ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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ウルトラサンムーンが発売!超楽しい。
よってこちらが疎かに……(メソラシ)






Ep.59 異質の存在

 

 

 

 

 

 

 数日が経ち、そうして行き着いたとある一日。

 

 

 アキトは転移門近くの広場に向かってその足を進めていた。途中通り過ぎる人達を横目で見ながらも、進行方向を忘れぬように。

 

 彼らを見て、色々と考える。

 

 こうして、何気無く歩いているだけに見える人々にも、ちゃんと自身の掲げる『意志』がある。

『正義』なんて確固たるものじゃないだろうけど、それでも自分の目標を持って、信条を抱いて生きている。

 この世界にいる人達は特に、心に根強い傷がある。この世界に囚われてもう2年が経っている。現実への復帰は絶望的で、将来性も大きく損なわれてしまった。

 それでもここを歩く人達からは、ただ幸せな時を過ごしている時の笑顔を見る事が出来る。

 いつか現実に帰る事になって、彼らが本当の意味で笑顔になれるように。

 アキトは改めてそう思った。

 

 

 転移門近くに差し掛かると、見知った栗色の髪を持つ少女が立っていた。

 何となく機嫌が良さそうで、口元を緩めている。

 

 …うん、関わらない方が良さそうだな。

 

 アキトは来た道を帰るように背を向けた。だが時既に遅く、アスナは彼の事を視界に収めてしまった。

 アスナは途端にその場を離れ、アキトの元へと駆け寄った。

 

 

 「あ。アキトくーん」

 

 「……はぁ」

 

 「ちょっと、何よその反応」

 

 「……何か用か?」

 

 「今暇だったりするかな?」

 

 「……だったら何だよ」

 

 

 ここで嘘を付けないのが嫌な所だ。

 今まで散々嘘を吐いてきたのに、彼らへの認識を改めつつある今になって、本心を偽る事に抵抗を感じ始めているだなんて。

 アキトは一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべたが、それも本当に一瞬。アスナは気付く事無く言葉を重ねた。

 

 

 「実はこの前、攻略組に参加したいって血盟騎士団宛に連絡があってね。今からそこのギルドマスターと会う約束なの」

 

 「あ、ああ…そうか……それで?」

 

 「最近、頭角を現したハイレベル集団!かなりの強さなんだって。結構評判になってるよ」

 

 

 アスナは笑顔でそう話した。

 それを見ていると、彼女は本当に嬉しそうで。

 クリアする気を失って死に急いでいた時の彼女とは大違いだった。

 

 

 「……」

 

 

 それは、アスナが本気でゲームをクリアする気でいて、クリアしたいと、そう願っているという事。

 ならば、今回血盟騎士団に届いたその攻略組への参加申請は嬉しいものだろう。

 実力が確かなら、それだけゲームを早くクリアする事が出来る。それは、今のアスナにとっては喜ばしい事だろう。

 そんな彼女の成長した姿が、とても眩しく見えた。

 

 

 「……大体分かった。要は面接官役としていて欲しいとか、そういう頼みなんだろ」

 

 「そんなに偉そうにするつもりは無いんだけどね。ご意見番として一緒にいて欲しいの」

 

 「ヤダ」

 

 「早っ!? ホントにいてくれるだけで良いの!」

 

 「絶対ヤダ。お前一人で何とかなるだろうが」

 

 

 アキトの即答に目を見開くアスナ。

 だがアキトに言わせれば、相手の実力の有無などアスナ一人居れば大体把握出来る事だろう。態々自分がいる必要など無い。

 

 ……というのは建前で、本音はただ初対面の人との接し方が分からないといったヘタレ思考故の理由だった。

 

 

 「……ふーん」

 

 

 アスナは目を細めてジト目でアキトを見つめる。

 アキトはそんなアスナの顔に眉を顰めながら見つめ返した。

 そうして見つめ合う中、アスナが口を開いた。

 

 

 「今日、みんなの夜ご飯に煮込みハンバーグを作ろうと思ってたんだけど、やめて黒パンね」

 

