おかしい。
確かに連絡も夜遅くてタイミング的にはこちらに非があるのだが、それにしてもおかしい。
昨夜11時を過ぎてはいたものの、どうにかこうにか麦野達にやりくりしてもらって今日のオフを勝ち取ったので、昼前には戻ると鳴海にメールをしていた絹旗。
鳴海は基本的に夜更かしする人間ではないし、自分でも認めるレベルで朝にも弱い。
それでも自分からのメールならものの1分とかからずに必ず返信が来るのが当たり前だった。
それがどうしてよりによって今日、当たり前が崩れるのか。
言い知れぬ不安を抱きながら朝の10時を回ろうかという頃に鳴海の住むアパートまで辿り着いた絹旗は、ここまで来るまでに鳴海からの返信が来ることも期待していたが、その期待は裏切られることになりとうとう部屋のドアの前にまで到着。
「(これで呑気に寝てたら、殴るだけじゃ超済みませんね)」
ドアの鍵を開けながらそうした楽観視をしてからドアを静かに開けた絹旗ではあったが、開けた瞬間に中に誰もいないのを気配でわかってしまう。
絹旗が帰ってくる時にはいつも非の打ち所がないレベルで行き届いている掃除などが全くされた形跡がなく、上がってまず目に飛び込んできたダイニングテーブルにもわずかながら埃が積もっていて、少なく見積もっても3、4日ほどは掃除がされていない。
そのダイニングテーブルには置き手紙と一緒に何やら包装された何かが置いてあったが、いちおう部屋内の全部を確認するのを優先してやはり鳴海がいないことを現実として受け止める。
まぁ自分勝手にやってきた自分が鳴海の勝手をどうこう言う権利などないのだし、こうして心配してしまうのもいつも鳴海が抱いていた感情かもしれないのだからおあいこにしよう。
とか考えながら再びダイニングテーブルの前にまで移動した絹旗は、そこにある置き手紙を手に取ってそれを読むが、頭の悪さに定評のある鳴海の文章は平仮名が大部分を占めていて内容がいまいち入ってこなかったが、無事に読み終えてから自分にと置かれていたプレゼントを手に取る。
手紙には『気に入ってくれたら使ってくれ』とあったので、おそらくは日常で使える物が入っているのだろうと予想してなるべく丁寧に包装を解いて中身を取り出した絹旗は、それを広げてから少しだけ目を輝かせて洗面室に移動。
入っていたプレゼントはふわふわニットのワンピース。
もうすぐ夏も終わるし秋冬モノもそろそろ買い揃えないとなと考えていたところにジャストな贈り物とあって、絹旗のテンションは若干上がってる中で意気揚々とそれを着てみる。
肌触りも良くて気持ちいいし、何故か不思議なくらいにサイズもピッタリ丁度良く、丈など中身が見えそうで見えないギリギリのラインとあって称賛に値する。
正直に言って絹旗の好みど真ん中で非の打ち所がないワンピースだ。可能ならばこれを普段着になるべく生活してもいいと思える。
「でも何でこんなにも超ジャストサイズの物が用意できたのでしょうか……知らない内に超視姦されていたとしか思えませんね……」
鏡に映る自分を色んな角度で確認しながら、ついそうやって邪推してしまうが、そんな怪しい視線なら気付かないことはないのでここに置いてある服からサイズを拝借したのだと自己完結させて、まだ外で着るには早いので元着てた服に着替えて軽い足取りで戻ると、ダイニングテーブルに放置した手紙が目に入って現実へと戻ってくる。
「……出来れば鳴海さんから直接、超受け取りたかったものですね……」
プレゼントのワンピースをテーブルに置きつつ、また手紙を手に取ってそんなことを呟いてしまった絹旗。
