ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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おかしい。
書きたかった話なのに、何一つ上手く書けてない。
いや、傍から見れば良いのかもしれないけれど、全く納得出来ていないのは何故だ……( ゚∀゚):∵グハッ!!


Ep.66 この気持ちを音に

 

 

 

 86層の街から出れば、すぐ目の前には塔のダンジョンが広がっていた。人形のモンスターが蔓延る少しだけ急な坂道を下ると、アスレチック迷路を想像させる不思議な形をしていた。

 フィールドが狭くなり、多くのダンジョンが設置出来ないこの上層だからこそ、シノンのクエストはそこで起きるものである事はほぼ確実だった。

 

 ダンジョン名は、《生ける屍の前線基地》

 肌寒さを感じるその場所は、どこか西洋の雰囲気を感じさせ、とても閉鎖的なものだった。

 所々にある松明が、その空間の闇を明るくしてくれてはいるが、空気も悪く息が詰まりそうだった。

 

 辺りに散らばるモンスターを斬り伏せながら、シノンの事を確認する。

 弓の精度、レベル上げの速度、近接戦闘における立ち回り。段々慣れてきているのが伺えた。

 実践で彼女が使うようになってから、攻略の幅も広がったのは確実だった。ただでさえ遠距離攻撃というのが革新的だったのだ、効率が良くなったなんてものじゃない。

 流石はユニークスキルだと言ったところだろうか。

 

 アキトは剣を収め、シノンの前に出てモンスターの索敵を再び開始した。

 すると、シノンの方から小さく声が聞こえた。

 

 

 「……ねぇ、聞いていい?」

 

 「……何」

 

 「さっき、宿屋でクラインとエギルと話してた時にチラッと聞こえたの。『気分転換』って。アンタ、どこか気分でも悪いの?」

 

 「……別に」

 

 

 シノンの質問に心の中でギョっとするも、何でもない感じを装う。

 だが彼女、色々な事を敏感に感じ取っており、想像力を働かせていた。

 要は、大体察しがついていたのだ。

 

 

 「……リーファの事?」

 

 「……」

 

 「ずっと気になってたんだけど……何かあったの?」

 

 

 シノンもずっと違和感を抱いていたのだ。アキトとリーファは目を合わせればすぐに逸らし、攻略の連携もままならない。このままでは、いつかどこかで狂ってしまいそうで、とても心配だった。

 アキトは何も言わなかったが、その表情は当たりだと言っていた。

 シノンが理由を聞こうと身を乗り出すも、アキトは何も言ってはくれなかった。

 だけど、何か思う事があったのか、次第に口を開くようになっていた。

 

 

 「……知った気になってたんだよ」

 

 「……え?」

 

 「リーファの事……みんなの、事を……」

 

 「みんなの?」

 

 「まだ出会って間も無いのに、何もかもを理解した気になって、達観してた。だけど実際は何一つ知らなくて、何も気付けてなくて、何も築けてなかったんだなって……」

 

 

 リーファの空元気な笑顔の中に潜む、割り切れない恨みの感情。

 本当は彼女も辛くて、それなのにこの世界に頼る人がいなくて、ずっと一人で。

 誰かに寄り添い、支えて欲しかった筈なのに、それすらも気付けなくて。

 

 

 「……相手の事を全部知る事なんて無理だし、傲慢な考えだって事は分かってる。だけど、大事なところだけはもう見落としたくなかったのに……」

 

 「アキト……」

 

 「そりゃ、知って欲しい事と知られたくない事があるだろうけどさ、それでもこの手を伸ばしたいって思ってしまうのは、きっと勝手な思想なんだよな……」

 

 「っ……」

 

 

 知られたくない、過去。

 アキトの言葉で、シノンの脳にその言葉が過ぎった。言葉に詰まり、何も言えなくなる。

 いや、何も言える事は無いのかもしれない。聞いておいて情けない話だが、どうすれば解決出来るかなんて、リーファの事を詳しく聞かなければどうにもならない。

 自分もまた、知られたくない事があって、ずっとそれを隠してる。けど、それが人間というものじゃないかと、そう思うと、リーファの事での解決策が見つからなかった。

 