 「テメェ、黒パン馬鹿にしてんじゃねぇよ。上等だ、小麦粉から焼き加減まで最高の黒パンを作ってやるよ」

 

 「その黒パンへの信頼は何なのよ……ってそうだ、アキト君料理出来るんだった……」

 

 

 ならばこの脅しは通用しないじゃないか。どれだけ嫌なんだろうか。

 アスナはガクリと項垂れた。

 

 

 ────そして、同時に心がズキリと傷んだ。

 今の交換条件の出し方、もし相手がキリトだったら通用したやり方だった。

 アキトとキリトは違うのに。

 また、自分は彼をキリトだと思って接していたのだと痛感した。

 

 

 

 

 そうしていると、転移門から一人、異質な雰囲気を纏ったプレイヤーが現れた。

 転移門の光に包まれ、やがて顕現したそのアバターは、見た限りとてもレベルの高い装備を着込んでいた。

 アキトとアスナは二人して、その転移門の方を見た。

 

 

 「……アレか」

 

 「う…うん、多分」

 

 

 アキトは転移門下の階段を降りてこちらに向かってくる、その一人のプレイヤーに目を向けた。

 恐らく彼が、今回血盟騎士団宛に攻略組への参加申請を出したという、ギルドマスターだろう。

 

 金よりも淡い色の髪型の色白の青年で、とても整った顔立ち。装備も髪の色に似て、淡い金色と白をベースにした鎧型だった。

 腰に血のように赤い剣幅の太い細剣を差しており、小さく柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 やがて、アキトとアスナと元へ近付くと、頭を軽く下げて口を開いた。

 

 

 「お初にお目にかかります。アルベリヒと申します」

 

 

 アルベリヒ。聞いた事の無い名前だった。

 だが見た限りではとてもハイレベルの装備をしていて、ステータスでいうならば、もしかしたらアキトよりも高いかもしれなかった。

 

 だが────

 

 

(……何か、変な感じだ……)

 

 

 目の前のアルベリヒという青年。見れば見る程に眉が吊り上がるのを感じる。

 彼からは、装備に相応するだけの気迫というか、経験的なものを感じなかった。

 そう思ったのはアキトだけだったらしく、アスナはアルベリヒに笑いかけて挨拶を返した。

 

 

 「初めまして。私が血盟騎士団現団長のアスナです。本日はよろしくお願いします」

 

 「お噂はかねがね聞いております、《閃光》のアスナさん」

 

 

 アルベリヒはそう言うとアスナに近付き、失礼の無いだろう範囲でアスナの事を上から下まで見ていた。

 やがてアルベリヒは満足したのか、ニコリと笑みを作った。

 

 

 「いやはや、お美しい限りです。もしや現実世界ではご令嬢だったりするのでは?……っと失礼。この世界では現実の世界の事はタブーでしたね、ふふふふふっ」

 

 「は、はあ……」

 

 

 アルベリヒとの距離が近く、突然に世辞を言い放つアルベリヒに、アスナは苦笑い。

 それを遠目から見ていたアキトは、その片方の瞳の色がほんの少し変わった事に気付かなかった。

 

 

 

 

 「……」

 

 

 

 

 ────何か、気に入らない。

 

(…………)

 

 

 

 じわりと、アキトの中の何か(・・)が揺れ動いた。

 何故か、それに関してアキトが思う事は無かった。もしかしたら、その何か(・・)と思考が一致していたのかもしれない。

 アルベリヒに褒められ、近寄られ、困惑しつつも笑うアスナ。そんな彼女を見ているだけで、アキトの心、その奥の何か(・・)が嫉妬のような感情に駆られていた。

 二人を見ているだけだったアキトは、自然とその歩を進め、未だに距離が近いアルベリヒとアスナの間に割って入った。

 

 

 「『離れろ』」

 

 「おっと……」

 

 

 目の前の青年に、そう言い放つ。

 アルベリヒは突然の事で思わず距離を取り、割って入ったアキトをじっと見つめた。

 アスナは突然割って入った彼に驚いた。

 

