ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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お待たせしました……!
これ以上のものは書けない……(´・ω・`)

頑張りました……!
更新のペースは以前よりも遅くなるでしょうが、必ず完結させますので、末永く宜しくお願い致します。

文字数1万7000越えです。何故こうなった……!




Ep.68 その()の剣士の名は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────夢を見た。

 

 

 

 

 いつもとは全く違う夢を。

 

 誰かが苦しみ、泣き叫び。

 

 痛み、嘆き、足掻き、そして最後には、諦める。

 

 そんな夢を。

 

 暗い、暗い、闇の中を彷徨う様な夢を。

 

 何かを必死に探していて。

 

 願いの先を。

 

 夢の続きを求めて。

 

 

 

 

 

 ────そして。

 

 

 そんな彼らの中心に立つ、黒い剣士の夢を。

 

 

 それは、自分だっただろうか。

 

 

 それとも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 86層迷宮区 最奥

 

 

 そこに、フルレイドで組まれたパーティ集団がいた。

 段々と近付いていく、フロアボスと邂逅する事になる扉。

 揃いも揃って、自身よりも遥かに大きいその扉を見上げながら歩いていた。

 

 もうすぐ、着いてしまう。

 もうすぐ、始まってしまう。

 また、恐怖の時間が。

 

 奥へと進むにつれ、空間が闇に覆われていくようで、不安が彼らを襲った。

 もう86回目の体験だというのに、死へと近付くこの感覚だけは慣れる事は無かった。

 左右にある壁は、奥までずっと等間隔で続いている筈なのに、次第に狭まっているように見える。とても閉鎖的で、息が詰まった。

 

 確かに階層を上がるペースはかなり早くなっている。だが、それが油断に繋がりかねないのだ。

 簡単に上がってしまえば、簡単に倒せてしまえば、それだけ自尊心が満たされてしまうから。

 そう、決して自分達だけが強くなってる訳じゃない。モンスターも段々と強くなっているのだ。

 思考するようになり、対処するようになり、学習するようになり、今じゃもうレベルだけの問題じゃなくなっているのだ。

 

 

 ────今日、彼らはその身を持って知る事になるという事実を、まだ知る由もない。

 

 

 

 

 「……いよいよだな」

 

 「……ああ」

 

 

 エギルがアキトの顔に合わせて屈み、そう告げてくる。アキトは一言だけ同意すると、視線の先、アスナの背中を見つめた。

 隊列を乱さぬ様に歩く。先頭は血盟騎士団のメンバー、次いでアスナ、その後ろに、アキト達といつものメンバーが続いていた。シリカ、リズベット、シノン、クライン、そしてリーファも。

 各々、顔付きは違うが、達成するべき目的は見据えていた。

 

 アキトは何となく重苦しい空気だなと思いつつ、ボス戦に向けての準備の再確認を開始した。

 シノンの方へと視線を向ける。

 

 

 「……シノン、弓のスキルには慣れたか?」

 

 「ええ、問題無いわ。そういうアキトこそ背中の剣、ちゃんと使えるの?」

 

 「あれ、そういや……お前、あの剣どうしたんだよ?」

 

 

 クラインは目を丸くしてアキトの背中にある《リメインズハート》を見つめて言った。

 その質問で、リズベットは何とも言えないような複雑な顔をしていたが、アキトはフッと軽く息を吐くと、近付いてくるボス部屋への扉を見上げた。

 

 

 「……まあ、今まで付き合ってくれたからな、たまには休ませてもバチは当たんねえだろ」

 

 「へぇ〜?自分の武器を折った奴のセリフとは思えないわね〜?」

 

 「……」

 

 

 リズベットのそのニヤけ顔を、不機嫌に見るアキト。リズベットだけじゃなく、彼がそんな事を言うとは思わなかったのか、意外そうな表情を示した。

 アスナも目を丸くしてアキトの方へと振り返っていた。

 だがその隣りで、シリカがポツリと、寂しそうに笑った。

 

 

 「……キリトさんの、剣だったんですよね……」

 

 「……らしいな」

 

 

 アキトはそっぽを向いた。

 

 ────らしい、じゃない。

 

 自分は、あのキリトの形見である《エリュシデータ》を、もっとずっと前から知っている(・・・・・・・・・・・・・・)

 初めて手にした時から、そんな気がしたのだ。初めて握ったにしては、とても良く、手に馴染んだから。

 

 

 「っ……」

 

 

 ────また、これか。

 

 サザッ……と、ノイズのようなものが、視界を妨げる。

 そして、その中から、何かが霞んで見えるのだ。見た事の無い景色、見た事の無い顔。

 見た事の無い、アスナの顔が。ユイの顔が。

 

 アキトはその手を、片方の瞳へと持っていく。

 静まれ、鎮まれと、心の中でそう願う。知らない何かが入ってくる。

 知らない人達の感情が流れ込んでくる。

 だけど、それを何故か拒めなくて。

 

 

 「お、おい……アキト?」

 

 「っ……何でも無い」

 

 

 クラインが心配そうにその顔を覗き込んでくるが、アキトは目を逸らし、その自身の手を目から払った。

 だが、その様子を見て、リズベットが眉を顰めた。

 

 

 「……アンタ最近変よ?ホントに大丈夫な訳?」

 

 「余計なお世話だ、自分の心配だけしとけ」

 

 

 アキトは周りを煩わしそうに振る舞うと、その足を早め、アスナの横に並んだ。

 アスナはそんなアキトを見て心配したのか、その表情が困惑したものだった。瞳を揺らし、こちらを伺っている。

 

 

 「……アキト君」

 

 「リーファの事、頼む」

 

 「……分かってる。アキト君も、無茶だけはしないでね」

 

 

 アスナはそう言った。

 それは、懇願にも似た何かに聞こえた。もう失いたくないからこそ、無茶させたくない、と。

 無茶させた結果を、彼女は知っているから。

 

 

 「……お前らが、そうさせないでくれるなら、な」

 

 

 アキトは扉を見つめたままそう言った。

 素直じゃない。分かってる。

 けれど、これでいい。

 

 

 目の前には、既にボスへの入り口があった。

 各々が、自身の武器を装備する。彼らの瞳は、怯えながらも闘志を秘めていた。

 情報はほぼ皆無。それでいて全てが終わるまで出られない、一発勝負なのだ。緊張、困惑、焦燥、恐怖、それらが混在するのは当然だった。

 これ程の大人数だと言うのに、とても心細い。進化していくボスを相手に、戦力はいつだって心許ない。

 それでも、残り時間は少ないから。

 

