ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

96 / 156




そういえば、プロローグ、「勇者と魔王の消えた世界」をリメイクしました。
改めてプロローグを見ると、なんか足りない部分多いなぁ……と感じるようになったので、書き直しました。
以前より分かりやすくなってると思います。報告遅れてすみませんでした。

それでは、久しぶりなので少し言葉足らずな場面があるかもしれません。キャラ崩壊とかもあるかもしれません(震え声)

それでは、どうぞ!







Ep.91 痛ミ、苦シム

 

 

 

 

 

 

 

 ────アキト達が《ホロウ・エリア》でボスと戦っている、同時刻。

 

 

 《アインクラッド》での攻略は、怠る事無く進んでいた。現在攻略済みなのは86層まで。今最前線なのは87層である。

 87層は砂漠がイメージとなったフィールドで、それらしい遺跡や洞穴が点在している。ジリジリと照り付ける太陽の存在により、屋内であるその空間は現実同様に蒸し暑い。

 奥へ進めばいつも通り迷宮区が存在し、闇の様に暗く冷たい空気が押し寄せるが、この層に限って言えば涼しく感じる程だろう。

 86層、アキトが一人でボスを倒してから、もう一週間以上経過している。早期ゲームクリアを目指すなら、そろそろボス部屋は見付けないといけない。

 それは攻略組の仕事であり、それは当人達も自覚していた。

 

 

 ────87層。

 音が反響する迷宮区の一角で、正に今攻略を進める一行がいた。

 人数は四人、いずれも女性。このSAOでは数少ない女性プレイヤーであるうえに、攻略組にも参加しているプレイヤーとなれば、数は一気に絞られた。

 

 

 「シリカ、そっち行ったわよ!」

 

 「ひゃあ!き、気持ち悪いですぅ!」

 

 「きゅるぅ!」

 

 

 巨大な虫のモンスターが方向を変えた事を伝えるリズベットの声に返事をする余裕も無く、シリカは涙目でその虫から逃げる。

 その蟻と呼ぶには大き過ぎる余りにも巨大な腹を、引き摺るかの如く動く緋色のモンスターは、シリカの背中に一気に近付く。

 虫特有の甲高い声は耳を不快にさせ、近付く足音は不気味さを掻き立てる。

 

 

 「ちょ、アンタ何逃げてんのよ!?ちゃんと戦いなさーい!」

 

 「わ、分かってますよ!って、いやああぁぁあ!」

 

 

 今度はリズベットの声に返事をするが、すぐ後ろで物凄いスピードを出した巨大な甲虫がカタカタと音を立てて迫って来ており、シリカは悲鳴を上げつつ走り回る。彼女の声は迷宮区内部を反響する。

 彼女の周りを飛ぶピナは、チラチラと後ろにいる甲虫を気にしながら主の後を追っていた。

 そんな中で、シリカに目掛けて凛とした声で言い放つ、《閃光》の少女。

 

 

 「シリカちゃん、こっち!」

 

 「っ!あ、アスナさんっ!」

 

 

 亜麻色の髪を揺らし、アスナはシリカの前に立つ。シリカが自分の後ろへと移動したのを確認し、手に持った細剣《ランベントライト》を構える。

 目を細め、狙いを定める。そして、モンスターの顎が左右に開いた瞬間、ソードスキルの光が強く迸る。

 

 

 「せああぁぁああっ!」

 

 

 《閃光》と謳われるアスナの代名詞である《リニアー》が、モンスターの頭部に直撃する。その速度は正に音速、アルゴリズムに沿って動くモンスターが避けられるはずも無く、視界を奪わらよろめいた。

 

 

 「リーファちゃん!」

 

 「せええぇぇい!」

 

 

