ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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……最近キリトのコピペ感(白目)
くっそぉ!何故だ……!

最近投稿した話、不振な点、不可解な点、読み取り難い点が多々あったと思います。申し訳ございません。
今後も精進致しますm(*_ _)m



Ep.57 失敗を糧に

 

 

 

 76層《アークソフィア》

 

 

 エギルの店で、いつものようにカウンターに座り、パスタを口に含むアキト。

 最近疲れが溜まっていたのもあって、珍しく遅く起きたのだ。店を見渡してみれば、いつものメンバーの殆どがおらず、恐らく攻略などに足を運んでいるのだろう。

 カウンターの向こうで商品を数えているエギルを視界に捉え、そのままテーブルのパスタに目を落とした。

 

 

 「……えっと」

 

 

 無視しようかどうしようか迷った末に、敢えて何も言わない事を貫いていたが、割と限界だった。

 先程からアキトの隣りには、アキトよりも明らかに小さい、白いワンピースの少女、ユイが座っていたのだ。

 何が嬉しいのか、顔をニコニコとさせながらカップ内の飲み物を飲みながら、偶にチラリとアキトの顔を伺っていた。

 

 

 「……何か、俺に用とかあるの?」

 

 「え?いえ、どうしてですか?」

 

 「あ、ああ、いや……」

 

 

 さっきから隣りに座ってこっちを見てるものだから、なんて直球で言ったら傷付くだろうか。

 女の子の扱いなど上手い筈も無く、アキトはユイが何故こんなにも嬉しそうに自分を見ているのか分からなかった。

 というか、あまり見られていると朝食を食べにくい。

 

 

 

 

『あ…あ、アキトさんを一日独り占め出来たら、とっても嬉しいです!!』

 

 

 

 

 「……」

 

 

 ふと、以前のポーカーの勝負前に、ユイが要求したご褒美の内容を思い出した。

 あの時、誰もが驚き、混乱しただろう。アキト自身もあの時は酷く混乱していた。ユイからはキリトの代わり、父親の様なものだと思われていたと思っていたからだ。

 あの時の発言も、聞くだけなら可愛い娘の発言だと頬を緩ませる事が出来るのだが、流石にあの赤くなった顔を見て勘違い出来る程、アキトも鈍感じゃなかった。

 

 けど何故だろう。困惑や焦り、驚愕もあるけれど。嬉しい気持ちも混在している。ユイにそこまで想われているからだろうか。

 それもあるだろう。だけど、もう一つ。

 76層に来てから、幾度と無くキリトと比べられ、重ねられ、その格差に辟易していた日々。

 その頃は、彼らが優しくしてくれるのは、お人好しだからと分かっていても、どこかこう思う気持ちがあったのだろう。

 

『キリトと自分を重ねて見ているんじゃないか』と。

 

 あの時はまだ、他人にどう思われようが構わないと思っていたのに、キリトと比べられていた事にとても不快感を感じていた事は否定出来なかった。

 彼らの救いになるならそれで良いと思っていた。でも、ここへ来て『自分は必要無いんじゃないか』とも考えていた。

 結局、どう転んでも負の感情が襲っていたのだ。

 だからこそ、ユイのその明るさが救いになっていたのかもしれない。『キリト』じゃなく『アキト』を見てくれて、『アキト』を必要としてくれて。

 嬉しかったのかもしれない。

 

 

 けど────

 

 

 「っ…!」

 

 「…アキトさん?」

 

 

 ズキリと、瞳に痛みが走る。

 ユイに見せないように、咄嗟に顔をあさっての方向へと向けた。

 

 また、この感覚。

 じわりと、確実に身体に浸る何か(・・)

 最近自覚した症状ではあるが、本当は、ずっと前から感じていたものだったのかもしれない。

 アキトは再びユイに向き直り、軽く笑みを作った。

 

 

 「……何でもないよ」

 

 

『キリト』ではなく、『アキト』として見てくれる人達がいる。

 それなのに自分は今、もしかしたら、『アキト』ですらなくなっているのかもしれない。

 もし、そうなってしまったら。

 自分は何者で、どんな存在になるのだろう。

 彼らは、それをどう見る事になるのだろう。

 

 首を傾げるユイの頭に、そっと手を置いた。

 瞬間、ユイの表情が時間差で赤く染まった。

 

 

 「…!? あ、アキト、さん……?」

 

 「…ユイちゃん、俺は────」

 

 

 

 

 ────俺は、ちゃんとアキト(・・・)だよね?

