ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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ひとのよに
うまれしころより
いくさみち

じょうじ ぐれごりぃ 心の俳句



Evasive Emotions Ⅳ

 篠ノ之束博士(Dr. T.Sinonono)。"Infinite Stratos"の生みの親。

 

 小学生時点で推定IQ200以上との認定を受け、中学生時点でMIT大学院生相当の試験成績を叩き出し、既にミレニアム懸賞問題を数問解いてしまっていて彼女の資金源はそれなのではないか、などという突飛極まりない噂が山ほど流れている、今や世界中で知らぬ者など存在しない世紀の大天才。

 

 政府の監視下にて467個のISコアを開発し終えた直後に行方を晦ませ、各国政府が血眼になって追っているものの、まるでその足取りや人脈が掴めないままだったと聞いていた。つい先日、"黒豹(せんせい)"の記者会見が放送される瞬間までは、だが。

 

 そんな、国際指名手配犯一歩手前、みたいな超重要人物であるハズの彼女が。

 

「自由落下ぁああああああああッ、ありがとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 などという訳の解らない台詞と共に、更衣室から浜辺へと向かっていた自分たちの前に、何の前触れもなく、どこからともなく垂直落下してきたのが、つい数秒前のこと。(一体どこから? どうやって? そもそも何の意味が? というか生身で砂塵や小石が盛大に舞い上がるほどの勢いで着地なんてしたら普通は無事じゃ済まないハズなのでは?)などと混乱する自分を他所(よそ)に、同じく呆気に取られていた自分の真横の箒さんへ、まるで獲物を狩る捕食者のような機敏さで襲いかかり。

 

「ほぅほぅ。これはまた、具体的には3cmくらいおっきくなりましたな。K(カップ)越えも射程圏内とは我が妹ながら実にけしからんな~♪ いっぱいおっぱいボクゲンキ~♪」

「な、何故そんな正確にッ、あっ、ちょ、も、揉まないで」

 

 そして、今に至る。

 

 いつも着ている、という噂通りのフリルがふんだんにあしらわれたエプロンドレスに、頭に着けているウサギの耳を模したような機械仕掛けの、カチューシャ? らしきものは、一体何だろうか。 どうも彼女の意思を読み取っているかのようにピコピコと動いているのだけれど。

 

「いやぁ~堪りませんなぁ~。おっぱいに貴賎なしとは言うけれど、やっぱ揉むなら“ある”に越したこたぁないし“あればあるだけいい”よねッ!! 慎ましやかなちっぱいをこそばゆ~いソフトタッチで愛でて反応見るのもそれはそれで最高に愉しいんだけど。デュフ♪」

 

 うわぁ、と。素直にドン引きである。努めて表情や声に出さないようにしただけ頑張ったと思って欲しい。

 

 頬も口元もだらしなく緩ませて鼻の下を伸ばしており、わきわきと怪しく蠢かせる十指でもって、実の妹のたわわな乳房を揉みしだいている。これが本当に()()篠ノ之束博士なのか。そう思ってしまうのは仕方のない事だと思いたい。

 

「相変わらずちゃあんと引き締まってんね~♪ 最近体重気にしてるみたいだけど、箒ちゃんお胸にこんなダイナマイツ抱えてんだから平均より重くてトーゼンな・ん・だ・ぞ? 下手にダイエットなんかするヒツヨーナーシッ!! むしろ縮むから絶対やめれ。全ズン類の損失ダァ」

「セ、セシ、リア、助、け」

 

 さて、いい加減限界だろう、さっきからずっと赤らんだ頬と涙目でこちらを見ている箒さんの為にも助け船を出さねばなるまい。そう自分に強く言い聞かせて、突然の事態に落ちてしまった肉体のブレーカーを上げ直し、彼女を引き剥がすべく距離を詰めて。

 

「あ、あの、流石にそろそr―――」

 

 

 

―――あ? 何だよお前。

 

 

 

 瞬間、死を覚悟した。

 

 錯覚、であるハズの刺激に産毛の1本に至るまでが残らず逆立ち、身体は芯まで急速に冷え切って、まるで真冬の海に突然放り込まれたかのような強烈な麻痺が全身を呑み込んでいる。蛇に睨まれた蛙、なんてものじゃあない。象と蟻のような、どうあっても抗いようのない、2つか3つばかし()()()()()()()()、あるいは()()()()()()()の機嫌を損ねてしまったような、そんな絶望的なまでの重圧。