 その隙を逃すものかとアスナはリーファを呼び掛ける。応じたリーファは既に敵の頭上に飛び上がっており、上段の構えをとっていた。

 構えは《バーチカル》、剣は光を放ち、そのままモンスターの背中へとそれを叩き付けた。

 その一撃はアスナが与えた一撃と合わさって一瞬で擦り切れ、すぐにポリゴン片と化して宙へと舞い上がっていった。

 着地したリーファはそれを確認し、小さく息を吐いて剣を鞘へと収めた。

 

 

 「リーファちゃん、お疲れ様」

 

 「お互い様ですよ」

 

 

 アスナの労いの言葉にそう返したリーファの表情は、以前の暗さが抜けた気持ちの良い笑みだった。そこにあるのは兄であるキリトの生死の曖昧さによる悩みではなく、モンスターを倒した事による達成感だった。

 その表情を見たアスナは、つられて小さく笑った。

 

 

 「うう……気持ち悪かった……」

 

 「きゅる……」

 

 「シリカちゃんもお疲れ様」

 

 「あ……はい、お疲れ様です」

 

 

 シリカがそんな声と共に項垂れながらこちらに近付く。ピナの鳴き声も小さく細かった。アスナが彼女にそう呼び掛ける隣りで、リズベットが呆れた様子でシリカに対して口を開いた。

 

 

 「ちょっとシリカ、アンタ逃げ過ぎよ。さっきのタイミング、どう見ても隙だったじゃない」

 

 「だ、だって、ダメージを与えた時のあの鳴き声と、追い掛けて来た時の見た目が想像以上で……」

 

 「植物系のモンスターよりはマシでしょ?ツタで吊るされる事も無ければ、粘液で装備を溶かされる事も無いんだから」

 

 「へぇ……リズさん詳しいですね」

 

 「違うのよリーファ。すぐ目の前に経験者がいるのよ。ね、シリカ?」

 

 「ちょっとリズさん!言いふらさないで下さいよ!」

 

 

 経験者シリカは顔を赤くしてリズベットに怒声を浴びせる。以前リズベットとダンジョンに赴いた際に植物系モンスターに装備を溶かされたのは記憶に新しく、リズベットも忘れていなかった。

 リーファとアスナは苦笑いしつつ、シリカを宥める。その後、迷宮区の中という事あり、警戒態勢へと戻ったが、辺りのモンスターはあらかた狩り尽くしてしまったおり、次のポップまでは休憩という形になった。

 

 

 「マップ通りなら、この先にセーフティエリアがあるみたいよ」

 

 「じゃあそこで休憩しよっか。丁度良い時間だし、お昼も一緒に食べましょう」

 

 

 迷宮区にも存在する、モンスターの寄らない安全圏を目指し、固まって歩く。アスナの視線の先には僅かに離れ会話をするシリカとリズベットがいた。

 何やら小さな事で言い合いをしているようで、内容を拾ってみると、先程の戦闘でのシリカの動きにリズベットが物申しているようだった。

 そんな姿が、まるで姉妹みたいで。アスナは小さく微笑む。アスナ自身、上には兄が一人いるが、妹や弟といった存在はいない。もし下の子が出来るとしたら、シリカみたいな可愛らしい妹が欲しいな、と。そうアスナが考えた時だった。

 隣りでクスリと、そう小さく笑う金髪のポニーテールの少女。妖精のような容姿で圧倒的な存在感を誇る彼女──リーファは、視線の先の二人を微笑ましく見つめていた。

 リーファは、そんなアスナの視線に気付いたのか、視線は変えずに呟いた。

 

 

 「仲良いですね、二人とも。本当の姉妹みたい」

 

 

 それは、正しくアスナがたった今考えていた事だった。静かな迷宮区の中で、ぎゃあぎゃあと騒いでいるだけにも見えるが、仲間として彼女達を見るならば、仲が良いという感想しか出て来ない。

 リーファは目を細めてそれを見つめるも、表情は何処か重たかった。

 

 

 「……いつか、戻れるかもって……そう、思ってたんですよ。……あんな関係に」

 

 「リーファちゃん……」

 

 

