ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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描写が……!感動させられるような描写が欲しいっ…!
今回も文章力が欲しくなる話……!( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

そしてアキトの若干のキャラ崩壊。
いや、本来の姿かな(´・ω・`)

感想下さい……描写のアドバイスでも何でも……



Ep.58 自覚した思いと想い

 

 

 

 76層《アークソフィア》

 

 

 街から少しだけ離れた場所。

 まるで牧場のようにどこまでも広がる草原。柵を飛び越えるとそこは小さな丘になっており、下っていけばその草原がどこまでも広がっているようで。

 

 その場に立っていたアキトの淡い色の黒髪が風で揺れ、コートも靡いていた。

 アキトはその場で足を止め、辺りを見渡す。

 目的はただ一つ、シノンの事だった。

 

 

 「……」

 

 

(…心配だな)

 

 

 本当は優しい少年である彼は、アスナの様子を見て、すぐにシノンの元へ向かうと決めていた。

 あんな顔のアスナを見たくないのもそうだが、攻略での戦闘を気にしてるというシノンも心配だったからだ。

 今後モンスターのレベルはドンドン上がっていく。その中で、レベルも経験も乏しいシノンを投入するのはあまりにもリスキーだ。

 アスナ達の心配も当然で、傍から聞いてたアキトですらこうして見に来る程。

 

 一人で街の外には出ない筈。いるとすれば────

 

 

 「あれ、アキト?」

 

 「…よう」

 

 

 予想通り、シノンはいつものこの場所で訓練していたようだ。手元にはアキトが買い与えた弓《アルテミス》が収められていた。

 ここにはシノン一人しかおらず、どうやらずっと一人で弓を引いていたようだ。

 

 

 「一人で訓練やっても効率悪いだろ。誰か誘えば良かったじゃねえか」

 

 「……訓練始めた時、アンタは寝てたけどね」

 

 「別に俺じゃなくても……ちょっと待て、お前何時からここにいる……?」

 

 

 アキトはそんなシノンに素朴な疑問を投げかける。いつまより起きるのが遅かったとはいえ、シノンは朝からアスナに探されていた筈だ。

 アスナがシノンの部屋に行くよりも前に訓練してたとしたら、もう結構な時間だった。

 だが、シノンはアキトの質問に答えず、彼に向かって歩いた。

 

 

 「それより、折角来たんなら手伝ってくれない?近接戦での回避の練習がしたい」

 

 「……」

 

(…アスナの言う通り、やっぱり気にしてたのかな…)

 

 

 アキトはシノンの要求を聞いてそう思った。彼女が気にしてる事は遠距離武器を使うなら宿命だ。本当にシノンが気にするような事では無いのだが、シノンはただ真っ直ぐにアキトを見つめた。

 

 

 「……今チラッと見てたけど、お前動き鈍くなってんぞ。休憩入れてんのか?」

 

 

 身体は疲労しないといっても、無理し過ぎるのは良くないというのはゲームの中でも同じだった。

 

 

 「何日も寝てない訳じゃない。今は大丈夫よ、訓練を優先するわ」

 

 「何が大丈夫だ、足元フラフラだった癖に」

 

 「……えっと、手伝う気が無いならどこかへ行ってくれない?集中したいから」

 

 「……わーったよ」

 

 

 シノンの不貞腐れるような表情に、アキトの方が折れた。

 何処かへ行くのも考えたが、それではシノンは再び休みなく訓練するだろうし、それでは何の解決にもなってない。

 自分が付き合って、彼女の調子の悪さを突き付けるしかない。

 

 

 「……じゃ、やるか」

 

 

 アキトはシノンが危なくないように、短剣を装備し、シノンから距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 そうして、暫く時間が経った。

 現在、アキトはその短剣を胸元に引き寄せ、弓を構えるシノンに向かって走り出していた。

 

 

 「っ────!」

 

 「しっ!」

 

 

 引き絞られ、放たれた矢を、アキトは紙一重で躱す。第二、第三と続く矢の押収に対し、アキトは瞳を動かすだけで軌道を読み取った。

 先程と同じ撃ち方、軌道、筋、狙う場所。

 それはもう、一度見た(・・・・)

