ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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一週間、お待たせしました!
今回も拙い文章、分かりにくい表現が目立ちますが、いつも読んで下さっている方々には感謝しかありません。
この作品を読んで下さる全ての方々に、感謝を。

それともう一つ。
ポケモンウルトラサン、ウルトラムーン発売記念!
というのは建前で、気分転換にポケモンの短編小説を書きました。
連載する気は無いです(´・ω・`)

では、どうぞ!
(相変わらず機器の調子が悪く、誤字が目立つと思います。五時報告して貰えると嬉しいです)←早速誤字

感想欲しい(厚かましい)




Ep.54 少女に迫る狂皇子

 

 

 

 《バステアゲート浮遊遺跡前広場》

 

 

 エリアボスを倒した事により、以前フィリアに貰った《虚光の燈る首飾り》が再び光に包まれた。

 恐らくこれを何処かへと持っていけば、次のエリアへの道を開く事が出来るだろう。

 

 アキト達三人は、それぞれボス戦で疲弊した体力を回復し、思いの外軽い足取りで塔を後にしていた。

 だが、その中に会話は無く、静まり返っていた。だがそれは気不味いとか、恥ずかしいとか、そんな理由では無く、単純に疲労したからだろう。

 ポーションでは精神的な疲労は癒せない。足取りは軽くとも、心は重かった。

 

 

 だが、気不味くないというのは、若干偽りに近い。

 塔を下り、その目の前の橋を渡る三人、その中、アスナはただ一人、自分よりも斜め前を歩くアキトを、そっと見つめていた。

 

 

 「……」

 

 

 あの時、あの戦闘の光景が蘇る。

 ボスに果敢に攻める姿勢、どんな体勢からでも攻撃するそのフィジカルに、他者に驚きを与えるスキルの連撃。

 今まで、何度もアキトを自身の想い人に重ねる瞬間はあったが、今回はそれが顕著だった様な気がしてならないのは自分だけだろうかと、アスナは疑問を抱いていた。

 

 壁を走り、空中でソードスキルを放つ姿。

 そして、彼の放つ、片手剣のソードスキル。

 エリュシデータを持っているから、そう見えてしまうのかもしれない。戦い方やフォーム、姿勢制御、歩法。それらはキリトのそれとは全然違う。

 けど、アスナにとって、アキトの姿は、キリトよりも若干の拙さが垣間見得るものの、何処か既視感があったのだ。

 

 

(…デジャヴ?)

 

 

 ───どうして?顔なんかちっとも似てないのに……。

 

 

 だけど、その纏う雰囲気とか。時折見せる不意の笑顔とか。根底にある思いの強さとか。見え隠れする優しさが。

 誰かを守る、その強い意志が。キリトを思い出させていた。

 

 

 「っ…」

 

 

 アスナはそれを自覚すると、アキトから目を逸らした。これ以上、彼を見続ける事が出来なかった。

 変な希望を持ってはいけない。キリトは、もう死んだのだ。自身の目の前で、何も出来ずに独りで行かせた、あの茅場との最終決戦の時に。

 アスナは唇を噛む。アキトを見ない様にその顔を伏せ、彼の足元を見下ろす。

 だが、アキトの歩く速度が、このパーティで一番後ろを歩くアスナに合わせての歩幅だと気付くと、その優しさにまた更に苦しくなった。

 

 

 ほんの数ヶ月前が。今の中に、紛れ込んで来て。

 苦しくなってくる。

 

 

 ────もうこの世界の何処にもいないキリト君を、探そうとしてしまう…────

 

 

 

 

 そんな沈黙が続く中、フィリアがポツリと呟いた。

 

 

「……ボス、手強かったね」

 

「っ…う、うん。そうだね」

 

 

 取り繕う様に笑うアスナをチラリと見た後、アキトはフィリアへと視線を動かした。

 フィリアはそんなアキトとアスナを見て、へへっと頬を掻いて笑う。

 

 

「私傷だらけ……って、ポーション飲んだし、そもそもこの世界なら傷は残らないか。……でも、何度もヤバイなって思った」

 

