明なストレアの事、何処か表情に暗い影を落とすリーファの事、そして、自分の事。

 挙げればキリがないが、それでも、全部片付けなければいけないのだろうか。その足取りは気持ちを乗せ、ドンドンと重くなっている様な気がする。

 

 

「…ねえ」

 

 

 その場所へと歩を進める間、二人の間に会話は無く、沈黙を続けていた中、シノンが不意にアキトに声をかけた。

 

 

「…あ?何?」

 

「…最近…その、ちゃんと休めてる?」

 

「…んだよ急に」

 

 

 アキトはその足を止め、シノンへと振り向く。彼女はアキトの瞳を見据え、変わらない表情で口を開いた。

 

 

「…何だか、最近変わったわよね」

 

「……」

 

「そうね…余裕が出来たっていうか…。言葉にも皮肉が少なくなったしね」

 

「大きなお世話だ」

 

 

 アキトはバツが悪そうな顔のまま視線をずらす。そんなアキトに、シノンはクスクスと笑みを作っていた。

 実際、アキトは初めて出会った当初よりも今の方が好印象だと思う。シノンからすれば、態度や口調は横暴だったものが、今では偶に皮肉を混ぜるだけの、心根は優しいであろう性格が見え隠れしている様に見える。

 思えば表情も、柔らかくなったと思う。ふと偶に見える笑顔を見る事が出来るのが、シノンにとっては嬉しいものだった。

 明らかに、アスナ達との交流が切っ掛けになっているだろう。

 けど、だからこそ、最近のアキトには不安を抱かずには居られない。色んな事を考えて、悩んで、苦しんでいる様に見えて。キリトの死に泣いていた夜、怯える様に震えていた手、喫茶店で涙していた彼、その全てが、シノンの心を揺さぶった。

 

 

「……」

 

「…何だよ」

 

 

 周りには見せない様に、分からない様にしているだけで、彼はもうボロボロなのではないだろうかと、ふと感じる時があるのだ。

 なのに、彼はそれを打ち明ける事もせず、階層と《ホロウ・エリア》の同時攻略をやってのけている。

 その顔や歩く姿を見ていると、ちゃんと休んでいるのかが不安になってくるのだ。

 

 

 ─── 一体、何が彼をそうさせるのか。

 

 

「…まあ、お前が攻略組になって、ちゃんと戦力になってくれりゃあ、俺が休む時間も出来るってもんだろ」

 

「前は私の参加に乗り気じゃなかったじゃない」

 

「ここまで来ちまったんだ、今更だろ」

 

 

 そう吐き捨て、アキトは再び背を向ける。そんな彼の背中を見て、シノンはある事を思い出した。

 

 

「…アンタも後から攻略組になったのよね」

 

「…ああ」

 

 

 特に何かを言う事も無く、アキトは答えた。

 以前、一度だけアキトに聞いてみた事がある。あの時ははぐらかされてしまったが、今は答えてくれるだろうか。

 知りたいと、シノンがそう思った事に、アキトは答えてくれるだろうか。

 

 

「どうして攻略組に…いいえ、どうして強くなろうと思ったの?」

 

「……」

 

 

 アキトは再び足を止める。シノンには未だに背を向けており、その表情は伺えない。

 少しばかり、長めの間が生じる。この場に聞こえるのは、風に吹かれて靡く草木の音のみ。その風は二人の髪を揺らし、アキトのコートを翻した。

 シノンは、まだ聞くべきではなかったかもしれないと、軽く後悔をし始めていたが、やがて、アキトはポツリと口を開いた。

 

 

「……男なら、誰もが一度は考える、単純な理由だよ」

 

「…え?」

 

 

 キョトンとした顔をするシノン。アキトは、チラリとシノンを見た後、躊躇いもなく言い放った。

 

 

 

 

「好きな子がいて、その子を守る力が欲しかったんだ」

 

 

「……」

 

 

 

 

 彼のその言葉は、過去形だった。

 シノンは、思わず息を呑むのを感じた。

 

 

「…その子、今は…?」

 