 

 「っ…あ、アキト君……」

 

 「……これはこれは。アスナさん、こちらの方は?」

 

 「え……え、ええっと、この人は今日はオブザーバーとして同席してもらってる────」

 

 「……その黒づくめの姿、もしや《黒の剣士》では?」

 

 

 アスナに質問しておいて、アルベリヒは彼女の言葉を遮った。

 目の前にいるアキトの黒い装備を見て検討を付けたのか、自信ありげにそう答えた。

 それを聞いて、アスナは言葉に詰まる。

 

 

 「っ……い、いえ…彼は────」

 

 「『だったらどうするんだ?』」

 

 「あ、アキト君……!?」

 

 

 アスナは再び驚きの声を上げる。だがアキトはそんな彼女を無視し、ただアルベリヒを見つめるだけ。

 だが、明らかに態度の悪いアキト相手に、アルベリヒはただただ笑顔だった。

 

 

 「おお…やはり《黒の剣士》様でしたか!貴方のご活躍のおかげで僕達もここまで来れました。攻略組の方々のお力になれますよう、粉骨砕身の覚悟で尽力致す所存です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 

 アルベリヒはそう言って再び頭を下げる。そんな青年の姿を見て、アキトはやはり違和感を拭い切れない。

 不自然なくらいに礼儀正しい。寧ろ慇懃無礼だった。

 

 

 「さて、それでは本日はどのように致しましょう?我々の実力をお見せ出来れば、攻略組として、お互い(わだかま)り無く協力関係になれると思うのですが……」

 

 「そうですね。ではお手数おかけしますが、試験代わりに私とデュエルを────」

 

 

 

 

 「『俺とデュエルだ」

 

 

 この短時間で、アスナは何度驚いた事だろう。

 アルベリヒも意外に思ったのか、目を丸くするが、余裕そうに笑っていた。

 アスナはそんなアルベリヒの目の前で、アキトに向き直った。

 

 

 「え?アキト君が?」

 

 「別に良いだろ。新進気鋭のギルドリーダーと聞いたら、お手合わせ願いたくなった」

 

 「光栄ですね。《黒の剣士》様直々に剣を交えていただけるとは」

 

 「ちょ、ちょっとすみません」

 

 

 アスナはアルベリヒに一言そう言うと、アキトの腕を掴んで後方へと引き寄せた。

 引かれるがままに移動したアキトは、やがて我に返ったかの様に目をパチクリさせると、アスナの顔と掴まれた自身の腕を交互に見て首を傾げた。

 

 

 「……何してんの、お前」

 

 「こっちのセリフよ……急にどうしたの?」

 

 「……お前には関係無い」

 

 

 アキトは言う事など無いと言うようにそっぽを向く。その瞳の片方が、また黒く淀む。

 アスナは眉を顰めて小声で囁いた。

 

 

 「そんな事無いでしょ、元々血盟騎士団宛の申請なのよ?」

 

 「…………」

 

 

 そう、それなのだ。

 アキトの、アキトの中の何か(・・)が拒んでいたのは。

 

 あのアルベリヒというプレイヤー、無名なのにレアな装備、それ相応には感じない風格。何から何まで胡散臭かった。

 そんな彼の実力が、もし期待にそぐわなかったら。

 

 

 「っ……」

 

 

 そう思うと、とても許せなかった。

 アスナが嬉々として、自分に話してくれたのだ。

 これでクリアへまた一歩近付くと、キリトの事を乗り越えつつあった彼女が、こうして前を向いて生きてくれているのだ。

 そんな彼女の期待を裏切るような奴なら。

 

 

(それなら、()が……っ……)

 

 

 アキトは思わずそう言おうとして、口を閉じた。

 

 

 ────俺が?

