ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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運営さん贅沢言わないんで塵と証と鎖と牙と骨と炸薬と毒針と羽根と双晶と結氷と翼全部3000個と伝承結晶300個と100億QP下さい。
あと無償石毎月6000個下さい。


Evasive Emotions Ⅴ

――――こんなに楽しくていいんだろうか。思わずそんな風に後ろ向きなことを考えてしまうほどに、我ながら年相応に()()()()()()()()()1日だった。

 

「お、晩メシも豪華だなッ。刺身まであるぞ」

「フム。マグロ(Thunfisch)サケ(Lachs)イカ(Tintenfisch)くらいは私でも流石に解るが、この白身は何の魚だ? 見た事がないぞ」

「それは、多分タイだな。ドイツ語だと、えぇと、Dorade、だったかな」

「おぉ、Doradeか。Dorade Royal(ヨーロッパ・タイ)のオーブン焼きなら食べたことはあるが、そうか、皮が赤いものはまだ食べたことがなかったな」

 

 乗せてもらえた"Hoverboard"は殆ど、というか、むしろ波に乗るよりもずっと簡単で、始めて1時間くらい経った頃には、カデンソンさんほどとはいかないまでも、ジャンプして空中で1回転くらいは出来るようになっていた。『センスがいいなぁ』と褒められたのは凄く嬉しかったし、僕と交互に練習していたハズなのに、ジャンプの度に上手く着水出来ず毎度毎度ひっくり返っていた一夏が『直ぐに追い付いてやるからなッ!! 次は俺の番だッ!!』と本気で悔しがっていたのには思わず笑ってしまった。

 

「淡白だけど、甘みとコクがある、っていうのかな。兎に角、美味いぞ。今時期は旬って訳じゃないけど、日本じゃ赤い色や『めで()()』って語呂にあやかって、祝い事とか歓迎の意味を込めて振る舞われることが多いんだ」

「成程。女将なりの歓迎の印、というワケだな。ではしっかりと味わわねば。フフフ、私の箸使いの成長ぶりに驚くがいいぞ、一夏(アイン)ッ!!」

 

 お昼は皆で海の家で食べた。折角頑張って稼いだお給料で一夏にゴハン奢るんだ、って豪語していたのに、いざ本番になるとへたれちゃって縮こまってたラウラの背中を押してやったり、携帯にこっそり収めていたお仕事中のラウラや僕たちの写真を皆に見せながら、そのアルバイト先で起きた『ちょっとした事件』の話をしたりもした。『このなんともいえないチープ加減がいいんだ』なんて言いながら、一夏と凰さんは揃って、わざわざ暑い中でラーメン食べてたな。普段よりもコショウたっぷりめにしていて、かける時に思い切りくしゃみもしていたっけ。

 

「これは、何ですの? 見た目はプリンのようですけれど、器は暖かいですし、仄かにお出汁のような香りが」

「知らないの? 茶碗蒸しってのよ。まぁ、和食としての知名度は低め、なのかしらね」

「卵と出汁を混ぜて、具材と一緒に器に入れたものを蒸しているから、まぁ、プリンの親戚と、言えなくもない、か?」

 

 午後からは大人数でビーチバレーで遊んでいた。特に凰さんが張り切っていて、レシーブにスパイクにブロックに、と八面六臂の大活躍を見せていて、バレー部の子からも熱心な勧誘を受けていた。

 そうそう、その頃になってようやく篠ノ之さんとオルコットさんが来たのだ。随分疲れたような顔をしていたから、無理せず休んでた方が良いんじゃないかなって勧めたんだけど、頑なに『大丈夫だ、問題無い』『むしろ身体を動かして忘れたいのです』と言って聞かなかったから参加させてみたら、相手チームが可哀そうになるくらい一方的な試合になっちゃって、それを見て燃えちゃった凰さんに巻き込まれた僕は足腰立たなくなっちゃうまで付き合わされた。

 

「まぁ。鶏肉にキノコにお野菜に、底の方にあるこれはもしや、栗、ですの?」

「結構具沢山よねぇ。でもアタシは銀杏(ぎんなん)の方が好きかな」

「ギンナン、とは?」

「イチョウの木の実の種よ。英語だと何て言うんだっけ。えぇっと……Ginkgo?」

「まぁ。もしやWales(ウェールズ)Pembroke(ペンブローク)造船所(ドック)にある、毎年鮮やかな黄色に葉を染め上げると言う、あの?」

「えっと。そのペン、ブローク?ってとこのは知らないけど、多分それ」

 

