ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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知人 「はよ書けや」

夕凪楓 「すいません(震え声)。け、けど今回のお話ですね、その……よく分からない描写が多々あると思うので、気になった方は質問をですね……」

知人 「うるせぇ」

夕凪楓 「はい( ˙-˙ )」





Ep.90 射抜く剣

 

 

 

 《ホロウ・エリア》に来ていきなりのボス戦。

 だが、目的だったはずのボス自体が、今までと何処か違っていた。削れていくボスのHPを見ながら、アキトはそう思っていた。

 ボスの体力の減り方が、今までのボスよりも早い。それは、目の前の女王虫の防御力が、過去最低である事を示していた。

 その動きも攻撃力も、他のエリアで戦ったボスよりも下回っていた。

 

 そのおかげかボスのHPは異様なくらいに削れていく────

 

 

 「っ!」

 

 

 シノンは目を見開き、その引き絞った矢を解き放つ。ソードスキルの光を帯びたその一撃は、ボスの頭へと衝突した。

 ボスの小さな呻き声と確かな手応えを確認し、シノンはその場から離れ、別の場所へと移動する。

 

 《アレバストの異界》は、空間こそ闇に紛れて薄暗いものの、光を放つ植物が多い為、敵を狙うのに支障は無い。この程度の暗さなら、シノンは決して外さない。彼女自身、そんな自信があった。

 それを合図にアキトとフィリアが側面へと回り込み、比較的肉質が柔らかそうな部分、太くなった前脚目掛けてその剣を振り下ろす。

 振り下ろした部分は予想以上に柔らかく、その刃は深くボスの身体に入り込む。

 そして、HPが予想以上に減っていた。

 

 

(っ……これなら!)

 

 

 アキトは、自分が与えたダメージ総量と感じた手応えが比例していないような気がした。HPが多く減らせるなら有難いと思う反面、何かあるような気さえしていた。

 横から迫る前脚をスライディングで躱し、フィリアへと視線を動かす。それに合わせてフィリアが頷き、後方へと回り込んだ。

 

 

 「はぁっ!」

 

 

 立て続けにフィリアがソードスキル《アーマー・ピアス》を後脚に目掛けて放つ。その巨体を支えるにしてはやや細いその脚を、突き刺すように攻撃されたボスは、バランスを崩してフィリアの方向へと傾いた。

 再びHPバーを確認すると、既に三本ある内の一本が、半分以上色を失っていた。

 

 先程出会ったばかりのボス。いきなり過ぎるとは思っていたが、驚いたのはそれだけだった。攻撃力は兎も角、防御力はかなり低いうえに速度も反応も鈍い。

 最後のエリアなのだ、ボスも骨があるモンスターなのだろうと思っていたのに、これでは肩透かしだった。逆にだからこそ、何かあるのではないかと思わせる。

 他のボスとは違った動きが────

 

 

 「っ!? アキト!」

 

 「……!」

 

 

 フィリアに呼ばれてアキトは我に返る。考えてばかりで敵の動きの把握を疎かにしてしまっていた。

 アキトは慌てて《リメインズハート》を構える。目の前には既に、女王虫が迫って来ていた。こちらに向かって走りながら、何か溜めているのか、口を膨張させている。

 それが先程の毒をフラッシュバックさせる。アキトは咄嗟にボスが走る直線上からローリングで離脱した。

 案の定、ボスは口から毒を吐き出し、アキトが先程までいた場所にぶつけた。地面は肉を焼く時のような音と蒸気を発して溶けていく。

 射程外に移動したアキトを探して首を反転させたボスは、当人を見付けて甲高い鳴き声を上げる。

 

 

 「────っ!」

 

 

 瞬間、シノンからソードスキルの光を纏った矢が放たれる。それは真っ直ぐ一直線に空を駆け、女王の顔面に直撃した。痛みからか、奇声を発してはいるが、それでもアキトへと向かってその足を高速で動かしていた。

 アキトは片手剣を両手で掴み、目の前で縦に構える。それが合図となり、ソードスキルの光が放たれる。

 その剣は、この空間と同化する程に濃い、闇色に輝く。一気に目を見開き、迫るボスの軌道に逸れながら、すれ違いざまにその剣で胴体を斬り裂いた。

 

 片手剣単発技《ホリゾンタル》

 