 でも、それでも。

 もっと頼ってくれて良いのにと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このダンジョンも、かなり奥まで歩いた。

 モンスターも多く討伐した為に、シノンのレベルも上がっていた。

 

 そして、そこまで行くと壁にあからさまに怪しい扉が設置されているのを見つけ、アキトとシノンはその扉に近付いた。

 だが────

 

 

 「……開かない」

 

 

 押しても引いても目の前の扉は開かず、アキトは頬を掻いた。

 何かギミックがあるのか、鍵が必要なのか。だが、ここに来るまでにそれらしいものは見つからなかった。

 もう一つの扉の先には迷宮区が続いており、このダンジョンは終わりを告げている。

 もしかしたら迷宮区でのクエストなのかもしれないが、一先ずは今このダンジョン内を探索するのが妥当だろう。

 

 

 「……あっ」

 

 

 すると、シノンが何かに気付き、その身体を動かす。

 手に持っていたのは鍵だった。それは、ここに来る前にクエストを引き受けた老人から受け取ったものだった。

 

 

 「貰った《鍵》がぼんやり光ってる……」

 

 「……この目の前のが《封印の扉》か」

 

 

 クエストを受けた者のみが入れるインスタンスマップだろうが、それにしたって態とらしいと、アキトは若干の苦笑いを浮かべた。

 シノンはその鍵を手に待って、アキトを見つめた。

 

 

 「開ける?」

 

 「警戒だけはしとけ」

 

 「分かった……じゃあ、開けるわね」

 

 

 シノンはその小さな鍵を、扉の穴に差し込む。捻ると、カチッと音がして、その扉が自動で開く。

 その奥はうっすらと暗くて、とても冷えていた。

 モンスターはいないようで、光も一際小さかった。辺りは暗かったせいで、今見た限りじゃ何も無い部屋に見えた。

 シノンがアキトよりも一歩、二歩と前に出る。

 

 

 「この部屋に《試練のアミュレット》が……あれ、かな。祭壇の上の」

 

 

 シノンはそう言うと、アキトにも分かるように指をさす。アキトはシノンの所まで歩き、その指の先を見上げた。

 するとそこにはとても大きな祭壇があり、その先端にはキラリと何かが光っていた。

 目を凝らすと、金色に輝くアミュレットが掛けられていた。赤い宝玉が中央に嵌め込まれていて、とても綺麗だった。

 

 だが、どう考えても手が届く高さじゃなかった。アキトもシノンも見上げるばかりだ。

 アキトが壁を蹴って飛び上がる方法も考えたが、これはシノンのクエストだ。他の方法を考えるのが妥当だろう。

 

 だが、もう答えなど決まっていた。

 スキル絡みのクエストは、前提のなるスキルを行使するのがパターンなのだ。

 別に要らないが、一応老人の武勇伝を加味すれば、導き出される結論は一つだけだった。

 

 

 「射落とせ、って事か……」

 

 「そう言えば、あのお爺さんの自慢話にも、遠くからアイテムを撃ち落としたってのがあったわね」

 

 

 シノンもそれに気付いたのか、そうポロポロと呟いた。

 恐らく、シノンが弓で祭壇の上のアミュレットを撃ち落とすというのが方法だろう。

 そうして、シノンは視線を祭壇の右側に視線を向けた。アキトもつられてそちらを見ると、そこには高台があった。祭壇と高台とでは結構な距離があった。

 

 

 「あの意味ありげな高台は、あそこに登って撃てって意味かしら」

 

 「だろうな」

 

 

 角度的に見ても、下からじゃ難しいだろう。

 そう考えていると、シノンがこちらを振り返り、軽く笑みを見せた。

 

 

 「じゃ、ちょっと行ってくる」

 

 