 

 短剣単発技《アーマー・ピアス》

 

 アキトは、その矢を短剣で斬り落とした。

 

 

 「そんなっ……!?」

 

 

 シノンはその常識外れの技術に目を見開く。だがアキトにしてみれば、これは予測出来て当たり前だった。

 何せ、シノンは先程から攻撃がワンパターンになって来ていた。長時間の訓練により、集中力が切れてきているのだ。

 アキトはシノンが驚いた一瞬を狙って詰め寄り、その喉元に短剣を突き付けた。

 

 

 「っ……」

 

 「……ここまでだな」

 

 

 アキトはその短剣を下ろし、シノンから離れる。

 シノンはそれを聞いて目を丸くした。

 

 

 「え…?」

 

 「反応出来てない。これ以上やっても良くならない、一度休憩だな」

 

 「でも……」

 

 

 シノンは何か言いたそうにアキトを見る。

 だがアキトはそこだけは譲れなかった。彼女は確かに頑張っているが、根を詰め過ぎだ。

 勉強も運動も、間に休憩を挟む事で効率よく進める事が出来るのだ。今のシノンの行動は悪い例だった。

 

 

 「作業ってのは集中力がいるだろ。けど、人の集中力なんてもっても30分。何時間も持続出来る訳ねえ。効率良くプレイするなら短時間がセオリーなんだよ。ダラダラやんのが一番進まないやり方だ。今のお前の事だ、シノン」

 

 「……」

 

 

 言い過ぎだろうか。だけどここまで正論を言わないと、シノンは引き下がってくれない気がした。

 ここで追い討ちをかけるべく、アキトはアスナの話していた事を持ち掛けた。

 

 

 「……今日、閃光が話してたよ。自分が足でまといだと思ってんならとんだお門違いだとよ」

 

 「アスナが…?」

 

 「パーティ組んで攻略に行ったんだろ?集団戦闘に必要なのは個々の強さより役割分担だ。遠隔武器であるお前が一人いるだけで戦闘の幅が広がるんだ、結果的に戦力は上々だろ。お前が接敵されてそれをアスナ達に守ってもらったとしても、まだお釣りが貰える貢献度だろ」

 

 

 持ちつ持たれつの関係。それは決して傷の舐め合いなどではなく、頼り合い、支え合う関係性だ。

 ソロであるアキトに言えた義理ではないのかもしれないが、シノンが迷惑を感じているのならそれは間違いである。

 攻略組は決して一人で戦える場所じゃない。ソロであるアキトでさえ、命令口調ではあるが指示を出す。協力もするし、誰かが危なければ助けに入る。

 シノンが劣等感を感じる必要は全く無いのだ。

 

 

 だが、シノンは顔を俯かせ、ポツリと口を開いた。

 

 

 「……そういう事じゃないの」

 

 「……じゃあどういう事なんだよ」

 

 

 いつまでも折れてくれないシノンに、アキトは若干の焦りを抱く。声に苛立ちに似たものが込められた気がした。

 だがシノンは臆する事無く、気にする事無く口を開いた。

 

 

 「私は強くなりたいの。今の私は、誰かに頼らないと戦えない。それじゃダメ、全然意味が無い」

 

 

 彼女も何処か、焦るような口調で捲し立てる。

 強さを渇望し過ぎて、大事な何かを見失っているように見えた。

 シノンは胸元に弓を引き寄せ、ぐっと握り締めた。

 

 

 「私、これは運命だったと思う。この世界に来たのも、射撃スキルが習得リストに現れたのも。自分を守る為に、あらゆる敵に向けて矢を放つ……これが、これだけがきっと、私を救ってくれる、ただ一つの道」

 

 

 声が段々と震え、その瞳が揺れる。

 彼女は今、周りが見えていなかった。

 

 

 「何百匹でも何千匹でも撃ち殺して、膨大な屍の山で全てを埋め尽くして……それで私は、私を取り戻せる、強くなれる。そうすれば……」

 

 「っ……」

 