 白銀に輝いた刀身を、地面と平行に寝かせてそのまま一閃──ボスのHPの1本を全て削り取り、女王虫はアキトの後ろで崩れ落ちた。

 アキトは《リメインズハート》を下ろし、ボスへと振り返る。見据えた先にいた奴は、既に起き上がっており、こちらへと身体の向きを変えていた。

 HPバーは一本削れており、残りは二本。今までのボスと比べて何かが違うと、そう違和感を感じる目の前の女王には、他のボスとは違った動きを見せるかもしれない。HPの節目、一本が削れたこのタイミングで、変わる事があるかもしれない。

 アキト達は目の色を変えてこちらを睨み付けるボスに対する警戒を怠らず、各々武器を前に突き出して構える。

 そしてやがて、目の前の女王虫が重心を低くし始めた。攻撃が来る──そう思い、それに合わせてアキト達は姿勢を低くした。

 

 

 だが────

 

 

 その女王虫は地に付いた脚に力を入れたかと思うと、全力で跳躍した。

 

 

 「えっ?」

 

 「なっ……」

 

 

 アキト達は目を見開いて頭上を見上げる。ボスが思い切り飛び上がった事により、地面がその衝撃で揺れ動く。

 飛び上がった当の女王虫は、そのまま弧を描いて森の奥へと落ちていった。

 その先は闇色の霧が濃く、何も見えなかった。奴が消えたと同時に、辺りは再び静寂が襲い、植物達は先程よりも光を放ち始めた。まるで、今までの戦闘が無かったかのように。

 そして、ボスが目の前から消えた事実を誰もが理解し、ポツリとフィリアが呟いた。

 

 

 「……逃げ、た?」

 

 

 辺りにモンスターの気配が無かった最初の変わりない。アキトとシノンも、動かした身体を整えるように息を上げる。ボスが飛んでいった方向を見据え、アキトは《リメインズハート》を下ろした。

 どうやら奴は、この場から離脱したようだった。今までに無い展開に、アキトは溜め息を吐いた。

 ボスが逃げた。それだけ聞けば、奴はこちらに臆した事になるが、きっとそうではない。これは仕様なのだと、アキトは納得すらしていた。

 確かに、このエリアに来てすぐにボス戦など、あまりにも出来過ぎているとは思っていた。恐らく今回のボスは、こうして何度か戦闘し、HPが一定量減ると離脱、その後の最終地点で倒すとかそんなところだろう。

 体力だって回復している可能性の方が大きいし、戦う度に強くなるであろう事は予想がつく。だから今回の戦闘ではボスのステータスが低く感じたのだ。

 

 どちらにせよ、倒さなければならない事に変わりはない。これは最初からずっと思っていた事であり、変えようの無い事実。アレを倒さなければ、こちらに未来は無いに等しいのだ。

 

 

 「……回復して、追いかけよう」

 

 

 それは自然に焦りとなって、言葉に混ぜられる。タイムリミットが迫っている中で、時間内に倒さなければいけないプレッシャーは計り知れない。

 現在《ホロウ・エリア》にいるのは三人のみ。アップデートを阻止する事が出来るのは、この世で三人だけなのだ。

 その事実がどうしようも無く、重くのしかかる。

 

 

 「っ……」

 

 

 その中で、シノンが小さく舌打ちをする。時間が少ないという事実による焦りか、苛立ちか。

 それとも、何か別の理由からか。

 

 

 「……早く追いかけましょう」

 

 「待って、先に回復しないと」

 

 「私は遠くから矢を射ってただけだもの。ダメージなんて受けてないわ」

 

 

 ────回復するなら、早くして。

 

 

 シノンは喉まで出かかったその言葉を飲み込む。声には焦りが含まれており、苛立ちを孕んでいた。アキトはフィリアと二人でポーションを飲んでおり、そのHPは徐々に回復していく。そのHPバーの色を緑で染めるのを視認したシノンは、急ぐ素振りを見せないアキトに僅かな怒りを覚えた。

 

 

 「……」

 

 

 シノンは、悔しそうに拳を握り締める。

 先程のボスは弱かった。受けたダメージだってそれ程多くない。筋力と敏捷が優先のアキトでさえ大した量は減らされていなかった。

 なら、その程度の回復なんて、今しなくたって良いではないか。

 早く、速く倒さなきゃいけない。なのに、どうしてそんなに悠長にしているのだ。

 

 

 時間が無いのだ。早くしないと、アキトが────

 

 

(……っ……違う。早くしないと、アップデートが起きるから……それだけよ)

 

 

 そう自身で言い聞かせるも、心に残る焦燥は、一欠片だって消えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い森を駆ける中で、シノンはアキトの背中を見つめる。

