ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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ストーリーというか、設定的な部分に感想で誰も触れていないのを見ると、もしかしてアキト達が今どういう理由で何をしているのか、その具体的な事を分かっていないのかなと不安になってしまうこの頃……。

伝わってるかな、私の文章力と説明力で……。





Ep.81 今、君が笑える様に

 

 

 

 

 

 

 《ジリオギア大空洞》

 

 

 巨大な滝、そこにある道に沿って歩くと遺跡がある。

 そして、そのさらに深淵には、SAOの世界観完全無視のデジタル空間にも似たエリア。

 何かを研究する為に特化した施設が集まり、そこには見た事も無いモンスターが蔓延っていた。

 壁は電流のようなものが一定のリズムで走り、その度に何かが起動するのではないかと思わせる。

 扉は近未来のような形で、自動で開く。通路には自動で動く機械人形のようなものが陳列されている。

 

 《ホロウ・エリア》は装備やスキルのテストエリア。元々一般のプレイヤーは入る余地が無い為、世界観を考えずに一番実験を行いやすいフィールドになったのは仕方ないだろう。

 けれどこの無機質で殺伐とした空間はとても冷たく、恐怖を覚えるものだった。

 

 

 《細菌の回廊》

 

 

 そんな施設の中、たった一部屋に。

 2つの影があった。

 

 一人はポンチョを羽織り、ニヒルな笑みを浮かべている殺人鬼、PoH。

 そんな彼が視線を向けているのはもう一人。フィリアだった。

 その部屋には何も無く、ただあるのは二人という存在だけだった。

 だがその部屋は、他の部屋の青白い壁とは違い、真っ赤に染まっていた。その血のように赤く染まった無機質な空間で、PoHは嬉しそうに声を荒らげた。

 

 

 「Yeah!ご苦労だったなぁ、フィリア」

 

 

 今の今までずっと一緒にいたPoHとフィリア。だがフィリアは、そんな中で一瞬だって、彼に心を許したりはしなかった。

 アキトを罠に嵌めてから、ずっと彼の事ばかりが気掛かりで、中々行動を働かないPoHに苛立ちを覚えていた。

 そして、それと同時に焦りもあった。もしかしたら、アキトはまだあのダンジョンに出られなくて苦しんでいるかもしれない。そう思うと、気が気でなくて。

 PoHに対する怒りを抑えつつ、それでも言葉に孕んだ怒気は消えていなかった。

 

 

 「……アキトはすぐに助け出すから、アンタが言っていた『全ての事』っていうのを、さっさと終わらせなさいよ」

 

 

 元々そういう約束だった。

 アキトを少し足止めするだけで、PoHのやりたい事は実現すると、そう思っていた。彼自身、自分にこの話を持ち掛けた時にそう話していたからだ。

 

 

 「これで用は済んだでしょ。もう私達の前に、二度と現れないでちょうだい」

 

 

 早くアキトを助けに行きたい。会いたい、声が聞きたい。

 今の自分にはそれだけだった。そして、精一杯謝りたかった。PoHの言葉に乗せられて、アキトを罠に嵌めてしまった事を。

 結局フィリアは、自分の事よりもアキトの事を優先した。その結果、今はPoHにこうして睨みを効かせている。

 彼はアキトを動けなくしている間に目的を果たすと言っていた。今この場所に居て、自分に労いの言葉を掛けている事実に怒りを覚えるが、逆に考えれば、PoHの目的はあらかた完了したという事だ。

 

 

 

 

 だが────

 

 

 

 

 「ああ、お前ぇは十分に役割を果たしてくれた」

 

 

 

 

 そう言い放つ彼の言葉に、フィリアは震えが止まらなかった。

 

 

 

 

 「きっと今頃、あの野郎もくたばってる事だろうからな」

 

 

 

 途端、フィリアの身体が固まった。

 目を見開き、PoHから目を逸らせない。

 彼の言った言葉の意味を、すぐには理解出来なくて。声が出なかった。

 

 

 「ぇ……な……何、言ってるの……!?」

 

 

 その足が震える。

 彼の言動を、理解すると同時に、その焦りと恐怖が身体を侵食していく。

 つまり、アキトはあのダンジョンに閉じ込められて。

 

 

 今は、もう────

 

 