 

 

 これは、本当に自分だけの意志だろうか。

 まただ。

 また、この感覚。自分でなくなるような、そんな気分。

 アキトは息を呑み、額から汗が流れるのを感じだ。

 

 

 「……アキト君?」

 

 「あ…いや、そうだな……少し違和感がするんだよ。お前は横から眺めてろ。俺が相手する」

 

 

 アキトは誤魔化すようにアスナにそう答えた。

 実際、自分が抱いていた疑念を払拭するなら、デュエルをするのが一番だ。

 アキトはその場から離れ、アルベリヒの元へ出た。

 アルベリヒも乗り気のようで、こちらを見て不敵に笑うと、腰の細剣を引き抜いた。

 アキトはそれを見ると、エリュシデータを背中から取り出した。

 

 転移門の前という事もあって、いつの間にかギャラリーが増えてきていた。

 アスナも気が付かなかったのか、辺りをキョロキョロ見渡していた。

 だが、アキトもアルベリヒもお互いを見合うだけ。ギャラリーは視界に入っていなかった。

 

 剣を構え、距離を取る。

 双方、互いの眼を見つめ合う。

 

 

 「好きなタイミングで良いぜ……どっからでも、かかって来いよ」

 

 「ほほう、何と言いますか、随分と余裕がおありだ。流石《黒の剣士》様だ」

 

 

 アルベリヒは不敵に笑い、身体を斜に構えた。

 

 

 「それでは、お言葉に甘えまして、行かせてもらいますよ……!」

 

 

 アルベリヒは瞳をカッと見開き、一気にアキトとの距離を詰め寄った。

 その速度、やはり想像通り、いや、それよりも速い。

 

 

 「はぁっ!」

 

 「しっ!」

 

 

 アルベリヒの上からの振り下ろされる剣を、横に構えた剣で防御し、下に受け流す。

 その時、その一撃の重さに思わず歯を食いしばる。攻撃力も予想以上だ。

 アルベリヒは畳み掛ける様に剣を振り、薙ぎ、攻め寄った。

 

 

 「どうです!これが僕の力ですよ!」

 

 

 そう言って笑みを浮かべるアルベリヒは、尚も攻撃の手を緩めない。

 アキトはその剣速になんとか防御している様に傍からは見えただろう。

 アキトはどうにか迫り来る攻撃を流している中、アルベリヒの動きを余す事無く観察していた。

 

 やはり、パラメータは自分やアスナ達よりも高い。

 だが、それ相応のテクニックがまるで無い。稚拙な動きがアキトと比べれば初心者でも分かるだろう。

 アルベリヒが使っているのは細剣だというのに、先程から振り回すばかり。斬る事に重きを置いてるような動きのせいで、細剣の利点を自分から潰していた。

 

 ソードスキルはお互いにまだ使用していないが、システムフォローの無い彼自身の動きに関しては、完全に素人。

 まるで最強のアバターを初心者が使っている様な感じだった。

 2年もSAOにいて、そんな事が有り得るだろうか。

 

 

 「…………」

 

 

 アキトがチラリとアスナを見れば、彼女も何かしら感じ取った様で、眉を顰めてアルベリヒを見ていた。

 どうやら、違和感を感じていたのはアキトだけでは無かった様だ。

 アキトはフッと溜め息を吐き、少し探りを入れる事にした。

 

 

 「……随分な自信があった様だから強いのかと思ってたけど、やけに親切だな。手加減でもしてるのか?」

 

 「なっ、何!? それは僕が弱いとでも言いたいのかっ!?」

 

 

 アキトの発言は彼の逆鱗に触れたようだ、アルベリヒは一瞬で顔を強ばらせた。やはり、あれが素の表情。

 

 

 「いいさ、分かったよ。僕が戦いというものを教えてやる。はああああっ……!」

 

 

 アルベリヒは距離を取って細剣を胸元に引き寄せた。

 アキトはソードスキルを放つ事を予想して《剣技連携(スキルコネクト)》の準備を開始した。

 

 

 「はあっ!!」

 

 「っ!?」

 

 