 シノンはアキトに背を向けると、高台の梯子に手を掛け、少しずつ登っていく。なんだか辿々しい感じの登り方で、危なっかしい。

 やがて登り切り、シノンはその高台で立ち上がると、弓《アルテミス》を取り上げ、矢をアミュレットに向けて引き絞った。

 

 

 「おい、シノン……」

 

 「今見上げたら、先にアンタを打つから」

 

 「……別にお前スカートじゃねぇだろ。……まあ、後ろ向いてるわ」

 

 「大丈夫、ちょっと遠いけど、これくらいなら当たる……!」

 

 

 シノンの引く矢が光る。ソードスキルの発動だろう。

 その瞳は真っ直ぐに祭壇の頂点を見据えており、強く、強く、その意志を感じた。

 

 

 「……!」

 

 

 目を見開き、その矢を放つ。

 その矢は一瞬にして、祭壇のアミュレットを掠め取った。アミュレットは支えを失い、そのまま地面へと落ちていき、やがてカシャリと、金属が落ちるような音が響いた。

 

 

(…あの距離を一発で……凄いな……っ!?)

 

 

 そう考えたのも束の間、アキトは自身の身体の動きが効かないのを感じた。

 身体が宙へ浮き、そして落下していく感覚。

 

 

 立っていた床が、突如消えたのだった。

 

 

 「なっ…!」

 

 「アキト!!」

 

 

 落ちる瞬間、高台にいるシノンの顔が見えた。

 アキトはそれを見るだけで為す術も無く、そのまま重力に逆らわずに落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まさか、床が消えるとは……)

 

 

 落下してすぐに地面があり、アキトはそこに仰向けに倒れていた。

 恐らくトラップだろう。どんな魂胆があるかは知らないが、アミュレットを落とすと床が消える仕様だったのだろう。

 アミュレットに気を取られて床の異常に気付くのが遅くなったという事だ。油断は命取りだというのに、とアキトは溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 「……きゃあぁっ!!」

 

 「っ!シノン!」

 

 

 突如、天井の空いた穴から、シノンの悲鳴が聞こえた。

 シノンはアキトとは違い祭壇にいた為に、下の階に落とされずにまだあの部屋にいるのだ。

 アキトは焦った様に叫んだ。

 

 

 「おい!どうした!シノン!」

 

 「祭壇からモンスターが!ボスモンスター!」

 

 「なっ…!」

 

 

(手の込んだトラップを……!)

 

 

 アミュレットを撃ち落とすだけが試練だとは思っていなかったが、こんなトラップで二人を一人と一人にするなんて、とんだ手の込んだトラップだ。

 アキトは舌打ちをした後、ハッとなって天井に向かって呼びかける。

 

 

 「転移結晶を使え!」

 

 「ダメ!クリスタル無効エリア!」

 

 「……くそっ!」

 

 

 シノンはまだ高台だろう。ならば、シノンもこちらの穴に飛び込むという方法も取れない。

 なら、残る選択肢は一つしかない。

 戻るルートを探しながら進むしかない。

 

 アキトは歯を食いしばり、シノンに向かって叫んだ。

 

 

 「待ってろ!すぐ戻る!必ず助ける!」

 

 「……分かった、それまで持ち堪えてみせる」

 

 

 シノンのその言葉を最後に、天井の穴が消えた。アキトはそれを見て、焦りを強く感じる。

 心臓の鼓動が強く鳴り響き、頭が痛くなる。

 

 射撃専門のシノンはボス相手に長くは持たない筈なのだ。

 絶望的な状況、時間の問題だった。

 

 

 まただ。

 また、こんな事に。

 約束したのに、絶対に助けると。

 また、あんな過去を繰り返すのか。

 

 

 「……くっそがああぁぁあ!」

 

 

 アキトは剣を抜き取り、地面を蹴る。

 走れ、走れ、走れ。間に合え。

 他の事は考えられない。頭には、かつての記憶の光景が蘇る。

 

