楽しめ、残り僅かな安らぎを────
エギルの店にて、帰って来たアキトを全員でお説教した後、漸く夕飯という事になった。
アキトとシノンを待っていた彼らはそれなりにお腹を空かせており、今からアスナが調理という事で、何が食べられるのかと各々が思案していた。
この温かな空気を微笑ましく眺めていると、途端、エギルの店のドアが勢い良く開かれた。
店に屯していたメンバーの他、良く此処で飲み会をしているプレイヤー達も一斉に扉を見る。
するとそこには、誰もが魅入ってしまう容姿とスタイルを持った美少女が立っていた。薄い銀髪に紫を基調とした装備。
────というか、ストレアだった。
一同が目を丸くしてストレアを見ていると、彼女は辺りをキョロキョロと見渡し、アキトと目が合うと、すぐさま顔を明るさで染め上げ、アキトの胸に飛び込んだ。
「アキトー!おかえりなさーい♪」
「あ、ああうん、ただい──ぐぇっ!?」
「あ、アキトさんっ!?」
ストレアがアキトの首に腕を回し、抱き着く力を強める。彼女が知ってか知らずか不明だが、良い感じにキマッていた。密着している事で、豊満で柔らかいものが当たっているが、何か感じるより先に逝ってしまいそうだった。
何も知らない周りのプレイヤー達は、そんなアキトを恨めしそうに睨み付け、ユイはすぐ傍でアキトとストレアのやり取りに顔を強張らせ、わなわなと震えていた。
しかし、そんな彼らと打って変わって何人かは、アキトに抱き着きながらニコニコと笑うストレアを見て困惑の表情を浮かべていた。
「す、ストレアさん!もう調子は大丈夫なの?」
「んー?大丈夫だよ!もうすっかり元気!」
ストレアはアキトから離れ、片手を上げて宣言する。本当に元気そうで、アスナとシリカ、リズベットにリーファは安堵の息を吐いた。
アキトは彼女達の様子に気付き、視線をそちらに向けた。
「調子って……アスナ、ストレア何処か悪いの?」
「えっと……実は────」
しかし、アスナが口を開こうとした瞬間、ストレアがアキトのすぐ近くまで迫り、アキトとアスナは思わず目を丸くしてたじろいだ。
ストレアは変わらず元気な声で、アキトを見て告げた。
「ねぇねぇアキト!アタシ、今日はアキトに会いに来たの」
「え、あ、うん……って、俺に?」
「うん!お土産があるんだ、こっち座って」
そう言うと、ストレアはアキトの手を握り、いつもメンバーで座るテーブルのすぐ隣りのテーブル席にアキトを座らせた。困惑するアキトを他所に、ストレアは悪戯を思い付いた子どものように笑い、ウィンドウを開く。
「い〜い?それじゃ出すよー!じゃじゃーん!」
流れるような手付きでアイテムストレージをスクロールし、目的のものをオブジェクト化させる。
円テーブルの上に顕現したのは、銀色のトレイに乗せられた、巨大な肉の塊だった。良くテレビで見るような巨大な霜降り肉、それを想像させた。しかしそのあまりの大きさに、一同は思わずギョッとする。
リズベットは困惑しながら、恐る恐る近付き、そのアイテムの名前を確認する。
「なになに……《ヒドゥンバイソンの肉》!?」
その名を知っているプレイヤー達から、どよめきの声が聞こえる。かく言うアキト達でさえ、その肉をまじまじと見つめて名前を確認する程だった。
名を告げたリズベットでさえ、その目を見開いており、思わずユイへと視線を向けていた。
「ちょっと……これって、凄いレア食材じゃなかった!?」
「はい、S級食材ですね」
「それが、丸々一頭分……」
リズベット他、アスナとシリカ、リーファはストレアへと視線を戻した。そういえば、今日の攻略でストレアと出会った時、期間限定のクエストがあるとか言っていたのを思い出す。
もしかして、その時の報酬やドロップアイテムだったりするのだろうか。
「ふふ〜ん、褒めて褒めて!」
ストレアは笑みを浮かべてアキトのすぐ傍まで椅子を持って来て座ると、アキトに向かってズイっと頭を突き出した。アキトは唖然としていたが、やがて困ったように笑うと、ストレアの頭に手を乗せた。ストレアは途端、嬉しそうに目を細めた。
「うん……ホントに凄いよ」
「えへへ〜。今からアタシが、アキトにご馳走してあげる!」