 

 シノンは途端に顔を上げ、アキトの顔を見つめた。

 アキトは困惑しながらも、なお彼女を見返す。彼女は、何を求め、何がしたいと言うのだろうか。

 だが、シノンはワナワナと口を震わせ、ゆっくりと後退していった。

 

 

 「そうでなければ……強くなければ、意味が無いの……」

 

 「シノ────」

 

 「っ!」

 

 

 アキトが彼女の名前を呼び切る前に、シノンはアキトの横を通り過ぎた。

 突然の事でアキトは目を見開き、彼女の走った先へと振り向く。

 シノンは人通りの多い道を走っていき、やがて見えなくなっていった。

 アキトはそれを追う事もせず、ただポツンとその場に立ち尽くしていた。走り去る彼女の悲しげな表情を見て、何も言えずに。

 

 

 「……強くなければ……意味が、無い……か」

 

 

 シノンの言葉を、音にする。

 彼女が何故あそこまで強さを求めているのか、アキトには分からない。

 この世界にいれば、強くなりたいと思うのは誰しも共通の欲望である。ゲームに貢献しているプレイヤーなら大抵は願う事だと思う。

 

 だがシノンのそれは、そんな彼らの望みとは少し違う気がした。

 もっと必死で、切実な理由があるような。

 

 

 「……」

 

 

 いつの日か、シノンの記憶の話をしてもらった事があったのを思い出した。

『忘れていたかった事まで思い出した』と、彼女は言っていた。現実世界ではカウンセリングを受けていたとも言っていた。彼女が忘れたいと思っている記憶は、それほどに深刻なものなのだろうか。

 もしかしたら、シノンはそんな『何か』を乗り越える為に強くなろうとしているのかもしれない。

 

 

(強く────……強、く……?)

 

 

 

 

 その瞳が見開き、大きく揺れた。

 

 

 

 

 

『まさか他の階層に転移したのか!?』

 

 

 

 

 「っ…!? もしそうだったら……!」

 

 

 

 

『手当たり次第、他の層も探さないと!』

 

 

 

 

 「分かってる!」

 

 

 アキトはその場から急いで離れ、転移門のある広場に向かって全力疾走で駆け出した。

 もしかしたら、まさか、そんな可能性が頭を過ぎる。そうであって欲しくないと思う程、その可能性が肥大する。

 シノンは、他の迷宮区に────

 

 

 「っ……チィ……!」

 

 

 アキトは大通りに集まる人の群れに舌打ちした。

 混雑した人波を潜り抜けて転移門広場へと行くには時間がかかる。生憎転移結晶は無く、買うには時間もお金もかかる。

 

 

(…仕方ない────っ!)

 

 

 アキトは街中でエリュシデータを引き抜いた。そして身体を屈め、一気に走り出した。

 それを見たプレイヤー達は、こちらに剣を持って近付くアキトに目を見開き、声を上げながら散り散りになろうとしていた。

 アキトはそれを見ると、先程まで人が座っていた大きめの木箱に目を向ける。

 

 

(いけ────!)

 

 

 体術スキル《飛脚》

 

 木箱に足をかけて、そのまま斜め上に飛び上がる。

 人々が驚きの声を上げて見上げる中、アキトは建物の側面────壁に向かって足を付け、そのまま一気に壁を走った。

 

 

 「ええぇええ!!?」

 「嘘…!」

 「何だあれ…!」

 

 

 驚くのも無理はないが、アキトは気にする事もしない。

 他のプレイヤーよりも優先すべき事項が今はあったからだ。

 現在行けるのは84層。合計8層ものフィールドを探さなければならないのは中々に骨だ。

 こんな事ならフレンド登録をすべきだったと、自分を呪う。自分の勝手な都合で、シノンからのフレンド申請を幾度と無く拒否したツケが回ってきたのだと痛感した。

 

 急いで他の層へと転移していき、辺りのプレイヤーに話を聞く。いつもの口調が崩れ始める程に、アキトは焦りを覚えていた。

 もしかしたら、また、あの時みたいに。

 大切な誰かを────

 

 

