ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
――――今でも時々考えることがある。『あの時救われなかった私』は、一体どのような末路を辿ったのだろうか、と。
私の世界がまだ、あの温かくも冷たくもない、レモネードのような色をした液体で満たされている培養槽の中だけだった頃。私は、己が境遇について何ら疑問を抱いていなかった。栄養分の摂取も、排泄も、ただの呼吸さえも機械による補助がなければまともに出来もしないほど虚弱なこの肉体は、自ずと私自身から『考える』という選択肢すら奪っていたのではないか、と今では思う。
目覚めて直ぐにやって来る研究員の口頭質問に答えたら、何をするでもなくただただずぅっと浮いているだけ。私がしていたことといえば、本当にそれだけだった。いつ、何を切欠に何が狂ってころっと呆気なく肉体が
今は違う。今はそれをはっきり『嫌だ』と感じている。そう感じられる自分になれたことを喜ばしく思うし、そう感じられる自分にしてくれたお父様お母様たちには、例え千の夜を経ても語り尽くせぬ謝恩の情がある。
『
まず最初に立ち塞がったのは重力だった。お父様が下さった"
一度、仰向けで眠ってしまった時、舌が重力に従ってどんどん落ちてきて喉を塞ぎ
固形物を呑み込める筋力すらなかったので、食事は暫く液体か流動食だった。食器など扱えるはずもなく、全て手ずから食べさせてもらっていた。最初は何とも思っていなかったのに、何故かだんだんと恥ずかしくなってきて、早く自分で食べられるようになろう、と強く思った。
這って動けるようになり、起き上がれるようになり、立ち上がれるようになるまで、1年の月日を要した。何か1つでも自力で出来るようになると、お父様たちもお母様もそれはそれは盛大にお祝いしてくれた。『写真を撮ろう』『今日は御馳走だ』『何か欲しい物は』と、ひょっとすると私よりも喜んでいるようでとても照れ臭かったけれど、同じくらい、いや、それ以上に嬉しくて、つい嬉し涙をこぼしてしまうこともしょっちゅうあった。
私の食器は全て『落としてしまってもいいように』とプラスチック製のものだったので、初めて尋ねられた時、私は『陶器製の自分の食器が欲しい』とねだった。お父様は直ぐに、いつも研究室への物資を運んで下さっている密輸業者の島倉さんに「女の子の食器って取り扱いある?」と電話をし出して、お母様には思い切り抱きしめて頬ずりされた。後日、島倉さんが無事に納めてくれた桜色のご飯茶碗とお椀に『オマケだ』と一緒に添えられていた竹製の箸はとても軽くて、早速毎日の練習に使うことにしたし、その日から食事を終えて食器棚の中に皆のと同じ場所に自分の食器をしまえることが嬉しくて、洗い物がより一層楽しくなった。
私が日常生活をある程度支障なく送れるようになった頃、お父様は本格的に現代の地球文化を学ぶべく『地球人 Alister Kadenson』として欧州の地に向かった。それから毎晩電話もしてくれたし、定期的に直筆の手紙も島倉さんに持たせてくれていたけれど、やはり直に会えない寂寥感は拭い切れなくて落ち込んでいたところを、もう1人のお父様に「だったら次に帰ってきた時に手料理でも作って喜ばせてあげればいいッスよ」と勧められて、料理の勉強を始めた。