その言葉を聞いて、一同は再び目の前の肉へと視線が動く。その肉は威圧的なまでに存在感を放っていた。要は、かなり大きかった。
エギルが慌ててストレアに問う。
「ちょっと待て、この量をアキト一人で食べるのか?」
「そうだよ!アキトならこのくらいの量、ペロッと食べちゃうよね?」
「い、いや、流石にペロッとはいかない、かな……」
アキトが目の前の巨大な肉にビビりながら半笑いを浮かべていると、リズベットが訝しげにストレアを見やり、気になる事を聞いてみていた。
「ねえ、アンタの料理スキルってどのくらいなの?」
「料理スキル?持ってないよ」
「え」
あまりにもキョトンとしたストレアの声に、一同固まった。まさかこの少女、スキルも無しにこの食材を調理するつもりだったのか。
このS級食材がどのような変化を遂げてしまうのかは想像に難くなかった。
「スキルが無いって……おいおい、それなら、そこの超級シェフに頼んだ方が良いんじゃねぇか?」
「ま、確かに料理ならアスナが適任だろうな」
クラインとエギルが各々ストレアにそう告げる。ストレアは二人に視線を移した後、アキトをじっと見つめていた。
何を聞きたいのか、何を求めているのかがまるで分からず戸惑うが、アキトはやがてストレアに向かって苦笑しながらも口を開いた。
「……料理スキルがあった方が美味しいものが出来ると思うよ。一緒に食べよう」
「うーん……アキトがそう言うなら、アタシもそれで良いよ」
ストレアは少し考えるような素振りを見せるも、笑顔ですんなりとその案を了承し、アスナを見上げた。アスナも彼女同様笑顔を見せ、彼女が聞かんとしている事への返事をする。
「私なら、二つ返事で引き受けるわよ。S級食材なんて、そうそうお目にかかれないし」
「じゃあ……悪いけど、頼むよアスナ」
「うん!まかせて!」
アキトの言葉を快く了承し、テーブルに乗せられた巨大な肉を見て笑う。みんなもゾロゾロと集まって、その円テーブルを囲い、S級食材を見て笑みを浮かべていた。
それを微笑ましく眺めていると、アキトの目の前に褐色肌の巨漢が腕組みをしながら立っており、その威圧的な様子に、アキトは思わず身震いした。
「……」
「?……どうしたの、エギル」
「いやなに、キリトに《ラグーラビット》をお預けにされた事を思い出しただけだ。俺はあの件を、常々根に持っていたんだが……」
「あ、あー……」
「とばっちりじゃん」
アスナは納得したように声を漏らすが、アキトはエギルのそのガチな様子に項垂れる。アキトは記憶を思い起こし、《ラグーラビット》についての記憶を辿る。確かそれもS級食材だったはず。すぐに逃げてしまう為に捕獲が難しい種類だと記憶していた。
(……まあ、確かにあの時は
────これ……《ラグーラビット》……!?
────取り引きだ、コイツを料理してくれたら、一口食わせてやる。
────ラグー……煮込むってくらいだから、シチューにしましょう。
────はぁ……幸せ……生きてて良かった……。
────軽く、その瞳を抑える。
覚えの無い記憶が、また明確な光景として脳裏に蘇る。映るのは、対面して食事をしているアスナの笑顔。中央にシチューを置き、二人きりでS級食材を堪能している。
まるで、自分の事のように、あの日の《ラグーラビット》の味を思い出せる。
困惑と動揺で、僅かにその瞳が揺れた。
「っ……」
「……おい、アキト?」
先程まで威圧的だったエギルが、ふとアキトの異変を少なからず感じ取ったのか、腰を曲げてアキトの顔色を伺う。その行為に目を丸くしてたじろぐと、アキトは慌てて取り繕った。
「あ、いや……ゴメンゴメン。そういう事なら、エギルも一緒に……っていうか、みんなで食べよう。ね、ストレア?」
「うん!みんなで食べた方が美味しいもんね」
「よーし、言ったな!今回は食わせて貰うぞ!」
エギルは本当に嬉しそうでガッツポーズを決めていた。クラインや、他のメンバー達も喜びの声を上げる。ストレア自身も、元々はアキトに食べさせてあげる為のものだったから駄々を捏ねるかもと思いきや、みんなと食べる事に寧ろ賛成なようで、その空気はとても温かいものへと変わっていた。