 辺りを見渡しては焦ったような表情を見せる彼の呼吸はやや荒れていた。《リメインズハート》を片手に、《ブレイブハート》を背中の鞘に収めて。

 逃げたボスを探すべく、森の奥へ奥へと進む中で、あれほど静かだった森が騒がしくなり始めていた。見渡せば、虫系や植物系のモンスターが蔓延り、こちらを奇怪な目で眺めている。

 目配せし、配置につく。アキトが前に出て、フィリアがそれをサポート。シノンは後方支援。ボスを追いかけながらも、その間に出くわすモンスター達の対処は、常にそんな感じのものだった。

 そんな中で、シノンはアキトから目を離せない。彼が織り成す剣技は洗練され、無駄の無い動きに見える。けれどその表情は、その瞳に映す色は、以前と少し違って見えた。

 

 

(アキト……)

 

 

 アキトはまだ、一度も《二刀流》を使用していない。先程のボスとの戦闘でもそうだった。使えばもっと早くダメージを与えていただろうし、今後も使わないなんて選択肢は少なくなる。それをすれば、攻略組にも手抜きだと思われ反感を買う可能性もある。

 つまり、アキトは自覚して《二刀流》を使っていないのだと、シノンには分かっていた。使い続ければどうなるのかの想像が、アキトにはついているのだと。

 それでも彼は、選択を変えたりしない。戦うのをやめたりしない。

 今まで、何度も誰かを救って来た彼に、自分は何も返せはしていない。そして彼は、見返りを決して求めない。

 そんな存在、どう見たって歪んでいる。根源的には利己的な存在である人間の中でも、彼は異常に分類されるだろう。

 彼は──アキトは、いつからこうなのだろうか。

 

 

 「……あっ、アキト、シノン!」

 

 

 木々を通り過ぎる中、前方に薄らと見える巨大な影に気付いたフィリアが、そう声を上げ、アキトと、我に返ったシノンも辺りに回していた視線を前方に集中させる。

 未だ濃い闇色の霧が漂う中、その巨大な影はこちらが近付くにつれてくっきりとその正体を現す。

 それは、先程三人が相対したボスと同じ姿。暗闇の中でも光を放つ眼に、蟻のような顎、巨大な二本の前脚に、サソリのように反り返った腹。

 

 

 《Amedister The Queen(アメディスター・ザ・クイーン)

 

 

 その定冠詞は、この森へ来て初めて出会ったボスの名前そのものだった。

 先程の戦闘から離脱し、ここまで飛んで来たようだ。

 同時に、その名前の左隣りに三本のHPバーが表示され、そしてその全てが色を宿していた。

 

 

 「っ……回復してる……!」

 

 

 ボスが姿をくらましてからここへ辿り着き、再びこの女王虫を見付けるまでにそんなに時間は経っていないはずだ。それでも奴の頭上のHPは完全に回復し、出会ったばかりの状態に戻っていた。

 驚きは無い。ある程度予想はしていたからだ。だが、実際は減っていて欲しかったというのが素直な気持ちだ。時間短縮にもなるし、残りHPが少ないとそれに伴う戦闘への意欲が違う。絶望感が違う。まだこんなに、と思うより、もう少し、と思いたいのだ。

 驚愕の代わりに感じたのは、先程与えたはずのダメージが回復している事への悔しさだった。

 

 三人を視界に捉えたボスは、顎を開いて咆哮を繰り出す。振動が風となり、土煙を捲き揚げた。闇色の霧が晴れ、その中から女王虫が姿を現す。瞬間、こちらに向かって一直線に突進してきた。

 アキト達はそれぞれ指示し合う事無く散開する。ボスの動きを捉えながら距離を保って移動する。

 奴の脚が止まった瞬間に地面を蹴り、ボスの側面に接近し、アキトは思い切り《リメインズハート》を横に薙いだ。

 肉が斬り裂かれるのと同時に飛び散る赤いライトエフェクト。しかし、ボスのHPに与えたダメージ量を見てみれば、最初に出会った時よりも減っていた。

 明らかに固い。先程よりも強くなっている。

 

 

『っ……やっぱりこういう仕様かよ!』

 

 「チッ……!」

 

 

 頭に響く声の主と同時に舌打ちをかますアキト。予想通り、会う度に強くなる仕様のようだった。

 こちらにターゲットを移したボスの大きな前脚が襲いかかる。咄嗟に剣を胸元に引き寄せて防御姿勢をとる。だが、受け止めたその前脚の威力もやはり、先程よりも強くなっていた。その格差の違いに、足に込めていた力加減すら間違え、アキトは堪らず後方へと吹き飛んだ。