 諦めて、たまるか。

 失って、たまるか。

 もう二度と、大切なものを────

 

 

 「邪魔なんだよ!」

 

 

 目の前のスケルトンとナイトのモンスターをソードスキルで斬り潰す。

 腹を殴り、骨を砕き、鎧を断ち切る。こんな奴らを相手にしている暇は無かった。

 そのモンスターに憎悪を向けて斬り伏せる。光の破片となった者共を突破して、その先の道を走る。

 

 

 かつての光景が、蘇る。

 既視感を、覚える。

 前もこうやって走って、みんなを探して。

 そして、結局間に合う事はなくて。救えなくて。

 だからこそ、もう諦めたりなんて出来ない。

 

 最悪の事態は決して考えない。

 信じろ、シノンを────

 

 

 「ぐっ…!」

 

 

 再びモンスターが突然現れ、一瞬対処が送れ、アキトは吹き飛ばされる。

 地面を滑るように転がるも、すぐに体勢を立て直し、目の前のスケルトンに向かって走る。

 

 

 「ぜあぁぁあ!」

 

 

 片手剣単発技《ホリゾンタル》

 

 目の前の2体のスケルトンを一撃で吹き飛ばす。そのポリゴン片の間から騎士型のモンスターが剣を振り下ろす。

 アキトは目を見開き、咄嗟にいなした。アキトがカウンターを決めるべく突き出した剣は、盾で防がれてしまう。

 

 

『邪魔だ!』

 

 「弾けろ!」

 

 

 片手剣二連撃技《スネーク・バイト》

 

 緑色に輝く剣がモンスターの腹を殴るように斬られ、返す形でその首を斬り飛ばした。

 脳を失った騎士型のモンスターは、そのまま膝から崩れ落ち、そのままガラスのように砕け散った。

 そんなモンスターに目もくれず、アキトは目の前の階段を駆け上がった。

 

 

(もう二度と、俺は────)

 

 

 ────ドクン

 

 

『誰一人、死なせはしない────』

 

 

 ────ドクン

 

 

 心臓が高鳴ると同時に、アキトの片目がまた少しだけ、黒く霞んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その階段を登れば、すぐにまたあの部屋への扉だった。

 アキトはそれを見て目を見開くと、すぐにその扉に手を掛け、勢い良く開いた。

 

 

 「シノン!」

 

 「……アキト!!」

 

 

 こちらの声に応える声が。

 シノンは、攻撃された部分が切り傷のように赤いエフェクトで現れていた。それでも、まだ気力は失っておらず、アキトの事を見て、心底安堵したような表情を見せた。

 

 HPはレッドゾーンで、ギリギリだった。

 だが、まだ生きてる。

 まだだ、まだ、終わってない。

 

 アキトは、シノンと対峙する赤い飛竜を見上げた。

 

 

 NM : 《Scarlet Disaster》

 

 

 そのボスはこちらを見下ろし、嘲笑うように嘶いた。

 途端に、エリュシデータを握る力が強くなった。

 

 

 「……っ!はあぁっ!」

 

 

 アキトはへたり込むシノンを背に、ボスに向かって走った。

 ボスは瞬間にその眼を光らせ、その口からノータイムでブレスを吐いた。

 だがアキトは、知っている(・・・・・)かのように、同タイミングで防御スキル《エアリーシールド》を展開させ、そのブレスを無力化する。

 ボスは慌てて上空に逃げようとその翼をはためかせるが、もう遅い。

 

 片手剣単発技《ヴォーパル・ストライク》

 

 赤く煌めく刀身が、一気にボスの胸元に突き刺さる。ボスは呻き声を上げて空中で暴れ出すが、アキトは突き刺したエリュシデータを決して離さない。

 もう片方の手が、エフェクトを纏う。

 

 体術スキル《閃打》

 

 高速でボスの胸元を抉るように殴り付ける。

 何度も、何度も。ボスはその度に悲痛な叫びを上げるが、アキトはまだ、そのエリュシデータを離したりしない。

 