 

 

 

 

 「っ…」

 

 「……どうか、したんですか……?」

 

 

 その開きかけた口を閉じる。ユイも流石に不思議に思ったのか、そう聞いてきた。

 だが、アキトは何も口にする事が出来ないでいた。

 

 言えない。カウンセリングプログラムである彼女にそんな事は話せない。それを言ってしまったら、自分はまた誰かに縋って、大切なものを失ってしまいそうだったから。

 何より、ユイの負担に、引いてはみんなの負担になるかもしれない。

 それだけは、絶対にさせたくなかった。ただでさえキリトの死により傷付いているのに、自分の事まで背負わせてしまう事になるのは嫌だったから。

 

 

────思い違いであって欲しい。

 

────杞憂であって欲しい。

 

 

 

 

 「アキトさん」

 

 「え…」

 

 

 自分の思考に浸っていたアキトは、そのユイの優しい声に顔を上げる。

 ユイはこちらを真っ直ぐに見上げ、顔を赤らめた状態で、両手でワンピースの裾をきゅっと握った。

 

 

 「今度、またあの場所に連れていってくれますか?」

 

 「…あの場所って…」

 

 

 ユイの言うあの場所とはきっと、以前ユイが泣いていた時にアキトが連れていった場所。アキトの、お気に入りの場所の事だ。

 

 

 何の脈絡も無く提案された、そのユイの言葉の意味。

 

 

 それはきっと、いつもと違う様子のアキトを元気づけようとした、彼女の精一杯の勇気。

 流石と、言うべきなのだろうか。自分が辛くなりそうな時、いつも傍に駆け寄ってくれる彼女。自分に見せてくれるとびきりの笑顔。

 彼女の、MHCPとしての性なのかもしれないけれど、アキトにとって、みんなにとっても、彼女は人間と変わらない。

 彼女のこれは、ただの純粋な『優しさ』だった。

 

 慌てる様に言葉を紡ぐユイに、アキトは笑みを零した。

 

 

 「お、お時間がある時で良いんです…!その、あまり忙しくない時に、ほんの少しの時間で良いので、その……」

 

 「────良いよ」

 

 「っ…!」

 

 

 ユイは頭に乗せられた手の温もりを感じながら、ハッと顔を上げる。

 アキトは小さく笑って、その手を動かし、彼女の頭を撫でた。

 

 

 「明日にでも、行こうか」

 

 「は…は、はいっ!私、すっごく楽しみです!」

 

 

 本当に嬉しそうに笑う彼女を見て、アキトも素直に嬉しかった。

 顔を朱に染めてぱあっと笑顔を浮かべる彼女は、されるがままに、アキトが撫でる手を受け入れていた。

 一見、ただ明日の予定を二人で決めただけに思える。

 だけど、二人にとって、特にユイにとって、これは大切な約束だった。

 明日には果たされてしまう、儚い、だからこそ大事な、『小さな約束』だった。

 

 

 

 

 

 

 「アキト君、ちょっと良い?」

 

 

 「「っ!」」

 

 

 後ろからアキトを呼ぶ声が聞こえ、アキトは驚いて瞬時に手を離し、ユイは見られるのが恥ずかしかったのか、即座に身体をアキトから背けた。その顔は、やはり赤かった。

 

 振り向いて見れば、そこにはユイの母親、アスナの姿が。

 アキトは背筋が凍った。

 今のこの光景を見られていたのだとしたら、間違い無く殺される。

 アキトにその気が無くとも、ユイを誑かした罪はアスナにとって重い筈。

 何を言われるのか。

 

 

 「……?」

 

 

 アスナの問答を今か今かと待ち構えていたアキトは、中々来ないアスナの怒声に首を傾げ、思わずアスナを見直した。

 彼女のその表情は何処か暗く、顔は俯いていた。どうやらこちらをちゃんと見ていなかったか、それよりも重要な案件なのかもしれない。

 そんなアスナにユイも不安になったのか、心配する表情を浮かべる。

 

 

 「ママ、どうかしたんですか?」

 

 「何か用かよ」

 

 「…うん。シノのんの事なんだけど…」

 

 「……?」

 

 

 アスナが話題に出したのはシノンだった。

 アキトは何故彼女からそんな発言が飛び出たのか分からず、再び首を傾げた。

 アスナはそのまま言葉を続けた。

 

 