 「どうしたんだよぉ?まるでSurpriseなプレゼント貰ったような顔して」

 

 「話が……違う!アキトは別に死ぬ訳じゃ無いって!」

 

 「あぁ?俺ぁそんな事言ったっけなぁ」

 

 

 フィリアの反応が一々面白いのか、PoHは食ってかかるフィリアに惚けたように聞き流した。

 だがやがて態とらしく、まるで今思い出したかのように声を上げ始める。

 

 

 「あ〜〜〜悪い悪い。あのトラップに何人も落としたけどよぉ〜、誰一人戻って来なかった事伝え忘れたわ」

 

 「っ……この嘘つき野郎!」

 

 「だからよぉ〜、悪いと思って今ちゃんと伝えたじゃね〜か」

 

 

 悪びれも無くそう告げるPoHに、怒りの感情をもう抑えられない。

 けれどそれ以上に、フィリアはアキトがもう死んでいるかもしれないという事実に、その瞳から悲しみの感情が溢れていた。

 つまるところ、もし彼がもうこの世界から消え失せているのなら、そうさせたのは紛れも無く自分。

 その事実が、もうアキトに会えないという事実が、確かにこの胸に去来する。

 

 

 「……良いねぇ良いねぇ良いよ!その泣きそうな顔、最高だぜぇ」

 

 「……アキト今行くから!」

 

 

 フィリアはその身を翻し、その部屋の入口へとその足を向ける。

 もう間に合わないかもしれない。けれど、この身体が止まる事を知らない。

 アキトがいない、そんな事実を脳が拒絶するから。

 だがPoHはそんなフィリアの動きに逸早く反応し、フィリアの行く手へと回り込む。

 

 

 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜ちょっと待てって、焦るなよ。どうせ《黒の剣士》様はお強いからねぇ〜、大丈夫なんだろ?だから、最高ついでにもう一つ聞いてけよ」

 

 「くっ……」

 

 

 PoHの後ろにある出口へ行きたいのに、そうさせてくれない彼に苛立ちを覚えながら、フィリアはPoHを睨み付ける。

 PoHは口元を大きく歪め、弱々しく震えるフィリアを見下ろした。

 

 

 「お前ぇが居てくれたおかげで、邪魔する奴が居なくなって助かったぜぇ〜。おかげで最高のPartyが、随分早く開けるようになったからな」

 

 「アンタの目的って……何?」

 

 

 抽象的で、そのPoHの言葉の一つ一つを理解出来ない。困惑する中、フィリアが紡いだ言葉は、目の前の男の目的への問いだった。

 思えばここまで共に行動してきたが、PoHの具体的な目的の内容を聞いていなかった。

 ただ促されるままに行動した結果が、今のフィリアだ。

 PoHは、フィリアに自分の気持ちを共有したいが為に、自分がしようとした事を語り出した。

 

 

 「SAOをクリアされれば《ホロウ》は消える。もうテストは必要無い。でもでもでも〜〜お前ぇのおかげで、永遠に殺しを楽しめるようになったんだよなぁ。感謝してるぜぇ」

 

 

 PoHはその悦びを隠す事もせずにひけらかす。話す内にドンドン気分が高揚していくように見えた。

 けれどフィリアにとっては、彼の言葉の意図を理解出来ない。彼が何を言っているのか、本当に分からなかった。

 

 

 「永遠に……殺しを楽しむ?言ってる意味が分からない!」

 

 

 分かりたくも無い。必死に耳を塞ごうとも、目の前の男の声は変わらずこの耳に入り込んで。

 やめろ。聞きたくない。私は、お前とは違う。

 

 

 「全部お前ぇと俺で選んだんだ。愛しのアキト君を罠に嵌めて殺したのも、人殺しを永遠に楽しめる世界にするのも!」

 

 

 違う。やめろ。やめて。

 お願いだから、もう────

 

 

 「全部!全部!ぜぇぇぇぇんぶ、俺と!……お前ぇで決めたんだよ」

 

 

 「違う!違う違う違う違う……」

 

 

 拒絶する度に、奴のその言葉を受け入れている気がした。

 否定している筈なのに、PoHの言っている事は正しいのだと、無意識に感じていた。

 その場から崩れ落ち、へたり込む。聞きたくないと耳を塞ぐ。けれど、自分は目の前のこの男と同じなのだと、心の奥で認めていた。

 