 だがアルベリヒは、一体アキトのどの部分で隙だと判断したのか、普通に対処出来るタイミングでアキトに向かって剣を突き出した。

 これにはアキトも別の意味で驚き、思わず目を見開いた。その突きはエリュシデータで流す。

 そして、これもソードスキルでは無い。一体どういうつもりなのか。

 

 しかし、次の瞬間、アルベリヒがニヤリと笑った。

 

 

 「フッ…」

 

 

 剣を地面に突き立て、そのまま一気に振り上げた。

 地面に撒かれた砂を巻き上げたのだ。砂埃のエフェクトで目眩しでも狙っているのだろうか。

 こんな使い古された戦い方、生温いにも程がある。

 

 

 「くらえぇっ!!」

 

 「っ────」

 

 

 アキトは砂塵の中から突き出た剣を、身体を反り返る事で躱す。そしてそのままバク転し、アルベリヒと距離をとった。

 

 

 「おっと外したか。運良く躱したな」

 

 

 その言葉すら、アキトは違和感を持つ対象になっていた。

 見えていたから躱しただけで、別に運が良かった訳じゃない。

 相手の能力も推し量れないなんて、やはり何処かおかしい。何もかもがビギナーだった。

 

 

 「そらそら!僕の攻撃はまだ終わってないぞ」

 

 

 アルベリヒは砂埃から顔を出し、再びアキトに迫る。

 その攻撃を躱し、流し、アキトは結論を出した。

 

 理由は良く分からない。

 だが、目の前のアルベリヒという男は、間違いなく弱かった。

 ステータスが異常に高い事との差に違和感を感じない訳ではないが、この実力で攻略組に出られても周りとの連携を乱すだけだ。

 

 

(……俺が言えた訳じゃないけど……潮時だな)

 

 

 アキトは一定に保っていた間隔を捨て、一気に距離を詰めた。

 

 

 「むっ……!」

 

 

 アルベリヒが驚き、距離をとろうと後退する瞬間、アキトの拳がアルベリヒが剣を持つ腕に叩き付けられた。

 

 

 「ぐっ…」

 

 

 思わず手を離し、空中にあった細剣を、アキトがエリュシデータ叩く事で、ギャラリーの方へと吹き飛ばした。

 一瞬の事で思わず腰を地面に付かせたアルベリヒの顔の前に、アキトの剣が突き付けられていた。

 そこには、立って不敵に笑う勝者と、悔しげに勝者を睨み付ける敗者、明確な差が見えていた。

 

 

 「……俺の勝ちだ」

 

 「う、ぐ……う、嘘だ!僕が負ける筈が無い!データがおかしいんじゃないのか?このクソゲーが!」

 

 

 クソゲーなのは同意のアキトだが、他は違う。このゲームの戦闘は決してステータスだけ高ければ良い訳では無いのだ。

 今ウィンドウで必死になってステータスを確認しているアルベリヒに言っても分かってくれるかは怪しいが。

 

 そのアルベリヒを見下ろすアキトの隣りに、戦闘の一部始終を見ていたアスナが歩いて来た。

 アスナはアルベリヒを見て、残念そうに口を開いた。

 

 

 「あの、アルベリヒさん。残念ですけど……もう少し力を付けてからまたご連絡いただくという事で……」

 

 「……能力的には問題無い筈だと思いますが?」

 

 

(技術と性格は問題ありそうだけどな)

 

 

 アキトが呆れた様に見据える中、尚もアスナの言葉は続いた。

 

 

 「最前線はレベルが高ければ攻略出来るというようなものでは無いんです。……ですから、今回はごめんなさい」

 

 「……っ、わ、分かりました……」

 

 

 アルベリヒはそう言うと、顔を伏せながら立ち上がった。

 そしてアスナを見つめると、またふと、軽く笑いかけた。

 

 

 「しかし、いずれ僕の力を必要とする時が来るでしょう。その時は、是非お声をお掛け下さい」

 

 

 アルベリヒはアキトとアスナに背を向けて、ギャラリーを押し退け、転移門の光と共に消えていった。

 そして、段々とギャラリーが居なくなり、人数が少なくなったあたりで、アスナがポツリと呟いた。

 