「あっ、アスナさん!もし食材に余裕があるなら、あたしもお料理してみたいんですけど」
厨房に肉を置いて、一先ずみんなの元へ戻って来ていたアスナに、恐る恐るとシリカが近付いて言った。その頭に乗せていたピナも、ぱちくりと瞬きしながらアスナを見上げる。
「うん!勿論良いわよ!一緒に作ろっ!」
「はいっ!」
アスナの了承にパァっと頬を綻ばせ、シリカは元気良く頷く。二人して顔を見合わせ笑みを作っていると、それを眺めていたリズベットも顔を伏せて思案すると────
「それじゃあ……あたしも何か、作ってみようかな」
と、言い出した。これには親友であるアスナも目を丸くしており、まじまじとリズベットを見た。シリカも同様だ。
「リズが料理なんて珍しい」
「悪かったわね!ちょっとした気まぐれって奴よ」
そんな顔を赤くして捲し立てるように誤魔化すリズベットの隣りから、今度はユイが若干慌てて躍り出た。
「わ、私も、お料理したいです!」
「それじゃ、アキト君に美味しいもの、食べさせてあげようね!」
「は、はい!」
ユイも途端に顔を明るくして首を縦に振った。
みんなでお料理、そんな流れにつられて、リーファも恥ずかしそうにおずおずと近付いて来た。
「じゃあ……あたしも一緒に作っても良いですか?」
「うん!勿論よ!一緒にお料理しよ!」
「はい、よろしくお願いします」
なんだか凄い大所帯になってしまい、エギルの店の厨房がそろそろ心配になって来た頃だった。アキトのすぐ隣りで座ってるだけだったストレアが、そんな女性陣の料理の流れに乗り遅れた事に気付き、慌ててガタリと立ち上がった。
「えーっ!みんなが作るならアタシも作るし!」
「な、何、みんなして……」
「大事になって来たじゃねーの……」
「厨房も、特別広いわけじゃ無いんだが……」
アキトとクラインとエギルが、アスナの元へ集う女性陣を見て気圧される。SAOは女性プレイヤーの数が圧倒的に少ないのに、何故ここにはこんなに集まっているのだろうか。どの層に行ってもこんなレアな集団はいないんじゃないだろうか。
そんな中、その流れに乗る事無く遠目から眺めるだけの女性プレイヤーが一人だけいた。
「……」
シノンはただ真顔で、そんな和気藹々のアスナ達を腕を組んで見ているだけ。アキトはなんとなくそれが気になって、思わずシノンに声を掛けた。
「……シノンは、その……」
「……何?」
「えっと……みんなで料理するみたいだけど、シノンは行かないのかなー、なんて……そういう流れだったから、シノンも料理するとか言うのかと思って」
シノンのこちらを見据える瞳に思わず目を逸らしながらも、そう言葉を紡ぐ。それを一部始終聞いたシノンは、じっとその視線を強くした。何か思う事があるのか、それを聞こうとアキトが口を開きかけた瞬間、シノンがそれよりも早く、アキトに向かって言った。
「食べたいの?私の料理」
「へ?……あ、えと……」
想定外のシノンからの質問に、アキトはフリーズした。なんて答えるのが正解かなど分かり切っているのだが、言葉を脳内で考えるよりも先に、彼女のその目に気圧され少々焦り始めていた。
シノンはそんなアキトの反応だけで満足したのかクスリと小さく笑って、テーブル上の《ヒドゥンバイソンの肉》に視線を下ろした。
「冗談よ……で、何を作ろうかしら。相当良い食材なのよね、これ」
「S級食材だしね……料理するの?」
「まあ、勝手は分からないけど、聞きながらやればなんとか出来るんじゃないかしら。……その代わり、ちゃんと完食しなさいよ」
「え、あ、うん……」
思わず頷くアキト。シノンはよろしい、と呟くと、小さく息を吐いた。
隣りで固まる女性陣の中、アスナがシノンの腕を掴んで引き寄せる。
「ふふっ、シノのんも一緒に頑張ろっ!分かんないところは、教えてあげるからね!」
みんなが料理に興味を持ち出して嬉しいのか、アスナは絶えず笑顔で、そんな珍しい彼女を、アキトはまじまじと見てしまう。
そうでなくとも、女性陣が集まって仲良くしている様は目の保養だろう。クラインや、その店に入り浸る他のプレイヤー達もその眺めを楽しんでいるようだった。