 

 「歓迎するぜぇ、《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》はお前ぇのような性根の腐った腐った……殺人者をよ」

 

 

 今もこの胸に響いてしまう奴の言葉。

 居場所を失った自分を、歓迎すると、PoHが告げる。

 けれど、フィリアが求めていたのはそんなものじゃなかった。

 

 

 「さぁ!オレンジ同士、仲良く人殺し続けようじゃねぇか!!」

 

 

 「お前とは違う!……違うよ……私は……私は……」

 

 

 顔を上げてPoHを睨むも、再び力無く頭が下がる。目元からは涙が溢れ、真っ赤な地面へと落ちていく。

 どうして、こんな事になってしまったのだろう。

 そんな事を、今更ながらに思った。いつから、何処で間違えてしまったのだろう。

 

 

 「あぁ?ど〜〜〜〜〜〜〜〜した?殺すの楽しくないのか?何で楽しそうじゃないんだよ……はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 PoHは俯くフィリアに向かって溜め息を吐く。けれど、そんな奴の態度に一々反応出来る程、フィリアは正気では無かった。

 けど頭には、ずっとPoHの言葉が突き刺さっていた。これまでずっと、何もかもを。

 自分とコイツで決めた事だなんて。

 

 

 「……そんな事……して、ないよ……」

 

 

 最後まで、それだけは認めたくない。

 自分とコイツの思考が同じだなんて、考えたくもない。けれど、それすらも何処かで、認めてしまったような────

 

 

 

 

 「……殺すか」

 

 

 そんな声が聞こえた瞬間、気力を失ったフィリアに向かって、PoHの回し蹴りが飛ぶ。

 フィリアは為す術も無く、受け身も取らずに転がっていく。

 やがて摩擦で削れ、うつ伏せに倒れたフィリアに、PoHはゆっくりとした足取りで近付いた。

 

 

 「お〜悪いなぁ、思わず蹴っちまった、痛かったか?そんな訳無いよなぁ、ここSAOの世界だもんなぁ」

 

 

 そんな言葉は、もう耳に届かない。

 犯してしまった罪全てを、今になって後悔した。

 自分は、自分という存在を殺してしまった《ホロウ》。《ホロウ》は、この世界から永遠に出られない影の存在。

 アキト達のような人間と違って、未来の無い存在。ずっと、自分は空っぽな気がしてた。作り物のような、そんな気が。

 この身が有限だからこそ、自分はただ────

 

 

 

 

(……ただ、アキト達と行きたいだけなのに……)

 

 

 

 

 あんなにも優しい彼らに出会ってしまったから。

 アキトやアスナと共に戦って、欲が出てしまったのかもしれない。

 

 もしここから出られたら、いつか自分も攻略組として、二人の役に立てたらと。

 たったそれだけの願いだった筈なのに。

 その虚ろな瞳からは、変わらず涙が伝う。

 

 そんな彼女の頭を鷲掴みにし、PoHは床へと何度も叩き付ける。

 

 

 「良くねぇよ、そういうの良くねぇ。テメェで始めた事を途中で放り出して『自分もう関係無い』とかそういうの一番良くねぇ、そういうのダメだって親とか学校で習ったろぉ、習わなかったか?」

 

 

 ブツブツと静かに苛立ちを込めながら、PoHは立ち上がる。先程まで計画通りだったのに、ここに来てフィリアが思い通りにならない事に苛立っているようで、その反面、興味も失せているようで。

 そして、変わらずうつ伏せになっている目の前の少女の腹に目掛けて、その足を振り上げた。

 

 

 「……習ったよなぁ!」

 

 

 瞬間、PoHのその足のつま先が、勢い良くフィリアの腹部を貫いた。

 フィリアは抵抗する事無く蹴り飛ばされ、再び地面を転がった。

 

 

 「ぐっ……うっ……!」

 

 

 仰向けになる彼女の身体。軽くて、細くて、蹴られただけで飛んでいくような弱々しいその身体は、触れれば壊れてしまいそうな程に、限界を迎えていた。

 

 

 「……ゴメン、アキト……」

 

 

 会って直接言いたかった言葉を、何も無いこの空間へと放つ。

 だけど、返してくれる人は、もういない。

 自分ももうすぐ、死んでしまうのだろうか。そっちの方が、楽だろうか。

 