 「なんだか最近元気が無い感じだったから。何かに悩んでたみたいで……。私の思い違いなら良いんだけど……迷宮攻略してる時の事を気にしてるのかもしれない」

 

 「……そういやこの前、お前らで迷宮区行ったんだってな」

 

 

 シノンの射撃の腕前はかなりのものだった。

 スキルの威力だけでなく彼女の技能が秀でたもので、射撃スキルは彼女が持つべくして持ったと言っても過言じゃない程だったのだ。

 アキトが許可を出してから、彼女は自身が望んでいた攻略組の仲間入りを果たしており、アスナ達とパーティを組んでレベリングをしていたという話はアキトも聞いていた。

 

 

 「射撃武器だと、敵に接近された時に攻撃を捌ききれないでしょ?勿論、その時は私や他のみんながフォローに入るんだけど…」

 

 「…はあ」

 

 「でもそれは遠距離武器なら仕方無い事だと思うし、私達も気にしなくていいよって言ってるんだけど…」

 

 「…ほお」

 

 「シノのん、凄く気にしてるみたいで。もしかしたら、自分が負担になってるって感じているのかも……」

 

 「…へえ」

 

 「その話をさりげなくしとこうと思ってシノのんの部屋に来たんだけど……見当たらなくって」

 

 「…ほお」

 

 

 それを聞いたアキトは、瞬時にシノンがいるであろう場所を予想した。

 恐らく、いつもスキル上げをしている、あの小さな草原の丘だ。

 思考しながら話を聞いていた為、反応が巫山戯た感じになってしまったのは仕方無い。だが、アスナは彼のその反応に思うところがあったのか、眉を吊り上げて迫って来た。

 

 

 「…アキト君聞いてるの?人が真剣に話してるのに、さっきからホーホーホーホー!」

 

 「き、聞いてるっつの……ってか、そんなホーホー言ってねぇだろ」

 

 

 アキトはアスナが近付いた為に、距離を取ろうと席から立ち上がり、彼女から離れる。

 アスナの表情は未だ変わらず、不服そうにこちらを見ていた。

 アキトは溜め息を吐き、彼女に返答した。

 

 

 「大体、そんなもん弓使ってたら当たり前じゃねぇか。遠距離の有利と近距離の不利がトレードオフなのは」

 

 「そうだけど……」

 

 「一応アイツには短剣も持たせてるし、近付いて来た敵も短剣で対処出来るようになるだろ。時間の問題だよ」

 

 「でも……」

 

 「それにアイツはこの世界に来てまだ日が浅いんだ。昨日今日で攻略組に並ぼうなんてのが無理な話なんだよ」

 

 

 アスナが何かを言う前にそう捲し立てるアキト。ユイはオドオドしながら、話の顛末を聞いていた。

 そう言う反面、アキトも最近のシノンの元気の無さは察していた。

 アスナ達と攻略したのが原因だとは思ってなかったが、その原因だって今のシノンなら仕方の無い事だ。

 彼女はここへ来てまだそれほど時間も経ってない。レベルも他の攻略メンバーと比べたらお世辞にも高いとは言い難い。

 

 それなのに、彼女が手にした武器は《弓》。この世界にただ一つしか存在しないそれは、弓を持たない他のプレイヤーでは誰も彼女に教える事が出来ないものだった。

 彼女はたった一人で、誰も知らない未知のスキルを使って攻略しなければならないのだ。

 彼女が近距離と遠距離を制する為に必要なのは、時間と経験だ。まだ攻略し始めたばかりのシノンが、訓練と実戦のギャップに慣れ、自身の弓の一撃がモンスターにどれだけの有効打なのかを把握し、遠距離という空間把握に長けた存在になって初めて、彼女の悩みの対策を模索する事が出来るのだ。

 

 だが、アスナが言ってる事はアキトも思っている事だ。

 遠距離キャラが接敵すると辛いのはRPGなら定番だ。その分遠距離から敵を削れる点で貢献している訳だから、本当に気にするところでは無いと思っていた。

 

 

 「……違うの」

 

 「…?」

 

 

 アスナがポツリと、そう口にした。

 アキトもユイも、アスナの顔を見つめる。

 

 

 「シノのんが悩んでるのって、それだけじゃない気がするの……」

 

 「……」

 

 

 アスナが何を言わんとしているか、アキトはその一言だけで理解した。

 それは、アキトも感じていた事。

 彼女は思えば、ずっと強くなる事に拘っていた。

 