 

 「皆さん。勝って……生きて帰りましょう!」

 

 

 扉の目の前まで来て、振り返ったアスナのその掛け声で、彼らは声を荒らげた。

 絶対にクリアして、帰ってやる。そんな強い意志を各々から感じた。

 

 

 アスナは彼らの様子を一通り確認すると、目の前の扉に向き直る。

 意を決して、その扉を開いた。

 

 

 

 

 「……行くぞおおおぉぉぉぉおお!」

 

 

『『『うおおおおぉぉぉおおぉお!!』』』

 

 

 

 

 開いた扉から、全員が突撃していく。

 重装備であるタンクから、ガシャガシャと金属の音が聞こえる。

 隊列を整えながら、決して乱れず、綺麗に散開していく。

 そして、全員が入った瞬間。

 

 

 その扉は閉じられ、ボスは、目の前に現れた。

 

 

 「っ……!」

 

 

 誰かの息を呑む音が聞こえる。

 声を荒らげた先程とは打って変わって、その部屋には静寂が襲った。

 目の前の、そのボスの姿に、人々は恐怖を覚えた。

 

 

 錆びた銅色の王冠。そこには、血のように真紅な宝玉が埋め込まれていた。

 

 皇帝が着るに相応しい貴族のような装備。それらが身体全身を覆っていた。

 

 その両手で持つ一本の大剣は、自身と同じくらい巨大で、それを軽々と持ち上げているのが見て取れた。

 その大剣の鍔には、大きな一つの瞳が備わっていた。

 

 そして、その高階級な装備を着こなす巨大な身体は、その所々から人間としての尊厳、あるべきものの全てを否定したものが映っていた。

 

 王冠を被るその頭が、全身が、骸で出来ていたのだった。

 

 

 BOSS No.86

 《The King of Skeleton(スケルトンキング)

 

 

 そのボスは、空間を痺れさせるほどの高い奇声を上げた。

 そして、自身の縄張りを侵入する攻略組である彼らを、生かしておくつもりは無さそうだった。

 

 

 「来るぞ!」

 

 

 エギルがそう叫んだ瞬間、骸の王は動き出す。

 その大剣を軽々と片手で掴み、そのままそれを引き摺るようにこちらに向かって走り出して来た。

 アキトはその動きの俊敏さに目を見開いた。

 

 

(思ったより速い────!)

 

 

 「散らばれぇっ!」

 

 

 タンクの誰かがそう叫び、我に返った彼らが一足遅く動き出す。

 だが、このボス戦においてはタイミングが全て。一瞬でも動きが鈍れば、ボスはそれを見逃さない。

 

 標的となったのは、シリカだった。

 彼女は恐怖で一瞬尻込みした。

 

 

 「ひっ……」

 

 

 シリカの眼前まで、そのボスが迫る。

 その剣を両手で斜め下に構えながら走ってくる。

 

 アキトはその足に力を込め、地面を思い切り蹴る。そして、そこから対処法を一瞬で脳に巡らせた。

 シリカの元まで辿り着いたとして、彼女を守りつつボスの攻撃をいなす事も考えるが、まだ動きが読めない為、リスクが高い。

 かと言って、シリカを捕まえてその場から思い切り飛んで避けても、体勢を立て直している内にその隙を突かれる可能性がある。

 

 

(なら────)

 

 

 アキトはシリカよりも手前にいて、かつこちらに背を向けているボスに向かって《ヴォーパル・ストライク》を放った。

 紅く煌めく刀身が、一瞬にしてボスのところまで辿り着かせてくれる。その突進力をボスの上体にぶつけ、シリカへの攻撃軌道を反らした。

 

 

 「!アキトさんっ!」

 

 「離れろ!」

 

 

 助けてくれたアキトに対して笑顔を向けるシリカにそう指示をだし、アキトはシリカが離れるまでボスへと対峙する。

 

 

 「囲え!」

 

 

 誰かのその指示で、攻略組は一斉にボスの周りに散らばった。壁役が前に出て、ひたすらにヘイトを稼ぐべく詰め寄る。

 シリカは一先ずはその場を離れたようで、アキトは心の中で安堵した。

 ボスはゆっくりと攻撃を食らわせたアキトを見据える。アキトは、そんなボスの頭上のHPバーに目を向けた。

 

 流石に筋力値極振りというのもあって、HPの減少は見て取れたが、その減りはあまりにも小さい。

 傍に来たクラインが苦い顔をした。

 

 

 「オイオイ、あんま減ってねぇぞ」

 

 「見た目骨だし、神経通ってないんじゃね」

 

 

 アキトがそんな巫山戯た事を口にしていると、ボスがその大剣をノーモーションで思い切り横に薙ぐ。

 前衛のプレイヤーは、その盾を持ってどうにか防いだ。だが、そのあまりの威力に、自身の位置がずらされた。

 

 

 「っ────!」

 

 

 弓連続射撃技《ヘイル・バレット》

 

 ボスの攻撃後の隙を狙った、シノンの弓での遠距離攻撃が放たれる。

 連続の早撃ち、それでいて正確なコントロールにより、それらの矢は全てボスへと突き刺さる。

 だが、ボスにはまるで効いていなかった。ユニークスキルとはいえ、今回のボスに弓は確実に相性が悪かった。

 

 

 「チィ……」

 

 

 シノンは悔しそうに舌打ちする。

 だが、それでもボスは倒れてはくれない。その巨大な剣を掲げ、その刀身を金色に光らせた。

 

 

 「ソードスキル来るぞ!」

 

 「全員警戒態勢をとれ!」

 

 

 攻略組の中で、互いに指示し合う声が飛び交う。

 やがて、ボスは素早い動きでその大剣を振り回した。

 

 両手剣範囲技二連撃《ブラスト》

 

 物凄い高速回転で周りのプレイヤーを薙ぎ払う。

 その強大な威力により、前衛の何人かが後方に吹き飛ばされる。

 

 

 「っ!」

 

 

 飛ばされる彼らの間を縫って進み、ボスの攻撃後の隙を狙って飛び出したのはアスナだった。

 目の前のボスの攻撃後のインターバルは短い。ここは、たとえ単発でも確実に重い一撃を────

 

 細剣単発技《リニアー》

 

 それは正しく『閃光』、彼女の代名詞であるその突きが、ボスの腹部に刺さる。

 

 

 「せあああぁぁあっ……っ!?」

 

 