 声音に籠るのは、悲哀の感情。物憂げな眼差しに、本当の意味で映っていたのは、きっとシリカやリズベットではなく、そこから重なって見えてしまう自分と兄であるキリト。

 いつか元通りに。仲の良い兄妹に。何度思ったか知れない。けれど、この考えが変わった事など一度だって無かったのだ。いつだって兄を想い、帰還を願っていた。だけどその想いは膨れ上がり、いつしか自分も兄と同じ場所で、力になれたらと、そう思っていた。

 けれど、この世界に足を踏み入れた時には、既に兄は故人となっていた。現実で死を確認した訳じゃない。母の言葉を最後まで聞いたわけじゃない。だがこの世界で暮らす内に、そんな誤魔化しは意味の無いものだと突き付けられた。

 リーファはただ、この世界に自分が抱える何かをぶつけたかっただけ。兄を良く知る人達に、どうして守ってくれなかったのだと、文句を言ってやりたかっただけ。

 だけど、アスナ達が、正しくリーファの探していた『兄の事を知る人』達で、そんな彼女達はとても優しく暖かくて、そして兄であるキリトの事を、何よりも重く受け止めてくれていた。

 その中でも、リーファが凄く気になっていたのが、兄と恋仲だったというアスナ、娘のユイ。

 

 

 ────そして。兄の親友で、その身に兄の意識を宿している、アキトという兄の面影を持つ少年。

 

 

 兄──キリトがこの世界でどのように生きたのか、何よりも彼が示してくれた。誰よりも強い彼は、キリトの強さを具現してくれている。

 自身の兄が、この世界で一番強かったのだと、そう自分に教えてくれている。

 そして、彼の中には今も尚、死んでいない兄の心が。そう思うだけで、なんだか救われた気がした。

 兄はこんなにも、大切に想われていたんだなと、そう感じた。リーファはチラリと、アスナに視線を向けた。

 

 

 「お兄ちゃんと、恋人……だったんですよね?」

 

 「え……あ、う、うん……」

 

 

 言葉に詰まるアスナ。リーファは全てを悟る。この世界に来て最初の頃のアスナが、キリトという剣士の死によって、攻略の鬼と化していた事を。

 アスナのあの様子が、兄であるキリトの死が原因だったと、そう理解したのだ。

 自分の兄がこんな美人と結婚までしていただなんて……と、兄と《黒の剣士(キリト)》がイコールだと知ってから何度思った事だろう。

 改めてまじまじと見ていると、アスナの表情が段々と曇り始めていた。

 

 

 「……嫌、だったよね。現実世界で待ってる人がいるのに、この世界で恋仲だ、なんて……巫山戯てるって、そう思う……?」

 

 「え……あ、いえ!そんなつもりで聞いたんじゃないんです!その……お兄ちゃんのどんなところが好きになったのかなって……」

 

 

 リーファは慌てて両手を前に出してわたわたと振る。だが、口に出した言葉は確かに、自分が気になっていた事だった。

 兄がこの世界でどう生きたのか、他のプレイヤーにどんな影響を与えたのか、それはこの世界に来てから気になっていた事で、ずっと変わってない。

 アスナは瞬きをすると、懐かしむように口元を緩める。

 

 

 「……私、キリト君とは第一層からの知り合いなんだ」

 

 「えっ……じゃあ、もう二年間ずっと一緒なんですか?」

 

 「結婚……っていうか、お付き合いし始めたのは、つい最近だったんだけどね。でも、キリト君と出会ってからの二年間、色んな事を体験して、何度も協力しては反発し合ったり……切っ掛けはあったと思うけど、気が付けば好きだったなぁ……。どんなところが好きだったかは、一言じゃ言えない。それくらい好きだった」

 

 「っ……」

 

 

 曖昧に聞こえて、それでいて想いははっきりと明確に告げられた。聞いたこっちが恥ずかしくなるくらい、純粋な想いが、そこにはあった。

 