 PoHはフィリアの胸ぐらを掴み、自分の所まで持ち上げる。

 視界に入れた彼女の表情は、もはやPoHの興味すら削いでいた。

 

 

 「……あ〜あ、つまんねぇなぁお前ぇ。もっと女の子らしく可愛く泣き喚くとか、リアクション期待したのになぁ残念……お前ぇ使えねぇからもういいわぁ」

 

 

 PoHはそう言って腰に手を持っていく。

 やがて、引き抜かれたのは大型のダガーだった。

 名前は《友切包丁(メイト・チョッパー)》。人を殺す度にスペックを上げる、PoHの為の魔剣。

 その包丁が、フィリアの首を捉える。その刃先が、徐々にフィリアの首へと侵食していく。

 

 もう数秒で死んでしまうだろうというその刹那、フィリアが走馬灯のように思い出して居たのは、アキトと出会ってからの映像ばかり。

 アキトに助けられたり、アキトのシステム度外視のスキルを見て驚いたり、クラインの意外に強い所に関心したり、アスナと笑い合ったり。

 ずっと一人で、孤独で。心に空いた穴を埋めてくれて人達。

 

 

 あの時から、ずっと楽しかった。

 彼らが居たから、頑張れた。彼らと出会ってしまったから、もっと一緒に居たいと思ってしまった。

 だから、結果的にアキトを傷付けた。

 

 

 謝りたい。声が聞きたい。会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「助けて……アキト……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────その手を離せ、外道」

 

 

 

 

 

 

 刹那、鈴の音がその部屋に響く。

 その声にPoHが反応する前に、その紅い剣先がPoHの身体を捉える。

 

 

 「っ……!?」

 

 

 咄嗟にフィリアから手を離し、距離を取ろうとも、間に合わない。

 

 

 「────はぁっ!」

 

 

 その声の主が振り下ろした剣は、PoHの左肩から右腹部を斬り裂いた。

 PoHはその斬られた事実に表情を歪め、そこからバックステップで後退する。自身が受けたダメージを見て、悔しそうに前方へと視線を向ける。

 フィリアはバランスを崩し、後方へと倒れた。

 

 そして、そんな彼女とPoHの間に、黒い剣士が舞い降りる。

 

 PoHはその剣士を見て、歪んだ笑みを浮かべる。

 そして、フィリアは彼を見て────

 

 

 「ぁ……」

 

 

 見上げたフィリアは、目を見開き、唇が震える。

 目の前に立つ、黒いコートを靡かせた剣士を見て。

 そこにあったのは、もう二度と会えないと思っていた、安心する友達の背中。

 

 

 「……ア、キト……」

 

 

 絞り出すように彼の名を呼ぶ。

 その声は、ちゃんと目の前の彼に届いていた。

 

 

 

 

 「……遅くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 《細菌の回廊》

 

 

 無機質なデジタル空間。その部屋の中心に、その剣士は立っていた。

 鈴の音が鳴る首飾りを身に付け、怒りを体現したかのように紅い剣をその手に持っていた。

 黒いコートを羽織った彼は、静かに目の前のポンチョの男を睨み付けていた。

 

 

 「フィリアさん、大丈夫!?」

 

 「っ……あ、アスナ……?」

 

 

 フィリアのすぐ後ろからアスナが駆け寄り、倒れるフィリアを介抱する。

 この場所にアスナと彼がいる事実に、フィリアは困惑を覚えていた。

 二人は口を開かず、ただ目の前に繰り広げられた光景を眺めるだけ。

 そこには、黒の剣士アキトと、殺人鬼であるPoHが立っていた。

 

 PoHは、ここにアキトとアスナがいる事実を理解すると、小さく口元が歪んだ。

 

 

 「……へぇ〜?正義の味方の登場って訳か」

 

 「……違うな。俺は正義の味方なんかじゃない」

 

 

 戯れ言を聞くつもりは無い。そんな態度がアキトからは見て取れた。

 その瞳には憎悪が走り、その感情全てが、目の前のPoHのみに向けられていた。

 

 だがアキトは、PoHのその言葉に反応する。

 この世の普遍で不変の正義が何かなど、アキトには知る由もない。

 だから、自分が正義かどうかなんて、定義する事は出来なかった。

 

