ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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結局卑弥呼様来なかったけどはじめちゃん来てくれたからヨシ。
夜勤明けのコロッケそばが犯罪的に美味い季節になって参りました。


Lights Camera Action Ⅹ

 同刻。レゾナンス ショッピングモール街1階 吹き抜け通路。

 

「なぁ、まだ買うのか?」

「当たり前でしょ。絶好の機会がいつ来るかも判らないんだから、備えておかなきゃ」

「それにしたってお前、これは買いすぎだろォ」

 

 俺、五反田弾は目の前、自分をあごで使ってくれちゃっているお転婆極まりない我が妹、五反田蘭のピンと人差し指を立てての偉ぶった講釈に深い溜息を吐いてげんなりとした。

 

 今現在、俺の両手には大小様々な幾つもの紙袋が提げられている。中身は全て、我が妹君がご購入された服やら靴やら、である。1つ1つはそうでもないものの、流石にここまで集まると重量も当然だが、そろそろ両手の許容量(キャパ)を超えつつある。いい加減手押しカート辺りを持って来たいところなのだが、それは妹の『ダサいから嫌』という心無いたった一言によって切り捨てられた為、蔭ながら泣く泣く踏ん張り続けている。時間帯からしてそろそろ昼食(ランチ)の頃合だろうという希望的観測の下(頼むから後ちょっとだけもってくれよ、俺の両手……ッ!!)と少年漫画的な気合を頭の片隅で入れながら、次はどうするのかと聞いてみると。

 

「ん~……それじゃ、"Tear's Tiara(ティアティア)"寄ってからゴハンね」

「まだ増えんのかよォ」

「ほらっ、お兄。早く早くっ」

 

 こりゃあ明日は筋肉痛確定だな、と既に表面張力ギリギリな涙腺を必死に堪えつつ、後1軒付き合えば取り敢えず休めるのか、と仕方なく荷物を持ち直して、軽快にエスカレーターへと向かっていく妹の後を追う。仕方が無い。今日はとことん付き合ってやる、と約束した()()()のだから。

 

 ここのところ、蘭は以前にも増して勉学に励む様になった。

 

 元々全国模試でも上位に食い込んでいた成績は、徐々にだが更に伸び始め、運動だけでなく生徒会の仕事にもかなり精を出しているという。以前居間で(コイツ)がうんうん唸りながら向き合っていた紙束を、飲み物を取りに行った隙にチラッと覗き込んでみると、なんとISに関する論文、しかも英文だったので思わず「うっ」と顔を顰めてしまい、戻ってきた蘭に盛大に笑われてしまった。

 

「ちょっと、真剣に考えてみようと思ったの。それには、ちゃんと知らないといけないと思って、IS学園の過去問を先生に取り寄せて貰って、そしたら難しいのなんのって……」

 

 そうぼやきながら辞書片手に再び論文に向き合う蘭の顔は、すっかりと生意気盛りな少女のものではなくなっていて、仄かに寂寥感を覚えつつも、あの日真剣に説教してくれたカデンソンさんに感謝した。

 

 そして、今日はその息抜きに付き合わされている、という訳だ。休日らしく惰眠を貪っていたら今朝早くに問答無用で叩き起こされ、「何事か」と訊けば「今日は買い物に行くって約束したじゃない」と。そう言えば爺ちゃんの手伝いで疲労困憊の半分くらい寝てる状態の時にそんなことを言われた様な気がしなくもない、というだけなのだが、コイツがそう言うってことはそうなんだろう。十中八九、俺がそういう状態の時に狙って約束()()()()()とは思うのだけれど。妹なんて()()()()()()だ。

 

 という訳で、兄妹揃って2階の"Tear's Tiara《ティアティア》"に来た訳、なんだが。

 

「―――ん? あれは」

「お兄の変態」

「おい。いくら女性向けの店だからっつっても、俺が何を見つけたかも訊かずにノータイムで変態認定するんじゃねぇ。いや、あそこ、ホレ」

「? ……えっ」

 

 あごをしゃくるようにして示した方、店内の休憩スペースで何やらペットボトルの飲み物を飲んでいる()()()()()()()()()姿()に案の定、蘭は短く声を漏らした。気付かれない様にそぅっと近づき、手元を覗き込んで。

 

「相変わらず凍らせた麦茶かよ、変わってねぇなァ」

「ッ!? だ、弾ッ!?」

「よっ、一夏。偶然だな」

 