 だが、ボスは静かにアスナを見下ろすと、その拳をアスナに向けて叩き付けた。

 まるで何事も無かったかのように、素早い動きで。

 自身の目の前に拳が迫るその瞬間、アスナは理解した。自身の武器では、この敵に脅威となりうる程のダメージを与えられないと。

 ステータスではない。ひとえに、相性の問題だった。

 だがそのアスナの前に、黒い剣士が立ちはだかり、彼女はその目を見開いた。

 

 

 「っ────!」

 

 「っ、アキト君!」

 

 「らぁっ!」

 

 

 片手剣単発技《バーチカル・アーク》

 

 アスナとボスの間に割って入ったアキトは、その青く輝く《リメインズハート》を奴の拳にあてがい、全力で弾いた。

 ボスが仰け反る瞬間に、リズベットとリーファが同じタイミングでボスに向かって跳躍した。

 

 

 「スイッチ!」

 

 「はぁっ!」

 

 「りゃあっ!」

 

 

 アキトの声に合わせ、リズベットとリーファが各々の武器を上段に構える。

 そして、ボスの動きが固まっているこのタイミングで、その武器を叩き落とした。

 

 片手棍単発技《サイレント・ブロウ》

 

 片手剣単発技《バーチカル》

 

 ぶつけた瞬間、ボスからは呻き声にも似た声が漏れる。

 アキトの元まで後退したリズベットとリーファは、ボスのHPバーの減少を確認すると笑みを浮かべた。

 

 

 「上手くいったわね、リーファ」

 

 「はいっ!」

 

 

 そんな彼女達の傍らで、アスナはボスを見ながら、アキト達に向かって小さく呟いた。

 

 

 「けど……あのモンスターには、私のレイピアが全く効いてないように見えた……」

 

 「今見た限りじゃ、突き系統の攻撃はアイツにとっちゃ蚊に刺された程度なんだろうな」

 

 「まあ、骨だしね……」

 

 

 アキトの答えに、リズベットは苦い顔をする。

 実際、アキトの放った突進技《ヴォーパル・ストライク》も突き系統の技なので、奴に対してそれ程のダメージでは無かっただろう。

 あの時、シリカへの攻撃を反らせたのはアキト自身の筋力値による恩恵だった。

 そのシリカが、ボスへの警戒を続けながらこちらに近付いて来た。

 

 

 「あの敵のダメージの量を見ると、リズさんのメイスが一番有効そうですね」

 

 「粉砕骨折の要領だな」

 

 「嫌な表現ね……」

 

 

 だが、この攻略組にメイスのプレイヤーは少ない。リズベットを入れて4、5人いるかどうかだ。その上レベルや役割の問題もあり、明らかに火力が足りてない。

 そして何より、相性による《閃光》アスナの無力化は、攻略組の精神的支柱を危うくする事実だった。

 

 

 「取り敢えず考察だ。ヤツには範囲技がある。だから完全包囲は無しだ。閃光、全員に指示しろ」

 

 「分かった」

 

 

 アスナは踵を返し、ボスの方に集まるプレイヤー達に向けて声を上げる。彼女が周りに指示を出す事で、攻略組全体の動きが変わり始めていた。

 その間、アキトはリズベット達に向き直り、苦い顔で口を開いた。

 

 

 「弱点武器が少ないなら数の暴力しかない。特にリズベット、悪いが……」

 

 「なーに謝ってんの!支え合っての攻略組でしょっ」

 

 

 何とも頼もしい、彼女のそのいつも通りの笑顔にアキトは安堵すら覚えた。

 弱点武器であるメイスが、今回活躍しなければならない。リズベットは攻略組としての経験も浅い為、かなりの重荷かもしれない。

 でも、彼女は心配させまいとしてか、意気込んで、挑戦的な笑みを作っていた。

 彼らは頷き合い、そしてボスへと向かって走った。

 

 

 ボスの咆哮を背中に受け、各々が武器を構える。その瞳はボスにのみ向けられ、恨み、憎しみ、そんな感情すら見受けられる。

 アキトが走ってボスに近付く間にも、ボスの攻撃は止まらない。攻撃と攻撃の間隔はとても短く、その身体を構成する固い骨のせいでダメージもままならない。

 

 その大剣が周りを跳ね飛ばして、空いた拳で目に付いた一番近くのプレイヤーに向かって叩き落とす。

 前衛で戦う壁プレイヤーの完全防御態勢でも、そのHPを削り取ってしまうその理不尽な攻撃力に、アキトは焦りを覚える。

 走っているのに、全然ボスに近付けない、そんな幻覚を覚える。速く、早く追いつけ。そう願っても、ドンドン自身の動きが遅くなる感覚に陥る。

 

 ボスの両手剣範囲技《ブラスト》は、斬った相手の動きを一時的に止める、スタン効果が付与されている。

 まともに食らえば防御していても危うい。実際、先程の攻撃でまだ動けずにいた者がいた。

 

 

 「下がれっ!」

 

 

 アキトはそんなプレイヤーとボスの間に、アスナの時と同様に割り込み、《リメインズハート》をボスの脛に叩き付けた。

 しかし、その骸の王はそれにいも介さずその足を高く上げて、再びアキトに向けて思い切り下ろした。

 アキトは庇っていたプレイヤーがその場から離脱した事を確認した為、そのボスから落とされる巨大な足を身体を捻る事で紙一重で躱し、再びその真紅の剣でボスの脛の裏を斬り付けた。

 だが、その王は全くアキトの攻撃によるダメージを感じていないのか、ノータイムで振り返り、その剣を振り下ろした。

 

 

 「っ!」

 

 「おらぁっ!」

 

 

 ボスに背を向けていたアキトの横を、クラインが通り過ぎ、その大剣に自身の刀スキルを思い切りぶつける。

 だが、相手の巨大な身体と筋力値も相成って、次第にクラインの体勢が崩れていく。

 苦しげな表情を浮かべるが、それでも負けじとその刀を押し出す。

 

 

 「野郎っ……こ、この……!」

 

 「クライン……!」

 

 

 アキトは身を翻し、クラインによって位置を固定された大剣を《バーチカル・アーク》で斬り上げた。

 ボスの上体が仰け反り、再びその行動に空白を作る。

 途端に、リズベットが入り込み、その棍棒を振り抜いた。黄色いエフェクトを纏い、ボスの足元を力の限り殴り付けていく。鈍い音が響き、ボスへのダメージへと変換されていく。