「……」

 

「っ…」

 

 

 その沈黙がどのような意味を持つのか、彼女には分かっていた。分かってしまった。

 シノンは、やはり聞かなければ良かったと、後悔の念ばかりを抱いた。自身の過去は話さない癖に、アキトの過去ばかりを探って、それでいてこんなにも辛い話をさせてしまったなんて。

 

 

「…ごめんなさい…私、その…」

 

「あ?…まだ何にも言ってねえだろ。それに、もう過去の話だ。気にしてない」

 

 

 アキトはそう吐き捨てると、再び視線を前に戻した。

 

 ───その言葉が嘘なのは、すぐに分かった。

 

 以前までの彼なら、決して自身の過去の事など口にはしない。前にその様な流れになった時、彼が癇癪を起こす程に取り乱したのは記憶に新しい。

 たった一回怒鳴っただけで、その店全体は静まり返った。アキトのその表情が、とても悲哀に満ちていたから。あれからそれ程時間も経ってない。自分は、彼に話したくない事を話させたのかもしれない。

 なんて馬鹿な事を聞いたのだろうと、シノンは自分を責めるしかなかった。

 その顔を俯かせ、それでいて見失わぬ様にと、アキトの足元を見つめていた。

 

 

(…好きな、人…)

 

 

 その言葉が、頭の中で反芻する。何度も何度も。

 彼が強くなろうと決めた、その根源。それを聞けて、良かったと思う反面、それが気になるというのも嘘では無い。

 

 

 

『…俺が…守る、から』

 

『今度こそ…絶対に助けに行くから…間に合って…みせるから…だから…』

 

『もう…君を、一人にしないから…だから……独りに…しないで……』

 

 

 

 いつかの夜、自身の思い出した記憶を彼に話したあの日の言葉。

 

 

(…あの言葉は、きっと…)

 

 

 あれはきっと、自分に向けられた言葉じゃないのだと、そう気付いた。

 あの時はきっと、何か自分がアキトの過去に触れてしまう様な言動や行動をしてしまって、それで起きてしまった事故みたいなもの。

 

 あれは、アキトが好きな人に告げた言葉。

 そう思うと、何処か納得出来た反面、何処か切なかった。

 自分は最初から、思い違いをしていたのだと、恥ずかしくなった。

 

 

(馬鹿ね…)

 

 

 いつかアキトと自分は何処か似ていると、そう思った事がある。なら、自分の過去の話に触れられる事がどれ程の意味を持つのか理解出来た筈なのに。

 ただただ、考え無しの自分を責める事しか出来なかった。

 昔の自分と、いや、現実の今の自分の酷い顔と、彼の顔を、頭の中で照らし合わせながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…言わなきゃ良かったな)

 

 アキトもアキトで、自分の発言、その浅はかさに嫌気がさす。だがそれでいて、そんな自分に僅かながらに驚いていた。

 まさか他人にこんな事を言う日が来てしまうなんて。良くもあんな事が言えたなと、寧ろ何処か感心を覚えた。

 どうしてか、口が滑ってしまったのだ。

 

 

(…案外、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない…なんて)

 

 

 この苦しみを打ち明ける事で、何もかもを楽にしたいと、そう感じたのかもしれない。張り詰めすぎた感情は、いつか何処かで決壊してしまう。ずっと何かを抱えている事など、精神的にも難しい。

 隠したい事、黙っておきたい事、辛い事、それらを話した時、お互いの関係は変わる。良い方向にも、悪い方向にも。

 だからこそ、話してしまったら。それをしてしまったら、自分は本当に彼らと繋がってしまう様な気がしてしまう。今度こそ失えない大事なものへと変わってしまうかもしれない。

 二度と失敗出来ないからこそ、彼らの事で間違えたくないと思う自分がいる。

 

 シノンはアキトを『変わった』と評した。

 だがそれは、以前リズベットに言った時と変わらない。戻っているのだ、前の、大切なものが出来た頃の自分に。

 そしてその大切な存在になりつつあるのは、目の前の彼女と、キリトの仲間達の事に他ならない。

 

