最近見付けた、Zweiの『ライア』って曲が素敵過ぎて何度も聞いてる。
この話のイメージソングにしたいくらいに素敵。
何が素敵ってメロディと歌詞が私的にポイント高い。(思考停止)
最近、電車の中でハーメルンを数人で漁っている学生が、『SAO』の二次創作で何が好きなのか話しているのを偶然発見しました。
期待してなかったと言えば嘘になりますが、私のお話の事には触れられてませんでした……(´・ω・`)ショボンヌ
ではどうぞ。
76層《アークソフィア》
その転移門前に、アキトとアスナは立っていた。攻略に赴く際の装備を身に付けており、武器はメンテナンスを済ませている。
転移門前の広場には、既に多くの人がおり、それぞれの目的の為にその歩を進めている事だろう。小さな橋の下で流れる水は相も変わらず透き通っており、噴水は昇ったばかりの太陽に照らされてキラキラと輝いている。
時刻は午前八時といつもより少し早い。だが後どのくらい時間が残されているのかの正確性が無い今、ただでさえ攻略難度の高い《ホロウ・エリア》には早く行くに越した事は無い。
早めの朝食を済ませ、エギルの店でみんなに見送られる中、アキトとアスナは転移門に辿り着いた。
最後のエリア《アレバストの異界》
名前からは想像も付かないその場所が、《ホロウ・エリア》最後の未開エリアだった。PoHのアップデートを止める為の中央コンソール、そこに行く為の最後の条件が、そのエリアにいる。
それが、どんなエリアボスか分からないが、あまり時間はかけられない。出来れば初見で倒すのが望ましいが、人数の制限もある為どうなるかは分からない。
小さな階段を上がり、転移門の前で足を止める。これからボスを見付け、倒すまで帰る事は時間的にも難しい。想像するだけでストレスすら感じた。
「あとどのくらいの時間が残されているんだろう……」
吐息混じりの声がアキトの隣りから聞こえる。栗色の長い髪を風で靡かせながら、アスナは俯いていた。表情は不安気で、余裕の無さが伺える。
ホロウのPoHが企てたアップデートは、アインクラッドにいる全プレイヤーが対象となっている。ユイが言うには、これほどの規模のアップデートには数日の時間が必要らしい。
それが具体的に何日なのかが分からない以上、今にもアップデートが開始されるのではないか、そんな不安に駆られるのは当然だった。
大丈夫───そんな無責任な声も掛けられない。そう言い切れない、確証がないからだ。言った手前アップデートが始まるかもしれない。そう思うと、アスナを励ましにくかった。
何かを告げようとすれば、口が閉じる。そんな事の繰り返しをアキトがする中。
しかしアスナは、自身で己を律したのだった。
「……ううん。弱気になっちゃダメだよね、アキト君」
「っ……アスナ……」
そう己を鼓舞しながら顔を上げる。不安気だった表情はもう見る影も無く、宿しているのは闘志とやる気だった。
その切り替えの速さにアキトは目を丸くする。蘇るのは、初めて出会った時のアスナだった。
キリトの事で心を乱し、まともな思考すらままならない程に傷付いて、傷付けた彼女は今、ゲームクリアを確かに目指していて、それを脅かすPoHの野望を阻止せんと奮闘している。
このSAOという今日を生きられるかも分からない世界で、誰もが『死』という概念を間近で感じているはず。けれどその度にこの世界の人々の中には絶望から立ち上がり、前を向き、目的を果たそうと努力している者もいる。
アスナは、アキトが76層で初めて出会った時とは180度変わっている。希望を信じ、前を向く強さを彼女は持っている。
それがとても眩しくて、アキトは目を細めて口元を緩めた。アスナはそれに気付き、アキトがこちらを見ている事実に頬を赤らめた。
「な、何よ……そんなにじっと見つめないで……っ」
「……え?あ、うん、ゴメン」
アキトはキョトンとした態度でそう答えると、アスナから視線を外し、転移門へ足を一歩踏み入れた。
アスナも我に返り、アキトの隣りに並ぶ。
「じゃあ行こう」
「うんっ」
アスナが頷くのを見て、アキトは口を開く。告げるのは、自分が向かわねばならぬ場所の名前。
これが、最後のエリア。そう思うと何処か昂った。
絶対にやり遂げてみせると、そう心が告げていた。
「転移────」
だが、二人は気付かない。
背後に近付く、一人の影に。