 ヤツの骨がどれだけの強度なのかは知らないが、リズベットの攻撃で減ったボスのHPバーを見て、確実にそれは討伐の希望に繋がっていた。周りも、その事実に段々とその心が解れていった。

 

 だが、やはりすぐにボスは立ち上がった。

 両手剣を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がるその風貌は、歴戦の騎士と遜色は無く、その見た目も相成って、幽霊よりもタチの悪い恐怖を感じずには居られない。

 時間の経過によってかは分からないが、腐敗し切ったその錆色に濁った骨の節々がギシギシと音を立てている。その骸骨の眼からは、赤い炎が奥底から灯っていた。

 

 ダメージを与えたといっても、本当に極僅か。86層、そんな中途半端で、クォーターポイントでも何でもない筈のフロアボスなのに、ここまで強固な防御力を誇っている事実に舌打ちする他ない。

 加えて、誰もが手を付けにくいメイスといった打撃系統の武器が弱点という、攻略組にとってあまりにも相性の悪いボス。

 それも然る事乍ら、両手剣から繰り出されるソードスキルもかなりの威力だと伺えた。防御態勢をとった壁役のHPすらをも安易に削るその攻撃力と、その巨体による攻撃範囲の広さは言うまでもない。

 見た目が骸骨というのも相成って、この場にいる何人かの攻略組は、いつかの大戦を彷彿としていた。

 

 75層、クォーターポイントのフロアボス、骸の狩り手を。

 

 それを経験している彼らは、少なからず身を震わせる。

 アキト達の稼いだ時間により、どうにかボスの攻撃で崩れた態勢を整えた攻略組だったが、そのボスの容姿にあの時の惨劇を思い出す。

 その骸骨という姿そのものが、死の具現であるが故に引き起こされるイメージがある。

 まるで、この世界で命を落としたプレイヤー達の無念が体現されているようで。

 

 ボスは、自身のマントすらも震わせる程の衝撃を持った咆哮を放った。攻略組のメンバーを益々萎縮させるボスは、その剣を担ぎ、集団に向かっていく。

 鋭い眼光が突き刺さり、地響きすら聞こえる足音が迫る。

 不味い、そう思ったアキト達の何人かは、その場所からボスに向かって走り出した。

 

 

 「っ……固まるなぁ!距離を取れぇ!」

 

 

 アキト達が地を蹴るのと同時に、エギルの指示が飛ぶ。焦慮の色が見えるが、判断力までは失っていなかった。

 そんなエギルを有り難く思いながら、アキトはボスの前へと立ちはだかる。

 だが、そんなアキトを見向きもせずに、ボスはアキトの真上を飛び上がり、その先へと走っていった。

 

 

 「なっ……!?」

 

 

 その先には、エギルの言葉に退避が遅れたプレイヤーが何人かいた。盾持ちの重装備のプレイヤーが二人、未だに75層のボスとイメージを重ねて怯んだのか、突然のボスの強襲に判断が追い付かなかったのか、その場を離れる事無くその場に留まり動けずにいた。

 ボスの駆け出すその足が地面に触れる度に激震が走る。そのせいで、彼らはその目を見開き近付くボスを見上げるだけ。

 それどころか、このタイミングで、既に距離をとっていた攻略組のプレイヤー達の元への合流を図ろうと、ボスに向けてその背を向けてしまっていた。

 アキトは驚きのあまり一瞬だけ身体が固まる。が、間に合わないと分かっていても、すぐにその場をあとにしてボスの背中を追った。

 彼らの取ろうとする行動を目にして急速に血の気が引いていくのを自覚する。巫山戯るな、と声にならない悲鳴が胸中に渦巻いた。

 

 

(そんな至近距離でボスに背を向けるなんて……!)

 

 

 攻略組の誇る精鋭が、こうも容易く判断を誤るのかと、アキトは苛立ちを覚えずにはいられないが、同時に仕方ないのかもしれないと感じてしまう。

 張り詰めた空気、少量しか与えられないダメージ、立ち直り時間と攻撃間隔の短さ、逃げ遅れた焦り、クォーターボスを彷彿とさせる威容が示す重圧、何より今までとは違う、相性の悪いフロアボスの脅威的な戦闘力を意識しすぎたのだろう、完全に浮き足立ってしまっていた。

 だが、逃げるにしたって逃げ方というものがある。この場面で必要なのは踏み止まってボスの一撃を防御し、それから退避するか救援を待つことだ。闇雲に逃げの一手を打つのは悪手でしかない。

 ましてや、ボスの攻撃範囲に入っているこのタイミングでヤツに背中を向けるなんて、間抜けにも程がある。隙を晒しながら動いているようなものだ。

 

 走っても届かない、もう手後れだった。

 ボスは地面に足をつき、思い切り力を入れる。その自身の大剣を軽々と振り上げ、猛烈な速さで横に振り抜いた。

 そんなヤツの背中を見て、アキトは思わず目を瞑る。

 

 

(駄目だっ……間に合わな────)

 

 

 だが、アキトが想像していた光景が展開される事は無かった。

 ボスに背を向けて尚も逃げる彼らと入れ違いで、一人の剣士がボスの振り抜く大剣に立ちはだかったのだ。

 そのプレイヤーは反りのある片手剣をエメラルドグリーンに輝かせ、上段からの振り下ろしの軌道を描いて、ボスの大剣に思い切りそれをぶつけた。

 ガキィン!と金属音が鳴り響き、そこからチリチリと火花を散らす。そのプレイヤーは歯を食いしばりながら、その場から動かんと足に力を溜めた。

 それを見たアキトは、咄嗟にそのプレイヤーの名前を呼んだ。

 

 

 「リーファ……!くそっ……!」

 

 「リーファちゃん!」

 

 「あの子、何やって……!」

 

 

 アスナが叫び、リズベットがボヤく中、ボスのその背を追っていたアキトは、ボスが剣を振り抜くであろう方向に走る進路を変える。

 何も無い場所ではあるが、これから起きる事を想像する事で、この走りは無駄では無いと確信する。

 何故リーファが、どうして一人で、そんな事は全て後だ。今は自身に出来る事をするのみだった。

 

 

 「逃げて!早く!」

 

 

 リーファがボスの大剣にどうにか耐えながら、彼女が庇ったプレイヤー二人に向けてそう叫ぶ。

 彼らは彼女に何かを言うでもなくその場から離脱した。これで、ボスが今ヘイトを向けるのは目の前の妖精リーファのみだった。

 そして次の瞬間、骸の王はギシギシと骨を鳴らすと、その大剣を思い切り振り抜き、競っていたリーファを盛大に吹き飛ばした。

 