 「いやー、さっきの女の子一人で大丈夫かな」

 「でもあの冷たい感じが、なんか強そうだったな」

 「随分珍しい武器持ってたよな……何あれ、弓?」

 

 

 「っ!」

 

 

 その声のする方へとアキトは視線を動かす。

 するとそこには、転移門から下りて話をしながら階段を下る三人のプレイヤーがいた。

 気が付けば、アキトは三人の元まで駆け寄り、その内の一人の肩を掴んで見つめた。

 

 

 「なあ、その子、何処に行ったか分かるか!?」

 

 「な…なんだお前…!」

 「お、おい…こいつ、《黒の剣士》じゃね…?」

 「ま、マジか…!」

 

 「探してるんだ!場所を教えてくれ!」

 

 

 彼らが自分をどう呼んでいるのかなど、気にしてられる時間も惜しかった。

 焦りと恐怖が勝り、アキトの瞳は揺れていた。

 三人のプレイヤーも、その徒ならぬ雰囲気を察したのか、顔を見合わせた後、ポツポツと語り出した。

 

 

 「80層の迷宮区の方に向かってったけど……」

 「なあ、あの弓って迷宮区を一人で狩りに行ける程の武器なのか?だったらすげぇな、何処で手に入れたんだ?」

 

 「っ!その話はまた今度、ありがとう!」

 

 

 アキトは彼らに背を向けて走り出した。

 目指すは80層迷宮区。アキトは転移門へと着地し、進むべき道を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 80層の迷宮区。

 

 他の迷宮区と何ら変わりない、暗く淀んだ場所。

 モンスターしかいないその場所を、アキトは全力で駆けた。

 

 

 

 

『この層の迷宮区にソロだなんて無茶だ!急がないと…』

 

 

 「分かってる!」

 

 

 幻聴を遮り、アキトは剣を構える。

 目の前に蔓延るモンスターを見て、アキトは憎悪を瞳に宿した。

 

 

 「『邪魔をするなぁ!』」

 

 

 片手剣単発技《ソニック・リープ》

 コネクト・《掌破》

 コネクト・《ホリゾンタル》

 コネクト・《閃打》

 

 

 「『退け!』」

 

 

 何体も何匹もいる獣共を一撃で沈め、アキトは必死に辺りを見渡す。

 じわりじわりと、何かが侵食するその感触すら、構ってられない程に。

 瞳の痛みなど、気にしていられない。

 躱し、すれ違いざまに斬り抜き、その道を走る。階段を上り、部屋を漁り、隠しエリアを虱潰す。

 

 

 「『どこだ、シノン……どこだ!?』」

 

 

 何処を探しても見当たらない。だけど、最悪の事態は決して考えたりしない。

 強くなろうと決意した彼女が、こうも簡単に死ぬなんて、絶対にあってはならない。

 

 

 ────ドクン

 

 

 また。

 

 

 また、俺は。

 

 

 また、「『俺達』」は。

 

 

 大切な誰かを────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……うっ!!」

 

 

 「『っ…!』」

 

 

 ふと、遠くの方から小さな声がした。

 その声はアキトの耳に届き、アキトは大きく目を見開いて声のする方へと顔を向けた。

 

 

 

 

『今の声は……シノンッ!!』

 

 

 「くっ……間に合え……!」

 

 

 気が付けば、アキトは走り出していた。

 《ホロウ・エリア》の攻略ばかりで、疎かにしていたその迷宮区を、知らない筈の迷宮区を、迷う事無く突き進んだ。

 

 ズキリと、瞳が痛む。

 かつての光景が、頭の中を過ぎった。

 

 

(…ああ…あの時も、こうやって俺は……)

 

 

 この状況は、何処か似ていた。

 大切な人達を失った、あの頃と。

 必死に走って、最悪の事態ばかりを考えて、一心不乱にモンスターを斬り捨てて、他の事は何も考えてなくて。

 

 

 「『くっ…!』」

 

 

 また、間に合わないのか。

 また、死なせてしまうのか。

 助けると、約束したのに。

『ヒーロー』になると、誓った筈なのに。

 