プレゼント自体に大した驚きを見せなかった絹旗だが、それにはちゃんとした理由があって、今日は絹旗と鳴海が初めて出会った日なのだ。
絹旗としては大した記念日でもないのだが、鳴海にとっては大切な日であろうことを察してわざわざ今日をオフにしたのだが、結果はこれである。
手紙にも本当なら直接渡せれば良かったとあり、片付けなきゃならない用事とやらがまだ片付いていないからこうして帰ってこられてないのもわかる。
それでもわがままを言うならば、無理してでもその用事とやらを終わらせて今日、当たり前の日常の中でこれをプレゼントしてほしかったと、ワンピースを見ながらに思った絹旗は、1度は取り出してしまったそれを丁寧に畳んでまた包装で包んで元に戻してしまう。
「(私はこれを超見ていません。手紙も読んでいませんし、ここにも超戻ってきていない)」
なるべく元あったように置き直して、今までのことをすっぱりと忘れた絹旗は、何事もなかったように部屋を出て鍵を閉め、今日行こうと思っていた映画を観にアパートをあとにする。
そのタイミングで近くを通りかかった女子大生2人組が絹旗を見て立ち止まり、それに気付いた絹旗もはてと立ち止まる。
「あなた、ナルちゃんが言ってた妹さんでしょ? 話の特徴と一致するからすぐわかっちゃったし、丁度良かったよぉ」
「妹では断じて超ありませんが、関係者であることは超認めます」
「最近ナルちゃんを見かけなくてどうしたのかなって思ってたんだけど、妹さんならナルちゃんがどこで何やってるか知ってるかなって」
鳴海がナルちゃんという聞き慣れないアダ名で呼ばれてることにはとりあえず触れないであげた絹旗は、どう話したのか自分のことを聞いた話から関係者と判断した女子大生2人が鳴海の姿を見かけていないからどうしたのかと尋ねられてしまい少し困る。
「……鳴海さんが今どこで何をやってるかは私にも超わかりませんが、私の知る鳴海さんは勝手に超いなくなるような無責任な人ではないので、待っていればひょっこりと姿を見せるかと」
迷った末に出た言葉は、きっと自分がそうであってほしいという願望。
別にいなくなったと言っても一時的なことで、絹旗がいるような暗部にいるなら心配くらいはするが、それとはもう縁遠い鳴海なら自らその道に行こうとはしないはず。
だったらたまにはこちらが待つのもいいじゃないか。
そんな開き直りにも取れる結論に至った絹旗は、自分の言葉を聞いて「だよねぇ」とか「ありがとう」とか言って大学に行ってしまった女子大生2人を見送ってから、自分も行こうとしていた映画館目指して歩き始める。
「(とりあえず、次に会った時には顔の原型をギリギリ超留めるくらいに殴っておきますか)」
結局のところ無駄骨に終わった時間がなんとなく許せなかった絹旗は、歩きながらにそら恐ろしいことを考えて、今から観る映画についてを考え始めてしまう。
夏も終わりに近付いたとはいえ、今日もまた肌を焼くような陽射しが照りつける中で、絹旗は自分の日常へと戻っていく。
もうすぐ夏も終わりかぁ。
この夏にやり残したことはないかなとかそんなことを考えながら才人工房にやって来た食蜂操祈。
基本的に泳げな……泳ぐ必要のない食蜂が自発的にプールなどの施設に行くこともないが、今年は水着を着てないなぁとかこのプロポーションになってからの一大イベントを逃した感は人並みに感じる。
別に見せつけたい相手も特にいないし、学校では指定のダサいスクール水着を強制されるので授業などは全部見学にさせてもらってる。
唯一の楽しみとして御坂美琴の自分のある部分を見る顔があるが、それだけのために泳げな……泳ぐ必要のないプールに入るなど徒労も良いところ。
はっ!