「《ホロウ・エリア管理区》……っ!?」
その名を呼んだタイミングで、アキトの左手が誰かに掴まれる。
瞬間、転移門はアキトの行き先に反応し、彼のその身に光を宿す。
そして、共に行くはずだったアスナからは光は宿らず、アキトの手を握ったプレイヤーの身体が光を纏い始めた。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
アキトとアスナは同時に声を上げる。
《ホロウ・エリア》に入れるのはアキトともう一人だけ。そして、そのプレイヤーがアキトの手を握った事で、アキトと共に行く対象がアスナからそのプレイヤーへと切り替わる。
アキトは咄嗟に手を握ったプレイヤーを見た。
「っ……!?」
そして、目を見開いた。
彼女は、自分が良く知る人物だったから。
●○●○
《ホロウ・エリア管理区》
その転移門から二つの丸い光が現れる。それぞれプレイヤーが転移する時の光だ。
その二人の手は繋がれており、光の眩しさで目は開けられず、再びその姿を確認するには時間が掛かる。
だがその転移の光が徐々に淡くなり始め、やがて虚空に消えていく。管理区の天井に煌めく星々の一つになるかの如く、高く舞い始め、次第に消えていった。
《ホロウ・エリア管理区》はいつもと変わらず無機質で、データの塊の様だった。凡そSAOの世界観を壊しているそのエリアは、本来一般のプレイヤーは入れない。
数字の波が管理区の周りを覆い、宙にはウィンドウが幾つも浮いている。空はまるで宇宙の様で。
「……ここが、《ホロウ・エリア》……」
アキトの隣りにいたプレイヤーの第一声はそれだった。アキトの手を握る力が強くなる。
光が消え、目が慣れ始めたアキトは、漸く自身の隣りに立つプレイヤーを再び視界に収める事が出来た。
何故君がここに、何しに来たの、言いたい事は色々あるが、突然の事だった為に驚きと困惑で言葉が喉に絡まり出て来ない。
そうして絞り出したアキトの第一声は、思ったよりも小さな声だった。
「……どういうつもり」
隣りで今も管理区を見渡していた少女の名前を、アキトはしっかりと呼んだ。
「────シノン」
呼ばれた少女───シノンは、漸くアキトの方を向き、小さく笑った。その腰には短剣を、背には弓を背負っている。
通常、《ホロウ・エリア》に行く為に転移門を使用した際、二人で行く場合に限っては、アキトに一番近いプレイヤーが同時に転移する対象になる。故に、最初にアキトに一番近かったアスナから、アキトの手を握ったシノンへと《ホロウ・エリア》に連れて行く対象がシフトしたのだ。
つまり、今アスナは一人、訳が分からない状態で転移門前に立ち尽くしているという事。そして彼女の代わりにシノンがここへと訪れたという結果。
自然とアキトの視線はシノンの姿に移る。彼女の装備や雰囲気を見ればひと目で分かる、この場所を攻略する気満々であると。
そして、彼女がここに来たのは故意であり手違いなんかじゃないと、その表情と行動が物語っていた。
シノンは何でもないといった態度で説明をし出す。
「一度来てみたいと思っていたのよ。アンタ中々連れて行ってくれないし」
「っ……そうじゃなくて、今日は新しいエリアの攻略をするって昨日────」
「私も行くわ」
会話に間など無く、シノンは即答し続ける。
そして、最後の言葉を聞いて、アキトは今まで以上に顔を強ばらせた。彼女のその決意に背筋が凍る。口元が震えるのを感じ、思わず反射でそれを反対する。
「駄目だ!」
アキトのその言葉は最もだった。
攻略組とはいえ、シノンはただでさえレベルが他のメンバーよりも低い。後から攻略組に参加したのもあって経験も浅い。
そんな彼女が、幾ら数人で倒せるボスを相手にするからといって、全体的にモンスターの平均レベルが高いこの《ホロウ・エリア》での戦闘を認める訳には行かなかった。
それでいて今回はただの攻略じゃない。PoHの仕掛けたアップデートを阻止しなければならないのだ。それも時間制限がある。シノンに付き合える時間など皆無な上に、ボスを倒す時間は短縮しなければならない。時間との勝負は、今のシノンには荷が重過ぎる。
「悪いけど、帰るつもりは無いわよ」
「……じゃあ、せめてここで待っててくれ」
「嫌」
「なんで!」