 

 

 「アキト!くっ……!」

 

 

 フィリアがこちらに見向きもしないボスの背中──サソリの尾のように反り返った腹に向かって短剣を突き出す。

 シノンが更に後方から弓を構え、矢を一気に解き放った。空気を切り裂いて進むその矢は、フィリアの突き刺した腹部の少し上に突き刺さる。

 手応えは感じる。だがボスのHPの減りを見れば、やはり出会った時よりも強くなっている事は明らかだった。

 

 射撃技《ヘルム・バレット》

 

 矢を間断無く引き絞り、連射していく。ソードスキルの光を纏って放たれた数本の矢は、アキトに焦点を当てていたボスのヘイトを変更させるには充分だった。

 シノンが射った矢の全てが、肉質の柔らかそうなボスの腹部に直撃し、HPが大幅に減る。ユニークスキルという事もあり、その威力は申し分無かった。

 そしてボスがシノンへと方向転換したタイミングで、フィリアがボスの側面へとソードスキルを放つ。

 完璧な不意打ちに、その女王虫がバランスを崩す。その隙をシノンは見逃さない。

 

 

 「そこっ!」

 

 

 シノンは再び弓を構え、矢の刃先を女王虫の頭部に向ける。目を見開き、狙い定めた場所へとその矢を射ち放つ。

 その一本の矢は見事にボスの頭部を撃ち抜き、ボスは上体を仰け反らせる。甲高い奇声は見た目にそぐわず虫の様だった。弱点なのか会心の一撃だったのかは不明だが、HPは目に見えて減少していた。ヘイトは一気にシノンへと注がれ、その眼光は輝きを増していた。

 だがシノンは怯まずに更にもう一本、矢を弓に充てがう。それを瞬時に引き絞り、ボスを睨み付ける。

 

 その表情は冷たく見えて、ただ敵を見据えている。

 だがその心にあるのは、純粋な我儘だけ。

 

 早く、速く。ただ目の前の敵を倒すだけ。優先すべきは早さ。矢を射抜く速さ。そして何より、フィリアの───そして、アキトの命。

 だからこそ迅速に早急に、この鳴き声の煩い女王虫を撃ち抜くだけ。

 

 射撃技《ストライク・ノヴァ》

 

 連射する矢の一つ一つが風を纏う。渦巻く旋風が空気を突き破り、連続でボスの身体に吸い込まれていく。

 矢を放ち、再び矢を弓に乗せて構えるまでの動きが速い。機械的な動作であるそれは徐々に加速していき、連続で射出されるそのソードスキルは全てボスに命中していく。

 

 

(早く……早く……早く、死ね────)

 

 

 段々と焦りがその表情に現れる。

 その脳裏に蘇るは、頭を抑えて苦しみ悶えるアキトの姿。

 

 

 アップデートだけじゃない。

 

 

 時間が無いのは────

 

 

 「っ────!」

 

 

 シノンのその連射は止まらず、ボスは段々とその攻撃に慣れ始めて来ている。その巨大な前脚で土煙を払い、シノンを視認し近付いていく。

 

 

(来るなら来い、殺してやる────)

 

 

 アキトにもフィリアにもヘイトを向けさせる事無く、この弓で全て撃ち抜いてやる。

 シノンはその瞳を細め、再び矢を腰から引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 「……凄い」

 

 

 シノンが繰り出すその怒涛の攻撃に、フィリアはその場から動けない。少しでも近付けば、女王虫への攻撃に巻き込まれてしまうかもという感覚に襲われる。

 その矢の全てがボスへと向かっているはずなのに、邪魔すれば自分も攻撃対象にされるのではないかと身震いする程に、その矢は意志を持って向かっているように思えたからだ。

 そんなシノンの表情はとても冷めており、何を考えているのかはパッと見では分からない。

 ただ目の前の敵を倒す為だけに集中しているのかもしれない。

 

 

 ────なのに。

 

 

 「……シノン」

 

 

 既に万全の状態になっていたアキトから見たシノンは、いつもの彼女とは違って見えた。ここまで一緒に戦ってきたのだ、彼女の様子の違いにはなんとなく気付く。

 言うなれば、焦っている。ボスを急いで倒そうとしている。それが分かる程の連射。

 シノンのそれは明らかに後方支援の枠を逸脱した攻撃量で、そのダメージ数値は前衛が与えるべきダメージのそれだった。

 大量にダメージを与え過ぎれば、それだけヘイトを変える事は難しくなる。遠距離攻撃が主力であるシノンにタンクと同じ役割を背負わせるのは明らかな役不足だ。

 本来レベルも技量も他の最前線プレイヤーよりも劣っているシノン。後からこの世界にログインしたシノンにのみ限定している言えば、幾らボスが数人で倒せるからと言っても彼女はやはり色々と足りないと言わざるを得ない。

 

 

(何やってるんだ、シノン……!)