「……お前だって、それなりに戦えてたと思うけどな」

 

 

 アキトのその言葉にアスナとフィリアは目を丸くする。

 あのアキトが誰かを褒める様な言い方を、初めて聞いたからだ。アキトもらしくないと思ったのかそっぽを向き、フィリアはそんな彼を見てクスリと笑った。

 

 

「…でもそれは、二人の力があったからこそ……かな」

 

「……私達の?」

 

 

 アスナがそう言うと、フィリアは首を縦に振る。そして、アキトの方へと向き直った。

 

 

「うん。戦闘に関しては、二人を信用してるから。本当にやばかったら、アキトが逃げろって言うでしょう?」

 

「状況による」

 

「そんな事無いよ。…初めて会った時も、アキトはそうしてくれたもの」

 

 

 フィリアはそう言うと、初めてアキトと出会った時の事を頭の中で思い起こしていた。

 目の前に、見た事の無い骸のモンスター。見ず知らずのオレンジプレイヤーの前に颯爽と現れた黒の剣士は、目の前のボスと対峙して、『逃げろ』と、そう言ってくれた。

 

 

「アキト達はオレンジの私に普通に接してくれる。だから私も、アンタ達を信頼するのよ」

 

「……そうかよ」

 

「…な、何か面と向かって言われると照れるね……」

 

 

 アキトはフイッと何も無いところへと顔を動かす。隣りでアスナは顔を少し赤く染め、頬を掻いた。

 フィリアも自身の言った事に羞恥心を覚えたのか、段々と顔を朱に染めた。

 

 

「…もう、赤くならないでよ、こっちまで恥ずかしくなるじゃない…」

 

 

 そうやって笑い合う二人を、アキトは他人の様に眺めていた。

 

 

「……」

 

 

 きっと、この選択は正しいものなのだろう。

 辛い過去に縛られず、今目の前にいる二人と笑い合う事が、最善の道なのだろう。

 仲間だと認め、助け、救い、支え合う事が、得策なのだろう。

 

 そんな風に割り切って、今は行動出来てないけれど。

 アスナの様には、振る舞えないけれど。

 きっと、後悔しない道を歩けてる。

 

 

 なのに────

 

 

 

 

「…アキト?」

 

「……何でもない」

 

 

 フィリアの呼び掛けにそう返し、アキトは息を軽く吐く。

 先程までいた塔を見上げ、このエリアでやる事を終えたのだと実感した。

 

 

「…じゃあ、戻りましょうか」

 

 

 アスナはそう言葉を告げる。

 フィリアもアキトも何も言わずに頷き、その塔に背を向けた。

 

 

 

 

 

『…気を付けろよ、アキト』

 

 

「っ…ああ…」

 

 

 アキトはふと、思い出した様に目を見開いた。

 そう、この踏破したエリアにおいても、まだ油断出来ない理由があった。

 アキトは急に辺りを見渡し始め、アスナとフィリアは首を傾げてそれを見ていた。

 いきなりどうしたというのだろうか。半ば困惑気味に眺めていたが、やがてフィリアは何かを察する。

 

 

 あのアキトの、怯える様な、焦った様なあの感じ。

 以前洞窟でPK集団を見た時と似ていた。

 

 

「…アキト、もしかして…あの時のフードの奴らを探しているの?」

 

「っ…」

 

 

 思わず、そう口が動く。それは図星だった様で、アキトは分かりやすく表情を変える。

 アスナもその言葉に驚いたのか、咄嗟にアキトの方を向く。

 アキトはその場に立ち尽くし、何も言わずに肩を落としていた。

 

 

「……ねぇアキト。アキトは、あの人達……知ってるの?」

 

 

 あの時、PoHと出会った時。

 あの時の、怯える様に震えるアキトを思い出す。あれは、すぐ近くに死の恐怖があったから怖がって震えているものだと思っていた。

 だけど、今の様子からすると、そうとも言い切れない。寧ろ、怖がるどころか、探している様に見えた。

 

 

「……」

 

 