まともな料理を作れるようになるまでは驚天動地の道程だった。お父様は、1人は基本的に外食で済ませてしまうし、もう1人はそもそも食事を必要としない。お母様はお母様で研究に没頭し始めると1食2食抜きなんて珍しくもないし、最低限の栄養が摂れていればいい、という人だ。そして私は、精々が『素材そのままにほんのり塩やお出汁の味』な流動食くらいしか食べたことがない。圧倒的に不足していた経験値を補うのに、それはそれは色々と試したものである。激甘オムレツ、半生トンカツ、塩辛カレー。我ながらとんでもない代物を練成したものだと、未だに忸怩たる思いは拭い切れない。失敗する度に『今度はガンバローバンガローコンニャロメーッ!!』なんて言いながらも全部残さず食べきってくれたお母様と、『恐らくこの段階で味付けや分量を間違えたッスね』と事細かに分析してくれたお父様の協力のお陰で、半年も経った頃には卵焼きは焦がさなくなったし、お味噌汁に入れるお味噌の丁度良い加減も目分量で何となく判るようになっていた。その頃にお母様がご自身の愛用している1着を元に仕立て直して下さったのが、今も愛用している水色のエプロンドレスである。
とめどなく溢れ出てくるほど沢山の大切な思い出が、今の私にはある。初めはぎこちない
だからこそ、なんだろうと思う。喉の奥にずっと引っかかっていて、飲み込むことも出来ずにずっとちくちくとした痛みを与え続けていた
殆どの個体が私と同様、あるいはそれ以上の
「りょ~か~いッ!! 他ならぬくーちゃんの頼みだッ!! お母さんにズガドーンッと任せなさ~いッ!!」
お母様は、それこそあっという間にその個体の名前も、所属も、今どこで何をしているかまでも特定してしまった。そして、渡されたラウラ・ボーデヴィッヒの写真を見た瞬間に『彼女だ』と確信した。何しろ自分と瓜二つなのだ。同じ遺伝子で量産される予定だったのだから似ていても何らおかしくはないが、
彼女が無事に生きているのならいい。自分たちの『目的』が揺るがない限り、いつか会うこともあるだろう。そう思っていた。まさかこんなにも早くその機会が訪れるとは思っていなかったけれど、向こうから接触がない限りは『過去』について深くは触れるまい、とも決めていた。特に近年の露出を見ていると、表情にどんどん
けれど、まさか。
「――――我々はひょっとして、姉妹だったりするのだろうか」
彼女の方から、まさかこんな場所で、とは、流石に予想外だった。
話しかけてきたのは、私たちが水着を選び始めて暫く経った頃。丁度良いサイズを効率よく探すべく、お互いの身長や3サイズについて教え合った直後だった。
「なんと。顔だけでなく、ここまでまるで同じとは」
「偶然、ですね」
勿論、偶然の筈はない。そして、それから互いに水着を選び始めた、と、思っていたのだけれど。
「…………」
カチャカチャと水着を掻き分けたりしながら、彼女はずぅっと横目で私の観察をしていた。常人の感覚は私には解らないが、視線に関しては誰よりずっと敏感である自負がある。一般人であれば気付かなかっただろう
そして、それで何かを確信したのか、とうとう決意を固めたような真面目な表情で、そう話しかけてきたのだ。
「不躾な物言いになるが許して欲しい。私は職業柄、物事を判断する時に『偶然』という選択肢はまず除外している。加えて、私は所謂『普通の生まれ』ではない。そんな私とこれだけ合致している貴女もまた、『普通』とは言い難い出自だと、思うのだが」
成程。これだけ落ち着いて話せるのだから、やはり彼女にとっても『過去』は大したものではないのだろう。で、あるならば。
「腰を下ろして話しませんか。丁度、隣は靴の売場です。試し履き用の椅子がありますし」
「解った」
連れ立って場を移す。店員さんは『真面目な話をする』と雰囲気を感じ取ってくれたのだろう、「何かあったらお声掛けください」と凰さんたちの方へと戻っていった。本当に教育の行き届いた店舗である。私も今後、贔屓にさせてもらおうかな、と思うくらいに。
丁度、背凭れ付きの椅子が2つ並んでいたので、ゆっくりと腰を下ろす。
「…………」
「…………」
互いにどう切り出したものか判らなくて、沈黙が続く。それに連れて、周囲の喧騒が徐々に遠ざかっていくような錯覚があった。
(―――うん)
ここで黙っているのは、卑怯だ。お父様ならきっとこう言う。
「こういうのは先手必勝、畳みかけろ、ですよね」
「?」
