ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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皆さん、過分な評価、ありがとうございます。
これ、一応処女作なんですが……故に、投げやりな感じの文章や、うまく行かないところもあるとございますが、これからも頑張ります!(`・ ω・´)ゞビシッ!!

今回、現実世界での番外編と同時投稿予定と感想欄に記載したのですが、止めることにしました。

何故か。モチベーションががが(´・ω・`)

それでは、どうぞ!





Ep.69 重なる剣戟

 

 

 

 

 

 誰もが願い、求めたものがある。

 それは、『希望』という名の、酷く曖昧な概念だ。

 望んでいるのに、その明確な形は見えてこなくて、それでもこの状況を打破する光の道標が欲しかった。

 暗闇を照らし、道を示してくれる者が現れてくれるのを、願う事しか出来なかった。

 死ぬのは怖い。汚れ役が欲しい。そんな杜撰な願いすら、どこか純粋に見える程に、彼らの意志は統一されていた。

 

 この世界には、絶望が蔓延る。

 現実よりもこの世界の方が死が近くに感じ取れた。

 故に誰もが恐怖し、死を感じ、覚悟し、最後には諦める。

 抗う者も、心のどこかで、そんな恐怖を終わらせてくれる存在を探している。

 

 

 だからこそ、ただ、切実に願った。

『勇者』という名の存在を。

 何度も挫折し、絶望し、そして後悔を繰り返した。それはきっと、しなくても良い筈のものだった。

 この世界が無ければ、感じる事など無かった痛みと悲しみ。

 その感情全てが、この身に流れ込んでいた。

 

 

 

 

『「……いくぞ、アキト」』

 

 

 

 

 ボスに立ちはだかるは、独りの黒の剣士だった。

 黒いロングコートを靡かせ、部屋の中心に凛として立っていた。

 彼の両手には、かつての英雄の剣と、想いを背負う為の剣がそれぞれ握られていた。

 

 その姿は、まさに『希望』の具現。

 

 その部屋の中心に、迸る光の束が現れる。

 何人ものプレイヤーが集い、そして屈した骸の王相手に、たった一人剣を振るうプレイヤーがいた。

 

 

『「っ────!」』

 

 

 その黒い剣士は目を見開き、ボスを見上げると、その地面を思い切り蹴り、一気に駆け出した。瞬きする間も無く一瞬でボスへと近付き、気が付けば、既に骸の王の懐へと入り込んでいた。

 

 

『「ぜあああぁぁあっ!」』

 

 

 その黒の剣士は、両の手に持つ剣を交差し、目の前のボスから振り下ろされる大剣を受け止め、そして跳ね除ける。

 眼前にいる骸の王を鋭い眼光で睨み付け、その双剣に光を宿す。

 

 二刀流奥義技十六連撃

 《スターバースト・ストリーム》

 

 白銀に輝く刀身で、ボスの腹、膝、足に剣戟を入れ込む。

 二刀が交互に、同時に奴の身体を斬り付けていき、自身の感情を乗せていく。

 加速していく自身を感じながら、それでもまだその速度を上げていく。攻撃速度が上がるにつれて、ボスはアキトの攻撃を凌ぎ切れなくなっていた。

 弾かれ、飛ばされ、躱される。今までと明らかに動きが違う目の前の黒の剣士を見て、どこか焦っているようにも見えた。

 

 

 

 

 ────そして、それを見ている攻略組も、焦り、困惑、驚愕、色んなものを綯交ぜににしながらこの状況を見ていた。

 

 

 「……ちょっと……何よあれ!? どうしてアキトが……!」

 

 

 リズベットがアスナ達に向き直り信じられない、信じたくないというように叫ぶ。

 彼女の疑問は最もだが、そんな事はこちらが聞きたかった。

 彼の動きの一つ一つが、かつての光景を蘇らせてく。アスナは目を見開き、目の前で繰り広げられる黒の剣士の剣戟を見つめる事しか出来なかった。

 

 だってあのスキルは、あの《二刀流》は。

 たった一人だけのもので────

 

 

 「どういう、事だよ……!」

 

 

 クラインも食い入るように見るだけで、動く事が出来ない。

 いつの日にか見た、74層の時のように、あの少年の邪魔にならないようにする事しか出来ない。

 けれど、それはきっと、驚愕で動けないというのもあっただろう。クラインは、その手に持つ刀を思い切り握るのみ。

 