 まだ7割近くが氷のままの麦茶の入ったペットボトルを目一杯傾けてほんのちょっぴりでも落ちてこないか四苦八苦していたのは予想通り我が友、織斑さん家の一夏くんではないですか。

 

「お前がティアティアにいるなんて珍しいな。誰かの付き添いか?」

「あ、あぁ。鈴たちの水着選びに、な」

「お? 何、じゃあ今アイツいんの?」

「その内来ると思うぞ。ってか、弾も凄い荷物だな、それ」

「おぅ。ウチのお転婆姫様の荷物持ちよ。明日は地獄確定よな」

「体育でもあるのか?」

「それもあるんだが、俺、最近厨房で鍋振ったりとかしちゃったりしてるのよね」

「え。巌さん、とうとうお前に厨房任せる様になったのか?」

「まさか。閉店後に練習さしてもらってんだよ。お陰でここんとこ晩メシは毎日、出来損ないの野菜炒めばっかだ」

 

 シャキシャキと歯ごたえの良い野菜炒めのコツは『具材のサイズを揃える』『炒める火力と順番の遵守』『調味は最後に』と、言葉にすれば簡単なようで、いざ実行に移すとこれがなかなかに難しい。加えてウチは定食屋で、『いつでも同じ味』を求められている。こればかりは経験を積むしか無く、そして中華鍋は最小のサイズでも1キロはある。片手でそれを振りながら、おたまを駆使してその全ての工程をひたすら繰り返せば嫌でも腕は震えてくるし、終わる頃には疲労困憊(へとへと)にもなるというものである。

 

「『業火野菜炒め』なんて名前の割に、弱火でじっくりやる工程の方がずっと多いんだよ、ウチの看板メニュー。道理で爺ちゃんの腕が丸太みてぇな訳だよ」

「へぇ。今度食わしてくれよ、お前の野菜炒め」

「おぅ。……というか、蘭、お前いつまで固まってんだよ。挨拶くらいしろって」

「え、あ、えっと、お久しぶり、です、一夏さん」

「おぅ、蘭ちゃん。元気してたか?」

「は、はい」

 

 ったく。どうしてこうも一夏を前にすると縮こまってしまうのか。本人は『お淑やかじゃないから』とか言ってた気もするが、いい加減この朴念仁相手にはガンガン行かなきゃダメだと解っているだろうに。

 

 まぁ、蘭が固まってしまう理由も解らなくもない。一夏、コイツのファッションは性格もあって基本的に過度な装飾を嫌い、色合いもシンプルに纏めることが多い。それこそ今日の白いポロシャツに濃紺のデニムのように。こういったコーディネートは本人のスタイルの良さが如実に現れるのだ。ましてや元々下手なモデルよりも均整の取れていた体型だったというのに一夏(コイツ)、以前会った時よりもグッと引き締まった筋肉質な二の腕をしている。顔の輪郭も端正になって、少し凛々しくなった気もする。早い話、男の俺から見たって「おっ?」と思うレベルでカッコ良くなってやがるのだ。

 

 この野郎身長まで伸びてんじゃね? と数少ない自分が一夏(コイツ)に勝っている部分まで危うくなってきた可能性に心中で冷や汗をかきつつ、『3日で刮目』なんだから一ヶ月と少しもあればこれくらいの変化をしてもある意味当然か、などと考えながら、しどろもどろながらも懸命に何か話題を振ろうとしている我が妹を後ろから見守っていると。

 

「い、一夏ァッ!! お、お前は、この2つならどちらが好みだァッ!?」

 

 その娘は嵐のように唐突に現れた。ギュッと力強く両眼を瞑ったまま、右手の大分際どい表面積な赤いビキニと、左手の可愛らしい水玉模様の青いビキニを突き出して、店内どころか表の渡り廊下を行き交う連中にまで聞こえてるんじゃないかってくらいの大声と共に。

 

 野郎の(さが)か、やはり真っ先に目がいってしまうのはノースリーブのブラウスをパッツパツになる寸前まで膨らませている、実に豊かな母性の象徴。白、というのもあってちょっと頑張れば()()が透けて見えそうだと思わせるのがとても良い。ってか目を凝らしても見えないってことは()()も白か。なんてけしからん(すばらしい)のだ。

 

