ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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ようやくモンハンライズ買いました。


Evasive Emotions Ⅵ

「ふぅ。いいお湯でしたわ」

 

 未だしっとりと湿り気を帯びた髪を後ろで団子状に纏め、それを包み込むようにタオルを巻いた状態で、ほんのりと火照った肌を満足げに撫でながら、セシリア・オルコットは花月荘の廊下を歩いていた。言わずもがな、彼女は風呂上がりである。つい先ほどまで日本(JAPAN)が誇る文化の中でも至高と称するに相応しき『露天風呂』を心行くまで楽しんできたばかりだ。

 

 素敵な時間であった。総て(ひのき)という材木で拵えられた湯船は実に見事な物で、木目独特の手触りや見栄えの良さだけでなく、温泉のものに混じって立ち上る柔らかなその芳香が、更に心地よさの段階を引き上げていた。また見渡せる景色の素晴らしいこと。花月荘の露天風呂は丁度海に向かって開けた構造になっており、天候に恵まれたこともあって、凪いだ海の水面(みなも)に映る月、というなんとも美しい景色を目の当たりにすることが出来たのだ。

 

 嗚呼、温泉万歳。そりゃあ社交界でも『日本の温泉文化は素晴らしい』と何度も繰り返す者が多い訳である。両親も『新婚旅行で初めて行った時からもう虜さ』と、その時の思い出を反芻していたのだろう、どこか焦がれるような、恋しいような、そんな表情で教えてくれたことを思い出す。

 

「お父様とお母様が贔屓にしているという温泉にも、いつか行ってみたいものですわね」

 

 毎年、結婚記念日になると2人は1週間ほど休みをとって水入らずの旅行に出かけるのだ。その間、自分は祖母が存命の間は祖母の家に、亡くなってからは父の実家で過ごしていた。小さい頃の自分は何度も「一緒に行きたい」と()()()ものだが、普段はおどおどとしていて腰も随分と低い父が、その時だけは真面目な顔つきで、こんなことを言うのだ。

 

「お願いだよセシリア。いつも大変なお母さんを1人の女の子として思い切り甘やかしてあげたいんだ。でも、セシリアがいるとお母さんは一生懸命『お母さんであろうとしちゃう』んだよ。帰ってきたら、お父さんが何でも好きなものを買ってあげる。どこでも好きな場所へ連れて行ってあげるから。頼む、お母さんと2人っきりでデートに行かせておくれ」

 

 こうまで言われてしまっては、淑女(レディ)として頷かざるを得ない。それから、自分の専属従者であるChelsea Blankett(チェルシー ブランケット)と一緒に『お父様にどんな無茶なお願いをしてやろうか』なんて悪巧みをしていたものである。

 

「チェルシーは元気かしら」

 

 祖国に置いてきてしまった彼女のことを思う。血の繋がりこそないが、自分にとっては厳しくも頼りがいのある実の姉のような存在だ。本人は同行してくる気満々だったのだが、流石に従者を学園に連れてくることは許可されなかった。

 

「であればッ!! お嬢様が恥をかかれることのないよう徹底的にッ!! 日本の礼儀作法を身に着けて頂きますッ!!」

 

 と、随分とスパルタなメニューを組まれたものである。お陰で箸使いやら何やらはまともになったが、正座だけは結局最後までマスターできないままであった。

 

「フフッ。夕食での醜態がバレたら、怒られてしまうかしら」

 

 口元に手をやりながらそんなことを考えて静かに笑った、その時だった。

 

「「―――――――」」

「ひゃッ!?」 

 

 予期せぬものを視界に捉え、思わず奇声を発してしまった。

 

 廊下の隅、とある客室の戸の前にしゃがみこんで、ぴったりと耳をくっつけて中の様子を窺っている人影が2つ。体勢が体勢なので顔はまったく見えないのだけれど、その特徴的な髪形とリボンの組み合わせをあまりにも見慣れていたので、誰なのか直ぐに解った。解ってしまった。

 