 

 「シノのんが弓を射る時の表情とか、倒した時の表情とか、いつもと違って見えて……心配なの」

 

 「……出来る事なんて、沢山あると思うけどな」

 

 「そう、かな。私はまだ何も見つけられてない……前は、何も出来なかったから、今はやれる事は何でもやってみたいの」

 

 

 アスナはそうやって儚げに笑った。

 彼女のその言葉は、何に向けられた言葉なのか。何を思って放った言葉なのか。

 アキトのは理解出来ていた。

 

 

 きっと、何も出来ずに見送った、キリトの最期。

 

 

 「……」

 

 

 アキトは身体を傾け、アスナの横を通り過ぎる。

 アスナは目を見開いて振り向き、彼の背中を見た。

 

 

 「……悪いけど、用事思い出したから出るわ」

 

 「え…うん…」

 

 

 アスナの相談に何一つ答える事無く、アキトは外へと赴いた。

 そんな背中を、キリトに似た背中を、アスナは眺めるばかりだった。

 

 いつもツンケンして、他人に皮肉ばかり言って、だけど本当は優しくて、どこが無理をしていて。

 そんな彼に相談すれば、きっとシノンの事も。そう思っていたけれど、アスナはまた失敗したかもしれないと後悔する。

 アキトだって何か抱えている筈。ずっと助けられてきた自分が、また助けてもらおうだなんて虫が良すぎたのかもしれない。

 

 アスナは力無く、ユイの隣り、先程アキトが座っていた場所へと腰掛けた。

 顔をテーブルに俯せ、どうしようかと頭を捻る。

 

 

 「ママ、ママ」

 

 「え……ユイちゃん?どうかしたの?」

 

 

 ユイに呼ばれ、再び顔を上げる。

 自分の娘はにんまりと口を弧に描き、自信満々といったように口を開いた。

 

 

 「シノンさんの事なら、きっと心配いりません!アキトさんが何とかしてくれますから!」

 

 「っ……」

 

 

 その言葉で、アスナは何故かクスリと笑ってしまった。

 随分と娘に信頼されているのだなと、アキトの背中を思い出しながら考えていた。

 確かに、アキトは優しい。見ず知らずの自分を何度も助けてくれた。リズベットとエギルもピンチから救ってくれたし、ユイの面倒を見てくれて。

 今にして思えば、先程の用事とやらも、もしかしたらシノンの元へと行ってくれる為の建前だったのかもしれない。

 そう思うと、その素直じゃないアキトに好感を持ってしまった。

 

 

 そんな彼女達の前に、商品の整理を終えたエギルが現れて口を開いた。

 どうやら一部始終を聞いていた様で、エギルは達観した様に笑った。

 

 

 「いつまで経っても素直じゃねえな」

 

 「…そうですね」

 

 

 そう、彼は本当に優しい。

 だけど、素直じゃない。

 そしてそれは、自分達に心は開いていない事と同義の様に思えた。

 

 

 「……色々難しいと思うが、あまり色々悔やむなよ」

 

 「え…? エギルさん…」

 

 「失敗しない奴なんて、この世にいない。何度も失敗や挫折、反省をして、そこから拾えるものを次に繋げていくのさ」

 

 「っ……お見通しですね」

 

 「抜け目ないのが商人だからな」

 

 

 今まさに、自分は失敗したと嘆いていたところだった。

 商人などは関係無く、エギルはよく見てくれている。流石は保護者といったところだろうか。エギルは笑って奥へと歩いていった。

 アスナも思わず笑ってしまう。ユイも嬉しかったのか、ニコニコと笑みを作った。

 そして、エギルの言葉が頭の中で反芻する。

 

 

(何度も失敗や挫折をして、拾えるものを次に……)

 

 

 もう二度と、大切な誰かを失わない為に。

 後悔と反省を繰り返し、同じ過ちを犯さない為に。

 

 

(今の私に出来ること────)

 

 

 

 

 アスナは立ち上がり、ユイを見てニコリと笑った。

 

 

 

 






小ネタ

アキト 「用事思い出したから出るわ」

アスナ・ユイ ( ( シノンさんのところに行くなんて……優しい……) )


エギル 「失敗や挫折をして、拾えるものを次に繋げていくのさ」

アスナ・ユイ ( ( エギルさんマジカッケエエェエェェェ!!!) )


※小ネタは本編とは無関係です。

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