 スタイルも相当に良いし、綺麗な烏羽色の髪をシンプルにリボンでポニーテールに纏めたのがサラサラと艶やかに揺れている。さぞ指通りのいいことだろう。どんなシャンプーを使っているのか、同じ長髪仲間としてちょっと聞いてみたい気もする。これが結構手入れが大変だったりするのだ。

 

「そう、だな。俺は、右手(こっち)の赤い方が、似合うと思うぞ」

「そ、そうか。よ、よし、解っ―――ぬぁッ!? い、一夏、この2人はッ!?」

「どーも、初めまして。中学から一夏のダチやってます、五反田弾と言います。んでこっちが妹の……蘭? ら~ん? 大丈夫か~?」

「ボン……キュッ……ボン……」

「あぁ~、ダメだこりゃ」

 

 と、呆気に取られている俺たちにようやく気付いた彼女が、慌てふためきながら見せつけていた水着を背後に隠しつつした質問に若干棒読み気味に答え、ついでに蘭も紹介しようとして、妹が自分と彼女を見比べて()()()()()()に絶望していることに気付く。こりゃ暫く戻ってこないな。

 

「弾。こっち、俺の幼馴染で、篠ノ之箒ってんだ。ほら、前に話したろ? 通ってた剣術道場の娘さん」

「あぁ~、この娘があの……ん? ってことは、ちょっと前までのルームメイトって」

「おぅ、そうだな」

「マジかよ。お前こんな美人と同棲してて何もしなかった訳?」

「び、びじッ!?」

「同棲じゃないって。ルームメイトだ、ルームメイト」

 

 こんなTHE大和撫子の()()()前にして本当に何もしなかったのかこの男。彼女どう見たってお前に()()()じゃねぇかよ。あ~あ~、解り易く顔を真っ赤にしちゃってまぁ。本当に不能(イ○ポ)衆道(ホ○)なのではなかろうかこの唐変木。

 

 そんな風に、相変わらずの鈍感振りに呆れていると。

 

「一夏~? これもいいんじゃないかな~って思ったんだけどアンタはどう―――って、あら? 五反田兄妹(きょうだい)じゃない。何してんのよこんなとこで」

「うぉ。出たなツインテ豆タンク」

「誰が豆粒ドチビよゴルァッ!?」

「言ってねぇよォッ!? ったく、お前も変わんねぇなァ鈴」

「アンタもね~、弾」

 

 丁度そこに、オレンジのチェック柄をしたタンキニを引っ提げて、また見慣れた顔がやってきた。相変わらず()()()()()でちょこちょこ動くトレードマークの栗色ツインテールと、キレた時の無駄にドスの利いた声。そして二カッと笑いで見える八重歯と、流れる様なピシガシグッグッ(いつもの)

 

「で、アンタが"Tear's Tiara(ここ)"で何を―――って、あぁ、蘭の荷物持ちね。ごくろーさん。オニーチャンは大変だ」

「おぅ、大変ですのことよ。もう腕がパンパンでな」

「そういう時は、持ち手と手の間に100円玉とか挟んでやると、接地面が広がって手が疲れにくくなるぞ?」

「いや、今そういうOver-Chang(おばあちゃん)の知恵袋的なのは求めてねぇんだわ一夏よ」

 

 あぁ、久し振りの感覚だ。まるで中学の、同じ教室で寄り合って無駄な話に花を咲かせていたあの頃に戻ったような錯覚。ここに数馬がいないことが惜しくてならない。まぁ、どうせ今日は呼んでも来なかっただろうが。何でも今日は噂のレースゲーム"Desert Rider"の試遊会なんだそうで、早朝からその会場前の行列に並んでいるらしい。

 

「いやしかしお前、両手に花かよ。羨ましい限りだなぁ一夏ァ?」

「あのなぁ、前にも言ったけど、女の中に男1人ってのは」

「大変、なんだろ? 解ってるって。俺だって毎日家で蘭の相手してんだ。それに四六時中囲まれるとか、想像しただけでもゾッとする」

 

 ()()()()()はこうして、対岸から茶化すくらいが丁度良いのだ。

 