 

 「離す……ものか……!」

 

 

 体術スキル《飛脚》

 

 ボスの身体に両足を突き立て、一気に蹴り飛ばす。

 反動でエリュシデータが引き抜かれ、アキトの身体が横に飛ぶ。

 その身体を再び捻り、ボスに向かってその剣を再び構えた。

 

 コネクト・《レイジスパイク》

 

 そのソードスキルの突進力で、空中にいたアキトはボスに向かって移動する。

 その剣をボスに再び突き刺し、ダメージが入るのを確認すると、今度は片足を振り上げた。

 

 コネクト・《孤月》

 

 ボスの腹を思い切り蹴り飛ばす。筋力値極振りのステータスは、見事ボスの身体を動かす。

 だが、ボスもやられるだけではない。身体を捻り、その翼を上空のアキトに向かって叩き付けた。

 

 

 「ぐはっ……!」

 

 

 そのまま地面を削るように転がる。

 思ったよりもダメージが深い。アキトは起き上がるのが一瞬遅れ、瞬間ボスがアキトに向かって追い討ちをかける。

 

 

(くそ……!)

 

 

 「アキト!」

 

 

 だが、そんなアキトとボスの距離を離すような矢が間を横切り、ボスは後ろに飛び上がる。

 慌ててみれば、シノンが座った状態で弓を構えていた。

 ボスがアキトからシノンにタゲを移そうとした瞬間、シノンは歯を食いしばり、その弓矢を光らせた。

 

 

 「このっ……!」

 

 

 弓連続射撃技《ヘイル・バレット》

 

 

 その矢の全てがボスに向かって飛んでいき、余すこと無く突き刺さる。

 飛竜のHPゲージが一瞬でかなり減っていった。

 

 

 「っ…!」

 

 

 瞬間、アキトはボスの近くの壁に向かって走る。そして、その壁に足を掛け、思い切り上空へ飛び上がった。

 アキトはそのままボスに向かって落下していき、その剣を上段に構えた。

 

 片手剣単発技《ヴァーチカル》

 

 

 「くら、えぇえ!」

 

 

 落下速度によって威力の増したスキルが、ボスの身体に吸い込まれていく。

 ボスは強く、大きく咆哮を上げ、この空間を震わせる。だが、抵抗虚しく、ボスは段々と光り輝き、やがてその身体はガラスのように砕けていった。

 

 

 「はあ…はぁっ……っ、はあ……」

 

 

 荒い呼吸をどうにか抑える。

 高鳴る心臓をどうにか鎮める。

 終わったのだという事実が今になって襲い、その額からは汗が滲み出ていた。

 

 

 アキトは我に返り、咄嗟に振り返る。その場に座るシノンは、そんなアキトを見つめていた。

 その瞳からは、僅かに涙が。

 アキトはそれを見て、その瞳を揺らした。

 

 

 「シノン……」

 

 

 守れた。救えた。

 今度こそ。

 

 アキトはゆっくりとシノンに近付き、やがて力無くその場に座り込んだ。

 目の前には、シノンが座り、俯くアキトを見下ろしていた。

 

 

 「アキト……」

 

 

 その声はとても震えていた。

 怖かった筈だ。シノンのその声とともに、若干の荒い呼吸が耳に響いた。

 それを感じたアキトは、心底、間に合って良かったと感じた。

 

 

 「よかった……もし、間に合わなかったら……俺は、……僕は、また……」

 

 

 また、大切な誰かを失ってしまうところだった。

 絶対に守ると誓った約束を、また破ってしまうところだった。ヒーローなんて戯れ言を、もう二度と吐けなくなるところだった。

 そんなアキトを見つめ、シノンは笑って言った。

 

 

 「アキトは、絶対に私を守ってくれるんでしょ?」

 

 「え…」

 

 

 その顔を上げると、濡れた頬で笑うシノンがいた。

 そう、彼女はアキトと交わした約束を、信じて待ってくれていたのだ。

 