そんな中でストレアが、何かを思い付いたのか、途端に笑みを浮かべて手を上げる。
「じゃあ、誰が一番美味しい料理を作れるか、競走しようか!」
「競走ねぇ……それだとアスナが一位確定になっちゃうけど」
その提案に渋い顔のリズベット。だが、すぐさま隣りでアスナが口を開いた。
「それなら大丈夫!私がみんなのお料理を完全監修してあげる!それよりも何を作りたいか……こっちの方が重要になって来るわよ」
「なるほど……味はアスナの保証付きって訳ね。それじゃあ、誰が一番アキトが気に入る料理を作ったかで競走しましょうか」
「へ……え、俺?」
「うん!審査員よろしくねん」
いきなり話題の中心に混ぜ込まれ、アキトは驚いて視線をリズベットに向ける。ヒラヒラと手を振って笑う彼女に、みんなの表情が賛成を示していた。
何故、と意見を提示しようにも、もうそんな流れでも無さそうだった。
「俺、味とか、そんな詳しくないけど……」
「難しく考えなくて良いのよ。ストレアは元々アンタに食べさせる為に持ってきたんだし、この案は妥当でしょ」
「それは……まあ、そうかもしれないけど……」
「それに、料理は誰かに食べさせる方が、美味しく作れるものなのよ」
「……それは、鍛冶屋の経験から言ってるの?」
「何よ、“作る”って部分は一緒でしょ?」
らしくない事を言うものだと思ったら、リズベットが顔を赤くしてそっぽを向いた。自分でもそう思ったのだろう、アキトはクスリと笑ってしまった。
料理も鍛冶も、確かに誰かに作るという面では同じだ。リズベットもきっと、誰かに喜んで貰う為に、武器を作っているのだろう。
アスナ達もそんなリズベットに驚きながらもニヤニヤと見ており、リズベットは耐え切れず頭を抱えていた。
「分かった。引き受けるよ」
アキトは優しく、そう答えたのだった。周りは俄然、やる気を出し始めた。
●○●○
「アキトよぉ……オレ様はもう、腹が減って仕方がねえよ……」
「ま、まあ確かに良い匂いはするけどね……」
五分とかからずに、厨房から美味しそうな香りが漂って来る。それを一番に嗅いだクラインは、我慢出来ずテーブルに突っ伏した。それを見たアキトは苦笑いを浮かべつつ、女性陣の高い声が聞こえる厨房へと視線が動く。
現実では空腹時に料理を待っている時は辛かったりするのだが、SAOの料理は出来上がるのが早く、そんな心配も無さそうだった。
これならクラインが腹を満たせるのもそんなに遅くないだろう。
「出来たわよ、アキト!」
すると、早速リズベットがお皿を持って厨房から飛び出して来た。どうやら彼女が一番乗りのようだ。
アキトはそんな快活な彼女の様子を眺めつつ、テーブルに乗せられるであろうリズベットの料理を待った。
「リズベット特製チンジャオロースー!一丁上がりっ!」
湯気が漂う
見た感じだと、下味を付けた《ヒドゥンバイソンの肉》と、タケノコ、もやし、ピーマンに似た食材を細切りにして炒められている。芳ばしい香りは勿論、照り具合が食欲をそそる。
アキトを挟んだエギルとクラインはまじまじと見てはゴクリと唾を飲んでいた。
「へぇ……美味しそう。食べても?」
「当たり前じゃないっ」
と胸を張って答えるリズベット。が、アキトが箸で料理を口に持っていくその瞬間は、何処か不安な表情を浮かべていた。
アキトは黙って肉を他の食材と挟んで一緒に口に含んだ。よく噛む事でしっかりと味を確かめる。
「どう?って言っても、味はアスナの保証付きだけど」
と、リズベットが呟く。その割りには随分と不安そうな顔をするものだ。アキトは小さく笑うと、彼女の質問に正直に答えた。
「美味しいよ、凄く。リズベットが作っただなんて、正直驚いてる」
「ほ、ホント!?……あ、と、当然でしょー?」
素直に喜んでしまった自分が恥ずかしいのか、咄嗟腕を組んで胸を張った。
アキトは本当に驚いた。やはり、鍛冶が優れていると家事も優れるのだろうか。丁度良い味付けに加え、野菜と合わせて食べる肉も格別だった。何より、S級食材である肉に合わせて味付けを変えているのが分かる。他の肉でこの味付けだと、バランスが悪くなるだろう。そこまで考えているとは、リズベットもアスナも流石である。