 蘭が同じ中学に入ってきた年から、同級生に「蘭ちゃんみたいな可愛い娘に毎日起こされてるとか羨ましい」なんて言ってくる輩が何人もいた。そりゃそうだ。家でだってずっと()()()()()だってんなら、俺だってそれに同意するとも。けどなァ、実際には連中が想像しているような『控えめなノックと耳元での優しい囁きで起こしてくれる』なんて甘ったるいシチュエーションは絶対に有り得ない。スパァンと障子を勢いよく開け放ち、布団を引っぺがされ、終いにゃ背中や腹を踏んづけたり蹴っとばしたり、実際は()()()()()なのだけれど、俺だって健全な男の子なので、悲しいかな、夢を見てしまう側の気持ちも解らなくもない。故に、一夏の境遇には羨望もするし、同じくらい同情もしている。()()()()()()()じゃねぇか、と思う反面で、さぞ肩身の狭いことだろう、とも思うのだ。

 

 ならばせめて、こうして茶化すくらいはしてやろうじゃあないか。そう、思っていたのだけれど。

 

「ほぅ、一夏(アイン)の旧友とな? では私も挨拶せねばなるまいッ!!」

「……はい?」

「ドイツ連邦軍所属IS特殊部隊"黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)"隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少佐だ。以後、宜しく頼む」

 

 ふと聞こえた勇ましい声に振り向いた先にまず見つけたのは、随分と偉そうに腕組みをしているのに全くと言っていいほど威厳を感じさせない銀髪眼帯のお嬢ちゃんと。

 

「わ。初めまして。僕、シャルロット・デュノアって言います。フランスの代表候補生です」

「あ、はい、こりゃご丁寧にどうも」

 

 初対面だってのにスルッと懐に入り込んで握手してくるボーイッシュな雰囲気の金髪美人と。

 

「お初にお目にかかります。私、クロエ・カデンソンと申します」

「こちらこs……は? カデンソン? え、ひょっとしてカデンソンさんの」

「はい。娘です」

 

 粛々と、そして深々とお辞儀をする、なんとも浮世離れしたゴスロリドレスの銀髪お嬢ちゃん。しかもめっちゃ知ってる名字のおまけつき。

 

「え、一夏、お前、これ全員お前の連れ?」

「おぅ、そうだけど」

 

 この3連コンボだけでも大概だったというのに、だ。

 

「アラ、一夏さんの御友人の方なのですね? ようこそ、"Tear's Tiara"へ」

「ブッフォッ!?」

 

 ()()()に現れたその美女の衝撃(Impact)といったらなかった。

 

 艶やかな黄金の髪。青玉(サファイア)のように透き通った碧眼。文句なしの美人。だというのに、そんな彼女の美しい肢体を覆っている布面積の少ない事少ない事。

 

「ま、マジでいるんだ、スリングショットなんて着る人……」

「ちょ、セシリア、アンタ何よその格好ッ!?」

「あら、似合ってませんこと?」

「いや似合ってるけどッ!! 着こなしてることにビックリだけどッ!! それ以前に普通その格好で公共の場に出て来るッ!?」

「鈴さんも仰っていたではありませんか。(わたくし)、見られて困るような鍛え方はしてませんもの。栄養バランスを考えながら毎日の摂取カロリーを徹底的に計算・管理し、引き締めるべきは引き締め、残すべきは残す。磨き上げたこの肉体に、恥じ入る必要など一切皆無ッ、ですわッ!!」

「そうじゃなくて良識と羞恥心を持てって話ッ、ってだぁッ!! こっちに背中を見せるなッ!! ただでさえ表面積少ないのに背中側なんて殆ど紐じゃないのよッ!! 野郎どもはあっち向いてなさいッ!!」

「「は、はいッ!!」」

 

 鈴の全力のツッコミに同意しながら、一夏と揃って身体ごと明後日の方を向く。本当に『V』の字をした真っ白な布きれだけだった。しっかり()()()程度の太さこそあったものの、両の腰と首元には紐を繋ぐ金のリングがあったのだけは、ぼんやりと網膜に残像として残っている。

 

「着替えてッ、来なさいッ!! ってかアンタッ、そんなの臨海学校で着る積りな訳ッ!?」

「あぁいえ、これは今度のグラビアで撮影する水着ですの。寸法を確かめるのに試着してみて欲しいとのことでしたので。臨海学校のは、もう既に別のを用意済みですわ」

「……ちょっとそっちも確認させなさい。アンタのセンス、やっぱぶっ飛び過ぎてて信用出来ないから」

 