 

 「なんだか、その……おかしな人だったね。ゴメンね、付き合わせちゃって」

 

 「あんな奴が攻略組に入るよりはマシだ。まあいずれにしてもアイツはダメだな。クリアまでの時間を考えるとアイツが成長して攻略組に参加する事は無いだろうし、キリトやヒースクリフの代わりをつとめるには色々と足りな過ぎる」

 

 

 頭脳、戦略、戦術、性格。何から何までキリトの足元にも及ばない。

 後々何かの火種にならなければいいが、先の事は分からない。

 

 

 「……に」

 

 「……あ?」

 

 

 すると、アキトの隣りで顔を俯かせ何かを呟くアスナに気付いた。

 アキトは思わず彼女の方を見た。

 

 

 「……キリト君に」

 

 「……」

 

 「キリト君に、代わりなんていないわ」

 

 

 ────失言だった。

 アキトは言葉を詰まらせた。漸く乗り越えつつあったのに、自分の自己満足の為に、アスナに辛い想いをさせていた事に気付いたのだ。

 

 

 アスナは、だからこそ心のどこかでアキトにイラついていた。

 あの時、アルベリヒに《黒の剣士》かと聞かれて否定しなかった事を。

 アキトと一緒に居ればいる程。キリトの事を乗り越えようとすればする程。

 自身の中のキリトが薄れていくような気がして。

 そしてその場所を、アキトが埋めていく。

 もしそうなったら、自分は────

 

 

 「っ……」

 

 

 アキトの横を、何も言わずに通り過ぎる。

 キリトをいつでも思い出せるように。そう思っていたのに。彼と一緒にいたら、キリトの事を嫌でも思い出してしまう反面、どこかキリトとの記憶が薄れていきそうで怖かった。

 なのに、今日は自分からアキトの事を誘った。

 

 

 段々と変わっているのは、アキトだけじゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 そして、その日の夜。

 エギルの店で事の顛末を聞いた皆は、各々が似たような顔をしていた。

 装備に対して実力の無いプレイヤーなど、違和感以外の何者でも無いからだ。

 その中で、リズベットが一番早く、アスナに思った事を口にした。

 

 

 「ふうん……そんなに凄い装備を持てるなら、ちょっとぐらい名前が知られててもおかしくない筈なのにね」

 

 「そうなのよ、それも不思議なの。アルベリヒなんて名前聞いた事無いでしょ?」

 

 「はい、聞いた事無いですね」

 

 「あたしもです」

 

 

 アスナの問いにシリカとリーファが答えた。斯く言うアキトも、そしてカウンターで仕事をしていたエギルも、どうやら聞いた事が無いようだった。

 それを聞いたシノンは、気になっていた事を口にした。

 

 

 「でも、装備だけっていうなら例えば、イカサマなトレードかなんかで稼いだとか、そういう可能性もあるんじゃない?」

 

 「レアな装備っていうのは、自身のステータスがそれに見合ってないとそもそも装備出来ないんだよ。仮にシステムに穴があって、何らかのイカサマでトレードしていたとしても、アレを装備するだけのステータスが奴にはあった筈なんだ」

 

 

 アキトはそう答えて思い出していた。あの装備は間違いなくこの世界でトップクラスのものだった。

 その装備の恩恵もあってこそのあの攻撃力や速さではあるが、だからこそあれらを装備する為の条件となるステータスが、アルベリヒに無ければおかしいのだ。

 

 

 「動きがいつまて経っても直らないから、レベルだけ必死に上げ続けるって線も無くは無いけどな」

 

 「でも実際にそんな事は考えにくいよね……」

 

 

 アスナの言う通りだ。あの数値まで到達するにはかなりのレベルになっている筈だが、ままならない動きで倒せるのは下層のモンスターだけ。

 上層の敵は思考がかなり賢くなっており、能力値だけでは倒す事が困難になっている。

 そんな相手に不慣れなレベリングは文字通り命取りとなる。

 アキトの隣りに座るユイが、考えるように呟いた。

 