 大切なものを手に入れ、そして失ったあの頃に戻るという事は、また失ってしまう日が来るかもしれないという事で。

 それは、アキトにとっては二度と経験したくないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 目的地は、割とすぐに到着した。

 

 76層に位置するその草原フィールドの間は、一本の川のようなものが流れ、隔てられていた。その深い溝に、緩やかな速度で流れていて、木々も茂っている。

 遠くには森が見え、空の一部を遮っているが、それを除けば確かに見晴らしの良い場所だった。

 シノンもそれを理解したらしく、アキトに向かって問い掛けた。

 

 

「…試し撃ち、この辺りが良いんじゃない?見晴らしが良くて、狙いやすそうだけど」

 

「待ってろ」

 

 

 アキトはそれだけ言うと、近くの木に向かって駆け出した。根元近くで飛び跳ね、幹に足をかけると一気に跳躍し、近くの太い枝へと手を掛ける。

 その勢いに乗って体を上空へと移動させ、半回転して枝へと着地した。

 アキトのその軽快な木登りに、シノンは目を丸くする。

 

 

「…まるで猫ね」

 

 

 その感嘆する声を耳に、アキトはその枝から広範囲を見渡す。すると、川の向こう側に一匹、イノシシにも似たモンスターが一匹、トロトロと歩いていた。

 シノンの位置からだと、丁度向こう側の木の所為で視認出来ないかもしれない。

 アキトはそのイノシシを見つつ、下にいるシノンに言い放った。

 

 

「…川の向こうにモンスターがいる」

 

「私でも倒せそうなの?」

 

「余裕だな、距離も充分だ。…そこからだと木が邪魔で見えねえから、ちょっとずれろ」

 

「待って、私もそっちに行く」

 

「…ちょっと待て。んじゃ俺が下りる……っておい…!」

 

 

 アキトが発言し終わる前に、シノンが木に登って来ていた。アキトは思わず声が大きくなる。

 だがシノンは関係無いといった様子でアキトのいる枝に辿り着いた。

 

 

「高い所の方が狙いやすいし、飛距離も稼げるでしょ」

 

「二人乗るには狭いんだ……って……はあ……」

 

 

 またもやアキトが言い切る前に、シノンはアキトと同じ枝に身を乗り出す。その視線の先は、ずっとイノシシに向かっていた。

 これはもう射撃の事しか考えてないなと、アキトは溜め息を吐く事しか出来ない。

 シノンは辺りを見渡した後、背中に畳まれた弓を手に取った。

 

 

「射撃ポイントとしては、この枝が最適みたいね。ここから狙うわ」

 

 

 腰に収められた矢の一本を、その弓に添える。その様子は、さながら歴戦のプレイヤーのそれと遜色無い様に見える。

 シノンはその弓で矢を引き、そして伸ばす。その矢の先には、ドロップした肉が美味しいらしいと評判のイノシシモンスターが。

 

 

「…ターゲット補足」

 

 

 シノンの瞳はギラりと光が灯り、その矢を一気に引き絞る。

 アキトは邪魔しない様にと、その枝から降りようと身を動かした。

 しかし、シノンにとってそれは癇に障った様で、その眉を顰める。

 

 

「モゾモゾ動かないで、標準がブレる」

 

「…いや、二人は狭いんだって」

 

「あと喋らないで、気が散る」

 

「……」

 

 

 あまりにも理不尽。

 そもそも自分を木から下ろしてさえくれれば良かったのに、と思わなくもないアキト。今更ではあるが。

 

 

 だが、集中出来てないのはシノンも同じだった。

 先程アキトに話を聞いてしまった事の後悔と、彼の言葉が頭から離れない。アキト本人は普通にシノンに振舞っているが、内心どうなのかは分からない。

 その所為で、ここに来る前に何度か放った筈のスキルモーションに中々移れないのだ。

 

 

「っ…」

 

 

