ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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申し訳ございません。
完結したいが為に展開早くない?みたいに感じる方々がいるかもしれません。お許しを。
その辺りは完結した後、もしかしたら番外編として組み込むかもしれません。

そして、感想を下さい……( ゚∀゚):∵グハッ!!


Ep.62 虚構の存在

 

 

 

 

 

 

 夢を、希望を失った日。

 それを取り戻そうと、全力を尽くしたあの時。

 

 真っ白な、銀世界。

 一面が雪で覆われ、吐く息は白くなる。木々には雪が積もり、今も尚粉雪が空から舞い落ちる。

 その日は、どの街も夜は明るくイルミネーションで照らされ、人々が夜でも賑わう。とある、クリスマスだった。

 仮想空間でもその日は肌寒く、現実世界の冬そのもので。だからこそ、プレイヤー達もその日を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 そんな街の外で、たった独り。

 雪のような白いコートを着込んだ黒髪の少年がいた。

 ゆっくり、ゆっくりと雪で覆われた地面を踏み締め、彼が歩く後ろには足跡が分かりやすく出来ていた。

 

 武器は鞘に収める事無く、手に持って歩いていた。剣先を地面に下げながら、ゆっくりと歩く。確実に前に歩く。

 その黒い刀、《厄ノ刀【宵闇】》は、こんな雪の中でも純黒な光を纏っていた。

 その刀身を見下ろして、少年は思い出す。ギルドのみんなでダンジョンを突破した時に手に入れた、この刀。みんなが自分に相応しいと、そう言って渡してくれた刀。

 名前がとても恐ろしくて、縁起でもない事が起きてしまうのではないかと思っていたが、当時、そのステータスは割と高めで驚いたのを覚えてる。

 今、この層で使うにはあまりにもお粗末極まりない。

 

 

 けど、それでも。

 

 

 

 

 ──── 一人きりで歩いてるの?

 

 

 「……ああ」

 

 

 ──── そんな格好じゃ寒いでしょう?

 

 

 「……まあ、ね。でも、なんて事無いよ」

 

 

 ──── ゴメンね

 

 

 「……何がだよ……何、謝ってるんだよ……!」

 

 

 ──── もう、声を掛ける事さえ出来ないけど

 

 

 「……謝るのは……俺の方だよ……僕が……君を……!」

 

 

 その刀の持ち手を強く握る。

 怒りと悲しみ、悔しさでどうにかなりそうだった。

 身体は所々に斬られた後があり、顔にも幾分か傷が出来ていた。片手には石のようなアイテムを持ち、その瞳は虚ろそのものだった。

 それは青く光り、雪降る夜に良く映えた。

 

 《蘇生アイテム》

 

 それだけ聞けば、喉から手が出る程に欲しい、眉唾物のアイテム。

 実際、それは存在した。

 クリスマスの限定クエスト、その報酬という形で。

 

 だがそれは、求めたものとは違っていて。

 制限付きで、条件付きで。

 この少年には、不要のものなのだと自覚した。

 

 

 「……ハッ」

 

 

 そうだ、そうだとも。

 何故自分は、期待してしまったのだろう。

 そんなこの世の理に背く様なものが、存在する筈が無いのは分かっていたのに。

 この世界にだって、自分の都合の良い未来など起きる筈もないのに。

 

 

 「……?」

 

 

 ふと、目の前に人の気配がした。

 アキトはその足を止め、その俯く顔を上げる。

 

 

 「……アキト」

 

 「っ……」

 

 

 親友の声が聞こえた。

 そこには、自分とは正しく対称的な色の装備を身に付けた、黒い剣士がいた。

 その少年は、とても辛そうで、痛々しくて。心配そうに、こちらを見つめていた。

 何か言いたげにして、それでいて何も言えなくて。そんな表情を作っていた。

 

 

 「……キリト。久しぶり」

 

 「……お前一人で倒したのか……?」

 

 

 その少年── キリトは、彼の手元にある《蘇生アイテム》を見て、震えた声でそう聞いた。

 彼は。アキトは、キリトの視線の先にある自身の手元、《遺魂の聖晶石》を見て、小さく笑った。

 虚ろな瞳、キリトを真っ直ぐに見て、それでいて何も見ていないような瞳で。

 