「……何を、していらっしゃいますの、箒さん、鈴さん」

 

 確か、自分のお風呂上がりの肌ケア(化粧水やら乳液やら)を待っていられないと先に自室へ向かっていったハズなのだけれど、まだこんなところにいたなんて。

 

 引き気味ながらも問うと、2人は揃って「しぃ」と人差し指を立てながら『静かにしろ』と訴えかけた後に、猛烈な勢いで手招きをし始めた。同じようにしろ、ということだろうか。少々行儀が悪いとは思うけれど、この2人が揃ってこのような真似をするのは大変に珍しいので、正直かなり興味はそそられている。

 

 そぅっと忍び足で戸に近づき、部屋番号を確かめようと視線を上げると、そこには1枚の貼り紙があった。書いてあるのは『教員室』の3文字。つまり、この部屋にいるのは――――

 

 

 

――――ァンッ

 

 

 

 ビタッと。それはもう、滑空するモモンガが木々を飛び移る時のように素早く、そして静かに戸に張り付いた。今、微かに聞こえたものは、まさか。血圧が著しく上昇しているのが解る。折角息を殺して耳をそばだてているというのに、自分の心臓の音がやかましくて仕方がない。そんなもどかしさにやきもきしながら、この向こうで繰り広げられていることを確かめる為、自分たちは揃って戸にへばりついていた。

 

「千冬姉、緊張してる? 久し振りだし、敏感になっちゃってるとか」

「ば、馬鹿を言えッ、少しはッ、加減をしr、あぁッ」

「そう言って弱めると『物足りない』っていつも言うクセに。……ほら、ここ、でしょ?」

「あッ、そ、そうだ、そこが、気持ちいい……ッ」

「大分溜まってたんだな。ほら、もっと力を抜いて」

「あ、ンッ、く、そこ、はぁッ」

 

 あぁそんな。姉と弟で、だなんて。確かに()()()()()()()は特殊な環境では()()()()()()だと小耳に挟んだことはある。織斑家の家庭環境は極めて特殊だ。幼くして、姉である前に親であらねばならなくなった織斑千冬氏の気苦労はまるで測り知れないが、それでも毅然として凛々しい“戦乙女”であり続けられたのは、裏にこのような秘密があったからなのか? あり得ることだ。十二分にあり得ることだ。まさかこんな身近に一時期読み耽った書籍ジャンルの実例が存在していようとは。

 

「……何やってるの?」

「盗聴か? 感心せんな」

「まぁ」

 

 脳内に湯水の如く沸き上がってくる()()()()()()にだらしなく頬を緩ませていると、背後からそのような声がしたので振り返る。自分たちとは少し時間をずらして入浴していたシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、クロエ・カデンソンの3人がそこには立っていた。デュノアさんは先ほどまでの自分と同じく、若干引き気味に顔を引き攣らせており、ボーデヴィッヒさんは空色のアイスキャンデー(恐らくソーダ味)を咥えながら、もう片方の手でクロエさんの手を引いていた。

 

 やはりというか、とても真剣な表情で戸に張り付いていた箒さんと鈴さんは、3人に対しても同じように立てた人差し指で静かにするよう訴えかけ、物凄い勢いで手招きをした。ボーデヴィッヒさんは小首を傾げながらも素直に従い、アイスを咥えたまま耳を当てて「おぉ?」と不思議そうな声をこぼした。ひょっとすると『何』が起きているのか、よく解っていないのかもしれない。反対にデュノアさんは「え、え、いいの?」と躊躇いがちだったのが、漏れ聞こえてくる嬌声(としか思えない)を聞いた瞬間に表情を一変させ、勢いよく戸にへばりついた。うぅむ、どことなく自分と同じ匂いを感じる。唯一、クロエさんだけはその場から微動だにせず、何かを探るように客室の中の方へと視線をやって「……あぁ」と何やら訳知り顔になっていた。

 

 と。

 

「む」

 