 ちなみにクロエさんはずっと日傘の下で審判をしていた。得点が決まる度に笛を吹くの、妙に面白そうにしてたっけ。その隣でラウラが得点ボードを捲る係をしていて、クロエさんが判定をする度に『了解だ姉様』と一々言いながら嬉しそうにするものだから、周りの皆1人残らず()()()()()()されてたなぁ。カデンソンさんまで、どこから取り出したかも知らないカメラで物凄い勢いで連写してたし。

 

「よく一夏たちと学校の帰り道に拾ったわ。弾なんて抱えきれないくらい拾って帰って、制服から匂いが取れない、ってお母さんに怒られてたっけ」

「匂うのですか?」

「実の部分はそりゃもう、匂うわかぶれるわで食べられたもんじゃないわよ。でも不思議と種は美味しいのよね。中華でも炒め物やスープなんかに使うのよ」

「ほぅ。中華料理にもレシピがあるのか。それは知らなかったな」

「どのような味がするのです?」

「独特の苦みや匂いはあるから『通好み(ひとをえらぶ)』ってヤツかな。だけど、アタシは結構好き」

 

 とまぁ、久し振りに思いっきり遊んだなァ、なんて風に今日の昼間のことを振り返りながら、僕は皆がすっかりと浴衣に着替えて集まっている夕食会場を見回していた。献立(メニュー)は和食の、所謂『御膳』というヤツで、四つ足の小さなテーブルのようなものに所狭しと色々な料理が並べられている。学園生には海外からも多くの生徒が来ているので、その中には当然、(Baguettes)を上手く使えない生徒も少なくない。その為、夕食会場には床に座布団を敷いた本来の御膳料理の席と、それと全く同じものを普通の食卓に並べた席との2パターンが用意されていたのだけれど、僕を始めとしたいつもの面々は皆、前者の席を選んでいた。

 

「機会があれば、私が作ってみようか」

「まぁまぁッ。手に入るんですの?」

「私も幼い頃から篠ノ之神社の境内で、落ち葉と共によく集めていたんだ。毎年大量に集まるから、叔母に頼めば送ってもらえると思う」

「そっか。箒の実家って神社なんだっけ」

「あぁ。秋に真っ赤な紅葉と入り混じって山々を鮮やかに塗り替える光景は、手前味噌ではあるが、なかなかに見事だぞ」

「まぁまぁまぁまぁッ!! そんな素敵な景色が見られますのッ!? いつか是非、お伺いしてみたいですわッ!!」

「……構わないが、そろそろ食べないと、冷めるぞ? 折角の茶碗蒸し」

 

 僕の真向かいには一夏とラウラが並んで座っている。一夏がドイツにいた頃から教わってたらしく、ラウラの箸使いは結構上手だった。大きめの天ぷらを裂いたり、和えものに入っていた枝豆を摘んでみせたりと、流石の器用さを見せている。一々成功する度に隣の一夏に自慢げな顔を見せる様は、本当に見ていて微笑ましい。

 そして、ここからちょっと離れたところで、箒さんとオルコットさんと凰さんが固まって座っている。なんでも、オルコットさんは普段からちょくちょく箒さんに和食について色々と教わっているそうで、『いい機会だから』とさっきから頻りに並んでいる料理の説明を求めている。尤も、箸使いは()()()()ながら、正座についてはまだまだ経験不足だったようで、食べ始めてからものの5分くらいで悶絶してしまい、仲居さんに、あれは、何て言うんだろう、とても小さな椅子? アイロン台? みたいな、傍目には正座っぽく見えるように座れる何かを貸してもらっていた(後から箒さんに聞いたらそのまんま『正座椅子』っていうらしい)。

 

 と、そんな風に皆の様子を見ながらゆっくり食べ進めていると。

 

「……クロエさん?」

「はい、何でしょう?」

「それ、何してるの?」

 

 僕の隣に座っているクロエさんが、何やら不思議なことをしていた。

 

 御膳料理の中には1人用のミニサイズで用意された鶏団子のお鍋がある。クロエさんはそのお鍋をキレイに食べ終えて残ったスープに、お刺身で出されたタイの切り身を浸すと、それをちょっと冷め始めたご飯の上に乗せて、具材をよそう為の小さい()()()でスープを回しかけていた。