 

 「結局、能力の高さは謎のままですね」

 

 

 だが、あの装備の中に能力を底上げするようなレアリティの高い装備があったとかなら話は別だ。

 そうなれば、それを買うだけの金があれば何とかなるのかもしれない。

 それも中々に考えにくいが。

 

 

 「まあ、なんか注意した方がいい奴だって事は分かったわ」

 

 

 リズベットはその話全てを聞いて、そう完結させた。その隣りで、シリカは怒ったように言い放った。

 

 

 「お金だけ持ってて、実力が無い人がやる事なんてろくな事じゃ無いですよね」

 

 「そうよお、金に物を言わせてなんか変な事してくるかもよお」

 

 「や、やめてくださいよリズさん」

 

 「特にアスナ。アンタ目立つんだから気を付けるのよ。そのアルベリヒとやらは血盟騎士団宛に連絡してきたんでしょ。ちょっと粘着気質を疑った方がいいよ」

 

 「嫌な事言わないでよ……でも、みんなも気を付けてね。この世界にも変な人はいるから……」

 

 

 リズベットに言われて嫌そうな顔をするアスナ。

 そしてみんなに諭す中、シノンが頼もしく口を開いた。

 

 

 「返り討ちにすればいいんでしょう?リアルよりもこっちの世界の方が単純じゃない?」

 

 「シノンさん……頼もしい……あたしもその気でいかなくちゃ!」

 

 

 シノンの意気込みを聞き、リーファも自分を鼓舞し出す。

 その向かいでリズベットが、ふと思い付いたような表情をすると、ニヤニヤとしながらアキトを見た。

 

 

 「まあ、いざって時はアキトが助けてくれるわよねー?」

 

 「ここにいる奴らに関していうなら守る必要無いな。シノンの言う通り、寧ろ返り討ちだろ」

 

 「ちょっと、そこは任せておけとか言うとこでしょ?か弱い女の子を戦わせる気?」

 

 「今世紀最大のジョークだな。か弱い女は迷宮区で棍棒振り回したりしない」

 

 「っ…こっのぉ〜……アンッタってホント……!」

 

 

 アキトの言う通り、ここにいる女性陣ならば倒せる程に奴の動きは素人だった。

 だが、女の子が襲われても守る必要が無い、みたいな事を言われると、強さを認められていると感じる反面、どこか納得のいかないリズベット。

 まあ、アキトに関しては彼女達を絶対に守り抜くつもりではあるが。

 

 アキトとリズベットのそんなやり取りを、皆が苦笑いで見つめる。

 こんな光景も、当たり前になりつつあった。

 だからこそ、それを脅かすような存在があるならば、それはどうしても避けたいものだった。

 アルベリヒ。彼がどんな存在でも。

 

 

 

 

 現在、85層。残りはあと、15階層だ。

 

 








小ネタ


① 煮込みハンバーグ


ユイ「わあ……!とっても美味しそうです!」

リーファ「うん、見てるだけでお腹空いてきちゃったよ〜」

リズベット「どうしたのアスナ?急に豪華に作っちゃって」

アスナ「う、うん……まあ、ちょっとね……」チラッ

アキト「…あ?…何」

アスナ「う、ううん!何でも無いの…!」


アスナ(アキト君の言ってた最高の黒パン……ちょっと気になったんだけどな……)





②夕食が黒パンだった場合


シノン「……美味しい」

リズベット「何これ!? 1層で食べた固いパンと全然違うんだけど!? 超美味しいじゃない!」

クライン「やっぱ見た目で判断すんのはダメってこったなぁ」

リーファ「確かに…見た目はあんまり美味しそうじゃないですもんね……」

アスナ「でもこれ、はじまりの街で食べたものとそっくりなのよね……凄く美味しいけど」

アキト「……」


アキト(……なんだろう……あんまり嬉しくないな……)


※見た目が悪いと言われて、ちょっぴり不機嫌なアキトです。

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