 

 「きゃああぁぁあっ!」

 

 

 リーファの身体は地面と平行に暫く飛ばされ、やがて地面を削るように転がった。現実なら擦り傷どころか皮が向けて火傷をしてしまうくらいに滑った彼女の肌は、それ相応に熱く感じた。

 だがボスは、吹き飛ばしたリーファにまだロックオンしており、先程のダメージで動けないリーファに向かって走り出していた。

 

 

 「リーファちゃん!」

 

 「逃げろぉ!」

 

 

 シリカとクラインがそう叫ぶと、リーファはハッとしてその顔を上げる。迫り来るボスに目を見開き、慌てて立ち上がろうとも力が入らない。

 ヨロヨロとゆっくりと身体を起き上がらせている間にも、ボスとの距離は近付いていた。

 このままじゃ殺される、そんな恐怖を少なからず感じ、身体が震えるリーファだが、そんな感情も一瞬で消し飛んだ。

 先程方向転換していたアキトが、タイミング良くリーファとボスの間に登場したからだ。

 リーファは、思わずその名をポロリと口にしてしまっていた。

 

 

 「っ……アキト、君……!」

 

 「不相応な事しやがって……!」

 

 

 振り下ろされる大剣に合わせて、アキトは《リメインズハート》をその刀身と同じく紅く輝かせ、その剣にあてがった。

 互いに剣が弾かれ、ボスは再びその身体を天井へと向ける。

 だが、アキトはボスの隙が出来たのを確認したその瞬間、膝に手を付くリーファを抱き抱えた。

 

 

 「へっ……ひゃあっ!?」

 

 

 突然異性に抱えられ、リーファは目を見開き、顔を朱に染める。

 だが、アキトのその表情は必死そのもので、ある程度ボスとはの距離を離した瞬間、遥か後方にいるシノンに向かって口を開いた。

 

 

 「シノン、やれ!」

 

 「了解っ……!」

 

 

 ボスの攻撃範囲、そしてシノンの矢が被弾してしまう事も無い程に全員がボスと距離が離れていたのを理解すると、シノンはその弓で引き絞った矢を上空に向けた。

 いや、実際には、アキトに剣を弾かれて態勢を崩した骸の王の真上、そこを狙っているようだった。

 段々と矢に光が集まる。

 緊張は無い、心はこの戦場という状況下でも冷めており、今のシノンは言わば冷静そのもの、氷の狙撃手だった。

 躊躇いも恐怖も緊張も無い。こんなのはただの作業。こんな簡単な事なら、弱い自分でもやってのけられる。

 

 

 「っ────」

 

 

 引き絞った矢に、光が収束し切るのを見た瞬間、シノンの瞳が見開き、天井を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 「発射(ファイア)

 

 

 

 

 

 

 弓奥義技《ミリオン・ハウリング》

 

 放たれた1本の矢は、一瞬で天高く舞い上がる。白銀に輝く光が線を作り、天井まで続いていく。

 そして、ボスの真上まで到達した瞬間、その矢がキラリと光を放ち、そこから無数の矢が雨のようにボス目掛けて落ちてきた。

 ボスは予想外だったのかその場から動けず、シノンの放った無数の矢の雨をその身にまともに受けた。

 

 相性は悪い、だがその無数の矢の1本1本がジワジワとボスのHPを削っていくのが見える。

 いつものメンバーを含め、攻略組全員がその光景を驚愕の眼差しで見ていた。

 

 

 「スゲェ……」

 

 

 誰かがそう呟く。

 それもその筈、この技は初公開、シノンとアキトがこの前クエストで手に入れた弓の上位スキルなのだ。

 このスキルの有用性と恐ろしさは、一度テストという名目で見せてもらったアキトだけが知っていた。圧倒的な攻撃範囲の広さと、1度に与えられるダメージ量が半端では無いのだ。

 ボスの周りを前衛が囲っている間は使えないが、こうしてボスから距離をとった状況下なら難無く使用する事が出来る。そして、今回の強固なボスにも目に見えたダメージを与える事が出来た。

 

 しかし、ボスは相変わらず立ち直りが早かった。

 段々と降り注ぐ矢の対応を理解したのか、自身の大剣を雨を凌ぐ傘のように天井に張り、その無数の矢を防御しだしたのだ。

 これでは放った矢を操る事が出来ないシノンは歯噛みするしかない。

 周りも、依然として学習能力が高いボスに目を丸くしていた。相性が悪いだけで、こんなにも違う。

 今までもそんな敵は何度も当たったが、アルゴリズムが変化すると、こうも戦況と精神に打撃を与えてしまうのだ。

 だが、萎縮している彼らを、ボスは待ってくれない。口を半開きにしながらこちらを見据えるボスを見て、アスナは言葉に詰まった。

 

 

 「っ……もう一度陣形を取ります!壁戦士(タンク)部隊は攻撃部隊(アタッカー)のガードに専念、その他は特にメイスと重量級の武器、刀使いのフォローをお願いします!無茶だけはしないで、焦らずローテーションを行って下さい!」

 

 

 ボスが走る中、再びプレイヤー達が移動する。

 距離が縮まり、重なる剣戟の音が部屋を反響し、鼓膜を刺激する。

 ボスの奇声、プレイヤーの悲鳴、指示の飛び合い、ボスに攻撃を与える音が聞こえる。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 アキトは、それらを確認すると、未だ自身の腕の中にいるリーファに視線を落とした。

 彼女は顔を赤くしながらも、気不味そうに顔を逸らした。この前のクエストでの出来事と、今まさに自身がやった行いに思うところがあったのかもしれない。

 彼女のした事は、褒められるべき事かもしれない。けれど、それで自身が危険に合うならして欲しくは無い。

 彼女に、何て言ったら良いのだろう。

 

 

 「……いつまでそうしてるつもり?」

 

 「「っ……」」

 

 

 後ろを振り向けば、後方にいたシノンがリーファを未だに抱えるアキトを何とも言えない凄い冷たい目で見ていた。

 まさに氷の狙撃手。心臓を撃たれたのか止まっているような錯覚に陥った。

 彼女の言っている事は最も過ぎる為、アキトは辿々しくリーファを降ろした。リーファはアキトの顔を見て、複雑そうな表情を浮かべると、顔を伏せてボスの元へと走っていった。