 

「お茶漬け、というものをデュノアさんは御存知ですか?」

「お茶漬け」

「はい。主に米飯にお茶をかけた料理のことを指します。束様がよく、明日の朝食のために残しておいたごはんをお夜食にそれにして食べてしまうのですけれど、そのバリエーションは大変多岐に渡るのです。具材の種類、茶の種類、暖かいか冷たいか、お茶に限らずお出汁をかける場合もあるとか。そして、私は調べていく内にこのような存在を知りました。『鯛茶漬け』です」

「鯛、茶漬け」

 

 成程。彼女が何をしようとしているかを、ようやく僕は理解した。

 

「鯛は高級魚です。滅多に口にできる食材ではありません。お刺身では先ほど頂きましたが、最後の1枚を食べようとした瞬間に、閃いたのです。今、ここで、試せるのでは、と」

 

 彼女の手元のお茶碗へと視線を落とす。固形燃料でグツグツになるまで煮えたお陰で、お鍋を食べ切った後でも余熱の残っていたスープに潜らせたことで鯛のお刺身は絶妙な加減に火が通っており、その脂がじんわりと溶け出すようにして煌めいている。その上からスープを回しかけることで冷め始めていたごはんも温められ、一石二鳥。日本人じゃないけど、僕、解る。これ、絶対美味しいやつだ。

 

「僕も、やってみて、いいかな」

「同じ学び舎に通う仲間同士、好奇心に身を委ねましょう」

 

 自然と背筋が伸び、居住まいが正される。そろり、と持ち上げた鯛のお刺身を同じようにお鍋のスープに浸し、表面の色が微かに変わったところで取り出し、お茶碗の方へ。お鍋の具材たちの旨味が十分に蓄えられているであろう黄金色のスープを回しかければ、準備は完了。

 

「「いただきます」」

 

 戦場へ向かうかのような真剣な気持ちで、いざ実食。そして。

 

 

 

 

――――ほぅ。

 

 

 

 

 予想通りに予想以上の旨味が、口内を蹂躙した。

 

 決して激しい主張はない。濃淡で言えば圧倒的に淡い。しかしながら絶妙に『折り重ね束ねられた一撃』。互いが互いを邪魔せず、そればかりか引き立てあう絶妙なコンビネーション。自分たち素人が適当な思い付きでやって()()なのだから、その道を究めた専門家(プロ)であったなら、果たしてどれほどの。

 

「美味しい。それ以外何て言っていいか、解んないや」

 

 嗚呼、自分の語彙力のなさが恨めしい。ロゼンダさんが『食に対してケチになってはいけない。特に初めて食べるものほどしっかり吟味しなさい。何事も出会いは一期一会(Une rencontre, une occasion)よ』と口酸っぱく繰り返していた意味が、今更ながらよく解った。

 

「これほどとは。束様が好まれるのも頷けます」

 

 横でクロエさんが興味深そうにお茶碗の中を覗き込みながらそう言って。

 

「よし。気を緩めず、次の手も試してみましょう」

 

 箸をお刺身のお皿へと伸ばし、その端にちょこんと盛られていた緑色の山を適量崩して、それをお茶碗の中へ。

 

「それ、わさび、だよね?」

「はい。先刻、仲居の方からこちらの旅館では本わさびを使用していると伺いました」

「本わさび」

「わさびの中でも日本を原産としている種で、西洋わさびと比べて甘味が強く、辛味もマイルドなのだとか。『お米や魚にとても合う』との太鼓判も頂きました」

「成程」

 

 ならばきっと、これも間違いはないハズだ。甘味が強いというなら、僕はちょっと多めでもいいかもしれない。

 

「っ、デュノアさん、その量は――――」

 

 

 

 

――――少々多いのでは、って教えようとしてくれたんだろう、って後になって思ったんだよね。

 

 うん。この時初めて、僕は食についての『冒険』ってのをして、それが成功しちゃったものだから、ちょっと舞い上がっちゃってたんだと思うんだよ。多分、きっと。

 

 それまでお寿司も食べたことなかったし、わさび、っていうのがそもそも初体験で、噂くらいしか聞いたことなかったから、どれだけの辛さなのか想像がつかなくて、こう、結構ごっそり取っちゃってさ。うん、あの一件で骨身に染みたよね――――

 

 

 