 リーファはその場にへたり込んだまま動けず、アキトを見つめるばかり。リズベットもシリカも同様に、アキトから視線を逸らせない。

 シノンは、何が起きてるのか分からず、一人でボスに圧倒するアキトの姿を見て、驚きを隠せないでいた。

 

 周りはそのアキトの研ぎ澄まされていく高速連撃に歓声すら上げ始めているというのに、キリトの仲間達はそんな気にさえなりはしない。

 似てる、なんてものじゃない。ずっと見てきたからこそ分かる、目の前の少年、アキトの動きは。

 

 

 その、二刀流を操る黒の剣士は。

 

 

 「……キリト、君……なの……?」

 

 

 その後ろ姿を凝視する。

 ところどころがブレて、電気のようなものを身体に纏っている彼は、それでも凛と佇み、二刀を振って攻めている。

 かつての想い人と、姿が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスの咆哮すら、少年は耳に入らない。

 速く、速く、もっと速く。思考はそれだけになりつつあった。

 自身が相手している視線の先にいる王、奴の動きだけを頭に取り入れ、学習していく。

 

 集中しろ、模索しろ、予測しろ、想像しろ、創造せよ。

 全ては今、目の前にある。

 

 一瞬一時の僅かな動きの機微すら見逃さず、それを元に次の行動を予測する。時折上がる歓声は遠くなっていき、その集中力は益々高まっていた。

 余分な力は入れず、必要な事だけにその筋肉を行使する。脱力した身体はボスに合わせて静と動を切り替える。自身と奴の動きを的確に把握し、さらにその動きの無駄を無くしていく。

 ボスが動くより先に行動し、ボスが走るより先に攻撃し、ボスが構えるより先にその攻撃手段を潰しにかかる。

 

 骸の王は自身の攻撃の一つ一つを事前に潰されていく事実に腹を立てたのか、奇声をあげるばかり。

 だが、それを見て怯む事は無く、少年は自分のするべき事を頭の中で張り巡らせる。

 

 やる事は一つだけ、この部屋の主を倒す事。

 ボスの武器、容姿、戦い方を見通し、その上で攻撃を予測する。把握し、観察し、予想しろ。

 ボスに組み込まれている何百通りの攻撃パターンが織り成す法則性を見出し、攻撃に転じる僅かな隙すら見逃すな。

 出来ない筈は無い。やって出来ない道理は無い。

 元よりこの身は、それだけに特化したステータス。

 

 二刀流高命中技十六連撃

 《ナイトメア・レイン》

 

 闇色に染まる両の剣が、敵を突き刺し、抉り、砕いていく。

 ボスの叫びは聞こえない。感覚が研ぎ澄まされていく度に、余計な情報は切り捨てられていく。

 身体に幾つもの斬り傷を付けられたボスは、ただその咆哮で空間を震わせるだけ。そんなもの、この目の前の少年は怯む事さえしなかった。

 HPは今までの比じゃない速度で減っていき、やがて注意域、そして危険域へと陥る。

 

 構うな、読み切れ、すり減らせ。

 この身と精神を摩耗させ、それでも全てを捻り出せ、出し切れ。

 

 速く、もっと速く────!

 

 ボスの踏み付けを身体を反らす事でギリギリで躱し、回転しながらその剣で足を斬り付ける。

 その瞳はただ、奴にのみ向ける。本気で、ただ全力で、目の前の敵を無力化する。

 全てはただ、皆の為に。

 

 

『「っ……!」』

 

 

 こちらがボスに攻撃を届かせようと走り出した瞬間、骸の王はその大剣を上段で構え、それを思い切り下ろし始めた。

 振り下ろされる大剣を捉えるも、少年はボスに向かう足を緩めない。

 重力に逆らう事無くドンドン加速して落ちてくる大剣の刃を見て、少年はその剣を構える。

 そして、ボスと少年の剣が交わる。

 

 

『「ぐっ……!」』

 

 

 ズシリと確実に重い一撃が響く。

 手が痺れ、交差する両の剣の中間点にあるボスの大剣がチリチリと火花を散らしている。

 先程よりも重い。死んでたまるかと、そんな意志さえをも感じてしまう。

 

 

(こんなところで死ねるか……!約束したんだ……何があっても……君だけは必ず────!)

 

 

 少年はその剣に思い切り力を込める。

 そんな抵抗も虚しく、その身体はドンドンと潰れかけていく。

 もう死ねない。決して。そう思っても、ボスの力は強まるばかり。

 

 

(押し切られ……っ!?)