 マジか、出たら絶対買おう、と心に固く誓いながら、鈴にあのスリングショット美女(名前訊き忘れたな)が店の奥の方へ押しやられていくのを待つ。そして、流石にあれを見て焦ったり顔を赤くする程度には良識と羞恥心は持ち合わせていたらしい()()()にじとっとした視線を向けながら。

 

「やっぱりお前、一発殴らせろ」

「なんでさッ!?」

 

 なんでもクソもあるか、と畳みかけようとした、その時だった。

 

「――――ッ!!」

「あ、オイッ、蘭ッ!?」

 

 ずっと黙りこくっていた妹が、唐突にどこかへと走り出して行ったのは。

 

 

 

 

――――やってやれないことはない。

 

 嘗ての私は、そう強く信じていた。確固たる意志を持って最後まで貫き通せば、どんなことだって必ず成し遂げられる。それが正しい、間違っていない事なら尚更だ、と。だから、()()に最初に気付いた時も、全く気にしていなかった。

 

「明日から髪を黒に染め直して来なさい」

 

 通っていた小学校の指導教員が年配の新しい先生になって暫く経ったある日。校門に立っていたその先生は、呼び止めた私の髪を見て、そう言った。それまで注意なんてされたことはなかったし、そもそも自分の髪の色に疑問なんて抱いたこともなかった。ただただ、お母さんと同じ、真っ赤で綺麗な色だと喜んでいたし、自慢や誇りのようなものでもあった。だから先生には堂々と「これは地毛です」と言ったし、翌日にはちゃんとそれを説明する為に小さい頃の写真を持って行ったりもしたし、その時には友だちだった皆も私を応援してくれていた。

 

 けれど。

 

「五反田さんさァ、それ、私たちへの()()()()ェ?」

「生意気なんですけど」

 

 最初にそう言い出したのは、他の子たちより早くおしゃれなんかに目覚めて、爪を塗ったり髪を染めたりしては指導を受けていた女子のグループの誰かだったと思う。曰く『地毛じゃないでしょ』『どうしてあなたは見逃されてるの』と。そこから何か大きな事件や()()()()があった訳じゃない。ただ、一粒一粒降り積もっていく砂の重みが、緩やかにその天秤を傾けていったのだと思う。友だちは段々とよそよそしくなっていって、1人、また1人と離れて行き、気付いた頃には味方になってくれるクラスメートは誰もいなかった。体育の度に2人1組の柔軟は先生としたし、何かの活動で班を作っても私は当たり前の様に()()()()()扱いをされた。

 

 辛くなかった、と言えば嘘だ。でも、私は絶対に屈しなかった。だって、私は何ら校則に反したこともしていなければ、誰かに迷惑をかけた訳でも、傷つけた訳でもない。ただ生まれもったままの姿でいただけなのだから。

 

 でも、そんな私の有り様(スタンス)が癇に障ったのだろう。ある日の帰り道、私は待ち伏せをされて、複数人の男子に袋叩きにされた。誰の差し金かは、説明の必要はないと思う。腕っ節にはそれなりに自信があったので痕が残る様な傷は負わなかったし、むしろ殆ど返り討ちにしたのだけれど、その後でもみ合っている内に鷲掴みされて抜け落ちてしまった髪や、水たまりに映った泥や埃に塗れて()()()()()()の自分の姿を見て、途方もなく悲しくなったことは、未だに忘れられない。

 

 公園の遊具に隠れて、もう枯れたんじゃないかってくらいまでわんわんと泣いて、家に帰ったら直ぐにお風呂に入って全部流してしまおうとしたのだけれど、そこでもまたちょっぴり泣いてしまった。その日の晩ご飯には私の好きなものしか出てこなかったから、お母さんにはバレていたんだと思う。そしてその次の日の学校で、バレていたのはお母さんだけじゃなかったんだ、とも。その時何があったかは、まぁ、何となく察して欲しい。その日以来、お兄はやたらと目立つように振る舞い、あれだけ伸ばすのを鬱陶しがっていつも坊主にしていた髪も全然切らなくなった。

 

 兎に角、この1件で、私は子ども心に『必ずしも正しいことだけがまかり通る訳じゃない』『何かを貫き通すにはそれに相応しい力が必要だ』ということを学んだ。だからいい成績を取ったり、愛想を良くしたり、内申点の為に生徒会に入ったりして、生徒にも教師にも着実に味方を増やしていった。高学年に上がった頃には、私と彼女たちの立場はすっかりと逆転していて、実際にはやらなかったけれど、心の中では「ざまあみろ」と思いっきり中指を立てて叫んでいた。