 先程は運が良かっただけで、もしまた同じようになったら、助けられるかどうか分からない。リーファの精神状態も分からない上、どうしたらいいのかさえ分かってない。

 このもどかしい気持ちを抑える術も知らない。ズキズキと痛む片目を抑え、彼女の背中に異様な既視感を覚えた。

 

 

 そうして、アキトも先陣に加わり、ボスに向けて攻撃を仕掛けていく。

 布陣としては、常にボスの正面のみに壁戦士(タンク)を集中させ、ヘイト値及びボスの両手剣を抑える。攻撃部隊(アタッカー)は側面や背後から隙を見て波状攻撃を仕掛ける。完全に囲うと範囲技が発生する為、ボスの動きを常時見極める。

 アスナの指示は的確で、通常の武器で大きなダメージが望めないなら、両手斧や両手剣のような重量級の武器を持つプレイヤーや、クリティカルに補正のある刀スキルを使うクラインなどを主軸においた戦術が効率的だ。

 ヒースクリフがいない今、このレイドの最上位指揮官はアスナだ。戦局の変化に応じて、彼女はその都度細かい指示を出していく。

 

 骸の王が、前衛の集団をスキル一振りで羽飛ばし、空いた足で陣営を破壊する。アスナの指示が追い付かない程に、ボスの動きが研ぎ澄まされていき、アキトは舌打ちする他ない。

 シリカの敏捷性を活かした翻弄も、シノンの遠距離からの狙撃も気にする事無く、ヘイトは前衛のプレイヤーに固定されつつあった。こちらの戦術、作戦に乗る事無く自分が最適だと思った攻撃を打ち付けていく。

 

 そして、骸の王は再び新たな動きを見せる。

 その両手剣を高々と振り上げ、その刀身の光でこの部屋を明るく照らす。

 

 

 「な、何かヤベぇぞ……!」

 

 「た、退避……!」

 

 

 彼らはそんなボスの動きに恐れをなし、再びヤツに背を向ける。

 アキトは途端に目を見開き、心の中で苛立ちを叫びながらボスに向かって走る。

 だが、一足先に、ボスはその剣を振り下ろし、辺りのプレイヤーを剣圧のみで跳ね飛ばしていく。

 

 両手剣範囲技五連撃《ファイトブレイド》

 

 殴り付けるように振り回す攻撃の数々が、プレイヤーを薙ぎ倒していく。ダメージ量は相当で、吹き飛ぶプレイヤーのHPが、注意域を飛ばして危険域まで減っていく。

 

 

 「くっそおぉ!」

 

 

 アキトは《ファイトブレイド》の五連撃目が振り下ろされるプレイヤーの間に割り込み、その剣を横に構えて防御態勢をとった。

 だが、真上に落とされた両手剣の重さは尋常じゃない。アキトは自身が潰れそうな気さえしており、焦りと恐怖で歯を食いしばる。

 

 アキトの後ろにいたプレイヤーが後方へ下がるのと入れ違いに、アスナがボスに向かって走る。

 《ランベントライト》からは青白い光が飛び出し、ボスの膝辺りに向かって連撃を放つ。身体を捻らせ、踊るように細剣を突き出す、まさにソードアートを繰り広げるアスナ。

 だが、そのダメージ量はあまりにもお粗末で、アスナは悔しそうに表情を歪める。

 

 

 「代われ、アスナ!」

 

 

 アスナの技硬直のカバーに、エギルが飛び出す。

 高く飛び上がり、ボスの頭上に両手斧を振り下ろす。全体重をかけて、鋭い一撃を振り下ろしたのだ。HPが確実に減る手応えを感じる。

 それでも尚、ボスは止まらない。競り合うアキトを蹴飛ばしたかと思うと、その足でアスナと、着地したエギルに回し蹴りを食らわせた。

 

 

 「きゃああぁぁ!」

 

 「ぐはあぁあっ!」

 

 

 アキト、アスナ、エギルは地面を削る。

 摩擦で装備の耐久値が削れるのを感じ取り、その度に砂埃が発生し、目の前の視界を曇らせる。

 彼らをフォローしようと整えられた布陣も、圧倒的なまでの攻撃力で無に帰す。薙ぎ倒し、斬り潰す。それだけで、骸の王からすればアリ同然のプレイヤー達はHPを減らしてしまう。

 クラインが刀で叩いても、シリカとピナが力を合わせても、リズベットが弱点武器をぶつけても、死の具現であるその骸は、その両手剣を禍々しい色に濁らせるだけだった。

 

 

 

 

 駄目だ。

 そう思っても、もう遅い。

 

 

 

 

 「っ……ま、待て……!」

 

 

 アキトは剣を突き立てて立ち上がる。

 だが、ボスのその両手剣は、既に動いていた。

 

 両手剣範囲技七連撃《アストラル・ヘル》

 

 ヤツを中心に風が舞ったかと思うと、それは一瞬。

 ボスはその両手剣をその光の軌道にそって振り下ろす。切り上げ、切り下ろし、突き刺す。

 

 

 

 

 ────本当に、瞬きする間も無かった。

 

 

 

 

 目を背けたくなる光景を、誰もが目の当たりにした。

 ボスのすぐ傍にいたプレイヤーの何人かは、たったの一撃でその身体を同時に散らした。

 ガラスが割れるような音が響き、呆気なく砕ける。光は砂塵のように空に舞い、やがて消えていった。

 そして、さらに何人かは放物線を描くようにしてアキトやアスナの目の前に落下していく。

 だがその最中、HPは注意域を過ぎ、危険域ですら止まる事無く、無慈悲にHPを削り取ったのを見た。

 HPがゼロ。即ち、彼らは死んだのだ。

 

 

 「あ……っ…あああ……くっ……」

 

 

 その事実に、アキトの心臓の鼓動が強く響く。

 死にゆく間際の彼らの顔が焼き付いて離れない。

 

 ────本当にこれで終わりなのか?

 

 ────自分達は死ぬのか?

 

 ────嫌だ、死にたくない!