 

 「だから、キリト君がいなくなってからは本当に辛かった。みんなにも凄く迷惑かけたし。アキト君には特に、ね」

 

 

 その過去に、想いを馳せる。

 キリトがいない。それだけで、他はどうでも良く感じていた。娘であるユイの顔さえ、あの時は見えていなかった。ただ攻略をすれば、何もかもを忘れられると思っていた。このまま死ねれば、キリトの元に行けると思っていた。

 そんな思いを、根底から砕いてくれたのが、アキトという少年だった。出会った当初は毛嫌いしていたのに、今では感謝しかなかった。

 今はただ、恩返し──とはいかないが、彼の抱えた何かを一緒に共有出来たら、儚く見える彼の心、その支えになれたらとさえ思う。

 シノンと共に《ホロウ・エリア》へと飛んでから、戻って来る気配も無ければメッセージすら返信が無い。その事を三人に話した後、こうして攻略へと出掛ける事になったが、何度も彼の顔が頭を過ぎる。二人は、大丈夫だろうか。

 アスナが我に返れば、そこにはこちらをジッと見つめるリーファの姿が。それを思い出し、なんとなく自己嫌悪する。

 

 

 「……ショック、だよね。自分のお兄さんと付き合ってたのが、こんな私みたいな女で」

 

 「そ、そんな事無いです!アスナさん美人だし!寧ろ、お兄ちゃんには勿体無いですって!」

 

 「ううん、そんな事無いよ。キリト君こそ、私には勿体無いっていうか……」

 

 「あ、アスナさん……」

 

 

 ドンドン自分を卑下していくアスナ。想い人の妹という事もあって、負い目のような何かを感じているのかもしれない。

 気が付けばシリカとリズベットはこちらを気にせずかなり先まで歩いていて、こちらの会話は聞こえていないようだった。

 この場でアスナをどうにか出来るのは自分だけしかいない。そう思うと、慌てていた意識が落ち着き、ポロリと本音が零れ出た。

 

 

 「……確かにあたしの知らないところで、いつの間にかお兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいで、そういう意味ではショックですけど……でも……」

 

 

 アスナは、そんなリーファの言葉で顔を上げる。その顔は先程とは打って変わって暗く、今にも泣き出しそうだった。アスナは目を見開き、思わず彼女の次の言葉に耳を傾ける。

 だが────

 

 

 「何よりもショックだったのは……お兄ちゃんに娘がいて、あたし、いつの間にか叔母さんになってたんですよね……」

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 アスナは、その予想外の言葉で思わず顔が引き攣っていた。いや、リーファのショックは最も過ぎた。いつの間にか兄に恋人がいた、それだけなら許容範囲、考えられうる可能性ではあったのだ。だが、この二年間であんな可愛らしい娘が出来ると誰が考えられるだろう。

 リーファは知らぬ間に叔母となり、自身の父母は祖父母になってしまったのだ。

 この年で叔母。ユイに満面の笑みでリーファ叔母さんと呼ばれたら、ショックで立ち直れないかもしれない。

 でも、とリーファは顔を上げ、小さく笑みを浮かべた。

 

 

 「お兄ちゃんを想ってくれる人が、こんなにたくさんいて……あたし、物心ついた時には兄と距離があったので……羨ましかったし、嬉しかったです」

 

 「……」

 

 「お兄ちゃんにも事情があって、思うところがあって、それでお互いギクシャクしてた。ここは仮想世界だけど、それでもお兄ちゃんは、この世界で大切な何かを見付けられたんだって……そう思えたから」

 

 「リーファ、ちゃん……」

 

 

 ────やはり、兄妹だな、とアスナは感じた。

 

 その言動に、声音に宿る意志に、キリトと同じものを感じたから。この世界はもう一つの現実なのだ、とキリトは言った。この世界で大切だと感じたものが、たとえ偽物だったとしても、大切だと感じたこの意志は、本物だろう。