 

『他者に対して徹底的なほどに無関心であり、常に冷たい態度で拒絶し突き放す病的なまでの厭人癖(ヒトギライ)

 

 確かに、学園に来るにあたって“もし接する機会があるのならば”と渡されたプロファイリング資料にそのような表記はあった。けれど、それはあくまで態度の範疇であって、会話や交渉次第で縮められる余地はあるのだろう、と思っていた。

 

 否が応にでも理解させられた。会話どうこうの前提条件すら満たしていない。彼女が()()()になった瞬間に、何もかもが()()()()()終わる、終わらせられるのだ、と。

 

「折角ヒトが切れかけのイモウトニウム補給してるところを何邪魔してくれてんだよ。空気読めや雑種」

「わ、(わたくし)、セシリア・オルコットと申します。英国の代表候補生を務めておりまして―――」

 

 取り付く島もないことは直ぐに理解できた。それでも、例え悪印象であろうと、()()()()()()()を残さないことには、この降って湧いたような機会(チャンス)をまったくの()()にしてしまう。端くれとはいえ、英国の看板を背負っている以上、それは、それだけは、決してあってはならないと、今にも崩れ落ちてしまいそうな両脚に鞭を打ち、どもらないよう必死に舌を回す。『装う』のは慣れたことだ。幼い頃から延々と繰り返してきた日常茶飯事(いつものこと)だ。そうでしょう、貴族の娘(セシリア・オルコット)

 

「知らないしどうでもいいよそんなこと。束さんはこれからようやく固くなってきた箒ちゃんの()()()をいじり倒して愉し―――……セシリア・オルコット?」

 

 そんな()()()()が功を奏したのか、篠ノ之博士は興味を失い箒さんの胸弄りに再び戻ろうとしていたのを、ふと、何かが引っ掛かったような物言いをしながら、怪訝な表情をこちらへと向けてきた。

 

「ん? ん~……?」

 

 そんな訝しげな声と共ににじり寄って来る博士。完全に腰砕けになってしまったらしい箒さんはその場にへたり込み、せめてもの抵抗に胸元を両手で隠しながらも、やはり自分と同じように不意の事態に驚いているのだろう、涙を滲ませた顔を当惑の表情へと変えている。

 

 完全に興味がこちらへ移っているらしく、そのまま篠ノ之博士はぐるぐると自分の周囲を回りながら、頭のてっぺんから爪先までジロジロと入念に観察を始めた。気分はまるで十三階段の上、断頭台(ギロチン)に固定された死刑囚のそれである。さっきまではどうにか回せていた舌は遂に限界を超過し、喉は完全に干からびていた。自分の名前の何が癇に障ったのだろう? まさか両親と面識が? それとも知らないところで親族が失礼を働いていたか? 思いつく限りの理由を途轍もない勢いで脳裏に巡らせながら、それでも平静の(てい)だけは崩すまいと口を真一文字に引き結んで耐え忍んでいると。

 

「ひッ」

 

 徐に博士が伸ばした手が左の耳元の髪をのける様にようにし、その指先が掠めた首筋から、いかんともし難いむず痒さが背筋を奔って、思わず小さく悲鳴のような声を漏らしてしまう。何事か、と視線を下してみれば、彼女の視線の先が向かっているのはどうやら自分の左耳。つまり、そこにある―――

 

「―――あぁ。お前、"Blue Tears"の搭乗者(パイロット)か」

 

 途端、博士の表情がころりと変化した。そこにすっかりと警戒の色はなく、代わって表れたのは純然たる好奇のそれ。

 

「は、はい、そうで、ひゃうッ!?」

「ふぅん。……射撃特化の機体操縦者らしい落ち着いた肉付き。見た目に反してしっかり中身もちゃんと詰まってる。一朝一夕じゃこうはならないな

 

 ぺたぺたと無遠慮に全身をまさぐる掌は妙に冷たく、サンオイルを塗って間もないのも相まって歯の根が合わないような緊張が全身を襲った。あっという間に足が竦んでしまいそうなのを、なけなしの気概でどうにかこうにか維持する。最早それ以外の考えが頭の中に残っていなかった。

 

 永遠に感じられるような十数秒の後、篠ノ之博士はようやく両手を自分から離した。それを認識して思わず緩んでしまいそうな意識の糸を保ちながら、歪んでいないことを祈りつつも真正面からその視線を迎え撃って。