 突然、ボーデヴィッヒさんが小さく一言だけを発した直後、跳び退るようにして『気をつけ』の姿勢になった。そんな彼女に全員が呆気にとられた、次の瞬間。

 

「「「「へぶッ!?」」」」

「何をしとるか、小娘どもが……」

 

 突如、結構な勢いで開け放たれた戸によって4人全員が顔面を強打、反射的に10代女子にあるまじき潰れた蛙のような声を漏らしながら悶絶する羽目になり。

 

「盗み聞きとはいい度胸だ。説教をくれてやろう。上がっていけ」

「「「「え」」」」

「いいから、上がっていけ」

「「「「は、はい……」」」」

「了解であります、教官」

「失礼します、先生」

 

 きびきびと敬礼をして規則正しい足取りで部屋へと入っていくボーデヴィッヒさんと、その後を優雅についていくクロエさんを除いて、その有無を言わさぬ獰猛な笑みに、自分たち4人に頷く以外の選択肢は用意されてはいなかった。

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、さっきまでのは」

「按摩、要するにマッサージだ。下手な店より余程上手いんでな、昔からよくやらせている」

「結構自信あるんだぜ。何なら、皆にもしてやろっか?」

 

 ニヤニヤとした、彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべた千冬先生の言葉に、凰鈴音は『なぁんだ』と一気に脱力してしまった。

 

 何せ自分にとって目下最大の敵は彼女なのである。男子中学生なんて大多数は性欲の塊のようなもので、実際弾や数馬もそれぞれ方向性は違えど大体は()()()()()だった。だのに一夏のヤツ、学校で有名な女子ばかりか、アイドルの水着グラビアなんかにも大して興味を示さないのである。写真を見せて問えば「お、キレイだな」くらいは言うのだけれど、普通はそこから更に「触りたい」だの「付き合いたい」だのと発展するものではないのか、と。そりゃあ同性愛疑惑も湧くというものである。

 

 そんな一夏が唯一()()()()()()()を示す異性、それが何を隠そう織斑千冬その人、なのである。……"黒豹"? その話はもう終わったのだ。そう、終わったのである。

 

 今日だってそうだった。ビーチバレーに盛り上がる午後の浜辺に突如現れた千冬先生の肢体は、普段のスーツ姿からはまるで想像がつかないほどに()()()()があり、凹凸の激しさ、特に腰のくびれの恐ろしいことといったらなかった。胸だって贔屓目に見なくても大きく、脚なんてエグいほど長くて細い。そんなアホほど整った美貌を惜しげもなく曝したシンプルな黒ビキニ。正直、同性の自分ですらちょっとクラッときてしまった。

 

 これで姉弟でなかったなら。いや、姉弟だからこそ、だろうか。一夏は明らかにそんな千冬先生を見て動揺していたし、頬も仄かに赤らんでいた。自分たちの時と反応が全然違う。少なからず意識してなければ、あのような反応にはならない。

 

「一夏。そろそろ時間だ。風呂に行ってこい」

「あぁ、もうそんな時間か。うん、そうするよ。そうするけど、千冬姉」

「なんだ」

「酒はほどほどにな」

「……何の話だ」

「惚けるなよ。今から飲む積りだっただろ」

「ぐぬ。し、しかしだな」

「一応まだ仕事中だろ。ダメだぞ。ノンアルコールのも買っといて冷蔵庫に入ってるから、今飲むならそっちな」

「お前、いつの間に」

「ビールはせめて消灯時間(22:30)までは我慢しろよ。それも、明日に残らない程度にな」

「解った。解ったから。さっさと行け」

 

 そんな、いかにもプライベートなくだけたやり取りをしながら、背中を押して強引に一夏を部屋から追い出した千冬先生は「ふぅ」と一仕事終えたような吐息をこぼすと、心なしか速足で冷蔵庫に近づき中を覗き込んで「……本当に買ってある」と呆気にとられたように呟いていた。

 

「お前たちも何か飲むか?」

「え、いや、そんな」

「遠慮するな。適当に持っていくから、適当に選べ」

 