 しかし、そうして構えを固めている内に、シノンの矢が光を放ち始める。その光は、ソードスキルの光。弓である為に、『ソード』スキルとは呼び難いが、種類は同じものだろう。

 エメラルドグリーンに輝きを放つその矢を、シノンは一瞬で発射した。

 

 だが、集中してなかったシノンは、そのスキルの威力、その反動を考慮した姿勢をとっていなかった。加えて、今彼女がいるのは不安定な木の枝。

 

 その矢は見事、モンスターを貫通し、ポリゴン片へと姿を変えた。だが、喜ぶ間も無く、シノンの足は枝から滑り落ちた。

 

 

「っ、きゃあ!」

 

 

 シノンは体勢を崩し、そのまま落下していく。

 枝から離れ、真下にある川へと向かって。

 

 

「────」

 

 

 その瞬間、アキトの瞳には二つの光景が重なって見えていた。

 落下していくシノンと、そしてもう一つ。

 

 

 

 

 かつての仲間が、こちらに背を向けて飛び降りる光景が。

 

 

 

 

「っ…シノン!」

 

 

 

 

 アキトは咄嗟に、シノンのその腕を掴んだ。前のめりになった為に、上手く枝の上でバランスが取れない。

 シノンは、掴まれたその腕とアキトを交互に見て、やがてその目を見開いた。

 自分の落下を、アキトが助けてくれたのだと察したのだ。

 

 

「ア…キ、ト…」

 

「…待ってろ…今、引き上げるから…」

 

 

 アキトのSTR値なら、シノンを引っ張り上げる事は造作もないが、咄嗟の事だった為に、今自分がいるのが木の枝という不安定な場所だという事もあって、上手く引き上げる事が少しばかり難しい。

 何より、アキトの表情がとても辛そうなのを、シノンは一目で察したのだ。今のこの状況が辛いのか、でもそれだけじゃない様にも見える。

 まるで、怯えている様だった。

 

 

 シノンは困惑しつつも下を見下ろした。

 最悪、落ちてもすぐ下は水面なので、ダメージなどは発生しない。アキトも辛そうだ。これ以上無理はさせられない。

 シノンは慌てて口を開いた。

 

 

「あ、アキト…ここから落ちたって、下はすぐ川だし、大した事な────」

 

「嫌だ…!」

 

「い、嫌って…」

 

「約束…しただろ…」

 

「え……?」

 

 

 その言葉に、シノンは瞳が揺れる。

 アキトは今にも泣きそうな程に、顔を変えていて。

 

 

「……必ず、助けるからって……独りにさせないって……だから…俺を…俺を独りに…………!」

 

「……」

 

 

 その声はとても小さくて、よくは聞こえなかった。でも、所々は聞こえており、シノンはその口を噤んだ。

 

 どうせ落ちたって、ダメージ一つ無いというのに。

 独りも何も、自分はずっとアキトの近くにいたのに。

 アキトのその言葉は、かつての大切な人へのものなのに。

 

 

 見れば見る程に、痛々しいアキトを、シノンはぶら下がりながら見る事しか出来ない。

 だけど、これ以上は見ていられなかった。

 彼女は意を決した様に、キッとアキトを見上げると、すぐに行動へ移した。

 シノンはアキトの腕をもう片方の手で掴む。

 そして────

 

 

「────っ!」

 

 

 

 その体を大きく揺らし始めたのだ。

 

 アキトは思わずその顔を驚愕のものに変えた。

 支えが効かないその体が、左へ右へとずれていく。

 

 

「お、おい!シノン、テメ、何して……うわぁ!?」

 

「ひゃあっ!?」

 

 

 案の定、アキトは枝からシノン同様に滑り落ち、シノン諸共川へと落ちていった。

 勢い良く水が跳ねる音が、静かな草原に響き、その辺りを水飛沫で濡らした。

 川といっても、とても浅く、流れも緩やか。アキトとシノンは真下に叩き落とされただけだった。

 

 アキトは下敷きになっている柔らかい何かを感じながら、ゆっくりと上半身を上げる。

 

 

「シノン、お前何しやが……る……」

 