 

「ん」

「……はい?」

「見せてみ」

 

 見せろ、とは、一体何を、とまともな受け答えすらも放棄しつつある頭をフル回転させる。今、彼女の興味を惹いていて、自分が所持しているもの―――

 

「―――あ。は、はい、どうぞ」

「ん」

 

 即座に左耳のイヤーカフス、即ち待機形態である"Blue Tears"を外して渡す。普通なら大顰蹙を買いかねない愚行であるが、相手が相手だ。流石に命は惜しいし、この状況下で国から文句を言われることはない、ハズ。多分。きっと。

 

「よっ」

「……は?」

 

 そんな不安と混乱の渦中にある自分を、更に水底へ引きずり込むような事態が目の前で起こった。篠ノ之博士が待機形態の"Blue Tears"の表面を、まるで埃でも払いのけるかのように軽く人差し指で撫でた次の瞬間、向こう側が透けて見えるような半透明の浮遊しているディスプレイが表れ、しかもそこに我が愛機の詳細な、それこそ学園の整備管理棟で見せてもらったのと殆ど相違ないような稼働データが表示されているではないか。

 

「最近ずっと基礎の繰り返ししかしてないな。あっくんの指示?」

「あっくん……あ、カデンソン先生、ですか。はい、そうです」

「試作機でしょこれ。本国から何もないワケ?」

「え、えぇ。変わらず理論上可能である『最大稼働による偏向射撃(フレキシブル)の実現』と『同時に最大稼働させられるBITの台数の増加』に努めろ、としか」

「そうじゃなくて」

 

 そうじゃない? 他に本国から指示が来ている筈はない。何せ真っ先に受け取っているのは自分だけなのだから。まるで要領を得ておらず、思い当たる節もない質問に更に頭が混迷を極めようとする、その寸前。

 

「あるでしょ。お前が織斑一夏(いっくん)との試合の後で、本国に送ってたヤツだよ」

「―――それを」

 

 どこで、と続けようとして、それが目の前の彼女に対して無駄なことであると悟るまでに1秒を要した。確かに、ある。彼との試合を経て、"Blue Tears"に『不足』と感じ、それを補う為に自分なりに考え編み出した『新たなBIT兵装』の開発案。

 

「素人が考えたにしちゃ、あれは()()()()()()

「え」

「そ。あれを見て何もなかったのか。やっぱりどこもバカばっかりだな。少しは足りない脳みそ働かせろよ。何のための『試作機』なんだか」

 

 自分が返答に窮するのを見て、本国から『余計なことを考える必要はない』とまったく素気無(すげな)()()()()()()のを察したのだろう、篠ノ之博士は()()()()()に顔を顰めて唾棄をした。

 

「その様子じゃあっくんにも言ってないんだろ。言え。直ぐに」

「え、ど、どうして」

「『Alister Kadenson(あっくん)からの案だ』って言や、どんなバカでも動くだろ」

 

 それは、確かにそうなるだろう。今や彼の声が持つ価値や影響力は絶大だ。けれど、果たしてそれをしていいものなのだろうか、と自分の心は二の足を踏んでしまう。

 

「で、ですが」

「お前はッ!!」

 

 その迷いを口にしようとした瞬間、それを遮るように篠ノ之博士は声を上げ、続けた。

 

「何を考えて強化案(それ)を編み出したんだッ!?」

「え、えっと」

「言えッ!! はっきりとッ!! 自分の言葉でッ!!」

 

 大気がびりびりと震えたような気さえする、その小さな身体に似つかわしくないほどの圧倒的声量。それが真っ先に脳内に湧いてきた、日頃から使い慣れた美辞麗句(きこえのいいことば)の全てを吹き飛ばしてしまい、咄嗟に後に残った単純(シンプル)な言葉だけを繋ぎ合わせて出てきたのは。

 

 

 

「―――"Blue Tears"が、つよくなると、おもったから、です」

 

 

 

 もうどうにでもなれ、と半ば自棄になりながらではあったが、その一言に尽きた。そうだ。どれだけ飾ったところで、根底にあるこれは、これだけは、決して揺るがない、揺るぎようのない本心だ。

 

 そんな自分の稚拙極まりない吐露を聞き届けた篠ノ之博士は、勢いよく私の眼前に"Blue Tears"のカフスを突き付けて。

 

 

 

「お前が本気で"Blue Tears(このこ)"と添い遂げる気があるなら、使えるものは何でも使え」

 