 ならば、キリトは正しく、大切なものを見付けられたんだろうか。

 そんなアスナに、リーファは真っ直ぐな瞳をぶつけた。

 

 

 「アスナさん。これからも、お兄ちゃんの事、いっぱい教えて下さいね。どんな冒険があって、どんな想いがあったとか。……現実世界に戻ってからも」

 

 「っ……」

 

 

 アスナはただ、言葉に詰まる。リーファの言葉に胸を打たれ、どうしてか泣きそうになってしまっていた。

 キリトを守れなかった自分と、彼女は現実世界でも会おうと、他でもない彼女がそう言ってくれていた。いつか、キリトと交わした、その約束を。

 

 

 「……凄く、長くなるよ?」

 

 「あたし、長編ものとか大好きです!」

 

 

 リーファの満面の笑み。それを見て救われた気になってしまった自分は単純だろうか。アスナは、つられて飛び切りの笑みを返した。

 お互い、こうして面と向かって話すのは初めてだった。けれど、たった今、互いの想いを話し、それを共有する事が出来た気がした。

 いつか、現実世界で会う、そんな約束が果たせれば良いな、とそうお互いが思った事だろう。

 

 

 「ちょっとー、遅いわよ二人とも!何話してるのよー!」

 

 

 気が付けば、シリカとリズベットが目の前に立っていた。自分達が進み過ぎたのか、はたまたアスナとリーファが来るのが遅かったのか、どちらにしろリズベット達はそれに気付き、こうして二人を待ってくれていた。

 

 

 「何のお話をしていたんですか?」

 

 「うん、ちょっと、ね?」

 

 「ふふ、はい!」

 

 

 シリカの質問に、アスナとリーファが顔を見合わせて笑う。そんな二人の様子に、シリカとリズベットが首を傾げた。

 

 

 「何よー、気になるじゃない」

 

 「何でもないって…………?」

 

 

 リズベットのジト目に苦笑しながら回避しようとしたアスナは、その表情を固める。ふと、何か違和感を抱き始めた。

 

 

 「……アスナ、さん?」

 

 

 シリカがそう呼び掛ける。今さっきと明らかに様子が違うアスナに、三人は不思議そうな表情を浮かべた。

 

 

 「……アスナ?どうしたのよ?」

 

 「……誰か戦ってる」

 

 

 その言葉に、一同耳を傾ける。静寂が包むこの迷宮区で、確かに小さく、その音は聞こえた。敵の呻き声、ソードスキル発動時の独特の音。

 全員に緊張が走った。同一の斬撃音。プレイヤーは恐らく一人。たった一人でこの層の迷宮区に挑んでいるのかと思うと少なからず驚くが、それはアスナだけでなく全員が感じ取っていた事だった。

 

 

 「……結構、近くないですか?」

 

 「行ってみましょう!」

 

 

 四人は一斉に同じ方向に駆け出す。一寸先は見えないのではと思わせる程に闇である空間を、警戒しながら。

 そうして真っ直ぐ進んだ先、目の前にあった曲がり角の先から声が聞こえた。

 そして、それは驚く事に女性の声だった。アスナは思わず目を見開き口元が震える。

 

 

 「っ……女の人……?この最前線で……!?」

 

 「というか、この声って……」

 

 

 リズベットはその声に聞き覚えがあった。咄嗟に曲がり角に身を潜め、そこから戦闘の光景を観察する。

 そこには、彼女達がよく知る人物が、両手剣を持って、モンスターを蹂躙していた。

 

 

 

 

 「やっ!はっ!えいっ!!」

 

 

 

 

 紫色の装備に薄い銀髪を靡かせる少女。自身と同等の長さの両手剣を軽々と振り回し、三体いたモンスターの内、二体をソードスキルで粉砕していた。

 

 

 

 

 「ストレアさん……!?」

 

 

 

 