 けれど。

 この場にいる絶対的な『悪』は、たった一人だけだった。

 

 

 

 

 「悪の敵だ」

 

 

 

 

 アキトは《リメインズハート》を突き付け、PoHを見据える。

 その凛とした佇まいは、何もかもを決めて来たのだと、そういった覚悟が見て取れた。

 PoHは、その迷い無きアキトの表情を見て、静かに舌打ちする。

 

 

 「……アスナ、フィリアを頼む」

 

 「……分かってる」

 

 「アキト……アスナ……どうして……」

 

 

 フィリアは二人が現れた事にまだ戸惑っている様だった。

 アキトは、そんな彼女へと少しだけ視線を向けた後、またすぐにPoHへと視線を戻した。

 

 

 「決まってるだろ。助けに来たんだよ」

 

 「っ……そうじゃないっ、どうして、助けになんて……」

 

 

 彼女が何を言いたいのか、アキトには分かっていた。

 どうしてここに来たかを聞いているのではない。どうして、自分を助けに来たのだと、フィリアはそう問うていた。

 だが、アキトにとっては愚問だった。思わず、小さく笑みを浮かべた。

 

 

 「フィリアに会いに来たんだ。大変だったよ、フィリア凄い遠くにいるから」

 

 「で、でも……私は……貴方を裏切って……殺そうとした……」

 

 「大丈夫。あんなダンジョン、大した事無かったよ」

 

 

 アキトはPoHを見ながら、そう言い放った。

 明らかな挑発だが、PoHはニヤニヤと口元を歪めるだけだった。

 フィリアはその瞳を揺らし、アキトの背中を見つめる。

 アキトは再び振り返り、今も尚泣きそうな彼女を見て、目を細める。

 

 

 「フィリアが苦しんでいる理由も、もう分かってる。必ず俺が何とかするから。だから──」

 

 

 《リメインズハート》を構え、PoHを前に臨戦態勢を取った。

 絶対に、フィリアを助けてみせるから。だから。

 

 

 

 

 「帰ろう、フィリア。こんな奴とは縁を切れ」

 

 

 

 

 フィリアは、アキトのその言葉を聞いて、遂に決壊してしまった。

 先程よりも大粒の涙が、彼女の頬を伝う。

 

 

 「アキト……アキト!!ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 「フィリアさん、もう大丈夫だから」

 

 

 泣きじゃくるフィリアの肩を抱き、優しくそう告げるアスナ。

 アキトも、フィリアを漸く助けられた事に安堵し、再び小さく微笑んだ。

 

 

 「美しい事だなぁ……あ〜〜〜〜〜〜〜吐き気がする」

 

 

 だが、それまで沈黙を貫いてこちらを観察していたPoHが、漸くその口を開いた。

 アキトはその声の方向へと視線を動かし、その殺人鬼で視線を固める。

 PoHはフードの奥の瞳を細め、ニタリと顔を歪ませた。

 

 

 

 

 「もうすぐ死んじまうとは、とてもとても思えない」

 

 

 

 

 その言葉に、アキトもアスナも反応する。

 アスナは意味が分からず、思わず聞き返す。

 

 

 「……どういう意味?」

 

 「……もう間に合わねぇよ。もうすぐPartyが始まるんだぜぇ」

 

 

 PoHのその含みのある言い方は、誰かに聞いて欲しそうで、周りの神経を逆撫でさせる。

 要領を得ない奴の話し方に、アキトはそう口を開く。

 

 

 「随分と勿体振るんだな。てっきり聞いて欲しいのかと思ってたけど」

 

 「まあな。やっぱPartyには、お客様がいないとつまんねぇだろ?」

 

 「内容によるかな。良いから早く言えよ」

 

 

 アキトがそう吐き捨てると、PoHは怒りもせずに話し出した。

 距離は一定に保ちながら、この赤き無機質な部屋を右へ左へと歩き出す。

 

 

 「俺は……天啓を受けたんだよぉ……そん時ビビッと来たんだ。な〜〜〜〜〜〜〜んもなく殺してた《ホロウ》の俺様にヒビッとなぁ」

 

 「……」

 

 「……それからは、そりゃ〜そりゃ〜楽しかったぜぇ……」

 

 