 フィリアのその問いに、アキトは何も言わない。

 いや、何も言えないのだ。

 

 

 アキトは、奴らを知らない(・・・・・・・)

 

 

(……知らない、筈なんだ……)

 

 

 だけど、アキトは何故か彼らに関しての色々な事を知っていた。会った事も無い筈なのに、その根底にあるものが彼らを理解していた。

 知らない筈なのに、何故か知っている。

 体験した事の無い記憶が、光景が、脳裏に焼き付く。アキトは目を抑え、その顔を苦いものへ変える。

 

 

 何だ、これは。そう自身を問い掛ける。だけど、本当は理解していた。心の何処かで感じ取っていた。

 今まで何となく感じ取っていたのだ。

 

 

 これは、この記憶は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アキト?」

 

「……ああ、知ってるよ。嫌になるくらいにな」

 

「っ……」

 

 

────何故か、自然と言葉が出た。

 

 

 アキトは諦観を抱いたかの様に、儚げに笑う。アスナはそんな彼の表情に、胸が締め付けられそうだった。

 フィリアはアキトの事をまじまじと見つめ、続きの言葉を促した。

 

 

「…かつてアインクラッドでPKを繰り返していたレッドギルド…《ラフィン・コフィン》。アイツらの手にかかったプレイヤーは数知れない」

 

「っ…!」

 

 

 ギルド《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》。その名前は、フィリアでも聞いた事がある。

 あの時、PoHを初めて見た時も、アスナの説明で話の一部分は聞いていたが、改めて聞くと、やはり驚きは大きい。フィリアは背筋が凍るのを感じた。

 

 

「直接的に、間接的に。殺しに関しては多芸な奴らばかり。ただ自身の欲を満たす為の快楽殺人。そんな沙汰を平気でやってのける屑だ」

 

 

 その言葉は、いつも文句や皮肉を口走るアキトであっても、聞く事の無い最大限の軽蔑の言葉だった。

 アスナはそれを感じ取ったのか、普段と様子の違うアキトに困惑の表情を浮かべた。

 

 

「…そいつらが、ここに?」

 

「…攻略組が討伐隊を組んで、《ラフィン・コフィン》は壊滅……した筈なんだけどな。残党がここにいるらしい」

 

「…………」

 

 

 フィリアは何かを言いたげだったが、結局口を紡いだまま、そう言葉を紡ぐアキトを見つめた。

 そんなアキトの、瞳の色が変わった。

 

 

 

 

「『……俺は、PKを楽しむ様な奴らを許す事は出来ない』」

 

 

 

「……アキト、君?」

 

 

突如、アキトの声音が変わったように感じる。

アスナは何故か、その場から動けずにいた。

この声、この感じ。それを知っていたから。

 

 

「『みんな、生きて帰る為に必死で戦ってるんだ。前線に戦うだけじゃない。生産系プレイヤーも、ずっと下層にいる人達も、みんな、現実世界に帰れる日を夢見て生きている』」

 

 

 拳に力が入る。その瞳は、憎悪に満ちていた。

普段アキトが言わないであろう言葉の数々が並び、フィリアは困惑を隠せない。

 

 

「『そんな人の命を……ただ楽しいからと言って奪う様な奴らを、俺は絶対に許さない』」

 

 

「……」

 

 

 

 

 ───今のは、本当にアキトだろうか?

 

 ───本当に、アキトの言葉なのだろうか?

 

 

 アスナの瞳が大きく揺れる。アキトの眼の色が青から黒く変わり、いつもの彼じゃない様に見えて。

 いつもの彼なら言わない様な、誰かを思う様な素直な言葉を聞いて。

 その予感が確信に変わりつつあって。

 

 

 本当に、本当に?