「アキトこそどうしてよ。このままじゃアキト、フィリアと二人でボス討伐になるのよ?私がいた方が確実に効率が良い」
それだけ聞けば正論に感じるから困る。忘れてもらっては困るが、そもそもここにはアスナを連れて来る予定だったのだ。
戦い慣れしている彼女がいればというのもあったが、既にこの《ホロウ・エリア》に自身のAIが存在しないアスナとクラインは、アップデートと同時に死亡する可能性がある。だがシノンは一度もここに来た事が無かった為に、AIが存在していた。
だがここに来てしまった事でシノンのAIは恐らく消失しており、アップデートと同時に彼女は────
「っ……」
ぐっと拳を握る。
最早来てしまったものは仕方が無い。だが、このまま《圏外》に連れて行く訳には行かない。
このエリアに来るのは彼女は初めてなのだ。その上、今回の新エリアは全員が初見。シノンを守りながら戦える保証など何処にも無い。
「……初めて行く場所なんだ。今までよりもきっと大変だろうし、だから、シノンはちょっと……」
「初めてだからこそ、何かあった時には人手があった方が良いと思うけど。それに、アキトが守ってくれるんでしょう?私の事」
「ぐっ……」
確かに言いました(白目)。
なんて手強い。全く引いてくれる気がしない。アキトは意を決して、冷たくあしらう事に決める。
初めて攻略組に参加した時の態度を思い出し、シノンを睨み付けた。心苦しい想いををどうにか振り払い、キッパリと彼女に言い切る。
「お前がいたんじゃ足でまといだって言ってんだよ。気付けバカ」
────ピシッ
……ピシッ?
アキトは今、確かにその音を聞いた。
何の音かと慌てて辺りを見渡すが、変わった様子は無い。
が、そんな考えは目の前のシノンを見た瞬間消え去った。その前髪に瞳が隠れてどんな表情かは分からない。だが、その口元は段々と歪んできており、しかしそれは絶対に笑っていないとアキトは理解出来ていた。
「……し、シノンさん……?あの───」
「───ねぇ」
ピシャリ。アキトの発言を遮るかのようなシノンの声音に、アキトの身体が震える。
怒っているのかなんなのか、目の前の少女を見てもイマイチ分からない。何を言われるのかとドギマギしながら見ていると、シノンは漸く口を開く。
しかし、それはアキトの想像に反して、全く関係の無い言葉に思えた。
「前にみんなでポーカーをした時の“賞品”、覚えてる?」
「……え?あ、うん……覚えてる、けど……?」
忘れるはずも無い。ユイがどんなゲームなのか見てみたいというので実施したポーカー。流されるままに勝者の景品にされたアキト。
そうはさせまいと全力を尽くして最後まで勝ち残り、ドヤ顔で出したストレートフラッシュを、シノンのロイヤルストレートフラッシュで潰された事。
それが今の話とどんな関係が────
「………………っ!?」
そしてアキトは気付いてしまった。その勝者の権限を、シノンがまだ使用していなかった事。
シノンが何をしようとしているのか、アキトは分かってしまった。
「ま、まさか……」
「ええ。私は今日、“アキトを一日独り占めする権利”を使うわ」
「な、なぁ!?」
────やられた。なんて卑怯な。
シノンはさも楽しそうな顔でアキトにそう言い放った。アキトは何を馬鹿な、と慌てて反抗する。
「ちょっ、待っ……それは、ユイちゃんと一緒にって言ったじゃんか……!」
「仕方無いでしょ、アキトが認めてくれないんだから」
シノンのそのやれやれといった態度は、まるでアキトが悪いと言わんばかり。
そして彼女のその権利は、アキトがあのポーカーに参加した以上有効に働くべきもので、駄目だと言う事は適わなかった。
シノンは悪戯げな笑みを浮かべ、アキトを見上げる。
「私が貴方に付いていくんじゃない。貴方が私のボス戦に付き合うの。それなら良いでしょ?」
「っ……君って奴はホント、ちゃっかりしてるな……!」
アキトは頭を抑えて溜め息を吐く。
アキトのボス戦にシノンが付いて行くのも、シノンのボス戦にアキトが協力するのも、結局は同じ意味だった。
屁理屈も良いとこだ。アキトの脳に浮かばれるのはポーカーに参加した自分と、あの時の彼女の提案にすぐ乗らなかった自分への後悔。
こんな事になるって分かっていたなら、なあなあにしないでシノンとユイと三人で何処かに出掛けたものを。などと言っても、後の祭り。現実は非常過ぎる。