 アスナやフィリアには彼の言っている事が分からなかったが、この世界の事をユイに教えて貰っていたアキトは、なんとなくだが彼の言っている事を理解出来ていた。

 この世界の《ホロウ》は、アインクラッドにいるプレイヤーにそっくりに作られている。

 つまり、黙々とPKをするだけだった《ホロウ》のPoHが、自我を手に入れたという事だ。

 それは、他の《ホロウ》とは違う動きをしている事から推測出来た。

 そして、PoHのみがそうなった原因は恐らく────

 

 

 PoHはその歩を止め、アキト達を見据える。

 何かを懐かしむように、PoHは物憂げに呟き、そして声を荒らげた。

 

 

 「あの世界が歪んだ瞬間……あの時分かったんだよ。俺が殺したいのは人間だってなぁ!!」

 

 「……自我があっても、本質は変わんないんだな」

 

 

 AIとして機械的に動いても、自我を手に入れても、結局奴がしている事は変わらない。

 アキトはその事実に歯噛みし、そんなアキトと視線を交錯しながら、PoHは言葉を続ける。

 

 

 「……人を殺すのって快感だよなぁ。《ホロウ》だって死ぬ間際はちゃんとイイ表情するんだぜぇ。しかもよ、アイツらを狩りまくってたらSurpriseなプレゼントが来たんだよぉ」

 

 

 そう言ってPoHは、自身の左手を掲げる。

 すると、次の瞬間、その手のひらが輝き出した。アキト達は驚きつつも、その目を凝らす。

 PoHのその手には、アキトがこの《ホロウ・エリア》に来た時に手に入れた紋章と同じものが浮かび上がっていた。

 

 

 「……高位テストプレイヤー権限か……」

 

 

 PoHの言っている事が本当なら、奴はここにいる《ホロウ》を何人も殺し、そうしている間に偶然手に入れてしまったという事だろう。

 AIだからといっても、人を沢山殺した事による恩恵が、自分と同じ紋章だと思うと、アキトは苛立ちを隠せない。

 そして、奴がその権限を持っているという事は、恐らくアキトと同じく《管理区》に入る事が出来る。

 その時にフィリアと接触したのだろう。

 

 

 「でだ。管理区にあったコンソールを調べてたらよぉ、この世界がなんなのか知っちまったわけ。ついでに、そこのフィリアちゃんの事もなぁ〜」

 

 

 フィリアはバツが悪そうに、アキトとアスナから目を逸らした。

 自分が何者なのか、それを知られてしまってたから。アスナが困惑する中、アキトは変わらずPoHから視線を外さない。

 

 

 「まぁ〜俺が誰で《ホロウ》がどうだとか、正直誰かを殺せればどうでも良かったんだけどよぉ……」

 

 

 すると、先程まで笑みを浮かべていたPoHの顔から、その笑みが消え、視線の先にいるアキトを睨んだ。

 

 

 「お前ら(・・・)が来やがった」

 

 「呼ばれたんでな」

 

 「ゲームクリアなんかしたら俺が消えちまうじゃねぇかぁ?だからさぁ……永遠の楽園を作る事にしたんだよぉ」

 

 

 ────楽園。

 

 

 その言葉は、甘美なものに聞こえるべきものの筈なのに。

 目の前の男が言うと、とても恐ろしいものに聞こえた。

 

 アキト達がどういう事だと問い質す前に、PoHは天高々にその紋章が浮かんだ左手を掲げ、大声で叫んだ。

 

 

 

 

 「この権限を使ってよぉ、《ホロウ・データ》でお前らの世界をアップデートしちまえば良いってなぁ!」

 

 

 「っ……お前……」

 

 

 PoHの目的が漸く判明したのも束の間、アキトは歯噛みする。PoHの声が部屋に響き渡る。

 フィリアとアスナも困惑したように二人を見つめていた。

 

 

『この《ホロウ・エリア》のデータ全てで、アインクラッドをアップデートする』

 

 

 これが、PoHの本当の目的。

 それがどういう事なのか、それにによってアインクラッドにいるプレイヤーにどんな影響を及ぼすのかすら分からない。

 完全に未知。だからこそ恐ろしい。

 このエリアも、AIで構成されたアインクラッドと同じプレイヤーも、全てアップデートされる。

 そうなったら、アインクラッドの本物のプレイヤーは、引いては現実の身体がどうなるのかさえ分からない。

 言わばこれは、アインクラッドに生きる全てのプレイヤーへのPK。

 もし、そんな事になったら────

 