 

 

 「あ、アキト……!?」

 

 

 アキトは《リメインズハート》を構え、シノンへと向かうボスの背中に向かって走り出した。フィリアの声が聞こえるが、それに応える事無く視線はシノンとボスへと動く。

 アップデートまで数日。それがシノンを焦らせているのだろう。だからといって、そんな急いだプレイばかりしていれば防御も回避も疎かになるに決まってる。

 シノンは距離を保ちながら矢を放ち、ボスはそれを前脚で吹き飛ばしながら地響きを鳴らしながら彼女へ迫る。奴が弾いた矢の数々を掻い潜り、ボスの元へとその身を滑り込ませる。

 ボスの歩む速度は速くなっており、シノンは矢を放つ為の距離を取り切れ無くなっていた。苛立ちを隠さず舌打ちするも彼女は冷静で、矢を放つには距離が近くなり過ぎた事を理解すると、シノンは矢を左手に持ち替え、右手で腰の短剣を引き抜いた。

 モンスターが射撃スキルで倒し切れずに近付いて来た時の対処として用意した短剣がキラリと光る。弓を手に入れるまでシノンの主武装だったそれの手応えを確かめるように強く握り締め、ボスを見上げる。

 カタカタと顎が左右に開き、キーキーと虫同様の鳴き声を聞かせる眼前の女王虫に嫌悪感を隠す事無くその短剣にライトエフェクトを纏わせる。

 

 

(っ……マズい……!)

 

 

 シノンのレベルが攻略組の誰よりも低い事実は変わらない。そんな彼女がボスの攻撃を食らったら、ダメージはどの程度だろうか。幾らここのボスがフロアボスよりも倒しやすくとも、最後のエリアのボスなのだ。先程よりも強化された攻撃力に、シノンが吹き飛ばされるのは容易に想像がつく。

 どうにかしてヘイトをこちらに移さなければ。かといって、生半可な攻撃じゃシノンが連射した射撃スキルのダメージは稼げない。大量にダメージを与えられてしまえば、ボスはそれだけそのダメージを与えたプレイヤーを敵視するのだ。

 流石ユニークスキル。味方も敵をも()き付ける。

 

 

 けど──いや、ならば。

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

(コイツしか無い────)

 

 

 

 

 アキトは背中に左手を伸ばす。伸ばされた先にあったのは、鞘から飛び出た剣の柄。

 蒼く煌めく勇気の剣《ブレイブハート》。自身に自信を生み出す剣。立ち上がる為の勇気を齎すその剣を、アキトは鷲掴みに、一気に引き抜いた。

 

 ユニークスキル : 《二刀流》

 

 《カーディナル》───この世界がアキトに与えた、勇者のスキル。そして、彼を蝕む呪いのスキル。

 だが、構うものか。

 

 

 「いけ────!」

 

 

 二刀流OSS十三連撃《レティセンス・リベリオン》

 

 暗闇の中同じ色に輝く紅と蒼だった剣を両手にアキトは飛び上がる。裂帛の気合と共に、その反り返る腹に目掛けてその両手に握った剣を交錯させる。

 弱点でも会心でも高命中でも何でも良い。ただ目の前の女王を振り向かせる事さえ出来れば────!

 柔らかい肉質を突き破り、何度も何度も腹部を斬り裂く。ボスからこれ以上無い程の鳴き声が発せられ、空気が振動する。

 

 

 「っ……!?アキト……!」

 

 

 《二刀流》を手にしたアキトを見上げたシノンが、先程とは打って変わってその表情を豹変させる。フィリアも《二刀流》の連撃に驚き、その目を見開いていた。

 シノンへと歩んでいた動きを止め、痛みで苦しむような態度を見せる女王虫。

 

 だが構うものか────

 

 コネクト・《弧月》

 

 下から上へと三日月を描くように足を突き上げる。ボスの腹を足場に空中でバク転し、落下するその身体を再びソードスキルで空中に留める。

 

 コネクト・《ヴォーパル・ストライク》

 