 

 

 ────瞬間。

 

 左の手が突然温かく感じた。

 何が理由か分からない。けれど、手に持つ《エリュシデータ》への力の負担が心做しか軽減されたような気がする。

 何かが、誰かが、自分の手を握ってくれている、そんな風に感じた。

 

 

 

 

 負けないで────

 

 

 

 

『「上、等……!」』

 

 

 少年はその《エリュシデータ》を捻り、ボスの大剣を地面へと流す。

 支えを失ったボスの剣はそのまま地面へと刺さり、そこには亀裂が走っていた。

 そして、その瞬間少年は迫る。右手に持つ《リメインズハート》に光を宿し、それを思い切り横に薙いだ。

 その軌道の先には、ボスの大剣、その刃の付け根があった。

 

 

『「はあああぁぁぁあああ!!!!」』

 

 

 思い切り、その真紅の剣を叩き付ける。

 その一撃で、ボスの持つ武器は根元からヒビが稲妻のようにジワジワと走り、やがて折れた。

 これを見た攻略組の大半は、さらに驚きを募らせる。

 今のはどう見ても、黒の剣士キリトの技。相手の剣に自身の剣をぶつける事で武器の破壊を可能にするシステム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》。

 

 

 「……嘘……」

 

 

 アスナ達は、誰もが息を呑む事しか出来ない。伏せる身体を一心に起こし、そんな光景を見つめていた。

 もう、行き着いた答えは一つしか無い。もう別人とはとても言えなかった。

 容姿や態度は全く違う。それでも、その雰囲気や装備の色、武器は同じ。そして、違う戦い方だった筈のアキトが、いきなりその動きを変えた。

 その動きは、彼らにとって、とても見覚えのあるもので。

 目の前にいる少年のその強さは────

 

 

 ────明らかにキリトそのものだった。

 

 

 ポリゴンとなって散っていく両の剣を見て、ボスは一瞬だけ固まった。だが、その僅かな隙だけでいい。

 ボスに詰め寄り、高く飛び上がる。慌てて対処しようと頭を上げる骸の王。

 だが、遅い。

 

 二刀流奥義技二十七連撃

 《ジ・イクリプス》

 

 金色に宿る、太陽のコロナを想像させるほど広大な光を纏い、何もかもをボスに叩き付けるように、ただ斬り飛ばすのみ。

 壊れた剣から少年に意識を移したボスは、目の前で今も尚自身を斬り付ける剣士に向けて、その固い拳をぶつける。

 

 

『「っ……ぐっ……うおおぉぉぉおあああぁぁああ!!!」』

 

 

 それでも、少年は動きを止めない。自身のHPが注意域に入るが、構わない。

 もう少し、だから、まだやれる。そんな意志を強く宿し、その剣速は増していく。

 殴られても殴られても、少年は対応していく。致命傷以外は構わず、少しでも多くのダメージを与え、少しでも多く前へ。

 

 

 そして────

 

 

 HPは一瞬で消滅し、ボスの身体からは光が差し込む。

 死の具現、これまで死んでいった者達の怨念の塊、そんなイメージを抱かせる今回のボスは、その身体を四散させ、その破片は宙へと舞っていく。

 今回、死者を出す程の強敵だったボスとの戦闘は。

 たった一人の剣士によって、終わりを告げた。

 

 

 「……」

 

 

 辺りは静寂に包まれた。部屋の中心はボスの残骸、光の破片が舞っており、そこには一人の少年が立っているだけだった。

 背を向け、その表情は見えない。その腕は力無く下ろされ、手に待つ剣の一本が、地面へと落ちていく。

 

 やがて、周りはそんな黒い剣士に賞賛の声を上げる。歓声でその部屋が響き、空気が震えた。

 倒してくれた、助けてくれた、と。それは、今まで彼が受ける事の無かった、心の叫びに聞こえた。

 だが、そんな剣士をずっと見てきた者達は、そんな気にさえならなかった。

 見せられたものに、魅せられた様に、彼から視線が逸らせない。その目を見開き、口は閉じず、ただ驚きと困惑といった感情が押し寄せる。

 

 

 

 

 「……どう、して……?」

 

 

 

 

 アスナがそう言い放つ声音は、困惑と、哀しみ、だがその中に、ほんの少しの期待が混じる。だって、ずっと心の中で、そうあって欲しいと思っていたかもしれないから。

 けれど、それはあまりにも脆くて。

 