 アスナは思わずその名を呼ぶ。今目の前でモンスターにソードスキルをぶつけていたのは、仲間の一人であるストレアだった。

 凛とした表情で敵を屠るその姿は、エギルの店で見る天真爛漫で自由奔放な彼女とは別人のように見えた。

 傍から見ても戦闘能力は驚くほどに高く、無名であった事が信じられないほどのものだった。

 リズベットは一度、アキトと共に彼女とパーティを組んでいた為知っているが、他二人、リーファとシリカは戦闘におけるストレアを初めて見たようだった。

 

 

 「こんなところで、一人で戦ってるの?」

 

 「あの……助けた方が良いんですかね……?」

 

 

 恐る恐るそう告げるシリカ。だが、残りのモンスターは一体で、HPもあと僅か。ストレアの調子を見るにもうじき終わるだろう。こちらがラストアタックを奪ったら、逆に迷惑になる。

 だが、アスナが自身の考えを、シリカに告げようとした時だった。

 

 

 

 

 「ええーいっ!やあ!あ、ああ……」

 

 

 

 

 ストレアの動きが、突如鈍る。振り回していた大剣が、動きを止めた。

 

 

 

 

 「ぐ、あ……あ……」

 

 

 

 

 そしてその場に倒れ込み、その両手で頭を抑え出したのだ。アスナ達は思わず立ち上がり、驚きで目を見開いた。

 

 

 「っ、す、ストレアさん……!?」

 

 「何、急にどうしたのよあの子!?」

 

 「アスナさんっ、モンスターが!」

 

 

 リーファが指差す先で、虫型モンスターが顎を開き、倒れ込むストレアへとゆっくり近付いていた。

 ストレアは変わらず、依然として頭を抑えている。

 急に苦しみ出したストレアに、一同は混乱を興じ得ない。ステータス異常にしたって、頭痛なんて聞いた事が無かった。

 

 

 「うう……が、ああ……!」

 

 

 しかし、苦しむストレアを前に、そんな事を考えている暇なんて無かった。

 各々、指示もなく武器を取り出す。そのまま曲がり角から飛び出し、ストレアに向かって走る。

 

 

 「ストレアさん!」

 

 

 アスナが叫ぶも、ストレアは答えない。それほどまでの痛みなのか。

 

 

 「っ……ストレアさんをお願いっ!」

 

 「分かってるわ!」

 

 

 リズベット達がストレアへと向かう中、アスナが一人、そんな彼女達とモンスターの間に割って入った。不快感を突き付けるような甲高い虫独特の奇声を上げるモンスターを睨み付け、《ランベントライト》にエフェクトを纏わせる。

 

 

 「せあああぁぁああ!」

 

 

 細剣単発技《リニアー》

 

 《閃光》の代名詞であるその一撃は、ストレアが減らした事で残り少ないHPしか無かった敵を削り取るには充分過ぎた。アスナにとってはかなりのイージーバトルだっただろう。

 モンスターは一気にポリゴンとなって四散する。しかし、そんな光景を眺める暇さえ惜しかった。経験値を気にする事無く、アスナはリズベット達の元へ駆け寄る。

 

 

 「ストレアさん!大丈夫!?」

 

 「うう……みんなが……みんなが……!」

 

 

 リズベットが抱えるストレアは、変わらず頭を抑え、苦しんでいた。汗だくで、意識は朦朧としていて、だが原因も分からず、どうにもならなかった。

 

 

 「ストレアさん……!」

 

 「どうするの……?こんなの、聞いた事無いわよ……」

 

 「……ここに居ても、敵がまたポップするかもしれない。安全な場所まで移動しましょう」

 

 「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 「う……ううん……」

 

 「ストレアさん?起きた?」

 

 「ア、スナ……?」

 

 

 うっすらとその瞳を開けたストレア。その視界にはリズベットとシリカ、リーファも映っていた。

 迷宮区は既に安全圏、モンスターが出る事の無いこの場所で、ストレアは漸く目を覚ました。誰もが心配そうな表情でストレアをのぞき込む。横になっていたストレアは、ゆっくりと上体を起こし始める。