「~~~~~~~~~~~ッ!?!?!?!?」

 

 

 

――――『刺激(ぼうけん)は少しずつ、慎重に味わうべき』ってさ。

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~ッ!?!?!?!?」

「落ち着いて鼻で、鼻で呼吸をするのですデュノアさん。そうすることでワサビの辛味はある程度緩和させられると聞いたことが」

 

「…………」

 

 そんな、随分と愉快なことになっているクロエ・カデンソン、シャルロット・デュノアのやりとりを、更識簪は味噌汁を静かに啜りながら聞いていた。

 

 クロエ・シャルロット両名は既にそれなりに親しい関係にある。先日も整備管理棟にて、このようなやりとりをしていたのを見たことがあった。

 

『お父様の食の好み、ですか?』

『うん。参考までに聞かせて欲しいんだけど』

『そう、ですね。基本的に味が濃いものを好まれます。特にファストフードに目がなく、高カロリーで手早く食べられるものを選ぶ傾向が強いですね』

『フムフム。THEアメリカ人って感じだね』

『はい。ケチャップやマスタード、マヨネーズなどは、気を付けていないといくらでも使おうとしてしまうので、注意が必要です』

『そういえば、購買でいつも同じサンドイッチとエナジードリンクを買ってるって聞いたっけ』

『カツサンドにタマゴとツナのミックスサンド、ナポリタンサンドですね。偶に違ってもコロッケパンだとか、ハムとチーズのパニーニだとか、やはり高カロリーな総菜パンの類が殆どです』

『……よく、知ってるね』

『お父様のことですから、当然です』

 

 タッグマッチトーナメント以降、主にデュノアさんの方から積極的に話しかけているように窺えた。会話の内容も加味して考えると、ひょっとして()()()()()()なのだろうか。ちょっと気になるところではある。

 

 視線をそっと篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音(ファンリンイン)の方へと移す。

 

「そんなに言うんなら、アタシも行ってみたいわね~。イチョウとかモミジとか、そういう風情? 風物詩? 嫌いじゃないし」

「まぁ。美しい景色を嫌いな方なんていらっしゃるんですの?」

「景色というより、樹木そのものが対象なのよ。ほら。季節限定で、主に鼻とか目の粘膜が酷いことになっちゃう、()()

「「あぁ~……」」

 

 あの3人はすっかり一緒にいるのが定着した感じがする。学園でも、アリーナでも、学生寮でも、食堂でも、大体の場合において3人1組で行動していることが多い。箒とは最近『ちょっとした事情』から親しくなり、一緒に鍛錬やお茶をしたり、メールのやりとりをするようになったけれど、話題に上がるのは殆ど他の2人についてだ。最近はオルコットさんの料理の腕が壊滅的であることが発覚し、2人して彼女に料理の基礎から叩き込んでいるのだけれど、なかなかに難航しているらしい。初日を終えた箒曰く「貴族の娘だけあって舌は確かなのだが、兎に角味見をしない」「彩りが足りないから、と塗料を取り出そうとした」。心なしか、その時の箒の顔はひと回りほどやつれているかのように見えて、心の底から同情したものである。

 

 そして最後、イチバン気になる方へと、視線をやる。

 

「見ろ一夏(アイン)ッ!! 出来たぞッ!! これで5回目だッ!!」

「おぅ、凄いな。うん、解ったから、そろそろちゃんと食べような、その枝豆」

 

 小皿で添えてある和え物の枝豆を1粒ずつ震える箸使いでお茶碗の方へと移して『やり遂げた』とご満悦な表情をしているラウラ・ボーデヴィッヒと、そんな彼女を微笑ましく見ている織斑一夏。傍目にはまるで兄妹のように見えるこの2人の関係については、本人から直接聞いた訳ではないが、ある程度は把握している。というか、ある程度であれば、ほぼ学園中の者が知っている。その発信源がどこかと言えば他でもない、ラウラ・ボーデヴィッヒさん自身である。

 

 普段、織斑くんが傍にいない時のボーデヴィッヒさんは、割と素っ気ない態度をとる。決して冷たい訳ではないし、ISに関して知識や技術面で質問や指導を乞えばとても親身になって答えてくれる。けれど、あくまで()()()()で、()()()()がないのだ。現役の軍人と、一般の学生。例え同じ学園の生徒、という括りの中にあろうと、その認識の()()()()()は少なからずあって、互いに適切な距離感や歩み寄り方が見出せず、それでも果敢に挑んでいった何人もの生徒たちが轟沈していったと聞く。……尤も、『それはそれで可愛い猫に素気無くされたようで堪らない』という猛者も一部としているようだけど。

 

 そんな折、ふと、戯れのような思い付きで、こんな質問をぶつけた者がいた。

 

『どうして織斑くんにそんなに懐いているのか』

 

 そして。

 

 

 

――――知りたいかッ!?