 

 「『間に合ってくれ……』……サチ……!」

 

 

 いつの間にかアキトは、別の少女の名前を呼んでいた。

 

 

 

 

 そうして走った先に、ずっと探していた少女が、シノンがいた。

 その場に崩れ落ち、弓を手放し、ただ殺されるのを待つかのように、怯えたようにモンスターの集団を見上げていた。

 

 

 モンスターを斬り飛ばしてここに来たアキトと、シノンは、一瞬だけ、視線が交錯した。

 

 

 「アキトッ……!?」

 

 

 「────」

 

 

 アキトは、目を見開いた。

 

 

 

 

 その少女が、かつての────

 

 

 

 

 失った大切な人に見えたから。

 

 

 

 

 「────サ、チ」

 

 

 シノンを見て、そう、呼んでしまった。

 敵に囲まれ、怯えるその少女が、かつてモンスターを怖がっていた頃の彼女と重ねて見えてしまった。

 HPが赤く染まる彼女を見て、瞳孔が開いた。

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 「────シノン(サチ)、に」

 

 

 

 

 その黒き剣を、握り潰しそうになった。

 

 

 

 

 「『その子に、触るなあああぁぁああ!!』」

 

 

 

 

 アキトは、シノンとモンスターの間に物凄いスピードで割って入った。

 モンスターが慌てて後退するも、もう遅い。

 アキトはその場で片手剣を振り抜いた。

 

 片手剣単発技《ホリゾンタル》

 

 その白銀に染まる騎士型の2体は、瞬間に死滅した。

 散り行く光の破片をかき分けて、アキトは両手剣を持つ首無しの騎士に迫る。

 

 コネクト・《エンブレイザー》

 

 イエローに輝くエフェクトが、騎士の鳩尾に食い込んだ。

 モンスターはくの字で吹き飛び、壁に激突して霧散した。

 

 

 「『────らあっ!』」

 

 

 コネクト・《ファントム・レイブ》

 

 紫に光る剣が、残りのモンスター達に一撃ずつ入る。

 死神型のモンスターの大鎌を躱しながら、スキルモーションに移行する。

 その速度は、まさに神速。この時ばかりは、閃光のスピードを凌駕していたかもしれない。

 アキトは目の前にいるモンスターを倒す事だけを考え、全ての攻撃を当てていく。《ホロウ・エリア》で上げすぎたレベルは、この迷宮区で大きいアドバンテージだった。

 

 

 「『せああぁあぁああぁあああ!!』」

 

 

 その声と共に、モンスターは消えてゆき、やがてその場に残るのは光の粒子だけだった。

 アキトはそれを感じ取ると、張り詰めた空気を一気に吐き出した。

 

 

 「『はあ、はあ…っ、はあ…はっ……くっ、はあ…」

 

 

 いつの間にか、あの瞳の痛みは消え、一気に汗が出た。

 色々なものが決壊し、その場に崩れ落ちそうだった。

 荒い呼吸を整える。

 

 

 「…、シノン…!」

 

 

 そして、慌てて少女の無事を確認する。

 そこには、こちらを不安そうに見上げる、シノンの姿があった。

 

 

 「アキト…」

 

 

 「あ────」

 

 

 その姿を見て、アキトは目を見開いた。

 

 

 間に、合った。

 助けられた。

 

 その事実だけで、身体が震えた。

 言葉にならない衝動が、表現出来ない心情が、アキトの身体を動かしていた。

 目の前の少女を。シノンを、サチを。

 

 

 

 

 「アキト……ごめんなさい、面倒をかけ────」

 

 「っ…!」

 

 

 

 

 シノンが何かを言うより先に、アキトが彼女の身体を抱き締めた。

 

 

 「なっ…、あ、アキト……!?」

 

 

 突然の事で、シノンは目を見開き、顔を赤くする。

 いきなりの彼の行動に、理解が追い付かない。シノンの視界には、見た事も無い表示がされ、警告音にも似た音が鳴り響く。

 

 

 しかし────

 

 