 本当に、目の前の彼は────

 

 

 

 

「あ…アキト、君…?」

 

 

「『…………何?」

 

 

 そのけだるげに返事をする少年の表情は、いつものアキトだった。

 自分が今言っていた言葉を思い返す事もせず、ただアスナの方を見つめている。

 アスナは目を見開き、自分のしようとしていた事を思い返した。

 確信しつつあった疑念を咄嗟に振り払い、アスナは首を左右に振った。

 

 

「う、ううん、何でもない……」

 

「……?」

 

 

 アスナのその様子の違いに首を傾げるアキト。

 そんなアキトを、フィリアは悲しげに見つめていた。先程の言葉を思い出して、あれがアキトの本当の気持ちなのかと、そう感じて。

 

 

「……アキトは……真っ直ぐだね」

 

「は?何がだよ」

 

「ううん、何でもない」

 

 

 フィリアはアキトに歩み寄り、軽く笑みを作った。

 

 

「ありがとね、教えてくれて」

 

「……何が」

 

「え?《ラフィン・コフィン》の事よ。今教えてくれたじゃない」

 

「……」

 

「…アキト?」

 

「あ…ああ…、アイツらは何でもアリだからな。《圏内》だからって気を抜くんじゃねえぞ」

 

 

 何故か焦った様にそう答えるアキト。フィリアは特に問い質す事も無く、二つ返事で頷いた。

 

 

(何だったんだろう、今のアキト君…)

 

 

 アキトとフィリアのそんな空気を、隣りでアスナはただただ眺めていた。

 先程感じた違和感を、拭い切れないまま。

 明らかに、今までのアキトとは違っていた。普段の彼は、あんな事を言わない。

誰にでも強気で、優しさは内に秘めていて、決して憎悪を口にするような人じゃなかった。

 

 

あの一瞬、瞳の色が変わって見えたあの瞬間。

あの時の彼は、本当にアキトだったのだろうか。

 

 

 この時、本当は気付いた事を、気になっていた事を、自信が無くても発言出来ていれば。

 

 

 そう思う事になるかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 《ホロウ・エリア管理区》

 

 

 文字列の波が漂い、天井は星々が輝く様に、キラキラと光が走る。

 ウィンドウが至る所に浮いており、その下にはコンソールが設置されている。

 現在《ホロウ・エリア》で唯一見つかっている《圏内》である。

 アキトとフィリアが初めて出会い、共に発見した場所。

 SAOの世界観を無視したその機械的な空間は、現在とても静かだった。

 

 

 ただポツリと、オレンジカーソルの少女が立っていた。

 目の前にある転移門を見下ろしながら、あまり良い顔はしていなかった。

 

 

 「……行っちゃった、か……」

 

 

 先程アキトとアスナを見送ってから、ただ一人、この静かな空間に留まってから、色々な事を思い出す。

 初めてアキトと出会い、共に難敵と戦った事。それがとても楽しくて、段々と警戒心が無くなっていた事。

 そのせいか、本来の自分自身、素の自分をアキトに曝け出せた事。それを彼が受け入れてくれた事。

 オレンジカーソルである自分自身の、カーソルではなく人となりを見てくれた事。彼の仲間も皆、そんな自分を受け入れてくれた事。クラインやアスナ、二人とも、とても優しい人達だった。

 

 

 そして、先程のアキトの言葉。殺人を犯した人を憎む、あの表情。

 あの時の彼は、今まで一緒に過ごした中で、初めて見るもので。

 まるで、別人の様だった(・・・・・・・)

 

 

 「……」

 

 

 何かを抱え、辛くのしかかる。その辛さを、フィリアは知っていた。

 自分にも似たような経験があるからだ。

 だからこそ、独りはとても心細かった。寂しくて、どうにかなりそうで。

 知らないエリアに飛ばされ、人から、モンスターから、逃げ続ける日々。

 

 

 そんな毎日に終止符を打ってくれたのは、突然に現れたアキトだった。

 オレンジである自分を、見捨てる事無く行動を共にしてくれて。色んな場所に付き合ってくれて。連携を取る事に嬉しさを覚えて。

 一緒に居られて。

 傍にいてくれて。

 

 

 辛い時、一番近くにいてくれたのはアキトだった。本人にその自覚は無いだろうけど、フィリアは彼に救われた。

 アキトが辛いなら、力になりたい、そう思うのは当たり前だった。

 助けてくれたから、自分も、彼を助けたい。何かあるなら相談して欲しいし、頼って欲しい。

 そう思うのは傲慢だろうか。

 