 

 

 「ちょ、ちょっとストレア、まだ起きない方が……」

 

 「ううん、大丈夫」

 

 

 リズベットの制止を拒否し、小さく笑みを返す。そして、そのまま四人を見渡し、申し訳なさそうに眉を寄せた。

 

 

 「……みんな。ゴメンね、迷惑かけちゃったみたいだね」

 

 「そんな事無いよ。でも、急にどうしたの?敵の攻撃を受けたようには見えなかったけど……寝不足、とか?」

 

 「寝不足かぁ……ふふふ、違うよ」

 

 

 アスナの質問にまた笑ってそう返す。何処か遠くを見るように視線を上に動かし、物憂げな表情を浮かべた。

 

 

 「アタシ、時々、すごい頭痛になる時があって。そうなると、もう動けない感じで……」

 

 

 アスナ達の表情が強張る。あんな、戦闘を脅かす程の頭痛など、聞いた事も無かったからだ。それに、そんな症状を自覚しているにも関わらず、迷宮区に一人で赴くストレアにも、そんな驚きを隠し切れなかった。

 

 

 「そ、そんな……それが分かってるのに、迷宮区に行くのは危険だと思います」

 

 「そうですよ。そのうえ一人でなんて……」

 

 「うん、そうだよね……でも……」

 

 

 シリカとリーファの説得も、ストレアには響いていないようだった。彼女達の言動に難色を示し、でも、けれど、そんな言葉ばかり。そうまでして迷宮区に行く理由は何なのだと、アスナ達は表情を歪める。

 そんな中、ストレアとパーティを組んだ事のあるリズベットだけが、何かに気付いたのか、ポツリと小さく囁いた。

 

 

 「アンタ、探し物があるって言ってたわよね。『この世界を壊すかもしれない、何か』ってやつ」

 

 「世界を、壊す……?」

 

 

 リズベットのその言葉に、アスナの心が揺れる。ストレアが、それを探している。その一言で、リズベットに向かっていた視線が一斉にストレアへと移動した。

 リズベットは変わらず言葉を続けた。

 

 

 「けど、それが何なのかも分かってないんでしょ?なのに、一人でこんな危険を冒す必要なんてあるの?頭痛だってあるんでしょ?」

 

 「でもみんなだって、死ぬかもしれないのに、頑張ってるよ。みんなはなんで、そこまで頑張るの?」

 

 「そんなの……ゲームをクリアしたいからに決まってるでしょ。アンタも、そうなんじゃないの?」

 

 

 それが、この世界にいるプレイヤーの願い。誰もが懐かしの現実世界に想いを馳せているだろう。あれからもう二年だ、この世界にどっぷり足を浸かっても、帰りたくないと思う人間は少ないだろう。

 少なくともここにいるアスナ、シリカ、リズベット、リーファは、ゲームクリアの為に全力を尽くしているつもりだった。

 そして、それはストレアも同じだろうと、そう思っていた。

 けれど────

 

 

 

 

 「……そっか。そう、だよね……」

 

 

 

 

 ストレアのその表情が、何処か寂しそうだったのが、その時、嫌に気になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ん〜っ!休んだぁ!ありがとう、みんな!」

 

 

 ストレアは、気持ちよさそうに伸びをする。その表情は先程とは打って変わって明るさを取り戻しており、エギルの店で初めて出会った時の奔放さが戻ったようだった。

 しかし、アスナ達は良かったと安心する反面、まだ調子が悪いのでは、と不安にならざるを得なかった。

 

 

 「う、うん……あの、大丈夫なの?」

 

 「うん、平気!それじゃ、アタシ行くね!期間限定のクエスト出てるの思い出しちゃったし。あと二日か三日で消えちゃうやつ」

 

 「あの、私達で良ければ手伝うけど……」

 