 

 

 強引に自分の手に握らせると、そう続けながら背中を向けた。「聞きたいことはもうない」と言わんばかりに、素っ気なく。そして。

 

「私はお前に期待なんてしない。でも、あっくんの期待を、何より、"Blue Tears(このこ)"の期待を裏切るのだけは、絶対に許さない」

 

 そう続けた後、肩越しにこちらを振り返って。

 

 

 

―――()()()()()()

 

 

 

 その、親の仇でも見るような迫力を纏った睨みでとうとう限界が来て、ふらり、とバランスを崩し尻もちをついてしまった。

 

「……あ~あ。完全に気が削がれちゃった。一足先に始めちゃおうかな。いいよね。うん。そうだ。そうしよう」

「ね、姉さんッ!!」

「ん~? 何かな箒ちゃん」

 

 そんな自分にもうすっかり興味を失くしたのだろう、篠ノ之博士はどこかへと消えそうな素振りを見せ、そこにようやく先刻の衝撃から立ち直ったらしい箒さんが、焦ったように声をかけた。

 

「一体、何をしに来たんですかッ!? 何を企んでいるんですッ!?」

「ん~、それはね~―――」

 

 その至極当然に疑問に、篠ノ之博士は悪戯っぽい微笑みを浮かべながら屈み込み、真正面から箒さんの顔を見下ろして。

 

 

 

「―――明日になれば解るよ☆ それじゃ、バイビ~♪」

 

 

 

 実に面白そうな声でそうとだけ言い残して、今度こそ、砂塵を巻き上げながら凄まじい勢いで姿を消してしまった。

 

「…………」

「…………」

 

 僅か10分にも満たない時間であったにも関わらず、浜辺から聞こえる波音や学友たちの弾んだ声も、木々の葉擦れや蝉の鳴き声も、どこか酷く遠いもののように感じられてしまうほどの虚脱感。あれほど精神を擦り減らした経験は、未だ魑魅魍魎跋扈して止まないという社交界でも一度としてない。自分が未だ若輩者なだけかもしれないが。あぁ、それを嫌というほど味わわされた、途轍もなく濃密な時間だった。

 

「……箒さん」

「……なんだ、セシリア」

「……立てます?」

「……ダメだ。まだ、腰が抜けている」

「……(わたくし)もですの」

「……そうか」

「……その、不躾なのを承知で、お伺いするのですけれど」

「……なんだ?」

「……(わたくし)、その、粗相は、していませんわよ、ね?」

「……あぁ、見たところは、だが」

「……そう、ですか。でも、その」

「―――おい、まさか」

「はい、その、()()()、といいますか、()()()()()、といいますか」

「が、がんばれないのかっ?」

「む、無理です、さっきから、まるで力が、入らなくてぇ」

「だ、誰か、あ、いや、これでは呼ぶわけにも」

「ほ、ほうきさぁん」

「ま、待て、どうにか出来ないか今考えを―――」

 

 

 

―――結局この後、先刻の騒動を聞きつけて来た『花月荘』女将の清州景子さん(更衣室は『花月荘』の別館)が()()()()()事情を察して事なきを得た2人がボロボロになったメンタルを回復させて再び浜辺へと向かえたのは、ここから更に1時間ほどが経過してからであった。

 

 

 

 




 どうも、呪術廻戦0巻劇場版化決定速報に一瞬で夜勤明けの眠気が吹き飛んだ、作者のGeorge Gregoryです。最近、仕事上がりに買い出しして家帰ってやること済ませたら大体半日近く爆睡してるし、久し振りに1日メシも食わずに読書に夢中になってしまって夜もとっぷりと更けてから吐き気と寒気でようやくそれを自覚し長風呂と三ツ矢サイダーで事なきを得ました。もう若いままなのは精神年齢だけなのかしら……

 某VTuberさんのラチェクラ配信にお邪魔したら何と本作の読者さんで私のHNまで覚えてて下さってて物凄い喜んでくれて『もっと頑張ろ』ってなりました。実際に反応貰えると数倍の破壊力がありますね……俺ごときで影響があるかは解らないですが、皆さん新人V配信者に興味があればYouTubeで『照山いぶき』で検索だ。6月発売の最新作に向けてラチェクラシリーズ全制覇って企画やっててもうすぐ『FUTURE2』が始まるところだぞ(ダイマ)

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。
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