 左手の《ブレイブハート》が赤みを帯び始め、やがて振り返ったボスの頭部に突き刺さる。空中でも使用出来るこのソードスキルは、宙にいたアキトをそのスキルが持つ突進力で移動させる。《剣技連携(スキルコネクト)》を行えば、空中で攻撃をし続けられるのだ。

 それを利用し、弱点だと思われる比較的高い位置にある頭部と腹部にソードスキルを放つ。それだけで、やはりHPは多く削れていった。

 

 女王虫は自身の頭部に今も尚剣を突き刺す不届き者を振り払うべく、その頭を豪快に揺さぶる。だがそれも、予想通りだ。

 アキトは急いで左の剣を抜き取り、ボスの動きを利用して空へと飛び上がる。

 シノンとフィリアがそれを見上げる中、アキトは右手の剣《リメインズハート》に光を宿らせる。

 一瞬だけ空中で静止したかと思えば、そこが最高到達点。徐々にその身は落下していき、その速度に合わせてソードスキルをボスにぶつける。

 

 

 「くらえ────!」

 

 

 片手剣OSS三連撃《コード・レジスタ》

 

 赤、青、緑。一撃毎にその剣の色を変えながら振り下ろされたその剣は、ボスの頭上から首、前脚にかけて一撃ずつ斬り付けられていた。

 そのダメージ総量はこの一瞬でシノンの連射を越えたのかもしれない。今の攻撃で、ボスはシノンからアキトへと身体の向きを変えていた。

 だが、先程の怯んだばかりのボスは、再び怯みはしなかった。

 その前脚を、アキトに向けて振り下ろす。

 

 

 「チィ……ッ!」

 

 

 アキトは咄嗟に剣でその前脚をいなす。だが完全には受け流せず、その前脚の重さに体勢が崩れる。その瞬間を隙だと思ったのかは不明だが、まるでその不意を突くようにもう片方の前脚がアキトに迫る。

 それをアキトも同様にもう片方の剣で受け止め、全力でそれを受け流す。

 休む暇など与えんと言わんばかりに、ボスは前脚を振り上げては下ろす攻撃を繰り返す。その巨体から放たれるボクサーのフックのような前脚攻撃に、アキトは文字通り息吐く暇もない。

 

 

 「このぉ!」

 

 

 アキトを助けるべく短剣を後脚にぶつけるフィリア。だがそれも、ボスのあしらう様な攻撃で弾かれてしまっていた。

 シノンは弓を構え、矢を引き絞る。その先にいるのは、さも楽しそうに前脚を動かす女王と、それをいなしながら左右に動くアキト。

 そのせいで狙いが定まらず、シノンは何度目か分からない舌打ちを繰り出す。

 そして何より、この状況を作った自分に腹が立った。

 

 

 「くっ……」

 

 

 前脚の先端に付く硬い爪が刃先とぶつかり火花を散らす。防御し切れない攻撃の重さにHPが徐々に減っていく。

 アキトは目を細め、僅かな隙を修正しつつ、自身のその行動を最適化し続ける。

 集中しろ、油断するな、観察しろ、見極めろ。ほんの少しの機微も隙も見逃さず攻撃に転じる機会を逃すな。

 このまま打ち漏らしていけば、やがてこの身が辿り着くのは────死のみ。

 自分一人で勝てるかどうかなど、考えるまでも無い。

 

 

 「っ────」

 

 

 自身のみの力で足りないのであれば。

 この身体に宿った《二刀流(呪い)》すら酷使する。こちらはもう、引き返せないところまで来てるのだ。

 このユニークスキルは、自分よりもキリトの方が熟知している。後天的に手に入れた自分が今目の前の敵を倒す為にこれを行使しても付け焼き刃にしかならないのなら。

 

 

(キリト、力を貸して────っ!?)

 

 

 

 

 ────ドクン

 

 

 

 

 「ぐっ……!?」

 

 

 

 

 突如、アキトは頭を抑える。途轍も無い痛みが、アキトを襲った。

 

 

 

 

 「ぐぁ……がぁ……!」

 

 

 

 

 どうしようも無く、その痛みで身体が崩れ落ちる。

 

 

 「え……!?」

 

 「あ、アキト!?」

 

 

 シノンとフィリアがその動きを一瞬だけ止める。突如剣を下ろし、頭を抱えるアキトに、二人は困惑する。

 瞬間、ボスの前脚による横薙ぎの攻撃が、アキトを吹き飛ばした。アキトは簡単に、石ころのように地面を転がり、近くの岩に背中を思い切りぶつけた。

 

 