 

 そんな表情が、頭の中を巡る。そんな想いを、声にする事とも無く消えていった彼らを思い出す。かつての光景が、見た事も無い惨劇が、

 数多の感情が、流れ込んでくる。

 

 周りも、死にゆく彼らを見て、すっかり魂を抜かれたように放心する。久しくなかった死への確信的な恐怖が、その心の根底を強く揺さぶるのだ。

 そんな彼らを、ボスは待ってはくれなかった。

 

 

 「っ…!?な、何を……」

 

 

 一人が、ボスを見上げてそう呟く。

 これまでの連撃で殆どの者が地面に身体を伏していた。アキトも、アスナも、クラインも、エギルも、シリカも、リズベットも。

 攻略組の大半がHPに多大な被害を受けており、そんな彼らに追い打ちをかけるかのように、無慈悲に、その剣を掲げる。

 その構えが、何を意味するのか知っていた。

 

 

 両手剣奥義技《カラミティ・ディザスター》

 

 

 「っ────!!!!」

 

 

 誰もが不味いと、そう悟った。両手剣の奥義、ただでさえ重量級でダメージの大きいそのスキルは、プレイヤーが使用するものと違って、あまりにも溜めが長い。アレを受けたら、間違いなく死ぬと、そんな確信を誰もが持った。

 中にはボスの目の前で地に伏している者もいる。絶望を感じずにはいられない。

 シノンが放つ矢の数々も、ボスの動きを止める致命傷には成り得ていなかった。

 

 

 「ふざ、けんな……!」

 

 

 アキトは瞳孔が開き、揺れる瞳をボスに向けながら、震える足をどうにか動かす。

 これ以上、目の前で誰かが死ぬのを見てはいられない。

 だが、その身体には、麻痺のデバフが付与されていた。

 

 

 「こ、この……!」

 

 「くそっ……!」

 

 「うっ……」

 

 

 アキトだけでは無い。被害を受けたプレイヤーの殆どが、ボスの攻撃に動けないでいた。麻痺のせいでもあり、植え付けられた恐怖心のせいでもあり、プレイヤーが死んだ事による意気の消沈もあった。

 途端に、アキトの心が焦燥に駆られる。その瞳を大きく揺らし、恐怖にも似た感情が、失うかもしれないという哀しみが心を抉る。

 

 

 このままじゃ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「せええぇぇい!」

 

 

 突如、剣に力を溜める骸の王の膝に、黄色い閃光が走る。

 その三連撃全てが吸い込まれ、ボスにその膝を付かせた。誰もが驚き、その瞳を開いた。

 ボスは自身の大技を不発に終わらせたそのプレイヤーを、鋭い眼光で睨み付ける。

 アキトも同様に、自身の遥か視線の先にいるボスに立ちはだかる、金髪の妖精を視界に収め、その口を震わせた。

 

 

 「何……してんだっ……!」

 

 「あたしが時間を稼ぐから!みんなが立ち直るまで!」

 

 

 リーファはその反りのある剣を剣道のように両手で構え、ボスを睨みつけている。

 その剣は震えており、それでも絶対に退かないという不変の意志を感じた。

 

 

 「リーファちゃん!」

 

 「何してんのよ!早く逃げて!」

 

 

 見知った面子がそう叫ぶも、リーファはそこを動かない。仲間が死に近付くその恐怖を、誰もが知っていた。

 アスナも、シリカも、リズベットも。リーファを大切に思うからこそ、涙を流し、叫ぶのに。

 アキトは、あの夢の再現を現実に重ねて見てしまっていた。

 

 

 「やめろ……!お前にまで死なれたら……俺は……!」

 

 

 大切だと自覚したものが、何もかも手から零れ落ちる。

 言葉だけで、身体は動かない。こんな時だけ、麻痺の持続時間が長く感じた。

 早く、早く切れろ!そう願っても、何も変化は起こらない。

 ただ、誰もが絶望し、抗い、リーファを見るだけ。

 

 ボスから振り下ろされる大剣を、精一杯いなし、躱す。

 それでも、殴られ、飛ばされる彼女は、それでも折れずに立ち上がり、骸の王のヘイトを一心に受ける。

 誰もがその光景を見る事しか出来ない。アスナ達は涙を流し、祈る事しか出来なくて。

 

 

 

 

 そして、アキトは彼女から目を逸らせない。

 

 

 

 

 「っ────」

 

 

 

 

 そんな、みんなの為か立ち上がったリーファは。

 

 

 

 

 「なんで……だよ……!」

 

 

 

 

 とめどなく、涙を流していた。

 

 

 どうして、とそう自問しても、本当は理解している。

 リーファという少女は、決して自分を優先に出来ない優しい少女だという事を。

 この仮想世界を恨んでいても、この世界に価値を見出していて。

 そして、こうしてアスナ達という仲間が、何より大切で。

 兄を奪った仮想世界を居心地良く思ってしまう自分自身を、心のどこかで許せなくて、そうして揺れ動き、癇癪を起こしているのだと、本当は知っていたのに。

 

 じゃあどうしたら?どうしたらいいの?何が正しいの?

 お兄ちゃんを失った自分は、ここで何をしたらいい?

 

 そんな感情を、そんな迷いを持ち続けて。彼女は、恐らく無意識なのだ。本能的に。潜在的な部分で。

 この想いをぶつける相手を探している。

 それでも、アスナ達は大切で、何より守りたくて。仮想世界を本当は捨て切れない彼女の、精一杯の我儘で。

 兄を奪った世界が憎い。けれど、この世界で出会った人達が大切で。

 そうした矛盾が、今のリーファを突き動かしていて。

 何もかもが、アキトに似ていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 「ぐっ……!」

 

 

 瞳が痛む。頭が軋む。辺りの悲鳴や音がドンドン聞こえなくなるのを感じる。

 そうして、色々なものが頭に流れ込んでいき、その瞳は憧憬と過去に焦がれる。

 

 知らない記憶、知らない光景、色んな人々、数多の感情。

 そして、見知った人の笑った顔や泣いた顔を、知っている。

 

 

 

 

 ────プツリと、何かが切り替わるのを感じた。

 

 

 

 

 「『────』」

 

 

 

 

 ────ああ、知ってるよ。

 

 

 

 

 アキトは、その身体に精一杯の力を込める。

 腕を突き立て、膝を突き、剣を支えに立ち上がる。ワナワナと震える足に力を入れ、ボスに斬られて飛ばされるリーファを見据えた。

 その金髪の妖精の小さな背中を、アキトは目を細めて、そして、小さな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

『…お兄、ちゃん…?』

 

 

 

 

 ────初めて会った時、そう言われたっけ。この時から、どこか他人じゃないような気がしてた。

 

 

 

 

『…私とお兄ちゃん、ホントは血が繋がってなくて。お兄ちゃんは、そのせいで私から距離を置くようになって…。それが寂しくて…』

 

 

 

 

 ────本当はずっと、それを後ろめたく感じてた。

 

 

 

 

『昔は、よくお兄ちゃんと剣道の試合をしたんだ』

 

 

 

 