 

 「……分かんないや。記憶飛んでてさ。……必死に刀振り回してたから、何も覚えてない。気が付いたら、何か手の中にあったんだ」

 

 「っ……なんでっ……」

 

 

 どうして一人で。

 一人でボスに挑むなんて。そんなの。

 そんなの、まるで死にに行くようなものではないか。

 だけど、アキトはキリトの言葉を聞いて、その笑みを深くした。

 

 

 「キリトも、そうするつもりだったんでしょ?」

 

 

 アキトの言葉に、キリトは何も言えずに口を閉ざす。

 死に急いでいたキリトには、丁度いいクエストでもあったからだ。

 色々な事を、もう一度会えたのなら、色々な事を話して、聞いて。そして許されなくても良い。謝りたかった。

 なのに、目の前のアキトという少年は。キリトを責めず、笑って、今まで通りの態度で接しようとしてくる。

 

 

 それが、とても悔しかった。

 何も言ってくれない、アキト自身が。

 

 

 「……どうして、俺を責めないんだ……」

 

 「え…?」

 

 「黒猫団が……みんなが死んだのはっ……俺の……!」

 

 

 今にも泣きそうになりながらも、キリトは必死にそう口を開く。

 いっそ責められ、斬られる程に憎まれた方が、どれだけ楽だっただろう。

 この罪が、罰となり、自分に返ってくれば。それをするのがアキト本人だったら。

 この命を終わらせる事にだって躊躇いが無いのに。

 

 

 アキトとキリトの距離は、近いようで遠い。けど、決してこれ以上近付けない。そんな気がした。

 キリトが震えているのは、悲しみからか、寒さからか。

 だけど、そんなキリトに返ってきた言葉は、とても心にくるものだった。

 

 

 「……そんなの、決まってるじゃん」

 

 

 俯くキリトに、アキトはポツリと口を開く。

 キリトは、その彼の言葉に、ゆっくりと頭を上げる。

 

 

 「キリトは俺の……僕の、友達だから。同じ悲しみを背負った、仲間だから」

 

 「っ…!」

 

 「それに、言ったって仕方無いじゃん。もう、何もかも手遅れなんだからさ」

 

 

 アキトは手元の《蘇生アイテム》の説明欄を可視状態にして、キリトに突き付ける。

 キリトはそれを見て、目を見開いた。

 

 

『死んだ人間を10秒以内なら蘇生可能』

 

 

 要約すると、そんな内容のアイテムだった。

 キリトは、今にも崩れ落ちそうだった。

 

 

 その事実が、胸を貫く。

 つまり、既に死んだ人間は蘇らないという事。

 

 

 もう、二度と────

 

 

 「あ……うぁ……あぁ……」

 

 

 キリトは、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 怯えるように、逃げるように。

 もし、これが手に入れば。みんなを、サチを、生き返らせる事が出来たなら。

 自分はきっと、またアキトと────

 

 

 そんな事を考えていたのに。

 彼らの中に後から入った自分が、彼らとずっと一緒に居たアキトを、たった一人にしてしまったのだと理解した。

 

 

 「俺、は……俺は……!」

 

 「……ゴメンね、キリト。折角みんなで攻略組を目指そうって、そう約束したのに」

 

 

 アキトはそう言って、キリトに向かって歩く。

 そうして近付き、今も尚震えて動けないキリトの横を、小さく笑って通り過ぎた。

 

 

 「……僕、ホントはそんなに強くないんだ……」

 

 

 強がる必要は無くなった。

 誓ったものは、果たせなかった。

 交わした相手も、消え去った。

 

 残るは、自分だけ。

 

 大切だった人は、もう居ない。

 掲げた理想も、もう既に自分で捨てた。

 ただ一人。たった独り。

 この世界に取り残された自分は、どうしようもなく。

 

 

 ────空っぽだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 《グレスリーフの入り江》

 

 広大な《ホロウ・エリア》のフィールドの一つで、綺麗な海が広がる場所。

 一見、モンスターは何もいないように見えて、実は海の中や浜辺にちゃんと存在しており、バカンスを楽しむには向いてない。

 坂の上には森もあり、浜辺の先には遺跡も多く存在していた。

 その中にある遺跡の一つ、その最奥に位置する場所、《ならず者の王座》。

 