 

 「《ホロウ》だけの世界になれば、俺は永遠に人殺しを楽しめるじゃねぇかぁ!最っ高にCoolじゃねぇ?」

 

 「っ……そんな事になったら……」

 

 「お前……自分が何しようとしてんのか分かってて言ってるのか?」

 

 

 アスナが戸惑う前で、怒りを抑えた震える声で、アキトはPoHに告げる。

 PoHの言動から察するに、アップデートする為の手順はもう踏んでいるのだろう。だからここで油を売っており、フィリアを用済みだと称して殺そうとしていたのだ。

 その事実も重なり、アキトの怒りは募っていくばかりだった。

 そんなアキトを気にもせず、PoHは小さく溜め息を吐いた。

 

 

 「分かってねぇなぁ〜。本当の俺って、俺の事だろぉ。なんでアインクラッドの俺を生かしてこの俺が消えなきゃいけねぇんだよ……そうだろ?」

 

 「アインクラッドのお前も似たような事を言うかもな。……俺も、何でお前みたいな奴の為にアップデートされなきゃなんないのかって思ってるよ」

 

 

 アキトのその声は、怒気を含んでいた。

 PoHは今、アインクラッドで必死に生きているおよそ6千人を敵に回したのだ。

 その事実だけで、アキトの戦う理由は充分だった。

 その構えていた剣を斜に構え、攻撃の態勢をとる。

 ここへ来て変わらぬ闘志を持っているアキトを見て、PoHは苛立ちを募らせていた。

 

 

 「……やっぱりさぁ、重要な事は自分でやるもんだよなぁ、うん。俺がちゃんと殺さないと、駄目だったよなぁ〜」

 

 

 PoHは腰から《友切包丁(メイト・チョッパー)》を取り出す。

 重い腰を上げるように、ゆっくりと歩き出す。視線の先はアキトをロックオンしており、動く気配は無い。

 この目の前の男はもう、他の事を考えるリソースを排し、アキトを殺す事だけを考えていた。

 

 

 「……悪いけど、簡単に殺されたりはしないから」

 

 「アキト……」

 

 「アキト君……」

 

 

 アキトはその瞳の色を変え、完全にスイッチを切り替えた。

 PoHなんかに、AIなんかに負けはしないと、そんな意志を感じた。

 アスナもフィリアも、普段は見せないアキトの殺気を分かりやすく感じ取り、思わず背筋が凍った。

 

 

 「お〜お〜随分と余裕だなぁ」

 

 

 そういうPoHも、余裕綽々といった態度で、アキトを挑発し始める。

 だが、アキトの次の言葉に、その表情が崩れる。

 

 

 「自信をくれたのはお前だぞ、PoH」

 

 「……あぁ?」

 

 「ここに来た時にお前が言ったんだ。俺を『正義の味方』だと」

 

 

 小さく、それでいて挑戦的な笑みを浮かべるアキトは、《リメインズハート》を手元に引き寄せ、PoHを見た。

 

 

 「正義の味方の目の前で、悪が栄えた試しは無い」

 

 

 いつだって、世の理を乱す者達は、正義によって断罪されてきた。

 自分はそんな高尚な存在ではないけれど、PoHが自分をそう思ってくれているのなら、もう奴は負けを認めたも同じ。

 ヒーローの前で、悪は決して栄えない。

 

 

 

 

 

 「……お前はここで、果てる運命(さだめ)だ」

 

 

 

 

 「……言うじゃねぇか。面白ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに笑い、同時にその床を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 









小ネタ 『英霊』



PoH 「黒の剣士(セイバー)をその身に宿す戦士よ、その名を聞きたい」(カル○感)

アキト 「アキトだっ……!」(ジ○ク感)

PoH 「良い名だ。ではこの第二の生において我が最大最強の好敵手に、最上の敬意を持ってこの一撃を捧げよう!」(カ○ナ感)

アキト 「来い!」(ジー○感)


アスナ 「遊ばないのっ」ボコッ

アキト・PoH 「「痛っ!」」



※本編とは無関係です。
















次回 『その紛い物の勇者の名は』

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