 

 「そう、だった……そう、約束したんだ……」

 

 「アキトはちゃんと守ってくれたね。この前も、今も」

 

 「シノンが、頑張ってくれたからだよ……俺一人じゃ、絶対に間に合わなかった……」

 

 

 あの時もきっと、自分の力不足だった。

 だから、みんなの危機に間に合う事が出来なかったのだ。

 

 だけど、シノンはそんな事無いと首を左右に振った。

 

 

 「私を守るって本気で約束してくれたから、私は信じられた。アキトがここに戻ってくる事を」

 

 「っ……」

 

 「だから私は戦えた。怯える事無く立ち向かえた。だから、間に合ったのはアキトのおかげだと思ってる」

 

 「……そう、かな」

 

 

 アキトは、力無く笑った。

 自身の力で、自分が頑張ったから、きっとシノンも頑張ってくれたのだと知った。

 それが、何故か無性に嬉しくて、泣きそうだった。

 

 

 「……ねぇ、アキト」

 

 「え……?」

 

 

 シノンはそう呼び掛けると、その思いの丈を紡いでいく。

 

 

 「私は自分の力でこの世界を生き抜いてみせる……それはこの世界に来た時からずっと変わらないわ」

 

 「……」

 

 「でも……もし、もしも私がまた危険な目にあったら……」

 

 「え……」

 

 「その時は今みたいに……助けに来てくれる?」

 

 

 シノンが、そんな事を言うなんて。

 アキトは、確かにそう思った。けれど、そんな彼女の切実な願いに答える、その言葉は決まっていた。

 

 

 「……当たり前だろ、シノン」

 

 

 アキトは、その顔を俯かせる。

 信じられている事実が、とても嬉しかった。

 

 

 今度は彼女の名前を、かつての仲間と重ねたりしない。

 

 

 「絶対に……君達を守り抜いてみせるよ……これからもずっと……」

 

 

 シノンは、顔を赤く染めて笑う。

 アキトは、そんな彼女の笑顔が眩しくて、直視出来なかった。

 

 

 信じられる事が、頼られる事が。

 頼れる事が、こんなにも有難いことだなんて、知らなかった。

 ずっと、守らなければと思っていた彼らは、自分の想像以上に強くて、羨ましかった。

 

 

 アキトは、確かにその顔に笑みを作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……重く、ない?」

 

 「重くないよ」

 

 「……本当?」

 

 「ホントホント」

 

 「……借りは作りたくなかったんだけど」

 

 「貸しだなんて思ってないよ」

 

 

 転移結晶が使えないエリアの為に、帰りは歩きだった。

 だが、シノンは死の恐怖を間近で体験し、そしてアキトが助けてくれて安心した反動からか、足が竦んで動けなくなっていた。

 モンスターがポップする前に帰りたかった為に、アキトがとった行動はシノンを担ぐ事だった。

 俗に言うおんぶである。

 

 モンスターは一匹としておらず、辺りは静寂に包まれていた。

 シノンはアキトの背中を見て頬を赤らめ、なんとなく視線を逸らす。そんなシノンに気付く事無く、アキトは辺りに索敵を巡らせていた。

 

 

 「……色々大変だったけど、このアミュレットをお爺さんに渡せばクエスト終了ね」

 

 

 シノンはその手に金色のアミュレットを持って、軽く笑った。

 アキトは視線だけを向けた後、再び前を向いて告げた。

 

 

 「結構高難度だったし、結構強いスキルが貰えるかもね」

 

 「ホントに高難度だと思ってる?あんなに簡単にボスを倒しておいて」

 

 「あの時は必死だったし、あんまり覚えてないです……」

 

 「……ふうん」

 

 

 シノンは何かを疑うようにその目を細める。

 アキトは本来の性格上、結構ビクビクしながらシノンを見上げていた。

 だがやがて、シノンは軽く息を吐くと、小さく口元に弧を描いた。

 

 