 

 ────そこに、ボスはいた。

 

 

 

 

 「フィリアさん!スイッチ!」

 

 「了解!はあっ!」

 

 

 アスナの細い腕でどうにかボスの持つ大剣をかち上げる。その瞬間に懐に入り込んだフィリアは、飛び上がってその胸元に短剣を突き立てた。

 

 ボスは痛みに耐えかねてか、その口を大きく開き、咆哮を上げた。

 ビリビリと空間を振動させるそれは、フィリアとアスナ、アキトを吹き飛ばした。

 

 

 「きゃあっ!」

 

 「わあっ!?」

 

 「くっ…!」

 

 

 各々がかなりの距離を飛ばされ、アキトはどうにかその場で踏ん張る。

 そして咆哮を終えたボスは体勢を立て直し、大剣を構え、こちらを睨み付けていた。

 HPも残りあと僅か。死んでたまるかと、そう訴えているかのようだった。

 

 

 目の前にいるのは、このフィールドのエリアボス。

 名前は《Destonator The Kobold Lord(デトネイター・ザ・コボルドロード)》。

 

 1層のフロアボスにとても良く似たそのボスは、以前よりも強固な装備を身に纏い、取り巻きを出現させるなど、他のエリアボスとは違う事をしてくれた。

 コボルド自体は3人とも経験があったが、幾ら少人数でも倒せるボスだからといっても多勢に無勢、取り巻きに気を取られながらボスの相手をするのは至難だった。

 ボスの攻撃にもデバフが存在する上に、こちらの状態異常攻撃が効かないというおまけ付きで、アキトも舌を巻いていた。

 

 HPが赤くなれば、こちらも1層の時と同じように武器を変えた。持っていた斧と盾を投げ、腰に差していた巨大な剣を掲げ、散っていったコボルド達の仇を取らんとばかりに暴れ出す。

 法則性の無い攻撃程に予測出来ない事は無く、各々が苦しい顔をした。

 使うソードスキルも多段攻撃かつ、スタンが付与されており、想うように動けなかった。

 だが着実に、堅実に。アキトはボスの動きを観察し、あらゆる可能性と攻撃の法則性を読み取り、一歩先を考えた。

 その攻撃に刃を合わせ、拳を交え、動きを記憶していく。

 

 焦るな、慣れろ、読み切れ、動かせ。

 もう少し、あと少し。

 

 

 「っ───!」

 

 

 アキトはその足を強く踏み、途端に地面を蹴った。

 片目はもうすぐ本来の色を失い、黒く染まりそうだった。だが、本人はそれに気付かない。

 

 アキトの飛び出したのに反応し、ボスも一気に駆け出した。お互いに距離が縮まり、もう間もなく激突する。

 瞬間、アキトはその剣をボスの振り下ろす剣に合わせ、弾く。

 その瞳を、大きく開く。

 

 片手剣単発技《バーチカル・アーク》

 

 筋力値極振りのステータスを利用して思いっ切り振り上げる。ボスの大剣はあさっての方向へ飛び上がり、その体勢を大きく崩す。

 ボスの身体は、後ろへ仰け反り、今にも倒れそうだった。

 アキトは剣を振り上げた勢いでその身体を回転させ、もう片方の手に光を宿す。

 

 コネクト・《閃打》

 

 その拳をボスの腹に一閃させる。重い一撃が、ボスの身体を地面に倒した。

 アキトは咄嗟に後ろで体勢を整えたアスナとフィリアの方に顔を向けた。

 

 

 「行けっ!」

 

 「了解!」

 

 「う、うん!」

 

 

 アキトの指示で、アスナとフィリアは彼の横を通り過ぎる。

 起き上がろうとしているボスに、大き過ぎる隙が生まれており、叩くなら今だった。

 

 二人は同時に自身の武器に光を宿し、それをボスの身体にぶつけた。

 そして、ボスのHPゲージが透明になり、ボスは大きく咆哮しながら光となって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り回復を終え、HPが満タンになるのを確認し、漸く3人は同じ場所に集まった。