ポーカーに負けた敗者に反論の余地は無く、ここで逆らえば信頼関係が壊れる。今ここで何を言っても無駄な抵抗でしか無く、負け犬の遠吠えだと言われれば、悲しいかなそれまでである。
命が懸かってるんだぞ────とシノンに言っても、きっと無駄だろう事はすぐさま理解出来た。そんな事で折れるなら、シノンは攻略組じゃないし、この場所に来たりしていない。
全ては、シノンの手のひらの上。
「……分かりました。全力で守らせていただきます……」
「ん、よろしくね」
項垂れ、諦念を抱いた表情のアキトに反して、シノンは嬉しそうに笑う。偉くご機嫌なようで、見ているこっちが笑ってしまう。彼女がここにいる事に関して言うなら全然笑えない訳だが。
だが決めてしまったものは仕方が無い。せめてもの報復をしようか。今度はこちらが仕返しをする番だと、アキトは小さく笑い、隣りのシノンに向かって言い放った。
「……じゃあ、そろそろこの手離して貰ってもいい?」
「え?……っ!?」
シノンはアキトのその発言で、漸く自分がまだアキトの手を握ったままである事に気付いたようだ。一瞬で顔を林檎の如く赤らめ、勢い良くその手を離した。
気恥ずかしそうに目を逸らすシノンを見てクスクスと笑うアキト。
だが、シノンがしてやられたと気付いたタイミングで、《ホロウ・エリア管理区》の転移門が輝き始めた。
「……?」
シノンは思わず首を傾げる。アキトを見ても、何も言わずに転移門を眺めるばかり。
しかしシノンにはそれが分からない。この場所は、アキトの他に来れるのは一人だけ────
「あ……」
だがその考えは、転移門の光が晴れ、そこから現れた人物を見た事で消え去った。
まだ一人ここへ来れる候補がいた事を失念していた。元々この世界にいた、出会った事の無いオレンジカーソルのプレイヤー。
「アキト、お待たせー」
そう言って手を振る彼女───フィリアを、シノンはまじまじと見つめていた。
●○●○
「……」
「……え、と……」
管理区の中心で、両者見つめ合う。
シノンは何処と無くむくれた顔でフィリアを見据え、フィリアはその視線に耐えかねチラチラと目を逸らす。
お互いが初対面であるが故の距離感なのだろうが何故だろう。シノンのフィリアに対する圧が凄い。
アキトは半ば苦笑いでフィリアに向けて助け舟を出した。
「えと……シノン、分かってると思うけど、彼女がフィリア。……フィリア、こっちはアインクラッドでの仲間で、名前はシノン」
「……よろしく」
「う、うん、よろしくね」
アキトの紹介で、シノンは漸く口を開く。その口調も態度も依然変わっていなかったが、フィリアはフィリアで大人の対応だった。
小さくはにかんだ笑顔で、シノンに挨拶を交わす。
「……」
シノンはアキトとフィリアを交互に見て、小さく息を吐く。
目の前の彼女───フィリアを見て、アキトが罠に嵌ってボロボロで帰って来た時の事を思い出す。
PoHに唆されて、アキトを罠に嵌めたフィリア。そんな彼女もこの世界に飛ばされてから、ずっと孤独で頑張って生きてきたのだ。
それは分かっている。アキトもフィリアに対して怒っている訳でもないので、シノンがとやかく言う事でも無い。
シノンにとっても、優しそうな表情を作るフィリアに対しての印象はさほど悪いものでは無かった。寧ろ、アキトやアスナ、クラインをこの世界で助けてくれていたのだ、好印象ですらある。
だが何だろう。
シノンですら無意識なのだが、微量に、極僅かに、ほんの少しだけだが、なんとなーく気に入らない。
フィリアがではなく、彼女のその、アキトとのやり取りというか、心の距離感が。再びシノンはむくれた。
そうしてアキトもフィリアが会話しているのを見ていると、フィリアがふと、シノンを見つめ出した。
何だろう、そうシノンか思っていると、フィリアがチラリとアキトを一瞥した後、質問の為か口を開いた。
そして、そこから出た言葉は。
「……アキトがここまで連れて来るって事は、相当な手練なの?それとも……もしかして、この子がアキトの、大切な人?」
「え?」
「なっ……」
アキトは素っ頓狂な声で目を丸くする。その逆、シノンはその言葉の意味を一瞬で理解し、その顔を紅潮させていた。
いきなりの事で言葉がまともに出て来ない。慌てて何か言おうとしても、一文字一文字が途切れて音になり、それが言葉になっていかない。