 「……よかった……よか、…た……君が、サチが……シノンが、無事で……俺は……、俺、は……!」

 

 「……アキト……?」

 

 

 小さく溢れるアキトの声に、シノンは耳を傾ける。

 震え、泣き声のように、アキトは口を開いていて。

 

 

 「俺はまた……君を……君を、死なせる……ところだった……」

 

 「……」

 

 

 アキトはシノンを抱き締める力を強くする。

 シノンはそれを感じ取り、顔を赤く染めるも、アキトのこの行動に、今までと違う様子に困惑した。

 

 自分は、こんなアキトは知らない。

 自分の知ってるアキトは、いつも強気で、皮肉屋で素直じゃなくて、口が悪い。けど、本当は優しい。そんな少年だった筈だ。

 

 だけど目の前の少年は、幼い子どものように縋り付き、涙を流し、嗚咽を漏らしている。身体は震え、泣き喚いていて。

 こんな弱々しい少年を、シノンは知らなかった。

 

 アキトのその言葉はきっと、自分に向けられたものじゃなかった。

 だけど、強く抱き締められる中にも、彼の温もりと優しさを感じて。

 シノンは、行き場の無かったその手を、アキトの背中と頭の上に乗せた。

 

 

 何故だろう。シノンは、自然と涙が流れていた。

 いや、きっと理由は分かってる。

 

 このままずっと、無力に怯えて生きていくよりは、死んだ方がいいと思った。

 だけど、HPが赤くなった瞬間、これで消えるのかと思ったら、怖くなった。

 怯えたまま、ずっと何も出来ないまま終わってしまうのが怖くて、辛くて。

 だから、アキトが来てくれた時、凄く安心して。

 

 

 「『ありがとう、アキト。臆病な私を助けてくれて』」

 

 「っ……!俺、は……僕は…!……くっ……うあっ……う……ああ……!」

 

 

 アキトにとってその言葉はまるで、かつて大切だった人から言われたように聞こえて、限界だった。

 もう涙は見せない、弱い自分は見せないと決めたのに。

 もう、もたなかった。

 

 

 アキトは、シノンの身体を強く、強く抱き締め、涙を流し、言葉に出来ない声を漏らした。

 そんなアキトを抱き締め返し、シノンも死の恐怖を身近に感じた事で、溜めていたものが決壊し、声を漏らした。

 

 

 

 

 かつて、守れなかった少女がいた。

 助けると誓ったのに、間に合わなかった少年がいた。

 何度も何度も失敗した彼は、今日、漸く。

 

 

 守りたいものの一つを守る事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 「……ごめんなさい。急に泣いたりして」

 

 「……こっちこそゴメン。抱き着いたりなんかして」

 

 

 暫く経つと、そこには迷宮区だというのに地面に正座する少女と、土下座気味の少年がいた。

 我に返るとお互いに抱き合っているという状況。

 アキトとシノンはお互いに顔を赤くし、途端に離れたのだった。

 そこからは互いに謝罪のキャッチボールだった。

 

 

 「それは、まあ……別に。……私も、その……抱き締め返しちゃったし……」

 

 「いや、それは俺も泣いちゃったからで……」

 

 

 気が付けば、アキトもいつもの態度では無くなっていた。

 ずっと取り繕って、強がって、偽りの仮面を付けていたのに。

 シノンは、そんなアキトを見てポツリと呟いた。

 

 

 「……私、このまま何も出来ずに死ぬと思ったら、怖くなった。自分から迷宮区に足を踏み入れたのに、身体が思うように動かなくて……」

 

 「……」

 

 

 シノンがそう言って自嘲気味に話すのを見て、アキトは口を開いた。

 

 

 「……シノン。聞いてくれ」

 

 「え?」

 

 「……俺は、お前が過去に何があったのかは知らないけど、話したくない事なら無理に聞こうとは思ってない。それは多分、みんなも同じだと思う」

 

 

 彼女が一人で迷宮区に行こうとする程に悩んでいたとしても、彼女が言いたくないなら聞く事は決してしない。

 リアルの事を聞くのはマナー違反だし、聞いたところで気の利いた事を言える自身も無い。

 