 アキトは《虚光の燈る首飾り》を取り出すと、エリアボスを倒した際に発生する光が灯ったのを確認した。

 これでまた、次のエリアへの鍵が手に入ったと、3人は顔を見合わせた。

 

 

 「やったね、アキト!」

 

 「……おう」

 

 「二人共、お疲れ様」

 

 「アスナもお疲れっ」

 

 

 アスナとフィリアはそうして笑い合う。

 アキトはそれを見てなんとなく微笑ましい気持ちになると、ウィンドウを開いて時刻を確認した。

 割と良い時間帯で、いつもならそろそろ帰宅を提案する時間だった。

 

 

 「……次はあの扉の向こうか……」

 

 

 アキトはエリアボスがいたこのフィールドを見渡す。

 第1層のボス部屋に酷似したその部屋の壁には、大きな扉が設置されており、恐らくまだ行った事の無い、今まで探索した場所の何処にも繋がってないだろう、正真正銘の新ステージへの道が開かれる場所なのだと理解した。

 扉を開いたら、また好奇心でドンドン時間が経つのを忘れてしまいそうになる。

 

 いつからそんな風になったのだろうか。

 小さく溜め息を吐くと、アキトはフィリアに向かって口を開いた。

 

 

 「……今日は帰るわ」

 

 「あ…う、うん…そうだね…」

 

 「え…?あ、もうこんな時間……」

 

 

 フィリアが答えた後、その言葉に反応したアスナが時間を確認して目を見開く。

 思ったよりも時間が経っていた事に驚いたのか、なんとなく焦っているように見えた。

 

 

 「……何だよ閃光。何か用でもあんのか?」

 

 「ユイちゃんに、夕食は一緒に作るって約束してるのよ」

 

 「……約束」

 

 

 アスナが嬉しそうに話す中、『約束』という単語に、アキトは強く反応した。

 一種の地雷のように、すぐさま反応しては色々と思い出してしまう。

 アキトのその表情はなんとなく暗く、それでいて柔らかかった。

 

 

 「……なら、早く帰ってやれよ」

 

 「……どうしたの急に」

 

 「別に。で、何作んの?黒パン?」

 

 「違うわよ……ふふん、でもアキト君も関係無い話じゃないしね、教えてあげる」

 

 

 そう得意気に話すアスナはとても嬉しそうで、本当の笑顔に思えた。

 ゲームをクリアすると決めた直後は、何処と無くその表情には暗い影が落ちていた。

 けど、ここ最近は仲間達に囲まれて、ちゃんと女の子らしく笑えてる。とても可憐で、美しい、アキトの知る《閃光》のアスナだった。

 アキトの顔が、段々と緩む。

 

 

 「……別に良い。どうせ後で食べられるんだろ?」

 

 「え…?う、うん…そうだけど……」

 

 「なら、楽しみにしとくよ」

 

 

 アスナに、アキトはそう告げた。

 その表情がとても柔らかく、誰も見た事の無いような顔をしていたのを、本人は知らなかった。

 

 

(そんな顔……初めて見た……)

 

 

 アスナはそれを見て、心臓が高鳴るのを感じた。

 それにアキトが、帰ったら当然のように、自分の料理を食べる前提で話していた事にも気付いて、何とも言えない気分になった。

 だけど、決して嫌な感情じゃなくて。

 アキトも、自分達を仲間だと思ってくれてるのかと。みんなで食事する時間も、悪くないと感じてくれているのかもしれないと。

 そう思えて嬉しかった。

 

 

 「……うん。楽しみにしててね」

 

 「分かったっつーの」

 

 

 アキトとアスナはそう言い合いながら帰路に立った。ここから一番近く転移石に向かって歩き始める。

 

 

 「……」

 

 

 だからこそ、アキトもアスナも。

 二人を見て、その表情を変え、俯くフィリアに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 《ホロウ・エリア管理区》

 

 

 「……」

 

 

 フィリアは二人を見送った後、いつも感じる事がある。

 自分はどうあっても、孤独。独りなのだと。

 