「っ……」

 

 

 アキトは思わず目を見開いた。

 

 下にいたのは、シノンだった。

 

 

「……あ」

 

 

 まるで、アキトがシノンを押し倒しているかの様に見えるこの光景。

 顔が赤くなるシノンを見て、アキトは咄嗟に飛び起きようとした。

 

 だが、その瞬間、シノンがアキトの胸ぐらを引っ掴み、自身の元まで引き寄せた。

 アキトとシノンの顔は、まさに目と鼻の先。アキトは何も言えず、言葉が詰まる。

 それに対して、シノンは頬を赤らめながらも、アキトに向かって小さく口を開いた。

 

 

「っ……な……」

 

「……アンタが言い出したんだからね」

 

「え……」

 

「…独りになんか、させてやらないわ」

 

 

 その一言は、アキトがずっと待ち望んでいた答えだった。

 アキトは自身の瞳が開かれ、体が震えるのを感じた。

 

 かつて、『独りにさせない』と、そう約束した女の子がいた。

 そして、その女の子を失い、『独り』になったのは自分だった。

 独りぼっちはとても怖くて、どうにかなりそうだった。だから、独りでも生きていける強さが、何かを守れるだけの力が欲しかった。

 

 ここに来るまで色々なものを、アキトは失った。

 失って喪って、壊して、壊れて、進んで来た。

 一つ一つ、大切な何かを置き去りにして。

 振り返れば、得たものよりも失くしたものの方が大きかった。

 

 

 そんなアキトにとって、シノンのその言葉はとても大きな意味を持つ。

 

 

「…あ…っ……え、……」

 

「…大丈夫よ。アンタは独りじゃない。私だけじゃない、アスナ達だっているもの」

 

「……シ、ノン……」

 

「だからアンタも……独りにならないでね」

 

 

 水に濡れた髪は、頬に張り付いており、服は、体をピッタリとくっついている。

 とても妖艶な彼女に、アキトは視線を逸らせない。シノンもまた、アキトから目を離さない。

 シノンは、やがてアキトからその手を離し、アキトはそれに合わせて起き上がる。シノンも、その後に起き上がった。

 互いに互いの濡れた顔と体を確認した後、シノンは再び頬を赤く染めた。

 

 

「……あんまり見ないで」

 

「……悪い」

 

 

 アキトは視線を森へと向け、シノンはアキトに背を向ける。

 彼が立ち上がるのを水の音で感じ取り、そんな彼に視線だけをむける。

 

 

「…ねぇ、アキト」

 

「…何?」

 

「…まだ、その子の事、好きなの?」

 

「な、何だよ急に…」

 

 

 アキトはシノンに不機嫌そうな顔を向けるが、シノンのそのこちらを見る表情を見て考えを改めたのか、視線を向けずに答えた。

 

 

「……ああ……好きだよ……」

 

「…そっか……ふふっ」

 

「……何だよ、何の意図があったんだよっ…!」

 

「いいえ、素敵な理由だと思ったのよ。……私とは大違いね」

 

「……」

 

 

 シノンはそう言うと、その顔に暗い影を落とす。

 アキトはそんな彼女にかける言葉を、必死に探した。こんな時、自分は無力なのだと痛感しながら。

 アスナの時も、シリカの時も。リズベットの時だってそうだし、最近じゃリーファもそれに当て嵌る。

 

 

「…さあ、服が乾いたら、続きをやりましょう。今の一回じゃ、まだ弓の性能は何とも言えないわ」

 

「…ああ、そうだな」

 

 

 乾いた声で、そう答えた。

 それしか言えなかった。

 

 

 

 

 自分は、誰かに慰めてもらって、助けて貰って、それだけだった。

 自身の目指す『ヒーロー』には、程遠い事を痛感した。

 

 

 

 




その後のレベリング

アキト「……」

シノン「?…何よ?」

アキト「…百発百中の上に一撃って…アマゾネスか何かなのお前」

シノン「…今日はその……少し、調子が良いみたい」

アキト(……何で見られてんの俺)

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