 

 そんな頃だった。お兄が一夏さんを家に連れて来たのは。

 

 その日、お兄は何の連絡もないまま暗くなっても全然帰ってこなくて、お母さんは「警察に連絡するべきか」と電話の前でずっとおろおろとしていたし、お爺ちゃんなんて「帰ってきたら1発ぶん殴ってやる」と額に青筋を立てて激怒していた。かく言う私も流石に心配で何度も携帯に着信やメールをしたけれど、全く反応がなくて気が気じゃなかった。

 

 なので、悪びれもせずしれっと帰って来たお兄に思い切りビンタしてしまったのは仕方のないことだし、その隣にいた一夏さんを()()()()()()だと思って思い切り説教してしまったのも、仕方のない事、だと、思いたい。「もうウチのお兄に関わらないで下さいッ!!」なんて啖呵を切ってしまったことは、今となってはこの上ない黒歴史である。

 

 そんな自分たちに、一夏さんは一つ一つ順を追って、丁寧に説明してくれた。発端は家族を馬鹿にされて自分が買った喧嘩であること。そこにお兄が自分から加勢してくれて嬉しかったこと。良ければこれからも仲良くさせて欲しいということ。その説明が終わった頃には、お母さんどころかお爺ちゃんまでも一夏さんの人柄を気に入って「こちらこそ宜しくお願いします」なんて話にまでなっていて。

 

 

「本当にお母さんからの遺伝なんだな。うん、やっぱすげぇ綺麗な髪してるな」

 

 

 我ながら、単純な理由だと思う。けれど、泣きたくなるくらいに嬉しかったんだから、仕方のないことだと思うのだ。

 

 そしてその後、そんなすっかり治りかけていた()()()()を他ならぬお兄が()()()()()()()()()()()()()ことを知って更にビンタをかましてしまったことも、仕方のないことだと思うのだ。

 

 

 

 現在。レゾナンス東館ショッピングモール街 南東側階段。

 

「うぅ……」

 

 "Tear's Tiara"から逃げるようにやってきたこの階段の端っこで、私は膝を抱えて蹲っていた。最近ずっと頑張っていた自分への御褒美、と勉強の傍ら家の手伝いでコツコツと貯めていたお小遣いをパーッと全て使い切る積りでいたのに、すっかりとそんな気分ではなくなっていた。

 

()()()()、勝てっこないってェ……」

 

 なんなんだ、あのスタイル抜群の幼馴染は。現役の軍人、それも少佐ってどういう事だ。『デュノア』だけでもえげつないのに、あのカデンソンさんの娘さんだって? 最後のあの人、セシリア・オルコットなんて、"Tear's Tiara"専属モデルにして本物の貴族のお嬢様じゃないか。

 

 認めるのは癪だけれど、本当に、本当に癪だけれど、鈴さんだけでも昔から強力な恋敵(ライバル)だったというのに、いつの間にあんなに凄まじすぎる人たちが集まっていたというのだ。

 

 そりゃあ、まだ自分が本腰を入れて頑張り始めてからほんの2ヶ月も経っていないし、そのずぅっと前からあの人たちは努力し続けて、その成果として狭い門を潜り、少ない椅子を勝ち取ってあそこに立っているのだということは解る。私がそれに追い付こうと思ったなら、並々ならぬ努力が、最低でも()()()()()()()()()()が必要なのだということも、解っている。

 

 明確に『目標』として定めて調べ、学んだからこそ、あの日、ただの嫉妬に駆られて「学園へ行く」とのたまった自分がどれほど軽薄だったかを理解した。少なからず調子に乗っていた、と言わざるを得ない。

 

 ヒトにはどうしたって性能(才能)差がある。私は精々、足漕ぎ(ペダル)式が()()()()だ。普通の人よりは早く走れるし、飛べる。その程度の自信はある。けれど、あの人たちはきっと、根本からして違う。スイッチ1つでガンガンエンジンを廻すモンスターマシン。漕がずとも悠々と風に乗り舞い上がってしまえる滑空機(グライダー)。あの人たちは()()()()()だ。()()()()に私が追い付こうと思ったなら、漕ぐのを止めてはいけないのだ。漕ぐのをちょっとでも止めれば堕ちてしまう、他に労力を割けば堕ちずともズルズルと高度は落ちてしまう。