 ────ああ、覚えてるよ。

 

 

 

 

『お兄ちゃんはずっと前から、あたしが本当の妹じゃないって知ってたんだって。じゃあお兄ちゃんにとって、あたしは何なんだろう……それが、分かんなくなっちゃって。まるでお兄ちゃんの妹だった事が、嘘になっちゃった気がしてた』

 

 

 

 ────そんな事無いよ。俺にとって、お前はたった一人の────

 

 

 そうだ。

 知っていた、筈なんだ。

 ずっと前から、俺は。

 

 

 アキトはその足を踏み出し、その地を思い切り蹴り飛ばす。

 加速していくその身体が、へたり込み、今にもボスに斬られる寸前の彼女に、思い切り手を伸ばす。

 

 

 届け。届け。届け────

 二度と、その手を伸ばす事を躊躇ったりはしない。

 何も間違えたりはしない。後悔など二度としない。失わない為に強くなったこの手を、失わない為に伸ばしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『スグ……直葉ああぁぁあぁああ!!!!」』

 

 

 

 

 リーファが、その顔をボスからアキトに向ける。その瞳は大きく揺れ、アキトだけを見据えていた。

 迫り来るボスの大剣を前に、アキトは飛び出す。

 リーファを抱き抱え、その場所をあとにした。

 

 瞬間、シノンから放たれた矢が、ボスの顔面を直撃し、その場から煙が舞う。

 アキトはリーファを連れ、アスナとリズベットが近くに倒れているところまでどうにか運び込んだ。

 

 

 「リーファちゃん!」

 

 「リーファ!」

 

 

 アスナとリズベットの瞳は涙で濡れていた。

 麻痺していた身体は回復し、ゆっくりと起き上がり、その場に座り込むリーファと視線を合わせて涙しながら笑った。

 彼女達はHPを回復し切れていない上に、身体の動作にもまだ問題があった。

 アキトは、その場を立ち上がり、ボスに視線を向けた。

 

 

『「リーファを頼む」』

 

 「え……う、うん」

 

 

 アスナはそう指示を出すアキトの背中を、ただ見つめる事しか出来ない。

 この時、何かに気付けていたらと、後悔する事になるとも知らずに。

 

 

 

 

 「……待ってよ……」

 

 

 

 

 アキトのコート、その裾を強く握る。

 そんなリーファは、未だ止まらぬ涙を流し、驚愕で瞳を揺らしていた。

 

 

 「……どうして、なの……?」

 

 「……リーファ、ちゃん……?」

 

『「────」』

 

 

 アキトは、何も言わずに見下ろすだけ。

 けれど、彼女が言いたい事を、心のどこかで理解していた。困惑と驚愕と焦燥に駆られたその瞳は、アキトを捉えて離さない。

 ボスが立ち直りつつあるのを背に、ただリーファを、悲しげに見つめるだけだった。

 

 

 「なん、で……、どうして……?どうして、あたしの名前を……?」

 

 「え……?」

 

 「な、何言って……」

 

 

 その場にいるアスナもリズベットも、リーファが何を言っているのか、すぐには分からなかった。

 けれどあの時、リーファを助けようと飛び出したアキトが呼んだ、知らない人の名前。

 それが、全てを物語っていた。

 

 

『「……」』

 

 

 その少年は、リーファと同じ高さになるように膝を付く。

 コートを掴んでいた手を上から握り、ゆっくりと引き離す。その手の温かさに、リーファは目を見開いた。涙に濡れたその頬を、少年は拭う事もしなかった。

 ただ、申し訳なさそうに、儚く笑うだけだった。

 

 

『「……ゴメンな、スグ……」』

 

 「っ……」

 

 

 リーファは言葉にならなかった。

 言いたい事がたくさんあったのに、何もかもが脳から消滅していった。

 そんな事ある筈無い、そんな小さな期待さえしなかった。

 どうして、どうして君が────

 

 なんで、謝るの?

 

 

『「っ────」』

 

 

 アキトは身を翻し、ボスに向かって走る。

 その脆く見える背中に、リーファは手を伸ばす。だが、届かない。

 アスナが、そんな彼を見て心臓が大きく高鳴った。

 

 

 「っ!? アキト君っ、ダメ!」

 

 「アキトォ!」

 

 「アキトさんっ!」

 

 

 誰もが彼に向かって声を投げる。

 一人じゃ、絶対にかなわない。行かせたくない。

 行かないで。

 アスナは、彼らは、その名を呼んだ。

 

 

 だが、次の瞬間、目を疑うような光景がその瞳に映った。

 

 

 

 

 「え……?」

 

 

 

 

 栗色の少女が、そう力無き声を発する。

 誰もが、目の前で繰り広げられる光景に目を疑った。

 

 織り成すは光の剣戟。その黒の剣士は、その光を繰り出す度に加速していき、その瞳は強く意志を抱く。

 骸の王は凌ぎ切れず、その大剣を後ろに吹き飛ばされていた。睨み付け、見下ろすだけ、それしか出来ず、自身よりも小さいその剣士に、恐怖を感じているように見える。

 

 

 

 

 「……なんで……」

 

 

 

 

 彼らは、アスナは。

 まるで脳を鈍器で強く殴られたような衝撃を覚えた。

 今目の前で起きている事象の全てを、まだ受け入れられていなかった。整理が追い付かない、考えが及ばない。

 意志はまとまらず、ただ、震えて見てるのみ。

 

 

 「どうして……どうして、君が……」

 

 

 その骸の王を、少年は吹き飛ばす。

 歓声すら耳に入らない。アスナは、何も考えられなかった。

 シリカも、リズベットも、クラインも、エギルも。

 そして、リーファもシノンも。誰もが動けない。

 

 

 

 

 期待も、困惑も、戸惑いも、哀しみも、全てがそこにはあった。

 その彼の戦う姿を、誰もが知っていたから。

 

 

 「どう、して……だって……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だってそれは……キリト君の………!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの視線の先、そこにいるオッドアイの少年は。

 その黒いロングコートを靡かせ、凛と立つその姿は。

 星々のような白銀色にその刀身を輝かせ、ボスを怯ませるその姿は。

 

 

 かつての英雄キリトの姿そのものである、どこか懐かしさを覚えるその《黒の剣士》は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真紅の剣(リメインズハート)漆黒の剣(エリュシデータ)を握り締め、ボスを強く睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「……《スターバースト・ストリーム》」』

 

 

 


















ユイ「……アキト、さん……?」


嫌な予感が、心を刺激する────

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