 

 

 

 その場にいた全員が、一瞬にして心臓をブチ抜かれた。予期せぬ不意打ちで、あまりの至近距離で、花畑が咲き誇らんばかりの満面の笑顔を向けられ、余りの『尊さ』に中には意識を失って卒倒した者までいたとか、どうとか。

 

 そして、尋ねられる度に、嘗ての自分がどれほどの絶望の淵にあって、何もかもがどうでもよくなっていて、そんな自分に幼い織斑くんがどれほどよくしてくれたか、それがどれほど有難く、そして嬉しかったかを、彼女なりの語彙と身振り手振りを織り交ぜて、それはそれは熱心に語ってくれるのだという。

 

 かくして生徒たちはラウラ・ボーデヴィッヒと仲を深める手段を見出し、今では織斑くん自身のあずかり知らぬところで、彼の心温まる名エピソードの数々が広まり続けている、という訳である。恐らく本人はまだ知らないだろうが、果たしてそれを知った時、彼はどんな反応を見せるだろうか。

 

(そりゃあ、あれだけ懐くのも当たり前、だよね)

 

 不慮の事故による、自身の存在意義の全否定。同じ想いをした、なんて烏滸がましくはなれないけれど、同じような想いなら、味わった。そんな()()()から掬い上げてくれた、まるで物語のヒロインと主人公のような関係。

 

(――――いいなぁ)

「か~んちゃん」

「ッ、ほ、本音?」

 

 その先を考えようとして突然、背後からの声に跳ねるように身体をびくつかせてしまいながら振り返ると、布仏本音が相変わらずの()()()()とした力の抜けるような微笑みでこちらを覗き込んでいた。

 

「何? どうしたの?」

「ん~っとね。良かったらなんだけど~、そのゼリー、分けて欲しいな~って」

「あ、あぁ、うん、いいよ」

「やった~ッ!! ありがと~かんちゃんッ!!」

 

 何かと思えば、夕食にデザートとしてついてきていたフルールゼリーが欲しかったらしい。使い捨てのプラスチック製スプーンと一緒に渡してやると、その場で直ぐに開封し、食べ始めた。相変わらず随分と余らせた袖に隠れている手だというのに、器用に動くものである。工具さえ()()()()扱うので、ちょくちょくカデンソン先生にも注意されるのだが、これが不思議とミスをしないし、ひっかけたりもしないので、最近じゃとうとう『何が起きても自己責任だからな』と受け入れ(あきらめ)られたらしい。

 

「それで~? おりむ~がど~したの~?」

「え」

「さっきから見てるよね、ず~っと」

 

 こっそり見ていた積りだったのだけれど、どうやら彼女にはバレていたらしい。流石に長年の付き合いなだけはある。

 

「聞きたいこととかあるんなら~、また聞いてきてあげよっか~?」

「う、ううん、いいよ。自分で聞くから」

「そぉ? でも~、昼間もたくさんチャンスあったのに~、結局話しかけないまんまだったでしょ~?」

「う」

「ぐずぐずしてると~、臨海学校終わっちゃうよ~?」

「……解ってるよ」

 

 そうなのだ。ホバーボードで遊んでいた時も、ビーチバレーの時も、何度もチャンスを窺っていたのだけれど、なかなか彼が1人になるタイミングがなくて話しかけられず仕舞いだったのだ。

 

 学園に来てからずっと、織斑くんはハードスケジュール続きである。授業の予習復習、専用機持ち同士の交流、剣道場での箒との仕合等に加え、毎日遅くまで整備管理棟でカデンソン先生との『秘密の特訓(先生談)』で、寮に戻るのはいつも消灯時間ギリギリ。なのに毎朝随分と早くに起きて、学園敷地内でロードワークまでしているらしい。休日までトレーニングルームで筋トレや有酸素運動をしたり、図書室で自習しているんだとか。

 

(整備管理棟に来てる時に話しかければいいんだろうけど)