 自分は、あちらの世界には帰れない。

 アキト達のいる、《アークソフィア》には戻れない。

 それがどんな意味を持つのか、フィリアには分からない。いや、もしかしたら分かっていて、知らないフリをしているのかもしれない。

 

 どっちにしても、フィリアは辛かった。

 このどうにもならない疎外感と孤独感。自分はもう二度と、ここから出られない。先に進めない。そんな気がするから。

 

 二人が自分の傍で、自分の知らない場所の話をしている。それがとても羨ましくて、寂しかった。

 最初はアキトを警戒していたのに、段々とアキトといると楽しくて。彼が連れて来てくれたクラインやアスナもとても優しくて、強くて。

 

 だからこそ憧れた。

 アークソフィアにはまだ、あんなに楽しい人達が沢山いるのだと。

 アキトの仲間達が、まだ見ぬ人達がいるのだと。

 会いたくなってしまった。欲が出てしまったのだ。

 

 人殺しである、自分が。

 

 

 「……」

 

 

 フィリアは悲しげな表情で転移門を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 「よう、王子様は行っちまったのかぁ?」

 

 

 ゾワリと、背筋が凍るのを感じる。

 フィリアは思わず、声のする方へと身体を向けてしまった。そして、その瞳を見開いた。

 

 

 「あ…アンタはっ!?」

 

 

 そこに映るプレイヤーの事を、忘れる訳が無い。黒いポンチョに身を包み、フードで顔を深く隠し、でもそれでも、その口元から見える笑みは、皮肉にもフィリアの恐怖心と警戒心を煽った。

 

 その視線の先にいたのは、PoHだった。

 殺人ギルド《ラフィン・コフィン》。そのリーダーで、最悪のプレイヤー。

 フィリアは、腰に差す短剣に咄嗟に手を伸ばす。

 だが、PoHはフィリアのその行動を、片手を上げる事で制した。

 

 

 「だからさぁ、そう身構えるなって。別に取って食ったりはしねぇからよ」

 

 「……オレンジギルドが私に何の用?」

 

 

 互いの距離は決して遠くない。

 踏み込めば、踏み込まれれば、攻撃されてしまうだろう。

 周りには誰もいない。助けてくれる人も、モンスターもいない。0と1の数字の羅列、それで出来た波が管理区の周りを漂う。星々が天井に彷徨い、まるでそこから自分達を見下ろすよう。

 辺りには静寂が広がった。

 

 だがやがて、PoHはフィリアを見ると、その口元から笑みを消した。

 

 

 「お前ぇ、いつまであのビーターと組んでるつもりだ?」

 

 「アンタには関係無い」

 

 

 先日の話からも察するに、奴が呼ぶ『ビーター』というのは、もしかしたらアキトの事なのかもしれない。

 どういう意味なのか、なんでそう呼ばれているのか、そもそもそれはアキトの事なのか、具体的な事は分からない。

 だけど、もしアキトの事だというなら、フィリアは自分から離れる気は無かった。

 

 

 だがPoHは彼女の反応も予想の内だったのだろう、口元を再び歪ませ、フィリアを見据えた。

 そして、フィリアに向かって、彼女を動揺させる一言を送った。

 

 

 「俺の推測が当たってるとしたら、お前ぇはそろそろ『自分の正体』ってヤツに気付いている筈だ」

 

 

 ────ドクン

 

 

 何を。

 

 何を言っている。

 

 この、目の前の男は。

 

 

 「違うか?」

 

 

 違う。

 

 私は。

 

 

 

 

 

 

 「─── オレンジホロウのフィリアさんよぉ」

 

 

 フィリアは自身の心臓が、強く跳ね上がるのを感じた。

 その瞳が揺れ、抜こうとして腰に差す短剣に当てていた手が震えるのを理解した。

 彼が何を言っているのか分からない。分かりたくない。

 これ以上、何かを言わせたくない。

 フィリアは必死に、取り繕うべく口を開く。

 

 

 「……だから、この前から何?ホロウとかよく分からない事を言って……」

 

 「はぁ〜〜〜〜だからさぁ〜」

 

 

 だが、彼女の言葉を遮り、PoHはわざとらしく溜め息を吐く。

 フィリアの否定をねじ伏せようと、逃がさないと、そう目が言っていた。

 