どうにか言葉を絞り出し、慌てて口を開く。
「ち、違うからっ」
「……そうなの?」
「……コイツには、他に沢山いるから」
「えぇっ!そうなの!?」
驚きが大袈裟なフィリア。
シノンはアキトを見てしてやったり顔を見せた。アキトは苦笑いを浮かべた後、フィリアのその誤解を解くべく口を開いている。
が、シノンはシノンで、アキトは天然女たらしの気質があると確信している。きっと、今まで彼の毒牙にかかった乙女は沢山いる事だろう。
いや、女たらしなんてものじゃない。もはや人たらしだ。
だからこそアキトは、名前も知らない人の為にも自分を傷付ける事が出来るのかもしらない。
けど────
「……シノン?」
「……何でもないわ」
フィリアの呼び掛けに首を振って答える。
今の考えを捨て去るべく、早く行こうと催促する。アキトとフィリアはそれに促されるようにして転移門へと歩き始めた。
その間、彼ら二人は今日のエリア攻略に向けての話し合いをしていて、シノンはそれを眺める。
視線はフィリアから、アキトへ。
彼のその表情は柔らかく、特に辛そうなものでは無かった。
「……」
────だが、蘇るのは昨夜の記憶。
頭を抑え、苦しそうに声を上げ、一瞬だが姿さえもをキリトが上書きされた彼の体調が、今のシノンが一番考えていた事だった。
このまま戦闘を続けて良いはずがない。そう思っても、アキトは止まってくれない。それがとても腹立たしく感じる。
アスナ達には、本当に黙っているつもりなのだろうか。自分が、自分じゃなくなってしまうかもしれない一大事だというのに。
この世界でシノンだけが、今のアキトの秘密を知っている。彼が黙っていて欲しいと言うのなら、誰にも言わないというのなら、彼の手助けを出来るのは、この世界で自分だけ。
とても、心が痛かった。自分に出来るだろうか、重荷ではなかろうか、私一人で何が出来るのか、思う事は沢山あった。だけど今日、彼がアスナと二人で《ホロウ・エリア》に向かうその事実が、シノンの心を揺さぶった。
彼がどうなってしまうのか、それが気掛かりで。とても待っている事なんて出来なかった。アキトの事がアスナ達に知られてしまう可能性を考えた行動でもあったのだが、それ以上にアキトの側にいたかった。
もし行かせてしまったら、もう会えないんじゃないか。
そう思ってしまったから。
アキトが隠したがっている以上、アスナがアキトの攻略に付き合う中でボロが出た場合の対処が難しい。
なら、少なからず事情を知ってしまったシノンがこの攻略に参加すれば、万が一アキトに何かあっても隠し通せるかもしれないと思ったのだ。
そんな事は許されない。隠している場合じゃない。そんな事は分かっていた。けれど、自分を、自分達を何度も救ってくれたアキトの、切なる願い。
それはきっと、叶えなければならないものなのかもしれないと、シノンは思ってしまったのだ。
自分だけが、アキトの秘密を知っている。
だがその事実に、ほんの少しだって優越感は感じない。そんな事よりも、考えねばならない事の方が多過ぎた。
シノンの胸にあるのはただ、アキトという仲間を失う事への恐怖と焦燥だった。
(……絶対、そうはさせないから)
心ではそう誓いつつも、一人で出来るのかと、そんな不安が募る。どうして、こんな時に限って自分だけなのだろうか。
●○●○
《アレバストの異界》
封印された門を越え、洞窟を抜けた先。《ジリオギア大空洞》の先にあるその場所は、一言で例えるなら“不思議な森”だった。
《強さを求めて彷徨った異形の森》
それがこの辺りの小さなエリアの名前だった。
周りは薄暗く、闇夜。そんな中でも目立つのは、不思議な形をした光る植物の数々。全体が光るものや、実のみが高くで光っていたりで、この薄暗い空間をほんのりと照らしている。
だが少し離れた先を見れば、闇色の霧が覆っていて、何があるのか視認する事さえ出来ない。
奇妙な形の蛹のようなものがエリアの隅に植え付けられていたり、幹の太い木がバランス悪く捻れてたり曲がったりしながら空へと伸びていたり。
はっきり言って戦いにくそうだった。
「うわぁ……まるで絵本の中みたいだね」
辺りを見渡したフィリアのそんな一言は、アキトとシノンにも納得していた。
魔女でも住んでるんじゃないのかと思わせる、ただの森では無かった。光る植物のおかげで見渡せるこの空間も、“黒”というよりは“紫”で覆われていた。