 

(……けど)

 

 

 フィリアはそっと、地に付く転移門に触れる。

 何度試しても、自分はアキト達のいるアークソフィアへと転移する事が出来なかった。

 《圏外村》を指定しても同じだった。自分は、この《ホロウ・エリア》からは出られない。

 アキトやアスナ、クラインはあんなに簡単にこちらを行き来していたのに。アキトが今、きっと何か苦しんでいるのに。

 その歯痒さが、もどかしさが、フィリアを苛立たせる。

 だけど、どうにもならないその事実に、フィリアは落胆するしかない。一介のプレイヤーである自分に、システムは凌駕出来ない。

 

 

 自分は、彼らとは違うのだと、そう考えてしまう。

 フィリアは、儚い表情を浮かべ、ポツリと呟いた。

 

 

 「やっぱり、アキトは……向こうの人なのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「良く分かってるじゃねぇか」

 

 

 

 

 ────その空間に、影が差した。

 

 

 

 

 「!!!」

 

 

 ゾワリと、背筋を襲う悪寒。ねっとりとしたその低い声に、フィリアは身体を震わせた。

 背中から感じる気配、その声の主を辿るべく、フィリアは咄嗟に短剣を抜き取り、それを構え、突き付けた。

 

 

「誰っ!?」

 

 

 

「おっと危ねぇ、そんなモン突き付けるなよ。怖くて膝がブルっちまうじゃねぇ」

 

 

 

 その声の主は、フィリアよりも少し離れた場所にいた。

 彼女よりも背は高く、黒いポンチョを着込んでいる。フードは深く被られており、目から上は伺えないが、頬には刺青が刻まれていた。

 

 

 フィリアは警戒心を強め、その突き出す短剣に力を込める。

 

 

「どうやってここに……」

 

 

「そんな事はどうだっていいだろう?世の中、不思議な事だらけだしなぁ…」

 

 

 

 フィリアの問い掛けにまともに答えるつもりは無いらしい。男の口元は、歪んだ笑みを浮かべていた。

 フィリアは目の前の男を凝視する。そして気付いた。

 

 

 目の前にいる奴は、つい最近アキトとアスナと共に一度見た事がある。

 アキトは奴を目にして震え、アスナは憎悪を含ませ話していた、例の殺人ギルドの長。

 可愛げな名前とは裏腹に、殺人を助長する道化。

 

 

 

 名前は、PoH。

 

 

 

「お前は……アスナ達が言ってた……《ラフィン・コフィン》とかいう……」

 

「おーおー、俺らも有名になったな。こっちの世界でも知られているとは」

 

 

 そのPoHの発言は、フィリアの疑問が正解だと言っていた。やはり、目の前の男は、殺人ギルドのリーダーなのか。

 フィリアは口を引き絞り、臨戦態勢をとっていた。

 

 

「私を殺しに来たの?そう簡単にやられると思って……」

 

「おーいおいおい、まぁ落ち着けよ。別にお前ぇ殺しに来た訳じゃねぇ」

 

「……じゃあ、何の用」

 

「そんな怖ぇ顔するなよ。同じオレンジ同士だろぉ?」

 

 

 

 

 ────オレンジ。

 今、この瞬間だけは、自身のカーソルが目の前の殺人鬼と同じ色である事が死ぬ程嫌だった。途轍もない不快感、一緒にされると斬りかかりたくなってくる。

 

 

「……だったら、何だって言うの?」

 

 

 苛立ちと恐怖をぶつける様に、そう言葉を吐き捨てる。

 PoHは何が楽しいのか、その笑みを崩さぬまま、フィリアと一定の距離を保ちながら彼女の周りを歩く。

 それに合わせ、フィリアも構えた短剣の角度を変え、目の前の男相手に警戒を緩めない。

 片手を上げ、クネクネと指を遊ばせながら、PoHは口を開いた。

 

 