 

 「お前ぇとアイツじゃ住む世界が違う」

 

 

 やめて。言わないで。

 

 

 「別に言葉の綾とかじゃなく、そのまんまの意味……でな」

 

 

 聞きたくない。否定したい。

 

 

 「お前ぇは所詮、影の世界……《ホロウ・エリア》の住人なんだよ。俺達は……そう、人じゃぁ……無い」

 

 「……そんな事……信じられる訳ないでしょ!?」

 

 

 フィリアは必死にそう叫ぶ。否定する。拒絶する。

 このまま行けば、何もかもを鵜呑みしてしまいそうで。

 フィリアは、その腰の短剣を抜き取り、PoHを警戒して構えた。

 

 だがPoHは、特に何もする事無く、そんなフィリアを見てニヤリと笑った。

 

 

 「じゃぁ、何故お前ぇはあっちに帰れないんだ?」

 

 

 痛すぎる質問だった。

 フィリアはその瞳を見開き、咄嗟に何かを言う事と出来ず、この口元が震える。

 何故自分がここから出られないのか。何故、アークソフィアに帰れないのか。

 どうして、アキトと一緒に行けないのか。ずっとずっと考えていたから。

 

 

 「私はお前らとは違う……私は人間だって……」

 

 「ただ認めたくねぇだけだろ、自分が人じゃぁないって!俺らとな〜〜〜んも変わらねぇよ……お前ぇは」

 

 

 その表情が、崩れる。絶望に、染まりつつある。

 否定したいのに。そんな筈ないのに。

 目の前の男の言っている事が、嘘だと言い切れなくて。

 

 

 「WoW!その表情……いいねぇいいねぇ!思わずヨダレが出ちまうよ」

 

 「だから……だから何だって言う!アキトは私の為に……!」

 

 

 そこまで言って、フィリアはハッとする。

 そうだ、アキトはこれまで自分のピンチを何度も救ってくれた。初めて会った時から、今の今まで。

 その無愛想な態度から見え隠れする優しさに、フィリアはいつも温かみを感じていたのだ。

 だから自分も、アキトの為に────

 

 

 「お前ぇの為、ねぇ〜?本当にそう思ってるのか?これは傑作だぜぇ」

 

 「どういう意味!?」

 

 

 PoHの言葉の一つ一つに、フィリアは過剰な反応を示した。

 それ程までに、フィリアの心は揺れていた。

 聞いてはいけない。耳を傾けては駄目だと、そう分かっているのに。それなのに、止まれなくて。

 

 

 「アイツは《ホロウ・エリア》にある新アイテムや新スキルに興味を持ってんだ。お前ぇは……そう、便利な案内人ってとこか……分かる?」

 

 「嘘……嘘よ!そんな事……そんな事無い!アキトは……」

 

 「会ったばかりの奴に命を張って助けるってかぁ?ナイナイナイナイ」

 

 

 フィリアの否定の言葉も、PoHの前では意味を成さない。

 彼は、フィリアの泣きそうな表情を見て、ニタリと笑った。

 

 

 

 

 「自分がした事を、もう一度振り返ってみな」

 

 

 

 

 その一言で、フィリアはPoHを凝視した。

 奴の言葉。その言い方。

 

 まるで、自分が何をしたのか、それを知っているかのような言い方。

 思わず、その口を開いてしまった。

 

 

 「……アンタ、どこまで知ってるの?」

 

 「オォォル!ALL、ALL、ALL!!! 残念ながら全部知ってんだ、お前ぇがやった事は!」

 

 

 PoHは嬉しそうに叫ぶ。

 それを聞いたフィリアは、その身体が震えるのを感じた。

 どうして、知っているのか。

 途端に、焦り出した。知られてはいけない。誰にも。

 

 

 「だから、どうして……なんでアンタが知っている!?」

 

 「はぁ〜〜〜〜〜〜なんで知っているかって?んな事ぁどぉ〜でもいい。大事なのは『俺が知っている』っていう事実だ。経緯とか理由とか、そんなもんは……聞くのが野暮ってもんだろ?」

 

 「…………」

 

 