いつの間にか思考が水着関連に引っ張られ過ぎていることに気付いてバカらしくなった食蜂は、夏というワードも封印処理して才人工房のメインルームにまで来ると、ちょうど研究員の数人が談話をしていたので、また学園都市の闇が関わる話題でも入ってきたのかと何気なく耳を傾ける。
「聞いたか? 『絶対能力進化』計画の事……」
そこから飛び出した話の内容は、噂でしかなかった眉唾モノの絶対能力者を生み出す計画について。
自分もその領域に行けるのかはわからないが、その計画とやらが普通のアプローチで到達できるわけもないので、触りくらい内容は知ってもいいかと肩から提げるカバンからリモコンを取り出してピッ。話をする研究員を能力で操り内容を話させる。
「第3位のクローンを量産・投入して第1位の一方通行を絶対能力者に進化させようとしたものの、計画半ばにして頓挫した模様です」
やはり内容は非人道的で常軌を逸したもので、よくやるなと他人事のように思う食蜂だったが、御坂美琴のクローンという部分に胸のつっかえができて、過去に出会った少女の姿がダブる。
「それで造られたクローンはどうなるの?」
「さぁ? 処分されるのでは?」
さすがに外部の研究実験のこととあって、流出・拡散した情報も断片的なようで、生き残ったクローン『妹達』のその後まではわからなかったが、たとえクローンでもちゃんとした意思があり懸命に生きようとする。
それを知っているからこそ、本人の意思を無視して処分など受け入れがたい事実。
クローンの存在を知ってしまった。それはもう食蜂には無視できない事案となったのは間違いなく、どんな形であれその妹達がどうなったかを知らないと落ち着かなくなったので、許す限りの情報力を用いて調べると決意。
その決意を持って話を切り上げるため記憶の改竄をする手前、そういえばと口を開いた研究員が気になったので話を続けさせると、そこからまた思いもしない内容が飛び出す。
「計画の進行中に『侵入禁止』が一方通行と接触し、過去に破棄された別のアプローチで絶対能力者への進化を完了しようとしたとか」
侵入禁止とは、関わりがなければ絶対に誰かわからない彼の能力名ではあるが、生憎とこの才人工房は過去にお世話になった人物ということで知らない研究員はいないし、食蜂も当然すぐにわかる。
「ただ、そのアプローチは失敗して計画にも支障が出ない範疇だったので内々で事後処理を進めてなかったことにされたようですね」
「……それで、侵入禁止の方はどうなったのかしら?」
「それも妹達と同様で不明ですが、アプローチ方法の最終到達段階に侵入禁止の殺害が含まれることから、もう生きていない可能性が高いかと」
涙が出そうになった。
おそらくはもうずいぶん泣くことなどしていない食蜂だったが、研究員の言葉を聞いて何か込み上げてくるのを感じて、しかしすぐにそれを引っ込めて押し殺す。
侵入禁止は言わずもがな奇妙な友人である鳴海のこと。
思えば数日前に彼の様子に違和感を覚えていた食蜂は、その話で妙に納得してしまう。
介入してきたということは、それは鳴海の意思で第1位に接触し別のアプローチ方法とやらを行なったことに他ならない。
結果など聞くまでもなく鳴海程度では学園都市最強に敵うわけもないので、自殺でもしに行ったのかと考える食蜂だったが、それはすぐに否定する。
何故なら鳴海はあの電話の時に『約束は守る』とハッキリ言ったのだ。
それはこれから死にに行く人間が言う台詞では決してないし、鳴海は自分に嘘をつかない。
だとすれば鳴海は何らかの方法で計画を中止させようと一方通行に挑み、倒す算段はあったのだと思うが、失敗し消息不明になっているのだと予想がつくわけだ。
「(生きて帰るつもりでいたんだろうけど、鳴海さんは頭悪いからその辺の細かい計算力が足りなかったのかしらねぇ)」
友人の消息不明に涙しそうになったのに、もう落ち着いてるのには自分でも驚くものの、研究員の記憶の改竄をしながらそんなことを冷静に考える。
「(まっ、殺しても死なないような人だしぃ、消息不明とかきな臭さ満載。生死の確認くらいはちゃんとしてもらいたいところだけどぉ)」
彼の能力でそうそう死ぬようなこともないのは理解者である食蜂がおそらく一番わかっているし、事後処理をしておいて生死の情報が出てこない辺りはやはり怪しいと勘ぐる。
学園都市には死んだことにしておいた方が都合の良い人間が少なからずいるし、暗部組織にそういった人物がいるだろうことも察してる食蜂だからこそこうした落ち着きがあるわけだが、別にそんな色々な理由がなくても食蜂が信じるものはシンプルなのだ。
「(まだ私との約束を果たしてないわけだし、勝手にいなくなってもらったら困るのよねぇ)」
約束。それを果たさずに鳴海が死ぬなんて有り得ない。これだけで十分すぎるほど食蜂は鳴海の生存を信じられる。
「(でもぉ、やっぱり一瞬でも心配させた分の利子力は上乗せしないとねぇ。鳴海さん、早くしないと延滞料で破産しちゃうわよんっ)」
だから食蜂はいつも通り、いつか来るその日を待ちわびてどうしてやろうかと笑顔で考える。
どうしようもなくバカで勝手気ままで人のことをおちょくる鳴海。
そんな鳴海のことをなんだかんだで好きな食蜂は、つい気持ちが緩んでしまう鳴海のことを1度頭から忘れて、先ほどの妹達の件に切り替えてあれこれと動き出す。
もうあの子のような……ドリーのような悲劇が起きていないことを祈りながら。