 「がはっ……!」

 

 

 一瞬だけ呼吸が出来ずに息が詰まる。噎せて咳を続けるも、やがて思い出したかのように頭の痛みがアキトを襲った。

 頭が痛い。沸騰しているかのように熱い。うだるような熱が、身体中を駆け巡る。

 

 

 「うぐぁ……ああぁあ!」

 

 

 自らの身体と《二刀流》を介して接続した《カーディナル》という名のSAOの基幹プログラム。

 そこに眠る“何か”の胎動を感じる。心臓が強く鼓動すると共に、その身に流れる血液が頭を駆け巡り、その度に脳が突き刺すような痛みに襲われる。

 

 

 「く……そっ……!」

 

 

 血液だけじゃなく、何か別のものが流れて来るのを感じる。

 数多の怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、そういった悪意の塊がこの脳を波のように襲う。

 あまりの痛みに、アキトは起き上がる事すら出来ない。

 

 

 何だ、これは────

 

 

 アキトは遂に両手の剣を地面へと解き放ち、両手で頭を抑えて倒れ込む。喘ぐ声は強くなり、喉を引き裂かんとばかりに放たれる。

 自身を侵食するのは、キリトの記憶だけじゃない。顔も名前も知らない人達の、数多の悪意。

 

 

 こんなの、知らない。

 

 

 これは何だ。

 

 

 この黒い、焼けるような、闇のような悪意の正体は何だ。

 

 

 

 

 ────その黒い何かが、自身の脳を、黒く塗り潰す。

 

 

 「『はっ……ぐっ……ああ!』」

 

 

 アキトの、元々は宝石のように透き通っていた蒼い瞳は、その輝きを濁らせていた。その左眼は黒く塗り潰され、そして右眼も遂に────

 

 

 完全に、黒く染め上げられていた。

 

 

 

 

 「アキト!くっ……!」

 

 

 シノンは短剣を構え、ボスが近付こうとしているアキトの元へと駆け出す。

 アキトの様子を見たシノンの頭には、昨夜の記憶が映し出されていた。今みたいに頭を抑え、苦しみ悶え、やがてキリトへとその姿を変えるアキトを。

 

 

 「フィリア、ボスを引き付けて!」

 

 「わ、分かった!」

 

 

 フィリアはたどたどしくそう返事するも、ボスに真下に身体を滑り込ませ、そのまま短剣を突き上げる。ボスのヘイトはフィリアへと移り、その身体を反転させる。

 その間、シノンは頭を抑えるアキトの元に辿り着き、その手を倒れるアキトの肩に乗せる。

 

 

 「アキト!アキト、しっかりして!」

 

 「『ぐっ……し、シノン……』」

 

 「っ……!」

 

 

 シノンはアキトを見て思わず息を呑んだ。

 アキトのその身体は段々とノイズのように靄がかかり、やがてキリトを映し出す。

 その瞳の色は完全にキリトの瞳と同じ色に代わり、着ていたコートも先程とは違うデザインを形作る。

 中性的な顔立ちで現れた彼は、抑えていた頭からその手を離した。痛みが引いたのか、そこから聞き取れたのは荒い呼吸音。

 

 話した事も無い。だが目の前の少年が《黒の剣士》キリトだというのは、シノンでも分かった。

 思わず、震える声でその名を呼ぶ。

 

 

 「……キリ、ト……」

 

 「……ぁぐっ!」

 

 

 だが再びキリトの身体にはノイズが走り、再びその身はアキトのものとなる。先程の中性的な顔立ちはそこには無く、シノンにとって見知った顔が現れた。

 

 

 「っ……アキト……!」

 

 「『はぁ……ぐ、はあ……っ……シ、ノン……」

 

 

 漸く朦朧とした意識が回復したアキトは、自身の傍にいるシノンを見上げる。どうしたら良いのか分からず、戸惑いがちに瞳を揺らし、今にも涙が溢れそうな表情で自身を見下ろす彼女。

 アキトは額の汗を拭いながら、どうにか笑って見せる。

 

 

 「……だ、大丈夫だよ……それ、よりも……フィリアが……」

 

 「……っ」

 

 

 ────どうして。

 

 

 シノンはその口を噤む。震える声と身体を鎮め、アキトを見据える。

 こんな時まで、自分よりも他人。その言動を前にどうにかなりそうな怒りを抑え、シノンは振り返る。

 

 

(待っててアキト……すぐ終わらせるから────!)