まるで魔女の瘴気によって穢れ、明けない夜を永遠と続けているかのような、そんな空間だと示唆させているようで。
「……行こう」
三人は息を呑んでゆっくりと歩き出す。
視界に収まるのは光る植物の奇っ怪なデザイン。まじまじと見つめながらも警戒を怠らないシノンとフィリア。
誰もが初めてのエリアながら、目移りばかりでなくしっかりとプレイヤーとしての性分を果たしている。二人とも優秀だった。
────だが、暫くして。
その先頭に立つアキトはふと、その足を止めた。急に大袈裟に辺りを見渡し始め、その表情にはやや戸惑いが現れていた。
シノンとフィリアは顔を見合わせた後、アキトに近付いて口を開いた。
「……アキト?」
「……どうしたのよ?」
アキトは変わらず周りに目を凝らしていたが、やがて二人に向き直る。
「……何か、変だ」
「変?どういう事?」
アキトは、眉を顰めるシノンから、再びエリアへと視線を動かす。フィリアとシノンはつられて周りを見渡すが、そこには先程と変わらずの異界が広がっていた。
だが、アキトが次に放つ言葉で、一同は緊張を走らせる。
「……静か過ぎる」
二人はハッとする。ここへ来た瞬間は、その幻想的な空間に目を奪われていた為に気付かなかったが、このエリアに辿り着いてからここまで、一度もモンスターを見ていない。
今までのエリアなら、最初はどの場所にも必ずモンスターがいたはずなのに。それが参考になるかと言われれば決してそうではないのだが、初めての事だった為に違和感は感じる。
だが、そのあまりにも静かな空間が、逆に恐怖を煽る。
三人は武器を構え、警戒心を強める。心臓が高鳴り、その瞳は揺れる。
そして────
────そいつは、現れた。
「っ……」
「あれは……!」
「……来るぞ!」
空からそれは落ちて来た。その巨体が着地すると同時に地響きが辺りを襲い、三人はたたらを踏む。
足場が揺れ動く事実に焦りながらも、落下して来たそれを凝視する。
着地と同時に生じた土煙が晴れ、そこから現れたのは、巨大な虫型のモンスター。
六本の脚の内、前脚の二本が太く、鉤爪のようなものが生えて強固なものへと進化している。腹は反り上がっており、まるでサソリの尻尾の様。その部分と瞳は発光しており、ギラリと光らせながらアキト達を見据えていた。
《
登場早々辺りに黄緑色の液体を吐き出し始める。そして、その液体が付着した地面や岩からは焼けるような音が聞こえ、蒸気が発生している。
一目見て毒だと視認出来た。
このエリアに来て、初めてのモンスター。だが、その規格外なうえに予想外の大きさに、アキトは揺れる。
まさか、このエリアのモンスターは皆この大きさなのかと。
しかし、そのモンスターの頭上に現れたHPバーを見て目を見開いた。目の前のモンスターは、HPバーが三本。それが意味する事は、一つだけだった。
「何、コイツいきなり……まさか……!」
「いきなりエリアボス!?」
シノンは弓を構え、フィリアは短剣を逆手に構える。その瞳には驚愕と焦燥が明らかだった。
アキトは彼らの前に出て、《リメインズハート》をボスである目の前の虫型に突き出した。
どうせいつかは倒さなきゃならない敵なのだ。ならば、今このタイミングで出て来てくれたのは、タイムリミットがあるこちらにとっては都合が良い。
「シノンは援護を頼む!いくよフィリア!」
アキトの声でフィリアも頷く。二人が同時にボスに向かって飛び出した。
「っ……」
その背を視界に収めながら、シノンは弓を引き絞った。
①転移門にて
アスナ「……」ポケー
シリカ 「……あれ?転移門前にいるのって……」
リズ 「アスナじゃない。どうしたのよ、こんな所で突っ立って。アキトと攻略に行くんじゃなかったの?」
アスナ 「そのはず……なのに……帰って来ないの……」ズーン
シリカ・リズ 「「……?」」
②互いの印象
シノン(……ふーん、この子がフィリア、ね……ま、悪い子じゃ無さそうだけど……)
フィリア (……なんか、凄い見られてる……怖そうな人だな……というか、背中に背負ってるのって……弓?そんなのSAOにあったっけ?)
アキト (なんでシノンこんなに目付き悪いの。目が合ってからずっとそんな表情じゃん……チンピラみたい……)←アスナへの連絡を忘れている男