 

 そんな私に、きっと『呑気にお買い物(こんなきゅうじつ)』なんて、許されていいはずが無い。そんな風に思った。思ってしまった。

 

「もう、帰りたい」

 

 それは、誰に言った訳でもない、本当にただの弱音だった。何なら誰にも聞いて欲しくないものだった。この世で唯一、たった1人、聞ける人がいるとしたら、それは――――

 

 

 

「――――あぁ~……()()()()ここかよ」

 

 

 

 あぁ、()()()()か。いっつも息を切らせたり、汗だくだったり、恰好悪いったらないくらいフラフラになりながら、でもいつだっていちばん最初に来るんだ、この人は。

 

「お前、昔っから何かと階段の一番下の隅っこで丸くなるもんな。落ち着くのかァ?」

「……うっさい、バカ」

「バカはこっちの台詞ですよ。ったくも~、お陰で美人だらけのランチタイム逃しちゃったじゃねぇか」

「行けば、良かったじゃん。お兄にこんな機会、二度と来ないよ」

「もっかい言うぞバカ。(お前)放っておいてゆっくりメシなんか食えるか」

 

 両手一杯の荷物と一緒に私の隣にドカッと腰を下ろし、シャツの襟をばたばたさせながらひぃふぅと乱れた呼吸(いき)を整える。そして、いつものように毒づかれたら。

 

「大体の察しはつくよ。敵わないかも、とか思ったんだろ?」

「…………」

「かもな。ありゃすげぇわ。ハーレムラブコメの主人公かっつーレベル。最早殺意しか沸かん」

「…………」

「でもよ。お前、諦められんの?」

「…………」

「あんなん見せられて尻込みすんのも解るけどよ、()()()()()()()()()()()()()()んですよ?」

「……知ってるわよ、そんなの」

「なら買えよ。全部買い占める積りで行けよ。足りなきゃ多少は貸してやる」

「万年金欠なお兄のお財布になんて、頼らないってば」

「あっそ、ならいいけど……まぁ、ゆっくり焦らずやれよ。『半端な火力で一気に炒めようとするくらいなら、弱火でじっくり炒めた方がずっと美味くなる』って言うだろ?」

「それ、お爺ちゃんの受け売りでしょ」

「うっせ。おら、昼メシ行くぞ。腹減った。何食う? 特別に俺が出してやらなくもない」

「……いつものとこのパンケーキ」

「おぅ、食え食え。アイスまでならトッピングも許す」

「2つがいい。バニラとモカ」

「ぐぬ。……まぁ、いいだろう」

 

 結局最後にはこうやって、私なんて塗り潰してしまうくらい目立って目立って仕様が無い、夕陽みたいに真っ赤で長い髪の棚引く無骨で大きな背中に、後ろからついていくことになるんだよな、なんて、私は思うのだった。

 

 

 

 

――――ちなみに昼食後、突然失礼してしまった謝罪も兼ねて再度"Tear's Tiara(ティアティア)"に顔を出したら『お嬢様からのサービスです』と今日限り社割価格でお買い物させてもらえて、奮い立った筈の心がまたちょっぴり折れかけてしまったのは、ここだけの話である。

 




 どうも、雪原に上陸して早速友人とダイマックス冒険したらいきなりテッカグヤ→カミツルギ→ディアルガと鋼タイプ3連続で引き当てて深夜に奇声を発した鋼タイプスキーな作者のGeorge Gregoryです。でもヘビーボールが圧倒的に足らんの……もうトーナメント周回もぼんぐりガチャも苦痛でしかないの……公式さんもうちょっと緩くして……あるいはもっと配布して……(切実)

 本作における五反田兄妹は、あくまで『IS世界における一般人枠』から逸脱することは、恐らく最後までありません。弾がISに乗れるようになるだとか、蘭が突然秘めた才能に覚醒するだとか、そういうことも一切考えておりません。ですが、活躍するシーンは用意してある、と断言だけはしておきます。何なら数馬にもあったりします。いつになるかは判りませんが、覚悟の準備だけはしておいてください(何

『実践 実践 また実践 挑戦 挑戦 また挑戦 修練 修練 また修練 やってやれないことはない やらずにできるわけがない 今やらずしていつできる わしがやらねば誰がやる』
 彫刻家・平櫛田中(1872-1979)

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。
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