 「いいよいいよ、アタシの実力は、もう知ってるでしょ?それに、みんなのおかげでしっかり休めたから、頭痛も大丈夫!」

 

 

 その様子は、本当に元気を取り戻したように見えた。こちらの提案こそ断られたが、以前と変わらぬ表情を、アスナ達に見せていた。その笑顔は、何度見ても飽きる事の無い優しいもので、心が温かくなるのを感じた。

 

 

 「それじゃあね、みんな!また会おうね!」

 

 

 ストレアは踵を返すと、こちらの反応を伺う前に走り去って行ってしまった。自由奔放とは、まさにストレアを表す言葉に思え、アスナ達は苦笑しながら彼女の背中を眺めていた。

 

 

 「……心配だなぁ」

 

 「戦闘中に動けなくなる程の頭痛なんて、見た事も聞いた事も無いわね」

 

 「私も、無いです。ストレアさん、元気になったみたいですけど……」

 

 

 みんな、どこかストレアが無理して誤魔化しているのではと、そんな想像をしてしまう。表裏の無い少女だろうと思っていたが、その反面、心配させまいとした演技だったのかもしれないと思うと、気付けなかった自分達を責めるしかない。

 

 

 「アキト君が帰ってきたら、相談してみませんか?」

 

 

 リーファのその提案に、各々が顔を上げる。こんな時、頼りになる人を思い浮かべるとアキトかキリトが出てくるから困る。これ以上無理はさせられないと感じつつも、ストレアの事を思うと縋るしかないのかもしれない。

 

 

 「……うん、そうだね」

 

 

 アスナは、ストレアが走って行った道の先を眺め、ポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────けれど、彼女達は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレアと似た現象が、アキトの身にも起きている事を。

 

 

 

 

 








☆《剣技連携(スキルコネクト)》について☆


《発動条件》

①右手のソードスキルが終了する直前、右手への脳から伝わるナーヴギア(アミュスフィア)に出力される運動命令を一瞬だけ全カットするイメージをして、次の運動命令を左手のみに伝える。
→このとき、『右手のスキルが終了モーション時に動いた身体によって、左手が繋げたいソードスキルの初動モーションに入ってないといけない』というのが連携の前提条件。右手のスキルの硬直を、左手のスキルのモーションで上書きする形で発動する。

②右手のスキルから左手のスキルへと、意識的にナーヴギア(アミュスフィア)の運動命令を切り替える事が必要。①の動作中、左脳と右脳が別々の思考をしているような不快感に襲われ、ここで意識を統一しようとすると、ソードスキルはキャンセルされてしまう。

③連携時、意識を切り替える為の許容制限時間はコンマ1秒以下。


結論=無理ゲー


つまり、繋げたいスキルに繋げられる訳ではなくて、ソードスキル終了時の構えが、次に繋げたいソードスキルを発動する時の構えになってないといけないという事。
その際の左脳右脳の命令を統合してはいけないという事。そして、それらを行う時間はコンマ1秒以下だという事。
そして、キリトは思い出したくもない練習の末、漸く『成功率5割以下かつ、コネクトは4、5回が限度』という事。


※アキトはシステムアシストによって、動かされている身体に逆らって、ソードスキルを中断されないギリギリで自身の身体を動かしている為、終了時のモーションの段階で、次のスキルに繋げる為の構えを取る事を可能にしています。結果、色んな組み合わせでコネクトする事が出来ている、という事です。
思考に関しては完全に集中力で、戦闘時は特に研ぎ澄まされています。よって、左脳と右脳へと送る運動命令に対する違和感の無視は造作もない、という設定です。
アキトキモい(震え声)





アスナ 「え……これ、無理でしょ……?」

キリト 「繋げられるスキルも絞られるはずだし、繋げるのもそんな簡単じゃないんだけどな……」

アキト 「な、何……?二人とも、なんでそんなにこっち見てるの……?(震え声)」



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。