 

 「……だけど、君が俺に言ってくれたんだ。『一人になるな』って」

 

 「あ…」

 

 

 それは以前、射撃訓練で一緒に川に落ちた時に、シノンがアキトに言ってくれて言葉。

 

 

 「君の悩みはきっと、君にしか解決出来ないのかもしれない。だけど、閃こ─── アス、ナ、達もシノンを心配してる。何か悩みがあるなら、きっと力になってくれる」

 

 

(ああ……俺、みんなの事、そんな風に思ってたんだな……)

 

 

 シノンを説得する内に実感する。

 あの空間はアキトにとって、きっと、大切な場所になりつつあって。

 

 シノンはそれを聞いて俯くと、その膝に乗せた拳をきゅっと握り、先程アキトの言った事をそのまま返した。

 

 

 「……これは私の問題だから……きっと私にしか解決出来ない」

 

 「…うん」

 

 「……でも、ありがとう。気持ちは嬉しい」

 

 

 そうやってシノンは、小さく笑った。顔はほんのりと赤く染まっており、とても女の子らしかった。

 

 

 「……助けてくれて、ありがと」

 

 「……約束、したからな。絶対に守るって……」

 

 「…あ、あれは、私にじゃなかったでしょ…?」

 

 

 それを聞いてシノンは慌てる。

 いつの日か、震えながら言ってくれたその言葉は、きっとアキトが好きな人に言い放った言葉だったから。

 だけどアキトは首を横に振り、小さく笑い返した。

 

 

 「そんな事無い……俺にとって君は……君達は、俺にとって……きっと……大切なものだから……」

 

 「っ……よく、そんなっ、恥ずかしいセリフ……!」

 

 

 シノンはそれを聞いて顔を赤くする。

 何だ、この男は。口調が違うと態度も性格も違う。

 なんてキザな男なのか。こんな男だっただろうか。シノンはあたふたとしだした。

 

 

 「アンタ、今までの態度からしてそんな事言うような奴じゃないでしょ」

 

 「……あっ…えっと……」

 

 

 アキトは漸く、自分が素で話していた事に気付いた様で、思わず口元を手で抑える。

 シノンはそれを見て呆れるように笑った。

 

 

 「もう良いわよ。アンタがそんな感じだったのは前から知ってたし」

 

 「……」

 

 「…みんなには言わないわ。見せたくないんでしょ?」

 

 「……弱い自分は、見せたくないから」

 

 

 儚げに笑うアキト。シノンはそれを見て、アキトの過去が気になった。

 だけど、自分が言わないのに彼の事を聞くのは、きっと矛盾していると思うから。

 だから、今は。

 

 

 「……じゃあ、帰ろうか。立てる?」

 

 「え…えと……あれ、立てる……」

 

 

 シノンは立ち上がり、そんな疑問を口に出した。

 先程まで、足がガクガクして、まともに動けそうに無かったのに。

 

 

 「よし、帰ろう」

 

 「……ええ」

 

 

 いや、きっと理由は自分でわかっている。

 あの時、震えていた時に、アキトに抱き締めて貰って、凄く安心したのだ。

 

 

 「……」

 

 

 アキトのその背中を後ろから見つめ、シノンは以前アキトにした質問を思い返していた。

 どうしてアキトが強くなろうとしたかを、それを突き詰めて聞いて後悔した事を。

 あの時は、彼の過去を抉るような話を聞いた事に後悔して。

 傷付けるくらいなら、聞かなければよかったと、そう感じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────どうして強くなろうと思ったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

『好きな子がいて、その子を守る力が欲しかったんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────…まだ、その子の事、好きなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ああ……好きだよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……聞かなきゃよかった」

 

 

 

 

 アキトの背中を見つめ、顔を赤くしながら。

 シノンは確かに、強く脈打つ鼓動を感じ取っていた。

 

 

 






小ネタ 『おんぶだったら』

シノン『……アキト、重くない?』

アキト『…まあ、乗せてないよりかは重いよね』

シノン『……』

アキト『……その矢どうする気(震え声)?』

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