 「……まあ、そうだと良いわね。攻略組の最低ラインからは、もう卒業したいし」

 

 「安全マージンギリギリだったのにあれだけボスと渡り合えたんだ、シノンはもう充分強くなったと思うよ」

 

 「……そう、かな」

 

 「シノンが今回手に入れたスキルを使いこなせるようになれば、攻略もより安定するだろうし。ゲームクリアもこのペースならすぐだよきっと」

 

 

 アキトは、そう言うと笑みを作る。

 シノンが今よりも強くなれば、攻略組のモチベーションだって上がる。遠距離の攻撃でも大打撃を与えられれば、戦術にも幅が出るし、その分だけクリア出来る可能性も速度も上がる。

 良い事ばかりだった。

 

 

 「……お」

 

 

 気が付けば、ダンジョンの外への出口が見えた。

 そこを出ると、その空はオレンジ色に染まりつつあり、もうすぐエギルの店に皆が集まる時間帯だった。

 風が冷たく頬を撫で、アキトは身体を震わせる。

 いい具合に時間が経っているなと、アキトは苦笑した。

 

 

 「……ゲームクリア……か」

 

 「……シノン?」

 

 

 だが先程のアキトの言葉を聞いたシノンは、その顔を曇らせる。アキトは気になったのか、シノンの名前を呼び、その足を止めた。

 

 でも、そんなシノンの顔は次第に赤く染まり、アキトの事を見つめていた。

 

 

 「……そういえば、私を守るってアレ、いつまで有効なの?」

 

 「……え」

 

 

 そんな彼女の言葉に、アキトは一瞬だけ固まる。

 だけど、すぐに彼女の言っている事を理解出来た。

 

 

 「……えっと……言われてみれば期限とか考えてなかったな……でも、ずっと守るって言ったでしょ」

 

 「……現実に戻っても?」

 

 「え……いや、うん…そう、だね……それを君が、みんなが望んでくれるなら」

 

 「……良いの?簡単にそんな事言っちゃって」

 

 「簡単に言った訳じゃないよ。まあでも、ずっととは言ったけど、ずっとは無理だろうなぁ……」

 

 

 アキトはそう言うと、顔を空に向ける。

 つられてシノンも見上げれば、オレンジ色に広がる空があった。そして、その瞳を再びアキトに下ろし、ポツリと口を開いた。

 

 

 「どうして?」

 

 「そりゃあ、いつかは大切な人が出来るからだよ。将来、一緒にいたいって思える人がお互いに出来るでしょ?そしたら、シノンはその人に守ってもらうんだ」

 

 「……」

 

 「だから、きっと俺が君達を守れるのは、それまでだろうな」

 

 「……」

 

 

 アキトは何故か、自身の肩を掴むシノンの手の力が強くなるのを感じた。

 ちょっと、痛いんですけど……。

 見ると、シノンは冷めた目でこちらを見つめており、アキトは背筋が凍った。別の人種なら、御褒美だっただろうが。

 

 だがシノンは深く溜め息を吐くと、その頬を赤らめ、やがて呆れたように笑った。

 

 

 「……まあ良いわ。アンタはそんな奴だって分かってるし」

 

 「な、何それ…ちなみにどんな奴?」

 

 「いつも自信に溢れていて、誰に対しても強気。なのにユイちゃんにだけは甘くて。けど素直じゃないし、不器用だし、ちゃんと言ってくれないしで、凄いムカつく。それでいて強いから、余計ムカつく」

 

 「……はは」

 

 

 かなり辛辣な評価で、アキトは苦笑する。

 態度などを偽り、強がっていたからこそのこの評価だというのは分かってるが、なんとなく凹んだ。

 だが、シノンはそんな不満顔から、一気に優しい笑顔を作った。

 

 

 「…でも、私は知っているから。アキトは別に強い訳じゃないのよね」

 

 「え…」

 

 