きょとん、と呆けたような表情になる彼女を見て、くすりと笑ってしまう。そして、早速切り出すことにした。
「そうです。私は、あなたの姉にあたります」
「……やはり、か。私以外の被検体は、全て処分されたと聞かされていたんだが」
「廃棄品の有効利用、というやつです。私はIS適正が高かったので、
「
「その程度の価値は、あったのでしょう」
「ではやはり、カデンソン氏を『父』と呼んでいるのは、実父という訳ではなく」
「その施設から私を救って下さったのがお父様です。『Strafe』と言えば、解りますか?」
「ッ。まさか、
「御存知でしたか」
「“
「お気になさらず。そもそも私はあの時、『生きている』とは言えませんでしたから」
「……そうか。あなたも」
「えぇ。私も」
「そう、か。そうだな。今のあなたを見ていれば、氏にどれほどの愛情を注がれているのか、よく解る」
「そうでしょうとも」
思わず自慢げにふんす、とちょっぴり荒く鼻息を吹いてしまう。それを見て彼女はようやく、ゆっくりと緊張を解いた。
「私にも覚えがある。家族とは、血の繋がりがなくとも、得られるものだと」
「えぇ。本当に、そう思います」
「……他の被検体が生き残っている可能性は」
「私のような例が他にない、とは言い切れませんが、限りなく
「そうか。では姉様だけ、か」
「姉様?」
「そうなのだろう?」
きょとん、とした表情で問い返してくる彼女に、少々呆けてしまう。
「敬語を使った方が良いだろうか」
「いえ、それは流石にちょっと」
「では、姉様、とだけ」
「え、えぇ……?」
あぁ、久し振りに混乱というものを味わっている。とことんこちらの予想の遥か上を超えてくる人だ。全く言動が読めない。
「“
「あぁ、成程」
それはそうだろう。ISが台頭し女尊男卑の風潮が極めて強くなった昨今とはいえ、結局のところ“数”と“実績”が物を言う軍部においては、老獪極まる歴戦の古強者たちの方がまだまだ立場は盤石だ。
「それに、その、自分に、本物の姉がいる、というのが、思いの外嬉しくて、な。ダメ、だろうか」
わぁ。このタイミングで
「卑怯ですよぅ」
「む?」
「いいえ、何でも……いいですよ。ご自由にどうぞ」
「そ、そうかッ」
あぁもう、もじもじしながら嬉しそうにしちゃってまぁ。
「そろそろ戻りましょうか。あまり皆さんを待たせてしまってもいけませんし」
「む。そうだな姉様。早く水着を選んでしまおう」
そう言って立ち上がろうとすると、彼女が自然と私の方へと手を差し伸べてきた。手を引いてくれなくても、と一瞬思うが、彼女の柔らかな表情からして、そうではないのだろう。これはきっと、ただ単純に――――
「行きましょうか、ラウラさん」
「あぁ。……待てよ。ということは私もカデンソン氏を『父』と呼ぶ必要が?」
「ありません」
「ぬ? 何故だ姉様」
「絶対にダメです」
「何故なんだ姉様ッ!?」
――――手を繋ぎたかった、というだけなんだろうな。
どうも、3日連続更新なんて物書き初めた頃以来じゃね?と戦慄している作者のGeorge Gregoryです。マジでどうしたんだ俺。金欠になるとブーストかかるのか。そうなのか。じゃあこれから毎月ギリギリまで金使わないとダメか(ヤメロ)
大分駆け足になりましたが、この2人の関係の一先ずの着地点は最初からこうしようと決めていました。臨海学校までにこのイベントは済ませておきたかったしね……いえ、何でも、こっちの話です。御都合主義上等だよコノヤロー。俺ァ全員幸せにしてやるって決めてんだゴルァ( ゚Д゚)
その内、“黒兎隊”側の反応も書きたいところではありますが、どのタイミングで挟むのが丁度いいやら……とりあえずクラリッサさんには輸血の準備だけしておかないとですがね(ぁ
では、また近い内にお会い出来ることを願って。
いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。