これまたご飯が欲しくなる料理だ。
「赤ピーマンの彩りの代わりに、ちょっと人には言えない食材使っちゃったけど……でも、問題無く食べられてるみたいだし、大丈夫みたいね!」
────訂正。とんでもない爆弾料理だった。
さりげなく恐ろしい事を告げるリズベットに、その箸が止まった。
「ゴクリ……」
すぐ傍でクラインがアキトを、引いては青椒肉絲を見下ろしては生唾を飲み込む。アキトは目を逸らしながら、黙って料理をかき込む。
すると、反対方向で今度はエギルがこちらを凝視していて、アキトは思わず吹き出した。
「ちょ、二人とも……食べ辛いよ」
「お、おぉ……」
「すまん……」
……物凄く物欲しそうな視線が。
とても痛いし見ていて可哀想なのだが、あげても良いのだろうか。
と、考えていると、再びこちらに近付いて来る音が耳に入り、思わず振り返る。
「アキトさん、あたしの料理も出来ました」
「……シリカ」
次に厨房から出てきたのはシリカ。お皿に乗せられた料理は盛り上がっており、固形物が入っているのが分かる。アキトは遠目でそれを眺めつつ、近付いてくるシリカに問うた。
「シリカは、何を作ったの?」
「その……あたし、あんまり料理とかした事無いから、普通の肉じゃがなんですけど……」
そうしてテーブルに乗せられた料理は、確かに肉じゃがだった。この世界で見るのは初めてだし、現実世界に帰るまで見られるものではないと思っていたので、無意識にジロジロと見てしまう。
そうして、料理をあまりしないと言ったシリカの顔を見上げた。
「シリカは結構、家庭的なイメージがあったんだけどな」
「そう、なんですか?あたし、料理なんて全然……家事だってそんなにした事無いし……」
「けど、メイド喫茶ではあんなに様になってたから」
「あ、あそこはもう辞めました!クエストだったんですから!」
「そうなの?この前あの店でメイド服のシリカを見た気が……」
「わあああぁあ!なんで知ってるんですか!? も、もう、早く食べて下さい!」
「あ、ああうん、ゴメン。いただきます」
顔を真っ赤にしてブンブンと両手を振って、強引に話を逸らすシリカ。促された肉じゃがへと、アキトは箸を伸ばし、口に入れた。
不味い事でも言ってしまったのだろうかと困惑しながらも肉とジャガイモを噛み締める。
「……ん……うん、美味しい。肉じゃが久しぶりに食べたけど、やっぱり好きだな」
「ほ、本当ですか?」
「うん。家庭的な……懐かしい味がする」
「そんな……大袈裟ですよ」
「そんな事無い」
そう、即答していた。
目の前の肉じゃがを見て、アキトは目を細める。現実世界で、今の家庭で食べた料理の中にあった肉じゃがを思い出していた。あの時は、特に何も考えず食べていたのだが、改めて料理と向き合うと、ただただ美味しかった。
現実世界へ帰りたい、そう思わせてくれる味。
(……思えば、あの人達にはかなり酷い態度を取ってたような気がするや……)
「……アキト、さん?」
「あ……本当に美味しいよ、シリカ。ありがとね」
「は、はい……?」
アキトのその物憂げな表情に、シリカは困惑しながらもそう返事した。そんな中、ピナがアキトを見て何を思ったのか、シリカから離れ、アキトの肩の上に乗り出した。
そうして、頬擦りするピナに、アキトは目を見開く。心配してくれてるのだろうか。そう思うと、何だか嬉しかった。
「あ……はは。ピナ、君も食べる?君の主人が作ってくれた肉じゃがだよ」
「きゅるるぅ♪」
「シリカ、ピナに食べさせても?」
「勿論です。こう見えてピナ、結構なんでも食べるんですよ?……最近は、鉱石なんかも……」
「ああ……そう言えば言ってたね……」
顔を見合わせ、互いに苦笑する。すぐ傍で肉じゃがにありつくピナの姿に可愛らしさを感じつつ、再び左右のクラインとエギルを見る。
「……」
「……」
……見なかった事にしよう。
良い大人の例だったはずの二人が、凡そ目の前に欲しいものをお預けにされた子どもの様だった。
「はい、出来たわよ一応」
「っ……」