 

 きっと彼は、ちっとも嫌な顔なんてしないで、全然気にせずに答えてくれるのだろう。けれど、それは憚られた。何というか、決して必要に駆られて嫌々で、ではなく、自ら本気になって頑張っている彼の時間を『こんな私的な用事』で邪魔をしたくない、というか。我ながら難儀な性分だとは思うのだけれど、気になってしまうものは気になってしまうのだから仕方がない。

 

 故に、彼が自然と羽を伸ばせている環境であるこの臨海学校の期間はまさに()()()()()なのだ。けれど、自分にとってそうだということは、他の皆にとってもそうだということでもあり、『織斑一夏』とこの機会に親しくなりたい人なんて、1年生だけでも大勢いる訳で。

 

「ガンバレかんちゃん、応援してるよ~」

「もう、本音ってば……」

 

 あっという間にゼリーを平らげながらそう言う本音に、軽く膨れつつ小さくそう呟く。助力を断ったのは他でもない自分なのだけれど、自分の性分を知っていて随分とお気楽に言ってくれるものだから、ちょっぴり意地悪だと思ってしまった。

 

 すると、丁度そのタイミングで。

 

「お前たち。歓談も結構だが、程々に済ませてさっさと風呂に入って来い。事前に周知した通り、21時を過ぎたら大浴場は織斑専用になるからな」

 

 夕食会場に織斑先生の凛とした声が響き、皆が元気に答えた。そうなのだ。今回の臨海学校の間は、普段の学生寮でもそうしているように、織斑くん専用の時間帯を設けて、男女で大浴場の利用時間を分割することになっている。「こんないい旅館のお風呂貸し切りとか羨ましいぞ~?」「覗きに行っちゃおうかな~」なんて織斑くんを皆が囃し立て、それを目敏く見つけた織斑先生が睨みを利かせると蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

「かんちゃんはお風呂どうするの~?」

「私は、最後の方でいいよ」

「そかそか、それじゃ一緒に入ろ~よ。……アレ?」

 

 そこでふと、本音が何かに気付いたように夕食会場を見回し始めて。

 

「ねぇねぇかんちゃん」

「何?」

「そういえば、海から帰ってきてから、せんせ~のこと見てないよね」

「……そういえば」

 

 言われて初めて気づいた。確かに、カデンソン先生の姿がない。

 

 今回、カデンソン先生は臨海学校の引率として、ではなく、有給消化という形で来ているのだから、ある意味この会場にいないのは当たり前なのだけれど、先生のことだから『折角だし一緒に食べよう』くらいのことは軽いノリでしそうだし、旅館側もそれくらいの融通は利かせられるだろう。そもそも、自分たちは一足早く、昨日の内にチェックインしたけれど、先生たちの部屋がどこなのかは聞いていなかったような……あれ?

 

「先生、今どこにいるの……?」

 




 どうも、お茶漬けは梅干しとワサビにたっぷり海苔を散らしたい、作者のGeorge Gregoryです。ごはんのオトモは、すっかり梅干しと納豆になりました。常備菜として葉野菜の胡麻和え・きんぴらごぼう・かぼちゃ煮を冷蔵庫に作り置きしているのに、更にもやしのナムルなど、学生時代には考えられないほど食卓に小鉢が増えるようにもなりました。年々味の好みがお袋に似ていっている気がします。最近、昼にちょっと多めに食べちゃったりすると、夕方になってもハラ減らなくなったりするしな……

 今回、食に関する描写が捗っちゃったのは、俺が元々そっちの畑の出身だからです。農業大国出身、農家の友人知人アホほどいる、手伝いまくってた。何となく、お察しください。ちなみに束ちゃんは適当にふりかけを組み合わせてマイベストブレンドを模索中のようです。選んだ理由は『塩分・糖分・アミノ酸等が手軽に摂取できるから』。作者も大学院生時代、動物実験で精神的に参ってしまって固形物を食えなかった時期、お茶漬けのふりかけをお湯に溶いたものを飲んで凌いでいた時期があったりします。

 人生初のドミノピザを頼みました。親父が好きなので実家にいたころはずっとピザハットだったんですが、俺はドミノの方が生地が好みかもしれない。これから贔屓にしようと思います。いつか噂のめっちゃチーズ乗ってるヤツ、頼むんだ。まだ食い切れる胃袋の内に。

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。

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