「オレンジ、オレンジ、オレンジ、オレンジ。肩身の狭いオレンジ同士。仲良くやろうぜ」

 

「ハッ、よく言う……」

 

 

 仲良くする気なんか無い。こいつはきっと、今までこうやって甘い言葉で誘って仲間を増やして来たのだ。

 決して、口車に乗せられてはいけない。

 

 

 だがPoHは、そんなフィリアの返事に何かを言う事はせず、口元をさらに歪めて呟いた。

 

 

「知ってるぜ、俺は。お前が何をしたか」

 

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 

 心臓が、一際大きく鼓動する。

 声が震える。瞳が、揺れ動く。

 

 

「それは……どういう意味」

 

 

 震える声でそう問うフィリア。PoHは彼女のその反応に満足したのか、声高らかに言い放った。

 嘲笑うかのように、歓喜するように。

 

 

「言えないよなぁ……言えないよなぁ……あのビーター野郎には」

 

 

 ビーター。

 

 

 聞き慣れない単語に、フィリアは眉を顰める。

 だが、無意識に理解していた。この男が、一体誰の事を言っているのかを。

 

 

「……アキト……アキトの事?っ…アキトに何かしたら……!」

 

 

「…あん?」

 

 

 フィリアは今にも噛み付かん程に昂っている。

 だが、アキトの名前を出すと、目の前の男は首を傾げた。フィリアはその様子を見て、PoHはアキトの事を言ってる訳ではないのかと安堵しそうになった瞬間だった。

 

 

 PoHは何かを思い出した様な表情を浮かべると、嬉しそうに声を上げた。

 

 

 

 

「…ああ、そっかそっか、そうだよな。()()()()()()()()()()なぁ」

 

 

 

 

 その発言は、フィリアにとって聞き流せるものでは無かった筈なのだ。

 だが、今はその発言よりも、やはりこの男がアキトを狙っているのだと判断して、それを優先してしまった。

 

 

「…どういう事?やっぱりアキトを狙ってるの!? だったら…!」

 

「おお、怖い怖い。別に何もしねぇよ。……今はな」

 

「……」

 

 

 フィリアは黙ったまま、その短剣だけは緩めない。

 PoHはそんな彼女を警戒する事も無く身体をだらんと垂らし、息を軽く吐いた。

 

 

「まぁ今日は帰るわ。でも、俺達話が合うと思うぜ。オレンジ同士」

 

 

 PoHはその後、声を低くして、ニヤリと嗤った。

 

 

「あんなヒーロー気取りの弱っちいヤローよりはな」

 

「……用が無いなら消えろ」

 

「OK、分かった分かった」

 

 

 お手上げというように両手を軽く上げ、男はフィリアに背を向ける。

 フィリアは身体を震わせながら、それでも、いつでも攻撃出来る様に、構えは決して解かない。

 PoHはそんな彼女を見ると、終始ニヤけていた口元をさらに歪ませた。

 

 

 

 

「……お前ぇ……アイツと一緒にいたら死ぬぜ……」

 

 

「え……!?」

 

 

 その反応はきっと、奴の思い通りだった。

 だけど、フィリアはそんな事、考えられる精神状態では無かった。

 思わず構えを解き、PoHに近付こうと足を動かす。

 

 

「ちょっとそれどういう意味!?」

 

「おお~怖い怖い。じゃあ帰るぜ、また来るからよぉ」

 

 

そう嗤うと、PoHは淡い光に包まれて消えていった。フィリアの背にある転移門ではなく、態々持っていた転移結晶を使った様だった。

 

 

再び静寂に包まれる中、フィリアの頭には、今のやり取り、そして、最後にPoHが自分に言い放った言葉がへばりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アキトといると……私が死ぬ……?」

 

 

 

 






小ネタ

PoH「オレンジ、オレンジ、オレンジ、オレンジ」

訳 : 「(バレンシア)オレンジ、(ネーブル)オレンジ、(ノバ・)オレンジ、(ブラッド)オレンジ」

くっ…流石オレンジ(ミカン)ギルド……(白目)!



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