 PoHはその笑みを終始崩さない。

 ニタリニタリと口元を歪め、右へ左へと足を動かす。

 フィリアは黙って、それを見つめる事しか出来ない。

 

 

 「で、本題だ」

 

 

 PoHはその足を止め、彼女に向き直る。

 その持ち上げた腕を伸ばし、フィリアに向かって指を指した。

 

 

 「この前も忠告したじゃねぇか……お前ぇ、このままだと死ぬぜ?」

 

 

 再び、心臓が強く鳴り響く。

 この前奴に言われてから、ずっと心の中を彷徨っていた言葉であり悩みだった。

 だから、聞いてしまった。

 

 

 「……なんで?」

 

 「お前ぇだけじゃねぇ。俺も、ここにいる他の連中もみんな、み〜〜んな……ゲームオーバ〜」

 

 「意味が分かんないし、そんな事、信じられる訳が無いじゃない!」

 

 

 その短剣を、強く握る。

 これ以上聞いたらいけないと、そう思うのに。信じないと、そう思っているのに。その心はどんどん崩れていく。

 耳を傾け、感情が左右する。

 

 

 「あの男……今はアキトとか言ったなぁ……アイツはこの《ホロウ・エリア》で確実に強くなる。むかっ腹が立つ事実だが、アイツが100層をクリアする可能性はかなり高い」

 

 

 PoHは不機嫌極まりない顔と声音で告げる。

 フィリアは右左と歩きながら言葉を続けるPoHから目を離せずにいた。

 確かに、アキトは強い。今まで会った誰よりも強いのは理解していた。アキトなら、このエリアを踏破して、スキルや武器を手に入れて、きっとゲームをクリアしてくれる。

 

 そうなれば自分も、この《ホロウ・エリア》から────

 

 

 

 

 「そうなったら……《ホロウ・エリア》にいる俺達はどうなると思う?」

 

 「…………え?」

 

 

 その言葉に、フィリアは固まる。

 その瞳が、大きく開かれる。

 

 

 もし、そうなったら。

 もし、アキトがゲームをクリアしたら?

 そうしたら、自分は、自分達は?

 

 

 「……知らないわ」

 

 「少しは考えろよなぁ、その足りない頭でよぉ!SAOの世界がなくなった時、『俺達』がどうなるのか、想像くらいつかねぇか?」

 

 

 もう、やめて。

 これ以上、言わないで。

 

 

 予想出来てしまった。嘘だと思いたかった。

 でも、それでも。奴の言っている事の何一つが、嘘だと思えなくて。

 それ程までに、揺れていて。

 

 

 「……まさか……」

 

 

 「そうだ、お前ぇの思った通り」

 

 

 フィリアは、PoHにその答えを求めてしまった。

 聞いたら戻れない、そう分かっているのに。それを聞いたら、自分はもう、PoHと同じになってしまうのに。

 

 

 もし、ここが奴の言う通りの世界で。

 自分が、奴の言う通りの存在で。偽物だと言うのなら。

 なら、SAOをクリアしたら。

 

 

 私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「That's right! SAOをクリアされれば、データである俺達は消える」

 

 

 

 

 フィリアの心が、折れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 







小ネタ


①リーファの手料理


リーファ「ユイちゃんが料理するって聞いたから、あたしも作ってみました!はい、アキト君!」

アキト 「……これは?」

リーファ 「ポトフです!」

アキト 「……どう見てもおでんなんだけど」




② ユイの手料理


ユイ 「あ、アキトさん……!」

アキト 「は、はい…」

ユイ 「こ、これ……良かったら食べてくれませんか……?」

アスナ 「オムライスよ。夕食には向いてないかもだけど」

アキト 「……」←トマトケチャップ苦手

ユイ 「……」ソワソワ

アキト 「い、頂くよ……ありがとな、ユイ」

ユイ 「っ…は、はい…!」

アキト (……ええい、南無三!)パクッ

アスナ 「……」

ユイ 「……ど、どうですか……?」

アキト 「……美味い」

ユイ 「っ…!」パァッ

アスナ 「っ…良かったね、ユイちゃん!」

ユイ 「は、はい……!」(///_///)



アキト (え、待って、本当に美味しい……これケチャップじゃない?)



※デミグラスソースでした


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