そんな二人に困った様に笑っていると、すぐ隣りからシノンの声が。見上げれば、お皿を両手で持ったシノンがこちらを見下ろしていた。しかし、その表情は曇っていて、アキトと自身の料理を何度も交互に見やっていた。
「……でも、幾らなんでも出来上がるのが早過ぎて……不安だわ……」
「何を作ったの?」
「ローストビーフよ。最低でも作るのに二時間はかかると思ってたんだけど……」
そう言ってテーブルに乗せられたローストビーフは、良い具合に脂身が乗っていてとても食欲をそそる。肉が扇状に重ねられて並べてあり、見た目も綺麗だ。
しかし、その出来上がった速度の所為でシノンは不安を拭えないようで、つられてアキトも自身の記憶を辿っていた。ローストビーフは普通なら確かに二時間以上かかるだろうが、ここはSAO。どんな料理もすぐに食べられるよう、調理工程も簡略化されている。
「SAOで料理すると現実より早いから驚くよね。俺も最初そうだった」
「そういえば、料理スキル持ってるんだっけ」
「一応ね、今じゃ全然使ってないけど。えと、食べても良いかな」
「どうぞ。口に合えば良いんだけど」
未だ不安が消えないのか、シノンは眉を顰めてこちらを見ている。そんなに見られるとアキトとしては正直食べ辛いのだが、クラインやエギルに今の今まで嫌という程見られているので、今更シノンの視線が加わったところでさしたる問題じゃ無い。
肉の一切れを、添えられたソースと共に口に入れる。口に入れた途端に感じるのは、肉につけたソースの風味。どうやら柑橘系の食材が混ぜられており、さっぱりした後味で肉ととても良く合っていた。
「っ……美味しい」
「そ、そう?」
「……俺、ローストビーフ好きなんだよ。これなら幾らでも食べられそう」
「褒め過ぎよ。美味しいのは食材の良さと、アスナが手伝ってくれたおかげ……って、聞いてる?」
シノンが頬を赤らめて説明するも、どうやらアキトの耳には届いていないようで、一心になってローストビーフを頬張っていた。シノンは目を丸くしてアキトを見る。
勢い良く料理を食べるアキトの姿を、初めて見たからだ。初めて会った時から、みんなと食事を取る事をしなかったアキト。クラインがS級食材を持って来た辺りからは、みんなから離れた位置からではあるが、同じタイミングで食事を取るようになっていた。だがそれでも、こんなに美味しそうに食べているのは初めて見て。
そして、そうさせているのが自分の作った料理なのだと理解すると────
「っ……そんなに、美味しいの?」
「うん。肉も美味しいけど……特にこのソース、かなり好み」
「っ……」
途端、シノンは自身の顔が熱くなるのを感じた。アキトが先程から褒めちぎっている柑橘系のソースは、シノンが考案して作ったものだった。審査員として人一倍肉料理を食べるアキトの負担にならないようにと、こってりしたソースよりもさっぱりしたソースを考えていたのだ。
それが功を奏したのか、何よりアキトが偶然ローストビーフが好きだったという事も相まって、シノンの料理はかなりの高評価だった。
特に一番を狙っていたつもりの無かったシノンだったが、彼女の優しさが翻ってアキトを満足させていたのだ。
────シノンは、かつて無い程に頬を朱に染めていた。
「あ……えと、気に入って貰えたなら、良かったかな」
「勿論だよ。ご馳走様」
屈託の無いアキトの笑み。シノンはそれを見て言葉に詰まり、思わず顔を逸らした。キョトンとするアキトの視線を背中に感じながら、シノンは小さく、口元を綻ばせていた。
「……」
「……」
「……あの、だから食べ辛いって……」
クラインとエギルの視線がそろそろ限界だった。エギルこそまだ大人の対応を見せつつあるが、視線が食いたいと言っていた。
クラインは以前自身の手に入れたS級食材をここにいるみんなに食べられている過去を持っている為、欲が顕著だった。
しかし、まだアスナ、ユイ、リーファ、ストレアの料理が残っており、二人が食べるにはまだ時間がかかる。
早く出来てくれ、と心の中で叫びながら、アキトは再びローストビーフを頬張った。
厨房にて
ストレア 「♪〜」ドバドバドバー!
アスナ 「……ストレアさん、何作ってるのかしら……」
リーファ 「さ、さぁ……けど、なんか色が……」