 

 

 再び焦燥がシノンを襲う。その射撃の制度はそれに比例して落ちる。

 フィリアを襲うボスに当たりはしても、決定打にはならない。そんな彼女の前で、ボスはフィリアを吹き飛ばした。

 

 

 「きゃああぁあ!」

 

 「っ……このっ……!」

 

 

 時間を稼いでくれていたフィリアを傷付けたボスに対する憎悪。シノンは弓と矢に力を込め、ソードスキルの光を纏わせる。

 一気に放った一撃は会心となり、ボスの腹部を抉った。

 

 

 「フィリア、早く後退して!」

 

 「っ……うん……!」

 

 

 ボスがシノンの攻撃に怯んだ隙にフィリアは苦しそうにしながらも後退。ボスの攻撃範囲から外れる。

 そうなれば、ボスの今度の標的はシノン。その身体を反転させ、シノンに向かって突進を繰り出した。

 迫り来るボスを見て、シノンはその弓を構えつつ左側へと走ろうと足を踏み出す。

 

 

(っ……ダメ、回避したらアキトが……!)

 

 

 シノンは後ろを振り返る。そこには未だ体勢が整わず膝を付く弱々しいアキトの姿があった。

 今ここで自分が離れれば、後ろのアキトに────

 

 

 「くっ!」

 

 

 そこまで考えたシノンは、空いた右手に短剣を構えてその場に立ちはだかった。

 迫り来るボスの足音が同時に近付いて来る。

 

 

 「……ダメ、だ……!」

 

 

 アキトの絞り出すような声。

 逃げろ、とそう顔が言っていた。シノンはそんな彼を一瞥した後、変わらずその場に立ったままだった。

 逃げない、絶対に。アキトも決して逃げはしなかった。だから、自分も────

 

 

 「はぁっ!」

 

 

 眼前まで来たボスに目掛けて短剣のソードスキル《アーマー・ピアス》を発動し、それをボスの胸部に突き刺す。

 一瞬だけ怯むのを感じ、一気に深くそれを捩じ込む。

 だが次の瞬間、ボスはその前脚を使ってシノンを左へと弾き飛ばした。

 弓はその手から溢れ、アキトの元へと落ちる。シノンの身体は地面を駆け、地面を削るように滑る。

 

 

 「っ……シノン……!」

 

 

 目を見開いて見据えた先には、HPを大幅に減少させたシノンの姿。

 短剣を手に、震える腕でどうにか上体を起こそうと躍起になっていた。フィリアが急いで駆け寄るも、ボスとシノンの距離は既に目と鼻の先。

 アキトはどうにか膝に力を込め、上体を起こす。眩む視界の先で地に伏せるシノンと、それを助けようと足を動かすフィリア。だがあれでは間に合わない。

 苦しげに目を細めるアキトはそれでも、どうすればいいかを模索する。早くしないと、シノンが────

 

 

 「っ……」

 

 

 不意に、アキト足に何かが触れる。自然と視線は下へと下りる。

 そこには、先程のボスの攻撃でシノンが手放した弓《アルテミス》があった。

 弦が強く、ちょっとやそっとじゃ切れはしないと、シノンが得意気に話していたのを思い出す。

 ふと、その弓の横の自身の二振りの剣が視界に入る。

 

 

 「……」

 

 

 ────気が付けば、アキトはその弓を手に取っていた。

 

 

 「っ……」

 

 

 その弓の上に、自身の剣《ブレイブハート》を乗せる。

 

 

 「────」

 

 

 柄の先が平らなのを確認し、そこに弦を這わせる。

 

 

 「……」

 

 

 そして自身の剣を矢に見立て、その弦を引き絞る。

 狙うは、ボスの弱点の可能性が高い頭部。その剣の刃先を、ボスに目掛ける。

 アキトは《射撃》スキルは持ってない。こんな構えを取ったところで、ソードスキルは発動しない。

 けれど、この場にいる自分よりも、フィリアよりも、いち早くシノンを助ける為の術があるとするならば。

 

 

 「これしか、無い────!」

 

 

 アキトは弓に充てがった剣を、矢のように解き放ち、そして────

 

 

 

 

 ボスの頭部へと、見事に直撃させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── Link 75% ──

 







小ネタ


シノン 「剣を矢の代わりにするなんて……」

フィリア 「……なんか、何処かで見たような……」

キリト 「……はっ!《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》か!」

アキト 「そんなつもりで射ってないよ……」







相変わらずの下手くそ戦闘描写。
気になる事があれば質問をば。そうでなくとも感想を下さるとモチベーションが高まるんば(´・ω・`)




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