 アキトは、そんな彼女の言葉に目を見開く。

 思わず、シノンの方に顔を向けた。彼女は、とても優しげに、言葉をゆっくりと紡いでいく。

 

 

 「アンタは色んな事で悩んで、苦しんで、傷付いて。でもそれでも前に突き進もうとしているのは、強いからってだけじゃない。みんなを守ろうと必死だから、強い自分を見せて安心させてあげたいから、そんな自分でいたくて、努力してるから。…私、ちゃんと分かってるから」

 

 「っ……!」

 

 

 彼女のその言葉が、とても胸に響いた。

 どうして、そんな事が分かるのか。アキトは、その驚きで固まった。

 その一つ一つ紡がれた言葉が耳に入る度に、色んな事が思い起こされた。

 みんなを守る為にこの身を犠牲にして走った事や、周りに希望を見せようと強がっていた事。そんな自分になりたかったと、心の底で願っていた事を。

 

 そんな自分の努力を、彼女は知ってくれていた。

 何故か、言葉に詰まった。

 

 

 「…シ、ノ…」

 

 「私はアンタより強くない。アンタみたいに明確な意志も無いし、色々な事でアンタよりも弱い存在で」

 

 

 シノンはその腕を、アキトの首に回す。

 アキトはただ、シノンの言葉に耳を傾けるだけで動けなかった。

 

 

 「アンタを支えるとか、守るとか、そんなカッコイイ事は言えないけど」

 

 

 目頭が熱くなるのを感じた。

 アキトはその瞳を揺らし、身体が強ばった。

 

 

 「その代わり、アンタの事は誰よりも分かっててあげるから。全部は無理かもしれない。けど、アンタの強いところも、周りに見せない弱いところも。…理解してあげるから」

 

 

 シノンはそう言って笑い、アキトを見つめていた。

 

 そんな彼女の言葉一つ一つが、アキトの心を揺らした。

 ここまでの努力が、固く決意した誓いの為の経緯が、認められた気がした。

 

 そうだ。自分はきっと、この存在を認めて欲しかっただけなのかもしれない。

 仲間が欲しくて、世界が欲しくて。

 ずっと独りだった自分に、『独りじゃない』と言って欲しかったのかもしれない。

 

 求めたものがあって、何より大切で。

 それを失わぬ為に頑張ったのに、その手から零れ落ちて。

 もう失くさないと誓ったのに、守ると決めたのに。

 それなのに自分は、必要とされていないような気がしてた。

 みんな、思ったよりも強くて。居場所なんて無いんだと考えて。

 だから────

 

 アキトは、目に溜まった何かを見られぬようにと、顔を下に向けた。

 

 

 「……アキト?」

 

 「な、なんでもない……なんでもないんだ……ちょっと、太陽が眩しくてさ……」

 

 「そっか……」

 

 「うん……」

 

 

 シノンは何も言わずに、回した腕の力を更に強くする。頭をアキトの肩に乗せ、その瞳を閉じた。

 そんなシノンを乗せたアキトは、顔を伏せて小さく笑った。

 

 背中の彼女を。妖精の女の子を。

 想い人を失った彼女を。親友を失った娘を。

 出会った人達が笑えるようにと、頑張って来た事が無駄じゃなかったと、心からそう思えて嬉しかった。

 

 

 

 

 

 夕焼けは、とても綺麗だった。

 

 






① おんぶの後で


シノン 「ゴメンね、長い事担がせちゃって……」

アキト 「全然良いよ、軽かったし」

シノン 「そ、そう……」

アキト 「まあ現実の身体じゃ絶対に無理だろうけど。耐えらんない」

シノン 「……」

アキト 「……いや、アレだよ?腕の力の問題だよ?全然シノンの重さは関係無いから、その弓下ろしてくれない?」(震え声)



② シノンのフレンドリスト


・アスナ
・シリカ
・リズベット
・リーファ
・ストレア
・クライン
・エギル
・アルゴ


シノン 「……」




・アキト(新)




シノン 「……」

シノン 「……♪」




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