 そう言って千冬先生が持ってきたのはキンキンに冷えているジュース、炭酸飲料、スポーツドリンク、お茶、コーヒー等々。それらを卓に並べると、座布団の上に腰を下ろして早速、自分の缶のプルタブを開け、一気にそれを飲み干していた。パッケージを見た感じ、どうやらちゃんとビールじゃなくてノンアルコールのものにしたようだ。

 

「いつもなら、一夏(あいつ)にツマミの1つや2つ、作らせるんだがな。まぁ、今日はこの辺で妥協するとしよう」

 

 そう言いつつ、どこから取り出したのか、柿ピーの袋を開けて目の前に広げ、ポリポリとやり始めた。完全に自宅で寛ぐ時のスタイルである。中学時代、一夏の家に遊びに行った時にも何度か見たことがあるが、今日はまだ浴衣を着ているだけマシな部類だ。酷い時なんてお風呂上がりにパンツにバスタオルだけで始め出して、一夏にこっぴどく叱られていた。お陰で自分の中の"戦乙女"のイメージは粉微塵に砕け散ったが、引き換えに色眼鏡なく『友人の姉』として見られるようになったので、自分的には結果オーライ、と、言えなくもない、か。

 

 けど、まぁ。

 

「「「「……………………」」」」

「(皆はそうはいかないわよねぇ)……ほらラウラ、それ貸しなさい。開ける時にコツがあるのよ」

「む。済まないな。ご教授願いたい」

 

 今まで全く接点のなかったセシリアやシャルロット、クロエさんがポカンと口を開けて呆けているのは解るが、箒も呆けているのはちょっと意外だ。ひょっとすると道場でしか付き合いがなかったのかもしれない。反対に、ラウラがまるで気にしておらずラムネの瓶と悪戦苦闘しているのも、ちょっと意外だ。ドイツにいる間に見る機会があったのかもしれないな、と思う。

 

「そんなに意外か? 私だってまだ30にもなっとらん若造だ。酒に逃げたい時もあれば、身内にしか見せない顔もあるさ」

「いえ、そんなことは。ただ、姉さんといる時の印象が強いもので」

「あぁ、(たばね)か。アイツはやることなすこと無茶ばかりだからな、自然と顰めっ面にもなる」

 

 お陰ですっかり渋面が染みついてしまった、と早くも2本目のノンアル飲料を開けながら言うその顔に、普段の規律正しく厳しい教師としての雰囲気はない。

 

 そして。

 

「さて、ではそろそろ説教――――とは名ばかりの本題に入ろうか」

 

 カンッ、と景気よい音を立てて空になった缶を卓に置きながら、千冬先生は再びニヤリと唇の端を持ち上げて。

 

 

 

「お前たち、一夏のことをどう思っているんだ?」

 

 

 

 実に愉快そうに、そう続けた。




 どうも、酒のツマミは粒マスタード添えのウインナーとワサビ添えの笹かまぼこ、作者のGeorge Gregoryです。ビールならサッポロクラシック・プレミアムモルツ・キリン一番搾りのいずれかを気分で決め、焼酎なら芋一択。黒霧島の九州でしか売ってないヤツをたまに向こうから送ってもらい、それをお湯割りでちびちびやりながら冷める毎の変化を愉しむのが好きです。量より質が欲しいタイプ。

 最近露骨に更新ペースが上がってきました。我ながら単純な性分だなぁと思います。後、アレですね。最近いろんなVの人の配信お邪魔するようになって、作業用に相性のいい人を見つけられたのがデカいかもしれない。音楽や自然音もいいんですけど、人の声にはそれらにはない心地よさがあると思うのです。

 もうちょっと臨海学校初日は続きますが、ほぼプロットは完成しているので、このペースを維持して早く運命の2日目に行きたいところです。本エピソードはようやくあのお騒がせコンビが本領を発揮する回でもあるので、楽しみにして下さると嬉しいなぁ、と( ̄ー ̄)

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。
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