 

 

 

 ──── この瞬間が来る前に、気付くべきだったのに。

 

 

 

 

 「嘘……でしょ……?」

 

 

 リズベットが信じられないという様に、その名を呼ぶ。彼は本当に、自分達の知る少年なのかと。

 だがその少年は、そんな彼女の声をまるで聞こえないかの様に、微動だにしなかった。

 

 

 

 

 ──── どこかで、きっと違和感を感じていた筈だったのに。

 

 

 

 

 「ほ、本当に……」

 

 

 シリカは傷付いたピナを抱え、倒れながら、そう問い掛ける。何故、彼はこんなにも、『それ』を感じさせるのか。

 

 

 

 

 ──── 何かがおかしいと、そう思っていた筈なのに。

 

 

 

 

 「なんで……!」

 

 

 「どういう、事だ……」

 

 

 クラインは驚愕を隠せないと、そんな風に呟く。隣りに倒れるエギルも同様だった。

 どういう事で、何が起きているのか。目の前にいる彼は、一体何者なのかと。

 あらゆる理屈を用いても、出てくる答えはたった一つで。

 

 

 

 

 ──── 散りばめられた記憶から、一緒に過ごした年月から、共に戦った記憶から、こうなる事を予想するべきだったのに。

 

 

 

 

 「っ……」

 

 

 シノンは、そんな彼の、自分の知らない立ち姿に、困惑と驚愕の表情を浮かべた。その拳と、アキトから貰った弓を握り締めながら。

 

 

 「…そ、んな……嘘だよ……だって……」

 

 

 そしてそんな中、金髪の妖精リーファは、彼の背中から、彼のそれまでの言動から、一つの答えを導いていた。

 とめどなく言葉がポロポロと溢れる。同時に、頬も涙が伝っていた。

 有り得ない、ある筈無い、なのに。どうして。

 

 

 

 

 ────どうして、涙が止まらないのだろう。

 

 

 

 

 「……お兄ちゃん、なの……?」

 

 

 そう認識するには、彼の背中はあまりにも冷たくて。

 

 

『「……」』

 

 

 振り向いた彼────アキト(キリト)は、寂しそうに、それでいて悲しそうに。

 ただ、静かに笑みを作り、エリュシデータを握っていた。

 

 

 「……リーファ……今、なんて……?」

 

 

 リーファのすぐ横にいたリズベットとアスナは、彼女のその発言を聞き間違えたりはしなかった。

 彼女達に凝視されるも、リーファは今も尚視線の先に背を向けて立つアキトから視線を逸らせない。

 顔も名前も性格も違う。でも、それでも自分の名前を呼んだあの瞬間、確信にも近いものを感じたのだ。

 彼は間違い無く、自分の兄なのだと。

 

 

 そして、その黒い少年は、彼らの方へと振り返ると、そのまま歩いてくる。

 ゆっくりとその歩を進め、身体は左右に揺れている。

 アスナ達は何も言えず、アキトが近付いて来るのを黙って見ている事しか出来ない。

 何せ、聞きたい事が多過ぎた。整理のつかない事実があり過ぎた。

 《武器破壊(アームブラスト)》、《二刀流》、これらを操る戦闘術、それ以外の小さな立ち回り、その何もかもが、かつての想い人と重なった。

 それはアスナだけじゃない。一緒に戦ってきたクラインとエギル、そして《二刀流》を知っているリズベットやシリカも同様だった。

 キリトは、もう死んでいる。そう思っていても、目の前の良く似た少年が、そう思わせてくれない。

 

 

 やがて、彼と自分達との距離がゼロになりそうなその瞬間に、アスナは、我慢していた言葉がポツリと出てしまった。

 これを聞いたら、きっと戻れないと、そう分かっていたとしても。

 

 

 「……キリト、君……?」

 

『「……アス、ナ……俺は……」』

 

 

 だが、彼がその先の言葉を続ける事は無かった。

 その瞳が段々と閉じていき、アキトはその地面に膝を付いた。剣をその場に落とし、甲高い剣の音が部屋に響く。

 そして、ゆっくりと上体が地に向かって倒れていき、やがてアスナの前に鈍い音を立てて倒れた。

 

 

 「あ、アキト君っ!?」

 

 「アキト!!」

 

 

 アスナとリズベットは慌ててアキトの元に近付く。

 うつ伏せに倒れる彼は、まるで死んだように目を閉じ、苦しそうな表情を作っていた。

 アスナはその身体を仰向けにさせ、アキトのカーソル、HPバーを確認する。だが、状態異常などの付与はされておらず、HPは危険域で止まっていた。どうやら気を失っているようだったが、この状況でそれすらも安心出来る要因にはなり得ない。

 この状態に、アスナは既視感を覚えた。74層でキリトがボスを倒した後に倒れた光景が、脳内でフラッシュバックする。

 

 

 「アキト君!アキト君ってば!」

 

 

 アキトの身体を揺さぶる事無く、ただ声を荒らげて彼の名を呼ぶ。

 けれどあの時とは違い、どれだけ待っても全く目を覚ます様子は無かった。

 

 

 「どうしようリズ、目を覚まさないよ……!」

 

 「お、落ち着いてアスナ……!」

 

 

 今までに無く慌てるアスナを、リズベットは目を丸くして落ち着かせようと試みる。

 だが、アキトが結果的に目を覚まさない事は事実で、その原因も不明、リズベットもアスナ程では無くても慌てていた。

 それだけじゃない。《二刀流》の事もあり、アキトの事を他人として見る事が出来なくなっていたのは、きっとリズベットも同じだった。

 違うと思っているのに、どこか期待してしまっている。だからアスナも、ここまで慌てているのか。

 そんな彼女達の間から、リーファが割って入る。その視線はアキトにのみ向けており、他のものは目に入っていなかった。

 

 

 「お兄ちゃん……お兄ちゃん、起きてよ……!」

 

 「リーファ……お兄ちゃんって……」

 

 

 やはり聞き間違いじゃない。アスナとリズベット、そしてこちらへと近付いて来ていたシリカやシノン、クラインとエギルにも、彼女の言葉が聞こえていた。

 どういう事なのかは分からない。けれど、それ以上にアキトの容態が気になった。

 

 エギルはアキトに近付くと、ゆっくりとアキトを持ち上げた。

 クラインがそれを支え、アキトをエギルの背に乗せる。それを見た彼女達は、慌てて彼らを見上げた。

 

 

 「クライン……エギルさん……」

 

 「一先ず、宿に戻るぞ。ここからなら87層をアクティベートした方が早い」

 

 「……はい」

 

 

 エギルはそうして次の層へと続く階段へと向かう。彼女達はその後ろから力無く追い掛ける事しか出来ない。

 リーファはアスナの隣りを通り過ぎると、エギルの元まで駆け寄り、そこからアキトの顔を見ていた。

 その表情には、心配しかなくて。困惑や焦りを綯交ぜにした感情を抱いたリーファが、エギルには見えていた。

 

 彼らには分からなかった。

 アキトの事を急に兄だと呼ぶようになったリーファと、彼との関係が。

 アキトが急に動きを変えた事実が。そして、それがとても既視感のあるスキルで敵を圧倒した事。

 《武器破壊(アームブラスト)》、《二刀流》。これらはどちらも、キリトの持つ技術だった。とてもじゃないが、アキトという少年がキリトと全くの無関係だとは思えなかった。

 ヒースクリフ──茅場晶彦は言った。二刀流はユニークスキルだと。魔王を倒す勇者の役割だと。

 つまり、この世界にそれを持つ者は一人しか存在せず、それはキリトだと。

 ならば、このアキトという少年は。

 

 

 「……アキト……何なのよ、アンタ……」

 

 

 リズベットは苦い顔で、エギルの担ぐアキトを見上げた。

 彼の目を閉じたその表情は、かつての想い人に重なって見えた。

 

 

 各々が、それを知りたい筈だった。

 アスナも、シリカも、リズベットも、クラインも、エギルも。

 そして、兄の面影を見たリーファも。

 何も知らないシノンも。

 

 

 あの異質なまでの強さ。

 二刀の扱い方。立ち回り方。

 一人でボスと渡り合えるその実力は明らかに今までのアキトとは違っていた。

 

 

 彼は、あの時。

 彼らが一度は願った、キリトの生存の可能性を引き上げる存在となっていた。

 故に。

 

 

 

 

 

 

 

 ────アキトの事を、見てはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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小ネタ


アキト 「(*_ _)zzZ」

エギル(……コイツ、疲れて寝てるだけなんじゃ……?)



※本編とは無関係です。


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